幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
参考は我らが素晴らしき現実世界
「それでは行ってきますね。我々が離れている間は、自警団に全権を委任しますのでよく指示を聞くようにお願いしますね」
「阿求様……どうかお気をつけて」
稗田家総出でのお見送り。さらに里の殆どの人が大通りに集結し、私たちに期待と羨望の視線を飛ばしている。
隣に立つ慧音さんもこっぱずかしそうだ。
まったく……あまり大きな期待を持たれても正直困るわね。私たちにできることなんて微細なことだけなのに、高望みしすぎるのは良くない。
気持ちは解らなくもないけど。
人間が舐め続けた辛酸の歴史は今の幻想郷にも深く根をおろしている。
妖怪に全てを管理され、生存権すら奪われていた時期があるのだから、過敏になるのも仕方ない。だが、そう考えるのなら今の人間の地位は考えられないくらい大きく向上したものだ。
だから私は皆の暮らしを護らなきゃならない。今代になっての新たな使命。
「それでは行こうか阿求。あまり留まりすぎても出難くなってしまうだろう?」
「そうですね。……気を引き締めましょう」
今日は総まとめとなる賢者会議。開催場所は、妖怪の山の麓に隠れて存在する秘境マヨヒガ。
定例会議となっている恒例の行事だが、年末近くに行われるそれは重要度の高いものとなっている。それゆえに滅多に姿を現さない面子まで集結するので、どうにも豪華だ。
幻想郷の存亡を賭けての招集にも応じないような連中がほぼ顔を出す。これだけでこの会議の肝要さを分かってくれるだろうか。
そして私たちにとっては、弁論という形で幻想郷を管理する者たちが争いの種火を振りまく、それはそれは心臓に悪い場だ。
さらに今回は紫さんが何やら企んでいるみたいなので、まあ荒れるでしょうね。
「はぁ……」
ため息がこぼれてしまったので思わず口を抑えた。しかし、どうやらそのため息は私のものではなかったみたいだ。
慧音さんの表情は優れない。
「……嫌なら無理しなくてもいいんですよ? 人里にはまだまだ頼れる方が沢山いますし」
「すまない、私は大丈夫。だから今年も私にお前を護らせてくれ……頼む」
含みある笑みを浮かべる慧音さんに、私は軽く会釈することしかできない。
彼女の本心は手に取るように分かる。人里の者たちを長きに渡って苦しめた面々と顔を合わせるのが嫌なのだろう。
気持ちは痛いほど分かる。だって私にも思うところはあるのだから。
けど、それじゃ前に進めない。
慧音さんもその事をよく承知しているはずだ。
「頑張りましょうね。もうこれ以上子供達に辛い思いをさせない為にも」
「……ああ」
人里を出て山へと向かう。貧弱な私の足腰では少々辛いので、いつも通り慧音さんに掴まっての飛行になる。毎度のこと申し訳ない。
山の麓に着いたので地面に降ろしてもらい、紅い落ち葉の降り積もる山道を進む。すると、しばらくして奇妙な違和感に包まれた。
これが
程なくして閑散とした村が私たちを出迎えた。人間は一人として住わない、妖と動物だけの世界に足を踏み入れたのだ。
ここに来てようやくちらほらと人間ではない者たちを見るようになった。
……やっぱり人間は私と慧音さんだけか。
周りの軽視や蔑視は気にしない。いちいち反応していては幻想郷で生きていけない。
どうせ慧音さんの一睨みで散っていくような連中だ。意に止めるまでも無いわ。
「あっ、人里から遥々いらっしゃい! 会場はいつも通りこっちだよー」
見覚えのある吉兆の黒猫が私たちを手招く。屈託のない笑顔はここにあまり相応しくないようにも思えてしまうのは、私が汚れすぎたからなのか。
式の式という結構複雑な立場にある橙だけど、ここ最近は八雲藍とともに表に出てくることが増えたようで、仕事を着々と学んでいるらしい。
紫さんの行動が活発になってきていることを象徴するような存在か。
彼女に軽く応対しようとしたのだが、それを慧音さんの言葉が遮る。
「お前の主人の主人に言われた通り参上した。稗田阿求と上白沢慧音で以上だ」
「本人と護衛一人……うん規定通りだから通って良し! スムーズで嬉しいな! あっ、持ち物検査は……まあいっか。意味ないからね」
「手間が省けて助かる」
ニンマリと朗らかな笑みを浮かべた。それに私と慧音さんも微笑み返す。
ちょっとした社交辞令のようなモノだ。あっちはそんなこと意識してないかもしれないけど、悪い印象を植え付けるメリットはない。
賢者一人につき護衛は二人まで。これが会議においての鉄則である。昔は何度か乱闘騒ぎが起きたなんてことも聞くし、最小限の牽制に留めようという上の意向でしょう。
しかし、私たちのような発言力を持たない者はこうして一人だけ連れて来るのが暗黙の風儀となっている。相手に格を持たせるという意味で。
よって、二人も護衛を連れて来る賢者なんて殆どいない。身の程を弁えているから。
閑寂なマヨヒガには似つかわしくない玲瓏な屋敷。ここが今回の会場になる。
一度慧音さんとアイコンタクトを交わして軽く頷き合った。決意を確認したのだ。
よし、頑張ろう。
長い廊下を紙でできた八雲の式が往来している。私たちを案内する式から設営に奔走する式まで、動きは多種多様。いつ見ても良くできているものだ。
それにしても、これだけの式神を一糸乱れず統率してのけるのは冷静に考えても恐ろしい。しかもこれを操っているのが式という範疇に組み込まれている妖獣なのだから機密さは勿論のこと、いったいどれほどの集中力を有しているのだろう?
