幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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歴史を纏う賢者(前)

 どうにも私は喧騒が苦手だ。

 

 慧音からしつこく言われて渋々竹林から出てきたわけだが、こうも人の往来が激しい場所を歩いてると気分が落ち着かない。

 ……コミュ症ってわけじゃ無いぞ。

 

 街が賑やかなのはいいことだ。だって安寧と平和を感じられるからな。

 私の知る都はいつも沈んでた。

 疫病に戦争、そして妖怪。為すがままにされる人間達の絶望を何年にも渡って見てきた。

 或いは感じて、体験してきた。

 

 いつの世も代わり映えしない。……そうとばかり思っていたんだがな。

 人間にとっての理想郷とは言い難い幻想郷ではあるが、それでもみんな一生懸命に生きている。人間として死への道を歩んでいる。

 

 だから居心地が悪いんだ。心の中に感じる心地良さとの摩擦が煩わしいから。

 

 

 寺子屋に着いた。

 授業が終わった頃だったんだろう。子供達が我先にと元気に外へ飛び出した。

 季節は秋、先月と比べて日が沈む時間が明らかに早くなっている。日が暮れ易くなることは夕刻時の子供たちの遊ぶ時間が減るということであり、子供たちにとっては如何に多く時間を確保するかは死活問題なんだろうな。

 

 少し早めに出発したつもりだったんだが、どうやらちょうど良かったみたい。永く生きてると時間にルーズになりがちでね。

 

「お疲れさん慧音。……今日はちゃんと時間通りだったろう?」

「ああ、珍しく。お前は酷い時は日を跨ぐからなぁ。まあなんにせよ久しぶりだな妹紅」

 

 慧音は教材を机で整えながら優しく笑った。

 寺子屋の教師を務めている慧音だが、その1日のスケジュールには全く暇が無い。

 教職ってだけでも相当の時間を食うだろうに、そのうえ人里の守護者まで請け負っている。

 

 人里の安寧は慧音の有無に直結するとはよく言ったものだ。ホント、凄いよ。

 

「それじゃあ明日の準備が終わり次第、私の家に行こうか。栄養満点のメシを食わせてやるからな!」

「だからタケノコで十分だって……」

「栄養の偏りはよく無いぞ」

 

 私の食事事情に関して慧音がいい顔をしたことは一度も無い。そして業を煮やした挙句に始まったのがこのお呼ばれだった。

 ……別に食わなくても死なないからな、私は。ただ死ぬほど辛いだけで。

 

 結局のところ、なにをエネルギーに生きてるのかも分からない私にエネルギーを注ぎ込むのは無駄だって慧音も分かってるだろうに。

 いやまあ、美味い飯を食えるのは嬉しいんだけどな。オマケに慧音の手料理だし。

 

 

 適当に教材の整理なんかを手伝いながら慧音と駄弁ってたんだが、昨日の殺し合いはバレていないようでなによりだ。

 バレていれば「秋は空気が乾燥して燃えやすい」だの「人里に恐怖を与えるな」だので小言のオンパレードだったろう。

 けど殺し合いを止めなくなっただけ慧音も学習したんだろうね。

 アイツを殺すことだけが私の生き甲斐だから。

 

「……妹紅。何か私に隠して無いか?」

「まさか。こんな正直者がブームになる御時世に嘘なんか吐くもんか」

 

 という嘘。

 少し前にブン屋が報道した鬼の記事によって正直者が増えた……とブン屋が報じていたらしいな。この記事そのものが嘘だったらとんだ笑い話だ。

 情報は意図的に遮断しているものの、やはり偶発的に世俗の噂となって私の耳に流れてくる事がある。そして久々の話がコレだからな。

 随分とマスコミも無遠慮になったもんだ。

 

 さて、私が手伝ったこともあってか教材の準備が終了したようだ。さっそく外に出て一直線に慧音の家へと向かう。

 なんだかんだ言いつつ慧音のご飯はいつもの楽しみなんだ。天気も良いし涼しいし、歌でも歌いたい良い気分だな。

 

 慧音は感慨深げな様子で私に笑いかけた。

 

「近頃は警備隊の活動もあって治安が良くなってきたんだ。そのおかげで余裕ができたぶん灌漑水路の整備も進んできたし、人里もどんどん住みやすくなってきてる。お前の住処だっていつでも人里に移して良いんだぞ?」

