幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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欲無き者の野望(後)

 

 

 私がおっきーなと知り合ったのは、月面戦争が終了してしばらくのことだった。

 

 藍という心強い味方を手に入れたものの当時は全く信用できなくて、しかも周りの妖怪たちから身に覚えのない難癖をつけられたり使いパシリみたいなことをさせられたりで、それはもう苦難の日々。

 急変してしまった周りの環境に適応しようと頑張ってみたけど全然うまくいかない。

 身の振り方をしっかりと考えなきゃならない、そんな時期のことだった。

 

 おっきーなは突然にして目の前に現れた。いや、目の後ろと言うべきかしら?

 困惑していた私におっきーなは告げる。

 

『我が名は摩多羅隠岐奈。後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神であり、お前を知る数少ない一人でもある』

 

 意味不な自己紹介は兎も角、神様が私に用なんて絶対碌な内容じゃない!

 そう思ったから軽く流そうと思ってたんだけどね、彼女の次なる言葉が私を動かした。

 

『私はお前を救いに来たのだよ、八雲紫。この私の神格上の問題なのだが、形はどうであれ虐げられているお前の現状が気に入らんのだ』

 

 後から聞けばおっきーなは被差別民の神格を持ち合わせているらしく、要するに社会的弱者の味方なんだそうだ。

 その日以降、私の背中にはおっきーながいつでも出入りできるバックドアが設置され、行き詰まった時や窮地に陥った時なんかには的確なアドバイスを囁いてくれた。

 おっきーなが居なければ多分両手の指じゃ利かない回数死んでたんじゃないかしらね。

 

 そのアドバイスの内の一つ、『目を細めながら笑顔を決して絶やさない。そして言い回しは大物っぽく尊大に』は実に効果的だった。

 実践し始めたその日からみんなと会話が出来るようになったのよ! なるほど、これが社交辞令というヤツなんだなって思った。

 なおさとりからは絶不評の模様。

 

 

 

 そういう経緯があって、おっきーなは私の恩人とも呼べる偉大な神様なのである。今の私があるのは藍とおっきーなのおかげと言っても過言ではない!

 そんなおっきーながこんなタイミングで現れた。これで期待するなっていう方が無理な話だ。

 

「こんなにも月が丸いのだから、外に出ないのは損よね。貴女もそのつもりで後戸の国から出てきたんじゃなくて?」

「一理あるな。しかし紫よ……どうやら目的地を見誤っているようではないか。これではいつまで経っても異変を解決することはおろか、大事な部下たちを助けることすらできないぞ」

 

 ……?

 立ち話もなんだと、橙に神社の中に入るよう指示し私も追随する。そしてまたもやおっきーなと向かい合わせに座った。

 橙からしてみれば不思議な感覚だろう。だって私は彼女の背中に語りかけているのだから。

 

 さて、それでは問いただそうか。

 先ほどの言葉の意味を。

 

「さっきのあれはどういう意味です?」

「そのままさ。八雲藍と博麗の巫女が異変に巻き込まれているのには薄々勘付いているだろう? 普通の相手ならなんら問題ないんだろうが、今回ばかりはちと相手と場所が悪い」

「ふむ……その話、詳しく教えて下さい」

 

 おっきーながわざわざバックドアまで開いて警告するほどの異変。それはつまり、レミリアや幽々子の時よりも危険ってことで……。

 藍と霊夢という幻想郷最強クラスのコンビを粉砕し得る可能性が少なからず存在するということなのか。やばい震えてきちゃった。

 

 そしてその異変の張本人は、私の予想だにしない人物だったのだ。

 

「因幡だ。あの兎が此度の異変を仕組んだ。目的までは分からんがな」

「因幡てゐが!? ……なるほど。それが真実なのだとしたら、間違いなく厄介ね。ということは私たちの目指すべき目的地とは……」

「そう、迷いの竹林だ」

 

 くらりと眩暈がした。

 

 因幡てゐと迷いの竹林。この組み合わせほど凶悪なものもそうそうないだろう。

 あの地理とてゐの能力。それはありとあらゆる物に対して凶暴で、尚且つ無害だ。

 

