幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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最後のストック




彩光の験し*

 *◆*

 

 

 霧の湖のほとり…いや、陸続きになっている面積はかなり少ないのでもはや小島といったほうが良いのだろうか。

 そこに一つの風景とかけ離れた建造物が存在していた。周りと浮きすぎて逆に違和感がなくなるほどだ。

 鮮血をぶちまけたかの様に真っ赤な館。悪魔が住むとしてそこそこ有名な館である。名を紅魔館という。

 

 四方を壁で囲まれており、正門以外から壁を越えようというものなら容赦なく侵入者撃滅用の魔法陣が発動。チリも残らない。

 つまり紅魔館に入るには正門以外に経路はないのだ。

 

「――――って感じだ、私が見る限りではな。こんなトラップを仕掛ける魔法使いなんて相当根暗なやつに違いない」

 

 と、魔理沙は推測した。

 

「面倒臭い作りの館ね。けど結界を張りながらなら正門以外からでも入れるんじゃないの?」

「敵さんがせっかく用意したトラップなんだ。ちゃんと乗っかってやろうぜ?」

 

 魔理沙は正面を見据えながら言った。

 そこには正門の前に仁王立ちし、僅かに顔を下にやり不動の沈黙を保つ門番と思わしき中国っぽい妖怪が一匹。

 そしてその門番の前に頭から地面に減り込んでいる最強の氷精が一匹。言わずと知れたチルノである。

 

 チルノは紅魔館にたどり着くや否や空気中に雨のように氷柱を生成し攻撃を仕掛けたのだ。しかしそれらの氷柱は中国っぽい門番が放った一凪の旋風により門を越えずに粉々に砕け散った。

 そして呆気にとられるチルノへと高速で接近し、頭を掴むと地面へと叩きつけたのだ。チルノはその一撃の前に撃沈、地面に頭から埋まっている。

 時を戻す(マイナスK)暇もなく、絶対防御圏も通じず、一回休みにされたわけでもなく再起不能に陥ってしまったチルノであった。

 あのチルノが攻撃を仕掛けたにも関わらず紅魔館は全くの無傷。いや、それ以前に霊夢とチルノの戦闘の余波をこの館は受けたはず。それなのに紅魔館が無傷というのはこの中国っぽい門番の優秀さを言葉なしに象徴していた。

 

「さて霊夢。堂々と正面から入らせてもらおうぜ」

「はいはい」

 

 二人は中国っぽい門番へと近づいてゆく。途中チルノを踏み付けたが気にしない。

 徐々に徐々に接近する二人であったが、中国っぽい門番の表情を見ると…流石の二人でも呆気にとられた。

 中国っぽい門番は…寝ていたのだ。

 

「ZZZ……」

「うーん…」

「これは…罠じゃないな。本気で寝てる」

 

 ならば先ほどのチルノへのアレはなんだったのだろうか。流石に偶然とは言い切れない。

 

「睡拳…ってやつかしら」

「酔拳だろそれは。字が違うぜ」

 

 暫く対応に困っていた二人だったがこのままウダウダしていても仕方がない。さっさと紅魔館へ向かわせてもらおう。

 

「そんじゃ、お邪魔する――――」

 

 ――ビュッパシィ

 

 魔理沙の顔へ烈脚が放たれる。しかし魔理沙はなんの苦の表情も見せずそれを素手で受け止めた。

 門番は寝ながら蹴りを放ったのだ。

 

「ZZZ………」

「なるほど…こりゃ睡拳だ」

 

 魔理沙は脚を離すと門から一歩下がってみた。

 すると中国っぽい門番は脚を曲げた臨戦態勢を解き、再び不動の直立へと戻った。

 

「なによ面倒臭いわね」

 

 くだらないと言わんばかりに霊夢は博麗アミュレットを門番の顔へと放つ。

 門番はその博麗アミュレットを躱しもせず、モロに顔面で受けた。睡拳破れたり。

 パンッという破裂音とともに門番は豪快に吹っ飛び、そして狼狽えた。

 

「ブフォ!? ち、違います!私が昼以外に寝るわけがないでしょう!? ………ってあれ?」

 

 なにやら怯え、周りを警戒していた門番であったが霊夢と魔理沙を視界に捉えるや否や、突如キリッとした顔をして言い放った。

 

