幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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恐怖! 増えるスイカちゃん!*

 萃香は瓢箪に口をつけ、必死にもがき舞う二色の蝶を眺めた。喪われた威信を取り戻す為に、躍起になって萃香に襲い掛かる。

 

 彼女の目線で博麗霊夢を簡単に評価するならば、はっきり言って期待ハズレも甚だしい、といったところだ。霊力も体力も、人間の範疇から完全に逸脱してしまっている素晴らしい逸材ではあるのだが、それでも弱い。

 寧ろ霊夢に絶対的な信頼を寄せていると豪語した、八雲紫の裏に潜む意図が重要なのではないか、と思わせるほどに。

 

 所詮自分は考えるよりも、手が、体が先に出てしまうような妖怪だ。八雲紫の真意を汲み取ろうとする時間が勿体無い。そもそも紫の言葉には真意もフェイクも込められていない可能性すらある。

 だから、萃香はもう一度だけ博麗霊夢を試してみようと思った。昼間での決戦は不意に拳が刺さってしまったような決着だったし、霊夢も直前になんらかの術を使用しようとしていた。彼女を決めきってしまうのは早計かと。

 

 だが、霊夢は何も変わっちゃいなかった。

 強いことには強いが、この実力ではとてもじゃないがレミリア・スカーレットや西行寺幽々子を降すことは決してできないだろう。大妖怪に届き得るのに必要な一押しが欠落している。

 これでは何度やっても萃香を倒せるはずがない。紫の言っていた博麗霊夢には遠く届かない。これならさっさと勝負を終わらせてしまって他の連中と戦った方がまだ楽しめそうだ。

 

 ならば、霊夢の本質を引き出せるだけ引き出して、もう終わりにしてしまおう。

 飛来するお札を拳で砕いた。萃香は体を脱力させて空中に漂い始める。

 

「はあー……ダメダメ。弱すぎるよお前。よくこの程度の力でこれまで幻想郷を守れてこれたもんだ。紫の奴は頭は良いけど、人を見る目は全くないんだね。こんなのを博麗の巫女にしちまうなんてさ」

「……っ!! 黙れッ!」

 

 さも悲壮感を持っているかのように、肩を大袈裟に竦めて挑発する。霊夢は判りやすく表情を怒りに染め上げた。

 紫から聞いた話では確か、博麗霊夢は「何事にも動じない空気のような存在」という総評だったはずだ。それがどうだろうか、鬼の言うことに振り回されている。……救いようがない。

 

 萃香の中でほぼ霊夢は見限られた。もはや彼女を試す理由も価値もない。

 霊夢を戦闘不能にし、次なる戦いへ移行する為に能力を発動せんと掌を打ち付ける。しかし、それは観客からの一言の野次によって中断してしまった。

 

 

「んな適当なこと言ってんじゃないわよ! 霊夢以上に博麗の巫女に適任な子なんて、そんなのいるわけ無いでしょうが! 鬼が堂々と嘘ついてんじゃないわよこんちくしょー!」

「あぁ?」

「メリー……」

 

 先ほど余波で死に掛けていた弱小妖怪のメリーが、アリスと魔理沙の背後から好き勝手言いまくっていた。萃香が少し威圧しただけで萎縮してしまっているが、目は相変わらず萃香を睨んでいる。

 こういう奴は案外嫌いじゃない。威勢が良いだけの馬鹿にも見えるが、その他にも言葉に出来ない何かを萃香は感じ取っていた。

 

 だがそれとは別に感心することがある。霊夢の荒れ狂うような霊圧が少しずつ落ち着いているのだ。頭を冷やしているのだろう。

 メリーの何食わぬ一言で霊夢を取り巻く周囲の雰囲気が若干緩和された。

 

 弱っちいが中々気になる妖怪だ。彼女には測れない魅力が存在するようで。

 だがまあ、今更ではある。何にせよ、萃香の中で霊夢はもう終わりなのだから。

 

 

「ギャラリーの連中も自分の出番が待ち遠しく思う頃だろ。これで終わりにしようかね」

「──夢想天生…!」

「何をしようが私の前には無力さ!」

 

 霊夢の体が一瞬だけ透き通った。しかしすぐに元に戻ってしまい、萃香の霧から生成された腕に襟元を掴まれた。また夢想天生が使えない。

 鬼の力は凄まじいもので、萃香の肩ごと振り回される。それに伴って辺りに散らばる岩石などの残骸が霊夢に纏わりつく。咄嗟に結界でドーム状に体を覆うが、関係無いとばかりに岩石は萃められ、隙間なく敷き詰められてゆく。

