幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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ゆかりんって多分、色んな場面で嘘ついてるような気がする。悪い子だね……!



星幽巫女*

 メリーの体は白い霧に包まれ、風化し飛散する砂塵のように霧の中へと消えてゆく。最後の叫び声を待たずしてメリーはこの世界から姿を消した。

 彼女の言葉は誰にも届かない。

 

 博麗神社跡から声が一つ無くなった。その代わりに分身萃香と参加者たちによる一進一退の破壊音だけが空しく響く。

 萃香は足元の霊夢を片隅に見た。

 

「これで五月蝿いのがいなくなった。どうだい霊夢……何か思うところはある?」

 

 霊夢は答えない。だが表情を見るに、大して感じ入ってはいない様子だった。

 期待の目を閉じて、つまらなそうに酒を煽る。またもや自分の目論見は失敗に終わったのかと。メリーを眼の前で分解しても変化はなし。

 さすがの萃香をもってしても、これ以上何をすればいいのかは思いつかなかった。ここまで手間をかけても魅せるものがないのなら、ここらで終いにしようか。

 鬼は我慢が好きじゃない。

 

「はぁ……やっぱり言葉は鵜呑みにするものじゃないねぇ。紫なら、と思ってもこれだ。正直者は馬鹿を見るなんて、いつからこんな世の中になっちまったんだろう」

「正直者が得をすることなんてないわ。だからみんな嘘吐きになるのよ……アンタみたいにね」

「……あん?」

 

 聞き捨てならぬ言葉であった。

 急に話し出したと思えばこれだ。

 この伊吹萃香が嘘吐きなんて……なんというデマカセだろうか。大嘘だろうか。

 

 霊夢を締め付ける鎖の力が強まる。

 

「馬鹿なことを言うな。何が、誰が嘘吐きだって? 正々堂々と振る舞うのは鬼としての矜持だ。それを汚すことは私自身が許さないし、汚されることも許さない。追い詰められた挙句、助かりたいあまり口から思わず出ちまったか?」

「バカバカしい。アンタは紫を信じきれなかった。紫の言葉を嘘と断定してしまった。……確かに、あいつは胡散臭いを擬人化したような存在よ。紛らわしい冗談やミスリードを平気で吐いてくるし、信じろという方が難しいわね」

 

 人を食ったような態度をとることもあれば、やたら真剣に言い聞かせようとすることもある。愛想を振りまき、畏れを振りまき、強烈な印象を心に残してゆく紫の姿は、再現夢幻の万華鏡。

 紫が胡散臭いと言われる所以は、そういった得体の知れなさが原因だろう。だが、何故そんな彼女に人間妖怪問わず惹かれてしまうのか。アレを一概にカリスマという一言で片付けてしまうのも違う。筆舌し難い何かがある。

 

 だけども霊夢は分かった。分かっていた。

 紫は───。

 

 

「あいつは一度も嘘を吐かなかったわ」

「──……!」

 

 

「漠然と思っていたけど、アンタとの今回のやり取りでようやく確証が持てた。……あいつは絶対に帰ってくる。そして紫を信じきれず、嘘吐きと罵ったアンタが、本物の嘘吐きよ」

「──! 他ならぬ貴様が言うかッ!!」

 

 鎖の負荷が数倍にまで跳ね上がり、霊夢の身体とともに地中へとのめり込んだ。

 口から一筋の赤い糸が垂れる。

 

「そんなこと分かってるさ! でも紫は何処にも居ないんだ! お前が紫を殺したとは思わない……だけど! あいつとの約束は守られなきゃならない。私達の仲を……嘘にしたくない」

 

 胸を抑えて少しだけ縮こまる。僅かな間ではあるが、荒れ狂う波が静まり返った。

 だがそれも数瞬のみ。再び妖力は膨張して、破壊を辺りに撒き散らす。怒りの矛先は完全に霊夢へと向いた。

 

「なによりも紫の嘘の象徴はお前だ博麗霊夢! お前の存在が紫の言葉を虚偽にしているんだ! 何が幻想郷最強……何が稀代の巫女……! 本気すら出してない私に負けてる奴が──紫の言っていた博麗霊夢のはずがあるかぁぁ!」

「……なんていうか、あいつの言う事を私に押し付けないでくれない? 確かに嘘はついてないけど、正直面倒臭いわ」

 

 瞬間、異常なほどに高まる鬼気が容赦なく霊夢の身体を圧迫した。沈み込んだ妖気が幻想郷の龍脈を破壊し、地よりエネルギーが迸る。

 怒りも悲しみも、そして多少なり混ざっている嫉妬も、全てが萃香のパワーだ。

 

 無差別な破壊は霊夢以外にも牙を剥き、己の分身もろとも土壌を消散させる。

 地獄の蓋は開かれた。鬼気は煉獄として渦巻き、全てを飲み込むまで止まらない。

 分身の消滅により、場の視線が霊夢と萃香へと注がれる。咽び泣く萃香に、拘束されながらも無機質な視線を返す霊夢。

 これからどう転ぶのか……それはこの場の誰にも知る由はなく──レミリアは眉を顰めた。

 

「なら私に負けるな! 紫の言葉を嘘にするな! お前なんかの為に……これ以上、私にあいつを疑わせないで──なあ、頼むよ」

 

 

 

「重い」

 

 萃香の慟哭を一蹴。萃香の言葉も霊夢には感じ入るものがなかった。

 その態度は大いに萃香を憤慨させ、頭の酔いを加速させるには十分過ぎる。

 腕を勢いよく振り上げ鎖を締め上げる。究極の密度を擁する鉄を超越した剛金。その質量は凄まじいもので、擦れ打ち付けるたびに小さな爆発が起こるほどだった。

 

 鎖はピンっと張り、一本の糸のような直線になった。螺旋状に渦巻いて霊夢を拘束していた鎖が───。

 

 

「ち、千切れたァーー!? から、か、体が!」

「霊夢っ!!」

 