「お前たち侵入者か!? ここをどこだと心得る! 悪魔の館、紅魔館にあるぞ! 名前と要件を言え、内容によっては――――」

「博麗霊夢。あんたの主人を退治しに来たわ」

「あ、博麗の巫女ですか、ならどうぞどうぞ。お嬢様からのアポは取っていますよ。ようこそ悪魔の館、紅魔館へ」

 

 これまた突如穏和な顔をした門番は門への道を開けると霊夢を歓迎した。門番の奇妙なノリにどこか調子の狂ってしまう霊夢であったが、まあこれなら面倒臭くないなと上機嫌に門をくぐった。

 

「お、こりゃ話が早くていいな!」

 

 魔理沙も続いて門をくぐろうとするが…

 門番は魔理沙の眼前へ拳を突き出した。

 

「あ? なんだ、私はダメなのか?」

「貴方はアポを取ってないでしょう? 生憎、泥棒のような色合いをした人を館に入れるほど、私の警備はザルじゃないので」

「泥棒だと? 人聞きが悪いな、私はどっからどう見ても魔女だろ」

 

 魔理沙のみへの入館拒否。

 それに当の本人である魔理沙は難色を示すが、霊夢は知らんぷりをして紅魔館へと入っていった。

 

「ちょ、おーい待ってくれよ霊夢ー!!」

 

「嫌よ面倒臭い。今まで散々足止めを食らったおかげで時間が押してるのよ。どうしても付いてきたいならその門番をぶっ飛ばすなりしなさい。そういうわけで、お先」

 

 霊夢は紅魔館の玄関をこじ開け、館内へと消えていった。

 残された魔理沙は頭をぽりぽりと掻きながらため息をついた。

 

「なんだかねぇ…今日は運が回ってこない。まあ、ここらで妖精に一杯食わされた分を返してやるのもいいかな」

 

 ピンっと黒のとんがり帽子のつばを跳ね上げ、こちらを見やる門番へと敵意をぶつける。

 それに応じて門番の目が細くなる。

 

「ふむ…話を聞くに、この妖精にやられたのですか? 何があったかは知りませんが…妖精に負けているようじゃ、私には勝てませんよ?」

 

 地面に頭から陥没したチルノを静かに見やる。

 門番は重心を僅かに低く落とすと、乱れ型に構えた。魔理沙は手を突き出し弾幕を放つ態勢へ入る。

 

「というより、この館に入らないのがあなたのためです。あなたのような普通の人間では身が持たない。()()()()()()()()()

 

 意味深なことをしたり顔で語る門番であったが魔理沙はそれを鼻で一笑し、払いのけた。

 

「生憎だが、私は普通の人間じゃあない、普通の魔法使いだ。お前みたいな下っ端妖怪に気を使われるようなモンじゃないな!」

 

 魔理沙は魔法陣を展開し、星型の弾幕を数百発撃ち出した。高速で迫るソレは一発で紅魔館ほどの規模の建物なら半壊させるほどの威力を秘めている。それほどの威力だが魔理沙にとってはこけ脅し程度のものだ。

 

「ほう……中々の威力。しかし、力だけではどうにもなりませんね」

 

 門番は深く腰を落とし、重心を下へやると一気に跳躍。残像を生み出すほどの超スピードで空気中を駆け回り魔理沙の弾幕を全て彼方へと吹き飛ばした。勿論、紅魔館には傷一つない。

 

「なにを言ってる。弾幕は火力だぜ、派手でなきゃ意味がない」

 

 弾幕を全て弾かれたことよりもその直前に言われたことの方が気にくわないのか、魔理沙は食ってかかった。

 そんな魔理沙を門番は冷たい目で見やる。

 

「柔なき力に意味などない。剛力で倒せる相手など所詮ただの三流、よくて二流。そして私は一流なのです。残念ですが、貴方に入館の権利はありません。お引取りを」

「…言ったな?」

 

 魔理沙は深く帽子を被ると箒に跨り紅魔館を見下ろす位置にまで飛翔する。そして…

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』」

 

 門番の頭上を星型の弾幕が埋め尽くした。一片の隙間もないそれはもはや回避不可能な反則弾幕である。

 だが門番には関係ない。ただの数押しなどで紅魔館の堅き門を突破することは絶対に許さない。

 

