幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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die・怨悔作戦



大宴会作戦

 鼻腔をくすぐる匂いで眼が覚めた。

 私は布団で寝かされていたようだ。横にはお盆に載せられた白い粥がある。湯気が立っていることから、作られてまだそれほど時間が経っていないことが分かる。

 

 目の前の天井は見慣れたものではなかったけど、知らない天井ではない。よく分からない道具が所狭しとひしめき合っている木造家屋なんて、あそこ(香霖堂)以外には幻想郷に存在しないから。

 しかし周りを見回してもその家主はいなかった。私以外に人が居る気配もない。

 

 ……なんで私は香霖堂にいるんだろう。確か博麗神社で─────。そっか、鬼と…。

 

 ふと、世界が震えたのを感じた。遠くで荒れ狂うこの妖力は、間違いなくあの伊吹萃香のものだ。そうか、あいつの目的は幻想郷の破壊。私を倒すだけではなかった。

 

 

 

 

 やけに頭と体……特にお腹の部分が痛む。起き上がって布団と服をめくってみると、痛々しい青痣があった。ああ、今 思い出しても腹立たしい。

 

 

 

 勝負自体は決して遅れをとってはいなかったと思う。むしろ幽々子戦に比べるとかなり余裕を持てていた。伊吹萃香が本気を出してないだけなのかもしれないけど。

 あいつの能力自体はよく分からなかったが、行動制限は私に通用しない。ひたすら夢想封印をぶっ放して攻撃してやった。神社も小山も倒壊しちゃってるから気を使う必要もなかったし。

 

 だがやがては行き詰まった。原因は、私の決定打不足。伊吹萃香は強靭でありながら夢幻の如き肉体を持っている。正攻法でダメージを与えることはできない。正直、こういうところは私の改善点だと思う。困った時に全て夢想天生で解決してきたツケが最近になって回ってきてるのかしら。……気に入らないけど、紫擬きが言っていたことは確かに的を射ていた。気に入らないんだけどね。

 

 傍で浮遊する陰陽玉に視線を向けても、それはただそこにあって時折霊力波を飛ばすのみ。紫(もど)き戦で発揮した謎の力は鳴りを潜めたままだ。

 あの力を常時使えるようになれば……どうなるんだろう? 夢想天生一極化よりかは断然良くなるとは思うが。

 

 なんにせよ無い物ねだりは見苦しいだけ。私は手持ちの技で伊吹萃香を倒さなきゃならなかった。……そして、このままではジリ貧になると判断した。

 激情に身を任せ、破壊の矛を私へと向ける伊吹萃香は、手に負えない。

 

 私以外の重力は全て伊吹萃香に引きづられていた。それだけ奴には質量が集中していたってことだろう。内に秘められていたエネルギーはまさに”無限”と言ってもいいかもしれない。

 

 

 理不尽なまでのパワーに加えて多彩な”芸”。天はあの鬼に二物を与えたのだ。それも、とんでもない二物を。ここまでの傑物がよくもこれまで幻想郷の水面下で存在していたものだ。

 伊吹萃香は文句無しに強い。

 だから、夢想天生を使わざるを得ない。最後に使用してから大体2、3ヶ月……ギリギリ発動できる範囲内だ。発動してしまえば効果が消滅するまで私は完全無敵。どんな奴にだって負けはしない。

 夢想天生の発動は異変終結の合図とも言える。これまでどんな妖怪も封殺し、退治してきた。だから、伊吹萃香もこれで───。

 

 

「空を掴んだ。もう終わりさ」

 

 気づけば深々と萃香の拳が腹に突き刺さっていた。夢想天生が、破られた。

 凄まじい衝撃と共に視界がガクついた。そして意識は暗転し、目が覚めればこのザマだ。

 

 

 

 ……初めて負けた。

 夢想天生が初めて破られた。

 

 その事実が私の頭の重さに拍車をかける。自惚れていたわけじゃないけど、中々堪えるわ。

 本調子ではなかった、能力の相性が悪かった、相手への情報量が皆無に等しかった。───言い訳はいくらでもできる。だが、敗北したという事実だけは決して変わらない。結果として、二度と消えることはない。