 小傘は惨劇から目を逸らした。あまりにもショッキングな光景には耐性を持ち合わせていない、小傘の自衛本能が働いた結果だ。ピアノ線のような細い面ならば胴体は綺麗に切断される。しかし霊夢に巻きついていたのは粗々しく無骨な鎖。引き込まれてしまった霊夢の身体は間違いなくミンチだろう。

 だが対して魔理沙は視線を逸らすことなく場を凝視する。誰よりも霊夢のことを知っている彼女だからこそ、この状況が決して詰みではないこと把握していた。そして霊夢の姿を確認し、安堵の息を漏らすのであった。

 

 レミリアは妖しい笑みを浮かべ、幽々子はその奥義の存在を思い出して納得する。

 完全無欠、有頂天外と謳われ自負した能力を粉々に打ち砕いた無敵の奥義。これが発動すればもはや霊夢に敵は無い。

 

「──ったくよぉ、やっとか。ようやく、いつもの霊夢が見れたぜ。さっさと吹っ切れろっての」

「あれが、例の……」

「夢想天生か」

 

 霊夢の身体が半透明に輝き、宙に浮いている。鎖は体を透過していたのだ。

 萃香は状況確認よりも先に、容赦なく霊夢へと殴りかかるが、拳もまた触れることができずに空を切った。視界がぐらつく。

 

「うっ、が……!」

 

 お祓い棒が萃香の顳顬を打つ。倒れこそはしなかったが、大きくたたらを踏んだ。表情を顰めて霊夢を睨むことしか現時点ではできることがない。

 夢想天生がもたらす理不尽を一撃で理解し始めた萃香であったが、その見解はさらなる不条理へと彼女を突き落とす。

 

 かつてこの奥義を目の当たりにしてきた者たちの対応は様々だった。魔理沙は一通り試した後、勝利は無理と判断して白旗を揚げた。レミリアは勝敗を悟りながらも正面から挑み、そして砕け散った。幽々子は瞬時に引き分けへの算段を画策した。紫はしばらく惚けた後、何故か咽び泣いた。

 

 皆に共通するのは、一様に勝ちを諦めたことである。夢想天生状態の霊夢には、彼女らを以ってしてもそう思わせるほど、清々しいまでの瑕疵なき壁があった。

 

 ところが今回はそうはならない。

 霊夢を相手するは鬼。勝負への情熱はこの程度では沈みやしない。ただ笑みを浮かべるのみ。

 

「ハッ、術を一つ発動した程度でこの私が怖気付いて堪るかよ。空気になったんだな? それじゃ圧縮してやる! 空気だって固めりゃ固体になるんだ」

 

 能力を発動せんと、手を翻す。しかし動作は途中で止まった。無駄を悟ったのだ。

 ──能力が霊夢に対して発動しない。

 惚ける暇もなく無数の弾幕が萃香の体へと降り注いだ。弾幕が体を撃つ度に傷つき頭が冷えてゆく。よくもまあ、これほどまでの牙を隠し持っていたものだと素直に感心した。

 

「ずおぉりゃあぁぁぁ!!」

 

 腕を無茶苦茶に振り回し空を殴る。衝撃が風を伝播し、空間の破裂音とともに弾幕を跡形もなく消し去る。そしていつの間にか自分を見下ろす位置に陣取っている霊夢を見据えるのだった。

 なるほど、これではそこんじょそこらの妖怪じゃ太刀打ちできまい。おそらく自分の分身程度なら軽く滅することができるチカラはあると見積もった。……紫の話は嘘ではなかったようだ。

 

「何があったってんだ……いきなりやる気出してきやがった。まあ私としちゃ悪い話じゃないが、いくらなんでも急すぎるだろ。何がお前の琴線に触れたんだ? ──答えておくれな」

 

 返事してくれるかどうかは定かではなかったが、萃香は取り敢えず言葉を投げ掛けてみる。十中八九、無視だろうとタカを括っていた。

 だが見た目の触れ難さとは違って、霊夢はごく普通に言葉を返した。

 

「そんなんじゃないわ。ただ面倒臭くなったから考えることをやめただけ。……紫の心配なんて柄にもないことやってるのが馬鹿らしくなったのよ。ああ、あとメリーにグタグタ説教じみたことを言われるのが情けなく思えてね」

 

 ここで言葉を切る。

 そして忌々しげに手で額を覆った。

 

「いや、それ以前にアンタの所為で生き恥を晒されたことが情けなくて恥ずかしくて……今もこの技が解けちゃいそうなくらい苛ついてる。この報いは必ず受けさせるわ。アンタは他の誰よりも徹底的に退治してやる」

「おぉ……こっちのお前は私好みだ! つまらないとか言ってゴメンな、お前って面白いよ。───そぉぉい!」

 

 地面を掴んでめくり上げる。鬼の剛力によって岩盤が引き剥がされ、霊夢へと投擲される。大地そのものが迫るような悍ましい光景だが、それもあえなく霊夢を透過してしまった。

 牽制にもなりゃしない。

 

(さて、どう攻撃すればいいものか)

 

 見れば分かる通り、霊夢に攻撃が通じにくくなったのは明白。これまでのような試合運びはできないだろう。

 しかし攻撃が通じ難いのは霊夢だけではない。萃香も同じことだ。鋼を超越するほどに強固でありながら、霧の如く夢幻な肉体を彼女は有している。

 

 萃香は軽く考えていた。

 まだ霊夢のことを軽んじていた。

 

 だが、その慢心が大きな痛手となる。

 

 

 ──神技『八方鬼縛陣』

 

 

 発動主である霊夢ごと結界が萃香を包み込む。瞬間、萃香の身体は蒸発した。

 

「うっ!? ……から、だが……!」

 

 避けるべき場面だったと今頃になって気付くがもう遅い。とんでもないスピードで妖力と身体が削られてゆく。対鬼に特化した霊夢の結界は、夢想天生によって能力が底上げされているのもあって萃香に大きな痛手を与える。