「見苦しい。力の次は数ですか」

 

 門番は握った片手を突き出すと、パッと広げた。瞬間、魔理沙の『スターダストレヴァリエ』は空気中で何かに衝突し、霧散した。

 だがそれと同時に霧散し黙々と広がる煙から箒に跨った魔理沙が飛び出し、光速の速さで門番へと突撃する。

 しかし門番は大して驚いた様子も見せず箒のつかを掴み、無理矢理急停止させた。

 

「おかしな技を使うな。能力か?」

 

「ええそう。貴方の魔力を大気に還しました。私に弾幕は通用しません。だからと言って、貴方に私と殴り合うような力があるようには思えませんがねぇ?」

「へっ、そいつはどうかな?ライジングスウィープ!!」

 

 魔理沙は箒を持ち変えると、それを上へと突き上げ穂先きで門番の顎をぶん殴る。

 仰け反り、空へ吹っ飛ぶ門番であったがくるりと一回転し門の前に着地。特に堪えた様子もなく前方の魔理沙を見やる。その魔理沙は八卦炉を突き出し、魔力を収縮させていた。

 

「魔力を霧散させるだのなんだのおかしな能力を使うみたいだが、果たしてこいつならどうかな?」

「…! この魔力は…!?」

 

 初めて門番が動じ、目つきを変えた。魔理沙のうちから溢れ出す規格外の魔力量を脅威と感じ取ったのだ。

 

「もう一度言ってやる。弾幕は派手じゃないと意味がない。弾幕は…火力(パワー)だぜ!」

 

 光は収縮し、爆ぜた。

 

「恋符『マスタースパーク』ッ!!」

 

 八卦炉にストックされた荒れ狂う魔力は一気に放出され、視界全てを覆うほどの極太レーザーとなって顕現した。

 幻想郷を抉り、対象を飲み込まんと門番に…紅魔館に迫る。

 

 即座に門番は魔力を霧散させようとしたが何分『マスタースパーク』は高濃度かつ多量。こちらに到達するまでに魔力を消し切るのは不可能だ。

 正面から受けるのはかなり危険。避けるのが間違いなく最善策である。しかし自分の背後には命を賭してでも守るべき存在、紅魔館。避けることは許されない。否、許せない。

 ならば、こうするしかあるまい。

 

 門番は大地へと足を踏み込み踏ん張る態勢を整えると、手の甲でレーザーを掬うように構える。

 そしてレーザーとの接触時にいなすようにして最小限の消費で『マスタースパーク』の進路を僅かに上へと押し上げた。

『マスタースパーク』は直上を続け、紅魔館の時計台を掠め紅き夜空へと消えていった。

 

 見事ないなし技を見せつけた門番はドヤ顔で前方の魔理沙を見据える。どうだ、これが紅魔館の門番だと言わんばかりに。

 

 そしてその肝心の魔理沙はそんなモノには眼をくれず、既に二発目のレーザーの準備に取り掛かっていた。それも先ほどとは比べ物にならないほど大規模なレーザーを放つようだ。

 門番の表情がドヤ顔のまま凍りついた。

 

「『マスタースパーク』をいなされたのは初めてだ。まだまだ改良の余地がある。誠に不服だが、もうちょっと上の火力で相手してやろう」

 

 八卦炉から漏れる魔力のスパークは大地を粉々に陥没させる。大地が、大気が、幻想郷が…魔理沙の魔力に震えている。

 門番は…諦めたかのように微笑むと、体中から気を漲らせた。あれほどのレーザーのさらに上をゆく…となればいなしても紅魔館に当たることは確実。返し手もあるがそれは諸事情により己が禁じている。ならば…受け止める他に選択肢はない。

 

 気穴より即座に出せるだけの気を体へと浸透させ、拳へと一点集中。門番の体より木漏れ日のような虹色の光が溢れ出す。同じ虹色の光でも魔理沙のものとは対極であった。

 

「押し通るッ! 魔砲『ファイナルスパーク』ッ!!」

「くそ、背水の陣だ! 熾撃『大鵬墜撃拳』ッ!!」

 

 紅魔館全てを覆い尽くすほどの超極太レーザーが八卦炉より放たれた。対する門番が繰り出したのは一撃の拳。

 それらが衝突した時、幻想郷より音が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「荒々しい剛力でもここまで押し切るとは…並ならぬ心情を感じますね。天晴れ…というやつですか」