「いやいいよ、やっぱ私には竹林が合ってるからさ。だけど人里が住みやすくなるのはいいことだ。これも慧音や阿求が頑張ってるおかげだろうね。あと……あの警備隊長官の……」

「小兎姫だな。時たま仕事が雑になるのが玉に瑕だが、それでも優秀な人だよ。なんでも昔は霊夢──博麗の巫女も捕まえたことがあるらしいし、実力は相当なものだ」

 

 眉唾だなぁ。

 巫女を捕まえるってどうなんだろう? 一応博麗の巫女は幻想郷ヒエラルキーの最上位に位置すると聞いたと思うんだが……人里警備隊はそれらも無視できるほどの独立機構なのか?

 うーん、やっぱり人が多いところには面白そうな話がたくさんありそうだ。

 

 

 と、大通りに入ったところで疎らに人混みが出来ているのが見えた。喧騒の具合からしてどうも何かあったようだ。

 慧音はその性格上無視できなかったようで数人程度の一団に近づいていく。

 勿論私はその後ろに追随した。

 

「なにやら人だかりが出来ているようだが……どうしたんだ? 血の気の多い妖怪が人里に入り込んだりでもしたの?」

「あっ慧音先生! いやなに大したことでは無いんですがね、巫女様が人里に下りてきてるんですよ。それも妖怪を引き連れて! しかも二人! うち一人は問題ないんですけど、その……あと一人例の」

「霊夢が? 何があったんだ……?」

 

 件の巫女か。

 妖怪を引き連れて……ってことは調伏したってことかな? 燃やすしか能の無い私にとっては羨ましい話だ。巫女の名も伊達ではないってわけか。

 

 どれ、一つどんな奴か拝んでやろうか。

 

「何処にその巫女はいるの?」

「え? ああ……どうやら路地の方に入っちまったみたいだな。ほら今ちょうど路地を曲がった妖怪の前に居たん──」

 

 

 あ…。

 

「───……ッッッッッ!!!?」

 

 背筋に鋭い悪寒が走った。

 殺し合い以外では燃え滾る事のない私の心が、一気に炎上するのを感じる。

 

 通行人を押し退けてすぐにその路地裏に入ったのだが、あの妖怪の姿はない。居たのは巫女と古傘を携えた妖怪だけだった。

 その二人は大して変わった様子もなくさらに路地を曲がって姿を消してしまった。

 

 ……見間違い、か?

 いや、そんなはずはない。私の目はあの日から全く衰えちゃいないんだから。

 

 少し遅れて私の行動に驚いたであろう慧音が慌てて追いかけてきた。

 

「どうしたんだ妹紅。急に取り乱して……らしくもない。通行人にぶつかったら危ないだろう。ミンチじゃすまないぞ」

「け、慧音……」

「顔が真っ赤じゃないか! 妹紅、お前……なぜ怒ってる?」

 

 慧音は眉を顰めた。

 ……落ちついて話さないと。

 忘れることのできない金の長髪が路地に吸い込まれたのを見た。

 何を企んでいるのかは知らない。だが奴は間違いなく人間達に災厄をもたらす。

 

「多分だけどマズイ妖怪が入り込んでる……。すぐに避難警報を出すべきだ」

「いや、そんな易々と出すわけにはいかない。目下の脅威を把握できてない状態ではな。……何がどうヤバいんだ?」

「あいつは……凄く強い。オマケに狡猾で残忍。昔に一度だけ会ったんだが……あの時のことはもう思い出したくもない…! あの金髪も、あの紫の瞳も──!」

 

 私のことを歯にもかけない強大な存在。私の前でむざむざと人を食らった……私が唯一倒す事のできなかった妖怪。

 

 紫色の瞳に金の長髪。そして切り裂かれた黒々とした空間が何度も脳裏にフラッシュバックする。

 悲鳴が頭を反響していた。

 

 ……殺さなきゃ。

 気付けば足は既に前へと出ていた。

 

「おい待て妹紅! 話を詳しく聞かせろ!」

「そんな時間ない! 慧音は早く避難指示を出して私が存分に戦えるようにしてくれ! あいつは……ここで仕留めるッ!」

 

 

 

 私はあいつが分からない。

 名前も知らないしどんな奴なのかも知らない。そもそも妖怪であるかどうかさえ分からない。

 

 けど、私が倒さなきゃいけない奴なんだってことだけは分かる。根拠無い使命感や、煮え滾る激情が私を突き動かすんだ。

 

 夢で何度も見るんだよ。

 あいつに食われていった人間の顔が! 恐怖に涙を流して、私に助けを求めるあの姿が!

