幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
「……お嬢様。一つ質問宜しいですか」
「いいわよ。何でも聞いてちょうだい」
「それではお言葉に甘えて。……何故このような選択肢をお選びに?」
咲夜の疑問はもっともだった。
レミリアが長い熟考の末に選択した道なのだから、当然文句はない。
しかし、敬愛するお嬢様が全能でないことは信奉者である咲夜も最近になってから重々承知するようになった。それ故に諌めるべき点はメイドとして進言せねばならない。
だからまずは、この選択に至った理由を聞きたいと願ったのだ。
「この状況下に至る道を選択したのは悪手であったと、そう言いたいのね。ふふ、私がこんな連中に易々と捕まるのが意外?」
「はい。正直に申しますと、従来のお嬢様であればこのような形には決して……」
「貴女が正しいわ咲夜」
経緯は単純だ。
迷いの竹林にて妖怪兎の集団と接敵したレミリアと咲夜。何やら珍妙な装備を纏っていた兎たちだったが、それでも二人の優位は決して揺らがない、そんな圧倒的な力の差があった。
勿論戦闘には圧勝し、兎たちを一蹴。しかしリーダーと思われる兎がやって来た途端、兎たち──因幡隊は牙を剥いた。
やや手こずるであろうことを予見した咲夜は気を引き締めたが、対してレミリアの下した命令は「投降しろ」だった。
そして二人は何かの紐に雁字搦めにされた檻に閉じ込められ、兎の本拠地へと輸送されることとなった。敵の喉元へ近づく作戦かと思ったが、どうやらその余裕はなさそうだ。
最強の硬度を誇るフェムトファイバーに反重力粒子が纏わり付いている。レミリアと咲夜による脱出の余地は今のところ存在しない。
「質問に答えるわ。この異変、普通に解決するだけじゃ私たちの負けよ。普通のルートでは最高の結果にたどり着くことができないの」
「普通の、ルート……ですか」
「ええ。私たちがあの兎を蹴散らして前へ進む”運命”は確かに在った。しかしそれでは相当の時間ロスを食ってしまうわ。しかもあいつらを倒した後にはさらに面倒臭いのが待ち受けていた」
あの兎と真正面からぶつかった場合、レミリアの能力と併せて泥沼になる運命が見えた。噂に聞いた竹林の賢者、一筋縄ではいかない。
今回、レミリアは体裁や矜持よりも効率性を重視したのだ。それが、この屈辱である。
「そりゃ私にだって抵抗はあるよ。勝てる戦いを落とすのは初めてのことだわ。だけど、最後に笑うのは私に決まっている」
「左様ですか。どうやら私の杞憂に過ぎなかったようですね。この十六夜咲夜、何処までもお嬢様に付いていきましょう」
「殊勝な心がけね」
……ここだけの話、咲夜は内心満更でもなかったりする。だって狭い空間の中、こんなにもお嬢様が近いんだから。
肝心のレミリアは何やら先を急いでいるようだが、咲夜はほんのちょっとだけ、今の時間が続いて欲しいと思ってしまった。
*◆*
諸君、私は風情あるものが好きなの。
春は桜。花の下でみんなでわいわい酒盛り! 妖夢の作る桜餅が絶品なのよこれが!
夏はノスタルジー。外の世界で海水浴! 楽しそうな橙を肴にかき氷(グレープ味)を喰らう!
冬は雪。寒さは苦手だからあまり外に出ないけど、時に身を切る寒さがとても心地よく感じる! 清少納言さんはそこらへん理解して。
私は全ての季節が好きだ。
だけどもね、耽美するならやっば秋だと思うの。
夜空に浮かぶ大きな月。
下隅で優雅にそよぐススキの波。
いい、実にいい!
月に住んでる連中は大っ嫌いだけど、別に月に罪があるわけじゃないし? ああ月よ、どうか私の手の内に……なーんて。
とまあ、ここまで想いを語ったんだから分かってくれたと思うけど、風流人である私は中秋の名月を賞でるのが大好きなんです。
もはや毎年恒例、満月の日は一晩中月を見て過ごすに限るわね。会場をセッティングして、お餅を食べながら安らぐの。
そして今日はその楽しみの日。見よ、夜空に煌々と輝く満月を!