と、後ろに気配を感じて咄嗟に振り返る。居たのは二人の天狗と一人の河童だった。
……このタイミングで邂逅するとは。
「こんにちは。……今回は三人なんですね。もっとも護衛は一人のようですが」
「……」
相変わらず寡黙な方だ。
妖怪の山現棟梁の天魔……護衛を二人連れてきても問題ないほどの発言力を有する最高賢者の一角。変化の少ない表情からは考えを読み取れない。
河城にとりはとある問題の重要参考人なので、彼女たちの監視のもと連れてこられたのだろう。もっとも、光化学迷彩なる技術を応用すれば逃走することなど河童には容易い。
だから彼女が居るのだ。
白狼天狗の彼女が進み出る。いつもの獲物はなく、丸腰。しかしそれでも特に問題は生じないだろう。素手でも彼女は強い。
哨戒部署長官である彼女とは役柄上顔を合わせることが多い。例えば山に迷い込んだ里人、及び外来人の引き渡しの際なんかに。
それに数代に渡っての交流があるので、それなりに顔馴染みでもある。
犬走椛の目には光化学迷彩のカモフラージュが通じない。彼女が側に控えている限り、にとりさんが逃げることは決してできないだろう。
「予定では四人だったんですけどね。ただ直前でいきなりばっくれやがりましたから、私一人です。……もしかしてそちらに来ませんでしたか?」
「ああ来ましたよ。確か今日は博麗神社でネタを集めるって言ってましたね」
「私の所にも来たな。後で会議の内容を教えて欲しいと頼み込んできた」
「ぐぬぬ……!」
悔しそうに唸る彼女をとても気の毒に思った。これだから天狗の組織構造はあまり分からないのだ。厳しいんだか緩いんだか。
するとコホン、と咳払いが一つ。
天魔によるものだった。
「……立ち話は望ましくない」
「ああそうですね。邪魔になるかもしれませんし、さっさと部屋に入りましょうか」
よくよく見ると式神たちが私たちを監視している。乱闘を起こすものだと思われているのだろうか? 万に一つもそんなことはありえないけどね。
誰が好き好んで紫さんに目を付けられるようなことをするもんか。
部屋に入れば既に半数以上が集まっていた。楕円に並べられた御膳の前で一様に座している。
私と慧音さんの場所は既に決められている。
どうやら上座から少し外れた場所のようだ。
「ふぅ……これで一息つけますね」
「本番はまだまだだがな。それにアレらの前で隙を見せるのはあまり褒められたことじゃない」
仰る通り。
場を見るにまだまだ顔ぶれは揃い切れてないようだ。何よりあの三人が来ていない。
ただやはり、アレは私たちよりも早く到着している。御簾に覆い隠された奇妙な物体。そしてその隅に目を閉じて鎮座する二童子。
究極の絶対秘神、摩多羅隠岐奈。秘神の名の通り、最低限の素性を除く殆どが隠された謎の存在。その姿を私は一度も見たことがない。
慧音さんは昔に会ったことがあるらしいのだが、もう容姿を思い出せないらしい。それに、顔や声を覚えることを体が拒否してしまうのだという。
恐らく、慧音さんにとって因縁の深い相手。
用意された席を見るに、発言力の強い賢者で参上するのはこれに天魔を加えた五人だけのようだ。まあ、集まった方かな?