 

 萃香は残された妖力を拳に込めて殴りつける。結界は砕け即座に脱出できたのだが、代償は大きかった。

 

「くっ……半身を封印されたか!」

「これでもうさっきみたいなことは出来ないわね? ──宝具『陰陽鬼神玉』」

 

 

 

 

「この戦いは霊夢の勝ちだな。もう萃香には勝てる手段なんて残ってないぜ」

「けどあいつはまだまだ止めるつもりはないみたいね。体力を勝手に消耗してくれるのは良いことだけど……問題はメリーよ。あの子をどうやって連れ戻すか」

「そうだな。私もそれを考えていた」

 

 アリスと魔理沙は頭を捻った。霊夢がああなった以上、自分たちにできるのは知識を活かした「後方支援」だけだ。魔法使いの本領である。

 その上で一番優先すべきはメリーの救出。萃香の口ぶりだと殺してはいないようである。まさか今更になって鬼が嘘をつくはずもあるまい。

 

 せめてデコイ人形が生き残ってさえいれば手立てはあった。人形の本来の用途は「肩代わり」──追跡、拘束錯乱用のマジックアイテムである。しかしデコイ人形は序盤で保険のためのダメージデコイによって砕け散ってしまった。

 メリーに着用させていたスカーフによるGPSも全く反応しない。この世界とは異なる場所へ連れて行かれたのならば、救出の難易度は跳ね上がる。少なくともこの場で直ぐに使えるような魔法では困難であろう。

 

 こと異界への知識に優れている魔法使いといえばパチュリー・ノーレッジであるが、視線を向けてみれば彼女は横に首を振る。彼女に出来ないのであればまず不可能だろう。

 

「クソッ……この部類のはどうもなぁ。”自称”万能魔法使いさんはどうなんだ?」

「無理ではないわ。……だけどそれには十分な準備が必要になるし、萃香を拘束しなきゃならない。全ては霊夢次第って事かしらね」

 

 霊夢もメリーのことは念頭に置いてるだろう。見殺しにするようなことはあるまい。優先順位はともかくとして、メリーを救い出すための算段を思案しているはず。

 だが……本心としては自分たちの手で彼女を救いたい。少なからずの優しい縁に(ほだ)される。魔理沙もアリスも、結ばれた繋がりは大切にする性分であった。

 

「っ……私は、まだまだ力不足だ。こんなんじゃあの人に見向きもできないじゃねえか。……最後にゃ霊夢を頼ることしか……」

 

 魔理沙の誰にも漏らさない弱々しい想い。それに気付けたのはアリスだけだった。

 

 

 

 

「うぐ、ぐぅぅ! こなくそがぁぁ!」

 

 大きく仰け反り、反復攻撃。芸もなく振り下ろされる拳はその一撃が必殺級、まともに当たれば人間の肉体など一瞬にして肉塊へと変貌させることが可能だ。

 しかし、当たらなければどうということはない。虚しく空を切り、代わりに手痛いカウンターが萃香を打ちのめす。

 

 萃香は粒子さえあればその物体に触れることができる。能力の応用によって光を壊すことすらできてしまうのだ。本来ならば回避不可能の一撃を放ち、それで終わり。

 だが、目の前に無いものにどう触れろというのか。回避不可能とは銘打ったが、今回でそのブランドは脆くも崩れ去った。矛盾──盾と矛の関係にすらなれない。「水面に投影された盾」をどのようにして突けと?

 

 対峙すればするほど己の全てが虚しくなる。夢想天生を目の当たりにした者たちが一様に辿った道だ。鬼の鋼のメンタルにもかなりキツイだろう。

 

「はぁっ……はぁっ……萃めて、殴るッ!」

 

 霊夢の周りの空間を固定し圧縮。そして紛れも無い本気の一撃を放つ。

 凝縮する空間は熱を発するが、萃香の能力により元来到達不可能な域にまで達したそれは空間そのものを捻じ曲げる。そこにぶち込まれる鬼の剛拳。衝撃と熱波が混ざり合い、超密度の爆発が炸裂。

 破裂音とともに範囲の中にあった木々岩石の全てを巻き込み、爆炎が包んだ。

 萃香の表皮を焼くほどの熱と力。久しく出せた全力の一撃に満足したのか、煙を吹き飛ばす勢いで一つ荒い鼻息を漏らす。

 

 煙が晴れる。

 現れたのは眼下に迫る陰陽玉だった。

 

 顔面を打ち据え鈍い音が響いた。ついに萃香の足が地を離れ、そして背が地に着く。

 霊夢はもちろん無傷。萃香の自爆に終わった。

 仰向けに倒れ、荒々しい呼吸を繰り返す。空気を圧縮して燃やしたのだから酸素が無くなるのは当たり前だ。

 

「ぜぇっ……ぜぇっ……まるで、馬鹿みたいだなぁ私。まさか、ここまでやられるとは思ってもみなかった。強いなぁ」

「私の勝ちかしら? それならメリーを───」

 

 

「待ちなよ。いつ私が負けを認めた?」

 

 むくりと上半身を起こす。据わった眼による眼光が萃香の闘志を湛えていた。

 妖力は当初と違って鳴りを潜めているが、気迫に関しては寧ろ増すばかりだ。しかし彼女の強靭なメンタルを讃える者はこの場にはいなかった。

 如何に萃香が足掻こうとも、夢想天生は無情に彼女を追い詰める。強いて攻略法を挙げるならば「時間制限」だが、霊夢の悠々とした構えはそれを感じさせない。

 

「私が負けるということは、紫との約束が破られるってこと……そんなの、絶対に嫌だ。幻想郷を壊せばそれで約束は終わり。私が死んでも約束は終わり……二つに一つだけさ」

 