流石はビッグフルムーン、段々と気分が高鳴ってくるわ。妖怪の血が騒ぐ……!
藍にはちゃんとお月見会場の設営をお願いしたし、霊夢もあとちょっとすれば来てくれるはず。あー楽しみ!
あっそうだ! ふふ、今の私の気持ちを『みんな』に教えてあげるとしましょう!
まずは霖之助さんから貰って河童改造を施した最先端カメラで月を入れた風景を撮ってと……その写真をパソコンに読み込ませる。
あとは何時もの『カパネット通信』に写真を貼り付けてコメントを添える。どこか詩人っぽく知的な雰囲気を醸し出す感じに。
『月が綺麗ですね』
これでよし、と!
反応はどうかしら?
『ウチからじゃ月どころか星も見えないわ。いーなー、幻想郷に行きたいなー』
『今日は雲が多いのう。せっかくの月が隠れてしまって残念じゃぞい』
菫子とマミさんが返信をくれた! どうやら外の世界住まいの二人はこの美しさを堪能することができないようだ。お気の毒ね。
ていうか菫子ったらまた夜更かししてるわね。ここは大人としてしっかり注意しないと!
『菫子は明日学校でしょう? 早く寝ないと朝起きれなくなっちゃうわよ』
『うむ。小学生がこんな夜更けにパソコンを扱うのは感心できないのう。ちゃんと睡眠を取らないと大きくなれないぞい』
『昼に寝てるからだいじょうぶ!』
大丈夫ではないわね。菫子ったら私と会いたいが為に授業中に居眠りしてるみたいなのよ。これは流石に彼方の親御さんに申し訳なくなってしまう。
彼女曰く「授業が簡単すぎてつまらない」らしい。菫子の知能指数の高さは今こうしてパソコンを扱っていることから分かっていただけるだろう。
やはり天才か……。
この二人とはちょくちょくこのサイトを介して色んなことを話し合っている。主に日常の雑談とか、友達と今日何したーみたいな。
あっ、ちょっと訂正。菫子は夢の知り合いだわ。夢以外でも私と話したいとのことで、このチャットサイトを紹介したのだ。
ちなみにマミさんとは外の世界で高利貸しを営んでいる腹黒狸さんである。未だ外の世界に残っているリアルでの数少ない知り合いだ。
『ほらみてみてー。100点!』
貼り付けられた写真にはテストの山が積み重なっている様子が写されている。全て一様に点数欄に「100点!!」と書き込まれていて、菫子がただの小学生でないことをありありと証明していた。
うわっ、「宇佐見菫子」って漢字で書いてる。貴女本当に一年生?
あっ、ファッショニスタのHEKAさんからも返信がきてる。なになに?
『月なう^_^』
そんなコメントとともに添付された画像にはゴツゴツした岩場と、見渡す限り暗闇の空。そして端っこにはピースサインの手が映っている。
なんか幻想郷よりも幻想的ね。
『ほー月面か! これは面白いものを見せてもらった。流石はヘカさんじゃ』
『いま月に居るの!? すごーい!』
『それほどでもないわよん^_−☆』
HEKAさんにみんなの反応とられちゃった。
ぐぬぬ……悔しい。
それにしてもこんなCGを作ってしまうなんてnowでヤングなHEKAさんのセンスはやっぱり凄いわ。憧れちゃう!私も見習っていかないとね!
『流石はHEKA……即興でこんな写真を用意するなんて素晴らしいセンスだわ。是非ともそのセンスを少しでもご享受頂きたいものね』
『サンキューゆかりん(((o(*゚▽゚*)o))) ゆかりんが撮った写真もイカしてるわよん!! いつか月面で一緒に写真撮ろう!!!(≧∇≦)』
んー、やっぱりHEKAさんは良い人だわ。こんなノリのいいジョークで返してくれるなんて、リアルでもとっても陽気な人なんでしょうねぇ。
いつかリアルで会ってみたいものだ。
ふぅ……それにしても藍はまだ帰ってこないの? 霊夢を呼んでくるだけの筈なのになんでこんなに時間がかかってるんだろう? さては何処かで道草食ってるわね。
霊夢となにか話し込んでるのかも?
