幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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くそ……左腕がないと次話が書けないっ! みんな 左腕を探すんだ!

ゆかりん「あったわ! 左腕あった!」

左腕でかした!
丸太は持ったな!? いくぞォ!!


メリーは小傘と博麗神社

 はぁい私メリーさん。今香霖堂が危ないの!

 

 豪雨による圧力によって香霖堂はミシミシと音を立て、天井からは蛇口の如く水が滴る。

 つまるところ絶賛雨漏り中である。

 

 

「り、霖之助さん! 鍋が足りないわ!」

 

「くっ……致し方ない! 商品を使ってくれ。ただしなるべく精密な物は避けて」

 

「了解!」

 

 現在の季節は夏。7月の上旬よ。

 梅雨もそろそろ開けようかという矢先の大豪雨。長く雨に晒されたオンボロ香霖堂は今にも倒壊しそうなほどにダメージを受けていた。

 

 間違いなく普通じゃない。今回の大豪雨は自然の産物とはどうしても思えないから。だってね、この雨って香霖堂にしか降ってないのよ。

 不自然に香霖堂の真上だけにドス黒い雲が集中している。少し香霖堂から離れれば外は快晴なの。一瞬だけ外の方でも雨が降ったみたいだけど……多分夕立か何かよね。今は朝だけど。

 

 ていうかそろそろ何かの対策を考えないと。湯飲みや鍋を総動員しても許容できないほどの水が天井から現在進行形で落ちてる。

 私と霖之助さんはもうビショビショ。床には少なくない水が張っている。このままじゃ水没もあり得るわ。

 

 うぅ……今日はようやく体も良くなってきたから博麗神社の宴会に参加する予定だったのに。このままじゃその前に疲労困憊で満身創痍だ。

 

 くっ……スキマが使えれば水なんてウチの屋敷のお風呂にポイなのに。まあ、切り口になるスキマは私の正面にしか作れないから、そのためには私が地面に這いつくばる必要があるのよね。さすがにそれは私でもちょっと、ね? もっとも今はスキマを使えないのでもしもの話ではある。

 

 

「霖之助さぁん! このままじゃふやけちゃうわ!」

 

「やはり大元を叩かなければならないか……? しかし僕の予想が正しければこれは……」

 

「ちょっとー!? 聞いてるー!?」

 

 私の悲痛な叫びも、霖之助さんの独り言の前にスルーされてしまった。キレないで、私。いつものことよ。いつもの……!

 ゆか……メリーちゃんは出来る女の子なのよ! さあ、私も霖之助さんのことなんか無視して雨漏り対策に奔走しましょう!

 

 私は元気よく一歩を踏み出した。

 

 ───そしてタンスの角に小指をぶつけた。

 

「ふんぬっ!?」

 

 思わず飛び上がりバランスを崩して尻餅をつく。その際に背中を冷蔵庫で強打。

 

「グフッ…」

 

 そしてトドメに冷蔵庫からの落下物が私の脳天を強打。香霖堂の流れるような容赦ないコンボの前に私は水浸しの床へ倒れ伏した。

 半泣きになりながら前を見ると、そこには壊れたセガサター○が転がっていた。つまりさっきの落下物はセ○サターンだったわけね……? あれ、なんかデジャブ。

 

 まさに、泣きっ面にセガサ○ーン。

 その黒色の物々しい箱が私にはどこまでも腹ただしく思えた。○ガサターンに罪はない、そんなこと分かってるわ。だけど今の私にはこの余りに余ったヘイトの矛先が必要なのよ……!

 おのれセガサター……

 

 

「メリー君……とんでもないことをしてくれたな……。この黒い箱は世界を変えるほどの道具だったというのに。いいかい、君には想像つかないだろうが、その箱が秘めていた可能性は云々……」

 

「私の心配はないのね……」

 

 私の言葉には反応しないくせに壊れたセガサターンには目ざとく反応しやがる霖之助さん。この白髪メガネ……!