 竹林から賢者が生まれるに至った理由は、極々単純な事で。当たり前の事だった。

 妖怪の山並みの軍事力。河童並みの科学力。草の根並みの組織力。並大抵の賢者以上の影響力。そして因幡てゐという妖怪の存在。

 これだけの要素を揃えていて幻想郷の上に立つな、なんてさ。そんなのおかしな話よ。

 

 そんな因幡てゐが異変を起こした。

 対策を考えるよりも先に、私の脳内にとある二文字が突如去来した。

 

 ”無 理”の絶対的な二文字。

 なるべく周りとの関係を荒立たせたくない私であるが、てゐとの揉め事は一番避けたかった。

 元から喧嘩売ってくるさとりとか天魔は兎も角、てゐは一定の譲歩を示すと案外簡単に引いてくれる。……それが狙いなんでしょうね。

 私が自分との対立を嫌っている事を、あいつはよく理解しているだろうから。

 ぶっちゃけちゃうと勝てる気がしないのだ。負けたら最後、臓器まで持っていかれそう。

 

 そして……。

 

「迷いの……竹林」

 

 あそこには絶対近づきたくなかった。例え大金を積まれようと土下座されようと、あの魔境にだけは足を踏み入れたくないのだ。

 私がここまで怖気付く理由。それは分からない。推測のしようはあるが、それらが的を射ているかと言われるとどうもそうじゃないみたい。

 理屈無しの本能的な直感だろうか。頭と心の中で忙しく喚き立てている。

 

 

「どうした紫。黒幕の正体は確かに教えたぞ。はたしてお前は何をする? 何を為す? まず一番最初に私に教えてはくれまいか?」

 

 ああおっきーな。言わなくていい。

 分かっている。しっかりと理解してる。

 私がすべき事なんてのは一つしかないんだもの。

 

 

 てゐとは戦いたくなかった。リスクを冒したくない。迷いの竹林に踏み入りたくない。

 

 だけど、私の娘が今もあいつと向き合っている!

 なのに私がこんな所で指を咥えて待っているわけにはいかないでしょうがちくしょぉぉ!!

 

「霊夢と藍を助けるわ。結果どうなろうが関係ない……私の持てる全てを駆使する」

 

 やってやろうじゃんかクソウ詐欺がァ! 幻想郷は私の理想郷建設予定地……これ以上好き勝手にさせてたまるもんですか!

 賢者大戦争の開幕よッ!

 

「よく言ったな紫。その言葉を待っていた。友の好だ、微力ながら力添えさせてもらおう」

 

 心強い言葉におっきーなの株が急上昇!

 だが期待とは異なり、おっきーなが提示したのは間接的な支援だった。

 

「異変間の幻想郷のバランスは私が全面的に受け持とう。これを機に山の連中が動き出すかもしれんが、しっかりと私が睨んでおく。お前は心置きなく因幡てゐに注力していいぞ」

「あくまで因幡てゐとは対立したくない、と。秘神の力添え……もう少し期待しても?」

「私はただでさえ敵が多いんだ。正直な話、これ以上の厄介ごとは御免被るな。だが山と対決する時は幾らでも力を貸すよ。存分に頼ってくれ」

 

 今頼らせてよ……。

 だがまあ、おっきーなの気持ちは分かる。先にも散々述べたように、てゐと敵対関係に突入するなんて絶対嫌に決まってる。

 それに実際問題、妖怪の山の動向は不安要素だ。私とてゐが争っている間に幻想郷の制圧を企む事だってありえる。実は前例が無いわけじゃないしね。

 おっきーなが居てくれれば妖怪の山を抑え込む事ができるし、他にも色々と利用できる要素が格段に増える。おっきーな無しでは話が始まらないのだ。

 ともに戦ってくれないのは寂しいし残念だが、打開する情報を持ってきてくれた事も含めて、今回の助力は大いに助かるわ。

 

 おっきーなと私は目を見合わせた。

 理知的な光を湛えつつも、僅かな狂気を孕んだ危なげな瞳。見ようによっては憂いているようにも見える。……心配してくれているの?

