幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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第一章は世界観の(物理的な)説明
紅魔郷編のみ戦闘描写が多いです


影歩む深淵*

 *◆*

 

 

 陰鬱とした紅蓮の霧が大地を包む。その浸食は留まるところを知らず、宵闇の夜空に爛々と輝く月でさえも紅く染め上げた。

 その紅き霧は人里に少なくない被害をもたらし、ついに博麗の巫女より異変との認定を受けることとなる。

 博麗の巫女…博麗霊夢が動けばその異変は終わる。幻想郷での常識だ。

 

 現に当代、歴代問わず彼女たちが解決できなかった異変はゼロ。信頼と実績の塊である。

 今回も何食わぬ顔をして軽く異変を解決するのだろう。

 

 

 自らの勘に従い思うがまま浮遊する霊夢。

 博麗の巫女の異変解決はまずそれから始まる。当てもなくふらつき、当てもなく彷徨えば、いつの間にか異変の渦中にいる。博麗の巫女とはそういうものなのだ。

 そこへ…

 

「よう霊夢。今日は異変解決日和だな。ついに興が乗ったのか?」

「…魔理沙…。そうね、興に乗らされたわ。おかげで、今日は永い夜になりそうね」

「んあ?もう夜か?いまいち霧のせいで分からないな。まあ、若干暗い気がしないこともない」

「そうね、私も知らないわ。涼しいから夜だと思ったんだけど」

 

 友人、霧雨魔理沙が何処からともなく箒に乗ってやってくる。

 霊夢に追随する様子を見るに、彼女もまた異変を解決するつもりなのだろう。霊夢に着いていけばやがて異変の首謀者とかち合うのだから。楽なものだ。

 

「んー…この方向から行くとやっぱりあの紅い館か?確かにありゃ怪しいよな」

「ああそういえばそうね。紅い館があるわ。真っ赤だもの、怪しいわ」

 

 そんなのらりくらりとした様子で彼女たちは霧の湖へと差し掛かろうとしていた。

 やがて魔理沙は何かを発見する。黒い球体状のモノが空中をフヨフヨと浮遊している姿を。

 その黒いナニカは吐き気を催すほど瘴気を放っていた。いや、実際には放ってない。そう感じるのだ。大妖怪ですら裸足で逃げ出す威圧感。普通の人間が見たならばショック死しかねないレベル。

 それほどまでに目の前のものは異物だ。

 

「おい見ろよ。ありゃなんだ?」

「…おはぎかしらね。あー…おはぎが怖いわー」

「確かに、見てるとお茶が怖くなるな。お茶が怖いぜ」

 

 しかし、そんな意味不明な物体を意識に介せず、霊夢と魔理沙は完全にスルーした。

 黒い球体状のナニカも霊夢たちの行く手を遮ることなく通り過ぎ、紅い霧の中へ消えていった。

 

「変な妖怪もいるものね」

「お前さっきおはぎって言ってなかったか?」

「おはぎの妖怪でしょ」

「ああ違いない」

「おはぎの妖怪って誰?」

 

 

 

「おっ?」

 

「ん?」

 

 いつの間にか二人の前には先ほど通り過ぎた暗い球体状のナニカがフヨフヨと浮遊していた。先まわりでもしたのだろうか。

 睨み合うこと数秒、突如黒い球体状のナニカはパックリと割れ、中からほおづきのような紅いリボンをつけた金髪の見た目少女が現れる。

 

 霊夢はその相貌を見やり、かつて幼少期に聞かされた紫の話を思い出した。

 紫曰く、「見かけたら逃げなさい。あの妖怪に目をつけられたらいくら貴方といえども命は…ない…(かも…)。彼女の操る闇は、一切の光を遮断し、この闇にあてられたものは完全なる漆黒の世界に正気を失うと言われているわ。どんな姿かだって?そうねぇ…紅いリボンが特徴の幼い少女よ……(ああ、恐ろしい…。なんでこんな化物ばっかりなの…)」とのことだった。

 あの時の紫の様子からすると本当にヤバイ妖怪なのだろう。

 しかし当時の幼少期霊夢は紫が自分を子供だから見くびっている…と大して気にも留めなかった。そして今も留めてない。

 取り敢えず魔理沙が応答した。

 