 

 

「博麗の巫女失格、か」

 

 私の敗北には沢山の意味合いがある。その中で最も多大な影響を与えるのが、『幻想郷のパワーバランスの崩壊』。人間である私を敢えてトップに据えることによって成り立つ人妖の均衡。

 紫は私が絶対である必要はないと言った。しかし、私は妖怪には決して負けてはならなかった。今回の結果は重大な破綻をもたらす。

 

 紫の信頼を無為にしてしまった。それほどまでに致命的な案件。

 自然と掌を握りしめる力が強くなる。

 

 

「……ごめん、紫」

 

 ぽつり、と言葉が漏れた。

 かつてなら何処からともなくあいつが現れて、今の発言をなじっていくんだろう。だけど、言葉は誰かに聞かれることもなく、泡のように消えるだけ。

 

 ……弱ったなぁ。

 

 

 

 ───カランカラン…

 

 と、不意に呼び鈴が来訪を告げる。

 

 霖之助さんが帰ってきたのかと思ったが、どうも雰囲気というか気質というか、そういうのが霖之助さんっぽくない。なら魔理沙か?

 私が居る個室からでは来訪者を確認することはできない。静かに相手のリアクションを待つ。どうやら来訪者はまっすぐこっちに向かってきているようだった。

 

 足音は若干早いリズムを刻んでいる。さらに、そこまで大きな音でもないことから大人の足音じゃないことが分かる。霖之助さんではないわね。

 魔理沙の線が少し強まったが、ふとあの酔っ払いの鬼のことを思い出した。どうやってあの状況(博麗神社)からこの状況(香霖堂)になったのかは分からないけど、もしかしたら追いかけてきたのかもしれない。

 

 もし萃香だったなら……ここで倒す。今度こそは全力で……!

 

 

 

 だが、現れたのは萃香ではなかった。

 

「あ、あぁ……!」

 

「……誰?」

 

「霊夢っ霊夢ぅぅ!!」

 

 見たこともない金髪の幼い少女が此方へと駆けてくる。そして私に抱きつくと泣きながら馴れ馴れしくあちこちを触り始めた。はっきり言って鬱陶しい。

 いや、ほんと誰よ。

 

 

「目を覚ましたのね! 痛くない? 意識ある? 食欲ある? ああこんなに窶れちゃって……ごめんねぇ、ごめんねぇ……」

 

「やかましいッ! まず誰なのよアンタは。顔も知らない相手に謝られる筋合いはないわ」

 

「あ、ああごめんなさいね……って謝っちゃダメか! えっと、ギリシャからやって来た新参者の妖怪 メリーと申します、よろしくお願いします博麗霊夢=サン」

 

 今度はヨソヨソしい。

 外国の連中ってのはどうも初対面の対応に困るわ。妙に馴れ馴れしかったりヨソヨソしかったり。こいつは両極端なパターンなのかしら? 一番面倒ね。

 メリーは困ったように視線を右往左往させている。なんで眼を合わせようしない?

 

 

「……で、メリー。アンタはなんなの? 霖之助さんの知り合い? 此処にはアンタが連れてきたの?」

 

「待って待って! 順に話すから……えーっと、どこから話したものか…」

 

 そしてメリーはそわそわしながら話し始めた。こいつ本当に面倒臭いわね。

 

 

 まずメリーの素性だが、最近幻想郷にやって来たらしく、路頭に迷っていたところを霖之助さんに拾われたという。彼女が言うには「拾わせた」らしい。心底どうでもいいわ。

 そういえば魔理沙が今日の宴会には霖之助さんが雇ったっていう外来の妖怪が来るって言ってたわね。なるほど、それがメリーか。

 

 今日、メリーはとある友人と共に宴会の下見やその他諸々の用事で博麗神社へとやって来たのだが、そこには私と萃香が居て、決着はすでについていた。そして組んず解れつでメリー達も萃香と対決することになってしまったと。