 

 門番は門を死守し『ファイナルスパーク』と『大鵬墜撃拳』が衝突しあった地点にデカデカと出現したクレーターの爆心地に立っていた。身につけている中華服はボロボロに破れ、口からは一筋の血を流している。

 魔理沙のレーザーと門番の拳は互いに互いを相殺したのだ。だが間近で爆発を受けた門番のダメージは大きい。

 

「頑なに門を守るか…。お前ほどのヤツがそんなに必死でこき使われるほど、館の連中は怖いのか?」

「ええ、怖いですよ。少なくとも貴方よりはね」

 

 門番は苦笑しながらそう告げると道を開け、これまでのことが嘘だったかのように自らの手で快く門を開いた。

 魔理沙に入館の資格を見出したのだろうか。

 

「済まんな、通させてもらう」

「ご自由に。但しこれから先はアポイント取得の上でのご来館をお願いします。なお、命の保証はありません」

 

 魔理沙は箒に跨り霊夢に置いていかれた分を取り戻そうと、八卦炉をふかせる。

 だがそこを門番が止めた。

 

「あ、言い忘れてましたが…館に入ると左右の分かれ道に出ます。どちらを選んでも構いませんが…できれば左側を通ってくれませんか?」

「なぜだ?」

「それを言ってしまうと意味がありません。まあ強制ではないのでご自由に」

 

 それだけ言うと門番は再び門の前に立つ。その前方から強烈な冷気が迫っていることを鑑みると、一回休みから復活したチルノが再び紅魔館へ向かっているのだろうか。

 再び防御体制へと入る門番であった。

 

 だがそんなことは気にする魔法使いではない。魔理沙は門番に背を向けると箒で突っ込みダイナミック入館。

 内部は館の外観と同じく真っ赤に染色されていた。非常に目に悪い。主人の趣味の悪さが見て取れる。

 魔理沙はキョロキョロと左右を見渡す。門番の言葉通り、通路は左右に広がっていた。勿論、霊夢の姿はない。

 

「…断然右だな」

 

 さも当然のように門番から言われた方向とは別の方に進んでゆく魔理沙であった。

 

 

 stage3.クリア

 

 

 *◆*

 

 

 

「紫様、お茶です」

「……ありがとう」

 

 橙から頼んでいたお茶を受け取り、それを呷りつつ再び手紙に目を通す。

 適度な温度で、喉を潤す事だけに極限化した藍のお茶もいいが、真心込めて作られたと思われるとにかく濃くて熱い橙のお茶もまた美味しい。しかし今ばかりはそんな悠長に余韻に浸る余裕はない。

 うん、何回見ても手紙が示す内容はただ一つ。「話があるからさっさと来い」…単純明快な要求。

 差出人はレミリア・スカーレット。忘れるはずもない、紅魔館とかいう悪魔の巣窟を総括するガキンチョ吸血鬼の名前だ。

 いや、なぜこのタイミングでこんな手紙を送ってきた?しかもこのメイドに届けさせるって…何かの当てつけかしら…?

 

 まずだ、私にガキンチョ吸血鬼からの申し出を断ることはできないのだ。敢えて、私に、この空間で、自分の手の者に、このタイミングで手紙を渡させることによってお前の命はもうすでに私の手中ですよってのを暗示して伝えているのだ。紫ちゃんは賢いからわかる。

 なんという悪どい吸血鬼、流石吸血鬼悪どい。

 

 私に逃げ場所なんてなかったんだ。

 誠に遺憾の意であることを表明したいところではあるがここは相手の申し出に乗るしかあるまい。

 面子とかよりも自分の命の方が断然大事である。

 

「…分かりましたわ。その要請に応えましょう」

「紫様!? 何も紫様ご自身で行かれる必要はありません! この橙にお申し付けくだされば…」

 

 いやダメなのよ橙。貴方はヤケに血の気が多いからすぐにいざこざを起こすし、それで貴方に怪我をさせたりでもしたら藍から監督の行き届きが不十分ってことで粛清されかねないわ。……あれ、どっちが主人?