 セガサターンの可能性なんて10年前に尽きたわっ! 今の時代はゲームボーイよ!

 

 おのれ森近霖之助ェ……!

 すごく腹が立ってきた。 セガサ○ーンへの恨みは霖之助さんに移ったわ。そう、今思えば私が水浸しなのも、香霖堂がカビ臭いのも、全部全部霖之助さんのせいだ!

 

 

「ずあぁぁあやってられるかぁ!! そもそもなんでこの大妖怪やく……メリー様がこんな掘っ建て小屋で家政婦みたいなことをしなきゃなんないのよちくしょう! よくよく考えたら可笑しいわっ!」

 

 今更ではあるけどね!

 

 てかよく今日までこんな生活を続けられたものよ。

 いくら家事をしても労いの言葉一つかけてくれないし、この前なんてアリスから貰ったスカーフを私から値切ろうとしたのよ!? これには流石にキレたわね。そしてご飯を作ってあげても言うのは「いただきます」と「ごちそうさま」だけ。一昨日なんて昨日の夕飯が美味しかったかどうかを聞いて、返ってきたのは「昨日の夕飯か。……メニューはなんだったかな?」っていう呆けた老人のような一言。なんていうか……養う甲斐がないのよ! 藍なんて私の手料理をこれでもかっていうくらい褒めてくれるのに!

 

 

 ……よし決めた。

 ここらで霖之助さんには私の大切さを改めて考え直してもらいましょう。そうすればお馬鹿な霖之助さんも泣いて私に詫びるはず!

 

 

「霖之助さん! 私はここらでお暇させてもらうわ。長らくお世話になりました」

 

「それはまた急だね。いきなりどうしたんだい?」

 

「ここでの生活に嫌気がさしたのよ。本来なら私は引く手数多の放浪娘……こんな天井が雨雲みたいなボロ屋で埋もれていい人材では無いわ!」

 

「天井が雨雲……」

 

 澄まし顔でさも本気のように言い放つ。アリスのスカーフを首に巻いて手荷物の準備。私の気分はさながら出来るキャリーウーマン!

 霖之助さんから見れば遠出の格好に見えると思う。

 

 ふふ……流石に私が出て行くってなれば霖之助さんも引き留めるはず! 「ごめんよメリー君! 行かないでくれ! 僕は君がいないと日々の生活すらままならないんだ!」ってね! まあ、ちゃんとこれまでのことを謝ってくれたなら許してあげないこともないわよ?(チラチラ)

 

 

「……そうか」

 

「……ん?」

 

「原因は梅霖の妖精…。なるほどだから僕の頭上だけに雨が降っていたのか。てっきり天降る啓示かと……」

 

 私はこのタイミングで独り言を始めた霖之助さんを自分が思ってる以上にやばい人なんじゃないかと思い始めた。なんていうかもう……薀蓄と結婚すればいいんじゃないかしら?

 勿論私を心配する様子は微塵にも見せないし、私も踏ん切りがつかなくなって扉まで進むしかなかった。早く止めてよ霖之助さん。

 

 

「霖之助さーん? 私出て行くわよー? ほらもう扉に手をかけちゃったわ。……ご飯だってほうれん草のおひたししか作ってないのよ? お腹空かせても作ってあげないのよ? ……ねえなんとか言ってよ」

 

「すまないが今から忙しいんでね、後にしてくれないか? ああ、外に出るなら日暮れまでには帰ってくるんだよ。夜になれば常闇妖怪にパクリだ」

 

「……っ〜! さようならッ!」

 

 キレた私は勢いよく扉を開けて飛び出した。途端に香霖堂の中とは比にならないほどの豪雨をその身に浴びたが、気にせず前へ走った。

 しばらくすると雨は止んで、後ろを振り向いても香霖堂は雨のカーテンによって見えなくなっていた。……せいせいしたわ。

 

 

