幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
なんだかんだで幻想郷は梅雨入りした。
各地で狂ったように雨が降りしきり、幻想郷にはなかった海が出来上がってしまうのではないか、と思ってしまうほどだ。
土砂降りの外を見てるとなんだかしんみりとした気持ちになってくる。
こういう日は忙しくて読めずに積み上がった本の塔を一日かけて消費するに限る……ってなんかインテリ系賢者みたいじゃない?
八雲紫時代はそういう……ふぃろそふぃあ?的な生活に憧れたものよ。まっ、休みの日もすぐに厄介ごとが舞い込んできておじゃんになっちゃうんだからそんな暇ないんだけどね! 今思えば春雪異変のあまりの暇さが異常だったのよ。まあ、あの期間はポケモン攻略に費やして正解だったと思うわ。
さて、そんなこともあって私は久しぶりに読書をしてみようと思ったわけ。家事もほとんど終わらせちゃって暇だしね。私のふぃろそふぃあがビンビンに刺激される!
それに読書に耽る文学少女っていいよね。鈴奈庵のお嬢ちゃんとか人里で人気あるみたいだし、紅魔館の本の虫はなんだかんだで知的に感じる。
そんなわけで早速霖之助さんに手頃な本を求めたのよ。そして少し考えた彼から渡されたのが童話『ももたろう』……。
霖之助さんってさ、私のこと何歳くらいで見てるんでしょうね? 『ももたろう』を渡してきたことを鑑みると3〜5くらいかしら。
流石にプライドが傷つくわ……。
「ね、ねぇ霖之助さん? 『ももたろう』もそりゃいい話だと思うわよ? だけどもっとこう……手心というか……」
「おや不服かい? うーん……だがもう幼児向けの本は
よ、幼児……。少女とすら思われていなかったことに何とも言えない気持ちになった。
別に紫ボディには戻らなくていいから少しずつ成長していってちょうだいねメリーボディ。レミリアから心の目を背けつつ私は願った。
「私にも漢字は読めますわ! なにかこう……読んでると頭が良さそうに見える本とかない? 難しい漢字とか色々書かれてるやつ」
「……あることにはあるが、君に理解できるものなのか。そもそも君、複雑な漢字を読めるのかい? 大陸のギリシア出身だろう」
「あ、ああーっ! うんそうね、私はギリシャ生まれのメリーよ! だけど日本かぶれだから漢字オッケーね! その代わりギリシャ語とかは苦手だから、そこらへんオッケーね!?」
危ない危ない……思わずボロが出そうになってしまった。何となくその場の勢いでギリシャ出身とか言っちゃったけど、完全にメリーの設定を間違えたわね。
気をつけなきゃ。
霖之助さんは眉をひそめると、机に積んであった本の一冊を私に渡してくれた。
「今僕が読んでいるものだよ。中々興味深い内容だが……まあ幻想郷向きではないね」
「へぇー……なになに?」
冊子には『非ノイマンなんとかかんたら』と書かれている。なるほど、なんか頭が良さそう!
「ところでノイマンって何? 人の名前?」
「人に聞くばかりでなく自分で考えるといい。例え間違っていてもその考察に要した力は自分の経験値になるだろう」
「なるほど、それで今の霖之助さんが在るわけね! 凄く納得したわ!」
「へえ、そうかい」
ちなみに今のって皮肉ね。霖之助さんがそれに気付いているかどうかは知ったこっちゃない。
さて、それじゃ読んでみましょうか。
えっと……ミニマックス定理? エルゴード理論? ちょ、なにこれ魔物の本?
あーだめだめ、難しすぎます! メリーちゃんはまだ子供だからね、もっと大人になってから読みましょうね。うんそれがいいわ。
「霖之助さん。チェンジで」
「ん」
そして渡されたのは『ももたろう』
私は渋々絵本を受け取ると、ブラウン管テレビの上に腰かけた。くそぅ……霖之助さんにうまいこと転がされてるわ!