 嗤う萃香に呆れる霊夢。ここまでくればもはや狂信の域だろうか。だが萃香はあくまで真っ当だ。只管に直向きだ。

 よっこいしょ、と軽く声を漏らして立ち上がる。空気が妖しく渦巻き始めた。

 

「さあ守ってみろ博麗の巫女。私はもうこれ以外にお前に抗う術を持たない。だが、この伊吹萃香の最強にして最期の”技”──お前に防げるかな?」

 

 不敵な笑みを浮かべながら萃香は空へと舞い上がる。瞬間、爆発的に妖力が高まり天が、地が、幻想郷が震える。

 歪み始めた空間が、萃香の周囲に発生した黒渦へと吸い込まれた。景色が萃香へと消えてゆく。肝心の萃香も渦の中へと。

 

「あの馬鹿鬼……まさか……!」

「な、なんですかアレ!? 身体が吸い込まれて……!」

 

 藍の顔中に溢れる球となった汗が、頬を流れて次々と地面へと落ちていく。

 この中で最も計算に秀でた彼女が、一番に萃香の”技”の正体へと辿り着いた。それは今現在考えられる中で特に藍が警戒していたこと。

 

 圧搾

 縮小

 圧縮

 凝縮

 そして補完。

 

 萃香を中心に気圧が変化し、たちまち博麗神社は暴風に晒される。そしてそれらもまた萃香に吸い込まれてゆくのだ。

 

「重力と圧力の均衡が崩れる……幻想郷をもろとも引き摺り込むつもりか。───霊夢! 早く止めないと手遅れになるぞ!」

「分かってるわ」

 

 藍の言葉よりも早く空を駆ける。

 重力波を掻い潜り萃香へと接近。そしてお祓い棒による凪をぶつけるも彼女に通じた様子は無い。その間にも萃香の力は増大し増幅していった。

 

 

「質量の超過と圧縮……導き出されるものは、吸引力、か? だとすると、伊吹萃香の目指す形態とは天体を遥かに凌駕した……」

「傘が壊れるぅぅ!!」

「こら勝手に飛んでいくんじゃない! 帰ってこーい!」

 

「ワタワタしてる暇があったら結界でも張ってろ! 足場を持っていかれるぞ!」

 

 剣を地に刺して踏ん張りながらも考察をやめない霖之助。傘がアンテナ型に開いて泡を吹く小傘。頭が飛ぶたびに首へ乗せ直す赤蛮奇……本人たちは至って真面目だが、魔理沙にはただのギャグ集団にしか見えなかった。

 そうこうする間にも上空は萃香の渦に埋め尽くされ、活動域を拡散させる。空間そのものを飲み込む渦は、色を失くすのだ。

 

 咲夜と妖夢は空間を切り開いて干渉を隔絶させようとしたが、萃香はそれすらも乗り越える。空間と空間の繋ぎ目すら飲み込んでしまった。

 それどころか重力の負荷が跳ね上がり、何十倍にも体が重くなる。パチュリーは吐血しながら地面にめり込んだ。

 

「むぎゅっ!」

「お嬢様ぁ! パチュリー様が全身粉砕骨折です! 私も筋肉痛で……」

「あとでいくらでも治せるから放っておきなさい。咲夜はパチェの時間を止めといて。───それにしてもとんでもない奴ね、伊吹萃香。これはもしかすると……」

 

 レミリアの視線の先では、唸る萃香へと虹色の弾幕を放つ霊夢の姿。幾多に色を変えて混沌空間を舞い踊る。先ほどとは一転立場が変わって、萃香が全く攻撃を受けなくなった。

 それどころか。

 

 

「……っ!」

 

 霊夢の形がぼやける。体の境界が萃香の渦と融合を始めたのだ。

 これは夢想天生の効力を、萃香が一部突破したことを示す。完全無欠の夢想天生に「綻び」を生み出している。

 魔理沙も、藍も、動揺が隠せない。

 

「マジかよ……正面から夢想天生を食い破ろうとしてやがる。なんつー鬼だ」

「これが極致の意地、か。──もうこれ以上はダメだ。博麗大結界が瓦解する……!」

 

 幻想郷崩壊のカウントダウンは秒読み段階に入った。現在は藍が強化結界で辺りを覆うなどして持っているが、それが壊れた瞬間、今の何億倍ものエネルギーが幻想郷中に拡散する。そうなれば幻想郷は……地球は終わりだ。

 藍の脳裏に紫が言ったかつての言葉が過る。曰く、「伊吹萃香にとって、地球という土俵はあまりにも脆すぎる」……と。

 萃香の急躍は藍にとある決心をさせた。八雲紫が望むはずのない道を選択するしか、彼女には成す術がなかった。

 

(もう綺麗事は言ってられない。紫様……貴女様の意に沿えず、申し訳ございません)

 

 なけなしの謝罪を口にし、霊夢を呼ぶ。

 

「一旦萃香から離れろ! 亜空穴は念のため控えるんだ」

「……」

 

 空間の隙間を侵食されれば萃香は容赦なく境界を食い破るだろう。そうなれば妖怪そのものの存在にすら関わる案件になってしまう。その点で亜空穴を開くのは危険なのだ。

 霊夢は一度だけ萃香を一瞥して踵を返す。そして藍の前に降り立つと夢想天生を解除した。

 

「で、どうすんの? 私を呼び戻したってことは何か策があるってことなんでしょ?」

「……ああ一応、な。……だが私が考えているのは策ではない、策と呼べるような代物にすら至らぬものだ。上中下策に分類するならば、これは間違いなく下策の部類だろう」

 

 一呼吸置いた。

 

「この場に居る皆で奴に全力の攻撃を繰り返す……ただそれだけだ。奴に同等以上のパワーをぶつければ、あの術式能力は瓦解するはず。もしくは幽々子様の黄泉送りの能力で───」

「そんなことだろうと思ったわ。下策も下策、ね。あんたともあろう者がこれしか思いつけなかったわけじゃあるまいし」

 

 藍は深くため息を吐いた。

 彼女の苦労が滲み出る。

 