「誰もお前のこととは言ってないぜ」

「そーなの?」

 

 少女…常闇の妖怪ルーミアは首を傾げた。

 

「いや、あんたのことよ。それで、あんたは誰?」

「さっき会ったじゃない。もしかして鳥目?八目鰻をおオススメするよ?」

 

 八目鰻には鳥目を治す効力がある。

 

「いらないわ。人はね、暗いところじゃなにも見えないのよ」

「? けど夜しか活動しない人とか見たことあるけど…」

「それは食べてもいい人類」

 

 博麗の巫女が妖怪にこのような発言をするのは見方によっては真偽を問うものであるが、里の人間はともかく外来人の捕食は公に許可されている。見かければ助けるが、わざわざ妖怪側に自制させるほどのことでもない。

 

「そーなのかー」

「そうなのか?」

「さあ?私に聞かれてもねぇ」

「なら…あなたは食べてもいい人類?」

「良薬口に苦し…って、知ってる?」

 

 霊夢が薬なのかどうかは完全に別問題。苦いからといって良薬であるとは限らないのである。

 

「食べてみなきゃわからないでしょ?」

「違いないな」

 

 魔理沙がルーミアの言葉を肯定したところで戦いは始まった。

 さて、ここで一つ補足しておこう。

 

 これから行われるのはゲームではない、

 ごっこ遊びではない。

 美しさの有無が問われる決闘でもない。

 

 

 妖怪と人間との…古来から行われる単純な殺し合いだ。

 幻想郷には

 

 

 

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「それじゃ少し齧らせてね。良薬かどうか確かめるから」

 

 ルーミアは手を水平に横へ広げると体より漆黒の闇を噴出した。闇は徐々に…徐々に広がってゆく。先ほどまで赤黒かった景色は一変し、完全な闇へ。

 

「おっと、これじゃなにも見えないな」

 

 魔理沙は懐からミニ八卦炉を取り出すと火を灯し光を得ようとした。しかし…

 

「んぅ?全然明るくならないな」

「霖之助さんの仕事も案外いい加減なものなのね」

「んー…あいつに限ってそういうのはないと思うけどなぁ?」

 

 ミニ八卦炉の作者である霖之助へ熱い風評被害が浴びせられたが、これは仕方のないものだ。決して霖之助が悪いわけではない。

 ルーミアの闇は幾つかの分類に分かれているが、今展開している闇は魔法の闇。光を通さない不変の闇である。

 ルーミアのテリトリーに入った人間には最期、捕食される未来が確定する。

 だが、ルーミアの目の前にいる二人の人間は人間擬だ。

 闇に溶け込んだルーミアは背後からそっと近づくと腕を振るい、ゴウッと闇を切り裂き、霊夢の首を狙う。

 しかし…

 

「まあ、関係ないがな」

「そうね。妖力だだ漏れだし」

 

 なんともないようにお祓い棒でルーミアの一撃を防ぐ霊夢。お祓い棒からは凡そ木の棒が出すはずのないギギギ…という金属音のような不協和音が鳴り響く。

 

 ルーミアは眉を顰めた。

 今霊夢と魔理沙は暗黒に包まれている。まさに目を閉じた状態でルーミアと戦っているに等しい。

 まず、ルーミアの腕力はかなりのものである。軽く腕を振るえば木の数本は粉々に砕け散るほどの腕力だ。しかし霊夢は軽く一撃を防いで見せ、現在、力ではルーミアと拮抗…いや、ルーミアの圧力を完全にあしらっていた。

 

「おはぎ妖怪は私に退治されるのが御所望みたいよ。あんたはすっこんでなさい」

「まあいいや。次の妖怪は私だからな」

 

 これは偶然などではない。

 霊夢は最初からルーミアを妖力で感知していたのだ。魔法の闇からも妖力は湧き出ているが、その源泉たるルーミアの莫大な妖力は霊夢や魔理沙には感知があまりにも簡単すぎた。

 また妖力を感知しなくとも気配を感じればルーミアの行動など筒抜けである。

 

「ふぅん…普通の人間じゃなかったんだ。やるね」

「妖怪から褒められても嬉しくないわよ…っと!」

 