 友人はあっという間にやられてしまい、メリーも必死に抵抗したが萃香の力は圧倒的で、窮地に追い込まれてしまった。しかし間一髪のところで藍と橙が現れて、その場を引き受けてくれたらしい。

 ……今度あいつらにお礼を言っておかないと。

 

 その後メリーは私を連れ帰って、香霖堂で治療してくれたみたい。……今回は沢山の妖怪に助けられたのね。我ながら情けないわ。───ところでメリーの友人は連れてこないで良かったのかしら? 当時の状況がよく分からないから敢えて尋ねないけど。

 ちなみに霖之助さんは少し前に何処かへ出かけてしまったようだ。

 

 

「はあ……悪かったわね。アンタには特に迷惑をかけたみたいで」

 

「ううん。元はと言えば……」

 

 メリーは分かりやすく落ち込んだ。……ほんっとうに面倒臭いわねこいつ。

 だけど……彼女と話していて不快な気持ちはしない。ていうか、何故かメリーとは初めて話した気がしないのだ。疲れてるのかな私。

 

 取り敢えずさらに詳しいことを聞き出そうと思って口を開いたが、頭がグラリと揺れる。気分の悪さに頭を抑えて仰向けに寝転んだ。……ダメージが残ってるのね。今夜中には治って欲しいんだけど。

 

 

「霊夢 大丈夫!? 頭が痛いの? ……して欲しいことがあったら何でも言ってね。───そうだ! 何か食べたい物あるかしら? 一応お粥は作っておいたんだけど、他のがいいならできる限りリクエストに応えるわよ! そう、私は完全無欠のゆか……メリーちゃん! 美味しいご飯もなんのその!」

 

 ……アンタが作ってくれたのね、コレ(お粥)

 人は、というより、妖怪は見た目によらずとはこのことか。どうにもこのアホを擬人化したようなメリーが料理をする姿が想像できない。まあ、それは()()()にも言えるんだけどね。意味合いは全く逆になるけど。

 メリーは何か作る気満々だったが、別に何か食べたいリクエストがあったわけでもないし、お粥もそれなりに食べれそうなものだったので追加は断った。

 

 

「──いただきます」

 

「どうぞー」

 

 湯気の立ち込める粥を口へ運ぶ。

 口の中いっぱいに広がる熱と僅かな塩味。嚙みしめるごとに何故か懐かしさが込み上げてくる、そんな不思議な味だった。

 いつだったか……何年も昔に食べたような気がする。確かその時は────。

 

 

「……美味しいじゃないの。あと、その……悪いわね。ありがとう」

 

「うふふ どういたしまして。だけど火傷しないようちゃんとふーふーするのよ。あっ、もしも辛くなったらあーんしてあげようか?」

 

「子供扱いせんでいい」

 

 全く、本当に不思議な妖怪ね。よくこんなのを霖之助さんは受け入れたもんよ。……まさか、メリーにバブミを感じてたとか? まさか……ね?

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 もうね、霊夢が可愛いのよホント。

 何が可愛いって言ったら全部よ全部。むしろ語る必要あるの? 語ったら日が暮れるわよ? クール部門からキュート部門だけで2億年ボタン耐久できるわよ?

 今なんてもうお粥にがっつく姿が愛おしい! んー確か霊夢にお粥を作ってあげたのはもう十何年も前になるわねー。彼女が高熱にうなされていた時に作ってあげたのよ。もうあの時の「紫 ありがとう」の言葉だけで今も胸がいっぱいよ! 逆にこっちがありがとうれいむー!

 

 ふう、霊夢分 補給完了!

 

 

 それにしてもこれは、流れがキテルわね。

 スキマは結局開けなかったけどあのベストタイミングでの藍と橙の登場。そして霊夢の目覚め。これは確実に私に向かって風が吹いてるとしか思えない! ついに私のハードラックが日の目を見るのね!