「中策は結界干渉による萃香への工作……上策は説得だ。しかしそれらが無駄であることはこれまでのやり取りで十分に承知しているだろう? 私が少しでも気を抜けば博麗大結界は崩壊する、そしてあいつを説得するのは不可能。……下策以外では収束が効かない域に達してしまった」

 

 勿論、藍とて萃香を葬り去ることは本意ではない。紫は絶対にそんなことを望むがはずがない。また、彼女自身も萃香とはそれなりに長い付き合いだ。多少なりの情は持っている。

 だからこそ、この判断なのだ。

 

 しかし、霊夢はそれを了承しない。

 

「ダメよ。あの鬼の中にはメリーがいる。あいつを救い出す方が先よ。それにあいつの勝ち逃げなんて……他ならぬ私が許さない」

「そんなことを言ってる場合じゃないでしょうが! 何処の馬の骨とも知れない妖怪一匹の為に、幻想郷を危機に追いやるわけには───」

「紫ならそんなことを言わないわ」

「──っ……」

 

 その言い方は、卑怯だと思った。

 

 まずそもそも藍はメリーの正体が紫だなんて全く信じちゃいない。萃香が言い放った幾つかの理由もそうであるが、何より式の繋がりが別の場所にあるのだ。万が一にも、紫であるはずがない。

 正体を紫だと謀ったことについて、メリーに対して怒りはあれど恨みはない。しかし、彼女への評価が地に堕ちたことは事実だ。

 

 救う価値はない。藍は今もそう思っている。

 「功利主義」はとても合理的で、残酷だ。

 

 しかし八雲紫は物事を合理非合理だけで判断することはない。彼女ならばこの状況下においても、幻想郷を救って萃香を救って、そしてメリーを救うことができるだろう。

 紫は「一極理想主義者」だが、理想をその身で創り上げるその姿は、紛うことなき完璧主義の体現者だ。到達できぬ遥かな高みである。

 

 ──紫を目指すことはできても、アレだけは決して超えることはできない。紫になることは誰にもできないんだ。

 

 萃香の言う通りだ。

 藍は紫を越えようとは思っていない。無理だと分かっていて、諦めているから。

 

 だが、霊夢は藍とは違った。

 今、自分の意志で紫のステージへと手を掛けようとしているのだ。霊夢は進んで小難しいことなど考えない。だが局所的には徹底して完璧主義者だ。

 

 

「なら……お前には、あるのか? 全てを救い、全てを受け入れ、終わらせることのできる策が」

「あるのは策とも言えない不確かな自信だけよ。まあ、要するに下策ね。……どうする? どっちの下策に頼ってみる?」

「はは…切り札はいつだって悪手だ。しかもその切り札は考えもない下策か。恐ろしいったらありゃしないね」

 

 頭を抱えながら霊夢を見るが、彼女の瞳からは強い意志を感じる。本気でこの異変を解決する気満々だった。

 正直、その気概が妬ましい。

 

「……危なくなったらすぐに私の下策に切り替えるからな。幽々子様の能力圏内であるうちならば、まだ余裕はある筈」

「博打好きな巫女で悪かったわね」

「こんな割の悪い賭けは今回で最後だ!」

 

 藍は吐き棄てると莫大な妖力を練り上げてゆく。考え得る限りで最も強力な術式を構築し、既存の結界と同調させ強大無比の防壁を萃香の周りに展開する。この規模の結界なら萃香の足止めにも十分事足りる筈だ。

 

 空を一瞥した後に霊夢は霖之助の元に歩みを進める。霖之助も霊夢が来ることは分かっていたようで、手に持つ剣を鞘に収めた。

 

「やあ、来るだろうと思っていたよ。まずは復調ご苦労様、と言っておこうか」

「そんなお世辞はいいのよ。それよりも」

「まったくせっかちだな。……君が求めているのはこの剣だろう? 今なら特別に安値で貸し出すが……どうするかね?」

「貸しにしといてちょうだい」

 

 いつもの返答。もはや慣れたものだ。

 霖之助は何の惜しげも無く霊夢へ剣を手渡した。強い視線が霊夢を射抜く。

 

「……メリーは頼んだよ。あの子が帰ってこないと保管されてる食材の使い道が無くなってしまう。僕では十中八九、腐らしてしまうだろうね」

「それで貸しはチャラよ」

「酷い話だな」

 

 足元を見られていることには遺憾の意を感じるところではある。しかし霖之助の身では天体級のブラックホール……それ以上のナニカに成ろうとしている萃香に近づくことができない。メリーを救い出せるのは霊夢だけだ。

 最も、この剣を霊夢が扱えるのかどうか──疑問が残る。その身に素戔嗚尊でも降ろしてみるつもりだろうか?

 

 

 霊夢はその場に座り込むと、瞑想のようなものを始める。混沌としている周りの状況に逆らうかのように、ゆっくりゆとりを持って。その傍らでは陰陽玉が淡い光を放ちながら周囲を漂う。

 そして霊夢の頭がカクン、と下がる。

 

 

 寝た。

 

 

「ちょ、ちょっと? そんなことしてる暇はないんじゃないかなー……わちきが言うのもなんだけど」

「そーだよっ! せっかく藍様が萃香を止めてるのになんでそんなにゆっくりしてるの!? まさか怖じ気付いちゃったの!?」

 

 小傘の言葉に便乗して、橙が霊夢に掴みかかろうとする。大切な主人が全身全霊を持って幻想郷を守っているのだ……その折にこんな行動をとれば憤慨したくなるに決まっている。橙とて、一端の八雲の式なのだから。

 

 だが橙の抗議は魔理沙によって遮られた。

 

「邪魔するんじゃない。お前、昔から霊夢のことを見てるんだろ? ……なら分かれよ。霊夢が諦めるわけあるか」

「け、けど……」

「霊夢はただ寝てるわけじゃないんだぜ。多分な」

 