しかし桃太郎ねぇ。桃から生まれた男の子が爺さん婆さんからきびだんごを貰い、犬猿雉で鬼の一団に挑むなんともまあとんでもないお話。
桃太郎が人間じゃないのは確定として、桃から生まれるあたり天人か妖怪よね。けど『ももたろう』の中には桃を食べて若くなった爺さん婆さんが桃太郎を産むパターンもあるみたいだし、桃はやっぱり仙桃? どこぞのおバカな天人が下界に落としたのかしら?
まあそれなら鬼に勝てなくもない……かもしれない。犬猿雉で鬼の弱点突きまくってるし。もっとも
創作物語を真面目に考察してどうするんだって思うかもしれないけど、案外実話も多いみたいよ? 例えば浦島太郎やら一寸法師やら瓜子姫やら……。実話は小説より奇なりとかなんとかってね。
もしかしたら私……ゲフンゲフン! 八雲紫の出てる物語も探してみればどこかにあるかもしれないわね。多分退治される側か苦労人ポジでしょうけど!
話は戻るけど鬼を退治したって相当な玉よね、桃太郎って。いや、もしくはこの鬼たちが歴代最高級に弱かったって可能性も。
私の知り合いの鬼たちは全員どこかしらイっちゃってる連中だから判断つかないわ。中でも一番親しくしてた(ように思える)萃香なんて……………………萃香?
あのロリ鬼のにやける顔が私の脳裏をよぎった瞬間、とある場面が瞼の奥でフラッシュバックする。そう、あれは春雪異変真っ只中の時だった───!
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『ゆかりぃ……いつになったら宴会を始めるんだよぅ。もう春だって言うのにさぁ』
『春は春でも吹雪荒れるこんな春よ。雪見酒で我慢してちょうだい……お酒ならウチに眠ってるのをいくらかあげるから』
『断るね。雪見酒を始めてもう月が四つも過ぎたんだ…鬼は我慢が嫌いだよっ! あー暴れちゃうおうかな幻想郷にこの鬱憤をぶつけてやろうかな。異変の黒幕もろとも幻想郷を粉砕してやろうかなー!』
『やめなさい。……近々異変も解決するでしょうし、その時一番に宴会を始めればいいわ。ちなみに貴女が主催でね。霊夢……博麗の巫女なんかもおそらく宴会に飢えてる頃でしょう』
『待てないなぁ。そうだねぇ……うん』
『……?』
『久しぶりに紫と一晩中酒を酌み交わしたいな。腹の底を割ってお前さんと語らいたい。でも、今日は(異変の件で)忙しいみたいだね?』
『そうね…確かに今日は(ポケモンで)忙しいわ。そろそろ(ロケット団の)野望を食い止めなきゃならないから。(ヤドンの)尻尾切りは許さない』
『ふぅん……お前さんがそこまで言うならよっぽど厄介な連中なんだね。まあその件に私は関係ないや。それよりも今日がダメなら、一晩中酒を酌み交わすのは私が開いた宴会の時にでも……ね。それなら私はおとなしく異変が解決されるのを待つさ』
『……貴女と酒を酌み交わすのは少しばかり骨が折れそうだけど、そこまで言うなら致し方ありません。誘いに乗らせてもらうわ。だけど絶対暴れないでちょうだいよ?』
『はっはっ…そうこなくちゃ。伊吹萃香の名にかけて誓おう、私が萃めて主催する宴会で紫が私と酒を酌み交わせば、私は絶対に暴れない! しかし、万が一にでも約束が破られた場合……私はこの鬼の剛力と能力で幻想郷が壊滅に追いやられるまで暴れまくる!』
『そ、そう……。そうね、そうしましょう。私と貴女の約束よ』
『約束か。……私の友人であるお前が、嘘つきにはならないでおくれよ!』
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……異変が終わってどのくらい経ったっけ?
萃香さんもう宴会始めちゃってたりする? もしかして破壊活動実行中?
