幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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嬢の亡骸は彼の世の上に*

 最高のネタを入手した。ついでに最高の写真もゲットした。それによって最高の記事が書けた。今の私の気分は妖生稀にみるほどにウハウハだ。

 しかし私は妥協しない。今この瞬間にも私の新聞に影響を受けた幻想郷の住人たちが各々動き出そうとしているのだから!

 新たなネタがさらに量産されようとしている……逃さない手はないわよねぇ?

 乗るしかないでしょう、この風に!

 

 

 とまあ……意気込んで出かけたのはいいものの一発目に霊夢さんと遭遇、問答無用の攻撃を受けてしまった。異変時の巫女の空恐ろしいことである。

 だが半ば諦め気味に行ったフェイクがまさかの成功。アリスさんが懇意?で寄越してくれた『文ちゃん人形』を囮に霊夢さんから逃げ出すことができた。

 正直あの状況から逃げ出せるとは思っていなかった。運が良かったのか、はたまた霊夢さんの気まぐれなのか。今となっては知る由がない。

 

 それからは若干自重しながらの尾行を行うことにしたのだが、まあ十分過ぎた。

 偶然見かけた咲夜さんとレティさんの決闘は、とても目がチカチカしてエキサイティングかつ写真映りに優しいものだった。本来なら号外レベルの記事が書けそうな内容ではあったが、咲夜さんの言動を見るにまだまだ異変は序の口っぽい。

 祭りはまだ始まったばかりということですね!

 

 しかし咲夜さんはレティさんとの戦闘でかなり消耗しており、動くペースもかなりゆっくりだったので取り敢えず一旦は泳がせておいて、先に霊夢さんと魔理沙さんの動向を見守ることにした。

 この決断は正しかった。今日は私の勘がビンビンに冴え渡っている!

 

 霊夢さんたちを探して飛行中、空から激しい音楽が聞こえてきた。何事かと思い上空へと向かうと、そこにはネタに事欠かない光景が広がっていた。

 笑いながら魔力を暴発させるまくる魔理沙さん、自らの操る人形で自分を慰めるアリスさん、淡々と騒霊をしばく霊夢さん。なんともカオスな光景だ。

 これはもう……ネタ的にたまらないわね!

 

 やがて騒霊3人組は撃墜され雲の通い路へと消えてゆく。霊夢さんたちのその後が気になるところだが、行き先は分かるので取り敢えず敗者インタビューをと思い撃墜された彼女たちを追いかけた。

 

 なんでも彼女たちは件の西行寺幽々子に頼まれて霊夢さんたちに喧嘩を吹っ掛けたらしく、敢え無く返り討ちという結果に至ったということだそうだ。うーん……別段聞く必要のあったインタビューではないわね。

 まあ聞けたいことは聞けたし彼女たちはもう用済み。お礼とお世辞もほどほどにさっさと冥界へと向かう。

 

 

 

 そして現在というわけだ。

 空に舞い散る桜はさらに激しさを増しており、異変のフィナーレが近いことを感じさせる。

 幽明結界があった冥界への入り口からはこれでもかと春の扇風が吹き荒れており、尋常じゃない現象が起こっている。冥界で一体何が起きているのだろうか。

 

「さて、中に突入と行きたいところですが……今容易に幻想郷を空けるわけにはいかないわねぇ。あやや……困ったものです」

 

 思わず声に出てしまう。

 こうも冥界と幻想郷の境界が曖昧では、どれだけの幽霊が放出されるのか……想像だには難くない。もしも冥界で想定外の何かが起きれば幻想郷を実害から守る最後の砦は私ということになる。

 今回の異変は紫さんが加担していることもあってか、規模や最終的な到達点が非常に不透明である。何が起こるかは最後の最後まで予測がつかない。

 ジャーナリズムも大切だが、伝える大衆がいないことには何も始まりません。

 

 さて、どうしますかねぇ。

 霊夢さんたちを信じて冥界での取材に専念するか、それとも万が一に備えて入り口で待機するか……。非常に難しい迷いどころだ。

 幻想郷の住人としては後者が望ましいが、私個人の展望から言えば前者が望ましい。

 ……むぅ、やっぱり前者が───。

 

 

 

 ──……ザワザワ…

 

 

 

 あやや?なんでしょうこの音は。

 風の音を読み取って精密に調べてみる。

 ……この音に一番近いのは木々のざわめき。しかしなんでこんな上空で?しかも何やら不吉なものを感じますし……イヤに気になる。

 

 音は徐々に徐々に大きくなってゆき、ついには能力なしでも聞き取れるようになった。こっちに近づいているみたいね。

 

 発生源は……私のさらに上?