 狼狽する橙を落ち着かせるように魔理沙は優しく語りかける。ついでにさり気なくもっと注視してみるように促してみた。

 

 赤い霊夢がさらに赤く。

 額から血のように妖気が噴出した。

 

 白を赤黒が染め落とし、霊力が焔の如く立ち昇る。手に携えた天叢雲剣から発せらる炎の神力が形取るは陽炎の揺らめき。

 陰陽玉の引鉄(トリガー)はすぐ其処に在った。霊夢が勝手に辿り着けてなかっただけだ。しかし、しがらみを捨て去った今の霊夢ならば───。

 博麗霊夢は、博打に強い巫女だ。

 

「やっぱり、紫と戦った時に見せたアレか。どうゆう原理かは知らんが……取り敢えずは成功ってわけだな」

 

 当時は紫の能力によって疲労に倒れていた魔理沙だったが、失神の寸前に現在の霊夢が成ったフォルムチェンジを目撃していたのだ。

 感じるのは三つの力。霊力、妖力、そして神力。混ざらずにぐるぐると霊夢の中を循環している。共存できないのなら敢えて別個に使えばいいという発想か、と魔理沙は頭の中にメモした。

 

 と、ここで藍の強化結界が崩れる。再び広範囲が強い重力に晒され、萃香の渦も活動をさらに活発化。幻想郷滅亡のカウントダウンが点滅を開始する。

 

「ここまで持たせれば十分か? 霊夢!」

『───ああ。十二分だ。良くやってくれたな』

 

 違和感の正体はここに居る全員がすぐに把握できた。明らかに霊夢の口調ではない。返答を求めた張本人である藍も、流石にドギマギした。

 心なしか中性的になったような。

 

 

祝詞(のりと)真言(マントラ)もなし。無茶振りではあるが……ひとまずこの剣があれば大丈夫、か。まったく、とんでもないタイミングで叩き起こされてしまったものだ。先の時といい……今代の巫女は余程の大うつけとみえる』

 

 やれやれと肩を竦める。一々行動が大袈裟だ。

 次に空を見上げた。萃香が完全に視界を覆い尽くしている。徐々に大地ごと萃香に引き付けられているようだ。星の軌道に異常が出ればもう元には戻れない。

 だが()()にとってはむしろ好都合。

 

 

『勝手に吸い込んでくれるなら狙い斬る必要もないか。楽だな』

 

 ───oṃ dharma koṃgla tiṣṭa sra

 

『あなかしこあなかしこ──汝の作為願望を問おう。かしこまりて我その命令の通りに動かん』

 

「斬る、それだけよ。ただし中は斬り過ぎず」

『御意に』

 

 余裕を感じさせるように口の端を吊り上げる。そして太々しく呟いた。

 霊夢の足が掻き消えると同時に跳躍。自ら渦へと飛び込んだ。場の全員が息を呑んだ。

 萃香の創り出している黒渦は、いわば重力の坩堝(るつぼ)。中に入ろうものなら全方位からの圧力によって跡形も残さない程に折畳まれる。

 それは霊夢も例には漏れず、しかも夢想天生を発動していないのなら尚更だ。

 

 だが紅く燃ゆる星の煌めきは、渦に飲まれようと消えることはない。寧ろその輝きを増すばかりだ。闇の中の光にこそ、真の希望は見出せる。絶望から希望を見出すことが、もっとも心が強くあれる瞬間なのだから。

 

『萃香、今のお前の取っている行動は私に対して悪手だ。夢想天生の攻略に力を削ぎ過ぎて此方側(アストラル界)への対応を疎かにしてしまったのが、敗因と知れ』

 

 鞘から抜き去った天叢雲剣に神力が纏わりつく。真っ赤に燃えるような神剣の有様はまさに「七支刀」──今の形態となった霊夢に最も適した形。

 

 宙返りの体制から縦に一閃。音も消滅した世界にか細い金切音が響く。

 霊夢が斬撃によって無から生み出したのは糸のような線だった。だが、それはやがて光によってこじ開けられ、その大きさを縦横に拡げる。

 闇夜から夕陽が昇るように黒一色の世界に紅き光が満ちてゆく。

 

 萃香の術が瓦解した証拠だった。

 だが漏れゆく光は影を生み出す。その影からぬっ、と手が生えでた。小さくて細い、しかし強大なパワーの源となる腕だ。

 

「破ってくるのは想定内さぁ! だが、萃めるだけが私の力じゃない───解放(リベレーション)ッ!!」

 

 萃められた萃香の力が間際で爆発する。鬼が内に蓄え続けた最上級の衝撃。原初の火の玉のような圧倒的熱量。

 幽子の結合が分裂するほどの震えが蔓延し、純粋な破壊が霊夢ごと幻想郷を焼き尽くさんとする。爆発の規模に比べれば、霊夢など豆粒同然だった。

 

 

 だが、彼女の霊力が其れを上回った。

 

『勿論、私だってお前がその程度で終わるはずがないことぐらい解っていたよ。これにて、勅命完了───!』

 

 横一文字の斬撃が爆風ごと萃香を斬り捨てた。血は流れない……しかし、萃香の闘志と妖力はみるみる内に霧散していった。

 夢幻へと消えゆくように──。

 煙が空に立ち昇るように──。

 

 爆風も衝撃も、萃香が創り出していた全てが無に帰すこととなった。

 

 

 従って、唯一残った巫女と鬼はそのまま落下し、幻想郷へと帰還した。

 霊夢は華麗に着地。一方で萃香は受け身も取らずに地面へと減り込んだ。しかし彼女に限ってその程度でダメージを負うことはないだろう。

 

 仰向けに寝転がった萃香は雲一つ無くなった晴天の空を見上げる。ここまでくればいっそ清々しい気分か。薄い笑いがこみ上げてくる。

 

「負けたよ……ルール抜きで初めて負けた。強いなぁ、博麗の巫女──いや、霊夢」

「すぅぅ……はぁ……。まあ、分かりゃいいのよ。分かればね」

 

