幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

41 / 151





サブリミナル同床異夢

 白ニーソを噛むな! そして引き摺るな! 瓦礫とかがいっぱい散らかっててぶつかる度に視界がぐらつくのよ!

  霊夢のお札結界が無かったら体が磨り減ってるわよこれ! ありがとう霊夢! そして助けて! ……あっ、霊夢も捕まってるんだった。

 

 景色が高速で流れ、どんどん死へ向かっている。必死に地面を掴んで踏ん張ろうとしても、私の非力な体力じゃ勢いを落とすことすらできない。

 萃香の生首>私の力関係である。

 

 即座に周りを見て助けてくれそうな人を探してみた。アリスは……苦戦中だから無理。魔理沙と霖之助さんも同上。

 幽々子は自分の鬱憤を晴らすのに夢中で気づいてくれないし、妖夢もその対応と自分の身を守るので精一杯みたいだ。

 紅魔館組は身内でコミュニティを築いてて、組織力で対抗している。途中レミリアがこっちを見て面白そうに笑った。あいつ、私の惨劇を楽しんでやがるわ!

 最後の頼みの綱、藍は……こっちを見たがすぐに視線を逸らして戦いに戻った。余裕はあるのに助けに来てくれないって事は、望みナシってことよね。なんていうか、悲しい……。

 

 

「──うべ!」

「ほい到着。首で飛行なんてのも久しぶりだなー……結構疲れるもんだ」

「ご苦労さん、そんじゃあとは私がやるから。──さぁて、まずはその邪魔な結界を剥がそうか」

 

 投げ飛ばされた先には萃香の御御足。そしてそのまま蹴っ飛ばされて私はボールのように跳ね飛んだ。三度目のバウンドくらいで何かが砕け散る音が聞こえた。おそらく霊夢のお札結界が砕けたんだろう。これまでも戦いの余波とかで結構ダメージを受けてたから。

 

 

「う、くく……」

「それ、鬼縛の術」

 

 待ちガイルの如く、立ち上がった瞬間に飛んで来た鎖に捕縛された。そしてまたずるずる引き摺られるメリーちゃんの図である。直は痛いって!

 

 そして再び萃香の御御足の元へ。地面に突っ伏してるってこともあるけど、今の萃香が途轍もなく大きく見えた。いつもは見下ろす体勢になるから、その分のギャップと衝撃は大きい。

 

「ようこそ、妖怪メリー。分身との会話は聴いていたよ。まあ、ガッカリだ。お前のことは結構評価していたんだけどねぇ。……弱小なりに身の程を弁えつつ、だけども譲れない一線からは私を前にしても決して退こうとしないその姿勢は、十分に賞賛できるものだった。……それだけに、とても残念だ」

「そ、そんなこと言われても」

 

 勝手に褒めた挙句、そこから勝手に幻滅して残念がられても困るのよねぇ。

 萃香の言い分は完全に自分の中で独立してしまっている。つまり、めちゃんこ頑固なのだ。一度そうだと決めたら余程のことがない限り自分の主張を変えようとはしない。そこらへんが何百年も前から少しも変わってないのよ。そんなんだから身長が伸びないんじゃないんですかねぇ?……なんて言ったら殺されるので心に思うだけ。

 

 

 ふと前を向くと、私と同じく鎖てグルグル巻きになってる霊夢と目があった。彼女の怪訝な視線に、私はてへぺろ♪と引き攣った笑顔を返すことしかできなかった。すっごく気まずい。

 取り敢えずなんでもいいから霊夢と話したい。霊夢に謝りたい。萃香を覗き見ると、彼女は何をするでもなく私たちを凝視するだけ。これは「喋っていい」ってことなのかしら?