 

「実はな、直前までこの話をすべきか否か、迷っていた。お前に話せばどのような結果になるのか予測した上での迷いだ」

 

 おっきーなの言いたい事は分かった。

 彼女がもし私に此度の件の話を知りながら黙っていて、さらに霊夢も藍も死んでしまうなんて結果になってしまったら……私は彼女を恨むだろう。

 おっきーなは私の意思を尊重してくれたのか。

 

「お前はあらゆるリスクをかなぐり捨てて因幡てゐとの決戦を選ぶだろうと、確信していたよ。式と巫女を見捨てる事なんて出来ないだろう?」

「……幻想郷を導く者としての戦いの決意には、相応しくない理由である事は百も承知。だけどあの子達は私という存在の要なのです」

「私は責めてるんじゃないぞ。各々の結末を天秤に掛けて、これが一番だと判断したんだ。私を笑い者にするかどうかは紫次第ってこと」

 

 ……ありがとうおっきーな。

 

 もはや言葉は不要だった。無言で握手を交わし、おっきーなは惜しむように後戸の世界へ戻っていった。そしてバックドアは橙の背中から消滅する。

 

「もういいわよ橙。肩の力を抜いて」

「はー……ふぅ。何もしてないのになんだか疲れちゃいました。けど重要な進展ですね!」

「ええ。藍と霊夢の居場所どころかてゐの企みにも気づく事ができた。隠岐奈がくれた貴重な情報……しっかりと活かさないとね」

 

 

 あっ、てゐが何の異変を起こしているのか、おっきーなに聞くのを忘れてた。もうゆかりんったらおっちょこちょいなんだから!

 まあ大体見当はつくけどね。どーせ《幻想郷の住民から金をせびる》みたいなせせこましい異変でしょ。断じて許すまじ因幡てゐ!

 

「橙! 友達の妖怪を片っ端から集めなさい! 但し弱い妖怪を闇雲に連れてきてはダメよ。あくまで貴女と勝負になるレベルの妖怪を」

「りょ、了解です!」

 

 橙を直ちに散開させ、私自身もすぐに準備を開始する。ここからは時間の勝負だ。

 

 

「ルーミアッ!」

 

 

「はいはいどうしたの?」

 

 当然のように闇夜の陰から現れたルーミア。口ではこんな事を言っているが、表情は私を見透かすようにニヤけている。

 

「もう判っているはず。よね?」

「ふふ、おっけー。吸血鬼異変の時みたいな感じでいいのよね。任されたわ。ところで……」

「報酬でしょう? これから貴女の三食全て私が面倒を見るわ。それでどう?」

「さっすが賢者様! 太っ腹ぁ!」

 

 はしゃぎながら影に潜るルーミアを見送る。

 大変な約束をしてしまったことは自覚している。だが後悔するのは後でいい。私は今を全力で戦わなきゃなんないんだから!

 

 まだだ。まだ足りない。

 もっと戦力を集めなきゃ勝負にすらならないわ。もっと多くの妖怪を。もっと強い妖怪を!

 

 私は躊躇いなく縁側へと歩み寄り、鬼の象徴である角を掴んだ。そして思いっきりシェイク!

 

「萃香起きて!」

「ふぇ?」

 

 

 

 *◆*

 

 

 

『吸血鬼ペアの引き渡し確認したわ。序盤から飛ばすなんてあんたらしくないわね。もしかして何か企んでるんじゃないでしょうね?』

「まっさかー。姫様の為ならえんやこらさ」

『うーん……怪しいわ。まあどうでもいいけど引き続きサボらずしっかり頼むわよ。こっちはこっちで適当に処理しとくからさ』

「ほいほーい。ヘマやらかして師匠さんに怒られないようにね」

『余計な御世話っ!』

 

 またもや向こうから回線を一方的に切られた。兎の総取りまとめ役を永琳から任されたことで調子に乗っているのだろう。

 てゐを顎で使えてご満悦といったところか。

 

 まあどうでもいいけどね、と。軽く一笑して新たな侵入者に向き直った。

 続けててゐが迎え撃ったのは魔法使いの金髪コンビ。レミリア程ではないが、霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイドの名は幻想郷に轟いている。

 

