幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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八雲の巣──Hidden story

「───って感じで。御宅の式神は随分と熱心に仕事をこなしてるみたい。とっても甲斐甲斐しくて胃がもたれるわ」

「そう……そうなのね」

 

 陽の差し込まない部屋の片隅に寝そべりながら、ルーミアはうんざりした様子でそう言った。

 

 ふと、藍が私の見ていないところで何をしているのか気になったので、ちょっとした様子見のようなものをルーミアに頼んでいたのだ。

 

 幽々子と組んで謀反を起こそうとしていたっていうのはどうやら私の勘違いだったみたいなのよね。つまり全て私が悪い。

 しかし念には念を入れた。最後の保険として、今の藍の様子を知ろうと思ったのだ。そして結果は白だったみたい。

 

 何故ルーミアに頼んだのかというと──簡単な話、彼女が一番手軽にコンタクトを取れるからだ。

 ルーミアって闇に呼び掛ければすぐに出てくるからね。さすが常闇妖怪ってとこかしら。まあ、手懐けられる気は全くしないけれども!

 幻想郷指定A級危険物の名は伊達じゃない。本当はあんまり馴れ合っちゃいけない存在よ。

 

「本当に藍におかしな様子はなかったのね?」

「おかしいの境界線によるかなー? 私から見ればあなたも含めてみんなおかしい。けど、あなたから見るなら式神の闇はあなたに損のような得しかない」

 

 とある《対価条件》を出せば気軽に頼まれごとを了承してくれるルーミアであるが、やはり意思疎通が出来ているのか不安になってくる。

 日本語ってやっぱ大事。

 私の不安が杞憂であるならそれでいいんだけどね。

 

「ありがとう……もう十分よ。冷蔵庫からなんでも好きな物を持っていくといいわ。但し───」

「三つまで、でしょ? 幻想郷中の財を溜め込んでる賢者様のくせしてケチなんだから」

 

 んなこと言われてもねぇ。

 あんまりあげすぎると藍に怒られちゃうわ。どうも私がルーミアに冷蔵庫の中身を渡していることに勘付いてるようなの。そらもうビクビクよ。

 

 ていうか基本欲しいものは簡単に手に入っちゃうから財産なんていらないのよね。外の世界から石油をネコババしたりもできるし。

 色んな方面の収入は藍や橙、その他諸々の式神へのお給料と八雲邸&マヨヒガの維持費に注ぎ込むだけで十分。あと霊夢へのお小遣いとか。

 

「肉がないよ肉がー。妖怪たるもの人肉の一つや二つは常備しなきゃ」

「生憎、人肉はどうも好きになれないものでして。上から二段目くらいにロースハムが入ってたと思うからそれを持っていくといいわ」

「妖生の半分を損してるよそれ」

 

 などと言いつつ両手にハムと牛乳、卵を抱えてルーミアは影に潜っていった。食材で手を打ってくれるあたり彼女もそれなりに寛容だったりする…のかな?

 

 うーん……それにしても人肉、か。

 ないわねやっぱ。

 なんていうか生理的に無理。別にベジタリアンって訳じゃないんだけど、アレを口の中に入れるって考えるだけで気分が悪くなる。

 なんて考えてるうちに頭が痛くなってきた。もう一度寝直そうか。

 

 

 

 

 

 幻想郷は今日も平和。

 

 多分、私の見てないところで数多くの悲劇が起こっているんだろうけど、少なくとも私に見える範囲では平和なので問題はない。

 

 今さらだが、よくぞこの……考えられる限りでの「最高の状況」まで持って行けたものだと、呑気に欠伸をしながら思う。少しだけ腰が痛んだ。

 春雪異変での盛大な爆死。幼女に退行してメリーとしての香霖堂居候生活。萃香による夢幻世界への監禁。そして訳も分からぬままvsドレミー。最後に萃香渾身の殺意満々バックブリーカー。

 命がいくつあっても足りないわこれ。

 

 しかしこれだけの修羅場を乗り越えて、私が負ったのは腰の粉砕骨折のみ。あまりにも安すぎる対価だと言えよう。

 いや、決して楽ではないんだけどね? めっちゃくちゃ痛いんだけどね?

 人間なら一生の後遺症が遺るような怪我だろうが、私たち妖怪にしてみれば些細な事。回復に努めて安静にしていれば一週間くらいで治りますわ。

 藍とかは腕がちょん切れても一瞬でくっつくらしい。うーん、トカゲかな?