 要するに橙を紅魔館に送るのはリスクが大きすぎる。それにあちら側から「式風情を寄越すとは…なんという不敬!」なんて思われるかもしれないし。現にそういう賢者も昔にいた。最近は全く見ないけど…

 

「橙…彼方は私を御所望なのよ。私自らが行かないと意味がない。大丈夫よ、そろそろ私からも話をつけたいと思っていたから好都合でもあるわ」

「そう…ですか……なるほど仰る通りです!」

 

 ほっ…よかった。納得してくれたようだ。ここで拒否られて癇癪でも起こされたらどうしようかと思ってたわ。

 

「ではわたしは付き人としてご一緒させていただきます! 護衛は任せてください!」

 

 いや違うの橙。そうじゃない。

 橙はまだ我慢というものを知らない。こういう場面へ連れて行くのは明らかに下策だ。

 話し合いならば私が相手にへりくだってやれば大抵は上手くいく。あのガキンチョならばなおさらだろう。私の胃痛はマッハだけど。

 なんとかやんわりと橙を刺激しないように断らねば。

 

「いえ…貴方はお留守番よ。付いてくることは許可しません」

「え…? し、しかし…わたしは藍様からお付きになるように勅命を…」

「貴方には早すぎるわ。だから…ね?」

 

 橙の眼をジッと見つめながら語りかける。

 内心ビクビクものである。しかしここで橙を連れて行くことはできない。絶対だ。

 

「…」

「ね、橙。分かってちょうだい」

 

 会話の畳みに入った時だった。橙は顔を下へ向け、震えながらスカートの裾を掴みなにやら、うーうーと唸りだした。これは…マズイかしら。もしかして橙の反感を買っちゃった?ヤバイ、殺される。

 すると橙は顔を上げるとカッと赤く充血させた目を見開いて私に言い放った。

 

「紫様…わたしは、藍様の式神です。いくら紫様でも…藍様の命令を覆すことは、できません。わたしもご同行させていただき…ます」

 

 橙は小刻みに体を震わせ、歯をガチガチと鳴らしながら私に言った。威嚇か?威嚇なのか?許可しなければ殺すという威嚇なのか!?

 そ、そこまで言うなら許可せざるを得ない。てか許可しなかったら私が殺される。

 

「…わかったわ橙。貴方の同行を認めます。ただし、出過ぎた真似はしないように」

「は、はい! ありがとうございます!!」

 

 そう言うと橙は私の前に跪いた。

 式ならば当然の態度だけれども私と橙の実力差から考えると不自然でしかない。ていうか橙は…藍にも言えることだけどなぜそこまで私を恭しく扱うのかしら?主人と式の関係なんて建前上のものみたいなものじゃないの?逆に不気味なんだけど…。

 

「それではよろしいですか?お嬢様の元までご案内させていただきます」

 

 空気になっていた(というか忘れていた)十六夜咲夜とかいうメイドがニッコリ営業スマイルで微笑む。いや、微笑んでも隠しきれてないからね?その私に向けられている殺気。

 

 十六夜咲夜はナイフを一本取り出しスキマ空間に向かってそれを振るった。するとスキマ空間に一本の亀裂が走り、ウニョーンと開くとどこぞへと繋がる。

 私の能力に希少性なんてなかったんだ。

 

「どうぞお入りください。中はお嬢様の執務室に繋がっております。今回は特例ですが、普通は許可無しに入らないでくださいね。もしも入った場合…命はないと思ってください」

 

 なにやら怖い事を言うと十六夜咲夜はこちらに一瞥もくれずスキマ空間の向こうへと消えていった。

 

「くそあのメイドめ、好き勝手言って! 命がないって思うのはそっちの方だ!」

「橙、止めなさい」

 

 熱り立つ橙を宥めながらスキマの先を覗きつつ、恐る恐る潜った。どうやら罠らしきものはなさそうなので一安心。

 そこには血で塗りたくったように真っ赤な景色が広がっており、その中心には、こちらに背を向けて己の蝙蝠翼をより誇張し、バカみたいに妖力を垂れ流しにする忘れ難き吸血鬼のガキンチョ…レミリア・スカーレットがいた。傍には十六夜咲夜が控えている。

 いつ見ても思う。部屋のセンス酷すぎじゃない?

