幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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親愛と虚無の境界*

 

 

 遠い誰かの、夢のような千切れた思い出。淡くも儚い幻のような砕けた日々。

 これは多分私の記憶。失われたはずの、()()()私。なんでこんな時に、よりにもよってこんな時に……思い出してしまうのか。

 

 紫が居なきゃ、こんな記憶なんて何の意味も無いのに。

 

 ──私からの当てつけなんだろうか。

 

 

 全て私の責任だ。

 私のどうしようもないエゴが、紫を喪わせてしまった。

 

 紫が死んでくれればずっと一緒なんて、そんな事を一瞬でも考えた自分が怨めしい。

 結局、私は紫との約束なんてどうでも良かったんだろう。自分の存在と意義を定めてくれた紫との約束なんて、心の奥では邪魔としか思っていなかったのかもしれない。

 

 「死にたくない」──そう言い残して紫は消えた。眩く彩っていた生の息吹は、灰色の靄に燻りながら堕ちてしまった。

 

 紫は……生きたがってた。

 その挙句、死すら与えられなかった。

 

 現世にも、冥土にも紫は居ない。

 

 込み上げる真っ暗な想いは、私の罪の色。そして、私が残す事のできる最期の手向け。

 

 酷いエゴを繰り返す。

 

 醜い私を肯定する。

 

 

 こんな能力を持っていながら漠然と漂うだけの私も、この感情を抱いたのは初めてだったんだなって、やっと気が付いたの。

 

 

 そう、これが───『殺意』なのね

 

 

 

 *◇*

 

 

 

 最初から最後まで、お前にしてやられてばっかだった。私のプライドを踏み躙って、私の求めるものを全て与えて──……お前はただ笑うだけ。

 

 恩返しなんて私の柄じゃない。だから、逆に意趣返しでもしてやろうと思ったのよ。わざわざ遠回りに、しかも屈辱を受けながら動いてやってたのに……またあいつに全てを壊された。

 

 つくづくお前には敵わないことを思い知らされるよ。運命なんて安っぽいものは、紫にとっちゃ無いも同然なんでしょうね。

 

 

 ……ふざけるな。

 

 お前が居なくなったら、この幻想郷はどうなる? 他の賢者が治めても、私は絶対に納得しないわ。私の上に……少なくとも"一時的に"でも立っていいと認めたのは、貴女だけよ。

 私の長年の悲願を無為にして……逃げるなんて絶対に許さない。

 

 くそッ、フランになんて言えばいい?

 あの子に植え付けた悲しみで、あの子をまた壊すのか? あんなに偉そうな事を言っておきながら──……ホント、つくづく最悪だ、お前は。

 

 私は一生お前を恨むわよ。

 貴様が遺していったモノの全てを背負わされたこの恨みは、絶対に有耶無耶にはしない。毎日にでもお前への呪詛を紡ぎ続ける。

 

 

 ッ…………例えそれが、認めたくない弱さの誤魔化しに過ぎなくてもね。

 

 

 

 *◇*

 

 

 

 与えられた記憶が消える。

 

 戴いた温もりが消える。

 

 代わりに表れて私になるのは、遠い昔に感じなくなった沢山のモノ。私が私に戻っていく。

 

 今の私は紫様を知らなかった私。何も考えられない無垢な子供。屍を築くことしかできなかった、この世で最も残酷な獣。

 

 今の私は、紫様に出会えなかったワタシ。

 私が怖れて嫌悪したワタシ。

 

 ただあの頃のワタシと違うのは、この胸に走る鋭くて切ない痛みと、紫様と共に在れたという確かな事実。それだけが、『藍』という名前の理由。

 

 ああ、紫様。

 幸せを願いながら消えていった最愛の人。

 例え私の慕った紫様とは違っていても……それでも、貴女様が最後に向けてくれたあの想いが真実なのでしょう。

 

 貴女様が居ないのなら、もう何でもいい。幻想郷なんてどうでもいい。私がやらなければならないのは最早一つの事だけ。

 

 どうしても許せないヤツを、後も残さないほどに破壊してやろう。不死だろうが何だろうが、壊し続けて、殺し続けて……紫様が受けた苦しみを何千倍にして味あわせてやる。

 

 許せないのは、八意永琳。

 そして、私だ。

 

 

 紫様───……叶わぬ願いだったとしても、私は最期まで信じたいのです。

 

 私も消えてしまえば、貴女様と一緒になれる事にはなりませんか? 互いに消失して、虚無で混ざり合うことができれば……。

 

 

 もう一度だけ、逢えることにはなりませんか?