 あっ、だけど藍は私を嵌めて賢者の座から追いやった張本人。信頼するには危険すぎる……のかな? だけど見た感じ爽やかだったのよね。いざ八雲紫を前にすると変貌したりするのかしら。

 

 ……さらに心配なのは藍と橙が萃香を抑え込めるのかってことだけど、あの次元の話になると私にはどうしようもできない。ただ祈るしか……!

 けどあの橙の切羽詰まった口調だからなぁ。あの子ったら私を指定した場所に降ろしたあと、すぐに藍の助けに行っちゃったから。ホント大丈夫なのかしら…? 今も時々地面が揺れてるし。

 ……そういえば橙はいつからスキマが使えるようになってたんだろう。私の能力のプレミアがどんどんなくなっていくんですが。

 

 ていうか藍と橙はなんだかんだで私の正体には気づかなかったわね。それだけこのメリーボディが隠れ蓑として完璧ってことになる。

 ……私の正体にさえ気づかれなければ、あの二人ともコンスタンスな関係を結ぶことができるかもしれない。この幻想郷で生きていくためにはコネと人脈が必須だから。

 

 

 それにしても霖之助さんは何処に行ったんだろう? 霊夢の治療を終わらせるや否やバタバタ店を飛び出して行っちゃって。

 萃香に密告……はないよね? 性格が悪くても博麗の巫女を売るような真似はしないって信じてるわ。私が帰ってきた時「おやおかえり。随分と短いお(いとま)だったね」なんてほざきやがったことは許さないがねちくしょう!

 

 ホントならこんなボロ屋に戻りたくなかったんだけどね、アリスが幻想郷にいない以上頼れるのは霖之助さんしかいなかった。屈辱!

 まあ、この腹いせに留守番中に香霖堂にやって来た妖怪に変な物品を超安値で売ってやったわ! 値打ちの物には見えなかったし大したものじゃないんだろうけどね。……けどまあその変な物を格安で売ってあげた時の相手……確かナターシャ? スターリンだっけ? とにかく彼女の喜び様よ。ちゅーちゅー五月蝿かったわねぇ。それにしてもあれは一体なんだったんだろう? ネズミに必要なものでは決してないと思うんだけど。……まっ、別にいっか。

 

 

「───ご馳走様」

 

 あっ、霊夢がお粥を全部食べてくれた。うーん……ご馳走様がスーッと心に染み渡って。

 

 

「お粗末様でした! それじゃ、霊夢はゆっくり休んでて頂戴ね。何かして欲しいことがあったら何でも言っていいから」

 

「別に病人って訳じゃないからそこまでしなくてもいいわよ。まあ、少し休ませてもらうけど。…………うん? 何コレ」

 

 霊夢は布団に寝転がると、側にあった地球儀のようなものを弄り始めた。暇なんでしょうね。それにしても、あれは……確か星座を確認することができる……何だっけ? ド忘れしちゃったわ。

 

 何にせよ霊夢が興味を持ってくれたならそれでよし。私は今のうちに家事を済ませちゃいましょうかね。さて洗濯物……。

 

 

「……ん、伊吹萃香座? こっちには風見幽香座。何この地球儀? 妖怪の名前ばっか書かれてるわ。他には……」

 

「ちょっと待った霊夢 そのブツは私が回収するわ」

 

 不穏なワードに私の賢者センサーがビンビンに反応した。そう、今思い出した。霊夢が持っている星座早見盤みたいな地球儀、アレは私が作ったものだ。

 

 

 

 経緯は遥か遥か昔のことよ。私が殺伐とした連中(デストロイヤー)どもの親睦を深める為に開いた「みんなで仲良くお酒を飲もうの会」にて、萃香が言った言葉が発端だった。

 

 萃香は星空を指差しこう言った。『あの星とあの星。ついでにあの星は私が貰った!』ってね。それをきっかけに悪ノリした連中による星の取り合いが開始され、殺し合いにまでなる始末。星にロマンを感じるうら若き乙女、私こと八雲紫はその見苦しさに耐え切れなかった。