しょうがない、迎えに行きますか。
チャットのみんなに今日はこれで終わる旨を伝えて、軽く身支度を整える。
んー……そろそろドレスから導師服に衣替えかしらねぇ。肌寒くなってきたことだし。
ついでにオシャレにアリスのスカーフを巻いてっと。これでできる女の一丁上がり。
よし! それじゃ博麗神社へGO!
スキマを開いて中へ飛び込む。
はい到着!
それじゃ霊夢と藍を探しましょうか。
軽く見回した感じでは境内に二人の姿は確認できなかった。良くも悪くも何時もの博麗神社。
落ち葉が石畳をこれでもかと蹂躙している様は、博麗神社の侘しさをより一層引き立てている。
霊夢が普段の仕事をサボっているのは一目瞭然。
ただ一人だけ、存在を確認できた。
「うへ、へへ……もう飲めないってぇ……」
「うわぁ」
縁側で萃香が酒瓶を枕にして眠っている。周りの散乱具合からして先程まで小規模な宴会をしていたようだ。傍に湯呑みが置かれている。
これは霊夢専用の湯呑み。中身は、まだある。
ふむ?
「……まだ温かい」
少しだけ中身を飲んでみたが、まだ冷えてはいない。いつも通りの粗茶だった。
つまり霊夢はさっきまでこの縁側にいて、萃香と一緒に月見に興じていたということか。
それならなおさら藍と霊夢は何処に? さっきは道草食ってるなんて言ったけど、実際は藍に限ってそんなことあるはずないし……。
なんか変な胸騒ぎがする。
「萃香起きて。霊夢は何処に──」
「おぼ、おぼれ……ごぼぼ」
「うわぁ」
私は萃香から急いで距離を取った。これ以上は目に優しくない光景が予測された。
寝ゲロは危険、気を付けよう。
うーん。萃香はダメみたいだし、他に目撃者はいないものか。
あの狛犬あたりが話してくれれば楽なのになぁ。ああ、無機物に縋ってしまうあたり私はもう末期なのかもしれない。
……待てよ。目撃者?
あっ、そうだ! いたよ目撃者!
私は片隅の池を覗き込む。
「亀さん。いるなら出てきて頂戴な。霊夢が居ないみたいだけど、心当たりがあれば……」
「──……」
水面から髭面の亀が顔を出す。そして私の顔を見るや否や、ゴキブリを見たかのように表情を顰めさせて、ガンを飛ばしてくるのだった。
……スッポン酒にしたろかこの亀。
ふふん、食用亀としか思っていなかったこの亀だが、実は喋ることのできるトンデモ個体であることが発覚している。声は聞いたことないけど、遠目から確認したんだからね。
この亀なら恐らく霊夢の行方も知っているはずだ。さあ、教えるのよ!
「失せろ隙間妖怪。お主に話すことは何もない。それによくもまあ恥も知らずに儂の前にのこのこと顔を出せたものだ。相当面の皮が厚いと見える」
「……はい?」
「お主の犯した大罪、償え切れぬほどの背徳の仕打ち……この儂だけは決して忘れはせぬ。御主人様を誑かす道化め、即刻消えるがよい」
そして亀は好きなだけ私に対する罵倒をぶちまけた後、私に向かって水鉄砲を発射し、悠々と水中へと戻っていった。
なんとも度し難い。怒りとか哀しみとか、そんな感情を抱くことはなく、これぞまさしく虚無。
ただ理不尽に晒された私の身の上への自分自身による同情だろうか?