 ふう、最初っからこうすれば良かった。胃が痛くならない生活っていうのは中々に新鮮だったけど、ここでの生活はその他に優しくない。

 なんていうかね、安らぎがないっていうかなんていうか。そう、香霖堂には時折やってくる魔理沙とアリス以外に癒しがなかったのよ! スーパーインドア人の霖之助さんのどこに癒しを見出せようか。

 八雲紫としての生活は身の安全と胃腸に並ならぬ負担をかけるけど癒しがちゃんと安定して供給されてたからね。フランとかこいしちゃんとかフランとか霊夢とか橙とかこいしちゃんとかフランとか。

 

 

 ……はぁ、あの子たちの顔が見たいわ。

 私に向けてくれてたあの笑顔が全て作り物だったんだとしても、もう一度あの子たちと話したい。胃が痛くなる毎日ではあったけど……私はあの子たちの笑顔が見れるだけで良かったのに……。

 失くして募る哀愁の想い。

 何気ない日常の大切さを噛み締め……だけどやっぱり胃痛薬を飲まなくていい日常も大切だよねと思い直した。

 

 この幻想郷において八雲紫安寧の生活とは果たして存在するのか? ……ないよねぇ。誰か私を守護(まも)ってくれる優しい人いないかなー。いないなー。私が格闘家になれば本部さんワンチャン? 強くなれそうにないから無理かなー無理だろうなー。

 

 

 さて現実逃避をしている暇はない。ここはどの勢力の影響下にもない、所謂無法地帯という場所だ。八雲紫ボディならまだしもメリーちゃんボディじゃ弱小妖怪に出くわした時点で死亡確定である。情けないったらありゃしないけどこの体は人間の子供とほぼ変わらないからね、仕方ないね。それに力はないけど新たな人生を歩めるってだけでこの体には十分お釣りが付いてくるわ。よし精一杯のフォロー終わり!

 

 問題は何処に居候するかだけど……近場なら魔理沙とアリスよね。もっとも魔理沙は滅多に霧雨魔法店にはいないから多分無駄足に終わる。アリスが最有力候補よね。最大の難関は魔法の森という地理そのものだけど、瘴気はマーガトロイド製のスカーフで大丈夫。それに外敵も全く住んでいない。……触手とかも生えてないと思う。多分。

 うーん……考えれば考えるほどアリスが完璧すぎる。いっそのことなあなあで養娘にでもしてもらえないかしら? プライドもなにもあったもんじゃないけど。

 古いよしみのママ友さんの娘にお母さんプレイをしてもらう……やべえなんか新しい道を開拓しちゃいそうだわ! 満更でもなかったりする!

 

 他に候補としては色々な場所があるけど……この体じゃ行き着けない場所が多いわ。博麗神社は無理。人里も多分無理。ついでに万が一私の身の素性を全て把握して尚且つ受け入れてくれそうなのは唯一さとりぐらいだけど……まあ無しよね? めちゃくちゃ遠いし。今の体で地底なんて軽くミリオン、いや、ビリオンは死ねる。まずあいつって私の敵だし。

 

 せめて空を飛べれば色々と違ってくるんだろうけどなぁ。妖力が微塵にも感じられないこの体じゃ飛べるはずがないものね。妖精ですら飛べるのに。残念、飛べない幻想少女はただの可愛い美少女だ。

 

 

 と、そんな不毛なことを考えつつアリスの家へ向けて移動を開始する。元からアリス以外に選択肢はなかったのだ。アリスこそが真理。

 

 ……それにしても今日の幻想郷はよく揺れるなぁ。どうやら化け物どもの活動が活発になってきてるみたいね。まあ、もう一種の風物詩である。

 幻想郷の地盤は変な補正が入っててとっても硬いから揺れはなるべく最小限にとどまる。だけど多分外の世界で連中の妖力やらを垂れ流したら未曾有の大災害が起きるわ。だって戦闘力が4000あれば地球が震えるんでしょう?(適当)

 

