幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで 作:とるびす
決戦の舞台、迷いの竹林。
幻想郷のほぼ中央に位置する人間の里から見て、妖怪の山とは正反対に存在する広大な竹林。
この竹林では単調な風景と深い霧、地面の僅かな傾斜で斜めに成長している竹等によって方向感覚を狂わされるという。
また、竹の成長が著しい為すぐに景色が変わり、目印となる物も少ないので、一度入ると余程の強運でない限り抜け出せない。
さらには肉食獣や妖怪が多数生息しており、危険この上ない場所なのである。
ここまでが藍の報告にあった迷いの竹林に関する情報。私はこの身でそのナチュラルトラップを体験したことはあまりなかった。
ていうか一回しか足を踏み入れたことがなかったのだ。それも相当昔に。
つまり、私の眼の前に広がる光景はどこか懐かしくもあり、恐ろしくもある。
二度と踏み入ることはないと、そう思ってたんだけどねぇ。妖生どちらに転ぶか分からないものだ。
超高速で繰り返される殺風景な空間に飽き飽きしながら周囲を見回す。
現在、私たち暫定幻想郷連合は迷いの竹林を絶賛爆進中であった。
道塞ぐ兎たちを蹴散らしながら勢いのままに進み続ける。行き当たりばったりだ。
私を中央に構築された陣には一遍の隙間もない。闇に覆われ、霧に覆われ、蟲が群がり、妖怪が大挙する。詰まる所、逃げ場がない……。
「いやーいつぞやかを思い出すなぁ。今となっちゃいい思い出だよね」
「そんなことないわ」
「……そうかね」
「もちろん」
残念そうにしょげる萃香。悪いけどお世辞を言う余裕がないのよね、ごめんね。
萃香の言う『いつぞやか』とは吸血鬼異変のことだろう。確かに、この状況はあの時と似ている。
違うのは規模と対価と集合場所かな?
と、私の視界に黒い影が映りこんで背後に気配を感じる。後ろを振り向いたが誰もおらず、首を傾げながら前に向き直ると案の定ヤツが居た。
「それでは紫さん! 此度の異変ですが大変興味深い展開になってますね! この一大決心に至った理由をお聞かせ願えますか?」
屈みこんで私を上目遣いで見上げる。
「管理者として幻想郷の平和を願っての行動じゃダメなのかしら」
「面白みに欠けますねー。まあそのあたりはいいでしょう。私が一番聞きたいのはズバリ! この中において特に気になる妖怪をどうぞ!」
「目の前の烏天狗」
「ほう! お目が高い!」
なんで貴女が居るんですかね。
疾風の捏造新聞記者こと射命丸文が現れた! あー……霊夢からパパラッチ撃退結界のスペルカード貰っておけばよかったわ。
彼女の所属は言わずもがな妖怪の山。この状況においてこの場に居てはいけないはずの立場でしょうに……フリーダムすぎる。
「目の前の烏天狗は今回の戦闘においてはあまり役に立たないそうです。その代わりたくさんの情報を頂こうと考えているみたいですね」
「厚かましい天狗ね」
「マスコミの権利ですよ」
早急にお引き取りいただきたいのだが、素直に言うことを聞いてくれるような妖怪でもなし。うわぁ、めっちゃくちゃ面倒くさ!