い、いや……まだ宴会は始まってないという可能性もあるわ。だって萃香のイミフな能力を使えば私を萃めることなんてお茶の子さいさい。朝飯の前に赤子の手をひねるようなものよ。
そう、私はまだ萃香に呼ばれてないわ。つまり! 萃香はまだ宴会を開いてないか約束云々を忘れてしまってるかの二つに一つ!
このことはもう忘れましょう。多分なんだかんだで流れちゃったのよそうに違いない。
ていうかそうであってくださいお願いします。
なんて納得しようとしたけど膝がガクガクと無様に震えていた。く、くそ、震えよ止まれ! 私はこんなものでは……!
「……メリー君。もしかして『ももたろう』は君にはまだ早かったかね?」
「違う違うちがーうっ!」
そっちで震えてたんじゃないわよ! 霖之助さんには私が妖精以下に見えるようねっ!
ま、まあなんだかんだで気は紛れたわ。別にあっちは意識してないと思うけど一応助かった。ふぅ……落ち着くのよ紫。っじゃない! 私はメリー! ギリシャ出身の元気いっぱいロリ妖怪!
───カランカラン
「きたぁっ!?」
「お、おう? 今日も元気そうだなお前」
来店の絶妙なタイミング故に萃香を疑ったが、やってきたのは魔理沙だった。そ、そうよね。ここで萃香が来るなんてただの御都合主義よね。
取り敢えず魔理沙が来てくれたのは良かったわ。暇を潰せるから。私は嬉々として魔理沙に駆け寄り、一方で霖之助さんは魔理沙を一瞥するのみでやがて気怠げに例の『非ノイマンなんたらかんたら』に視線を戻した。
「いらっしゃい魔理沙! 今日はどうしたの?」
「ああ、お前とこーりんを宴会に誘いに来たんだぜ。近頃は雨ばっかでメンツが少ないからな。だから知り合いに片っ端から声をかけてるんだ」
え、宴会……。今の私には一番ダメージを与えることのできるトラウマワード。
ていうか雨の日も宴会をやるなんて正気の沙汰じゃないわ。まさか……ね?
「あ、あのさ……その宴会の主催者って誰か分かる? 鬼じゃないわよね? ね?」
「主催者……そりゃ霊夢じゃないか? あいつが宴会の準備をしてるから私たちは集まってるんだからな。博麗神社ほど手軽に宴会ができる場所ってのもそうそうないし、なにより飽きないんだ」
「そう、よね。うん」
「あー…確かに最近の宴会頻度は異常だが、心配するほどのことじゃないぜ。多分霊夢の踏ん切りがつかなくなってこんなに長引いてるんだろう」
うーん……私の見てないところで行われている霊夢の凶行は気になるけど、萃香の仕業……ではなさそう? 霊夢なら鬼なんて見かけた瞬間即退治だもんね。
けどあの萃香と霊夢の二人が争ったら……やべぇ、震えが戻って来たわ。
「まあそういうことだ。というわけで、どうだ? メリー、こーりん」
「却下だ。わざわざ雨に濡れに行く神経が知れないよ。メリー君だけにしてくれ」
「言うと思ったぜ。んじゃメリー来るか?」
どうしようかしら。今思ってみればメリーになってから一度も香霖堂から離れてないし……たまには外出してみようかな?
久しぶりに霊夢の顔も見ておきたいし、コネもそろそろ作っていかないとね。幻想郷を生きていく上では霊夢とのコネは必須よ。
「私飛べないんだけど……連れてってくれる? できれば帰りも」
「いいぜ。私の箒は二人乗りだからな」
魔理沙は笑顔で箒を見せる。なるほど、これが巷で言う
霖之助さんの方を見ると彼は「行ってらっしゃい」と手を振っていた。
*◇*
現在魔法の森上空を飛行中。私は必死に魔理沙の背に食らいついていた。久しぶりの速度ゆえにか息がしずらい。
「けほっ。んー……あまり乗り心地は良くないわね。股に食い込んで痛い……」
「贅沢言うな。本当なら一瞬で博麗神社に着くところをお前のスピードに合わせて飛行してるんだからな。ったく……日が暮れちまうぜ」
そんなことを言っている魔理沙だが明らかに80km/hは出てると思うのよね。ちなみにこれジェットコースター並みの速さになる。
しかし本当に乗り心地が悪い。箒じゃなくて掃除機に跨がればいいんじゃないかしら? 掃除の速度も上がって便利でしょ?