 

 

 見上げると、ぽっかりと空いた黒い裂け目から伸びる荒々しく巨大な木の根が、澄み渡った冬の青空を覆い尽くしていた。

 木の根はさらに膨張を続け、その範囲をますます広げている。

 

 ゾワリ……と、嫌なものが私の背筋を走った。

 すぐに解った、アレは……幻想郷に間違いなく害を与えるものであると。

 どうしたものか。やはり駆除が望ましいかしら?……いやダメね。根っこに膨大な妖力が詰まっている。迂闊に手を出して中身が漏れれば、下が大惨事になりかねない。

 打つ手なし……ではないけど。

 

 

「うおぉー!パネェでかい根っこだわ!随分と凍らせがいのありそうね!」

 

 不意に元気な声が響いた。

 後ろを振り向くと、そこには氷精のチルノさんがいた。彼女から放出されている絶対零度の冷気によって空気が凝結し、桜の花びらが砕けてゆく。

 なんでこんなところに彼女がいるんだろう?ちょっと前に霊夢さんの手によって完膚なきまでにぼっこぼこにされて、一回休みにされたばかりだというのに。

 まあ大した用があるわけではなさそうだが、取り敢えず声をかけてみよう。この場は規格外の妖精である彼女でも危険だ。

 

「こんにちはチルノさん。どうしましたか?」

 

「あっブン屋!あのさぁレティ見てない?今日一緒に遊ぶ約束してたんだけど、幻想郷のどこにもいないの。もう探してない場所が雲の上ぐらいしかなくて困っちゃった」

 

「あやや、レティさんなら多分疲れて家で寝てるんじゃないですかね。今日は色々あったみたいなのでまた後日に訪ねてみればいいでしょう。……今はそれよりもここから離れた方がいいですよ」

 

「なんでさ。こんな面白そうなブツがあるんだ、楽しまなきゃ損だよ!」

 

 チルノさんはおもむろに手を翳すと、空を覆う木の根へと絶対零度の冷気を浴びせかけた。なるほど、これなら中身の妖力を外へ漏らさずに木の根を無力化できますね。……多分チルノさん自身は何も考えてないでしょうけど。

 膨張していた木の根は凍り付き、その動きを停止させた。これはチルノさん大手柄ですね。小さい見出しで『おバカな妖精大活躍!』の欄でも作ってあげましょうか。

 

「ふふん。たわいもなかったわ!」

 

「流石ですねチルノさん。厳しい冬場とはいえここまでの冷気が出せるとは。……それにしてもこの木は一体……?」

 

「こんな木のことなんてどうでもいいわ!なんせアタイはさいきょ───」

 

 

 

 ───ビキィ……!

 

 

 

「ッ、チルノさん避けて!」

 

「へ?おわぁぁぁぁあ!?」

 

 ドヤ顔で決め台詞を言おうとしていたチルノさんを木の根が掻っ攫っていった。

 凍りついていた木の根が復帰したみたいね。芯までは凍らせきれてなかったみたいだ。

 ……絶対零度でもダメとは、ますますこの木の危険性が増してきた。

 

 木の根は先ほど攻撃したチルノさんを執拗に振り回している。報復のつもりだろうか?だとしたらアレには意思があるということになるが……。

 仕方ない、助けてあげるとしましょう。

 

「風符『風神一扇』ッ!」

 

 すぐさま扇を取り出して風の一閃を放つ。風の刃は木の根を微塵切りに切り裂き、空中に分解した。勿論、チルノさんは無傷だ。

 そして断面より溢れ出した妖力を風に乗せて冥界への穴へと送り込む。

 恐らくあの木は冥界のものだ。なんせここより上空なんて冥界か天界ぐらいしかありませんからね。流れ出た妖力を還元させただけですし……まあ、これで万事解決だろう。

 

「大丈夫ですか?」

 

「はらひれはれ……だ、大丈夫……」

 

 目を回しているようだが特に異常はなさそうだ。大丈夫そうなら何よりです。それにしても私としたことが……自らの手で記事を潰してしまうとは。

 この射命丸、一生の不覚!