 さて、戦闘力2のメリーちゃんはひ弱だからこのままだと危ない。さっさとアリスの元へ向かうとしよう。守護(まも)ってアリスちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 実は私ってね、地理にすごく弱いのよ。だっていつもスキマで移動してたから地図とかも必要ないし、それに藍が常に側にいてくれたから。

 スキマメンテナンス中に一人で妖怪の山に入った時は数週間彷徨ったものよ……あの時心優しい山姥が助けてくれなかったら私は多分死んでた。まあ、あれも今となってはいい思い出……っていうわけでもないけど、うん、もう過去の話。

 

 話を元に戻すと私は地理というか方向感覚とかそういうのが苦手なのよね。そんな私が魔法の森を踏破できると思う? まあ無理と断言していいわ。こんなので昔はよく世界中を一人で旅できたものだ。

 しかししかし! 今の私にはこのマーガトロイド製スカーフがある。このスカーフには空気洗浄効果の他にも色々な機能が付いているらしくてね、その一つにスカーフが導くままに進めばアリス邸に着けるというものがあるらしいのよ。(霖之助さん談)

 

 アリスは一体このスカーフにどれだけの機能を詰め込めたのか……ありがた過ぎる。他にもGPS機能とか拾聴機能とかもあるらしいし。何かが引っかかるけど、まあ嬉しいわ。

 

 

 とまあそういうわけでスカーフから滲み出るよく分からない力で趣くままに歩き続けると、アリス邸がやがて見えてきた。

 早速アリスを呼ぼうと扉の前に立った。

 しかし、

 

 

【帰省中につき留守。針は籠の中に────PS(汚い字).御用は霧雨魔法店!】

 

 扉の前にはそう張り出されていた。後ろの追伸には書き足された痕跡があって……多分魔理沙が付け加えたんだろう。

 

 あー留守かー。それじゃあ仕方ないわね。

 そう、アリスには帰るべき家が存在するんだ。帰りを待ってくれている家族がいるんだ。今の私にとってこれより羨ましいことはない……。

 

 しかしこれで本当に宛が無くなってしまった。あとは一か八か霧雨魔法店を訪ねるぐらいしか選択肢がない。……香霖堂に戻る? 却下で。

 

 ちくしょう、こうなったらあの外道を頼ってみる? 「助けてにゃんにゃーん!」って叫んだら何処からともなく来てくれそう。私の正体が八雲紫だって知ってもあまり態度を変えなさそうだし。……いやいやいやダメだって! 悪魔に魂を売ってタダで済むはずがない。下手すれば芳香ちゃんの二の舞になっちゃう。なんせ彼女は藍に「淑女ぶってるが最低のサイコパスだ……反吐が出る」とまで言わせしめる傑物だからね。安易に邪仙を頼ってはならない(戒め)

 

 ……どうやら追い詰められ過ぎて私の思考が固まりつつあるみたい。そうじゃないと邪仙に頼るなんて案は絶対思い浮かばないもの。八雲邸倒壊事件時はそりゃ……頼りそうになったけどさ。あの時はあの時、今は今よ。

 

 

 と、頭を抱えてうんうんと思案にふけていると不意に何かの音が私の耳に届いた。

 アリスが帰ってきたと思ってその音の方向を見たが、そこには何もなかった。だけどそれ以来周りに不穏な雰囲気が満ち始めた。魔法の森の陰鬱とした雰囲気と相成ってなんだかおどろおどろしい。

 

 

「だれ? ……誰かいるの?」

 

 一応呼びかけて見たが返事はない。その代わり私へと向けられる強烈な視線を背中に感じた。殺気ではないが心地良いものでもない。手を出してくるわけでもなし、しかし私への関心を他所へ向けることもなし。

 不気味で一番対応に困るわ。どうもロクな人物じゃなさそうだ。敵なのか味方なのかも分からない。……敵だったら私の冒険はここで終わりね。

 

 だが、一つだけ言えることがある。

 魔法の森の瘴気を直に受けて呼吸音一つ感じさせないのだから、相手は相当な能力を持った人物であることが予想できる。……アリスや魔理沙ではないだろう。襲ってこないところからルーミアや幽香なんかでもなさそうだ。初対面ということもあり得る。まあメリーちゃんフェイスだと大抵が初対面にはなるけど。