と、手持ち無沙汰で暇だったんだろう。魔理沙が私に話をふってきた。
「お前って確か外の大陸出身だったよな? なんか面白い話でも聞かせてくれよ」
「えー?」
面白い話……そう言われると幻想郷での話ばっかりが思い浮かんじゃうわ。
外の世界関連では悲惨な話しか思い浮かばないし、どうなってるの私の記憶……。
「面白い話なんてないわー……。私も別にそこまで世界に詳しいわけじゃないけど……まあ外の世界はそれなりに物騒よ」
「へえそうなのか。パチュリーは平和で平和で仕方がないって言ってたぜ?」
「あいつらならね。だけど私たちみたいな一般妖怪は生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い詰められているのよ。幻想郷に来た理由もそれね」
正確には幻想郷を作った理由になる。
あまりにも妖怪の間のピンからキリまでが広すぎるのよ。それはもう天文学的数字まで行っちゃうくらいにまでね。昔は本当に酷いものだったわ。私は藍のおかげで生き残ってこれたようなもの。
あっ、紅魔館の連中で思い出したけど。
「そういえばレミリアは征服した欧州の各地の拠点に紅魔館なる建造物を作らせてたらしいわ。今も幻想郷にある紅魔館が壊れたら外から取り寄せてるんだって。ほんとはた迷惑な話よ」
「何やってんだあいつ……」
ソースはあの門番。あんな気味の悪い館が外の世界には多数残ってるらしいわ。
多分外の世界の人間たちもアレの取り扱いに困ってることは想像だに難くない。
……っ。
「けほっ……けほっ!」
「どうしたんだ? 風邪か?」
急に息が苦しくなってきた。
胡椒でむせてしまったようなむず痒さと息苦しさ。咳が止まらないわ。
「ごめ、んなさい。けほっ……喘息なんて持ってないんだけどね……けほっ、げほっ!」
なにこれ。咳が止まない。
喋るとことすらできなくなって、思わずハンカチで口を覆った。
「けぼっ、げほっ……ぁ」
ふとハンカチを見ると血がべっとり付いていた。明らかに只事じゃないわ。まさか、私の体はいつの間にか病魔に蝕まれていたの?
なにこの急展開……。
魔理沙も私の異常に気付いたようで小さく息を飲むと慌てだした。
「おまっ、吐血してるのか!? なんでそんな…。結構マズそうだし安静にさせるべきだな。ひとまず香霖堂に戻るべきか……? いや、あいつの家の方が近い!」
魔理沙は少し考えた後に箒を急旋回させた。この方向は博麗神社でも、ましてや香霖堂でもない。その間にも私の吐血は止まらなかった。
*◇*
魔理沙は魔法の森の一画に降り立つと、私を箒から降ろしておぶってくれた。
まさか魔理沙に母性を感じる日が来るなんて……我が生涯に一片の悔いなし! ゲフゥッ!