けどまあ……取り敢えず今日の宴会料理がスッポン鍋に決定したのは言うまでもない。
そもそも亀なんかに頼ったのが失敗だったわ。亀なんてたかが爬虫類! 千年生きたところで十の子供の頭には敵わないわ。そもそも鶴の格下だし。
やはり信じるは己のみね。
というわけで次に向かったのはマヨヒガ。我が八雲の直轄地域その一である。
理由は簡単。藍が橙を迎えに来てないかと考えたからだ。催し物がある時は私たち三人いつも一緒だからね。藍は橙を片時も離したくないみたいだけど、ならなんで別居しているのか。常日頃から疑問に思っている謎である。
……もういっそのこと八雲みんな同居でいいんじゃないかと考えている私がいる。だってわざわざ別居する必要を感じないのよねー。橙はいつも八雲邸まで来てくれるしさ。配下の猫たちの住処については考える余地ありだけど。
橙は既に就寝準備に入っていたようで、眠たそうに家から出てきた。
私の姿を見た瞬間、目を見開いてピシッとしだしたけど、別にそこまで畏まる必要はないのよね。
むむむ……この様子だと藍は来てないようだ。ていうかそんなことよりもパジャマの橙かわいい。
「うわわ紫さまっ!? こ、こんな夜更けにいらっしゃいませー! お茶出しますねお茶!」
「ふふ、お構いなく。それよりも藍を探してるんだけど、此処に来なかった?」
「藍さまですか? あれ、言われてみればいない」
私が外出する時は何時も藍が側に控えていてくれるから、言われてみれば今の状態はかなり新鮮な感じね。橙が戸惑うのもわかる。
少し考えるそぶりを見せた後、橙は首を傾げながら解せない様子で語り始めた。
「藍さまは昼に一度来てくれましたけど、それっきりです。あと何事かと思って咄嗟に藍さまに念話を送ったんですが……拒否されてるみたいで」
「……なんてこと」
藍が、橙の念話を着信拒否……!? 私の眼の前でありえないことが起きている。電話でいうワンコール目には必ず応答する藍が、よりにもよって橙からの着信に出ないなんて。
これはもはや異変レベルだ。藍が故意的にそれを行なっているなら何かの異変が起きているに違いないだろう。私は断定しよう!
だがもし、別の説。藍と霊夢の身に何かが起きていると解釈すべきだろうか?
あの二人をこの短時間でどうこうできる奴なんてこの世に存在するとは思えないが……何か不測の事態に巻き込まれているのだとしたら。
いや、それならまだいい。
まーさか逢いびきなんてことしてないわよねぇ? 二人でこっそり幻想郷からロマンス逃避行? クズで無能な上司に嫌気が刺したとか?
……許しません! 私は絶対許しませんよ! そりゃ霊夢と藍はお似合いかもしれないけどさ、ほら、その、一応同性だし……? やっば、なんか興奮してきた。てか私と橙が置いてけぼりじゃないの!
「藍さまがどうかしたんですか!? いったい何が起きてるんですか紫さま!」
「橙……今起きていることの想定はどれもあくまで推測の域を出ない。だけど嫌な予感がするわ。藍を一緒に迎えに行きましょう」
「っ!! わ、分かりました! いますぐに着替えてきます!」
飛び跳ねて部屋の中を飛び回っていく橙の姿にほっこりしながらも、彼女の慌てっぷりが私の心を焦らせる。
逃避行とか夜逃げとかは半分冗談だけど、なんか腑に落ちない気分。
……嫌な感じね。
と、物思いに耽る暇もなく、いつもの服装に変身した橙が私の眼の前に舞い降りる。
赤いベストに赤いスカート。首元には蝶結びのリボンがあしらわれている。
特別な仕掛けなんてものはないけど、動き易さを重点的に考えて設計されているので橙の身体能力を百パーセント発揮させることができるらしい。
ドーピングなら妖怪陰陽術でどうにでもなるからね、どうでもいいよね。
「準備オッケーですっ!」
「そうね……まずは藍と霊夢が向かいそうな場所をしらみ潰しに当たって行きましょう。橙は人里と魔法の森をお願い。二人が居なくても慧音やアリスに話を聞いておいて。魔理沙も一応」
「分かりました! 有力な情報を得次第、すぐに連絡しますね!」
「──……ちょっと待って。藍に念話が届かなかったってことは、妖力波に障害を与える者が暗躍している可能性があるわ。これも持って行きなさい」
橙に渡したのはガラケーだ。これなら私からでも橙に連絡を入れることができるし、今言った懸念も払拭できて一石二鳥ってわけよ!