 岩石は極限まで圧縮され、熱量を生み出す。やがては溶岩となり、霊夢と結界を内に持つマグマボールとなった。鬼の肉体の前にはマグマの熱もなんのその。

 

「これで、いっちょあがりぃ!」

 

 萃香は振り回す勢いそのままに、抉られて剥き出しとなった岩盤に投擲、風切り音とともにマグマボールは豪速球と化した。

 これだけの勢いがあれば岩盤との接触時に霊夢の結界は間違いなく砕け散ってしまう。そして間髪入れず衝撃とマグマが霊夢へと襲い掛かるのだ。

 

 ──だが

 

「あがるのはアンタよッ!」

「ッ!?」

 

 霊夢を伴ったマグマボールは地面に接することなく消えてしまう。直後に萃香が背中に感じたのは己で作り出した圧倒的熱量。

 亜空穴だ。霊夢は「着弾する地面」と「萃香の背後の空間」を繋げていた。

 

 結果的に衝撃とマグマを受けたのは萃香だった。流石に空中では踏ん張りが効かず、諸共落下する。着弾とともに霊夢は結界を暴走させマグマごと周りを消し飛ばし、馬乗りの状態でスペルを発動。

 

「夢想、封印!!」

 

 詠唱とともに巨大な霊力弾が萃香へと殺到し、幻想郷にこれでもかと深い穴を抉じ開けてゆく。大地が上下にリバウンドし、体の軽いメリーは反発力によって跳ね飛んだ。そして半泣きになった。

 

 最後の弾が破裂すると同時に霊夢は空を蹴って大きくバックステップした。

 

 

「どんなもんよ。少しは堪えたかしら?」

「──んー……いんや全く」

 

 瞬間、霊夢の足元を含めた周辺大地が粉々に分解され、そしてまた元の地面に戻る。能力を応用すれば萃香にとって造作も無いことだ。

 勿論彼女は無傷。霧から実体へと萃まり、新しく造られた地面へと降り立つ。

 

「多少はマシになったか。まだお前さん相手でも退屈せずに済みそうかな? よし、もうちょっとだけ遊んでやるか!」

「チッ、人をコケにするのが上手いじゃない」

 

 

 

 

 

「何をやってるの霊夢。私を倒した時の貴女は、そんな生ぬるいものじゃなかったはずよ! ほらそこよ! そこで左フック!」

「……おかしいぜ。霊夢にいつものキレがない。夢想天生まで不発してるし、どうしちまったんだ。やる気が空回りしてるのか?」

「それね、私もそのことについて考えてたわ。あんな霊夢なんて一捻りよ。あれじゃ美鈴でも勝てちゃうかもね」

「ちょ、お嬢さま……」

 

 レミリアと魔理沙は霊夢の動きに強い違和感を感じていた。これまでに霊夢が彼女たちに見せつけてきた鮮烈な姿は完全になりを潜めている。

 例えばレミリアとの戦いで魅せた、技と力の織り成す冷徹な一撃。例えば魔理沙が身を持って体験してきた、虚を突く無慈悲な一撃。それら全てが衰えてしまっている。

 さらには夢想天生が発動しておらず、霊夢自身も発動を試みていたが悉く失敗。その無防備な瞬間を萃香に狙われている。前回使用してからしばらくの期間があるので、ほぼ問題なく発動することは出来るはずなのにだ。

 

 もはや別人であった。

 動きは最初より少しだけ良くはなったが、まだまだ本来のものとは大きくかけ離れたものだ。いつもの霊夢ならば萃香とも五分以上の戦闘が出来るはずなのに。

 

「ただのスランプってわけじゃなさそうだな……。いつから霊夢はこんなになった? 春雪異変の時までは普通に────」

「その時でしょう」

 

 魔理沙の呟きに咲夜がアッケラカンと答えた。予想外の相手からの思わぬ返答に眉をひそめる。その傍らではレミリアが興味深げに耳を傾けていた。

 

 

「あのビチグソ隙間妖怪を直々に引き裂いたんでしょ? 死んだかどうかは知らないけど、霊夢はそれを気に病んで未だにひきずってるだけじゃないの? 引きずってちゃ宙に浮かべるはずもない」