 魔法使いとは元来周到な準備を前提とした搦め手で戦う種族。イレギュラーに弱いのが玉に瑕ではあるのだが、それらをひっくるめても易々と優位を取るのは難しい。老獪なほど苦戦は必至だ。

 

 しかし、この二人はその枠組みで括るにはあまりも規格外すぎた。

 魔理沙は搦め手を殆ど使用しない。火力至上主義である彼女にそれは不要なのだ。

 対してアリスは魔理沙とは正反対とも言える。あまりにも魔法使いらしすぎる。唯一他の魔法使いと異なるのが、『イレギュラーが存在しない』という点。

 

 そんな二人が手を組んだのなら、それは敵対する者にとっては由々しき事態だろう。手数も火力も有り余る魔法使いのコンビに弱点はない。

 

 だがてゐに別段慌てた様子はなかった。

 なぜなら、彼女らは脅威になり得ないから。

 

 虹色の閃光が竹林を薙ぎ払う。破壊の雨が降り注ぎ更地と化していく。とんだ「正義の味方」……てゐは呆れた。

 今回の戦いで消滅した竹林は数日で元に戻る。敵を排除した後にじっくりと。竹林の生命力とは偉大なもので、竹に繁殖力と成長力で勝る樹木はない。

 つまり兎側はノーダメージ。

 

 一方魔理沙は崩れ落ち、膝をついた。動かなくなった両腕を地面に叩きつける。

 

「ちくしょう……マスタースパークを透過してきやがった。ただの光じゃなさそうだ……」

「腕の回復に努めなさい! いつまでも抑えてくれると思ってるなら大間違いよ!」

 

 一糸乱れぬ人形の波状攻撃。生身の妖怪兎なら余裕でミンチにできるだろう怒涛の猛攻。

 しかし因幡隊には無力であった。

 

 人形は攻撃を仕掛けるも順に分解しながら壊れてしまう。ごく稀に攻撃を兎たちに届かせることができるのだが、それらは兎たちの着込む装備に阻まれる。

 光沢が見えるほどに黒く艶やかなスーツ。一見すれば意味をなさない脆い装備。しかしその耐久力はアリスの攻撃を防ぐどころか、マスタースパークを耐え切ってしまうほどの代物だった。

 さらには身体能力も強化されており、タダでさえすばしっこい妖怪兎の脚はさらに俊敏なものへ。

 迷いの竹林の地理も相成って狙いをつけることすら困難で、死角の多さ故にアリスの人形を思うように動かすことを許さない。そして突破力のある魔理沙の封じ込めにも成功している。

 

 標準武器のマグネトロン空官砲。

 マイクロウェーブによる高周波の光線はあらゆる物質を透過し浴びせた物を熱する。

 普通金属には弾かれてしまうマイクロウェーブだが、月の都──ひいては月兎の基本技術である『周波数の操作』を巧妙に行うことによってそれらの問題を完全に克服した。

 高周波はマスタースパークと衝突することなく透過して魔理沙の腕へ。こうして魔理沙の腕を不能に追いやった。

 

 分子そのものを振動させることによって発生する摩擦熱。それによるダメージは、耐火魔法ではフォローしきれない超越科学の範疇。

 よって魔理沙はマスタースパークを封じられた。

 

「場が悪い……一旦引くわよ。ほら肩を貸しなさい!」

「くっ、すまん」

 

「あはは敵さん逃げてる! 兎を舐めるとこうなるのこと、肝に銘じな!」

「そーだそーだ!」

「あんたらだけじゃ勝てんでしょーが。あんま大それたこと言うもんじゃないよ。ほら煽ってる暇があったらさっさと追撃する。逃すと厄介だ」

 

 連戦連勝。異変解決の英雄 霧雨魔理沙もてゐの前には赤子同然だった。

 ここ数百年実戦経験のなかった因幡隊であったが、いざ牙を剥けばこの快進撃。まさに幻想郷における優位を証明する完勝だった。

 