やはり月下の元では頭が冴えるわね。
スキマを開いて魔法の森へ向かった橙を見送った後、私もスキマを開く。
行き先は……白玉楼にしましょう。ここは我が友人の意見を聞いておきたい。もしかしたらあの二人が居るかもしれないし。
「全部姉さんが悪い! いっつも私の足ばっか引っ張りやがるんだからぁー!」
「リ、リリカ? もしかしてその姉さんっていうのは私も入ってたりする?」
「当たり前じゃん! 二人とも同罪よー!」
「えぇ……」
「手厳しいぃー!!」
静かな白玉楼にギャンギャン響く罵倒と騒音。
騒霊三姉妹の口調に合わせて、浮いているそれぞれの楽器が荒ぶっている。バイオリンだけは沈みがちみたいだけど。
スキマを開けて一番に出くわすのが姉妹喧嘩の最中なんてついてないわ……。
プリズムリバー三姉妹は幻想郷で有名な騒霊アーティスト姉妹である。
ルナサ、メルラン、リリカの三人が持つ其々の音色は、心へ作用する波長を生み出すそうな。
かくいう私も実はそれなりにファンだったりする。ついでに推しメンはリリカね。ちなみに藍はルナサ、橙はメルラン推しだったりして見事バラけているのよね。
なお霊夢曰く「どうでもいい」とのこと。あの子の心に作用させるのは難しいものね。これにはプリズムリバー三姉妹もお手上げだろう。
しかし何でその三姉妹が人様の家の前で言い合いなんてしてるんだろう? 痴話喧嘩?
「3回目のアンコールに応えなかったら間違いなく契約の時間に間に合ってたわ! 私は止めたのにメルラン姉さんは無視した! ルナサ姉さんだってなんだかんだ便乗したよね? もう耐えらんない!」
「ごめんねー!」
「ごめんなさい」
「私に謝ったってしょうがないでしょうが! 白玉楼がもぬけの殻ってことは、つまりそういうことよ! 相当怒ってるのよ!」
なるほど、状況は把握した。
つまり幽々子は今白玉楼にいないということか。もぬけの殻ってことは妖夢もいないんだろうなぁ。みんなして何やってんだか。てっきりのんびり月見でもしてるものだと思ってたんだけど。
一方でプリズムリバー三姉妹は私に気付く様子もなく、ひたすら言い合っている。
「もう解散よ! 幽霊楽団はこれにて終わり! あー清々するわー」
「ふふ……ひとりじゃ何もできないくせして一丁前に言うわね。後から泣きついてきてもアンサンブルには入れてあげないよ?」
「……いや姉さん! 解散はアリかもしれないわ!!」
「メ、メルラン……?」
おっ? 話がおかしな方向に進んでるわね。ブン屋に連絡してあげようかしら。
メルランの裏切りに動揺を隠せないルナサ。その様子を見て
「思えば私たちの方向性は完全に間違っているわ。私と姉さんの性質は極端に違うし、中間のリリカはこの調子。もしかしたらソロの方が各々良い味出たりしてね!!」
「私は逆にソロの方がやれるって確信してるから。そこらへんよろしくね!」
「け、けど私たちが本当に力をあわせることができれば、今の何倍も良い演奏ができるはず。血の繋がりは微妙だけど、もっと大切なモノで私たちは結ばれているわ。レイラだって──」
「レイラは死んだっ! もういない! 姉さんはいつまで───……あっ」
「……」
「……」
リリカの言葉に姉二人は言葉を失った。そして、その発端となったリリカもまた、ハッとした様子で渋々詫びを入れるのであった。
ふーん……普段おちゃらけて生きている()ような三姉妹だけど。何やら裏では面倒臭い事情がありそうねぇ。実にそそられるわ。
もう少し話を聞いていたい気もするが、なんだか心が情緒不安定になりつつあるから退散しよう。あの三人の音色を対策なしに聞き続けるのは危険だ。
鬱の音色は心を殺し、躁の音色は心を壊す。聞き手次第では普通の演奏でも殺されてしまう。
えっ、リリカ? リリカは……なんか良い感じの音色が綺麗よね。私はそういうところが好きだから! うん! リリカーファイトー!