文の元上司である萃香に視線で訴えた。「すぐにこいつを追い返せ!」と。
だが萃香は私の肩にポンッと手を置いた。
「まあまあいいじゃないか。宴は人が多いほど楽しいもんだ、薄汚れたマスゴミにも異変を楽しむ権利はあるさ。それに文はわざわざ天魔と内通するような妖怪じゃないしね」
「流石は”元”鬼の四天王の萃香様、分かっていらっしゃるー。器が違いますね!」
あーもういいや。文に真面目に突っかかるのは正直疲れる。邪魔しなければそれでいいや。
それに口が達者な彼女ならこの持て余した暇つぶしの相手になってくれるだろう。
「おっアヤじゃん! お前も一緒に来るの?」
「これはチルノさんお久しぶりですね。今日は同行取材といかせてもらってますよ」
近づいてきたチルノに文が応対する。そのよく響く大きな声に気付いたのか、周りを飛んでいた面々まで近寄ってきた。
「同志! 同志じゃないの! ついに焼き鳥撲滅計画の算段が立ったわよ!」
「それは喜ばしい報告ですねミスティアさん。後ほど詳しい話をお聞かせください」
「あらブン屋さんこんにちわ。この前はどうも」
「これはこれはわかさぎ姫さん。まさか貴女と竹林で会うことになるとは思いもしませんでしたよ。ああ、このまえのインタビューは只今編集中ですので、楽しみに待っててくださいね」
文は幻想郷に最も近い天狗とも呼ばれる異端の烏天狗。閉鎖的な天狗社会の表の顔として、幻想郷中にその異名を轟かせている。まあ簡単かつ極端に言えば天狗=射命丸文って感じね。
色んな意味で人気者だ。
「今回もお山の許可は取ってないでしょ? はは、お前も悪よのぉ」
「いえいえにとりさんには及びませんよ。聞きましたよ? 賢者会議でやらかしたそうじゃないですか。私にはあんなこと到底できませんねー」
にとりと文の邪悪な笑みがシンクロする。
ああ、分かるわ天魔。貴女の苦労が手に取るように分かる……! 妖怪の山情勢は複雑怪奇。
と、一通り挨拶を済ませた文が私に向き直る。どこか感心したような様子で。
「それにしてもすごいメンツですね。相手が相手なので仕方ないのかもしれませんが、それでもこれは些か目を見張るものがあります」
うん。その事については私も思ってる。
張り切って集めすぎちゃったかなーって。
集合場所は博麗神社。霊夢には悪いけど知名度や場所柄的には集合場所にうってつけだった。マヨヒガでもよかったんだけど、それじゃ辿り着けないヤツがいるかもしれないことを考慮した。
主な募集方法は4通り。
一つは橙による勧誘。得意の機動力で幻想郷を飛び回ってもらったわ。橙って友達が多いからね、誘う先数多なのよ。羨ましい。
一つはルーミアによる勧誘。闇からの無差別勧誘ならば相当数の妖怪にこの募集が伝わると踏んでいた。ちなみになんだかんだでルーミアという妖怪には友達が多いのだ! 妬ましい。
一つは私による勧誘。適当に力を持ってるヤツや話に乗ってくれそうなヤツに声を掛けてみた。しかし実際に乗ってくれたのはかなり少数だった。寂しい。
最後に萃香による強制勧誘。能力で集める、以上! ホント便利な能力よ。境界を操るとかいう意味不な能力よりも断然!
そうして幻想郷各地から猛者が集まった。
渦巻く思惑は一枚岩ではない。中には本気で私に力を貸してくれようとしているヤツもいるかもしれないし、利用することしか考えていないヤツもいるだろう。もしかしたら因幡てゐへの内通者がいることも容易に考えられる。
ぶっちゃけどうでもいい。
連中がどんな腹積りでいようが関係ない。何が何でも全員協力してもらうわ。
「たいへんな曲者揃い……こんな短期間でよくここまでの人数を用意できましたね」
「スピードと手数は足りてますわ。真の問題は彼女たちを動かす為の”対価”だった」
「対価ですか、なるほど。例えばどのようなものかお聞かせ願えますか?」
「そうねぇ……例えば───」
リグル・ナイトバグとミスティア・ローレライはなんだかんだでいつも集合に応じてくれる気のいい妖怪だ。凶悪だけども!
なおこの二人との交渉内容だが……。
『虫の地位を鳥よりも上にして! ついでに外国からも虫が入ってこれるようにお願い』
『鳥の地位を獣よりも上にして! あと悪しき焼き鳥文化の撲滅をっ!』
と、各方面に煩そうなものだった。普段の私ならにべもなく断る案件であるが、今日の私は一味違う。快く二人の要求を受け入れた。
その場しのぎの回答になってしまうが、今はそれよりも大切なことがある。
次にチルノ。この子に関してはいい思い出がない……ちょっと前に氷漬けにされたばっかだし。だけど話の乗せ易さは幻想郷一である。ついでに大妖精も付いてくるしで一石二鳥!