 おっかなびっくりに喋りかけてみた。

 

「お、お久しぶりね。その……貴女の忠告を聞かなくてゴメンね……? 結局こんなお荷物になっちゃった」

「……私もこんな状態だしアンタに何か言えた義理じゃないわ。それにそんなことよりも、さっき言ってたのは」

 

 あーやっぱり突っ込んでくる? 霊夢の表情を見ると、その険しさからして全く信じていないようで。まあ、そうでしょうね。私の正体を信じてもらうことはもう諦めたわ。

 勘のいい霊夢でこれだものね。

 

「……信じてくれると思ったの。けどみんな嘘って言ってさ、これじゃ私って馬鹿みたいよね。あなたの言う通り香霖堂で大人しくしてれば良かったって、今頃後悔してる。足手まといになるばっかで、何もできやしない」

「そりゃあ、そうでしょ」

 

 惨めすぎる。無様すぎる。

 みんなと一緒に戦うこともできない。ありのままを伝えることすらもできない。

 こんなことになるなら……ただメリーとして生きていれば良かった。私から完全に八雲紫を切り捨てて、新たな自分として生きていれば。

 

 

「……悪いけど私もアンタの言う事は信じてないわ。風貌とか性格とか、そういうのもある。だけど一番は、アンタと紫が点と線で結びつかないからよ。この鬼でなくても、誰も信じない」

「そう、よね。ごめんなさい。……正直、私も自分の言ってることがだんだん信用できなくなってるの。自分で言っておきながら、変だけどね……」

 

 霊夢からも否定を受けて、いよいよ私は自分と八雲紫は別人であることに考えが傾き始めていた。頭上で萃香の鼻で笑う音が聞こえる。

 

 もしかしたら、八雲紫はすでに死んでいて、その妖力の残骸から生まれたのが私とかいう変な説まで頭の中に浮かんできた。

 けど、ありえる話じゃない? だって、私がメリーとなって霖之助さんに拾われた場所は確か『無縁塚』だったはず。あの世とこの世の境界が最もあやふやになる場所。私が……八雲紫が死んでいたとしたら───。

 

 はぁ、なんだかねぇ。

 思い返すは八雲紫時代。

 たくさんの危険に遭遇し、あわや命を落としかけた回数は──そう、100! それから先は覚えていない。なんとも前途多難! 曹操さんにこの七難八苦を少しでも分けてあげたいくらいだ。

 だけど、なんだかんだ今に至るまで生き残れているのは……ひとえに運が良かったから。なんていうか、悪運ってやつ? 世界が私に苦しみを与え続けるために、わざと生き長らえさせているように思えるほどの、残酷で奇跡的な運。

 しかし、今日になってその悪運もとうとう尽きてしまったようだ。いや、もしかするとメリーとしての悪運なんぞ最初からこれっぽっちもなかったということも。

 ……なんにせよ、なんだかんだなあなあで助けてくれたみんなからは見捨てられ、逃走経路すら見出せない私は憐れな袋小路の鼠。

 

 

「萃香。もういいわ。煮るなり焼くなり好きにしてちょうだい。ついでに付け加えると殺さないでくれたら嬉しい……」

「あん? なんだ、わざわざ霊夢と最後の会話をさせてやってたのに……もう終わりでいいのかい? でかい嘘を吐いたくせして呆気ない幕切れだね」

「ええ。これ以上何を言ってもそれが嘘になるなら、仕方ないわ。もう嘘でいい。けど八雲紫の情報はこの頭の中に入ってる。もし彼女を探し出したいのなら私の頭を隅々まで覗いてごらんなさい。貴女の能力ならそれが可能なはず」

「……言われずともそうするつもりさ。あまりこの方法は好きじゃないけどね。だがお前さんはただ寝ているだけでいい。夢幻の世界は在り方を変えることはない。お前はお前の中に閉じ込められるだけ。お前の意識は永遠に沈むか、起きた時には全てが終わっているか、二つに一つだ」

 

 言ってる意味はよく分からないが、要するに私をどこかに閉じ込めて監禁。そのあとじっくりと私の記憶を探るらしい。

 記憶の取り方は簡単。頭を分解して記憶を解析、そしてまた萃めて治す。ただしその結果が気に入らなければ霧散させた頭を治さず放置でもオッケー。その間、私にできるのは痛くないことを願うことだけである。

 昔にそんな感じで人間の頭を探って遊んでいたことがあると聞いた。本当にロクでもない妖怪よ、鬼って!