……どうやら早く着きすぎてしまったようなので、記憶を思い返しながら賢者たちについて考えてみようと思う。
幻想郷の賢者とは、現博麗結界の構築などに一役買い、幻想郷の枠組みを制定した者たちによって構成される意思決定機関。
しかし構成員に例外はあり、私や華扇さんがそれに当たる。所謂途中参加勢という者だ。
……ぶっちゃけると、形骸化されている組織であることは否めない。
影響力も発言力も持たぬ構成員は、思想を共にする《上》に従うしかないのだ。
そして自分の立場を守ったり、自分の要求を通してもらったりして、庇護を乞う。
私は紫さんの取り計らいで賢者に就いているだけで、まだまだ新参。それ故に例に漏れず紫さんの影響下に入ることで人里の独立保障を守っているのが現状である。
勿論、この現状に甘んじることは我々側としても避けたい。しかし果たして、今代のうちに人里の独立基盤を強固なものにできるのか……。
慧音さんを始めとする人里の皆さんの力を借りても、上に君臨する──あの方々に手を届かせるには到底足りないだろう。
幻想郷南部に広がる迷いの竹林全域を己が手中に収め、他とは一線を画した文化圏を作り上げた有史始まってよりの最古参妖怪、因幡てゐ。
権力こそ持たないものの他賢者に対して宥和的な姿勢を示し、その素性故に絶対的な発言力を持つ山の仙人(仮)の茨木華扇。
連邦制である妖怪の山は実質的には一つの超巨大組織。その全権を牛耳る天狗の長、天魔。
数多の神面を併せ持ち、格式ならば賢者の中でも最高峰に当たる幻想郷のバランスキーパー摩多羅隠岐奈。玉に瑕なのは敵対する者が多いことか。
そして、幻想郷成立の立役者である八雲紫。説明不要とも言えるほどの絶大な力を保持している賢者筆頭格。
この五人は基本的に別格だ。華扇さんは少し特殊な立ち位置にいるが、その他四人は、互いを倒せるのは互いしかいない大勢力。
はぁ……彼女らに比べれば人里の持つ力など微々たるものだ。そもそも独立保障を獲得する以前から裏で周りからかなりの侵略を受けてましたし。
「……来たぞ阿求」
慧音さんの言葉で意識が戻る。
あれれ、もうそんなに時間が経ったの? 辺りを見回すといつの間にか席は相当数埋まっていて、てゐさんと華扇さんの姿も見える。上座には紫さんがしれっと座っていた。
紫さんの側にはいつも通り藍さんと橙が控えている。しかし他二人には護衛がいなかった。つまり完全に丸腰状態。必要ないってことかな?
ということは……今回護衛を二人連れてきたのは紫さんと隠岐奈さんだけか。もっとも、天魔は失敗しただけみたいだけど。
「──それではこれ以上の召集は見込めないと見て、議論を始めさせてもらいましょう。司会は、僭越ながらまた私が務めさせていただく」
毎度恒例の藍さんによる前口上。これだけで空気が引き締まるのを感じる。
従者なのに下手な賢者以上の権限を持っているのは流石にズルいんじゃないかと思う今日この頃。だが逆に考えるなら、これが現状の紫さんと他賢者との間にある絶対的な力の隔たり。
……まあ、藍さんは幻想郷成立の最大功労者だから仕方ないか。
「今年度も終わりを迎えようとしております。昨年度の紅霧異変に派生しての問題に留まらず、他二つの異変によるトラブルも噴出したことでしょう。なのでまずは順に成果の程を──」
「随分と調子のいい話だねぇ。そっちの主人が原因になった異変ばっかりのような気がするんだが、そのくせぬけぬけと」
「……」
カラカラとてゐさんが笑う。対して藍さんは話を中断させて、其方を睨む。