「また吐いたか! もう少し我慢してろよ! ……おーいアリスー! 居るんなら開けてくれー! 居ないなら扉をぶち破るぜー!」
ドンドンドン、と魔理沙は何かをノックする。
魔理沙の背中越しに前を見ると、そこには木の扉があった。霧雨魔法店以外に魔法の森に家なんて存在してたのね。知らなかったわ。
少しして扉は一人でに開き、家屋の中に浮かぶ人形がこちらを手招きする。魔理沙は「早く開けろよ」と悪態をつきつつ中へ入っていった。
家の中に入った瞬間、呼吸が若干楽になったのを感じる。咳は止まらないけど吐血は収まってゆく。どうなることかと思ったわ……。
「なによこんな雨の日に……騒々しい。今日は宴会には行かないって言ってたでしょ?」
「いやあすまん一人急患がいてな。取り敢えず診てくれないか? 私はこの道がどうも苦手で……」
「……連れてきなさい」
椅子に座ってなにやら作業をしていた少女が人形を操ってスペースを作る。魔理沙はそこに私を下ろした。
この少女を私は知ってる。
「あり……ゲホッ!」
なんて言うか……紫マインド的には久しぶり。メリーボディ的には初めまして? 人形のような少女、アリスとの邂逅だった。
「う……げほっ……」
「───瘴気にやられてるわ。魔理沙どいて」
「お、おう」
魔理沙を押し退けたアリスは人差し指と中指をくいっくいっと動かす。すると指先からキラキラと光る繊維が幾つも束なって、光り輝く糸となる。
そしてその糸は生き物のようにうねうね動き出すと──私の口に突っ込んだ。
……え?
「ふご!? ふぐおぉごこ!!」
おえぇえええ! 気持ち悪ウゥゥゥ!!
えずく! えずくわアリスちゃん!
糸が、糸が私の中でわしゃわしゃって蠢いてる。体内に入り込んだ異物に気持ち悪い嫌悪感が湧き出す。
暴れながら涙目の視線でアリスに訴えたのだが、彼女は私を冷たく見下ろすだけで。そして無慈悲に魔理沙へと告げた。
「この子を取り押さえて」
「よし任せろ」
「うごがあぁぁあ!?」
まさかの魔理沙もグルだった。なんでこんな酷いことを……! もしかして、藍と幽々子の差し金!? 毒を散布して私をアリスの家に誘い込み、満を持して堂々と暗殺……!
メリーの正体は最初っから魔理沙にバレてたのね。八雲紫一生の不覚……っ!
「ふぅ……ふぅ…」
「な、なんか弱々しくなってきてるぞ!? 大丈夫なんだろうなあ!?」
「逆に都合がいい。今のうちにさっさと終わらせるわ」
あ、アリス……あんなに可愛がってあげたのにそんな……あんまりよぉ。世の中に、これほどまでに多くの裏切りが蠢いてたなんて私知らなかった。
調子に乗って香霖堂から出ちゃったからこんなことになってしまったのね。
私の妖生って、一体……。
「はい終わり。あとはゆっくり深呼吸して空気を肺に取り入れなさい。魔理沙はミニ八卦炉で綺麗な空気を送風してあげて」
……ん、んん?
アリスが私の体内から糸を引き抜いたと同時に体が楽になった。一瞬昇天したのかと思ったけどどうやら違うみたい。
私、助かった?
「大丈夫かメリー? ほら、これ何本?」
魔理沙は指を突き出す。
「……二本」
「はあー……いきなり血を吐くもんだから流石の私でも驚いたぜ。一体どうしたんだ?」
「う、うん。私にもなにが起こったのか訳が分からなかったわ。まさか空を飛んでただけで死にかけるなんて……」
「メリー……とか言ったかしら? 貴女の体内に瘴気が大量に入り込んだのよ。この辺りの瘴気は特に強いし魔力濃度も高い。人間や力の弱い妖怪ならイチコロ。……貴女、相当体が弱いみたいね。魔法使いの私が言うのもなんだけど少しは鍛えた方がいいわよ?」
アリスから淡々と告げられる。確かにアリスの言う通り、メリーになってから私の体はとても弱々しくなっちゃったのよ。それこそ見た目相応の人間の子供くらいまで。
元々から連中と比べればクソみたいな紫ボディだったけどね! だけどそれでも八雲紫の頃は魔法の森くらい普通に通過できたはずなんだけど……。
これじゃ下手に香霖堂から出れないわ。
ちなみにアリス曰く「糸を体内に突っ込んだのは悪い成分を濾し取るため」らしい。便利ねぇ……だけど少しくらい説明してくれても良かったんじゃない?