 そして、あの妖怪の心底嬉しそうな微笑みがッ!

 

 私の矜持を根本からへし折り、私の尊厳を淘汰した妖怪。もはや会うことはないとばかり思っていたが、まさか幻想郷に来ていたとは。

 鬱積させてきた悔恨の原因を漸く断ち切ることができるんだ……!

 

 

「絶対に逃さない……。徹底的に追い詰めて、確実にぶち殺してやるッ!!」

 

 輝夜以外への久方ぶりとなる殺意は、咆哮となって私の心から放たれた。

 あいつの死が、死だけが()()への手向けだ。

 

 

 *◆*

 

 

 例の変T事件より数日が経った。

 残暑はまだまだ健在ではあるが、暴力的な熱線は徐々に鳴りを潜め、次第に涼しい風が吹くようになってきた。

 青々としていた青葉は黄色へと染め上がっていき、紅葉への準備期間へ移行した。

 

 そう、秋!

 季節のイージーモードが到来したのよ! 去年はサバイバルなんてしてたから風情を楽しむ余裕も無かったけど、今年は違うわ。

 大体の問題は残っているけど月末の賢者会議が終われば長い休みが到来する。そう、秋休みと冬休みと春休みが一斉にやって来るわけだ!

 

 うふふ……休みに備えて溜め込んでいた娯楽を一気に消費するチャンスよね!

 映画とか漫画とかゲームとか。美味しい物もいっぱい食べるわよ! 旅行にだって行くわ! ちょっと難しそうな本を鈴奈庵で借りてくるのもいいわね!

 

 スポーツ……スポーツはちょっと勘弁。誘える人間も妖怪もいないからね。萃香あたりと球技なんてやったら「お前がボール」になりかねない。

 そういえば昨日には紅魔館で大運動会が開かれてたらしいわ。調子に乗ったレミリアが各地の妖怪達に悪趣味な参加状を出してたはず。当然のように私たちにもきてたわ。勿論、私は却下。八雲からの参加は橙だけだった。

 純粋無垢っていいわよね(白目)

 まあ、その運動会の結末はご察しの通り、紅魔館の全壊という形で幕を下ろした。予定調和ってこういうことを言うんだろう。

 

 と、話が逸れたわね。

 まあつまり、ラストスパート頑張ろうってこと。締めに向けて藍も橙も頑張ってくれてるし、私ももっと頑張らなきゃ!

 そして清々しく新年を迎えるのよ!

 

 

 というわけで。

 

「霊夢。一緒に人里へ行きましょう」

「はあ? ……えらく急ね」

 

 博麗神社へやって来た。

 復建の視察を兼ねて霊夢に用件を伝えると、案の定霊夢は訝しむように私を睨む。

 

 今日は人里でのお仕事を片付けちゃうから、そのついでに霊夢を人里に連れて行こうと思ったの。霊夢って冬が近くなると段々篭りがちになるからね。定期的に外出を促さないと。

 ちなみに霊夢と里の人間達の距離をなるべく縮める狙いもあるわ。

 

「近頃妖怪たちとつるみ過ぎて里での不信感が高まっているみたいなのよ。ブン屋が大袈裟に報道してるってのもあるけど、それを裏付けさせちゃダメよ。ちゃんと顔を見せてきなさい」

「……あんまり気が乗らないんだけど」

「だから私と一緒に行くのよ」

 

 そう、私は保護者枠。霊夢の行く末を見守る使命がある。彼女の険しき道をね。

 もし霊夢に心無い言葉を浴びるような連中がいたらその時は……そりゃ本気ビンタよ! 本当は渾身のスペカをぶち込んでやりたいところだけど、流石に大人気ないかなーって。

 

「おやおやデートかい? まったく、紫も隅に置けないなぁ。……この浮気者」

「作業に戻れ」

 