確かにあの時の紫さんの行動はかなり問題視されていた。さらにその結果、伊吹萃香の暴走を誘発させる最悪の結果になっている。
追求されて当然の問題ではあるが、このタイミングでこの話題を切り出したのはてゐさんの対決姿勢の表れか。
これも表面化しない争いの一端。それにてゐさんはよく八雲陣営に喧嘩を売るし。
「責任問題じゃないかなぁ。幻想郷を管理する立場にあってあの行為は見過ごせない」
「話を中断させるのには感心しませんが、確かに兎の言うことも一理ある。少なくとも説明責任は生じるでしょう」
華扇さんが同調した。ふむ……今回はてゐさん側に付くんですね。意外や意外。
「異変に参加した理由なんて大した事じゃないですわ。私はただアレが異変を早く終わらせる手段だと考えて実践したまで。幻想郷の転覆なんて狙う道理もございません」
「おっ追求逃れかな? 辞任しろ辞任」
「博麗の巫女育成の任は私が引き継ぎますので、安心して隠居してください」
あっ、そういうこと。
前々から巫女を教育したいって言ってましたもんね。なんでも説教心が疼くんだとか。
「私の犯した所作をお許しください。……しかし、私と同じ状況に置かれた時、貴女達ならばどのような行動を取ったでしょうか? 間違いなく、私と同じ事を行ったはずですわ」
「それは詭弁だね」
「……恒例通りに会議を進ませていただきたい。少し口を噤んでくれると助かるな」
紫さんはもはやこの程度の口撃など慣れっこで、大したことないように言葉を返した。
てゐさんも反撃に出ようとしたみたいだが、進行役の言葉に阻まれる。
……ここは私からも助け舟を出しましょうか。
「成果の報告でしたね? それでは我々人間の里から順に始めていきましょう。まずは灌漑整備の実施における作物収穫量の上昇とそれに関連しての出生率の増加について──」
場の流れを正当なモノへ修正。これによって追求は中断せざるを得なくなっただろう。
当たり障りのない程度に話しながら紫さんの方を見ると、僅かにこちらへ頭を下げていた。一応彼女の望んだ通りの結果だったみたい。
借り一つとまではいかないだろうけど、私たちからの意思表示にはなったはず。
私から順に始まった報告会は順調に進んでいく。その内容で特筆すべきものはないと思う。何人の外来人が迷い込んだとか、幽霊が増えたとかそんな感じ。
まあ当たり前でしょう。この場で大事なことを話したがる賢者なんている訳がない──。
「秘密裏に夢の世界で繋げられていた月の進軍ルートを知人とともに潰しました。ついでに夢の支配者は地底に幽閉中ですわ。以上」
──いる訳がないと思っていたが、今回で覆されてしまった。私、そんな話聞いてないんですけど。
幻想郷──正確に言えばこの上層部と、月の都は敵対している。その理由は月面戦争と呼ばれる紫さん主導による侵略行為だったそうだ。
結果は此方の敗北。そして戦争をきっかけに妖怪の団結が必要だということになり、この集団が組織されることになったという。
これが表の歴史。
それ以降、幾つかのいざこざを起こしながらも両者は静観を決め込んでいた。
てっきり力が拮抗しているからだと思っていたが、まさか既に喉元に剣を突きつけられた状態だったとは……。
「……それは真ですか?」
「ええ勿論ですわ。萃香の起こした異変以後に頻発した夢遊病。これこそ紛れもない証拠。職務放棄にはそれ相応の理由がございます」
「ふーん。春雪異変の件は?」
「結果として私が幽々子に関わってより1日で異変は終わったでしょう?」
言われてみればそうだ。紫さんの異変参戦は内部からの瓦解が目的だった? いや、博麗の巫女に発破をかけるため?