「ありがとう。久しぶ──初対面なのにいきなり押しかけてごめんなさいね?」
「……! 一定の良識がある生命体を幻想郷で初めて見たわ。ねえどう思う?」
「私に聞くんじゃないぜ」
思わず吹き出してしまった。アリスって多分魔理沙の中では霖之助さんと同じようなポジションなんでしょうね。
魔理沙がちらりと外を気にする。
「……少しは良くなったとはいえ、その体で外をぶらつくのは危険かもしれないな。今回の宴会はやめにしようか。焦らなくても多分明日も宴会はやってるぜ」
「……そうね。まだちょっとフラフラするし」
私に幻想郷は早かった。もう少しだけ引きこもることにしましょう。いつの世においても引きこもりこそが世界の真理であり正義よ!
まあ今日はアリスのことを知れただけでも大収穫。紫の状態で再会を喜べないのは少しだけ悲しいけどメリーの状態でコツコツ親交を築いていくわ!
それにしても……こんな美人に成長しちゃって。子が育つのは早いものだわ。
アリスったら、幻想郷に越してきてたんなら一報入れてくれれば良かったのに! 引っ越し祝いも渡せなかったじゃない!
「取り敢えず自己紹介ね。私はメリー! 少し前にギリシャから幻想郷にやってきたの!」
「ご丁寧にどうも。私はアリス・マーガトロイド、一応魔法使いをやってるわ。ちなみにこんな田舎者の野良魔法使いと一緒にしちゃダメよ」
「チッ、お高くとまりやがって」
アリスの言葉に魔理沙は不機嫌そうに舌打ちした。魔法使いに田舎者も都会派もあるのかしらねぇ。やっぱり魔界が魔法の本場だから?
同じ魔法使いなんだから対立するよりも協力した方が互いの利益は大きいと思うわよ。みんな仲良し幻想郷でいきましょう!
──そういえばマーガトロイドってなんだろう?
その後魔理沙とアリスは軽く貶しあって和解。喉の渇きを感じ始めた頃には人形がクッキーといい匂いの紅茶を持ってきてくれた。
アリスをちらりと見ると彼女は軽く微笑んでクッキーを勧めてくれた。なにこのパーフェクトな魔法使い。これには夢子さんも魔界でニッコリね。
それにひきかえ……
「……なんだよ?」
「なんでもないわ。ただこっちの魔法使いさんは……ゲフンゲフン」
「まあ魔理沙は師匠が師匠だからしょうがないわ。言ってあげると可哀想よ」
「おいおいどういう意味だ?」
「火力だけの直線バカってこと」
魔理沙は露骨に不機嫌になった。
「……よし、外に出ろ。今日こそ幻想郷最強の魔法使いが誰なのかその身に知らしめてやる。メリーもしっかり見てろよ」
「あら、泥土に沈みたいの? 明日からは茶黒の魔法使いとして暮らすことになるけど、いい? いやなら止めておきなさい。もっとも、貴女が少しでもこの場で敵対行動をとればすぐに蜂の巣だけどね」
ふと周りを見るといつの間にか人形たちが私たちを囲っていた。手に装備しているのは良くて鉈や包丁、悪くて名状しがたいバールのようなものをさらに凶悪にした名状しがたい凶器のようなものというラインナップ。
これ、私にとばっちりがこない!?
「はん! 分かりやすくていいな! そっちが攻撃する前に全部吹き飛ばせばそれまでだ」
魔理沙が体の周りに幾つもの魔法陣を展開し、その上に八卦炉が浮かび上がる。それが前に香霖堂で話してた『全方位殲滅型ファイナルマスタースパーク』なるものであることに私は気づいた。
「食らってくたばれ! オムニディクショナル───「やめ、やめろぉぉぉぉ!!」
魔理沙の顔に飛びついて無理やり術式を停止させた。小柄になったからこそ出来る芸当ね。
「ちょ、離れろ! 冗談だって冗談!」
戯れで核を使うような奴の言うことなんて信じられるかっ! オラッ、クッキーを食え!