「残念だけどレミィは外出中よ。ていうか逆になんで”居る”って思ったのか、甚だ疑問よ」
「パチュリーは黙ってて! 紫は私のお客さんなんだからさ」
フランは今日も元気だなーっと思いつつ、適度な苦笑いを浮かべるに留まった。
癒しを補給できたのは良かったんだけど、まさかレミリアまで居なくなってるなんて……。あっ、あとついでにあの嫌なメイドも。
誠に不服だけど私はあいつの予知能力を高く評価してる。助っ人としては何気に頼れる存在なのだ。人格はさとりと同ランクだけどねぇ!
……あっ、秘書補佐さんチッス!
本棚に隠れて此方を伺っていた小悪魔に軽く会釈した。そして逃げられた。
解せぬ……。
「レミリアが居ないんじゃ仕方ないわね。また出直しますわ」
「えー私と遊んでいこうよ。ほら、お姉様なんか放っといてスペルカードルールでガチンコバトルしましょ!」
「魅力的な提案だけどちょっと今忙しいの。それにまだ私のスペルカードは完成してないし、また今度にしましょう? そっちの方がきっと面白いわ」
フラン相手の弾幕ごっこなら安心だ。ちゃんと手加減してくれるだろう。
あとなんとなくだけどパチュリーは弾幕ごっこがめちゃくちゃ強そうよね。
「あっそうそう。レミィから伝言を預かってるわよ。『どうせ紫がここに来るだろうから、言っておいてくれ』だって」
「はて、伝言?」
「簡潔に一言。『今日は外を出歩くな』ですって。紅魔館に来てる時点で出歩いてるようなもんだと思うけど、気にしちゃアウトかしら」
パチュリーの言葉に少しクスリとしてしまったが、やがて疑問が内を埋め尽くす。
外を出歩くな? わざわざそんな伝言を言い残すなんて、あいつは私を外に出したくないのかしら。何のためにそんなことを……。
ちょっと待って、まさか藍と霊夢に何かしたのはレミリア!? 霊夢にやたら執着してたみたいだし、ありえない話じゃない。そうだ、あいつの悪どさは私が一番よく知っているんだから!
「レミリアが何処に行ったのか分からない? 大まかな場所でもいいわ」
「……さあね。月の下なら何処でもありえる」
「そういえば咲夜が一回帰ってきて虫除けスプレーを持って行ってたっけ。てことは虫の多い藪にでも行ってるんじゃない? 月があんなんだからお姉様そーとーイラついてたし、雑魚狩りでもして遊んでるのかも。下賤ねー」
スペルカードルールの正式発行は来年からだけどさ、せめて穏便に済ませてくれたら助かるなって。やっぱ満月だと最高にハイッてヤツになるのかな?
しかし、レミリアが黒幕である可能性もあるのか。もしレミリアが何かやらかしていたとしても、藍と霊夢なら紅魔主従コンビが相手でも何とかなるような気もするが……。侮れない相手ではあるわ。
仕方ない。情報収集を続けましょう。
次はあそこかな。アドバイザーとしてはあいつより優れた人物はいない……が、できることなら顔も合わせたくのないのが本音だ。
前回は喧嘩別れみたいになっちゃってたし、機嫌を損ねたままだったらどんな目に遭わされるやら。そもそもこの流れ的にあいつも不在パターンなんじゃ……?