ふむ、幻想郷縁起の内容がまた充実しましたね。
これにより二人がかりの追求は失敗に終わった。華扇さんは紫さんに軽く詫びて、てゐさんは面白くなさそうにそっぽを向いた。
程なくして報告会は終わり、次なる話し合いへ。普通ならこれから本会議に入るのだが、今回はその前に河童の制裁を布告するようだ。
その為に取締役のにとりさんをこの場に連れてきてるのだろう。
「さて河城にとり。お前たちは我々が宣告した『核禁止声明』を無視しその使用に踏み切った……ここまでは合っているな」
にとりさんは不敵に笑って見せながら、小さく頷いた。第一印象としては反省する気はさらさら無し……だろうか。
つらつらと慣れた口調で制裁文を藍さんが読み上げる間も、彼女はピクリとも動かない。
……なんだか嫌な予感。
「──以上の違反行為は紫様との間で締結された取り決めに悉く反する。よって取り決め通りに原材料の拠出は停止となる。そして……」
声が止まる。藍さんは主人に視線を合わせた。
そして歩を進めてにとりさんの体を蹴り上げた。瞬間、体がバラバラに砕け散る。
「やはり偽物か。本人がこの場に居ないのなら話をしても不毛なだけだな」
「い、いつの間にすり替わっていた……?」
椛さんの目を欺いたという事は、つまりガワはにとりさんそのモノ。これはアレか、小鈴が最近ハマっている江酢衛府というヤツか。
『あー……話は聞いてるから不毛じゃないよ。しっかり傍聴させてもらってる。随分とまあ酷い言われようじゃないか』
壊れた河城斎某具から機械音が響き渡る。思わずギョッとしてしまった。
これはまさか通信機? 河童の技術がどこまで進んでいるのか見当もつかない。
『私たちが行っているのは全て自衛の為さ。威嚇してるわけじゃない。武力をひけらかしているわけでもない。大袈裟に危機感を煽って私たちを孤立させようたってそうはいかないぞ』
逆に幻想郷が我々から孤立しているというスタンスか。正直嫌いではないわ。
『本来の力を取り戻すのに何故許可を求めなければならない? 私たちはね、奪われた時間を取り戻しているのさ。そうだろう? 天魔殿』
「……」
『従属させてたせいで河童の力を見誤られたね。盟友の盟友も、今までの約束事を破るのは悪いけど、もう必要なくなったから切るよ。ただ一つだけ勘違いして欲しくないのは、河童だって幻想郷の事を考えてるってこと。……それじゃあ引き続き、うわべだけの会議を楽しんでね』
ブツ、という切断音とともに通信は途切れた。
好き勝手言うだけ言って此方には何も喋らせなかったか。
にとりさんの暴挙を受けて場が戦争だの何だのと騒がしくなったが、皆言うだけで何もできない。そりゃあ相手が河童だから仕方がないわ。
肝心の天魔は大して気にした様子も無さそうだし、紫さんに至っては華扇さんと特使派遣についての話をしている。大事にはなりそうにないみたいだ。
ただ私たち人里側からすれば核実験とかよりも、無闇矢鱈な人里への介入を控えてほしいっていうのが本音なんだけどね。
さて、一旦騒ついた場も少しして沈静化した。
そして今回のメインイベントが始まる。……ここからが勝負だ。
「これより本会議に移ります。異存のある方はございますか? ……それでは」
言葉を切ると同時に全員の手元にスキマが開き、数枚の紙がヒラリと落ちてくる。
数箇条に決まりが書き込まれている。
「皆様も耳にしているかと存じますが、これがかねてより紫様が提唱し続けてきた『スペルカードルール』の内容です。なお詳細については
・決闘(弾幕)の美しさに意味を持たせる。攻撃より人に見せることが重要。
・意味の無い攻撃はしてはいけない。
・体力が尽きるか、すべての技が相手に攻略されると負けになる。
・このルールで戦い、負けた場合は負けを認める。余力があっても戦うことはできない。
「これまで幻想郷は力と力の総力戦によって物事の取り決めが行われてきました。しかし、その結果幻想郷に深いダメージを与える案件が頻発することとなっています。吸血鬼異変の際には幻想郷南西部が砂漠化し、紅霧異変では湖の汚染、先の異変では博麗神社が丸々消し飛びました」
事例を聞けば聞くほど、よく今まで幻想郷が形を保っていたなと感心する。慧音さんの苦々しい表情は彼女が復旧作業に携わっていたからだろう。
よく「何で私があんな歴史を喰わねばならん……」とか言って愚痴られたっけ。
そして今回の『スペルカードルール』はその現状に一石を投じるモノになるかもしれない。
しかし先日紫さんに話した通り、その道は決して楽ではないだろう。
「わざわざ守る奴なんているのかな。このルールには拘束力はないんでしょ?」
「ほぼ。これはあくまでルールの提案に過ぎないわ。それに乗っ取るか否かはそれぞれ個人が決めること、個人の自由よ」
紫さんは「ただ……」と付け加える。
「守るように強制させる者はいるでしょうね。それこそ博麗の巫女だったり、私だったり、各地の実力者だったりするわけでございます」
「つまり、お前さんの考えに賛同する者はそれほどまでに多いってことかな?」
ルールの内容に異論は存在しないのだ。問題は、コレを幻想郷全体が受け入れるのかどうか。
それが審判に掛けられている。
「あそばせながら。ちなみに『スペルカードルール』は稗田阿求との共同声明。人間側の承認は完全に得ていますわ」
視線が集中した。私はただ会釈するのみ。
「賛同したのは、まず私と阿求、そして博麗霊夢」
発起人と大前提となる巫女。これらが居ないと話にならない。
さて問題はこれからだ。果たして紫さんがどれだけの妖怪を説き伏せる事ができたのか……それ次第だ。この心配が杞憂に終わればいいんだけど。
「次に……レミリア・スカーレットを始めとする紅魔館一門とその配下」
……ん?