 星はみんなの物だよ!って言おうとしたんだけど、藍が横から入ってきて「あの星々に辿り着けるのは紫様だけだ。つまりあの星々は紫様のものだ」なんて言っちゃって。悪酔いした連中からの敵意に晒された私は星の割譲を決意! 適当に星座を割り振ってあげたのよ。

 オリオン座あたりを萃香、天の川のクズ星を幽香って感じでね。確か他にも星熊勇儀座とか(月はいらないとのことで)素ウサギ座 とかもあったような気がする。なにぶん昔のことだから全部は覚えてない。ちなみに私は余り物の北極星を貰った。

 

 

 はい回想終わり。霖之助さんはなんでこんなものを持ってるんだろう。

 まあ、というわけであの妖怪星座早見盤(地球儀ver)は所謂黒歴史というやつね。争い再燃の種にもなりかねないので、できることならここで処分しておきたい。

 

 取り上げると霊夢はムッとなった。

 

「ちょっと……まだ私が見てる途中じゃないの。返しなさい」

 

 取り返された。

 再び取り上げようとしたが私の力で霊夢に勝てるはずがなく、ピクリとも動かない。万力か何かで挟んでるような安定感ね!

 こうなったら仕方がない……。

 

 

「おおっと、手が滑ったぁ!!」

 

 傍に置いてあった霊夢のお祓い棒で妖怪星座早見盤(地球儀ver)をカチ割った。私の腕力でも物をカチ割れるお祓い棒マジお祓い棒。

 霊夢は不服そうにこちらを見るとお祓い棒を勝手に扱ったことだけを咎めて、そこらへんに転がってた本を手にとって読み始めた。興味を無くしてくれてよかったわ。

 それじゃ残骸は片付けておいてっと。霖之助さんにバレないように処分しとかないとね。

 

 

 

 ───カランカラン…

 

「お邪魔しまーす。……あっ、メリー!」

 

 ドアを開くなり突然 私の名を呼ぶ声をがする。入り口に立っていたのは、小傘だった。そう、萃香に喧嘩を売って私に希望を持たせた挙句あっさり負けちゃったあの多々良小傘!

 生きてるとは思ってたけど、いざ安否を確認すると安心するわ。……いやまあ、無事ではないのは見て明らかなんだけどね。左目に青痣が浮かび上がって二重オッドアイになっちゃってる。

 なんていうかその、テープでぐるぐる巻きにされた茄子傘と相成ってすごく間抜けに見えるわ。

 

 

「いやー良かった。なんとか逃げ切れてたんだね! わちきのフォローは役に立った? その、負けちゃってごめんね……本当は勝ちたかったんだけど」

 

「そ、そうなの? ま、まあ、最終的には結果オーライだったから……うん」

 

 藍がやって来るまでの時間を稼いでくれたと思えばまだ救いようがあると思う。ていうか救われて欲しい。それに私が博麗神社まで連れて行かなければ、小傘はこんな目に遭うはずなかった。ちょっとした罪悪感が……。

 そういえば結局小傘の実力は分からず終いね。取り敢えず萃香に殴られても生きてられるくらいには頑丈みたい。

 

 

「ていうかなんで私がここにいるって分かったの? 何処に住んでるかなんてまだ話してなかったでしょ?」

 

「そうそう、わちきもそれで途方に暮れてたんだけど、これを拾った瞬間ここまでの地図が頭にパパッと浮かんできたの! これってメリーのでしょ?」

 

 そう言って小傘が差し出したのは、マーガトロイド製の万能スカーフだった。どうやら萃香とのゴタゴタの時に落としてしまっていたらしい。

 危うく宝物を失うところだったわ。……それにしてもこのスカーフってそんな機能まで付いてるのね。もし萃香に拾われていたらって考えると……やべえ体が震えてきやがった。小傘ありがとう。

 

 その後、小傘を訝しむ霊夢に彼女を紹介。ついでに小傘が封魔針を新調していた職人であること仄めかして、それとなくパイプを繋げておいた。これからは私の仲介が無くても大丈夫かな?