 

 

 私の頭を覗いた萃香は、私をどうするだろう? 本物の八雲紫だって認めてすぐに異変を止めるだろうか。それとも、怒り狂って私を殺しちゃうんだろうか。最後まで私を信じずにどことも知れぬ萃香の牢獄で一生を過ごすのだろうか。

 

 一つ言えることは、これで私は詰みだということだ。いずれにしてもロクな結末は迎えないだろう。だけどせめて、私は嘘を言ってるつもりはなかったことだけでも萃香に知ってほしい。

 嘘吐きのまま終わるのは嫌だなぁ。

 

 視界が霞む。

 段々と視力を失うように、目の前が白で一杯になってゆく。萃香も、霊夢も、不思議な靄の中に消えようとしていた。いや、消えようとしているのは私か。

 

 ……そうだ、最後なんだから霊夢に言っておかなくちゃいけないわね。メリーとしての声援じゃなくて、八雲紫としての言葉を。

 

 巫女としての責任を重要視するのはいいことだけど、霊夢はそれに縛られるあまり本来のモチベーションを保てずにいるらしい。魔理沙やレミリア、それに藍がそんなことを話しているのが少しだけ聞こえた。

 聞いて納得したわ。いつもの力が出せれば萃香にでも決して負けはしないはずなのよ。

 私が霊夢に期待を持ち過ぎていたせいなのかもしれない。巫女としての重圧と負担を考えずに、あの子を頼りすぎた。

 

 霞む目を擦りながら声を張り上げた。

 

 

「霊夢ぅぅ! 私を八雲紫だと信じなくてもいい! だけどね、私には彼女の心の内が分かるの! 私は……八雲紫ならこう言うわ。博麗の巫女あっての博麗霊夢じゃない。貴女あっての博麗の巫女なのよ!」

「……は?」

 

「調和と均衡を守り、幻想郷に仇なすものを排除するのが博麗の巫女の仕事。だけど、何が不和をもたらし、何がこの世界の害になるかなんて、そんな絶対的な規定はないわ! 何が良い方向に転ぶかなんて誰も知る由がない、だから!」

「……なによ急に」

「イタチの最後っ屁ってやつかな」

 

 萃香はハナから耳を貸そうとしていない。だが、霊夢の瞳が若干揺れたのを捉えた。彼女になら、まだ言葉を届けられるかもしれない。

 体が浮遊感を得て、思考が方向感覚を失ってゆく。眠りに落ちる寸前のようだ。だけど、私はまだ……!

 

「霊夢……! 貴女が全てを決めるのよ。適当で良い、勝手で良い! 私なんかに気を取られてる貴女は全然らしくないわ! ……大丈夫、貴女がどんなことをやらかしても、私は霊夢を信じ続けるから!」

「……なんで、そこまで言えるの。アンタとは今日初めて会ったのに、なんで……」

「だって! 私は……私は貴女の…!」

 

 

「はい、タイムオーバーだ。夢幻の世界へ一名様ご案内といこうか!」

 

 必死にまくし立てた私を尻目に、萃香が冷めた口調で私の終了を宣言する。

 体にかかる凄まじい脱力感とともに、私は浮きながら、奈落へ落ちていく錯覚を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界はホワイトアウト状態。匂いは無い。完全な無音。私の周囲に触れることのできるものは何も無い。

 五感は完全に失われて、私は無重力の上に浮かんでいるような奇妙な状況に置かれた。深い疲労に、体がピクリとも動かない。

 

 これが萃香の言っていた夢幻の世界? てことは、ここは最近見なくなってしまった夢の世界? ならドレミーが迎えに来てくれるかもしれない。

 だけど、それにしてはいつもとは全然感覚が違う。なに一つが私の思うようにはならないのだ。あるのは私が存在するという、ただそれだけの事実のみ。他には何も無い。

 