要求については「あたいが最強だと認めろ!」という至極わかりやすいものだったので即答でオッケーした。なお大妖精は謙虚だった。
付け加えると今回、レティ・ホワイトロックは見当たらなかったので選考外である。居てくれれば心強い存在だっただろうだけに残念ね。
プリズムリバー楽団にも声を掛けた。この騒霊たちったらまだ白玉楼の前で喧嘩してたのよ。このまま放置しておくのも勿体無いので回収しておいた。
彼女たちの要求は『館の改修』と『人里での定期ライブを約束すること』である。
そこらへんについては阿求と色々打ち合わせして決めなきゃなんない内容だけど、今は時間がないので独断でオッケーさせてもらった。
阿求は優しいから土下座でもすれば許してくれるんじゃないかな、と甘い観測を抱いている。キレられたらそれまでだけどね。
「とまあ、彼女たちにはそのように」
「……えーっと。いいんですか?」
困惑気味の文はレアである。確かに彼女の言いたいことは分かるわ。
だって相手の言うがままに要求を呑んでいるんですもの。知る人からすれば「こいつぁ酷えや」って感じなんでしょう。
ついでに付け加えるならこれはまだまだ序の口である。
「まだ酷いのがあるわよ。賢者にしろっていう要求なんかもあったし、博麗神社の一画を譲渡しろなんてのもあるわ。酷いのじゃ禁輸指定の原材料を自分たちへ極秘に密輸しろとか」
「えぇ……。しかも最後のって絶対河童じゃないですか。制裁決議って紫さんが主導したものですよねぇ……? 腐ってるなぁ」
「話し合いで解決できる妖怪は貴重さ。盟友の盟友は賢い選択肢を選んだよ」
カラカラと笑うにとりとは反対に、私は内心げっそりだった。理由は言わずもがな。
どうでしょうかね。ぶっちゃけると後悔がどんどん押し寄せてきてるのよね。これ異変の後は賢者辞任待ったなしだと思うわ……。
まあ、その代わりてゐは道連れにしていくけどね。藍とおっきーなと阿求が力を合わせれば幻想郷を無事に運営できるだろう。将来安泰だ。
天魔に関しちゃ知らん。迷惑かけなきゃそれでいいわ。華扇は……うーん、どうかしら?
……実は賢者をやっと辞めることができそうでホッとしてるなんて思ってない。決して思ってなんかないんだからね! 多分きっと!
私、賢者を引退したら橙と一緒にマヨヒガで余生をゆっくり過ごすんだ。
あ、忘れてた。
スキマから携帯電話を取り出す。
「おや、はた──同僚が使ってるモノと同機種ですね。紫さんもそんな物好きしか使わないような骨董品を使うのですか」
「おいおい天狗の旦那。この機種を旧型呼ばわりしちゃいけないよ。なんたって河童の叡智の全てが結集されているんだからね。まあ、はたてのは間違いなく旧型の化石だけどさ」
てか私は普通のガラケーを注文したはずなんだけどなぁ。おかしいなぁ。意味のわからない変な機能が多いなって思ったら……。
取り敢えず突っ込んでたら何もできないし、山の連中は無視しましょう。
別行動中の橙に連絡を入れないとね。
『おかけになった電話番号は───』
そして繋がらない。使われていないってことは無いだろうから、電波の届かない所にいるんでしょうね。もちろん私が。
にとりに視線を向けると、困ったように肩を竦めた。
どうやらこうなる事は最初から分かっていたようだ。
「そう、ここら一帯の磁場が何者かによって意図的に乱されている。おかげで本部と通信が取れなくて私たちも困ってるのさ。こんな竹林で通信機器が使えないんじゃ孤立に遭難は必至……こりゃ敵さんの巧妙な罠だ」
「はは、いざとなったら私が竹林を消滅させてやるよ。遮蔽物がなければ簡単に進めるだろ?」
「「ひぇ……」」
こんな発想がポンと出てくるあたりやっぱり鬼って頭おかしいわ。にとりと文までドン引きじゃないの……。そういや彼女らは鬼の恐ろしさを骨の髄まで味わってるんだっけ。
いやー妖怪の山って地獄だわ。
と、話がずれちゃった。橙と連絡が取れないのは困るわねぇ。あっちの進展具合が把握できないし、後から合流する予定が狂ってしまう。
匂いを辿っての合流とかあの子にできるかしら? 藍なら無条件でなんとかしてくれるって思えるんだけど、橙はまだ抜けてるところがあるから。
「……?」
不意に悲鳴が響いた。
そして河童の一団が慌ただしく動き出す。
「前方に兎の一団を発見。戦闘準備を……っと、戦意はないようで散り散りになっています! ……あれ、二人組が残ってますね」
「了解。──というわけだが、どうする大将?」
暗視ゴーグルを着用した河童の報告を受けたにとりが私を見やる。指示を仰いでいるのだろうか?