 

 しょうがない。こうなったらさっと冥界に入って写真を数枚撮ってこよう。その間はチルノさんに冥界の風穴を氷で塞いでもらって……

 

「……ねえ文。あの木なんだか気持ち悪いんだけど……ところてんかなにかなの?」

 

「え?」

 

 ……なるほど、ところてんとは上手い例えだ。現に私の頭上では先ほど切った根の断面から次々と根が生え出て、肥大化している。

 蠢めく木の根は一斉にこちらを向いた。確かな敵意を感じるのは気のせいじゃないはず。

 

「こ、こんなところてんなんか、アタイが寒天にしてあげるよ!」

 

「いえチルノさん。一度下がっていてください。……中々面倒なことになりそうです」

 

 これは……マズいかも。

 

 

 

 *◇*

 

 

 

 今日何度目かの豪鉄が打ち鳴らされる金属音が白玉楼に響き渡った。

 時と時の合間を縫った超ハイスピードの攻防。その別次元の戦いは、当の本人たち以外に認識できるすべはない。

 互いの刃は可視光線による投影すらも振り切り、白銀の光舞う残滓となって互いを削り合う。

 

 目先の戦況一進一退。しかし長期的に見れば結果は容易く変動する。

 瞬発力と破壊力と相性では妖夢が有利だが、手数と時空操作という能力の強大さでは咲夜に軍配が上がる。

 短期決戦ならば妖夢、長期対決ならば咲夜だろう。

 

 そして現在、徐々にその決闘の勝敗が見え隠れするようになってきた。

 咲夜がナイフの跳弾で妖夢を撹乱しつつ、戦闘のギアを少しずつ引き上げる。

 死角からのナイフ攻撃も難なく対処するが、動きを読まれつつある妖夢は苦しい表情だ。とてもじゃないが、これ以上こちらの手の内を読まれれば勝機はかなり薄いものになってしまう。

 決着は近い。

 

「…ッ!これで決める!桜花剣『閃々散華』!!」

 

 妖夢が仕掛けた。

 一瞬の重心の移動と同時に、その場に残像を残して接敵。楼観剣を振り上げ斬りかかる。一振り幽霊10殺の謳い文句の通りに、時空を超えた10本の斬撃が同時に繰り出される。

 それに対し咲夜はすぐさまカウンターの構えを取り、妖夢との接触時に最高速度(299792458m/s)でブラッドナイフを振り切った。

 

 剣速は僅かに咲夜が上だった。

 凄まじい衝撃で楼観剣を弾き飛ばし、もう片方で妖夢を仕留めにかかった。

 

「終わりねっ!」

 

「ええ、終わりですッ!奥義『西行春風斬』!!」

 

 スペルカードの詠唱とほぼ同時に地鳴りが発生する。それは踏み込み音だった。

 刹那、ピンクの波動とともに咲夜は横からの斬撃を受け、宙を舞った。そして受け身を取れずに地面へと墜落。おびただしい血を吐き出した。

 薄れゆく咲夜の意識の中で最期に視線に映ったのは、二人の妖夢の姿だった。

 

 妖夢は踏み込みの際に自分の形をとらせた半霊をその場に待機させていたのだ。つまり先ほどの踏み込みによって現れた残像は、同時に実体を伴っていたということになる。超スピードを利用した妖夢渾身のフェイクだ。

 

「ふう……私の勝ちです」

 

 妖夢の言葉に弱々しく反応する。事切れる数瞬前といった姿だった。

 

「けほっ……まさか、こんな隠し玉が、あったなんて……。ざん、ねん…ね……」

 

 咲夜は小さく咳き込んで血を吐き出し、そうとだけ答えると事切れた。

 その姿に妖夢は哀しそうに目を伏せながら、楼観剣と白楼剣を鞘へとしまう。

 

 成り行きだったとはいえ将来が有り、好敵手となり得た人物を殺めてしまった。……いくら斬っても、人を斬ることには慣れないものだ。

 

「このような結末でごめんなさい。貴女とは真っ向から勝負を決したかった。しかし私もまた貴女と同じように尊き主人を持つ身、どうしても勝たねばならなかったのです。……せめてですが、閻魔の裁きを受けるまで、貴女からの怨は全て受け止めましょう」