 余計なことを言う鬼はスルー。というか早速霊夢によって絞められた。

 お馬鹿さんね、霊夢にその手の冗談は禁物よ。貴女はサッサと神社を建ててなさい。ほらほら灯篭がまだ崩れたまんまじゃないの。

 まあ、萃香が約束を破るはずもないし、あと数日で神社は完成かな? その後に控える白玉楼については私しーらない。

 

 問題は1日のルーティーンを崩されるのが嫌なのか、それとも私と二人っきりが嫌なのか、渋る様子で中々頷いてくれない霊夢。

 はて、どうしましょうか。

 

 ……悔し悲しいけど譲歩しましょうか。

 

「それなら私と一緒じゃなくていいから、取り敢えず気ままに人里をぶらつくといいわ。うふふ、霊夢ももう年頃ですものね。私と一緒じゃ恥ずかしかった?」

「あのさ、あんたが何言ってんのか判りかねるわ。私をコケにするのもいい加減にして頂戴。……行けばいいんでしょ。行けば」

「素直になってくれて嬉しいわ。反抗期の子供の扱いは大変でねぇ」

「あん?」

「霊夢……出来るだけ永く今の貴女でいてね? 反抗期の貴女はとても愛おしいの」

「知るか」

 

 およよ、と泣き真似をしつつスキマを開いた。うん私ってお茶目だから。

 

 さて、スキマに潜れば人里まであっという間。私の数少ない特技である。……実は霊夢もスキマみたいなのを使えたりするんですけどね。

 つまり幻想郷には私、藍、橙、霊夢、メイド、おっきーな、と少なくともこれだけの人数が異次元ゲートを開くことができるのだ!

 瞬間移動に幅を広げるなら魔法使い三人組もできるし、フランもまたしかり。挙げ句の果てには霧の湖の妖精までお手の物。

 希少性もクソも無い。

 

「里に着いたらさっさと離れてよ。あんたと一緒に歩く姿なんて見られたら逆に信用がなくなるわ。──萃香はサボるんじゃないわよ」

「あいあいさ。──ったく、()()()まで残して用意のいいこったね。私は絶対に約束は破らんって言ってるのに」

 

 見張り? ……あれ、博麗神社には私達以外いるはずが無いんですがそれは。

 藍も今日は連れて来てないし、中々に謎。もっとも萃香の言葉はいつも不可解なんだけどね。

 霊夢もよく意味がわからなかったようで、首を傾げながらスキマへと潜っていった。

 それっ、私も続くわ!

 

 

 

「あらら、お前さん……もしかして気付かれてないんじゃないか?」

「──……いいんです。私はそうやってずっと霊夢さんを見守ってきましたから。私の使命は知ってもらうことじゃなくて、守護(まも)ることです」

「一途だねぇ(守れてないけど)」

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 人里は幻想郷のほぼ中央に位置していて、その名の通り人間達唯一の居住地域よ。

 経済規模なら多分妖怪の山に次ぐくらいにはなるんだろうけど、実際的にはここは大きな箱庭。ただ幻想郷を生かす為だけに機能する悲しき里。

 

 人間達に自由はなく、賢者達の思うがままに運営されている哀れな陸の孤島────。

 

 

 っていうのが理想でした()

 実際には化け物達による恫喝によって自治権やら外交権やらを(私の独断で)渡しているので、人里はもはや独立された一種の勢力なのよね。

 

 ちなみに今日私が人里にやって来たのは、ここ担当の賢者と話し合いをつけるためなのよ。種族は勿論人間。ただし、少しばかり特殊な。

 

「さて、それじゃ行きましょうか」

「ちょっと! 話が違うわ。紫とは別行動って話だったじゃない」

「ええそうね。だから私のいない所では貴女にお目付役を付けておくの。私の見てない所で変なことをしていないか──その監視をね」

「……っ!」

「今日はそれなりに忙しくてねぇ。貴女を見守るには時間が足りない」

 

 ごめんなさい霊夢。嘘は言ってないのよ。

 だって貴女に近づく男なんていたら即粛清対象なんだもの。私のスペカが火を噴くわよ!

 そこんじょそこらの有象無象ごときに霊夢を嫁にはやらん! 霊夢を嫁にしたくばこの私を倒してからに───と思ったけどレミリア辺りが殴り込んできそうだからやめた。

 うん、霊夢は私とずっと一緒にいましょうね!