「うーむ……あり得る、のか? あの霊夢がねぇ」

「ふふ……霊夢なんてまだまだ50も生きてないひよっこの小娘、多感症なのね。私は覚えているわ、この年頃の人間はとても面倒臭いって事をね」

 

 レミリアの流し目に咲夜は目を逸らした。興味をそそられるが今は我慢、霊夢をなんとかする方が先決だ。

 霊夢が紫に若干依存していることは魔理沙も気づいていた。魔理沙との『親友』という名前があるような関係ではない、一言では言い表せない関係が彼女たちにはあった。自分と師匠のような感じがして、それともまた違う歪な関係。

 そんな紛い物の紫とはいえ、体を引き裂いた瞬間を見ている。致命傷を与えているのだ。それが霊夢に何らかの障害をもたらしている?

 

 ちゃっかりと話を聞いていたらしい藍は、頬に手を当ててゆっくりと言う。

 

「論理的で倫理的な下手な理由よりも、よっぽど判りやすいよ。私もそれを身を以て体感したばかりだ。ココロに空いた隙間の影響力は無視できるレベルじゃない。今でこそ紫様の御命を頂けて私は此処にいる。だがそれまでのこの数ヶ月は……な」

「そういやほとんど廃人だったなお前。受け答えにも殆ど感情を感じなかった。だけど、そこまで磨耗しちまうものなのか?」

「紫様はよく言われていた。『心に最も負荷が掛かるのは、身近な人物が喪われた時』と。……橙が居なかったら私は……」

「まあ、分からんでもない」

 

 

 ここはひとつメリーみたいに励ましの言葉でも贈ってやるのがいいだろうか? いやしかし励ましの言葉は既に掛けた後だ。もう一度言うのはこっぱずかしいし、それでまだ駄目なのだから魔理沙では説得しきれないのだろう。ただのスランプとも違うようでもある。

 

 ならば他の奴に声援を出させてみるべきか? 魔理沙に次いで霊夢と付き合いが長いのは藍と橙だが、藍が紫関連で優しい言葉を掛けるヴィジョンが思い浮かばなかったので却下。次にアリスだが、視線を向けると首をふるふると横に振った。

 他は駄目だろう。パチュリーは人に気の利いた事を言えるような魔女ではない。かといって美鈴では的外れだ。幽々子と妖夢もダメ、霖之助は……言わずもがな。傘は知らん。最後の一人であるメリーは現在進行形で檄を飛ばしている最中である。

 

 もはや円満に打開する方法は霊夢自身が吹っ切れるか、紫に直々登場してもらうしかない。というか紫が出てきてくれればこの異変は即終了である。魔理沙や藍たちでこの異変を解決しようものなら霊夢はこの件を引き摺り続けるだろう。

 

 つまり結論として──

 

(「全部八雲紫が悪い」ってことか。とんだ迷惑賢者だぜ。……あいつ一体どこで何をしてやがるんだ? まさか今も何処かで、呑気に私たちを見てるんじゃないだろうな?)

 

 

 

 

 そしてその肝心の八雲紫はというと。

 

「えっと巫女が回っ、いや上がった! 鬼が殴って、地面に落ちて、迎え撃って、なんか変な弾を撃った! デカく、いやちっちゃく! うわーなんか凄いの出したー!」

「霊夢いけーっ! 萃香なんて倒しちゃえー! ……けどできれば穏便に事を済ましてね! みんな仲良しが望ましい!」

「あっ、巫女が押し倒された」

「うおぉぉ霊夢ゥーッ!!」

 

 魔理沙の予感通り、がっつり()()いた。但し全く()()()はいないが。

 なので小傘に実況してもらっている。三つの目が目の前の動作を正確に捉えるが、口は二つ(うち一つは張りぼて)なので情報の伝達が間に合わない。

 つまり(メリー)に伝わっているのは

「鬼、ヤバイ、強い」

 以上。

 

「呑気にやってる場合ではないね。伊吹萃香が躍起になり始めた。これはもうひと荒れするかもしれない」

「こ、これ以上なにが荒れるっていうの!? もう荒れるものはないわよ? だって更地とクレーターだけだもん!」

「どうだろうね。無限と有限を調和する規格外の鬼だ。このまますんなりとは終わらせてくれないだろう。……身構えていた方がいいかもしれない」

「え?」

 