 怖いとか、不安とかよりも先に押し寄せたのは強烈な不快感。行動よりも先に意志が折れてしまう。これじゃ何もできない。

 逆に何もしなければとても楽だ。心が安らぐ。こういうのを虚無って言うんだろうけど、こんなに良いものだとは思わなかったわ。

 

 おかしいわね、絶体絶命の詰みだったはずなのに、こんな意味のないボーナスタイムを貰えるなんて。……まあ、いっか。一々考えるのも面倒臭い。

 今はこのなんとも言えぬ余韻に浸りましょう。何かするのは、何か考えるのはその後からでいい。どうせ私には何もできないんだから。

 

 

 

 五感を失えば、距離を失う。

 距離を失うということは即ち、時間を失うということ。もはや今の私には1秒も1日も1年も、なんら変わりはない。

 途切れ途切れの考えを再開した頃にはもう、全てが一巡してるほどに時間は経っているのかも。時間っていうのはなんでこうも残酷なのかしらね。止めることはできても、進めることはできても、満足に過去へ戻ることはできない。戻ったところでどうにもならない。

 

 そして、失われる時間の中でやることなんて何も無い。なら、時間なんていらないわ。

 何もできないのなら何かする必要はない。何かが起こるまで漂っていればいい。心地良い気分に身も心も乗せて……。

 

 夢見に興じましょう。

 

 

 

 

 ちょっとして、ふと考えた。

 

 霊夢はどうなったんだろう? 根はしっかりしてるから私なんかがいなくても大丈夫よね。

 萃香はみんなと和解できただろうか? それとも退治されちゃったのかしら。私がここから解放されてないってことは、生きてるってことよね。よかった。

 藍と橙は無難に幻想郷を引っ張っていってるんだろうなぁ。もっと弱者に優しい幻想郷を目指して頑張って欲しい。彼女たちならそれが出来るはず。

 フランは私がいなくなったことでレミリアから虐められてないかな。メリーになってから全然会えてないけど、元気にやってたらいいなぁ。

 霖之助さんはちゃんとご飯を食べてるかしら? 香霖堂の掃除は……やってないでしょうね。腕のいい家政婦さんでも雇ってからここに来れば良かった。

 小傘は今も楽しくやってるんだろうな。私に代わる「お得意先」になってしまった人にご冥福をお祈りしとかないと。

 アリスにはお礼を言いそびれちゃったわ。……そうだ、ついでに謝らなきゃ。なにを? うーん、なんだったかなぁ。

 

 他は……他には……。

 ダメだ。これで精一杯。

 

 

 経過とともに全てが風化して、形を成さない心地悪いものが私の頭にへばりつく。

 

 

 これは、あれだ。

 境界だ。

 あやふやになり過ぎてて私がなにもわかってないんだ。なにも定まっちゃいないくせに勝手に考えを多方面に広げちゃうから、訳が分からなくなるんですわ。

 ええ、そうね。だって私は違うんですもの。

 

 

 ── そう、違う。

 これは夢だ。なるほど、全てが合点いった。

 夢は自分からは成すことは決してできない。だが創り出すことはできる。すべての元となるのは夢だ。無意識の意識だ。

 

 私が元に戻るのに一番邪魔なのは萃香の術じゃない。むしろ私自身……いや、その内に潜む異物。

 私たち以外には何もいらないわ。

 異物は、排除しなくちゃねえ?

 

 意識を放棄してさらに内へと潜る。多分、その先に答えがある。夢が深ければ深いほど、現実との境目は薄くなってゆくものだ。

 行きはよいよい、帰りは恐い。だが、私に限っては帰る必要がないから関係のない話だ。夢がこっちに来ればいいのだから。

 

 

 そう、夢を、現実に変えるのよ。

 私たちの手で。

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 ……ん、んぅ? あー……えー……?