 

 と、そんな訳で療養中な私であるが、何分暇なものだ。ここ数日ずっと寝たっきりだから体が鈍ってしょうがない。

 取り敢えず幻想郷をスキマで覗いたりして暇つぶししてたんだけど、太陽の畑あたりで狙撃されたからやめたわ。幽香さんは今日もお元気なようで。

 

 なになに? そんなことしてる暇があったら仕事しろですって? ……おっしゃる通りですわ。

 けど少しでも動こうとすると腰に鈍痛が走るし、藍から滅茶苦茶怒られるのよ。

 

 確かに私もこのままずっと安静にしていられたらどれだけ幸せかと思うわ。

 だけども私は幻想郷の賢者、引いては管理人なのよ。雑務や庶務は藍が片付けてくれてるんでしょうけど、やはり私個人の仕事も有るには有る。

 つまり仕事は山積み、今の状況はツケ回しに過ぎない。

 例えば何処ぞの鬼が起こした異変の尻拭いの為に各勢力に頭を下げ回ったり、平和な幻想郷を目指してちょっとした署名活動をしたり、「幻想郷縁起」の主に編集を担当したり、レコンキスタを主張している妖怪を宥めに行ったり、いつ暴発するのかも分からない時限爆弾のような連中のご機嫌取りに行ったり……うっうぅ……。

 

 頭が痛い痛すぎる! この束の間の平穏が終わりを告げた時、過労以前に心労で倒れるわ! いたた……お腹がキリキリする……!

 

 そうよ、明日から頑張りましょう。

 何処かの偉い人曰く「1日余分に25%の仕事をこなせば、1ヶ月に一週間の休みが手に入る」という格言がある。私にそんな能力なんてあるわけないんだけど、今のうちにできる事からね、地道にやっていく事が大切なのであってね? コンスタンスに目の前の物事に集中して……。

 

 

『ゆっかりぃ! 一緒にお酒のもー』

『バカ言うな。紫様は療養中だと何回言えば分かる。地底の呑んだくれと飲んでろ』

『なんだとぉ!』

 

 ……しゅ、集中して……!

 

『約束を、約束を破るのか!?』

『つい先日一緒に飲まれていただろうに。わざわざ疲労した身体に鞭打って無理に付き合われた紫様の懇意を、無下にするつもりかお前は。というかさっさと博麗神社の再建に戻れ阿呆』

『一回酒を飲み交わしたくらいで鬼が満足するわけないだろ! 少なくとも三日三晩は付き合ってもらわなきゃね』

『もう一度言う。帰れ』

『イヤだね!』

 

 

 

 襖の奥から聞こえてくる声に明日への活力を叩き折られた私は、縮こまるように布団に潜り込んだ。

 オソトコワイトコロ。

 

 お布団の中は安全、誰も入ってこない私の聖域(サンクチュアリィ)。そう思い込む事で不安を紛らわすの。

 こんな時こそ楽しかった時を思い出せ……そう、最近じゃメリーという新しい体で思う存分幻想郷(極一部)を楽しんだじゃない!

 いっぱい遊んで、久々に私のありのままを解放する事が出来て……魔理沙にアリスに小傘、たくさんの人妖に助けられて。そして……。

 

 

 

 あ”あ”あ”ぁぁっっ恥ずかしぃぃぃ!! 顔がめっちゃくちゃ熱い!!

 何がギリシャ生まれの美少女妖怪メリーちゃんよ……私ったら調子に乗りすぎでしょぉ! 賢者ともあろう者があんな……ひぃぃ!

 はぁ、はぁ……落ち着け、落ち着くのよ私。アレ(メリー)は殆ど私じゃないわ。明らかに肉体年齢に精神が引っ張られてた。

 アレは私であって私じゃない、私じゃない。

 ……うん、メリーは一時の気の迷いよ。彼女の妖生は終わりを迎え、八雲紫の新たな妖生が今再び始まった。私は八雲紫、八雲紫……!

 

「失礼します紫様。お邪魔してもよろしいでしょうか? 都合が悪ければ時間を改めますが……」

「いえ大丈夫よ。入ってきて」

 

 藍の声に反応すると同時に枕へ叩きつけるヘッドシェイクを中止。すぐに身嗜みを整えて彼女を待つ。

 襖を開けて、恭しく寝室に踏み込む藍の姿は疲れているように見えた。当たり前よね。

 

「御具合はいかがでしょうか? まだ痛みが残るのでしたら直ぐ薬を調合しますが」

 

 つまり「さっさと怪我治して仕事に戻れ」って事よね。心得ておりますはい。仕事の大半を押し付けてしまい申し訳ございませんはい。

 