 

 

 

 

「じゃあ、これが私の怨みね」

 

「へ?」

 

 立ち去ろうとしたその瞬間、頭に蹴りを受けた妖夢は宙を舞った。そして受け身を取れずに地面へと墜落。奇しくも先ほどの咲夜と同じだった。

 脳天に強い衝撃を受けて、妖夢は一撃で戦闘不能へと追い込まれる。

 

 蹴りを放ったのはもちろん咲夜。先ほど負っていた深い切り傷は消滅しており、血の一滴すら付いていなかった。

 脳が揺れて情報処理が追いつかない。その隙に咲夜は時を止め、妖夢を何処からか取り出したロープでぐるぐる巻きに拘束した。

 

「な、なにが……!?貴女は今、死んだはず……!」

 

「ええそうね。さっきまでここに居た私は死んだ。だから()()()()()()

 

「そんな!いやまさか、ありえない!?」

 

「私は貴女たちと世界線をともにする十六夜咲夜よ。私が存在していれば過去にも未来にも私はいる。十六夜咲夜は二人存在することはできないけど、同一直線上に存在することはできるって訳よ。まあ、死んだ私が何処に行っちゃうのかは知らないけど」

 

 妖夢は咲夜がなにを言っているのかはよく分からなかったが、自分がとても愚かであったことには気づいた。

 咲夜に勝てたつもりに……いや、互角に戦えているつもりになって慢心していた自分が急に恥ずかしくなる。

 彼女に勝てる道理はなかったのだ。

 

「……殺せ。私は貴女を一時的にでも殺した。貴女には私を殺す権利がある」

 

「へえ、そうなの」

 

 咲夜は興味なさげに答えると、妖夢を抱えて歩き出す。ちなみに俗に言うお姫様抱っこではなく俵持ちである。

 死を覚悟していた妖夢にとっては咲夜の行動が不可解過ぎた。というより恥ずかしい。

 

「な、なにを……!?」

 

「私は殺すなんて生易しいことはしないわよ。同じ従者たるもの、貴女が一番嫌がる方法でやり返させていただきますわ。……主人の前に今の無様な姿を晒させるという屈辱をね」

 

「なっ!?ちょ、やめっ!離せぇ!殺せぇ!」

 

「嫌よ」

 

 妖夢にトドメをささなかったのは咲夜自身色々と思うことがあっての理由だった。また精神的に余裕が生まれているということもある。

 暴れる妖夢を無理矢理持ち上げて、激しい戦いが行われている場所へと飛んでゆく。

 咲夜としては幽々子か紫の場所に到着できれば良かったのだが、身開けた庭先の一画に居たのは魔理沙とアリス、そして橙とたくさんの藍だった。

 妖夢が芋虫のように体をよじらせ助けをお求める。

 

「藍さ〜ん!助けて下さ〜い!」

 

「黒幕も八雲紫も居ない……。今日はやけに貧乏くじを引きますわね」

 

「ぐげっ」

 

 軽くため息を吐いた。

 そして取り敢えず苦戦しているようである魔理沙とアリスコンビに加勢してやろうかと、妖夢をそこらへんに投げ落としてナイフを構える。

 

 だが彼女たちの背後で蠢く()()を見て、思わず手を下ろしてしまった。

 

 凄まじい勢いで淡いピンクの花をつけてゆく一本の大木。美しさはさることながら、空気に伝播している妖力の量が異常である。これほどまでの量はレミリアの側に常日頃控えている咲夜でも、中々お目にかかれないほどだった。

 また、どんどん幹や枝が膨れ上がっている。あまりに大きくなり過ぎて庭の一画が崩れかけているほどだ。

 

 あの桜の木を見ているとどうにも落ち着かない。

 咲夜は言いようもない不安に駆られた。

 

 

 

 *◇*

 

 

 

 ──冥界の春が西行妖に集っている?