大将って、なんか落ち着かない響きだわ……!
それにしても二人組か。これはもしかすると? もしかしちゃうと? 早速ながら霊夢と藍に合流できたんじゃないの?
ところがどっこい。運命の女神様はそんなヌルゲーはお求めになられていないようで、二人組は霊夢と藍ではなかった。
ぐぬぬ……さすがに話が良すぎたようだ。
だがだが、この二人に出会えたのは嬉しい。彼女たちなら間違いなく強大な戦力になってくれるはずだ。
金髪魔法使いコンビの登場に私は笑みを抑えることができなかった。
私の脳内では因幡てゐを倒して幻想郷に凱旋する華やかな未来図が既に輝いていた。
*◆*
藍さまの式になってから、どれだけの月日が経っただろう? 最初のうちは数えてたんだけど、いつからか数え忘れちゃった。
けど年月なんて意味ないの。だってこれから先もこの関係が変わる事は決してないんだから。
あの日、私には二人の主人が生まれた。何にも変えることのできない大切な存在。
強くてカッコよくて、頭が良くて優しくて。大好きな自慢のご主人様。
二人とも稀に厳しい時もあるけど、私は全然辛くない。だって私が不甲斐ないからだもん。逆に二人の気苦労になっている事が悔しかった。
実力も実績も無い自分に与えられた八雲の式という『大業』は、私自身における一番の誇り。勿論、身の丈に合わない仕事に何度も打ちのめされた。職務を全うできない自分が恨めしかった。
だけど、私は折れたりなんかしない。劣等感に決して負けるもんか。
藍さまと約束したんだ。
「紫様が誇れるような式になろう」って。「二人で一緒に頑張っていこう」って、誓い合った。
それだけじゃない。私は決めた。藍さまを超える最強の式神になるという、遠くて険しくて……手を掛けるのも烏滸がましいような藍さまの背中の、さらにその先を追い求めようと。
私は知ってる。
藍さまはとても悔しかったんだ。私なんかよりも、ずっと、ずっと……。
春雪異変の後、藍さまは私のことをたくさん褒めてくれた。そして八雲の式を完全に辞めてしまおうとした。紫さまの必要になれない式なんか存在する理由がないって毎日嘆いていた。
紫さまの居ない所で何度も血を吐きながら、自分を追い詰め続けていた。
泣きたかった。藍さまが壊れてしまいそうで、何処か遠い所にいっちゃいそうで。
けどこれが藍さまの覚悟。八雲の式であり続けるための揺るぎなき決意なんだろう。
なら私は支えよう。藍さまと、紫さまと、ずっと一緒に居られるように。
二人は完璧じゃない。
藍さまは自分に未熟な部分が有るのを承知しているから、更に自分を追い詰める。
紫さまは一見完全無欠に見える。だけど、一人の時にとても哀しい目をされる事がある。病気で倒れた時は、私の目にも弱々しくて、触っただけでも崩れてしまいそうな。
二人とも無理をしてるんだと思う。私の知らない所でたくさんの事が起きていて、それを知る由もない私に二人は笑顔を向けてくれてる。
それじゃダメだよ。
私はあの二人が抱える全てを支えなきゃなんないんだから。三人がずっと一緒に居るためには、誰よりも私が頑張らなきゃね。
烏滸がましいのは重々承知してる。
だけど目指すくらいなら藍さまだって許してくれるはずだ。
だから───。
だから!