 

 

 そして間もなくして霖之助さんが帰宅。

 小傘を見るや否や「雨を防ぐくらいにしか役に立たないただの古傘? ……ああ、君は付喪神か。済まないね、僕の能力は正直なんだ」なんて言って小傘を泣かした。ホント、とんでもない男ね! あの霊夢まで若干引いてるじゃない。今度魔理沙に会ったら女の子を泣かしてたって告げ口してやるんだから!

 

 と、少し場が落ち着いてきたところで小傘が声をあげた。

 

 

「あっそうだ。わちきは大変なことを伝えに来たんだよ! 危ない危ない、忘れるところだった!」

 

 存分にアホの娘であることを霊夢と霖之助さんに知らしめながら小傘は語り始めた。

 なんでも彼女はその後の博麗神社の一部始終を見てたんだそうだ。……死んだふりをしながら。

 

 藍と橙が大きな怪我を負うことなく戦闘は終了したそうだ。どうやら萃香の方の興が途中で冷めちゃったみたい。……萃香っていつも藍と戦いがってたのに一体どうしたんだろう?

 その理由は小傘が説明してくれた。

 

 

「なんかあの鬼って分身みたいな技を使って色んなところに攻撃を仕掛けてたんでしょ? その分身たちが藍さんたちとの戦闘中に各個やられちゃったみたいで『予定が狂った』とか『興醒めだよ』とか言ってたわ。まあ巫女さんやわちきと戦った後だったし、これは疲労してた言い訳なんじゃないかな!」

 

 霊夢はともかく貴女は一撃だったじゃんっていうツッコミが出そうになったが、なんとか飲み込んだ。これ以上小傘を傷つけるのは流石に可哀想だと思うの私。

 

 

「ほう。鬼、分身とくれば酒呑童子だね。かの鬼は有限と無限、そして調和を我がものとした歴史上 類を見ない鬼だ。ルーツは遥か神代まで遡って───」

 

「長くなりそうだから後にしてくれない?」

 

 空気を読まずに語り出された霖之助さんの薀蓄を霊夢がぶった切った。すると霖之助さんは不完全燃焼を起こしたのかそっぽを向いてしまった。

 霊夢の霖之助さんの扱いが上手いこと! これは【森近霖之助取り扱い検定準一級】ぐらいはあるわね。見習いたいものだわ…是非私も習得したい。

 

 

「えっと、話を戻すよ? ───それで……」

 

 

 

 ==================

 

 

 

 ともに大妖怪としての誇りを抱き、萃香と藍は互いに妖気を高め合って対峙する。その少し後ろで橙は桁違いの妖力に慄いていた。

 その力は果てなき程に強大で、力を解放すれば一山二山を軽く破壊する程の力を秘めているだろう。

 それほどまでに圧倒的な二人の妖怪が、それぞれ八雲紫の為に力を振う。その願いの方向性は共に一極端なれど、大元にある二人の想いは、全くと言っていいほど同じものだった。

 

 

「開幕の狼煙のつもりが、ちょいとばかし萃めすぎたかねぇ。このままじゃ私が何をしたかったのか、それすらもあやふやになってしまう」

 

「……なら素直に引けばいい。紫様は大変慈悲深いお方だ。この暴挙も、友であるお前なら笑って済ませてくれるかもしれない」

 

 他の連中は知らないがな、と付け加える。

 そしてなにより、藍の剣呑な瞳がタダでは萃香を許さないことを示していた。

 

 萃香はきょとんとして、やがて首を振った。

 

 

「いや、ダメだ。それは紫との約束に背くことになる。……はぁ、なんでこんなことになってしまったんだろうね…」

 

「……」

 

「幻想郷を破壊するなんて約束も軽い冗談みたいなものだった。だって破られるはずがないんだから。……紫が私との約束を破るわけがないんだ」

 

「……そうだな」

 

「分かってたさ、紫は今忙しいんだろう? 私との約束を破りたかったわけじゃないんだろう? ……ああ、分かっていたんだ」

 