 深呼吸とともに霊夢の纏う紅い霊気や、禍々しい闘気が霧散する。そして博麗の陰陽玉がぽとり、と地面に落ちた。

 ギャラリーたちは静かに二人のやり取りを見守る。

 

「透明になる技といい紅くなる技といい……面白いなぁ。紫が入れ込むのも分かるよ。──……ああ…さっきは馬鹿にしてゴメンな」

「……別にいいわ。あの時の私は自分でも許せないし情けない。はっきり言ってアンタと戦えて良かったって、そう思えるわ」

「ハハ…そうかね」

 

 乾いた笑いが溢れる。

 ぐったりとした目を閉じた。

 

「自信と矜持を失っちゃあ、私も終わりかな。……ああ、疲れた。できるなら今すぐに殺してくれないか? 酔いが回ってる内に死にたい」

「はぁ? なんで殺さなきゃなんないのよ。馬鹿なこと言ってないでさっさと立ちなさい。アンタはまだすることが沢山あるじゃないの。ちゃんとやればひとまずは減刑にしてやるわ」

「───はぁ?」

 

 萃香は思わず上半身を持ち上げた。

 この異変を開始したからには自分に生きる道など残っていないと、そう思っていた。

 なにせ幻想郷のパワーバランスを担う者たちの本拠地を壊滅させ、挙げ句の果てには要衝である博麗神社を更地と言うにも難しい荒野へと変貌させているのだ。度が過ぎた重罪である。

 

 その点については藍が突っ込んだ。

 

「流石にそれはマズいだろう。上の連中は恐らく誰一人として納得しないぞ? 無論、ここにいる者たちもな。私は、紫様の判断次第だが」

「そうねぇ、萃香が謝っても西瓜は帰ってこないものねぇ。ふふ……私の怒りが判る?」

「幽々子様おちついて……」

 

「私は別にいいけどね。紅魔館なら幾らでも外から持ってこれるし、この異変も傍観者ながら中々楽しめたわ」

「流石でございますお嬢様、懐がお深い。どこぞの幽霊とは大違いです」

「そうだろう! そうだろう!」

 

 端から見ればどっちもどっちである。

 勝手に対立を深める2勢力は無視して、霊夢には萃香を完全退治できない幾つかの理由があった。

 

「こいつの能力なら今回の異変で滅茶苦茶になっちゃった場所──主に神社だけど、簡単に直せるでしょ? ついでにもっと大きく荘厳に改装してもらうわ。……そうね、そっちの幽霊については萃香に西瓜を望むだけ持ってこさせればいいんじゃない?」

「……ふ、ふふ…いいわねそれ…」

 

 霊夢の提案に幽々子は不気味な笑みを浮かべる。妖夢は傍らでドン引きするのであった。

 異変の調停権は紫の手によって博麗の巫女へ全委任されている。つまり、ここで萃香の処遇を決める権利は霊夢が全面的に有しているのだ。渋る藍だったが、異を唱えることはない。ただ、その分の尻拭いは全部自分に来るんだろうな、と肩を落とすのだった。

 

 そして当の本人である萃香は、それを拒否する。

 

「情状酌量の余地をくれるのかい? ……それは有難いけど、私はそれを望まない。お前が私を生かそうとするなら、私は───」

 

 と、萃香の頭に札が叩き込まれる。

 喝のつもりだ。

 

「約束、嘘、正直者……そんなのどうだっていいわ。何を違われても冗談だったって思い過ごせばいい。こっちだけが勝手に思い詰めるなんてただ面倒なだけよ。ちっぽけな嘘なんかで壊れる絆なんて、最初から築けるはずないんだから」

「……そう、だよね。私が愚かなだけだったか。……酔いもほどほどにってことかな」

 

 己を打倒せしめた強き者。彼女の言葉は今の萃香に何とか届き得た。霊夢を認めたからこそ、真に言葉が届いたのだ。

 霊夢は呆れた様子で言う。

 

「てかあんたさ、その癖してナチュラルに嘘ついてんじゃないの。巫山戯んじゃないわよ」

「……ん? どういうこと?」

「あんたの中を掻っ捌いてもメリーが居ないじゃない。あいつを何処やったの?」

「えっ?」

 

 言われてすぐに萃香は自分の中に創り出していた夢幻の世界へ意識を向けた。夢幻の世界の構成物は全て萃香で出来ている。何か動きがあろうものなら即萃香へと異常が伝わるはず。

 しかし、メリーは居なかった。

 

 萃香は眉を顰めて即座に様々な可能性を模索する。

 例えばメリーが自力で、尚且つ自分に気づかれることなく脱出した。

 例えば何らかの拍子に誤って超過圧力によって跡形もなく磨り潰してしまった。

 例えば何者かの介入によって奪われた。

 

 

「何でだ? 何で───えぅ!」

「おいメリーはどうしたんだよ! お前がどっかに閉じ込めてるんだろ!?」

「ま、待って……揺らさないで──いぎぃ!」

 

 吐き気を催したのか、急にえずき始める。酔っ払いの勲章とも言うべき、大変汚い()()を予見した霊夢と魔理沙は急いで距離をとった。藍は橙の目を手で覆い、蛮奇は同情するように頷いた。

 萃香は悶絶する。

 

「うぐぅ! な、なんだこりゃ……! まるで胃袋を金槌で叩かれているような───いっ、痛い痛い痛い!!」

「うん分かる。二日酔いはキツイよね」

 

「ちっがうぅぅぅ!!───あべしっ!!」

 

 

 蛮奇の的外れな同情に叫んだが最後、萃香は爆発した。勿論その程度で死ぬような存在ではないのできっちりと霧になって致命傷は回避している。

 

 破裂による衝撃によって土埃に舞い上がり、周囲一帯を覆い尽くした。

 突然の出来事に場の全員が呆気に取られるしかなかった。萃香も実体化して涙目になりながら煙の先を睨みつける。

 