 

 取り敢えず木を背にして背後の死角を失くした。これで私を視界に収めるには正面からしかなくなったわけだ。相手を知ることができればまだ対策の余地はあるかもしれない。……いやまあ実際はいきなり後ろから殺されるのが嫌だからなんだけどね。知らないうちに死ぬのはなんか怖いからヤダ。

 ……背後からブスッと刺されるのにはちょっとしたトラウマがあってね。

 

 

 さあ来るなら来い! 私は別に隠れはしない、逃げはするけどね! あと殺すんならせめて痛みを与えずに殺してください。ベストなのは有情破顔拳。

 

 ……あれ、視線が消えた? 不気味な雰囲気も霧散。見逃して、くれたの?

 

 

「────貴様ッ、見ているな?」

 

 視線を感じた時はいつもこのセリフを言ってるわ。

 ……反応はなし。私が痛いだけだった。

 

 いや、もしかしてさっきまで私を見ていたのは瘴気耐性Sが付いていただけの雑魚妖怪だったりして。そんでもってこんな瘴気だらけなところに平然といる私に恐れをなして逃げ出しちゃったとか。……あれ、なんだかデジャブを感じる。具体的に言うと白玉楼でグギギ……!

 ちなみに『見てくれに騙されてはならない』…これ幻想郷で生きる上での必須スキルね。幻想入りする際はよーく覚えておくように。

 

 結果私は視線の主をただちに害を及ぼす存在ではないと断定した。どうやらこの場からいなくなったみたいだし、シカトでいいと思う。

 よし、それじゃ霧雨魔法店にしゅっぱ……

 

 

 

 

 

 

 

 ───(メリー)は気づかなかった。

 玄人は思考を誘導するのだ。

 恐怖より逃れたことを都合よく己で解釈し、勝手に安全だと思い込む。微弱な警戒心こそ残しているものの、それはただ恐怖の糧にしかならない。そして無防備かつ、隙だらけかつ、強張った身体へと容赦ない衝撃を浴びせかけるのだ。

 

 最も人にとって死角になり易い位置、上方から。木の枝に足でぶら下がることによって固定された状態で。オッドアイの瞳孔を開きながら。

 

 

「うらめさァァァァァァァァァッ!」

 

 

 突然の大音量、それだけでも人の心の臓には多大な負荷をかける。だが今(メリー)が体験したのはそれ以上の衝撃(インパクト)だった。

 

 妖力を吹き付け、身体を取り巻く状態を絶妙な温度と湿度へと調節する。背筋の冷たさを最も感じさせ、俗に言う鳥肌を引き起こし易いそれへ。

 

 直接的な実害は全くといって皆無。しかし、(メリー)の膝は崩れ落ちた。ついでに腰も抜かした。白目も剥いた。

 眼前に迫るオッドアイは(メリー)のトラウマを真っ向から刺激した。

 

 すべての意思思考を吹き飛ばし、感情はただ一点にのみ集中。

 

 

 ────吃驚。

 

 

 

 

 

 

「……? 藍さま……式が剥がれ落ち……あれ? 元に戻ってる。……??」

 

「紫様からのメッセージか。そろそろお帰りになるのかもしれないな。──大結界を修復し次第すぐに博麗神社へ向かうぞ!」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

 

 

 ……三途の川を見たのはこれで3回目……いや、4回目になるわ。私って死に過ぎィ! 今回に至ってはショック死って……絶対に身内に知られたくないわ。

 しかしまさか、この子に三途の川へ連れて行かれる日が来るなんてね。

 

 多々良小傘。

 

 彼女もまた可笑しな部類に入る妖怪──付喪神であるのだが、その生き様はかなり特殊だ。何が特殊かって言うなら、幻想郷一般市民の皆さんと上手く付き合えていて、その上であっち側の連中とも盛んに交流を行っているというアレこいつ実は何にも考えてないだけなんじゃない? 系妖怪少女なのだ。また鍛治の腕は幻想郷一であるという意外属性も持っている。