 

 

 メリーが疑問の声を上げたその時、五度目となる夢想天生の失敗にとうとう萃香が痺れを切らした。この場面で頑なに使おうとするのだ、何かの意味があるのだろう。それが焦ったく、腹立たしい。霊夢が本気になれてない事は薄々萃香も勘付いていた。

 内心では紫のこれ以上の嘘を認めたくないという想いもあるのかもしれない。

 

「さあ出しなぁ! 私を倒すつもりで挑んできたんなら、ヴィジョンは掴めているはずだろ! 私にお前を、紫を失望させるな!」

「はぁ……はぁ、くそっ夢想天生!」

 

 スペルを叫ぶ。しかしの体には何の変化もなかった。またもや不発。萃香から溜め息が漏れ、霊夢は苦々しい表情で歯を噛み締めた。

 

「なんで、発動しないのよ……!」

 

 人の爆発力とは怒りによって急激に引き上がるものだと、萃香は熟知している。時には決して成し得ぬ技を、いとも簡単にこなすのが人間という面白い存在だ。

 霊夢は存分に(なじ)り倒した。しかし紫の言っていた『博麗霊夢』の片鱗は未だ見えず。燻る一人の少女の姿だけがあった。

 

「ほらぁ! 怒れ怒れ怒れぇぇ! お前の本当の力を出せっ、 紫の言ってた、博麗の巫女の力を見せておくれよぉ! ただのガキじゃないってところをさ!」

「う、ぐぅ……!」

 

 強烈な息もつかせぬ連打。お祓い棒で器用に衝撃を受け流すが、全てを殺し切れるはずがなく。腕が振るわれ発生する空気弾だけでも、生身で受けてしまえば必殺になり得る純粋で最凶のパワー。

 ”技の”萃香とも呼ばれているが、それは対比になっているもう一人の鬼とともに揶揄される二つ名であって、パワー自体は世界で数本の指に入るほどなのだ。霊夢の耳すれすれを掻っ切る衝撃は空間を削り、遥か遠くの地面に生々しい傷跡を残してゆく。

 

 そして、一撃がお祓い棒をへし折り、衝撃が霊夢の身体全体を殴打する。後ろに吹っ飛び、着地も取れずにゴロゴロと引きずられながら倒れた。

 すかさず萃香は霧となって霊夢の真横に現れると、つまらなそうに酒を呷る。

 

「あーあダメ、か。紫……お前はまた私に嘘をついたんだな。そんな嘘、抑止力にもなりゃしないよ……」

「……ま、だ…まだ」

「やる気はあってもねぇ。なんだ、お前が全てを出し切るのに一体なにが足りないんだい? 怒りか? 時間か? 力か? ……紫なのか?」

「どれもいらない! 私は私だ! ……私は変わってなんか、ない。それに、アンタへの怒りなら掃いて捨てるほどあるわ!」

「ふぅん」

 

 さてどうするか。

 怒りはダメ。霊夢をさらに怒らせるならばギャラリーの連中を攻撃したりなど、まだ幾つか方法はあるが、霊夢が使おうとしている技は逆に怒りが枷になっているのかもしれない。それでは本末転倒だ。

 ……そういえば、この戦闘中に一度だけ霊夢は強くなった。そのタイミングは確か、メリーが檄を飛ばした時。

 

 

 メリーは幻想郷の新参で、霊夢とは面識が浅いのだろう。なのになぜ彼女からの声援で動きがよくなったのか? 支援系の能力かと思ったが、それなら真昼に唐傘をのした時、なんらかのアクションを起こしたはずだ。

 まさか、彼女が霊夢の本気の鍵にでもなるのか? 未だ謎多き彼女が……。

 

 

 

 

 ──鬼が嗤った。

 

 

 

 

「ふふっ試してみようかなぁ? もし違っても余興にはちょうどいいし」

 

 打って変わって軽快な口調になった萃香は、霊夢から目線を外し件の彼女を視界に捉える。息が詰まって肩が跳ね上がっているのが目視できる。

 萃香が腕をぐるぐる回すと、それに伴って腕に装着された鎖も回る。そして、ほどよく遠心力によって速度を増した鎖を、勢いよく投擲した。

 

「そぉれ、鬼縛の術!」

「え───」

 