「ふふ、もう殆ど治ったわ。なんなら今日にでも動けるようになると思う。……貴女には冬の頃から働かせっぱなしね、ごめんなさい。明日からはまた仕事に戻るから貴女はゆっくり休んで頂戴ね」

「そんな……畏れ多い。寧ろ私にあれほどの役目を与えてくださり光栄の至りでございます。それに橙にもいい経験を積ませる事が出来ました。明日からもこれまで通り、私たちを使っていただいて結構ですので、紫様はとにかく体の復調に専念しておいてください」

 

 いつもと変わらない藍の言葉。

 やっぱ仰々し過ぎるわよねこれ。

 

「ありがとうね、藍。……ところで萃香が来てたみたいだけど、追い払ったの?」

「はい。固有結界の中で我が本体(オリジン)が相手をしています。全く……鬼とは安易に約束せぬよう心がけてください。呑んだくれの相手ほど面倒な事はございませんよ?」

「本当にごめんなさいね」

 

 ホント、それについては今回の件で嫌というほど思い知ったから! 口は災いの元ってサグメさんも言ってた!

 さて、本題に入ろう。

 

「それでどうしたの? 何か問題が?」

「いえ、今日もお便りを頂いておりまして。その、例の妖怪宛てに……」

「ああ、メリーね」

 

 ───ちなみにここで説明しておくと、メリーの正体が私であったという事実は伏せている。

 理由は言わずもがな、何故私の痴態を幻想郷中にばら撒かなければならないのか……これに尽きる。他にも色々と不都合な事態が起こりかねないし。

 よってその事実は私とドレミー、ついでにサグメさんだけの秘密になっているわけだ。もっとも、サグメさんが月の都でこの事を報告してたら……あ”あ”あ”ぁぁぁ!!

 

 ふう、ふう、クールダウン。

 

 それでみんなには「メリーはね、実は私の遠い親戚で、さっき萃香の中で見かけたから自分の母国に帰らせたのよ」と説明している。

 苦しい嘘かなって思ったけど案外みんな信じてくれた。藍からは何故か土下座されたけど。

 

 というわけで幻想郷からメリーは消えて、元々から存在しなかった彼女は完全に消滅したわけだが。……何故か彼女宛てにそれなりのお手紙が来る。

 そしてみんなが私に言うわけだ。「メリーにこれを届けろ」って。

 

 スキマの有効活用よね。私って幻想郷の賢者よりも配達員の方が向いてるような気がしてきた。デリバリー賢者八雲紫!

 まあ、実際には手紙は届けてないけれども。メリーである私がその手紙を読むだけだ。

 

「これは魔理沙、これは唐傘……これはブン屋からですね。ロクな連中ではないですが……」

「文が? はて、あの子には会ったかしら?」

「会った?」

「あ、いやいやメリーがね」

 

 どーせ新聞のネタになると思ったからなんでしょうね。文の内心が透けて見えるわ。

 しかし曲がりなりにもメリーは萃香に結構怨まれてるから、天狗としてのは手を出しづらいグレーゾーンに当たる案件。しかし面目よりもネタ確保という実利を追求した文の独断行動は……うーん。

 妖怪の山情勢は複雑怪奇。以上。

 一つ言える事は私が天魔だったら多分今頃には外の世界でロマンティック逃避行中だろうという事だけ。ありゃ私とは別ベクトルの辛さがあるわ。

 

 さてお手紙を読もう。一応検問という名目でね。

 なになに? ふむふむ……魔理沙からの手紙にはアリスや霖之助さんとの面白おかしい日常が綴られていて、最後にまた幻想郷に来たら顔を見せるようにと。あの子、ホントは凄い良い子だったのよね。八雲紫の前じゃ物騒な事しか言わないから知らなかった。こういう修羅人たちの何気ない一面を知れただけでも、メリーとして過ごした時間は決して無駄ではなかったと、そう思いたい。

 

 小傘の手紙については短く要約すると「お腹空いた」とだけ書いてあった。

 あらら、びっくりに飢えてやがるわね。かゆうま状態になって被害が懸念される時には私が彼女の元に出向かなければならないのだろうか? 越職行為になってくれないかしら……。

 

 なお文の手紙は一文だけ見てそっと閉じた。理由は簡単、私の予想と同じ事が書かれてたから。

 ちょっとだけげんなりした気分で、手紙をスキマの中に放り込んだ。

 

「いつも通りこの手紙は私がギリシャまで届けてくるわ。はぁ……後で彼女たちに手紙を返さないといけないわね」

「紫様は安静にしていてください。私が代わりに届けてきますから」

「それには及ばないわ」

 