 基本誰とでも仲良くするのだが、特定の誰かとつるんでいるということは少なく、一人であちこちをふらふらしている。つまりツッコミ不在の恐ろしさよ。

 

 八雲紫時代にはよく霊夢の封魔針の新調を頼んでたりした。値段も結構良心的で守銭奴な河童とは雲泥の差。私の癒しになり得たかもしれない存在である。……つまり癒しにはなれなかったってことね。

 理由は勿論先ほどの行動によるものだ。

 

 小傘ね、なんでか私の時だけ本気で驚かしてくる。

 

 いつもならにやにや笑いながら「うらめしやー」って言うだけなのに、相手が私になった途端瞳孔を開いて「うらめさァァァァァァ」だからね。

 彼女曰く「紫は絶好のカモ」とのことで。わけがわからないわ。いや割とマジで。

 

 

「ねえ驚いた? びっくりした? びっくりしたよね? 今どんな気持ち? ねえねえ」

 

 人畜無害そうな顔で小傘が私に尋ねてくる。いつもならここらで藍が飛んできて小傘にバックブリーカーを決めるんだけど今の私はメリー、私が彼女に対応するしかない。

 だからちょっと待っててね。呼吸と心臓を整えるから。ヒッヒッフー。

 

 

「そりゃもう、天にも昇る心地だったわ。スゴイネエライネサヨウナラ」

 

「ふっふっふ…わちきのスペシャルコンボの凄さが分かったみたいね! いやぁ驚きぷりといいリアクションといい、あなたは紫さん以来の逸材よ!」

 

 つまり私だけじゃないの! ダメだこの付喪神……早くなんとかしないと……!

 

「ま、まあ私は今ので懲り懲りだから。あとは紫って人にお願いしてね。私はメリーだから。そこらへんの通りすがりの家無しモブ妖怪だから」

 

「モブだって!? いやいや驚かせた時に貰った妖力はあなたがただの妖怪でないことを告げているわ! どうやらメリーちゃんにはわちきの能力を引き出す魅力があると見える! このまま見逃すのは惜しい! どう? わちきと一緒に住まない? 衣住食完備! 昼寝とおやつ付き!」

 

「えっ───いやいやダメダメ」

 

 突然の申し出に「あっ、それなら……」と流されそうになったが間一髪で私の脳裏に『飼い殺しにされるメリーちゃんの図』が浮かび上がってきたので直感的に断った。賢者の勘が告げているわ、小傘は結構面倒な部類に入る妖怪だってことをね。

 

 私が居候を決める上で一番大切にしているのは、そこが安全かどうかってことよ。残念ながら小傘の家は基準値大幅オーバーである。

 紫ちゃん的安全水準で貴女は地霊殿レベル。即ダウトなのよ。ちなみに紫ちゃん的安全水準で一番危険な場所は太陽の畑ね。

 

 

「えー一緒に住もうよー」

 

「そ、そんなことより! なんで唐傘お化けの貴女がこんなところに? いつもなら里でベビーシッターやってるか誰かさんを追いかけ回してるのに……」

 

「おっ、詳しいんだねえ。もしかしてわちきのファンかな?」

 

「そういうわけじゃないけど……まあほら、貴女って結構(あっち方面で)有名だから」

 

「有名!? ……えへへ。そっかー有名かー。有名人なら仕方ないね」

 

 笑顔になる小傘は可愛い。だが本体(茄子傘)、てめーはニヤけるんじゃない!

 たく……小傘は驚かしてこなかったら本当に良い女の子なんだけどなぁ。

 

 その後、なんだかんだで小傘は魔法の森にいる理由を教えてくれた。なんでも新調した大小様々な針をアリスに届けに来たらしい。別に私をつけてきたわけじゃないようなので安心した。

 だけどこれでアリスの張り紙の意味が判ったわ。最高級の人形を作るために最高級の針をってわけね。なるほどなるほど。

 それにしても小傘の交友関係ってめちゃくちゃ広そうよね。いつも幻想郷のあちこちをふらついてるからかな? あっ、私と同じだ。それが友好的であるか敵対的であるかはともかくとして!