 

「……信用できないってことなのね」

「そういう事ではないわ。私はただ貴女がいいように利用されないかが心配で……」

 

 なんでいじけてるんですか霊夢さん。もしかしてもう男が出来ちゃってたりする? この子って実は結構面食いだったりするから。

 ……まさかねぇ。

 お、お母さんは許しませんよ!

 

 

 こうしてなんだか互いにモヤモヤしながらそのお目付役の家へ。すごく気まずいわね。

 こんな時こそ第三者の存在が必要だ。そう、人里にはあの子が住んでいる──!

 

 立場が立場なんで人里の端っこに居を構えているが、彼女は人里の人気者。霊夢とともに行動していてもなんら不信感は抱かれないはず。

 

「着いたわ。ここがそのお目付役候補の家よ。少し特殊な造りをしているでしょう?」

「……そうね。まるで何かの職人の家ね」

 

 まるで江戸時代の平屋のような造形。今にも鉢巻をした親父さんが「てやんでい!」とか言って出てきそうな雰囲気を醸し出している。

 しかし、軒に立てかけられた看板を見るとそんな雰囲気も霧散してしまうのだ。

 

『鍛冶、ベビーシッターやります! お代そこそこ吃驚沢山いただきます』

 

 そんな事をデフォルメされた茄子傘がウインクしながら言っているイラストを見れば、どんな人物がこの家に住んでいるのか想像だに難くない。

 霊夢もなんだこりゃ? って顔をしてる。

 

「ごめんくださいな。居るなら返事してちょうだい、小傘」

 

 声をかけて数秒後、中からバタバタと(せわ)しい音が聞こえてきた。そして木製の扉にバコン! と。

 ……転んで頭をぶつけたわね?

 

「いたた……やっぱり紫さんかぁ! そっちから来てくれるのは珍しいね!」

「ごきげんよう小傘。元気そうでなによりよ。今日はちょっと貴女に頼みがありまして。───あっ、これメリーからの手紙ね」

 

 そう、お目付役候補は驚天動地の化け傘ちゃんこと多々良小傘その人である。

 彼女なら里に警戒感を与えることもないし、私に虚偽の報告をするはずもない。それに一応霊夢とは顔見知りの関係にあるしね。

 

 小傘に簡単に事情を説明した。

 まあ掻い摘んで言うなら霊夢と人里を回った後、何があったかを大雑把に報告して欲しい旨を。

 

「私はちょっと野暮用で忙しいからその代わりを、ね。アテは貴女の他にもいることにはいるけど、やっぱり貴女が一番頼みやすくて」

「ふーん……夜までならいいよ。夜からは蛮奇ちゃんと会う約束をしてて」

「問題ないわ」

 

 それにしても頼みを1発で聞いてくれる小傘の懐の深さよ。流石やさしい。

 ちなみに小傘が断っていた場合、お目付役候補には上白沢慧音や橙がいた。しかしこの二人は結構多忙だからそうならなくてよかったわ。

 

 ふと、霊夢を見てみると、何故か俯きながらお祓い棒で何度も地面を叩いていた。

 怒り……いや、そうじゃなくて──。

 

「取り敢えず人通りの多い所を歩けばいいんだね? よし行こう霊夢さん!」

「大丈夫なのかしら」

「あっ、私も途中まで御一緒しますわ」

 

 

 

 

 

 

 流石に私と霊夢が歩くと注目が集まるみたいで、周りの視線に晒されて若干恥ずかしい。気楽な小傘が羨ましいわ。

 そうだ。こんな時は適当に笑顔を振り撒けばいいわね。はいにぱー☆

 ……なんで顔を逸らして逃げるの?

 そりゃ、私は人気者って柄じゃないし別に大した反応を期待してたわけじゃないけど……ちょっとばかし酷くないかしら。

 

 

 

「そこのお嬢さん方、易は如何かな?」

「……?」

 

 初めて人里で声をかけられた。

 頭には宗匠頭巾。実に占い師らしい服装。 痩せ型の男性で丸眼鏡を掛けている。あれは占い師の一種──俗に言う易者ってヤツね。

 ……なんか怪しい。

 

 霊夢はガン無視でスルーしようとしている。

 が、もう一人の連れは我慢できなかったようで、興味深げに易者を一瞥すると、ホイホイ歩いて行ってしまった。貴女お目付役ってこと忘れてない?