「及び伊吹萃香。さらに魔法の森に住まう殆どの魔法使い。また古明地さとりを始めとする概ねの地底勢力からは同時施行するとの言葉を」
……んん?
「さらに西行寺幽々子とその周辺従者。また閻魔の四季映姫からは此度の案に対し信任をいただきました。これにより冥府の全域がスペルカード適応地域となります」
……んん!?
「また草の根妖怪ネットワークの取締役より『ルール発効後は可及的速やかに情報の拡散、及びメンバーへ恭順の指示を行う』との申し出を。これにより妖怪の山を除く幻想郷全域がカバーできます。それと、まあその……河童からも一応信任の言葉をいただきましたわ」
あの、えっと……。
「幻想郷へやって来る妖怪には草の根妖怪ネットワークのメンバーがしっかりと説明をしてくれます。新たに生まれた妖怪については付喪神地位向上協会のほうより対処を一任しています。ルール公布の際の伝達は賛同してくれた射命丸文が請け負ってくれたわ。……良かったかしら? 天魔」
「……そうか」
「あんの糞ガラス……!!」
「とまあこの通りですわ」
「何というか……容赦ないね」
「はて?」
今回ばかりはてゐさんに同感する。八雲紫の力をありありと見せつけられた気分だ。
あの曲者達を自分の手の内に収めるとは。
さて、幻想郷における前準備は十分だ。あとは何人の賢者が賛同するか。
取り敢えず紫さんに同調する者たちは大丈夫だとして、問題は他四人のあの賢者たち。果たして……。
「──悪くない。悪くはないが、なんだかなぁ」
聞き慣れない声が耳に入る。
辺りを見回してみたけど、周りも今の声の発声主を探している。
「幻想郷内の均衡を図るのはいいことだ。私の仕事も減ってくれて助かる。しかし、幻想郷外とのバランスはどうなのだ?」
……摩多羅隠岐奈か! 相も変わらず簾に遮られていて姿を確認することはできないが、物言えぬ重圧が発せられている。
いつの間にかニ童子が笑みを浮かべながら仰々しく茗荷の葉や笹の葉を振り回していた。その姿や気狂いの類いだ。
慧音さんの表情が歪む。
くっ、この声質は聞いたことがあった筈だった。しかし物の見事に忘れ去ってしまっていたわ。
求聞持の力を持つ私でさえも覚えきれないとは……恐ろしい存在だ。
これはバランサーとしての意見かしら。
「力を持った吸血鬼が攻めてきたことがあった。つまり、外には幻想郷を狙う勢力が存在していたということだ。それも、我々の一角に深手を負わせるほどの勢力がな」
椛さんが苦々しく歯を噛み締めた。一方で天魔は相変わらずの様子だ。
「またいつ別の勢力が攻めてくるやも分からんし、月の都は野心を捨てきっていなかったのだろう? さらにはルールに囚われない者が異変を起こすことだって考えられる。今の幻想郷の妖怪達ならば撃退は容易だろうが、ルール施行後はどうだろうなぁ。……スペルカードは妖怪の闘争本能を多少なりと削ぎ落とす結果となるだろう。足枷になっては本末転倒だぞ」
つらつらと意見を述べる隠岐奈さん。確かに、おっしゃる通りだと私も思う。
だが、これを説き伏せることができればスペルカードルール実現へ大きく前進するだろう。
紫さんはどこまでも余裕だった。
「確かに私としてもそれを最も懸念しているわ。だけど、
「なんだ結局私たちの仕事が増えるのか。ふむ……解った、ならば私も賛成しよう。手を加える事ができるのなら問題はないぞ」
「私も同じく。これで鳥獣への被害も減らせるといいのですがね……」
あれ、それだけ? ……なんか軽い感じで二人の賛成を得られましたね。特に隠岐奈さんは意外だ……あんなに懸念を述べてたのに。華扇さんは兎も角ね。
多分紫さんと隠岐奈さんの間には二人にしか分からない裏のやり取りがあったのだろう。うん、そうに違いない。
一方他の二人だが。
「あー……保留で。ちょっとウチは兼ね合いを取るのが大変でねぇ、いろんな連中から意見を聞かなきゃなんない。取り敢えず返事は年内ってことで」