 だってメリーなんて女の子はこの世に存在しないのだから。いや、強いて言えば私の心にだけ存在し続ける存在ね。

 そうだ思いついた! メリーはイマジナリーフレンドの妖怪ってことにしちゃいましょう! もし「メリーはこないの?」なんて聞かれても「それはね、貴女たちが大人になったからなのよ」って返せば……流石にキツイか。いつから私はメルヘン脳になっちゃったんだろう。

 

 その後、藍はいつもの測量に出かけてしまい、暇になった私は特に何かをすることもなく、布団の中に潜り込みなおすことにする。なるべく過去の事は考えないようにして、胸の奥からぽわぽわ浮かぶ多幸感に身をまかせた。

 

 

 

 

 あれ以来、夢を見る事は無くなった。寂しいけど、何故かホッとする私がいる。

 

 

 

 ───気がついたら夜になっていた。腰の調子を確かめるようにゆっくりと体を起こす。幸いにも痛みは殆ど引いていて、予定通り明日には完治に至るだろう。さすが私ね。

 

 居間から楽しそうな声が聞こえたので、少し襖を開けて隙間から覗いてみると、橙が寝転んで配下の猫たちと楽しそうに談笑していた。時折、台所の方から藍が声を掛けて……橙がそれに元気よく返事して……。

 

 ──八雲紫の幸せ、か。

 ……うん。こういうのもなんだか良いわよね。なんていうか、祖母目線ってやつかしら。いや私はぜんぜん若いけどねっ!

 襖を開くとこちらに気づいた橙が満面の笑顔で迎えてくれた。

 そして私に抱き付こうとして、寸前で踏みとどまった。私の怪我を思い出したのだろう。一瞬だけ脳裏で走馬灯がよぎったわ。

 

「おはようございます紫さま!」

「ええおはよう、今日も1日ご苦労様だったわね。これから一緒にご飯?」

「藍さまにお呼ばれしたのですっ飛んできました! 紫さまに失礼でなければ!」

 

 私は軽く首を振った。

 ああ、そういえば三人でご飯ってけっこう久しぶりね。思えば私がいない間は二人ともどんな生活を送ってたんだろう? やっぱり二人一緒に行動してたのだろうか? この子たちったら仲良しだからね。

 

 

 出てきた晩御飯はお吸い物に海鮮の盛り合わせ、茶碗蒸し、鳥や野菜の天ぷら、そして当然の如く大量に鎮座する油揚げ。美しい和食ね。

 橙の大好物とヘルニア対策の食材、そして「いつもの」で構成されている。

 うーん……もうちょっと簡単な料理でもいいんじゃないかしら。いや勿論豪華で嬉しいけどね。私はどちらかと言うと洋食を作る方が得意だからこういう系統の料理には憧れるわ。

 

 私の怪我がすぐ治ったのも藍のこういう献身的なサポートのおかげだろう。うまい飯を食って適度な運動してればいつか私もS級妖怪に……!

 

「本当はもっと豪勢な物を作りたかったのですが……どうも最近幻想郷では品不足が続いてるようで、外の世界にまで出向いてもこの程度しか……」

「ほんと、料理が上手くなったわねぇ貴女」

 

 昔の生肉丸かじりの時代が懐かしいわ。あの頃の藍ったら野性味に溢れていてね、良く言えばワイルド? 悪く言えば野蛮。もっとも、その身から放たれる気品は今も昔も変わらないけど。

 ついでに幻想郷で品不足が起きている件についてはこれまた頭痛のする話題なのでここはスルー。どうせ明日にはそれ関連で奔走しなきゃいけなくなることだし、ご飯の時くらいは忘れさせて。

 

 

 久々に全員が集まったんだから、それはもう会話に花が咲く。藍による橙の自慢話は凄かったわね。マシンガンみたいに捲したてるのよこの子。

 けど確かに他の賢者たちに面と向かって意見を言えたのは凄いわ。私なんて萎縮しちゃって遠回しにしか意見を言えないもの。

 冗談で「私の代わりに賢者になる?」なんて聞いてみたけど、実際そっちの方が適任そうなのがなんとも。なお本人は「もう懲り懲りです」とのこと。

 藍はそもそも賢者になる気は無いという。今のオブザーバー的な立ち位置で十分らしい。……それにしては結構発言力が強いようには思うんだけどね。

 

 私が何をしていたかについてもそれとなく聞かれたが、まあそこらへんはご想像にお任せします、ということで。まさか仕事を放棄して家政婦紛いの事をしてたなんて言えるはずもないし。

 すると二人は私を測っているのか顔を覗き込んでくる。控えめに言って怖いわー。

 

 

 

 

 

 さて、晩御飯は食べた。お風呂にも入った。あとは寝るだけなんだけど……。

 今日は橙がうちに泊まるんだって。

 うーん、我が式たちの仲の良さに嫉妬。だけど微笑ましくもあるのでゆかりん協力を惜しまない! 橙と添い寝できるように私の布団を貸してあげるわ!