 

 不意に感じた大きな違和感に幽々子は思わず振り向いた。じりじりと肌や心に焼け付くような痛みが走る。

 

 むしろ強制的に吸い寄せているという表現が適切かもしれない。幽々子や妖夢、藍の操作が効いていない証拠だ。

 

 確かに妖夢の集めてくれた春は、幽々子が西行妖に与えていた。けれど、こんな風に西行妖の方から春を強引に奪うような真似は今まで一度も無かった。

 西行妖が自分から春を求めている。……まさか自分から封印を解こうとしているのだろうか。一体どうしてこのようなことに……。

 

「よそ見なんて良い度胸ねっ!西行寺幽々子!!」

 

「……博麗霊夢」

 

 幽々子の弾幕を文字通りすり抜け接近するとともに、お祓い棒を振り上げた霊夢に対し、幽々子は優美な扇子を畳んで彼女を迎撃する。

 幽々子が柔ならば、霊夢はまさしく剛。幽雅な技で受け流す幽々子に対しあくまで力押しを良しとする霊夢は実に対照的だ。

 

「ふふっ…呑気にしてていいのかしら?貴女がこうしている間にも春は着実に集まっているわよ?急がないと、手遅れね」

 

「……チッ」

 

 霊夢は軽く舌打ちをしてやむなく後退し、物量戦法に切り替えた。霊夢が目を閉じるとともに空間が歪み、数えるのも厳かになるほどの虹色弾幕が幽々子へと迫る。

 だが、幽々子はすでに対策方法を把握済みだ。

 

「あらあら品のないこと。死蝶『華胥の永眠』」

 

 スペル詠唱と同時に夥しい数の霊蝶が辺りに舞い上がり霊夢の弾幕へと向かってゆく。触れたモノには絶対の死を。蝶に触れた弾幕は霧散し、消えてしまった。

 万物に等しく死を与える幽々子の能力は、生き物だろうが無生物だろうが、有機物だろうが無機物だろうが、そんなことは一切関係ない。

 訪れる結末は皆一緒だ。

 

 ……たった一人の巫女を除いて。

 

「まったく、かったるいわねぇ。どうして異変の黒幕っていうのはこんなに面倒臭い連中ばっかなのかしら」

 

「面倒臭い人っていうのは大抵暇してる人なのよ。暇だから構って欲しい。相手がそれを好意的に取るか、面倒と取るかはその相手の人間性次第でしょうけど」

 

「遠回しに私のことディスってるわね?」

 

 駄弁る間にも高度な弾幕の応酬が行われるが、全くの膠着状態だった。

 霊夢は攻撃を受け付けないが、幽々子に弾幕が届き得ない。幽々子もまた弾幕が霊夢に届き得ないが、完璧に封殺できている。

 

 試合としては互角といえよう。しかし勝負としては幽々子の圧倒的有利である。

 幽々子の目的は異変の完遂。それはただ待っているだけで成るのだ。幽々子が行うことは霊夢の足止めだけで十分。

 

「霊符『夢想封印』ッ!!」

 

「冥符『黄泉平坂行路』」

 

 痺れを切らした霊夢が必殺の夢想封印を繰り出すが、それもまた幽々子に容易く撃墜される。死という概念より逃れない限り、それを司る幽々子に対して無力になることは宿命づけられている。

 だがそんな幽々子のスタンスが、ただでさえ悪い霊夢の機嫌をさらに損ねさせる。

 

「イラつくわね…!こっちにはあんたを無視して西行妖とやらを先に片付けるっていう選択肢があるんだけど?」

 

「その時は貴女の守るべき幻想郷へと無差別に私の能力を使うわ。下手に動かないほうがいいわよ〜?」

 

「……なんであんたみたいな奴と紫が親友なのよ。意味が分からないわ」

 

 霊夢は本気でそう思った。

 幽々子の考え方や行動原理は、下手すればあのレミリアよりも厄介かつ凶悪なものかもしれない。自重知らずという点では一級品だ。

 なんにせよそんな怨霊を野放しにするのは危険すぎる。だからこそ紫が手綱を握っているのだろうか?その線が一番有力に思える。

 

「さあどんどんいくわよ。幽雅に足掻きながら西行妖の封印が解けるのを眺めていなさい!」

 

 幽々子はふわりと宙へ舞い上がり、手に握っていた扇を開く。そして再び大量の弾幕を展開し、敢えて霊夢の弾幕と相殺させる。

 始めとは一線を画す激しさに霊夢は眉をひそめた。

 

 当初の美しい弾幕が崩れてきていた。ただ目的を達成するためだけに放たれる致死属性付きの変哲ない弾幕。

 慌てるはずは時間制限がある自分であるはずなのに、逆に幽々子の方が何かに追われているような、そんな気がした。

 