 鎖が鞭のようにしなり、うねり、メリーの寸前で断ち切られた。断ち切ったのはアリスの人形。肝心のメリーは何が起こったのか分からずにオロオロしていた。

 アリスが、魔理沙が厳しく萃香を睨む。

 

「おいおいおい、鬼ってのはそんなに野蛮なのか? 奇襲してこんなか弱い非戦闘員を狙ってきやがって」

「今、貴女は観客(メリー)に攻撃を仕掛けたわね。つまり、それは同じく私たち(観客)に対する宣戦布告と見ていいのかしら?」

「好きにとっていいさ」

「えっ、え? なになに?」

 

 二人による強烈な殺気が容赦なく萃香に降り注ぐ。だが大して気にする様子もなく、むしろ興味深げに状況を観察していた。

 怒る白黒に虹色、メリーを護るように傘を開く小傘、剣を引き抜く霖之助。どうやらメリーに攻撃するのはタブーらしい。

 

 ……面白い。やはりメリーは何か持っている。

 

 

「こりゃいよいよ確かめる価値がありそうじゃないか。よし霊夢、戦闘は一度休憩にしよう。せいぜい体力を回復させるんだね」

「ちく、しょう……! 待ってろ、アンタなんか本気を出せばすぐに退治してやるんだから……! ギャラリーと戦ってる暇なんて─────」

「まあまあ、大人しくしとけって」

 

 萃香は仰向けに倒れている霊夢へ馬乗りになり、鎖で拘束する。そして自らの体から大量の霧を放出しもう一人の伊吹萃香を創り出した。

 分身萃香は呑気に数を数える。

 

「ひーふーみー……13人か。これくらいならなんの支障もないね。ちょっくら行ってくるから拘束は任せたよ」

「了解了解。厳しくなったら幾らでも妖力を追加するからさ、派手に頼む」

 

 以心伝心のコンタクト。分身萃香はゆっくりと足を踏み出し、ギャラリー席へと歩を進める。メリーは悲鳴をあげ、彼女を取り囲んでいた者たちが臨戦態勢をとる。レミリア率いる紅魔勢と幽霊組、八雲の式たちはやっとか、と強かに笑みを浮かべる。

 

「初めからそうやってくれた方が分かりやすかったわね。お前たち手を出すなよ? あの鬼を倒すのは私、レミリア・スカーレットだ! そこの幽霊にも九尾の狐にも譲る気はない」

「ははっそんながっつかなくてもいいって。ちゃんと全員相手してやるからさ。

 いくよ……『妖鬼-疎-』」

 

 分身萃香の体から先ほどと同じように霧が噴出される。そしてそれらは形取られ、本体と同一の者へと変化した。

 

 13体の萃香が揃い踏み、ゆっくりと各々への距離を詰めてゆく。その圧力にメリーは涙目で吐き気を訴える胸を力強く押さえつける。

 頗る厄介、しかもその一体一体が本体と全く変わらない規模の妖力を有していた。

 

 

「おかしいぜ……あの分身ども全く力が衰えてない、力が分けられてないぞ。スペルを発動したわけでもねえのに訳がわからん」

「言っただろう。彼女は無限と有限、そして調和を司る存在だ。つまり0を1にすることができるし、さらに1を100にすることもできる。本体の妖力上限を超えることは出来ないだろうが、それを差し引いても余るほどの脅威だ。やはり荒れたか」

「つまりあの萃香一人一人が霊夢を倒すほどの強さってことなんでしょ!? 無理無理無理! そんなのチーターよ! さすが鬼、汚い!」

「今更だぜ」

 

 魔理沙の言う通り、不条理にいちいち嘆くばかりではこの幻想郷で生きてゆくことなど出来ない。勿論、メリーはそんなこと言われずとも分かっている。というよりこの場の誰よりもそれを痛感している。悲しきかな。

 メリーが何より恐怖したのは、萃香の分身の数が13人ってことである。今現在、霊夢を除いて此方側で宴会に参加しているのは、魔理沙、アリス、レミリア、咲夜、パチュリー、美鈴、幽々子、妖夢、藍、橙、霖之助、小傘、そしてメリーの13人。

 

 ……萃香はメリーのことを見据えて分身の数を13人に設定しているのだ。

 ───「全員相手してやる」……つまるところ、萃香からの殺害予告に等しい。

 