 てゐがその場にいる限り、因幡隊に最高の結果が訪れることが約束されている。

 幸運のバイオリズムを把握すれば、身じろぎひとつが必殺級の攻撃になり得るし、屈むだけで全ての危害から身を護る盾になる。

 敵へのデバフもまた相当なものだ。

 かつててゐに悪虐な仕打ちをした八十神は、その全てが悲惨な最期を遂げている。それにてゐの能力が関わっていることは言うまでもない。

 自分の幸福は敵の不幸。それが能力の真髄だ。

 

 存在するだけで否応無しの格差を創り出す。見方によっては最悪とも取れる能力。

 だから誰もてゐと敵対したくない。彼女と関わって自分に訪れるのは果たして約束された祝福か。それとも破滅を往く呪詛か。

 全ての決定権はてゐにある。

 

「さて、魔法使いの追撃は少数に任せて私たちはもう一方の方に行くよ。反応は二つだったっけ」

「うんレーダーには二つしか映ってない。揃いも揃ってコンビばっかだね」

 

 後方支援の兎が言う。

 電波を介せず敵を索敵するレーダーは、鈴仙の能力により普通の連絡手段が断絶された迷いの竹林において最大のアドバンテージである。

 察知するのは生物から発せられる穢れそのものだった。月の使者には殆ど無力だが、地上の者たちには面白いほど引っかかる。

 

「今度こそ八雲紫かな。鈴仙経由で現地の連中に繋いでくれる?」

「いえっさー!」

 

 永遠亭で陣取る鈴仙へ特殊な信号を送り、てゐと現地の部隊を結ぶ地域のみ磁場を安定させる。手間はかかるが仕方のないことだ。

 通信機からは微かな声が漏れだす。極限まで息を潜めているようだった。

 

「侵入者の詳細を寄越して」

『巫女と狐の二人組です。多分こっちにはもう気づいてると思う』

 

 てゐは眉を顰めた。

 そろそろ紫直々に乗り込んでくる頃だと思っていたが、現れたのは彼女の二枚両刀。

 戦力の逐次投入は愚策……戦術の常ではあるけれど、八雲紫ならばその愚策すらも奇策、そして上策へと昇華させ得る可能性がある。

 いや、てゐがいる限りそのようなことが実現することはあり得ないのだが、それでも警戒を緩めることはできない。相手はあの月を相手取った賢者だ。

 

 幻想郷最強の人間である博麗霊夢と、幻想郷最強の妖獣である八雲藍。

 この二人が手を組んだのなら対抗できる勢力はほぼ無いに等しいだろう。ただ彼女たちにとって()()だったのは、相手がてゐであったこと。

 

「吸血鬼に魔法使いに八雲の犬……錚々たる顔ぶれだけど各個撃破してしまえばさしたる脅威にはならないよ。兵は神速を尊ぶ、私に続け」

「「「おおおっ!!」」」

 

 

 

 

 

 二人の呼吸がシンクロする。何度か後方を見遣り、追っ手がいないことを確認して一息ついた。

 脱力して勢いよく尻餅をついた魔理沙は、悔しげに呻いた。

 

「ちくしょお……あんな連中にすら勝てないのかよ私はっ……!」

「嘆きたいなら後で好きなだけ泣けばいい。腕が治るまでどのくらいかかる?」

「……30秒」

「十分よ」

 

 星魔法や殲滅魔法を得意とする魔理沙であるが、一応基本的な魔術の基礎はしっかりとモノにしている。今にまで続く長年の修行の賜物だった。

 だがあくまで『基礎』なのであって、アリスやパチュリーであればこの程度の傷なら物の数秒で完治させたはずだろう。

 

 魔理沙は焦ったそうに腕を凝視する。いっそ自分が人間であることすら恨めしく思った。

 

「変わったわね魔理沙」

「あん? そりゃどういう───」

「弱くなったって言ってるのよ」

 

 その言葉に心を締め付けられる。全盛期の魔理沙を体験しているアリスだからこそ言える事なのだと、よく分かっているから。

 紫擬きや霖之助にも言われた。そしてこの状況でアリスからも。

 

「貴女と初めて戦った時、自信に溢れていたわ。手に入らぬものなどがないって感じで、明日を信じる風貌(かお)──」

「……」

「夢から覚めたのかしら? 虚飾、虚勢、傲慢、不遜、尊大、自暴───時が経つにつれて死んでいく瞳。見てられないわ」

 