 脳内の覚醒とともに体に重みが戻ってきたのを感じた。だが体のふわふわ感はまだまだ健在みたい。やっといつもの夢の世界でのコンディションになれたってところね。

 

 いつの間にか眠ってたみたい。けど私は萃香の手によって夢幻の世界とかいう所に閉じ込められていたはず。なんだか怠くなっちゃって途中で意識が途切れたんだけど……夢の中で寝るってさ、私ったら疲れてるのね。

 寝起きということもあってか、瞼が痙攣して開かない。私の体はまだ睡眠を望んでいるようだ。しかし今の状況で自分を甘やかしているわけにはいかないので、必死に目をこじ開けた。

 視界は真っ白で、まだ目が慣れていない。

 

「──! ────」

「……───」

 

 取り戻されてきた五感が人の気配を察知した。ていうか声が耳に飛び込んできた。

 慌てて状況確認に努めようとしたが、どうも何かに縛り付けられているようで体が動かない。どうやら呪詛的な部類のものらしく、首から下がほとんど機能を失っている。その状態で椅子に座らされているようだ。

 

 ちなみにその時気づいたんだけど……私の胸に双丘が戻ってる。これは、まさか久しぶりの八雲ボディ! ああ愛しの八雲ボディ! 着てる服には見覚えがないけどこれは間違いなく八雲ボディ!

 幻想郷よ、私は帰ってきた!

 これで萃香の暴走を止めることができるわ! そうとなればすぐに現実世界に戻らないと!

 

「私は────と───しょう?」

「そうではない。問題は───」

 

 声がだんだんとはっきりしてきた。目もだんだんと元に戻っていって、声の主の姿が見えてくる。

 

 二つのシルエットは色々と特徴的。

 一つはサンタみたいな帽子を被ってて、お尻の方に尻尾が生えている。体の周りにはボールみたいなのがいっぱいくっ付いていた。

 まあ、ドレミー以外の何者でもないわね。

 

 もう一つのシルエットの特徴を一言で言うなら……片翼の羽かしら。こっちは誰なのか分からない。ただポーズはカッコいいと思う。

 ……何か引っかかりはするんだけど……。

 

 この二人がなにやら言い争っていたようだ。一つのテーブルを囲むように私、ドレミー、片翼の主で向かいあっているような状況。私は動けないけど、目の前の二人は普通に動けるようだ。椅子を立ったり座ったりで忙しそう。

 取り敢えず薄眼を開き寝たふりをしながら情報収集に務めることにした。私のこの意味不明な状況もそうだけど、二人の目的が分からなくて怖い。

 

「何はともあれ、大きな失態であることに変わりはない。貴女の労した手間は素晴らしいものだけど、結果論からすると……」

「私は出し惜しみなんてしてませんよ。しっかりと全力で取り掛からせてもらってます。……要するに、この件は私の手に余る」

「夢は貴女、貴女は夢。『この世界でできないことは何一つない』と、そう豪語したと思うんだけど? 盛ってしまったのなら正直に言いなさい。口は禍の元だって私は理解してあげるから」

 

 うむむぅ……? 話が全く掴めないわね。

 ドレミーが相手から一方的に責められたり皮肉られたりしてるみたいだけど……友人として助けてあげたほうがいいのかしら?

 ……なんか怖いからまだ寝たふりをしながら見てよっと。

 

 

「しれっと能力を使って意地悪しないでくださいよ。それにこの世界での私への干渉は打ち切っていますからね、現し世ならいざ知らず、夢の世界では空虚に空回りするばかりですよ。……そんなこと知ってるでしょうに」

「勿論。知ってるわ」

「天邪鬼ですねぇ。まあ、証明にはなったでしょう。今の通り夢の世界でなら私にできないことはありません。当然ながら、かの八雲紫であったとしても私の前では無力です。ただし、夢の世界でならね」

 

 えっ、私の名前!?