 

 さてと、すぐにあと一組布団を持ってくる必要があるわね。

 何故ならここ八雲邸に住んでいるのは私と藍の二人だけ。つまり、布団は二つしか常備してないわけで。

 

 地べたで寝るわけにはいかないものね。

 それじゃ幽々子から借りてくることにするわ。白玉楼なら布団の一枚や二枚はなんのそのでしょう。うーん、やっぱり持つべきものは友よね!

 アリスや霖之助さんから借りるのもいいけど、ちょっとあの二人とは顔を合わせづらいのよねぇ。

 ていうか霖之助さんは「借りる」というより「購入」になるのかも。

 

 藍に一言入れた後にスキマに飛び込んだ。

 いやーやっぱスキマは最高だわ。隙間妖怪万歳! あとはこの世界で生きていけるだけの戦闘力をお願いします。

 

 

 白玉楼の廊下に出ると丁度妖夢と思いがけず顔を合わせることになった。三角に切り分けられた西瓜をお盆いっぱいに乗せて突っ立っている。

 私が目の前に現れたことにびっくりしたのか、動揺して西瓜を落としたので慌ててスキマでキャッチ。こりゃ一家に一個スキマを常備する日も近いわね。希少性もクソもないからたまったもんじゃないわちくしょう。

 

「紫様っ!? そ、そんな急に出てこられたら驚くじゃないですかっ! てっきりお化けかと……」

「ふふ……貴女の目の前にいるのはお化けなんて生易しいものじゃないわよ?」

 

 そうね……言うならば生ける屍ってところかしら。ゾンビとでもグールとでも、好きに呼んでちょうだいな。要するに私は死に体。

 ──ゾンビ、キョンシー、邪仙……うっ、頭が。さすがに脳までは腐りたくないわねぇ。

 

 というわけで妖夢からアポを取ったので、幽々子の元に向かうべく長い廊下をたどる。

 白玉楼が広すぎてこれを事実上管理している妖夢の苦労が簡単に分かってしまう。そういえば紅魔館もメイドが殆ど一人で取り仕切ってるんだっけ? 幻想郷の労働環境……ぞっとする話だ。

 

 

 ふと、庭で寂しげに直立している例の桜の木が目に入った。

 枝には花も葉も付いてなくて、死木のように見える。あの時に感じた不思議な気持ちはない。

 なんだかとても悲しくなった。けどなんで悲しくなるのかは全く分からなくて……今日はやけに感傷的になってるような気がする。

 こんな日は早く寝るに限るわね。てか私ってほんと一日中寝てばっか。

 

 

 

 

「ふーん……布団ねぇ。そのスキマでチョチョイとすればいいんじゃないの?」

「私の能力はそんなに万能じゃないわ。せいぜいワープがいいところよ」

「なーんだがっかり」

 

 幽々子は西瓜を貪り食べながらそんなことを言った。盗難は倫理的に憚られるわ。

 ま、まあスキマ空間は快適だから体を突っ込んで顔だけ出すってのもいいかもしれないけど……不格好でしょ?

 

 ついでにこの世で一番能力の応用が利かないのは幽々子だと思うの。その殺意満々の能力をあっち方面以外でどう活かせと……? 単純でものクソ強いっていうのは分かるけどさ。

 

「それにしても仲良しねぇ貴女たち。三人一緒に寝るなんて羨ましいわ。妖夢ったら誘っても恥ずかしがってね〜」

「そうそう。橙は小さいからいいんだけど藍は尻尾が大きい上に多いから。私たち三人で寝るには布団二枚じゃ足りな───……ん、三人?」

「あら三人でしょ? 二人だけで寝るんじゃあとの一人が寂しいじゃない」

「……えっ?」

「えっ?」

 

 ぱちくり、と目を見合わせた。互いに解せないといった感じだ。私に至っては理解不能、理解不能! いやだって藍は大人よ? 仮に一緒に寝ようなんて言ったら鼻で笑われるに決まってる。

 全く、幽々子ったら冗談が過ぎるわ。苦い笑みが思わず零れてしまう。

 

「誰にだって拒否する権利は有るわ。あの子達がそういうのを望むとは到底思えない」

「……ふーんそう、なるほどそういうこと。紫ったらホント罪な妖怪ねぇ」

 