 治癒が遅れて腕から血が滴る。

 魔理沙は地面に手を叩きつけた。

 

「私にどうしろってんだ。お前らとは違うんだ……霊夢とは違うんだよ。これ以上、人間のままでどう強くなればいい? 才能も能力もない私にどうしろと。私には、分からん……」

 

 隠し持っていた劣等感だった。

 紅霧異変は絶好調であったと思っている。忌まわしい記憶を脳の隅へ追いやって、無理やり強い魔法使いを演じ続けた。博麗霊夢と肩を並べる事のできる存在だと、そう願って。

 だがその実、表面には出さなかったが同じ『人間』というカテゴリーに属する咲夜の存在には、いくらか思うところがあった。

 

 春雪異変で思い出した。あの紫との間にあった絶対的な力の隔たり。自分の心に潜んでいた強い負の念をあの紫は抉り出した。絶望と迷走の中で、ついには師との約束を破りかけた。

 それが怖くて、最後には霊夢に丸投げ。そして霊夢は紫を打倒せしめた。

 

 先の異変では何もできなかった。萃香に圧倒され分身の一人に叩きのめされた。一方で霊夢は自らの迷いと重荷を振り切って格の違いを見せつけた。

 事前に霊夢へアドバイスを送っていただけに、その復活はとても嬉しかったし、自分との違いをありありと見せつけられる結果になった。

 

 弱い。

 霧雨魔理沙は弱いのだ。

 

 博麗霊夢と肩を並べる霧雨魔理沙は、今にも崩れ去ろうとしている。

 努力が結果に繋がると信じ続けた純朴な霧雨魔理沙は、既に死んでしまった。

 強い霧雨魔理沙は、最初から存在しない。

 

 

 もう限界だ。

 目を逸らして忘れることはできない。

 

 

「人間を辞めないのは貴女の意思だったかしら? 私にはどうもそのあたりが曖昧でね」

「……私は人間を辞めたくない」

「で、貴女の大好きなお師匠さんは何って言ったの。あいつなら人間を辞めることなんて躊躇しないでしょうね。現に人間じゃないし。あいつのことだから『お前も魔女になれー!』なんて言いそうなもんだけど」

 

 魔理沙は力なく首を振った。

 

「逆だぜ。魅魔様はそれで私を……」

「ふーん、魔女になろうとしたのね。それでどういうわけか魅魔の怒りを買って棄てられた、と」

 

 アリスの言葉に思わず睨んだ。しかし言い返す言葉はなくて、魔理沙はさらに消沈した。

 これ以上鬱になられても仕方ないと、人形を操作して魔理沙を立たせる。そして景気のいいビンタを1発頬へと叩き込んだ。

 

 ぐるりと一回転して背中から落ちた。

 

「いってぇ! 何すんだこの野郎!」

「私が今の魔理沙みたいにウジウジしてたら、貴女はどうする? こうやって張り手の一つや二つはしてくれるんでしょう?」

「そ、そりゃあ……」

「まあ単純にイラついたってのもあるわね。いつも馬鹿みたいなことばっかしてる癖になに一丁前に悩んでるのよ。気持ち悪い」

「さんざん言うのなお前」

 

 だがアリスのおかげで気を取り直した。

 ここは異変の首謀者の本拠地。しかも自分たちを一時退かせるほどの妖怪の組織が存在する場所だ。気を抜いていいはずがない。

 嘆きたいなら後で泣け。アリスの言う通りだ。

 

 下っ端の兎に負けました。そしてそれが悔しくてずっと落ち込んでました。

 ……それこそ本当の笑い者。

 

「すまん、情けないところ見せたな。二度とあんなヘマはしない……異変解決続行といこう」

「それでいいのよ。ほら敵さんの準備も整ったみたいよ? 丁寧に囲んでくれちゃって」

 

 機を見計らっているのか、竹林に身を隠しながらこちらを見張っている気配を感じる。

 アリスと背中合わせに構えながら360度どこからでも対応できるように神経を尖らせる。敵のあまりの連携に魔理沙は舌を捲いた。

 人海を基点としてた連携戦術はアリスの得意とする分野である。しかしよもや妖怪がそれを上回るチームワークを発揮するとは驚きだ。

 