 霊夢は袖下から何十枚もの霊札をルーミアに向けて投擲する。一枚一枚が莫大なる霊力が秘めた博麗の札であり、大妖怪ですら一撃で昇天させるほどの代物だ。

 しかしルーミアは闇に溶けていき、その姿を消滅させることでコレを回避した。

 

「凄い凄い、人外さんだったのね。これは私も少し本気よ」

「失礼ね。私は普通の人間だっつーの」

「どの口が言ってんだか」

 

 いつの間にかルーミアと霊夢からかなり離れた位置まで退散していた魔理沙が苦言を漏らした。

 かく言う魔理沙も…だが。

 

「それでも私は少し本気」

 

 ルーミアは再び手を水平に左右へ伸ばすと、闇を噴出した。

 その闇は展開されている暗闇を吸収し、肥大化してゆく。吸収するごとに闇は晴れていった。

 

 今度の闇は先程まで展開されていた暗闇を作り出す魔法の闇とは一味違う。

 その闇はどこか粘着質でドロドロとしていた。雰囲気からして触れるのはあまりよろしくない産物であると霊夢は思う。

 

 噴出された新たな闇は空中にて分散、集合し数百以上の弾幕を作り出す。

 

「さあ、私に齧らせて頂戴?」

「だが断るわ」

 

 瞬間、闇の弾幕は雨のように霊夢へと降り注いだ。勿論素直に被弾する霊夢ではない。

 強力無慈悲な結界を即座に展開。粘着質な闇を阻む。しかし…

 

「…あら」

 

 闇は凄まじいスピードで結界を侵食。術式を粉々に破壊してゆく。

 これまで一度も破られたことのなかった自前の結界を破壊されたことは霊夢にそれなりの驚きを与えた。

 

「なるほど、防御もダメなのね」

 

 霊夢は回避に専念する。

 隙間もないように見える弾幕の雨あられをなんともないように回避し、その姿は霊夢もまた人外レベルの化物であることを物語っていた。

 しかし相手は本物の化物である。

 

 自身のほうへ飛んでくる闇を焼き払いながら魔理沙は傍観していたが、やがて異常に気付き、小声でぼやく。

 

「…おいおい。やばくないかこれ」

 

 その視線の先には地面に着弾したルーミアの闇があった。その闇は地面に着弾してなお、這いずり回り、食い尽くしてゆく。

 

 侵食の闇。

 ありとあらゆるものを飲み込み、消滅させる。その危険度を魔理沙や霊夢、ルーミアの下に存在していた林が物語る。

 闇に呑まれ、徐々にその姿を消失させてゆく木々と地面。生命を容易く飲み込む闇の恐ろしさだ。

 

「おーい霊夢、下は無しだ。幻想郷に被害が出るぞ」

「あー…? ったく…面倒くさいわね」

 

 霊夢はルーミアの上空に飛行しルーミアの闇が地上に届かないようにする。思惑通り闇は地面に落ちず、空へと消えてゆくのだが…

 

「…霊夢…。上も無しだ」

 

 闇は、()()()を食っていたのだ。

 博麗大結界を破壊されれば幻想郷は壊滅する。それは何としても避けなければならない。

 

「あー面倒くさい。心底面倒くさい!!」

「私が手を貸してやろうか?うん?」

「いらないわよ」

 

 ムスッとした顔でそう言うと霊夢はルーミアを正方形で囲むように結界を展開する。

 しかしそれらは全て闇によって侵食され、消滅してゆく。

 

「ゲフ…ご馳走様」

 

 満足そうな顔をルーミアが浮かべる。しかし…霊夢は不敵に笑った。

 

「あら、そんなものでいいの?そうと言わず、どんどん食べていいのよ?」

 

 正方形の結界が侵食されるよりも早く次の結界を展開。再びルーミアを囲うように結界を重ね掛けする。

 その結界もまた闇に呑まれてゆくが霊夢は消滅するよりも先にさらに結界を展開。闇を外に出さず封殺する。

 さらに…

 

「お?おぉ?」

 

 結界を重ね掛けするごとに結界はどんどん縮小してゆく。

 ルーミアを徐々に徐々に封じ込め、ついにはギリギリルーミアが入るサイズまで結界は縮小された。

 