 メリーは素早く状況を確認した。レミリアチームと幽々子チーム、愛すべき我が式たちは各々で戦闘準備を進めている。わざわざ自分にまで手を回すような気遣いはしないだろう。彼女たちには独自の目的があるのだから。

 逆に自分を助けてくれそうな魔理沙、アリスに小傘だが、正直彼女たちをもってしても全く安心できない。まず魔理沙は防御型の魔法が苦手だ。アリスは万能だが、どこまで萃香に対抗できるのは不透明。小傘は昼間での完全敗北が頭にビュンビュンよぎりまくる。

 

 霖之助? 知らない男ですね。

 

 

 

「来るぞッ、戦闘に自信の無い者は後ろに退がれ! ───構えろ橙!」

「はいっ!」

 

 藍の声と同時に萃香たちが搔き消える。思考が停止し、次に脳が動きを開始した時には各地で衝突が起こっていた。メリー半泣きである。

 

 同一個体の元で動きが統制されている萃香に比べ、対する幻想郷連合は連携もクソもなかった。当然といえば当然である。

 即死技を連発する幽々子にレミリアが動きを妨害され、キレた咲夜の攻撃を妖夢が弾く。これだけで新たな対立関係の完成である。

 

 早々に連携を見限った美鈴とパチュリーは各々で撃破に向かう。対鬼を見据えて準備を済ませていたパチュリーは正面からの純粋な火力で萃香と張り合った。美鈴は吸血鬼異変での敗北を踏まえ、夢の中で萃香の動きを学習していた。故に倒すとまではいかないが技術で優勢を保つことができている。

 

(へぇーあの二人なかなかやるなぁ。中国っぽい奴の動きなんて見違えたよ。これなら能力無しの私になら簡単に勝てるかもしれないね。さて、他は───)

 

 

「ほらほらそんな攻撃全く効かないよ〜。もっと強い技はないの? それが精一杯なのかい? チンケなナイフで攻撃するだけじゃあねぇ」

「無駄に硬かったり柔かったり……意味が分からない、気持ち悪い。異空間に閉じ込めても出てくるし、相性が悪いわ」

「言い訳ね」

 

「何処を攻撃してるかな? 素振りにしちゃ随分とお粗末だが」

「おのれちょこまかと! 大人しく斬られなさい!」

「目に見えるもの全てが斬れるなんて思っちゃいけない。そこらへん勉強不足だよ」

 

 咲夜は火力不足、妖夢は命中に欠ける。互いに秀でている部分は萃香でも目を見張るものがあるし、潜在力もなかなか高い。しかしまだまだ拙い。

 従者としてなまじ優秀すぎた分、独りよがりな一面が強いのだ。

 

(せめてこの二人がタッグを組むなりすればけっこう変わってくるんだろうけど、今は無理なんだろうなぁ。仲悪そうだし。それにひきかえ、こっちは仲好調だね)

 

 藍は大した小細工無しでも分身萃香に打ち勝つだろう。だが橙はそうはいかない。八雲の式とはいえまだまだ小童の化け猫、萃香と殺り合うには実力が遠く及ばない。よって彼女のフォローに藍が回らなければならなくなるので戦況はプラマイゼロになるんだろう、と萃香は高を括っていた。

 しかし、思った以上にこのコンビは強かった。

 コンビとして戦う以上戦況は2vs2になる。妖力など諸々含めた総合力なら確実に萃香二人に軍配があがるだろう。しかし現状は八雲式コンビの優勢であった。

 式の同調効果と言うべきか、二人の性能が時間経過につれて格段に跳ね上がっている。刻々と変化するスペックに加え、互いの信頼から成る小回りの効いた小技に分身程度なら易々と消し飛ばす強烈な一撃。流石は紫の式神だと萃香は感心した。このままいけば2体の萃香を倒せるかもしれない。

 

 

 

 さて次にレミリアと幽々子だが、こちらは既に勝負がついていた。萃香の分身体は運命の槍に貫かれ消滅、もう一方は絶対無比の能力によって即死であった。

 やはりあの二人は強い。考え無しに突撃させた分身体では全く相手にならないようで。しかもそれぞれの事情で彼女たちの調子は非常にハイな状態である。恐ろしいものだ。

 

 アリスと魔理沙は可もなく不可もなく、といったところか。彼女たちはメリーと小傘の分も合わせて4人の萃香を相手にしている。奮戦しているものの、後ろのお荷物を抱えながらの戦闘じゃ力を出し切れないだろう。