「魔理沙。暴発の危険がある魔法は避けて戦うわよ。どうもひっかかるわ」

「言われなくても、だ。あんま性分には合わないが仕方ないな」

 

 雑魚と侮ることはあまりにも危険。身をもってそれを体験したばかりの魔理沙に慢心はもうない。

 此処が霧雨魔理沙のラストボーダーだと位置付けたからには、敗北は許されないのだ。

 

「やるぞアリス。背水の陣だぜ」

「私たち二人で陣なのか」

 

 そもそも背後も囲まれているので背水でもなかったりするのはご愛嬌。

 

「……逃げないね。兎の恐ろしさが分からなかった? 人間ってここまで阿保だったっけ」

「人間は阿保だよ。兎の足元にも及ばない」

「劣等種は駆逐だぁ!」

「駆逐っ! 駆逐っ!」

 

 この妖怪兎たちは元々人に飼われていた。明治期に流行ったペット兎というヤツだ。

 しかし文明開化の波に呑まれ大半は捨てられ、或いは食用に転用されたりと散々な目にあった。故に人間への怨みは錚々たるものである。

 マグネトロン空官砲を八方より容赦なく向ける。彼女たちにてゐのような慈悲の心は無い。

 

 そして、引き金が引かれる。

 

 その瞬間だった。

 

『退避ーッ! 全員退避ーッ!』

 

 兎たちの無線から音割れする声が響く。それは魔理沙とアリスにも聞こえるほどの大きさで、至近距離から直に声を受けた兎たちは顔を顰めた。

 後方支援の部隊からだった。

 

「うっさいよ良いところで!」

『すぐそっから離れろぉ! めちゃくちゃヤバイのがきてるって!』

「ヤバイのだって? てゐ様の加護がある限り私たちは無敵よ! 恐るるに足らんわ!」

『莫迦め! なら勝手にしろこっちはもう知らん! 私たちは退がるから!』

 

 ブツ、と不快な切断音。

 そして静寂が取り戻され、心地悪い空間が形成された。ぶつかり合うはずだった闘気が所在無さげに霧散していくのをアリスは感じた。

 

 だが、事の異常性は全員に伝わっていた。なんらかの嫌な予感が脳裏をよぎる。

 笹のはためく音と、蠢々とした不快音。

 

 

 近づいている。

 着実に。

 

「ひ──ひいやぁぁ!?」

 

 ちょうど魔理沙たちと向かい合っていた兎が悲鳴をあげる。そして武器を放って逃げ出した。

 敵前逃亡は重罪である。だが、兎たちはその同胞を責める気にはなれなかった。

 一羽の逃走を皮切りに部隊は潰走した。

 

 一方、魔理沙とアリスは目を見開く。

 魔理沙に至っては呆れかえっていた。それと同時に背筋を伝う冷汗を感じる。

 

 

 這い寄る渾沌。滲み出る妖気。

 暗闇の化身が顕現し、辺りを漆黒へ染め落とす。闊歩するは妖々たる顔触れ。

 怪異そのものが練り歩く、そんな光景。

 幻想郷でも滅多に見る事はできないであろう妖怪たちの真の悍ましさ。

 

 古世を想起させるアレらを表現する言葉を当てるなら───的確なものがある。

 

 百鬼夜行──【妖々跋扈】

 

 

 




「ハウディー♪ 八雲紫よ。
突然だけど土下座って便利よね。だって簡単お手軽に最上級の謝罪と謙りを示すことができるんだから。尊厳? 知らない子ですね。
ふふ、私の土下座が火を吹けばタダじゃ終わらないわ。まさに最終兵器(リーサルウェポン)
今回の件についてはやりすぎちゃったような気もするけど……まああれよ!過ぎたるは猶及ばざるが如しってヤツ! え、意味が違う?

あっ、あと何かよく分からないけど私が13位らしいじゃない? 真上に憎たらしい天人が乗っかってるのは気に入らないけど、嬉しいものですわ」

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