「私が地霊殿を空けるはずがないでしょう。なにせ私には守るべき大切な家族たちが居るんですからね。……ところで藍さんは何処に行かれたんですか? まさか夜逃げされたとかそんな滑稽な」
「やめて。謝るからやめて……」
なんでさとりにだけは簡単に会えてしまえるんですかね。これは流石に運命の女神様による悪戯説を提唱するわ。
いつもの来賓室には四人。私とさとり、そしてドレミーと火焔猫燐がテーブルを囲うように座っている。あー……橙に付いて来て貰えばよかった……。
私を除く全員が口元を歪ませている。まるで悪魔の笑みだ、残酷な笑みだ!
つられて私も引きつりながら笑う。
「随分と地上を奔走されていたようですね。その間抜け面を幻想郷中で晒し回っていたのかと思うと笑いが込み上げてきますよ。それで、目的の人物には出会えたんですかね? どうなんです?」
「はは、さとり様。流石にその言い方は失礼ですよ。もっとマイルドに包んであげなきゃ」
「覚妖怪は正直なのです、許してあげてください。しかしまあ、この世の全ての事象には何かしらの理由があるものですが、望んだ人物に出会えないのは日頃の行いの賜物でしょうかね。単に避けられてるだけだったりして」
「……チッ」
「あ、舌打ち。品がないですねぇ紫さん」
こいつらぁ……!! 今日は藍が居ないからって好き勝手言いやがってぇ……!
ていうかドレミーまで結託してるのはどういうことよ。貴女たち敵同士でしょうが。
落ち着け八雲紫。連中の言葉にいちいち心を砕かれていてはキリがないわ。取り敢えず本件だけをさとりから聞き出さなくては。
「ふむ、『藍さんと巫女の居場所』ですか。地底にいる私に聞きに来るあたり、相当行き詰まってるようですねぇ。滑稽すぎて腹がよじれますよ」
「紫さん紫さん。私の能力が解放できれば夢の世界からお二人を見つけ出すことができますよ。どうです? さとりを説得してみませんか?」
「貴女たちね……ちょっと私のこと舐めすぎじゃないかしら。こちとら職業柄、舐められたら終わりなのよ。いい加減にして頂戴」
私の言葉に二人は顔を見合わせて、今度は鼻につく煽り抜群の失笑をかましてくれた。
ああ、早く逃げたい。最高の1日になるはずの今日をまた一からやり直したい。私はただ家族みんなで月見ができればそれでよかったのに。
おお運命よ! 私が憎いのですか!?
「そりゃ憎いんでしょうねぇ。運命から見放された貴女は誰からも愛されない。誰も貴女を愛さない。そこらへんわきまえてくださいね」
ここまで言い切ってさとりは大きく息をついた。そして私は熱くなる目頭を抑えられずにはいられなかった。あんまりですわ……。
「ああ、それと藍さんの行方についてですが、私の方から貴女に教えるほどの情報はありません。そもそも私は地下棲みですからね、知るはずがないのです。というか私を頼りすぎですよ情けない」
「あたいはさっきまで地上に居たんだけど、狐さんも巫女も見かけなかったねえ。ま、途中で仕事も切り上げて帰ったんだけどさ」
「夢の世界なら──……ケチですね」
地霊殿もダメかー。”さとりなら或いは'”っていう望み……藁にもすがる思いでの賭けだったが、見事空ぶったようだ。しかもメンタルフルボッコにされるという超特典付き。あぁ、鬱だわ。
これで心当たりは無くなってしまった。あとは橙の調査結果を待つしか私にできることはない。
よし一度家に帰ろう。このまま地霊殿に居ても袋叩きにされるだけだしね。
別れを軽く告げながらスキマを開く。
だが私の移動は一回は遮られてしまうのがテンプレのようで。さとりが私を制止すると、急に変なことを語り出した。
「レミリアさんは貴女に警告しました。さらに奇しくもあの易者が言っていた予言が現実のものになろうとしている。まさか、まさかこんな日にこれ以上余計なことをするつもりではありませんよね?」
「どうしたの? 急にそんなことを言うなんて貴女らしくないわね。もしかして私の身を心配しているの? それならお生憎様、間に合ってるわよ」