 おまけに萃香は魔力を霧散させることで術式の構築を妨害、さらには展開された人形師団を一箇所に萃めてしまい魔法使いに得意な戦法を取らせない。

 

 意外だったのが森近霖之助である。

 腰の剣の刀身を萃香に当てた途端、体が崩れて妖力ごと霧散してしまった。自分の戦局を片付けた霖之助は魔理沙たちに助太刀して戦況をイーブン、そして優勢へと変えてゆく。

 あの剣は───。

 

 

「そこのメガネ、面白いものを持ってるじゃないか。その剣からイヤに私と近しい力を感じるのは、どういうことだ?」

「ふむ、他ならぬ君が知らないのか。この剣の名は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、かつて素戔嗚が八岐大蛇を退治した際に、大蛇の尾から見つかった神剣だ。この剣の本質を語る前に、まずはこの剣の起源となった八岐大蛇の話をしなければなるまい。神代の怪物、八岐大蛇は死に絶えたと考えられていた。しかし一部の説では姿形を変えただけに留まったというものもあってね。諸説あるがその中の一つに酒呑童子がいるんだ。所詮諸説、真実はともかく知識の一つとして覚えていたが、いざ本物(天叢雲剣)本物(伊吹萃香)を比べてみれば、この剣の秘めている力と君の力は同質のものだ。効力に差はあるがね。君の相反する萃と疎の力は本来同時に成り立つものではない。調和の力で保っているんだろうが、そこを逆補正の力で突いてやればすぐに瓦解する。つまりこの剣は、君に特化した剣だ」

「長い長い」

 

 いきなりの薀蓄に苦笑が漏れた。だけどもその洞察力は素晴らしい。

 萃香自身にも思い当たる節はある。霖之助の話全てが詭弁であるわけではなさそうだ。

 

「……香霖。お前、私にその剣はガラクタだとかなんとか言って安くせびったよな」

「いや悪かったと思ってる。その代わりにこうして慣れないことをわざわざ買って出ているんじゃないか。その分でチャラに頼むよ」

(霖之助さん汚いなぁ)

 

 なにはともあれ場はかなり持ち直した。みんなの奮戦に萃香の分身たちは次々に敗走してゆく。圧倒的ではないか、我が軍は!

 メリーに一筋の希望が差し込んだ。

 

 

 

 だから、萃香はそれを完膚なきまでに叩き潰す。

 

 

 

「それじゃ次は3倍の数でいってみようか! 1:3にして……吸血鬼と幽々子と藍には10程度でいいか。さて何人残るかな?」

 

 分裂、補完、分裂。

 一人百鬼夜行の伊吹萃香の真骨頂である。

 ずらりと並んだ総勢60の萃香たちは間髪入れず畳み掛けた。萃香相手にキルレート1:3はあまりにも無謀すぎる。

 

 圧殺だった。

 

 

「これは夢? そう、これは夢。とんでもない悪夢なのね。ほらドレミー私を迎えに来て……」

「現実逃避してる暇なんてないぜ! マシンガンスパーク!」

「後ろに下がりなさいメリー。小傘はメリーを守ってあげて。───戦符『リトルレギオン』!……サモン、ゴリアテ!」

「そんなチンケな魔法で私たちを止められるものか! 出し惜しみして鬼と戦えるはずないだろっ!」

 

 小刻みに撃ち出される魔砲を拳圧のみで搔き消し、行く手を阻んだ人形たちを軽いジャブで悉く破壊する。そして最後に立ち塞がった巨大人形ゴリアテは2人の萃香による足元へのタックルで前のめりに転倒した。

 

 その隙に残った萃香たちがメリーに突撃するが、アリスの咄嗟の判断による魔法糸での拘束で一瞬だけの足止めに成功する。その好機を見逃さず、魔理沙は全開のマスタースパーク拘束された萃香の分身体を消しとばした。

 

「どうだ! これが私の魔法───」

「言ってる場合か」

 

 瞬間、魔理沙は頬への裏拳で弾き飛んだ。気の抜かりと言うよりも、神出鬼没の萃香の動きに対応できなかった。

 

「魔理──ッ」

 

 アリスは動けなかった。四方を完全に包囲されているからだ。視界の隅ではゴリアテ人形が現在進行形で萃香に砕かれている。

 