「狭い〜」

 

 ルーミアはなんとか闇で結界を破壊しようとするがそれを上回る勢いで霊夢が結界を複製。

 魔理沙は「ほう…」と感心したように呟いた。

 そして最後に霊夢は手を突き出し…微笑んだ。

 

「じゃあね」

 

 突き出した掌を握る。瞬間、ルーミアを囲うように展開された結界はへしゃげ、パンッという拍子抜けした音とともに破裂し、中のルーミアともども、木っ端微塵となった。

 文字通り、そこには何もなかった。霊夢は闇すらも消滅させたのだ。

 ルーミア消滅に影響したのか、先程まで林を食い荒らしていた闇や、博麗大結界を破壊しようとしていた闇は光に消えた。

 

「中々えぐいことを考えるな…。この私でもドン引きだぜ?」

「知らないわ。あいつは妖怪だった。それだけよ」

 

 素っ気なく言い放つ霊夢に苦笑いする魔理沙。これだから自分の親友は恐ろしい…とでも思っているのだろう。一つ補足しておくが、魔理沙も十分恐ろしい。

 

「さて、おはぎ退治も済んだことだし、目的地を目指すとするか」

「そうね。さっさと――――」

 

 楽しげに魔理沙と会話していた霊夢であったが、急にピタリと全ての動作を止める。

 緩んでいた顔は妖怪退治の顔へと戻っていた。

 

「おいおいどうし――――ッ!」

 

 ゾワッと背中に走る悪寒。魔理沙は八卦炉を逆ブーストさせ無理矢理後ろへ後退する。

 瞬間、先程まで魔理沙がいた場所を無数の黒い槍が突き刺していた。コンマ一秒でも反応が遅れていたら魔理沙の命は無かっただろう。

 

「っと、危ない危ない。最近の妖怪は随分とタフだ、なッ!!」

 

 魔理沙は掌から星型の弾幕を一つ、木の残骸が転がっている場所へ…正確には木の残骸の影に向かって飛ばした。

 バンッという爆発音とともに血溜まりとクレーターが出来上がる。血の正体は恐らくルーミア。影に潜んでいたのだ。

 しかし、血溜まりは闇に消え、影よりルーミアは復活する。

 その顔は歓喜に、愉悦に歪んでいた。

 

「いい霊力…」

 

 霊夢を見ながら言う。

 目はまさに獲物を見る目。赤く血走っていた。

 

「いい魔力…!」

 

 魔理沙を見ながら言う。

 口からはギザギザの歯が覗き、涎が溢れんばかりに溢れていた。

 

「あなたたちは、どのくらい美味しいの?」

「それを私たちに聞くのはお門違いってやつだぜ。お前は自分を食ったことがあるのか?」

「あるよ。すっごい不味かった」

 

 ベーっと苦い物を食べたような顔をするルーミア。痛みとか、そういう概念はないらしい。

 

「そうかい。なら不味いんだろう、私も、お前も」

「そーなのかー」

 

 手を左右に広げ、十字架のポーズを取る。今までの行動パターンを見るにこれが闇を放つ合図だろう。

 

「なんでそんなに手を広げてるんだ?」

「『聖者は十字架に磔られました』って言っているように見える?」

「いんや。『人類は十進法を採用しました』って見えるな」

「あんたたちには何が見えてるのよ」

 

 霊夢のツッコミが入ると同時に、ルーミアの影は広く広く地面に広がってゆく。

 そして、影は蠢く。まるで虫か何かが這うように闇は蠢いていた。

 

「また新しい闇? あんたいくつ種類があんのよ」

「さあ? 無限の活用性があるからね。例えば…こんな風に」

 

 ルーミアは手をバッと上に上げる。瞬間、霊夢と魔理沙の真下に展開されていた闇から幾多もの黒色の槍が噴出される。まさしく斬撃の嵐。まともに食らえば恐らく原型すら残るまい。

 

 魔理沙は高速でその場から離脱することで難を逃れたが、躱すのは面倒臭いと判断した霊夢は結界を展開し防御する構えだ。

 そして衝突。凄まじい不協和音が幻想郷に鳴り響く。槍が結界に当たるたび、ビリビリと大気が震えた。

 