 今までの話って私に関わることだったの……? その割には全くピンとくる内容じゃないんだけど。私以外に八雲紫がいるわけもないし。

 

「私はこう言いたいんです。今回の件の原因は全て現し世で発生したことであって、私のサボりとかそういうのじゃない……とね。八雲紫だって、再臨の方法は夢を利用する以外にも確保していたはずですよ。現し世にもまだ幾つか遺されているとみるべきでは?」

「そうではない。引き金は此方(こちら)にあったのだとしても、あくまで中継は夢の世界を通じて行われているはず。貴女の世界よ」

「責任を押し付けるのはやめてくださいってば。はあ……タダでさえ例の地底の主人からはかなりの茶々と妨害を受けてます。夢の世界に及ぼした被害だってバカにならない。慈善活動と言うにはあまりにも負担とリスクがね……。なんなら、この案件は其方が全面的に対処してくれますか? サグメさん」

「……」

 

 サグメ、と呼ばれた片翼の主は困ったように肩を竦めた。立ち振る舞いが一々カッコいいわねこの人。ちょっと私も参考にさせてもらおうかしら。

 それにしても話がなに一つ理解できないわね。元々夢なんて口に語ることもできないほどに有耶無耶なものだけど、それを拘束された状態で延々と垂れ流されるのもどうかと思う。見方によっては悪夢と言えなくもない。

 

「全く……貴女方は奢りすぎなのですよ。それに元来アレは制御しようとするものではない。折角こうして運良く半身を手に入れることが出来たのに、さらに欲をかいて───」

 

 ドレミーがこちらを向いたので慌てて目を閉じた。狸寝入りも楽ではないわ。

 

「……貴女の一存さえあれば八雲紫を完全に無効化できるのです。今のあの人は本来在るべき姿を夢の姿で補っているだけ。それを着実に抑え込んだ今、封印は容易い。──その気になれば其方の上層部など丸め込めるのでしょう? 深奥など知らない方がいい……これ以上の放置は危険だ」

「一理あることは認める。我々としても第一目的は【八雲紫の抹消】……貴女の提言そのものを否定しているわけではないわ。しかし真相を放置することの方が危険よ。まだその時では───」

 

 八雲紫の……抹消……!?

 さらっととんでもないワードが飛び込んできた。思わず声が出そうになったが無理やり抑え込む。抹消って、つまり抹消ってことよね?

 ドレミー、貴女も私の敵なのね。

 

 夢の世界だけが私の逃避場所かと思えばこの始末! やっぱり私に逃げ場所なんてないのね。うぅ……涙を出しちゃダメ……! 妖生こんなもんよ……!

 私の悲痛な無言の叫びは物騒なことを話し合ってる二人に届くはずはなく、会話は続く。早くこんな悪夢からは脱出したいです、はい。

 

 

「……ところで、一つ気になったことがあるわ。言われるがまま来てみれば、なぜこの空間には3席存在するの? 貴女から前に聞いた話と違う」

「器が2席多いことですか。……ああ、確か夢の世界の構造についてお話したんでしたっけ? そうですね、私としてもこれは推測の域を出ないのですが……これも八雲紫の細工の一部でしょう。前にも話した通り、どんな人物でも普通は一席なのですが───」

 

 話の内容はよくわからないけど、なんか濡れ衣着せられてない? 私への殺意の理由もただの濡れ衣である可能性があるわねこれは。

 全くたまったもんじゃないわ!

 てかいつになったら元の世界に戻れるんだろう? まずそもそもなんで萃香の作った世界からここに来ちゃったのかしら。教えて偉い人。

 

 

 

 ──……【みっけ】

 

「ひゃん!」

 

「っ!!」

「………!?」

 

 突然耳元に誰かの声が囁かれて、そのあまりのこそばゆさに思わず声が出てしまった! せっかく我慢してきたのに……! だってだって急でびっくりしたんだもん!

 

 半ば諦めて目を開くと、唖然とするドレミー、そして口元をカッコよく覆いつつも目を見開いているサグメとかいう人の姿があった。

 

 見つめ合うこと10数秒……沈黙が痛くなってきたので何かを話したくなった。

 取り敢えず濡れ衣の弁解から。萃香の件もあって弁解にはかなり不安があるが、せめて私の無罪だけでも伝えておかないと。さっきの二の舞にはなりたくない。

 

 

「……まずは久しぶりと言っておこうかしら、ドレミー。そしてそちらの方は、初めまして、よね? 幻想郷の管理人をやらせてもらってる八雲紫と申しますわ。以後よしなに」

 

 掴みは完璧ね。久しぶりに八雲紫を名乗れて私の仕事モードテンションもMAXよ!