 幽々子が何か納得したように頷いた。何がそういうことなんでしょうかね。急にしたり顔になられても反応に困るわマジで。

 

「ほほう、お前って付き合いは良いけど案外薄情なやつなんだなー」

「うん?」

 

 白玉楼に似合わない豪勢な声が聞こえたきたので振り返ってみると、萃まった霧から一匹の小鬼が誕生する。

 突然の萃香に私は身構えたが、幽々子の様子を見るに初めからこの場所にいたようだ。盗み聴きとは趣味が悪いわね。

 

 それにしても薄情って……。

 

「あらあら、私ほど情に深い妖怪もそうそういないわよ? お酒を強請ってくる鬼にはいくらでも振舞ってあげたりしてるのよ?」

「お、おう。是非これからもよしなに頼む。……けど私が言いたいのはそういう事じゃなくて。お前さんの式神のことだよ」

「藍の……?」

「そう」

 

 萃香は皿に盛り付けられた西瓜のブロックを口に放り込んだ。幽々子の眼光に晒されながらよくそんな行動を取れるものだと、つくづく感心するわ。

 

「お前を酒飲みへ誘いに行った時に珍しく藍に絡まれてね。あろう事か素手で私と戦いたいなんて言ってきやがったんだよ」

「それは……珍しいわね」

「青春ね〜」

 

 藍があろう事か効率性を無視したらしい。

 確かにここ最近のあの子はどこか変だったけど……萃香と真正面から小細工無しで戦うなんて、正気じゃない。

 そして青春とは?

 

「このままじゃ最悪、藍が壊れるよ。あいつは完璧じゃないんだ……それは紫が一番知ってるだろ?」

 

 えっ? なにを言ってらっしゃる。

 凛々しくて、強くて、賢くて、カッコよくて、豪胆で、人前では弱みを見せようとしない完全無欠な最強の妖獣。それが藍なのよ?

 

 けどまあ、最近は私のことをずっと凝視してたり、上の空な時間が多かったり……ちまちま変な言動が見られるのも確か。

 もしかして藍ったら疲れてる?

 

「お前ずっと藍たちを働かせてきたんだろ? なら少しくらい労ってやってもバチは当たらんよ」

「そうよねー。藍ちゃんも橙ちゃんも、紫が帰ってくる事を心の支えに頑張ってたんだから、これで労らなかったら……ねぇ? 従者不孝者?」

「うん薄情だ」

 

 なにこの友人たち。

 いっつもちゃらんぽらんな事しか言ってないくせに何故今日はこうも心を抉ってくるのかしら? あと幽々子さん、それ特大ブーメラン。

 

「労わってあげたいとは常々思ってるわよ。だけど藍って自分から願望を言おうとしないから……その点については私もほとほと困ってるの」

「うーん……気づかないかなぁ」

 

 萃香の呆れるようなため息にちょっとイラッときた。もったいぶって焦らしてきやがるわ。

 

「藍の疲れを癒してあげればいいのかしら。お風呂で背中を流してあげたりとか?」

「そうそうそんな感じ!」

「それは藍ちゃんも喜ぶでしょうねぇ。それにひきかえ妖夢ときたら……」

 

 幽々子さん、そりゃ貴女の胸のブツが原因でしょうね。ていうかそのことを知ってて妖夢をわざと煽ってない? 大丈夫?

 

 しかし藍とお風呂か。……ないわー。

 添い寝もないけど、これはもっとない。幽々子と萃香は見てるだけだからそんな気楽なことが言えるのよ。藍がそんなので喜ぶもんですか。

 

「とてもじゃないけど信じ難いわね。貴女たち私のことを嵌めようとしてない?」

「頑なに否定しなくてもいいじゃない。取り敢えず帰ったら藍ちゃんに聞いてみて。すぐにあの子の気持ちが分かるわよ。もしも聞いてなかったら……ふふ、白玉楼に住まわせてあげるわ」

「それじゃ私はちゃんと聞いたかどうか確認しようかね。ああ、水を差さないよう寝る前にはちゃんと帰るから安心してね」

 

 何一つ安心できないんです。

 えっと、なんでこんな罰ゲームみたいなことになっちゃったんだろう。これって藍に罵倒されて橙に嘲笑されるパターンなんじゃ……?