こんなところで……!
「諦めろ。今宵、この場所に人里なんてものは存在しなかった。それが結果だ。お前がいくら食いつこうと紡がれてきた歴史が裏返る事など決して有りはしないんだ」
「そんなはず無い! ここには人間たちが住んでいた! ちゃんと記憶してる!」
慧音は呆れたかのように肩を竦めた。まるでとんでもないバカを見るかのように私を見下す。
「偽りの記憶だ。よく思い返してみればいい……さあ、ここに人は住んでいるのか?」
「それは……」
言い返せない。私の記憶に歴史が全てを否定している。私の矛盾を責め立てる。
だけど凄まじい違和感を感じるの。矛盾を矛盾で覆い隠す、そんな悪意が。
慧音が何かしている事は確定的に明らかだ。
「隠さないで! 私には分かるんだもん……ここに存在していたであろう何かが!」
「……そうか。話しても無駄か」
雰囲気が一変する。
「流石は八雲紫の部下、 部分的にとはいえ私の能力を一部看破したか。いや、それとも長い時間を生きる妖怪だからこその結果と言えるのかもね」
「やっぱり隠してたんだ。……思い出してきたわ。人里は確かにここにあった。そしてそれを消すことができる能力の存在も!」
「そう、私だ。人里は私が隠した」
打って変わって私の言葉をあっさり認めた。だが状況は何一つ好転していない。
慧音は間違いなく私に……八雲に敵意を抱いている。つまりただでは人里に辿り着かせないという言葉不要の圧力か。
そして私は閉じ込められた。マヨヒガで暮らしている私には馴染み深い感覚だった。別の空間に移される《あの感じ》だ。
周りの風景は全く変化していないが、それら全てが偽りの中にあるのを感じる。
慧音は自分ごと私をおかしな異空間に転移させたのか。……厄介かもしれない。
強い妖怪はまず始めに相手を『自分の空間』に閉じ込めようとする……そう藍さまから教わった。用途や目的は妖怪それぞれだけど、相手によってはそれで勝敗が決定することだってある。
「なんで私の邪魔を? 慧音も阿求も、紫さまとは仲が良かったんじゃないの!?」
「仲が良いかどうかは別として、今宵の情勢は交友事情なんかで融通を利かせることができるようなものではない。妖怪は誰であろうと決して人里には入れない。勿論、お前もだよ橙」
「小傘たちはどうなの? 人里にだって少数だけど妖怪が住んでいるんじゃ……」
「そうだな。その間、彼女たちの自由は殆ど奪わせてもらっている。間違っても内側から私の術を破るような真似をされないように」
いつもの慧音とは全然違う。慧音は言わずもがな人間側の存在ではあるが、ここまで常日頃から妖怪を敵視するような人じゃない。
メリハリというにはあまりにも出来すぎてる。
どうしよう……。
紫さまからの命令を遂行するためには人里のみんなに会わなきゃなんないのに……。
博麗神社で見た紫さまの決意を無駄にすることだけは私自身が許さない。
紫さまはみんなの協力を得るために地に膝をついた。妖怪としての矜持や建前を投げ打ってでも藍さまと霊夢の為に動いている。
『橙。貴女は人里で協力を得てちょうだい。そしてさっきと同じ手順で私に付いて来てくれる妖怪の一団を組織して、迷いの竹林で私と合流しましょう』
紫さまは両肩に手を置いて、透き通るように綺麗な瞳で私を見つめてくれた。
アレは、間違いなく期待の眼差しだった。
『橙にはたくさんお世話になってきたわね。何時も私の言うことを聞いてくれてありがとう。……多分、今回はその中でも特に大切で重要なお願いになるわ。貴女が作戦のキーよ』
紫さまは私を胸元に抱き寄せてくれた。
『私とあなたで……藍を助けましょう』
だから!
こんなところで燻っている場合じゃないんだ!
私の大きな願いを叶える為に。……そして何より、私は紫さまの式の式である為に! 与えられた命令は必ず遂行してみせる!