てゐさんは(一見)心持ち悪そうに同意を取り下げた。ここまで演技だって見え見えだと、逆に清々しくなるわね。
それに天魔も続く。
「……射命丸の件は了承しよう。だが、そのルールは妖怪の山には合いそうにない。我々は我々のやり方でやらせてもらう」
「あらそう。いつでもお待ちしてますわ」
分かってたと言わんばかりの即答。
そして両者の視線が交錯し、火花散る光景が幻視できる。やはり彼女らの因縁はまだまだ続くのか。はてさて、和解は何世紀先になるのやら。
ともあれ結果的には大多数の賢者が紫さんの案に迎合する形となった。終わってみれば意外にも呆気ないものですね……。
ただ天魔やてゐさんを始めとしてその配下の賢者たちは完全な合意に至っていないので、これからも根気強く話を進めてスペルカード体制を磐石なものにしなければならない。
だって妖怪の山と迷いの竹林──この二つだけで幻想郷の総面積半分を占める規模。これらでスペルカードルールが適用されないのはマズイだろう。
あの二人は紫さんに与するタイプでは決してないからなぁ。寧ろこれからが本番か。
……だけれども幻想郷の住人は流行に敏感だ。一定数にルールが普及すれば難なく浸透すると私は想定してみる。
その後、取り上げられた幾つかの案が審議を通過し、幻想郷で公布、施行されることになった。私と慧音さんによる申し聞きも何とか、ね。
これで会議は終わり。
これからは余興だ。食事に親睦会、八雲式ダンサーズの公演などが続く。隠岐奈さんの二童子によるまさかの飛び入り参加もあって大いに場は盛り上がった。さっきまでの険悪さが嘘のようだ。
私も慧音さんと一緒に笑いながら、それでも油断なく紫さんに目配せした。
紫さんの頭の中にはもう既に次なる策が練られていることだろう。
私の役目はそれらを完全に把握し、そして人里に最大限の利益を享受させること。
貴女は私を利用する。
そして私はそれを利用する。
実に建設的な関係ではないでしょうか? そして同時にとても理想的だ。
今は雌伏の時。ゆっくりと力を蓄えさせていただきます。やがて貴女と肩を並べることができた暁には、今度こそ幻想郷について腹を割って話し合いましょう。
アメリカ→ゆかりん
ソ連→てゐ
中国→天魔
おフランス→もぐねん
ブリテン→おっきーな
多分こんな感じの立ち位置。ちなみに人里は多分日本。紅魔館はドイツ。
河童は勿論、k(ry
天魔は女性。種族は烏天狗。
さらにちょっとした補足ですが、この天魔は原作世界の幻想郷に存在する天魔とは別人なんです。なんでなんやろーなぁ
突然のゆかりんの賢者格付けチェック。
隠岐奈>華扇>てゐ>天魔の順で優しい! 友好的! と思っています。
まあ、んなわけねーだろとね。ていうかむしろ反対だよゆかりん。
そんじゃ予告です
「犬走椛と申します。どうぞお見知り置きを。
それにしても妖怪の山は随分と保守的になりましたね。昔は『ガンガンいこうぜ!』なんてスローガンを掲げていたというのに。……文さんも天魔様もはたてもにとりも、どうしてみんな……はぁ。
少し昔、吸血鬼に対する処遇を決定する賢者会議が開かれました。我々としては膨大な賠償金と勢力の取り潰しを願い出た次第だったのですが、八雲紫の反対により紅魔館は存続、さらにはお咎めなしとなった事があります。謝罪の一つもなかったのです。
それ以来八雲紫と妖怪の山はソリが合わないみたいです。私としてもたまったものではありませんね。同胞の死は一体なんだったのか……今でもよく考えるのです。
えっ、話が長い? すみません、つい。
さて次回は少し短めでお届けするそうです。文さんが痛い目に会う話はまだなんですかね? 私ずっと待ってるんですよ。
これ予告じゃない? 知りません。
はあ……誰でもいいのでせめてまともな上司か同僚をくださいお願いします」