 

「うわー紫さん! あれ幻の易者さんだよ!」

「幻の易者?」

「予言の精度は百発百中、しかもお値段格安で占ってくれるって評判なんだけど、あまり表に出てこないから会えた人はラッキー!って新聞に書いてあった」

 

 小傘、解説ありがとう。

 なるほど……その記事は見た事あるわ。確か『文々。』じゃない方の新聞だったと思うけど、何って名前だったかしら? ま、いっか。

 私って占いについてはあまり信用してなかったりするのよね。だって知り合いの仙人に「なんか良い風水ある?」って聞いてその言葉通りに実践した次の日、我が家大倒壊だから。

 邪仙を頼ってはならない(戒め)

 

 そもそもレミリアの予言だってよく外れるし? っていうか私に関する予言だけ故意的に外してるみたいだし? 信用ならんわ!

 

「はいはいわちきを占って!」

「それではそちらの唐傘のお方から。──……ふむ、これは良いな」

 

 易者は細い竹籤をじゃらじゃらと鳴らしながら簡素に言う。

 

「お前はとにかく人周りがよろしい。良き友人に恵まれている。それはお前の身から出る気質のおかげであるところが大きいようだ」

「持ち主には恵まれなかったけどね!」

 

 小傘ぁ……そんな悲しいことをよくケラケラ笑いながら言えるわね。

 いや、この底抜けの明るさこそ、小傘を小傘たらしめる本質なのかもしれない。

 

 だが易者の話は終わらず、但し、と付け加える。

 

「これから数年以内に現れるであろうとある人物が、お前のこれから先の運命に深く関わるだろう。それは吉とも、凶ともなる大きな出会い。十分に用心するよう心がけることだ」

「むむ……! 後味悪いなぁ」

「それと、お前の胸に秘めてる願いは叶うだろう」

「ホント!?」

 

 小傘大はしゃぎ。ふふ……まだまだ子供ね。

 占い師ってのは相手を喜ばせることしか言わないのよ! 人間って生き物は表面上良い話にはとことん乗せられやすいから。妖怪だけども。

 

 さて続いては……。

 

「そちらの巫女様は如何か? お前からも大いなるうねりが感じられる」

「それっぽいことを言ってるだけじゃないの?」

 

 スルーしつつもなんだかんだ占いを聞いてる霊夢かわいい。あまり乗り気ではないようだが、小傘の強い勧めもあって渋々易者の前へ。

 

「───……難しい。遠くを観るほど結果がボヤけて定まらなくなってしまう。正直、これまで観てきた者たちの中でも一番難解……」

 

 まあ霊夢は浮いてるからね。レミリアもそのことでうだうだ言ってた。

 そして当の霊夢はこんなもんか、と白けているみたい。ていうか易者を蔑視してるようでさえある。なんか珍しいわね。

 

 暫くして易者はぽつりぽつり話し始めた。

 

「恐らく、お前の行く末は沈むか浮かぶかの二択。しかもその選択肢を握っているのはお前ではない。……確証を持てないので断言こそしないが、こればかりはどうすることもできない」

「くだらないわね。私が破滅するとでも?」

「私には分からんな。しかし、巷で聞く限りでは妖怪に近づき過ぎているようではないか。現に今も、な。いずれ妖怪巫女にでも堕ちるのでは? ……クク…その気持ちは分からんでもないがなぁ」

「勉強不足ね。あまり馬鹿なことは言わない方が身のためよ。幻想郷において最大の罪は人間が妖怪になること。そして私は妖怪退治の専門家……何が言いたいか分かるかしら?」

「ああ、()()()()()()。勉強不足だけは、ごめんだからな」

 

 睨み合う二人の視線は、様々な想いと意志を孕んでいた。今にも霊夢がお祓い棒を振り上げて易者の頭をカチ割りそうな、そんな雰囲気。

 ……わけわかんない。

 

 この易者からは大して力を感じない。しかし何故か、えもいえぬ凄みを感じる。

 けど逆に言えばそれだけだ。私と小傘からしてみれば「何言ってんのこの人?」ってわけで。

 

 

「それでは私のことも観てくださいな。そろそろ待ちくたびれましたわ」

 

 催促を入れることでこの嫌な空気をぶった切る! シリアスブレイカーの極意は紅魔館で嫌というほど見て培ってきたもんでね!