 

「誰だ私の中で暴れてたのは! とっても痛かったんだぞ……このぉ……!」

 

 萃香は腕を振りかぶる。ただ腕を前に突き出すだけで放たれる空弾は、抗う術を持たない者にとって何よりの凶器となる。

 だが、振り抜くことは出来なかった。ピタリ、と腕が固まる。意識は完全に眼前へ釘付けになっていた。なぜなら、その姿は余りにも彼女に似すぎているから。

 

 長い金の髪を抑えるナイトキャップに、風にあおられはためくドレス。手に携えられ重心を支える大きな傘。見る者の全てを魅了する美しき紫色の瞳。

 境界に隔てられし幽界から、そのまま飛び出してきたかのような強烈な存在。

 

「ケホッケホッ……やけに、埃っぽいわね。もしかしてまだ戦闘中なのかしら?」

 

 彼女の姿を見るのは久しぶりだ。何一つ変わっていないことに、藍は安堵の息を吐き出して胸を撫で下ろす。傍に立つ橙も溢れんばかりの笑顔になる。

 幽々子もまた歓喜し、思わず扇子で口元を隠した。そして幽々子の正気が取り戻されたことに、妖夢は安堵の涙を流した。

 レミリアは「そうきたか」と感慨深げに呟き、咲夜は隠すことなく舌打ちする。美鈴はフランドールが喜ぶだろうと自分も喜ぶ。パチュリーは地面に這い蹲りながらデジャブを感じて首を傾げた。

 

 小傘は吃驚した。そして状況を把握した後に困惑する蛮奇と無理やりハイタッチ。その傍らで霖之助は何処を見るでもなく彼女から視線を外した。

 魔理沙は喜ぶよりも先に大きなため息を吐いた。アリスは柔らかな笑みを浮かべ、ふととあることに気がついて彼女を凝視した。

 

 

「あんのバカ……!」

 

 霊夢は恨めしげに彼女を睨んだ。今更になってどの面を引っさげながら帰ってきたつもりなのかと。散々幻想郷を引っ掻き回した挙句に第一声が「埃っぽい」なんて……完全に舐めているとしか思えない。退治しても退治しきれない。

 だけどやっぱり……帰って来てくれたことがちょっぴり嬉しかった。

 

 

 そして───。

 

「紫……久しぶり」

「……萃香。しばらくぶり、ね」

 

 短い言葉を交わす。

 だがその中には様々な思いが込められていた。

 

 やがて紫が重苦しげに俯向く。

 

「──……約束は…」

「紫のバカあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 鬼の大声量に紫の動きが固まった。

 そして萃香は紫に抱き付いた。身長差から腰に手を回すような形になる。紫は周りの視線を気にしているのか、顔色を変えながらキョロキョロと霊夢と藍の顔を交互に見ている。霊夢はプイッと顔を背け、藍は「そのくらいは許してやってください」と、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「なんで、なんで来てくれなかったんだよぅ! ずっと待ってたんだからなぁぁぁぁっ!」

「ご、ごめ……許してごめんなさ──」

「許すわけないだろぉぉ!!」

 

 怒り上戸の次は泣き上戸。酔っ払いは面倒臭い。

 すると恥ずかしくなったのか、紫が慌てて萃香を引き離そうとするが、それに合わせて自然と掴む力が強くなる。

 

「お前いったい何処で何してたんだよぉぉ! 私の気も知らないでぇぇ!」

「か、片時も貴女の事を忘れたことはなかったわ。本当、嘘ついてないから──」

「うそつけぇぇぇ!!」

 

 やがて紫は天を仰ぎ、諦めて腕を脱力させた。

 

「うっうぅぅ…紫……紫ぃ」

「萃、香……」

 

 

 

 

 

 ようやく異変は終結を迎えた。

 一人の妖怪が宴に参加する──ただそれだけで解決できるとても簡単な異変。それは思った以上に難航してしまったが、同時に遺したものも多かった。

 伊吹萃香と八雲紫。二人の妖怪が幻想郷へと帰還した、記念すべき異変。彼女たちが居てようやく、幻想郷は本来の姿を取り戻すのだから。

 

 これからが、本当の宴だ。

 

 

 

 

「萃香……積もる気持ちはあるだろうがそろそろ紫様から離れてくれ。紫様もおそらく長旅でお疲れだろうし、話は後日にでもできるだろう? それにお前が拉致したメリーとやらの行方も気になる」

「うん、そうだね。もう紫が居なくなることはないもんな。……ごめんよ紫」

 

 萃香が腰回りから手を離す。

 そしてゆっくり、ゆっくりと体が傾いていき───。

 

 紫は地面に仰向けにぶっ倒れた。

 

 

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 博麗神社跡地に困惑の声が木霊する。




───別時空end

霊夢「あのヤロー何でもかんでも吸収しやがって! メリーも吸収されてるし手が出せねえ!」
魔理沙「もうダメだ……おしまいだぁ。勝てるわけがない!」

藍「そのためにスキマを用意していた! これをなんやかんや使ってお前たち合体するんだ! そうすれば萃香に勝てる!」
レイマリ「オッケー!」

──少女合体中…

???「よっしゃー!」
萃香「だ、誰だお前は!?」
???「私は博麗霊夢でも霧雨魔理沙でもない……貴様のような妖怪を退治する者だ───」

冴月麟「まあ、二人合わせて冴月麟ってとこかな?」


レイマリ大勝利end
はいアウトだね
それでは次回、ゆかりん視点の話にて長かった萃無双はおしまい

以下東方最新作バレを含むのでご注意




























というわけで東方最新作……ちょっとヤバいキャラが来ましたね。最近の6ボスは目がイッてんなぁ。
ほほう、賢者だって? 賢者……そうか、賢者かぁ。こりゃ笑いが止まらんわ!
賢者のみに許されたフレーズかっこいいよね

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