 事実、幽々子は正気とは言いづらい状況にあった。時間が経つにつれ幽々子の平静は失われ、次第に興奮状態へと陥ってゆく。

 幽々子自身、そのことは若干不思議に思っていたが、目的達成が近いことに感極まっているのだろう……と、あっさり疑問を捨て去った。

 

 封印されていた人物と出会い、花開いた満開の西行妖の下で、紫とともに3人で酒を酌み交わす。ただそれだけを楽しみに戦っている。

 ここまで強烈に物事へと惹かれたのは初めてだった。妖夢の必死の制止にも耳を貸さなかった。紫との対決も厭わなかった。

 

 もしもここで失敗すれば、もしもここで挫折してしまえば二度と再起できない。そんな確信にも似た思いがあった。

 大した動機があるわけではない。それでもこれほどまでのリスクを犯して強行したのだ。自分が認識外でナニカを感じて、それに呼応したことには深い意味がある筈。

 絶対に、自分を変える何かが起こる。

 

 

 

 

 

 ───ただし、その前触れは幽々子にとって思いがけない現象だった。

 

 舞い散る桜とともに、小さな木漏れ日のような光の粒が辺りを揺蕩う。

 

「………?なに、これ?」

 

 幽々子の体がほんのりと妙な発光を始めた。体が薄く、希薄になってゆく。突然のことで当の本人である幽々子は戦いそっちのけで自分を抱え込み、相対していた霊夢もそのただならぬ様子に動きを止めて注目する。

 光は拡散し、春の嵐へと消えてゆく。

 

「あ、あぁ……いやだ。怖い、嫌だ」

 

 急に胸のうちに込み上げてきた不安は、心を蝕んだ。悲しくて、苛立たしくて、恨めしくて……なにより淋しくて。

 

「いや……いやだ」

 

「ちょ、ちょっとあんた……どうしたのよ?」

 

 気丈だった幽々子の変貌。それは少なからず霊夢を不審がらせた。

 思わず声をかけてしまった霊夢の問いに、幽々子はピクリとも反応しない。うわ言のように「怖い、いやだ」と繰り返すだけだった。

 そんな幽々子の様子と反比例するように、光の発光はどんどん強くなってゆく。

 

 

 そして、幽々子は光の粒になって消えた。

 

 

「……成仏、した?」

 

 突然の決着に霊夢は困惑気味に呟いた。

 たしかにイラつく亡霊ではあったが、あんな消え方をされて勝負をほっぽり出されたのではまったく納得がいかない。

 これでは異変解決には認定できないのだ。

 

 空に花びらとともに舞い上がり、階段の先へと飛んで行く幽々子だった光の粒。それを見ていると久々に博麗の勘が警鐘を鳴らす。

 冥界の空気も変わりつつあった。ついに異変が完成されるのか?それとも予想だにしない何かが起ころうとしているのか?

 

 異変黒幕である幽々子の消滅と、妖力をほとんど感じることができず、未だに姿を見せようとしない紫。もはや異変としては致命的だ。

 だがそれにも関わらず展開は加速してゆく。ここでなにか行動を起こさなければならないと、博麗の勘が訴えていた。

 

「……あの光を追っていけば何かが分かるのかしら?変なことにならなきゃ良いけど」

 

 ゆっくりと上空を飛行する幽々子だった光を見つめ、階段を登って行く。

 光にペースを合わせるのは実に面倒臭いものだ。だが絶対に見逃さないようにしなければならない。

 

 タンタンタン、と小気味良い音が辺りに響く。

 先ほどまでの激しい弾幕戦がまるで嘘のようだった。だが空気に含まれる圧倒的な死の気配はまったく失われていない。むしろそれは強くなっているような気がする。冥界なればこのくらいのことは当たり前のことなのかもしれないが、流石にここまでの規模を環境が作り出すとは考えにくい。

 ……まだ幽々子は死んでいないと予測した。

 

 やがて階段は終わり、焼け落ちた鳥居のようなものをくぐる。少し前までそれは門だったのだろう。おそらくはあのやけに興奮していた魔理沙あたりにでも焼かれたかと考える。

 

 眼前に広がるのは景色いっぱいの桜。そのあまりの迫力に霊夢は息呑むが、同時に痛烈な違和感を感じた。

 桜が咲いて、散って、舞って、朽ちる。これらがハイスピードで俊回しているのだ。

 春の暴走……とでも言えば良いのか?