 まるで自分に言い聞かせるように萃香はひとりごちた。何度も伊吹瓢を煽る。

 

 

「ずっと待ってたんだよ。春が過ぎて、夏が来ても、ひたすら宴会を開き続けた。明日には、明日には絶対紫が来てくれるって信じてね。……こんなに守りたくない約束なんて初めて。

 だけど守らないと……私と紫の(約束)は折れてしまう。少なくとも私からこの約束を反故にすることは、できないんだ」

 

 萃香はそう言うと能力を発動し空へ溶けてゆく。密度が過疎し、散り散りとなってゆく。

 追撃の有無を傍に控える橙が目線で尋ねるが、藍はそれを否定した。ここで萃香との決着を付けることは好ましくないと判断したのだ。

 

 

「宴は月の照らす闇夜が本番……今夜、私は約束を終わらせよう。もっとも、どんな形で終わるのかは判らないけどね。萃める場所は……ここ(博麗神社)にしようか。ここで最期の宴会を開こう。対象は、これまでここで開かれた宴会に参加してきた人妖たちだ」

 

「……そのためにわざわざ各地へ攻撃を同時に仕掛けさせたのか。ヘイトを自分に向けさせることによって能力の発動を絶対なものとするために。……鬼が考えそうな浅知恵だ」

 

「一網打尽は楽だからねぇ」

 

「……袋叩きになるんじゃないか?」

 

「その時はその時さ。どっちにしろ数の利は私にあるがね。そうだ、もしもその面子でも心許なくて私が怖いなら、お前さんがもっとメンバーを萃めればいい。勇儀が来ても風見幽香が来ても、私は大歓迎だよ」

 

「絶対に嫌だ」

 

「ハハ…──どんなに紫と近付こうとしても、お前さんじゃあいつの求心力だけは絶対に超えられないだろうね。前にも言ったでしょ? お前は固いんだ。もっと気楽にいこうよ……」

 

 そして萃香は砂のように消えた。後に残ったのは倒壊した神社の残骸と崩落した小山、そして仰向けにひっくり返った小傘だけだった。

 藍は少し考えた後、警戒を解いて大きく息を吐く橙に命令を出す。

 

 

「お前は白玉楼へ行って萃香との話の内容を幽々子様に伝えてきてくれ。私は紅魔館へ向かおう。魔理沙は……後でいいか」

 

「了解です。………あの、もしかして萃香を殺すんですか? 説得不可能なのは分かるんですが、もっとやりようはあるはずなんじゃ……」

 

「ああ、私もそう思ってるよ。だが悠長にしていれば殺されるのは私たちだ。例えどんな理由があっても紫様の意にそぐわぬことを許すわけにはいかない。……だが、紫様なら……」

 

「……?」

 

「……いや、なんでもない。それよりも時間が惜しいからな、行こう。──ああ、言い忘れたが、今回の件は霊夢には内緒でな」

 

 それだけ伝えると藍はスキマに飛び込み、橙もまたスキマを創り出して飛び込む。

 そして……

 

 

「なるほど。取り敢えず強い人や妖怪を集めまくればいいのね? ふふふ……」

 

 小傘はむくりと起き上がって、地面に落ちていたメリーのスカーフを拾い上げると、行動を開始するのだった。

 

 

 

 ==================

 

 

 

「───ってわけなのよ。取り敢えずわちきはあの鬼にリベンジするよ! あっ、それと霊夢って人には内緒にしておいてね! バレたら多分わちきが藍さんに怒られるから」

 

 ……小傘ェ。貴女って子は……貴女って子は本当になんでいっつもこう……!