 

 レミリアは不動のまま動かず、それに伴い十六夜咲夜も動かない。しかし殺気は相も変わらず私へと飛んできている。痛い痛い。橙はその二人の様子を訝しげに睨む。なんとも重苦しい雰囲気が執務室を包んだ。私はなにもせずオロオロしている。ていうか霧のせいで吐きそう…我慢我慢…ウオップ。

 

 そんな居心地の悪い時間が数十秒程度続くと含み笑いをしながらレミリア・スカーレットが振り返った。え、今までのってただの演出だったのかしら?

 

「……お前は来ない…そういう線も考えてはいたわ。けどそれはどうやら取り越し苦労に終わったみたいだけどね。ようこそ私の館へ、八雲紫」

「…よく言うわね、全てお見通しなのでしょう? そのメイドさんを使ってなにをしようとしていたのかしら?」

 

 ちらりとメイドを見ながら言った。

 このガキンチョは…あんな脅迫じみたことをしておきながら、よくもぬけぬけともの言えたものだ。断ることなんてできるはずがない。まあそんなこと言うわけないけど。紫ちゃんは妖怪としての尊厳よりも自分の命の方が大事なのよ。

 

「あら…気づいていたの? まあ…流石とだけ言っておくわ」

「お褒めに預かり光栄ですわ。しかしそんなことを言うためだけに私を呼び出したわけありませんよね?早く用件を言ってくださいな」

 

 いろんな理由で早くして欲しい。

 私に対する態度のせいで橙のど怒りメーターがぐんぐん上昇してるし、なによりガキンチョの体から出ている紅霧のせいで吐き気を通り越して吐血しそうなほどに紫ちゃんボディが悲鳴をあげている。

 助けて藍。

 

 私から急かされたガキンチョはなお一層笑みを深いものにすると人をコケにするような、楽しげな感じの口調で答えた。

 

「あら、用件なんてものじゃないわ。少し貴方と話をしたいと思ったのよ。ただそれだけ」

 

 ……くぉのガキンチョ…!

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 私はお嬢様以上のものなど知らない。

 私はお嬢様以上のものなど認めない。

 私はお嬢様を超えるものなど許さない。

 それが私のお嬢様に対する絶対の忠誠心とともに絶対と掲げたもの……掲げてきたもの。

 

 だがあの一夜にして、あのスキマ妖怪によって、その根底は壊れた。お嬢様とて絶対ではないと…そう無惨に突きつけられた。

 

 己の全てを賭け、威信を賭け、死力を尽くして戦い、名も知らぬ妖怪に敗北したあの日。残ったのは敗者である私と、一抹の虚しさと、スキマ妖怪への…八雲紫への憎しみだけだった。

 

 ポーカーフェイスは昔から得意だと、自分でもそう思っていた。けど、どうやら私はそこまで得意ではなかったらしい。スキマ妖怪を目の前にする度にとめどなく激情が流れ込んできて…とにかく殺してやりたかった。

 そんな私の姿を八雲紫はさぞ滑稽に思っていたのだろう。私の姿を見るたび、ただただ可笑しそうに微笑むばかり。それがなお一層、私を苛立たせた。

 お嬢様は八雲紫を認めている。己と比肩する存在であると声を大にする。なぜ…なぜそんな事を言うのですか?お嬢様は…レミリア・スカーレット様は絶対なのに、私が一番よく知っているのに、なぜ…?

 なぜ、なぜ、なぜなのだ?八雲紫…?

 

 

 

 

 

 

 

「咲夜、この手紙を八雲紫に届けてきなさい」

 

 お嬢様はそう仰られると私に簡素な手紙を渡した。内容はすでに聴いてある。

 

「かしこまりました」

 

 お嬢様の命令に私がとやかく言う必要はない。ただ言われた事を完遂すればよい。例えその命を差し出せと言われたなら、喜んで差し出そう。それが私、十六夜咲夜の忠誠心の証。

 いざ、空間を切り裂き八雲紫の元へと向かおうとしたその時だった。お嬢様は私を引き止め、すらりと伸びる細い指で私の頬を撫でながら耳元で囁いた。

 

「奴を殺せるなら、殺してもいいのよ?貴方に殺せるのなら…だけど」

 

 心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。

 従者としてならぬ事と頭では理解しながらも、聞き返さずにはいられなかった。

 