 易者は眼鏡をかけ直すと笑顔を浮かべた。

 

「勿論。──いや、そもそも私が貴女たちを呼び止めたのは、賢者様の為を思っての善意。貴女からはとても危険なモノを感じる。だから易者としての使命に従い、貴女に御助言おばと」

 

 う、胡散臭ェ……。

 この易者、一癖も二癖もある曲がり者だ。そんな奴が使命や善意を語ったところで得体の知れなさがさらに膨れ上がるだけ。

 だが気になる!

 

「そうですか。ならば聞きたいのですが、具体的に何が危険なのでしょう?」

「この中で最も貴女が死に近しい」

「!?」

 

 直球すぎて変な笑いが出たわ。ほら、霊夢と小傘も呆れてる。

 まあそりゃそうでしょうね。霊夢どころか小傘ほどの力もない私が幻想郷の中枢で粋がってんだもの。歩く死亡フラグと言っても間違いじゃない。

 

「”欠けた”月が幻想郷を照らす時、貴女は峻烈な直面に出くわすだろう。しかし、その後の行動で貴女の運命は大きな変遷を遂げる」

 

 あーハイハイでたでた。似非占い師特有の決まり文句の「貴女の行動次第」

 そう言っときゃどう転んでもいいんだから楽な職業よね占い師って。

 

「それはそれは、満月の夜以外は出歩かないよう気をつけるとしましょう。……それだけ?」

「ふむ、ならばあと一つ。───貴女の願いが成就することはない。天地がひっくり返ろうが崩落しようが、決して叶わぬ。儚き幻よ」

 

 私の夢? ああ、みんな仲良し幻想郷か。

 んなことドヤ顔で言われなくても分かってるわこんちくしょう! 再確認させてんじゃないわよ!

 てか私の予言、辛辣すぎない?

 

「ふふふ……話半分程度に聞いておきます。易とはそういうものでしょう? 脳の片隅に置いておいて、来るべき時に備えるのみですわ」

「如何にも。所詮これらの助言は一易者の戯言にすぎん。信じぬ方が幸せかもしれんな」

 

 含みげに口の端を持ち上げながら、そう易者は締めた。後ろで霊夢の遠ざかる足音が聞こえる。なんであんなにイラついてるんだろう?

 小傘が代金を出そうとしたので手で制した。

 このくらいの優しい料金なら私が出すわ。支払いはまかせろー!(グパァ)

 

 

 

 易者と別れた時に気づいたんだけど、いつの間にか村人たちからかなり注目を集めていたみたい。賢者と巫女が占いなんてしてたら仕方ないのかな?

 小傘と霊夢が路地に曲がったので、私もそこに入ると同時にスキマを開いた。

 

 ぼちぼち目的地に向かいましょうか。

 私って時間にルーズなのはあんまり好きじゃないのよね。つまり相手を待たせるのは嫌だってこと。だって瞬間移動に等しい能力を持ってるのに遅れたらなんか申し訳なくなるでしょう?

 

「それじゃあ私は一旦離れるわね。霊夢……あんまり羽目を外さないように」

「……分かったわよ。監視なんて必要ないのに」

「ごめんね霊夢。もう少しだけ私に過保護でいさせてちょうだい。──小傘、霊夢をお願いね。もしも彼女に変なのが近付いたら追い払って」

「闇を感じるなぁ」

 

 闇じゃなくて光を感じなさい。

 あんまり言い過ぎてもウザいと思うので、これだけ言ってさっさとスキマに潜った。

 

 

 小傘と霊夢……仲良くなれるかしら。

 まずそもそも霊夢は妖怪撲滅原理主義者だからね。一昔前なら妖怪をお目付役になんて考えなかった。しかし昨今の霊夢はどうも丸くなってきたみたいだし、そろそろいいかなって判断したのよ。

 これもレミリアや萃香のおかげだったり? くっ……なんだか屈辱……!

 

 

 




易者おじさん大活躍の回でした。易者おじさんの易は結構特殊で、なんかこれスゲェなっていう邪道の技です
そして生前易者が優しいおじさんっぽくて辛い

何気に大切な話がちらほら


詰め込みすぎなので分割。次話は数日以内に





今だから白状しよう
EX組は癒しじゃなくてめんどくさい枠
6ボスはただめんどくさい枠
5ボスもめんどくさい枠
4ボス(ry

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