 

 

 

 やがて霊夢は白玉楼の庭を進んでいくうちに魔理沙とアリス、そして庭を跋扈する大量の藍と縦横無尽に駆け回る橙を見つけた。

 

 激闘を続ける藍をなんとかフォローしようと橙が隙を窺って魔理沙を狙うが、それは全てアリスの人形によって相殺された。しかもアリスは同時に魔法陣からの砲撃による魔理沙へのフォローも行っており、橙との地力の違いを見せつける。

 一方の魔理沙は激しい攻撃を掻い潜りながらミニ八卦炉からのレーザーによって大量の藍を焼き払っている。だが表情は優れない。

 そんな苛烈な魔理沙に対して大量の藍はなぜかレーザーを避けることなく、まるで肉の壁とでも言わんばかりに自分の分身を魔理沙の正面へと配置していた。本人はまだ本気を出さずに時局を見計らっているようだ。

 

 幻想郷の実力者同士による対決。それは霊夢の視点からも目を見張るものであり、視界の隅っこでは咲夜がナイフを握って立ち尽くし、妖夢がぐるぐる巻きの状態から藍と橙へとエールを送っている。

 

 

 霊夢はふと背後に存在する桜の木に目線を向け、肩を震わせた。瞬間、霊夢の死角から光源が飛び出した。幽々子だった光はあの桜の木へと向かっている。近づくに連れて速さが増しているようだ。

 途轍もなくマズい気がした。

 

「魔理沙ッ藍ッ!!その木を今すぐに叩き割ってちょうだい!早くッ!!」

 

 自分も駆け出し、飛翔してその後を追うと同時に目一杯の力で叫んだ。

 普段あまり大声をあげない霊夢の叫び声に魔理沙と藍は戦闘を一度中断して、ギョッとした。しかしその後の行動は各々別れた。

 魔理沙は一度その場で全ての思考を中断し、間髪入れずマスタースパークで西行妖を焼き払いにかかる。霊夢の言葉に即座に従ったのだ。

 それに対し藍は妖力を纏った腕を振り上げ、マスタースパークを素手ではね退けることで西行妖を守った。

 藍が自分自身にインプットしている式には、異変達成のためのプログラムが書き込まれている。ただその通りに動いただけだ。

 

「くっ、強攻策に出たか!──橙、攻めはもういい、守備に徹するんだ。後ろの桜の木を守れ!さもなければ紫様の主命に背くことになる!」

 

「は、はい!」

 

「あんのバカ式たち……!」

 

 霊夢は苦虫を噛み潰したような厳しい表情を見せ、袖下からスペルカード『夢想封印 瞬』を取り出し発動させようとした。これならば幽々子だった光が辿り着くよりも先に、西行妖をへし折ることができるだろう。

 しかし発動まであと少しのところでスペルカードが白い物体によって吹き飛ばされてしまう。その白い物体の正体は妖夢の『半霊』であった。

 妖夢は感覚的に透明状態で攻撃がなんとなく効き辛そうな霊夢ではなく、確実に実体のあるスペルカードを狙ったのだ。

 

「くっ!なによアイツ!」

 

「西行妖は幽々子様お気に入りの桜木!攻撃なんてさせませんよ!」

 

 誇らしげに言い放った妖夢に対して、霊夢は初対面ながらも厳しい目で睨んだ。

 

 現在の状況が知れ渡っていれば妖夢も藍も、霊夢に協力してくれていただろう。

 だが情報なしでは西行妖に危害を加えることを彼女たちが許すはずがない。

 

 魔理沙とアリスは藍と橙に手一杯。

 霊夢は一瞬の隙を突かれて硬直、彼女のスピードでは間に合わない。

 最後の頼みの綱だった咲夜は静観、じっくりと様子見していた。

 

 

 

 ───そして(幽々子)は西行妖に触れた。

 

 




残念!咲夜さんとの友好度が足りなかった!もっと友好度が高ければ動いてくれたのに……

どうでもいいですがタイトルを変えるのはやめました。けどやっぱり長いのでタイトルを言う時は「幻想郷割マジ」とでも呼びましょうかねぇ


少女?欠番中…

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