「それは…御命令ですか?それともーーーー」

「いいえ、どう考えるかは貴方の自由よ。自分で考えて、自分で判断しなさい。レミリア・スカーレットの従者としてではなく、十六夜咲夜として…ね。貴方がどの運命を選ぼうとも私は構わないわ」

 

 そうとだけ言われるとお嬢様は再び席に着き、紅く染まった月を眺めた。私は…部屋を後にした。

 

 

 

 空間を切り裂いた先にはこちらに背を向ける八雲紫がいた。一枚の空間を隔てたその先に確かに存在していたのだ。あまりにも近すぎて、手が届きすぎて、逆に恐ろしく思えた。

 八雲紫はこちらに気づいているのだろう。しかし振り返らない。私など眼中にない…そういう事なんだろう。

 

「ごめんください」

 

 そう分かっていながらも一声かけた。しかし八雲紫は振り向く気配さえ見せない。…誘っているのか?私を試しているのか?

 …いやそう判断するのはまだ早い。私は再度声をかけた。

 

「…もしもし?」

「はい?」

 

 すると八雲紫は白々しくこちらを振り返った。この妖怪はとことん私をコケにするのが上手だ。

 

「どうもお久しぶりでございます。紅魔館の従者を務めさせていただいております、十六夜咲夜です」

 

「あらあら、これは親切にどうも……あら?」

 

 わざとらしく驚いたかのように振る舞う八雲紫。思わず懐のナイフへと手を伸ばそうと指がピクリと動いてしまった。これじゃ奴の思うツボなのに。

 いや、逆に今が一番いいのかもしれない。

 

「それで…なんの御用ですの?」

「お嬢様からのご命令で…」

 

 手紙を取り出す振りをしつつナイフを握る。あとはいつも通り能力を使った後に八雲紫の喉を切り裂けばいい。

 そうすれば奴を簡単に殺せる。奴を――――

 

 それで奴は……殺せるのか?

 

 あの得体の知れないスキマ妖怪をナイフで殺せるのか?このナイフはお嬢様から受け賜わった代物。殺せなかった妖怪はあの時の妖怪を除いて一匹もいなかった。

 殺せるはずだ。それで殺せなくとも私には他にも攻撃手段がある。殺せる、能力を使えば殺せるのだ。

 お嬢様のあの時の言葉だってそうだ。”殺せるのなら殺してもいい”。

 これは私が八雲紫を殺す運命が見えていたから仰られたのではないのか?暗に私に八雲紫を殺すことを期待されているのでは?

 

 ふと八雲紫を見た。奴は目をそらさず、一点に私の懐に突っ込んでいる手を凝視している。しかし八雲紫のその表情は……なおも変わらなかった。

 

 よし、殺そう。

 私は決心した。お嬢様も期待しているのだ。お嬢様も欲しておられるのだ。従者としてではなく、十六夜咲夜として。八雲紫を殺すことを――――

 

 

 ”貴方がどの運命を選ぼうとも私は構わないわ”

 

 

 手が止まった。なぜだか手が動かなくなったのだ。

 いや、小刻みに手が震えている。

 私は…恐怖しているのか…?

 何に?

 八雲紫に?

 お嬢様に?

 死ぬことに?

 見えもしない運命に?

 私は…何に恐怖しているのだ…?

 

「貴様ァァァァァァァァァッッ!!」

 

 刹那の見切りだった。気づけば手は動き、八雲紫の部下と思わしき化け猫の爪をナイフで防いでいた。

 この化け猫…相当できるようだ。爪からナイフへと伝わってくる妖力がその妖怪としての強さを激しく伝えている。

 

 どうにもあちらは靴を脱がなかったことに腹を立てていたらしい。この変な空間のどこからどこが屋内なのかよくわからないが、あちらのルールに従うのが使者としての礼儀だろう。

 …結局殺す機会を失ってしまった。

 

 この化け猫一匹程度ならどうとでもなるが、その戦いの余波であの九尾の狐を呼び寄せては流石に厳しい。八雲紫もただ大人しくその戦いを見ているとは思えない。

 結局…こうなることがお嬢様にはお見通しだったのだろうか。

 

 その後、八雲紫と化け猫はなにやら揉めていた。

 護衛をつけるかつけないかの話だったようだが、八雲紫から放たれるあれほどのプレッシャーの中、震えながらも主人に対し自分の意見を通し続けたあの化け猫には敵ながら賞賛の意を示す。