「霊夢の体が押されてるな…あの闇には質量があるのか?」

 

 魔理沙の予想は正しい。

 ルーミアが操り、霊夢にぶつけている闇の槍は俗に言う暗黒物質(ダークマター)と呼ばれるものだ。質量は持っている、しかしその他一切のことは不明と…まさに幻ともいえる物質。それすらも自由に操るルーミアの危険度は一線を画すだろう。

 

「おーい霊夢ー? 手を貸した方がいいんじゃないかー?」

「うるさいわね…生憎だけど結構よ。あんたは自分の方にくるのだけ払っておきなさい。…霊撃」

 

 霊夢は結界を爆発させ。纏わり付いていた槍を突き放した。

 その一瞬の隙。霊夢にはそれだけで十分だった。

 

「封魔針」

 

 霊夢の投擲した破魔の針は風を切りルーミアへと突き刺さった。脳天に一本、首に一本、胸に一本。

 ルーミアは大きく目を見開くと、ボロボロと崩れ紅霧に消えた。

 しかし霊夢の顔つきは戻らない。すなわち…

 

「…全く堪えてないなあいつ」

「初っ端から面倒臭い妖怪に出くわしたわねぇ…。もう放っといてもいいかしら?」

「ダメよ」

 

 いつの間にか復活していたルーミアが背後から霊夢へと近づいてゆく。

 

「私は闇がある限り何処からでも湧いて出るわよ。こんな美味しそうな肉を逃すなんてありえない」

「鬱陶しい。そろそろ消えてくれない?」

 

 振り向き際にお札を投擲。迸る霊力でルーミアをバラバラに弾き飛ばす。だがこんなものでは闇を消すことは出来ない。この世の理が成り立つためには闇は必要不可欠なのだから。

 

「嫌よ嫌」

「そんな美味しそうなお肉を見せびらかして」

「私を誘っているのに」

「それを直前でお預けなんて」

「私に死ねと?」

 

「死ね」

「ははは…」

 

 影から次々と湧いて出るルーミアに霊夢は思いのほどをありのまま言い放ち、魔理沙は霊夢のキレ具合に苦笑する。

 

 複数に分裂したルーミアは各々で闇を展開。不可視の闇を展開し、侵食の闇で行動を縛り、暗黒物質(ダークマター)を剣、槍、斧、しなやかなムチといった様々な形に加工して攻撃し、いくら殺しても影から湧いて出る。

 霊夢は危なげなくそれらを回避し、殲滅していたが、あまりにもジリ貧過ぎる。

 しばらく黙ってこちらにやってくるルーミアのみを焼き払っていた魔理沙であったが、とうとう見かねたのか霊夢へ呼びかけた。

 

「なあ霊夢。お前だけでも負けることはないだろうが…勝つこともないんじゃないか?」

 

答えは返ってこない。

 

「私が手を貸せばこの勝負は一瞬でケリがつく。わかってるんだろ?」

 

 一枚の魔力を収縮したスペルカードをピラピラと見せびらかしながら、現れるルーミアを殲滅している霊夢へ得意げに語りかける。

 しばらくガン無視を決め込み、次々と影から現れ苛烈な攻撃を仕掛けるルーミアを殲滅していた霊夢だったが……五十体目のルーミアを殺したあたりで不服そうな表情をしながら魔理沙の元まで飛んだ。

 

「一つ言っとくけど…相性の問題よ」

「分かってるって。天儀『オーレリーズソーラーシステム』」

 

 魔理沙がスペルカードの魔力を解放する。迸る魔力に伴い凄まじいエネルギーを秘めた一つの弾幕が幻想郷上空に生成されてゆく。そして完成したのは…闇を切り裂く最強の存在、太陽を擬似した巨大な弾幕。

 暗闇と紅霧に包まれた幻想郷を一つの擬似太陽が照らす。

 ルーミアは鬱陶しそうな顔をするが…その後に小馬鹿にしたような表情を浮かべた。

 

 世界を成す理には陰陽という、最たる大前提となる理がある。

 

 男と女。

 羊飼いと狼。

 夢と現。

 生と死。

 光と闇。

 