 変に気を遣われて「あ……はい」みたいに言われても私が傷つくだけなんですけど。

 

 幽々子は大きく口を開いて西瓜を放り込むと、数回手を叩いた。それはどうやら従者を呼ぶ合図のようで、すぐに妖夢が飛んできた。

 顔色から疲労が見て取れる。

 

「また西瓜のおかわりですか? もう楼観剣が果汁でベトベトなんですが……」

「お客様がお帰りよ。追い返しなさい」

 

 耳を疑う言葉だった。

 困惑気味の妖夢がチラリとこちらを見たので、つまみ出される前にスキマへ飛び込む。

 

 幽々子は気分屋だけど行動範疇はちゃんと一定のラインを自分の中で決めているようなのよね。問題はそのボーダーラインが滅茶苦茶な形で引かれてるってこと。地雷剥き出しって感じ。

 今回は私がそれに抵触したから話を切られたんだと思う。ちなみにボーダーラインを無神経に踏み越えれば死が待っている。あな恐ろしや。

 

 ていうか布団借りてない。

 ……踏んだり蹴ったりねこりゃ。

 

 

 

 

 

「ただいま」

「どこかお疲れのようですが……一体何が?」

 

 肩を落として帰宅。

 藍がすぐに出迎えてくれたけど、私の姿を見て眉を顰めた。あーやっぱり顔死んでる?

 さて、どうしましょう。

 

 ぶっちゃけ幽々子と萃香に言われた通りにやるしか私に道は無いのよねぇ。どーせ断られるんだろうけど。

 ……保険をかけましょうか。

 

「……布団を借りることができなかったわ。だからその……三人でっていうのは……どう?」

 

「えっ?」

「あっ、嫌ならそれでいいのよそれで。うん。さすがに二組の布団に三人じゃ狭いもの。そう、貴女たちが「嫌だ」と言ってくれさえすれば私は何処にでも行くから」

 

 そう、この子たちが「私と寝るのなんて嫌だ!」と言ってくれればそれでいいのだ。

 はっきりと拒絶されるのは結構キツイけど、背に腹はかえられぬ。さあ、貴女たちの本心を曝け出して───。

 

「私は良いと思います! 賛成です!」

 

 ちぇえええええええん!?

 んー橙。んー橙! 私に余裕があればにやけながら胸を抑えてのたうちまわっていたわ。

 くっ、思った以上にダメージがでかい。それも別ベクトル方向での!

 

 いやまだだ。本番はこれからよ。

 息を整えて…っと。

 

「……そう。それじゃあ藍は?」

 

 できるだけ平静を装いつつ聞いてみた。これで満足ですかね幽々子さん。

 さて、あとは藍から返事をもらうだけなんだけど……なんだか浮かない顔をしながら私の顔を凝視してくる。やばっ、まさか癇に障った?

 い、いや……どうも様子がおかしいわ。藍のこの難しい顔……これは何か深い考え事をしている時の表情だ。 もしかしていらない気を使わせちゃってる?

 

 あーいいのいいの。軽く断ってくれた方が私も楽だからさ。逆にそう乗めり込まれると困っちゃう。

 よし、少しフォローしよう!

 

「藍。遠慮する必要はないのよ。貴女が思い、望むがままの答えを私は欲しているのだから。さあ、正直に答えてちょうだい?」

「紫様……」

 

 さあ藍!

 ウェルカム拒絶!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった?

 なんで川の字? しかも私真ん中。

 この状況ってさ、藍か橙が寝返り打つだけで軽く死ねるよね。今度は骨折じゃすまなそう。

 

「ゆかりさまー」

「よしよし橙」

 

 ゴロゴロにゃーん状態の橙は可愛い。それと同時にめっちゃくちゃ恐ろしい。

 しかもね、橙の方を向いて寝てるだけどさ、背後からすごい視線を感じるのよね。

 いつもなら「イェーイ、おっきーな見てるぅ?」って感じなんだけど、今回は多分 我が式の方だろう。振り返るのが怖すぎる。

 

 藍……なぜ貴女ともあろう者が私との添い寝を選択したの? 萃香と口裏を合わせていたりは……しないよね。だって藍にメリットがないもん。

 

 これは本心? まさか私と本当に寝たかったのか?

 何らかの罠って可能性も否定はできない。

 

 ……いや、私は信じるわ。

 藍の性格は別に悪くはない……って最近思うようになった。

 藍はなんだかんだでいつも私を支えてくれてるし、橙は裏表がなく純粋な想いを伝えてくれる。

 私に向けられる無償の好意が恐ろしくて、力量差が嫌でも伝わってしまって、勝手に私が警戒してるだけ。

 これからは極力彼女たちを疑うのをやめるのだ。これはほんのステップアップに過ぎない! 愛情で恐怖を打ち消すのよ!