 

 

 

 

 

 八雲紫の空間から戻った時、お嬢様は私を笑顔でお出迎えくださった。その端麗な御顔に慈願を浮かべながら。

 

「咲夜、ご苦労様ね。貴方は私の言いつけを忠実に守ってくれた。私はそれが満足」

「…」

 

「選ばなかった運命なんて気にしなくてもいい。貴方が思い描いているそれは、所詮選ばれることのなかった”もしも”よ。この世界にはそんなものは存在しない。今、ここに在る事こそが真実なのだから」

 

 そう言うとお嬢様はスキマから背を向けた。もはや私から言うことはあるまい。

 ただお嬢様の手を私のために煩わせてしまった。それだけの結果しか残せなかったのだ。

 

 ただジッとスキマから出てくる八雲紫を睨む。やはり許せない。こいつがどこまで把握していたのかは知らない。

 だがお嬢様と、この十六夜咲夜をコケにしていたということだけは分かる。しかし今の私の運命では八雲紫を殺せない。

 

「……お前は来ない…そういう線も考えてはいたわ。けどそれはどうやら取り越し苦労に終わったみたいだけどね。ようこそ私の館へ、八雲紫」

 

 八雲紫が来なかった運命…それは私が八雲紫を殺すことを決心することのできた運命なのだろうか。

 

「…よく言うわね、お見通しのくせに」

 

 八雲紫は私を見据えながら静かに言った。

 ”全て分かっているぞ?”

 そんな目だった。

 

 ……奴には私の能力も、殺そうとしていたことも、全てバレていたのだろうか。

 恐らく八雲紫はお嬢様や私の能力の全貌を把握・予測している。そしてその強大さを知っておきながらあの余裕の態度。

 あの時、私が奴を殺そうとすれば返り討ちにあっていたかもしれない……いや、間違いなく返り討ちにあっていた。

 ならばお嬢様の言う八雲紫が来なかった運命とは何なのだろう?私にはわからない。だがこれだけはわかる。私は、戦わずして八雲紫に負けたのだ。完膚なきまでに。

 

 お嬢様のお傍で粗末な態度をとるわけにはいかない。私はただただ、作り物の笑顔で八雲紫を睨んだ。




門番(紅美鈴)

能力
ありとあらゆる気を使う程度の能力

パワー
握力8000kg/cm2

スピード
5 km/s
踏み込み20 km/s

交友関係
紅魔館の住民
霧の湖周辺の妖怪・妖精

出会った中で一番強いと思った存在
レミリア・スカーレット


中国っぽい門番。一応地位的には紅魔勢の中では格下に当たるが、一番の年長者でもある。
”気を使う”とは大きく分けて己の内に秘める生命エネルギー的なものを操る内気法と自然エネルギーを自在に操る外気法の二つを思い通りに使うことができる能力。
内気法をコントロールすることによって元から馬鹿みたいに高い身体能力がさらにエゲツないことになる。また内気を体外へ撃ち出すことによって圧倒的破壊力を生み出すことができるという。簡単に言うとドラゴン○ールの技なら全て使える。
外気法をコントロールすることによって自然に渦巻く”気”や相手の体外に放出されている”力”を取り込んだり、無効化したりすることが可能。チルノの絶対防御圏が通じなかったのは冷気を、魔理沙の『スターダストレヴァリエ』が霧散したのは魔力を無効化したからである(ただし高密度のエネルギーであれば無効化に時間がかかる)。また自然エネルギーを体内に取り込むことによって内気へと変換し、それを体内で増幅させ放つという芸当もやってのける。俗に言う元気○のような技だが、使用すると美鈴の周りの自然エネルギーを吸い尽くし龍脈を破壊してしまうため滅多に使わない。
今回自ら仕掛けることはなかったがそれは魔理沙を試す為であり、美鈴に対し本気の戦闘を試みるのであれば長期戦は免れない。また睡拳の達人でもあるが霊夢には通じなかった。
美鈴が何の妖怪であるかは誰も知らないが自然を掌握する能力を持っていることから龍に何らかの関係があるのでは?ていうかそうだったらいいなぁ…とレミリアが勝手に推測、希望している。



美鈴の戦闘シーンが少ないのは後の出番ゆえ。

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