「人形は全て潰した。頼りになるお仲間もあのザマだ。面白い剣を持っている男は元々武闘派じゃないようで5人同時相手が関の山……」

「この危機的状況、どうやって切り抜ける?」

「なんなら諦めるか? それとも逃げるか?」

 

「っ! ……参ったわね」

 

 魔導書を掴む力が強くなる。

 残された手段がないわけではないが、それはアリスにとって用いたくない、最後の手段というやつであった。

 ──だが

 

 

「いやァァァこっちキタァァ!!」

「なんの! たった一体ぐらいわちき1人で十分だから、安心してメリー!」

「できるかぁ!」

 

 防衛線が食い破られた。

 残るメリーへの防波堤は小傘のみ。はっきり言って心許ないというのが本音だ。

 どうする? 他に助けてくれそうなのは1人もいないし、かと言って最後の手段を使用すれば守る対象であるメリーは愚か、幻想郷にまで───。

 

 

 

 

 

「もうやめ! やめにしましょう!」

 

メリーは体を大にして叫んだ。

 

「萃香っ! みんなに暴力を振るうのをやめなさい! ていうか一旦落ち着いて!」

「あぁ? 鬼に指図するかい?」

「指図ではないわ……お願いよ。あくまで対等な立場としてのね。──そして貴女には言わなきゃならないことがある。少なくとも、私にとっても貴女にとっても大切な話」

 

 急に悟った様子で語り始めるメリー。恐怖を感じているのは簡単に見てとれるが、それを覆い隠すような固い覚悟が瞳からは窺える。萃香は眉を顰めた。

 

「なんだよそれは。まさか時間稼ぎかい?」

「か弱い私がなんでこんなスターリングラードも真っ青な戦場に来たんだと思う? それはね、私にはこの異変を終結させる義務と責任、そして手段があるからよ。……隠してたのは悪かった。私も保身に走りすぎたって今になって後悔してるわ」

「一体なにを…… 義務と責任なんてあるはずがないだろ。お前は新参でこれまで面識もなかった仲だ。……違和感は感じるが、本来ならこの異変とは無関係な───」

 

「無関係な仲なんかじゃないわっ!」

 

 何かを押し殺したような悲鳴が響き渡る。その言葉に分身萃香たちは動きを一斉に止め、本体を含めてメリーに注目する。霊夢も、他宴会参加者たちも意識をそちらへ向けた。小傘は間に挟まれてオロオロするしかなかった。

 

「私と貴女は友人なの。何百年も、何千年も前からの古い友人! 一年に一回はお酒を酌み交わして色々な事を語り合ったよね。酒を切らしたらすぐに暴れてさ、私ったらいつも気が気じゃなかったのよ! ……私は貴女のことを一番って言っていいほど信頼しているわ。今回の件は決して褒められた事じゃないし、みんなは貴女の事を許さないかもしれない。だけど、貴女が私の事をとても信頼してくれてたって事はよく分かったわ! 個人的な感想で言えば、とても嬉しい!」

「……」

 

 隠していた事を吐露し感情をまくしたてるメリーに、周りの反応は様々だった。殆どが訳の分からず呆気にとられ、唯一霖之助だけが頭を押さえた。

 肝心の萃香はピクリとも表情を動かさず、メリーをひたすら見据える。なにを思っているのか、その表情からは全く読み取れない。

 

 

「ごめんなさい萃香……約束を守れなくて本当にごめんなさい。だけど決して故意的にすっぽかしたわけじゃないの。ずっと貴女の事を気にかけてた」

 

 萃香は何も答えない。

 

「今ならまだ引き返せるわ。みんなには一緒に謝るから、もう終わりにしましょう? それで明日から幻想郷はまた元どおりよ」

「……なるほど。言いたい事は分かった。それじゃあ、簡潔な結論を聞こうか。私の古くからの友人で、酒を酌み交わした事があって、約束の内容まで知っている──そんなお前さんは、誰だ?」

 

 メリーは口を開きかけて、また噤む。しかし頭をふるふると振って決心を決めると、しっかりとした口調で言い放った。

 

 

 

「私は、八雲紫よ」

 




ドラゴンボールで一番好きなのはセル編
そして正邪さんは日本社会のイデオロギーをひっくり返して、どうぞ。資本主義の豚め……!

とまあそんな感じで、次回こそ早めに投稿できたらいいなぁ! 評価感想を頂ければもっと頑張れるはず



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