「私を人里に通す気は絶対ないんだ」
「……そう決めたからな。勉強しただろう? 妖怪と人間は元来親しく交わるはずのなかった因果関係にある。両者が敵対してきた歴史があるからこそ、こうして幻想郷が存在し、さらに人里が存在する理由たり得るんだ。真の信頼など築けるはずが───」
「そんなの、紫さまには何の関係もない!」
力強く一歩を踏み出した。
妖力を身体中に張り巡らせて、重点的に四肢へと集約させる。そして慧音の首へ爪の照準を定めた。
私のスピードなら慧音が認知するよりも早く彼女の首を掻っ切ることができる。つまり、ここまでの行動は一貫して慧音への脅しだった。
対して、慧音は此方を厳しく睨むとその身から若干の霊力を漂わせた。
「お前の立場は理解したわ。だけど、お前の言う事がどれだけ筋が通っていようと紫さまの邪魔になるのなら……私は容赦しない。通せんぼするなら無理やり押し通るよ! 命があるとは思うな!」
「若輩者の化け猫め。ご主人様の躾が足りなかったみたいだな」
慧音の目が据わった。それはすなわち、私への攻撃を決意した無意識のシグナル。
それと同時に地を蹴り、迷いなく首筋へ腕を振り抜いた。交差はほんの一瞬で、私の目的は既に達成された。私の式に『害意を感じるとともに攻撃を開始する』ようにプログラムされていた、ただそれだけの行動。
攻撃に転ずるまでに介する無駄を極限まで省いた技だった。それは無意識行動よりも遥かに効率的で、とても強い。初撃必殺だ。
生死を確かめるべく振り返る。そこには先ほどと変わらぬ様子で地面に突っ立っている慧音の姿があった。
首に傷は、無い……!
冷酷な流し目だった。
「正直見くびっていたよ。紫や藍の後ろを付いて行くことしかできない化け猫だとばかり思っていた。もし仕込みが無ければ私は間違いなく殺されていた」
「そんな……っ!」
振り向きざまに放たれる鋭利な群弾幕。油断していた私には十分な不意打ちだった。
結界は間に合わない! なら、せめてガードを──。
が、駄目。
私には腕が
「う、ぎゃぁ!?」
妖術による硬質化がギリギリで間に合ったものの、弾幕が身体の中程まで貫いたのを感じる。余りの痛みにたたらを踏んで倒れた。
痛い、痛いよぉ藍さま……。
「お前と私を歴史から隠した際に細工させてもらった。いつから腕があるものと錯覚していた」
そうだ。私は一度も腕を意識できなかった! 最初から存在しないものとして扱っていたんだ。
腕の存在を強く感じると程なくして何も無いところから腕が徐々に具現化していく。
能力を破りつつあるんだ!
「どうやら私の能力は強い妖怪には通用しないようでな、コレは普段使わない戦法だ。まあ、お前程度ならどうということは無い。──さあ、ゆっくりする暇は無いぞ」
宣言に合わせて慧音の周囲が眩く発光する。やがて光が収束しエネルギーとして確立された。おぞましい数のレーザーが私に照準を合わせている。
対処は容易い。だけど、慧音の能力下にあるこの状況じゃ話は別になる。
全てを疑わなきゃならないわ。自分の記憶すらも、もはや信用できない。
気をしっかり持て! 私は八雲の式だ!
決意と覚悟を見失うな!
紫さま、もう少しだけ待っててください。すぐに向かいますから!
藍染つよい。関係無いですがね。
実は賢者に対してあまり良い感情を抱いていない慧音先生。今回は(月停止)異変の首謀者が紫であることを知っていたため橙はNG
なんか豊臣秀吉の中国大返しを思い出すゆかりんの進軍。かなり行き当たりばったり
今回話に加わっていないだけでまだ人数がいたりします。どんだけてゐのことを怖がっているのか、分かっていただけたかな?
リグル→虫の地位向上・外国産の輸入
ミスティア→鳥の地位向上・焼き鳥撲滅
ルーミア→三食保証
チルノ→最強の証
大妖精→なし
プリズムリバー→館の修復・定期公演
わかさぎ姫→???
???→賢者就任
???→博麗神社の一画
にとり→密輸
萃香→ご察し