突拍子がなさすぎて笑ったわ。何が言いたいのか意味不明だわ。
結局レミリアは怪しいまま。それに易者って誰よ? もしかしてあの人里で易をやってたあの胡散臭い人間のことかしら。何言われたかもう忘れたわ。
こんなにも月が綺麗なのに「外を出歩くな!」なんて言う方が怪しいわ。
そりゃ藍と霊夢がいなくなっていることから何処かで異変が起きている可能性はあることにはあるが、だいたいどこの勢力も平和だったし……。
「紫さん……
またもや突拍子もない質問。さとり、貴女は一体私に何を求めているのよ。
訳が分からない。
「月は綺麗よ。あんなにも大きくて、あんなにも丸い。じゃなきゃ何のために月見なんてしなきゃならないのか……そうでしょう?」
「──結構です。もう用はないのでどうぞさっさとお帰りください」
流れるようなキャッチ&リリースに惚れ惚れするわちくしょう! ったく……こんなことなら地霊殿になんて来なきゃよかったわ。
それじゃあ博麗神社に戻ろう。スキマ移動中に橙に連絡を入れつつ先を急いだ。
私がいた時と大して変わっている様子もなく、博麗神社は相変わらず閑散としている。変わったのといえば萃香の寝相ぐらいだろうか。
やはり霊夢は帰ってきていない、か。
少しして橙がスキマを開いて目の前に現れる。表情からして結果のほどは容易に予想がつく。
多分大した成果を得られなかったのだろう。
「こっちは全部空振りだったわ。そちらはどう?」
「それが、魔理沙もアリスも居なかったんです。扉の前の張り紙には『少し出かける』としか書かれてなくて……。あと、人里なんですが……」
言いにくそうにはにかむ橙。
「何がなんだかよく分からないんです! 途中で私が何をしているのかめちゃくちゃになっちゃって、人里の場所を全然思い出せなくなって……! 紫さまからのせっかくのご命令だったのに私なにもできなかったんです……」
「落ち着いて橙。私は貴女を責めたりなんかしないわ。藍からの命令でもないのによく頑張ってくれたわね。ありがとう」
式は己の力の根源を主人の命令に依存させている。つまり、自分の意思のみで動くことは、全ての動作において大きな足枷となるのだ。
橙は多分上がっちゃったんでしょうね。緊張し過ぎてガチガチだったんだと思う。
もし藍から正式に命を受けていればこんなことにはならなかったはずだ。つまり私が悪い。
「しかし有力な情報はナシ、ね。この調子じゃこれ以上調査しようがないわね」
「一応配下の猫や友達の妖怪たちに協力をお願いしてます。見つかればいいんですけど……」
万事休すか。あとできることといえば私自らが人里に出向くぐらいかな? 前回の誤認事件以来あそこには訪れることがなかったけど、もうさすがにほとぼりが冷めている頃でしょう。
慧音や阿求なら何か知ってるかもしれないし。
「それではもう一度情報を集めに行きましょうか。橙は心当たりのある場所を片っ端から当たってちょうだい」
「了解しました!」
元気よく返事した橙はスキマを開くべく私から背を向ける。
……あれ?
橙の背中を見た瞬間、私は強烈な違和感を感じた。この感覚は……まさか。
「ちょっと待って。その場から動いちゃダメよ」
「へ? ど、どうしたんですか?」
困惑する橙を他所に《それ》は現れた。
背中に張り付いたドア。通称バックドアと呼ばれる《それ》はとある知人が作り出すゲート。
移動手段や魔力回収・解放といった様々な役割を持つポータル装置なのである。私のスキマよりも汎用性があって羨ましい。
ドアは間も無く開かれた。
「やあ、先日ぶりだな紫。なにやら幻想郷中を飛び回っているそうじゃないか? 面白いことをやってるなら私も混ぜてくれ」
「これはまた突然。このタイミングで貴女が現れるなんてね。願ったり叶ったりかしら」
おっきーな降☆臨。
ゆかりんは歓喜した!
ゆかりんの順位を一つでも若くしてあげたい心意気のある者は、どうか清き一票を……!
ゆかりんを一桁にしてあげ隊イクゾッ