「ぐむっ!?
「そのクッキーを味わいなさい! 美味しい? 美味しいでしょう!?」
「……美味しい」
「そのクッキーはアリスが作ったものよ。はい、ごちそうさまとありがとうは?」
「……ご馳走様」
「お粗末でした」
魔理沙はガシガシと頭を掻くと、納得がいかない様子で席に着いた。それに伴って周りを囲っていた人形たちが奥へ引っ込んでゆく。魔法の森の平和は守られたわ。なんだかこの体になってから思い切りがよくなってるかも。
まっ、私がかつて掲げてたみんな仲良し幻想郷な未来に少しでも近づいてくれればいいなって。完全な実現はとっくの昔に諦めてる。
この世の諸行無常を憂いながら私はクッキーを追加で頬張った。口溶け良し、紅茶との相性良し。一家に一嫁、アリスはいかがですか?
「……貴女って私とどこかで会ったことあるわよね?」
「ゑ?」
突拍子のないアリスの言葉に口に含んでいた紅茶を思わず吹き出しそうになった。あはは…何を言ってらっしゃるアリスちゃん。勘のいいお嫁さんは嫌いだよ! ……とまでは言わないけど。
すると魔理沙もその言葉にうんうんと頷いた。
「お前もそう思うか? 私もどっかでこいつを見たことあるような気がするんだよなぁ。うまく思い出せんが……この小憎たらしいのがなんとも」
「ゑェ!?」
もしかして→八雲紫?
違うよ、私は紫じゃないよ。ほら胸を見なさい胸を! 山をどこに隠したと?
「なんで無い胸を張ってるんだ」
「無いから張ってんのよ。ていうか魔理沙に言われたらなんかムカつくわ! せめてそういうのはアリスに言わせなさいよ!」
「なんだと!?」
「不毛ね」
アリスは余裕の表情で、それでいて私を観察している。魔理沙も怒るふりをしながら私の目を覗き込んだ。これまずいわ。明らかに疑ってる。
「いや、あの、その……私たち初対面」
「ふぅん。……まさか、ねぇ」
「そうか、判った!」
アリスの双眸が薄く細められ、魔理沙がぽんっと手のひらを叩いた。
多分今の私の表情は真っ青だろう。
だが魔理沙はアリスを指差し、そして口から出た言葉は予想外のものだった。
「メリーはあの時の
「……は?」
なぜか矛先がアリスに向いた。ついでにアリスの意識が完全に魔理沙に集まった。これは魔理沙のファインプレーと言わざるをえない。
「生意気で馬鹿、そしてマヌケ。まさしくあの頃のお前と同じだな。ついでに同じ金髪だし、姉妹って言われても私は信じるぜ」
得意げに魔理沙は語る。
あのー、アリスの殺気とヘイトが溢れださんばかりに高まってるんだけど大丈夫? そのヘイト稼ぎの腕前はタンク役としてはかなり優秀だけど……貴女紙装甲の魔法使いでしょ? または盗賊。
「懐かしいなー。やけに自信ありげに挑んできた割にはスペルもめちゃくちゃで、リベンジ戦もその
「あ、お花を摘んで参りますわ」
得意げに語る魔理沙から背を向け隣の
魔理沙の暴走は止めることができたけどアリスのは……無理でしょうね。アレは私の手に負えるような表情じゃなかった。まるで自分の黒歴史を家族に目撃されたような、絶望と羞恥心と後悔、そして魔理沙に対する怒りが見て取れた。
私にも似たような体験があるわ。違うところは、私にはそれを誤魔化し抹消する術がなく、アリスには逆にそれらがあるということ。あな恐ろしや。
扉の奥からはまだ魔界神がどうとか幽香がどうしたとか聞こえるけど、やがてそれらは凄まじい破壊音とともに聞こえなくなった。怖い、アリス怖い。
昔から感情的になると危なっかしくなる子だったけど……大きくなってもそれは変わっていないみたい。むしろ自制できる理性を培ったことによって爆発した時の規模がいけないことに。