 

 

「いやーアリスさんは最近のお得意先でねー。よく針の新調をお願いしてくれるってわけ。人形を大切に扱ってて、優しい人って感じるし、これからも懇意にしてもらいたい人なの」

 

「へえー。やっぱり付喪神だからそういうところも気になっちゃうの?」

 

「うん。まあ他にも最近幾つかお得意先がなくなっちゃって困ってたっていうのもあるけどね。やっぱり持つべきものは紫さんだなって」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 このまま、メリーとして暮らしていく決意がさらに固まった。こうして考えると随分綱渡りな妖生だったな、と改めて思うわ。

 

 けどメリーの状態でも小傘に気に入られ?ちゃったみたいだからなんとかしないとね。あんな驚かされ方を毎日されたらいつかポックリ逝っちゃう。

 そうねぇ……針仕事の方にもっと熱中させれば私へ被害が集中することはなくなるかもしれない。唐傘部分よりも一本だたら的な部分を全面的にフォローしていく感じで。

 

 ……よし、良い案があるわ!

 

 

「ねえ、お得意先を探してるならいい所を教えてあげよっか? 多分そこなら小傘の針技術や金物技術を必要としている人がいるはずよ」

 

「そうなの? どこどこ?」

 

「知ってると思うけど、博麗神社の巫女さんがね────」

 

 

 

 

 

 というわけで博麗神社までのボディガードをゲットよ!

 小傘を霊夢に引き合わせることによって得意先を教えるとともに、彼女(小傘)に対する抑止力を作り上げる。これで私への意識はなるべく削げるはず。ついでに博麗神社までの危険な道筋を小傘に守護(まも)ってもらうことによって安全に霊夢と会うことができる! ついでに今日の宴会にも参加することができる!!

 まさに一石三…いや四鳥! この大賢者八雲紫のブレイン……ますます健在ってところかしらね。そろそろ大賢者より上の称号が欲しい頃ね!

 

 

「大丈夫かなぁ? 紅白の巫女は初めて会う妖怪には容赦しないってよく聞くけど」

 

「大丈夫大丈夫! ほら私も一緒に付いて行ってあげるから! 二人一緒なら怖くない!」

 

「そうだね! 友達と一緒なら何も怖くないね!」

 

 友達? 友達かぁ。……まあ友達ならいいかな。ただし()かすのはNGね。

 

 そんなことを道すがらに話しながら獣道を歩く。本当は飛んで行ったほうが楽なんだけど、私が飛べないから小傘には徒歩をお願いしている。

 時折現れる妖怪や獣は小傘が一睨みで追い払ってくれるから安全安心。なんで付喪神なんかがこんなに力を持ってるのかは解らないけど、そんなこと一々考えてたら幻想郷じゃ生きていけない。

 

 

 

 

 そんなわけで順調に道を進んで、短い林を抜ける。

 そこには博麗神社へと続く小山が─────なかった。非現実的な光景に呼吸が詰まる。

 

 

「……」

 

「随分と退廃的だね。最近の神社って変な方向に進んでるんだなぁ」

 

 呑気なことを言う小傘を尻目に、私は立ち尽くすしかなかった。

 小山が、博麗神社への長い石階段が、無いのだ。いや、正確に言うと瓦礫と化している。生々しい破壊の跡が。

 

 そしてその中心では瞳を閉ざした霊夢が瓦礫に寄りかかるように紅い海に沈み、見覚えのある二本角を生やした少女がそれを見下ろしていた。

 

 

 ……良し、逃げよう!

 私は(きびす)を返した。

 




左腕は全く動きませんがまあなんとかなるでしょう



ゆかりんは方向音痴だそうです

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