 まだ二人の様子が硬いので警戒していると思われる。優しく、そしてそれとなく懐柔していきましょう。賢者の交渉力を見せてやるわ。

 

「貴女達の話、全て聞かせてもらいましたわ。どうやら、私の件で多大なご足労をかけたようで……申し訳なく思います。しかし今回の一連の何某は私の非には非ずとの事を、まずは伝えておこうと思いまして」

 

 一連の何某が何なのかは未だに謎であるが取り敢えず謝っておくのが安定。私の交渉術は謝罪に始まり謝罪に終わる。

 するとその誠意が伝わったのか、ドレミーが朗らかな笑みを浮かべた。よし! あとはあのサグメさんとかいう人だけね!

 

「これはこれは紫さん、三ヶ月ほどでしょうか。お久しぶりですね。ある日を境に全く来なくなって、案外寂しかったんですよ? さて、今日はどのような夢をご所望ですか?」

「ふふ、言わなきゃいけない?」

 

 私が見たい夢なんてもう分かってる癖に! 私の性癖……もとい夢癖は筒抜けでしょうに。

 ドレミーは笑みを浮かべたまま席を立ち上がった。手には紫色の塊、夢魂がひしめき合っている。

 

「どうやら、今日は夢見日和じゃなさそうですね。仕方がありません、話を本筋に戻しましょうか。──どうやってここに来た?」

 

 怖い、怖いですドレミーさん。糸目にしないで瞳を見せてちょうだいな。あと夢魂の挙動が不審すぎて気持ち悪い。

 サグメさんは相変わらずの仏頂面。

 

「友の手によって、ね。不本意の出来事ではあったけれど、その代わりなかなかの収穫がございましたわ。現にこうして、私は体を取り戻すことができた。……もっとも、縛られてますけど」

「私が縛らせていただきました。貴女を自由にさせておくとロクなことになりそうにありませんから」

 

 なるほど、信用ゼロってわけ。

 これは……結構堪えるわね。グギギ。

 すると視界の隅で一翼の翼が音を立てて翻った。サグメさんが席から勢いよく立ち上がったのだ。

 

「ドレミー……これはどっち?」

「───黒、でしょうか。……どっちにしろ、このままにしておくわけにはいきません。それにサグメさんとしては好都合なんじゃないですか? わざわざ精神の方から此方に来ていただいたのですから」

「……」

「上手くいけば、これでXXXX案件を全て完遂することができます。貴女と私の約束も今、果たすことができる」

 

 だから私抜きで話を進めるのはやめてってば。あとその覚悟を決めた表情はなによ。怖い来ないで怖い怖い!

 ドレミーは手に持っていた本を開くと、蠢く夢魂を握り締めた。同時に夢魂は砕け散り、どす黒い粘着物となって夢の世界に纏わりついた。

 

 なんていうか、敵意満々ね。

 

「こんな奥底までやって来れたことには敬意を表します。流石は境界の妖怪と、言っておきましょう。しかし無用心でしたね……何故、夢の世界で私に勝てると思ったのです?」

 

 なんで貴女と戦うことになってるんです!? ほら、私って雑魚じゃない! しかも今に至っては何かに縛り付けられて動くこともままならないのよ!?

 くそぅ、ドレミーがSだったなんて……!

 

 なんでこうも私には次から次へと確死フラグが湧いて出るんですかねぇ!!

 

「今宵ばかりは槐安の夢は無しとさせていただきましょう。覚めても醒めぬ狂夢を、貴女にお届けするわ」

「勘弁願いたいわ」

 

 私の抗弁は無視された。

 グツグツと夢が形を変えてゆく。そして膨張し、圧縮され───夢は壊れた。

 




この間数十秒!
これがほんとの夢落ちってね!

起承転転! だけどここまで進めておかないとならなかった。
補足ですが、萃香の夢幻の世界とドレミーたちがいた夢の世界は別の世界

あと2話くらいで萃無双は終了
その後少し話を挟んで……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。