 私が小傘にツッコむよりも先に霊夢は動いた。お祓い棒を掴むと一凪し、香霖堂を出ようとする。おそらく博麗神社に向かおうとしているんだろう。勿論、そんなことを許すわけにはいかない。

 

 

「駄目よ霊夢! そんな体じゃロクに動けないでしょ!? 戦闘なんて以ての外よ! 今はとにかく安静にしてなきゃ!」

 

「悪いけど僕もメリー君の意見に賛成だ。医学に精通してるわけじゃないが、素人目に見ても今の君は重傷だよ。腹に鬼の一撃を受けて生きていられるだけでも奇跡だと云うのに…」

 

「えっ、え…?」

 

 私は霊夢の巫女袖に縋り付き、あの霖之助さんでさえも静止の言葉を投げかける。小傘は状況が理解できていないようでオロオロしていた。

 

 藍が霊夢に秘密にしろと指示していた理由は明白だ。だって、教えたらこの子は絶対に大人しくなんかするはずないもの。

 

 

「離して。私は行く」

 

「ダメッ絶対にダメ!」

 

「異変を解決するのは私の役目なのよ! 博麗の巫女がこんなところで燻っているわけにはいかないわ! ……私にはそれしかないんだから」

 

 霊夢は私を引き剥がすと扉を開け放ち、飛んで行ってしまった。あんな体で……絶対に無茶してるわ。それに、さっきの悲しそうな表情はなんだったんだろう。私は霊夢のことを何も分かってあげれてなかったのかな……。

 

 

 けど、それでも今すぐ霊夢を止めなきゃ! それにこのままじゃ萃香も袋叩きにされて死んじゃうかもしれない! 全然想像できないけど。

 ていうか約束を守れなかった私が悪いんだけどさ……はっきり言って話が重いわ! 鬼が約束事を大切にしてることは知ってる。だけども互いが望むはずもない結末になるのは絶対におかしい!

 ホント、みんな揃いも揃っておバカさんばっかなんだから!

 

 

「……どうしたら萃香は止まってくれるんだろう。私はどうしたら……」

 

「メリー君。今回の件は君が迂闊に手を出していい案件ではないよ。聞く限りの推測ではあるが、伊吹萃香は目標を二択に絞っている。一つは幻想郷の破壊、 もう一つは八雲紫の登場だ。前者は言わずもがな、後者は霊夢を利用していたことからそう考えることができる。確かに霊夢を餌にすれば八雲紫は出てくるしかないからね」

 

「だけど、だけど…!」

 

「君が動いたところでどうにかなるはずがないじゃないか。君の言葉で伊吹萃香の心が動くと思うかい? まずありえないだろうね。彼女を説得するには、もはや件の彼女以外には……」

 

 ……そう、よね。

 萃香はあんなに私と飲み交わすことを楽しみにしてて、あんなに念入りに約束してて……その約束が破られてしまったことが信じられなくて。

 

 だから。

 

 

「それでも私は行くわ。……けじめはね、ちゃんと私自身でつけなきゃならない」

 

「……そうかね」

 

 解決法は既に分かっている。

 私が、八雲紫が現れるだけで萃香も霊夢も幻想郷も救われる……。それが一番簡単で、一番収集がつく終わり方で、一番ハッピーな結末。

 

 私が博麗神社に行って正体をバラすだけでいいのよね。それだけでみんな悲しまなくて済むんだよね。……私はロクな目に合わないだろうけど。

 

 

 ……幻想郷の運命は私にかかってる。

 

 

「えっと、なんかよく分からないけど……ごめんね? ……と、取り敢えずわちきも友達を連れてその宴に行くからね! メリーも来るんでしょ?」

 

「ええ勿論。霖之助さん、貴方も来たらどう? 幻想郷の一大事なんだから、男がこんなところで引き篭もってる場合じゃないわよ! その溜めに溜め込んだ薀蓄でみんなをサポートして!」

 

「なんて勝手な。……だけど、今回ばかりは僕も行くとしようか」

 

「えっ!?」

 

「煽った君が驚くのか」

 

 うーん……明日には槍が降るのかなぁ。それこそ幻想郷終焉の日の前触れ? 縁起でもない。

 霖之助さんの出陣、これが意味する吉兆は恐らく、名だたる風水師でも予測することはできないだろう。森近霖之助……やはり底の知れない男である。

 




ゆかりん暴露決意?

次回「オニゲーム」
──ゆかりんがヤムチャになるよ!

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