 双方調和して理を成す。

 片方なくして片方無し。

 光が強まれば同様に、闇も濃くなるものなのだ。擬似太陽を作り出したところでルーミアの力をさらに増加させることにしかならない。

 

「太陽ね。確かにそれは厄介。だけどそんなものじゃ私を殺すには遠く及ば――――」

「そうね。あんたを消すにはこれくらいしないと」

 

 直後、霊夢は再びその身から有り余る霊力を放出させる。しかし、その霊力は徐々に、徐々に形質を変化させてゆく。

 そして霊夢の体から噴き出すのは…神力。

 

「『女神の舞に大御神は満足された。天岩戸は開き、夜の侵食はここで終わる』」

 

 霊夢は祝詞を読み上げ、その身から神々しい神力とともに光が溢れ出す。その光は全ての物に命を注ぐこの世で最も尊き光。正真正銘の日光である。

 

「『この世の闇を討ち滅ぼすは太陽が務め。顕現し給え天照大御神』」

 

 神降ろし。

 霊夢は神道最高位の神である天照大御神をあっという間に幻想郷へと顕現させた。魔理沙の「天儀『オーレリーズソーラーシステム』」は擬似的な太陽を創り出すことで、暗黒の夜闇の中でも天照大御神を顕現させることを可能にするための布石だったのだ。

 天照大御神の降臨にはさしものルーミアも目を見開いた。

 

 ルーミアの正体については今回割愛するが、彼女と天照大御神の繋がりはかなり深く、表裏一体の存在と言っても過言ではないのだ。

 

 溢れ出る日光に対抗するように闇を今まで以上に放出させるルーミア。しかしそれに伴い、光もまた輝きを増してゆく。

 

 これには闇の権化たるルーミアをもってしても形を保つことはかなり難しい。

 しばらく拮抗させるように闇をドバドバと放出し光を飲み込まんとしていたが、やがて諦めたようにダランと左右に伸ばしていた腕を下へ下ろした。

 

「…今夜は出直すわ。いつか嚙りに来るからね」

「もう二度と来ないで欲しいわね」

 

 霊夢の言葉とともにルーミアはスゥ…と光に溶けていった。

 やがて光は収まり、幻想郷に再び紅い紅い夜が戻ってくる。

 

「ホント…幸先悪いわね。こんなしぶとい妖怪に出くわすなんて。しかもまだ生きてるし」

「ま、私ならもっと早く倒せたけどな。そんじゃ、さっさと紅い館を目指そうぜ」

 

 

 

 stage1.クリア

 

 

 

 ーーオマケーー

 

 

 

「…このままでは幻想郷が幻の狭間に消えてしまう。早急に博麗大結界を修復する必要があるわね…」

 

 紫はギリィと締め付ける腸をお腹の上から押さえ、ルーミアによって食い破られた部分からボロボロと崩壊してゆく博麗大結界をスキマから見やる。

 ついに腹をくくる時が来たのだ。自分の全妖力をかけた術式を大結界に組み込めば幻想郷の崩壊を防ぐことができる。だがそうすれば恐らく紫の存在は消えてしまうだろう。

 …それでも構わない。愛すべき幻想郷のためなら…!

 妖怪の賢者としての役目を果たす時が来たのだ。

 

「…藍、後のことは任せたわよ」

 

 覚悟を込めた声音で藍に語りかける。

 しかしそれに対し藍はアッケラカンとして表情で答えた。

 

「わざわざ紫さまのお手を煩わせる必要はありませんよ。博麗大結界にはこの藍めが予め術式を仕込んでおります、あの程度の闇の侵食であればこれ以上の崩壊はありません。即手直しに向かいます、恐らく修復作業は五秒ほどで済むかと。賢者たちや人里の有力者たちへの事情説明も既に橙へ指示しておりますので安心してください。それでは」

 

 何度も言うように紫オリジナルの能力であるはずの境界を操る能力を行使し、スキマを開くと霊夢とルーミアが戦っていた場所へと降り立つ八雲藍。

 

 誰もいなくなったスキマ空間で紫は呟いた。

 

「私の…仕事は…?」

 

 紫の静かな慟哭は響くこともなく、スキマの向こうへ掻き消えていくのであった。


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