 

 さあ、藍とご対面────。

 

 

「……」

「……」

 

 私はそっと橙の方へ向き直るのだった。

 

 

 

 

───────

──────────

─────────────

 

 

 

 真っ暗だった。

 

 まるでルーミアの闇に包まれた時のように。一片の光すらない無限の奥行を感じさせる暗闇。

 

 私は何故だか得も言えぬ恐怖を感じていた。

 暗いからじゃない。

 闇を嫌っているからではない。

 

 隣に感じる確かな存在。それが怖い。

 

 誰が居るのかは分からないし、そもそも何かが居ることを確証させるものはない。だって何にも見えないし、何にも聞こえないから。

 

 だけど、居るのだ。誰かが。

 手を伸ばせば触れるほどに近い。いや、もしかしたら結構密着した状態なのかも。

 

 手が汗ばんでいることに気づき、衣服を強く握りしめる。いつものドレスでも、道士服でもない。……だけどいつの日か着ていた服だった。

 

 

「貴女は、誰なの?」

 

 勇気を振り絞って問い掛けてみた。

 だけど私の声は暗闇に吸い込まれるだけで虚しく消え入ってしまう。

 勿論、誰かが声を返してくれることはなかった。

 

 だけど雰囲気が変質したことは分かった。機嫌を損ねたかどうかは知らない。

 だがそれに伴って段々と手足が痺れて思うように動かなくなってきている。

 

 

 いや、違う。

 誰かが私の手を握ったんだ。

 

 息が出来ない。

 あまりの恐怖に私は思わず手を振り払って両目を覆った。もう闇を見たくなかった。

 涙のようなのが指と指の隙間から流れ落ちる。

 

 嗚咽を漏らしながら何かに必死に懇願した。もう私は限界だった。

 

 

「夢なら覚めて───…早く覚めて。お願い、だから……もう、私は……」

 

 

 この言葉を発した、その瞬間だった。

 暗闇に小さな赤い点が生まれる。

 やがてそれは大きくなっていき、視界の全てを覆い尽くしてしまった。

 

 ふと腕を見てみると、手首から先が無くなっている。

 

 ……いや、消え去ってなんかない。私の手が真っ赤なんだ。

 両目から流れ落ちる血で。

 息が出来ない。『かひゅっ』と、呼吸のなりそこないが口から漏れた。

 

 ぽんっ、と肩を叩かれる。

 私は勢いよく振り返って───

 

 

 

「…………誰?」

 

 二つの空洞が私を見据えていた。

 

 

 

 息ができ……

 

 

 

───────

──────────

─────────────

 

 

 

 

「うっ……ぐぉぉ……あふっ!?」

 

 脳が一気に覚醒した。

 そして再び意識が遠のいた。

 顔面が途轍もなく柔らかいナニカに覆われていて呼吸ができない! しかも体ががっちりホールドされてて逃れる術なし!

 

 眼球をギョロギョロ忙しなく動かして状況確認に努め、ようやく理解した。

 

 藍が私の体をホールドしてやがるのだ。しかも自分の体に包み込ませるように! 丁寧に足まで絡ませてる!

 柔らかいナニカ。これはつまりおっぱい。

 

「はふぅ、はふぅ……ら、藍……! 死ぬっ、私マジ死ぬっ……!」

「んぅ──……離さない……」

 

 やべぇ、死ぬわこれ。

 式のおっぱいに埋もれて窒息死。

 男の人ならご褒美天()でしょうがね、私はまだ、死にたく……。

 

 

 

 あっ、顔にスキマ開けばいいか。

 体の正面だったらどこにでもスキマを開くことができることを完全に失念していたわ。

 

 くそぅ、藍め……ナチュラルに殺しにくるとは思わなかった。けど柔らかかったなぁ。

 ……なんか変な気持ちになってきたからさっさと寝直しましょう。藍のホールドで私が逝かないことを願いながらね。

 

 

 うん?

 なにか大事なことを忘れているような?

 

 ………気のせいね。

 




「どうも紫よ。
最近 外の世界で流行ってるチャットっていうのを始めてみたの。
慣れないキーボードで一生懸命文字を打ってみたんだけど、なかなか上手く出来なくてね。
だけどなんだかんだで何人かお友達ができて楽しいわ。
中にはいつか幻想郷に行くって言ってくれる人もいてくれて、私とってもうれしい! やっぱり持つべきものって友よね!
さて次回は

・変T襲来!
・霖之助にはお見通し
・アリアリもアリス

の三本でお送りするみたいよ。
もうほのぼの回ならなんでもいいわ(諦め)」

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