恐る恐る扉を開いてみると、アリスの家は机を挟んで魔理沙の座っていたそれから先が全て吹き飛んでいた。人形たちが木材を運んできては修理している。
魔理沙の姿はない。
アリスは何事もなかったかのように紅茶を嗜んでいた。そして私の方を見ると優雅に微笑んだ。
「紅茶のおかわりはどう?」
「あっはい。お願いします」
うん、お茶とともに私の正体もろとも全てを流してしまおう。私はなにも聞かなかったし、アリスも何も考えなかった。
なにかとんでもない
ちなみに入り込んでくる魔法の森の瘴気やその他有害なものは全てアリスがシャットダウンすることによって、有り余る開放感によるクリーンな空気を味わうことができる。
一家に一嫁、アリスはどうですか?(迫真)
それからしばらくアリスとたわいもない話をしていたんだけど、いつの間にか雨は上がって時は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなりってね。……今は梅雨だけど。
さて、そろそろ余り物を使った今日の晩御飯のメニューを考えつつ香霖堂に帰らないと。霖之助さんがお腹を空かして待って───はいないだろうけど、まあそれなりに気はかけてるかもしれない。
その旨をアリスに伝えると、どうせなら今日は泊まっていってもいいなんて言ってくれた。嬉しい申し出ではあるが、霖之助さんが心配する───わけないけど少しは気にかけるかもしれないから心苦しくも断った。するとアリスはクッキーを包んでくれた。アリスにはとことん隙がなかったのね。
私が男の子だったら間違いなく惚れてるわ。ていうか女の子でも惚れるわ。つまり私はベタ惚れよ。惚れない人なんているの?
「何から何までありがとう! 何かお礼がしたいんだけど、私って居候だから……」
賢者八雲紫としてならいくらでもこの子に恩返しができるのに──むず痒い。
「子供はそんなこと気にしなくていいのよ。それに良い話し相手になってくれたわ。最近少しだけ退廃的な気分だったんだけど、貴女のおかげかしら、なんだか気分が良くなったわ。また暇な時にいらっしゃい。……今度は魔理沙は抜きで」
「アッハイ」
魔理沙ェ……。
取り敢えず次会った時にアリスへ謝るように言っておきましょうか。アリスも魔理沙も大好きだし、そんな二人が仲違いなんて嫌だから。
「ほらお迎えが来たみたいよ」
「え?」
──コツコツ…
私から見て正面、アリスの後ろにある窓から音が聞こえた。誰かが指で窓を叩いたようだが、見るとそこには魔理沙が居た。
笑いながら外を指さしている。外で待ってる……ってこと? もしかしてずっと家の近くで待機してくれてたのだろうか。とてもありがたいんだけど……それならアリスに謝って家に入れてもらったほうがいいんじゃ。
なお後日、アリスが香霖堂にやってきた。そして私に可愛らしいスカーフを渡してくれた。なんでもこの
ちなみに能力で鑑定した霖之助さんも眼を細めるほどの出来栄えみたいで、アリスは「他にも困ったことがあったら家にいらっしゃい」なんて言ってくれて、なんというかもう……結婚しよ。
アリスって凄いなぁって。
最近ますますアリスは万能なんじゃないかと思い始めた作者であった。コネも多いし。
てかネムノさんマジヤベェッ諏訪。あうんちゃんもラルバちゃんもヤバイ。神主さんマジぱねえっす。
ネムノさんのことを原始時代のえーりんとか言った奴は絶対に許さない(血涙)
評価、感想いただければ嬉しいなって
辛いこともそれだけで乗り越えられるんだ