 

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

 

 様々な喧騒の絶えなかった迷いの竹林も、今では大体の落ち着きを取り戻していた。

 てゐというイナバ隊の根幹を成す存在が消えたことにより、戦況は一気に幻想郷連合軍へと傾いた。

 それでもめげずにゲリラ戦を敢行していたイナバ隊だったが、竹林ごと薙ぎ払う河童の航空支援や、大規模攻勢により壊滅。その殆どが捕虜として捕らえられた。

 

 

「なんだこれは宝の山か!? まさかここまでの兵器を大量に鹵獲できるなんて!!」

「隊長! これなら……これなら!」

「うん。妖怪の山を私たち河童のモノにすることができる! 河童は強くなるぞ!」

「ついでに戦車も強くなるのです」

 

 

 

「あいつら無茶苦茶やってるな。敗戦者の末路ってやつか……」

「今は河童に任せて問題ないわよ。それよりも気を抜かないの。いつでも撃てるように準備してて」

「心配しなくても大丈夫だぜ」

 

 魔理沙は自分の意志を示すようにミニ八卦炉を構え直す。その砲口の先には地面に縫い付けられ、何重もの結界に遮られた一人の蓬莱人がいた。

 その危険度ゆえに霊夢、魔理沙、アリスの三人による厳重監視が敷かれており、下手な動きを見せればすぐにでも圧殺できるような隊形を取っていた。

 

 蓬莱人は魂が不変である故に復活する際、場所を選ばない。しかし霊夢の張った結界が魂を逃さないのでなんとか形だけの封殺が完成している。

 

 彼女によってもたらされた被害は甚大で、不死となりふり構わない立ち回りによって苦戦を強いられた。しかし魔法使いコンビと萃香が参戦してからは優位に事が進んだ。

 

 蓬莱人、藤原妹紅は先程までと打って変わって、落ち着いた様子で異変解決の雄たちを見据えていた。まるで何かを値踏みしているかのような目で、魔理沙はどうにも気に入らない。

 

「……こいつが言ってた事は本当なのか? メリーが紫に喰われたって。あの身内だからどうたらってのは嘘……?」

「あいつの安否を知ってるのは紫だけだから、後で話を聞く必要があるわね。……まあ何かの間違いだと思うけど」

「私もそう思うわ」

 

 何かを察したように頷く二人に魔理沙の機嫌が露骨に悪くなる。

 また自分だけ仲間外れか、と若干拗ねた。

 

「何を根拠にそう思ってるんだよ?」

「ちょっとした勘」

「ちょっとした予感ね」

 

 霊夢の博麗の巫女としての、勘による『当てずっぽう』の的中率がかなり高いことは最早周知の事実だろう。

 一方で、アリスは有用な情報を有していて、それから導き出される限り、妹紅の言っていることと辻褄が合わなくなるのだ。だって紫とメリーは同一人物なのに、どうして食べることができようか。

 

 いや、それらよりももっと決定的な前提がある。

 

「まず紫って人間を食べないでしょ? そのくせして妖怪は食べるっておかしな話よ。それになんだかイメージできないのよね」

「……だな」

 

 紫の人肉嫌いは巷でも有名だった。

 というものの、それを象徴する印象的な場面があって、春雪異変の前くらいに宴会が行われた時だったか、ルーミアが紫の口に人肉を突っ込むというちょっとした事件があった。

 その時、紫はいつもの平静な佇まいを崩しながらそれを吐き出したのだ。霊夢達には聞き取れないほど小さな声で何事かを呟きながらえづく様は異様だった。

 

 しかも紫は肉を吐き出した後は何事も無かったかのように談笑を始めたので、その場にいた全員が白昼夢を見ていたのかと先程の光景を疑ったほどだ。

 

 魔理沙は人肉に含まれる何かの成分が紫の形質と合わなかったのかと推測していたが、よくよく考えるとそれもおかしな話である。

 妖怪としての在り方にここまで反しておきながら、あれほどまでの存在感を放つのは尋常ではない。紫がただの妖怪でない事は皆の知る通りだろう。

 

 

 と、各々の思考を遮るように閑静な迷いの竹林に爆発音が響く。何事かと見てみると、どうやら河童の方で何かトラブルがあったようだ。

 

「うわぁぁ!? な、なんじゃこりゃあ!?」

「ははは、安全装置(セーフティー)に爆薬を仕込んでやがるみたいだね。奴さんも情報漏えいを防ごうと必死だなぁ。次からは慎重に分解しな」

「は、はい!」

 

 

「ったく、あいつらは相変わらずだな。……んじゃ場もだいたい落ち着いたみたいだし、私たちもそろそろ動くか?」

「そうね。早く紫たちの後を追わないと。───萃香、こいつを頼める?」

「んーいいけどさぁ……暇なんだよなぁ。もう異変解決も流れ作業みたいになっちゃってるし、いまいち盛り上がりに欠ける」

「一々盛り上がられちゃこっちが堪らないわよ。アンタに本気出されても困るし」

「ぐむむ……強すぎる自分が辛い」

 

 贅沢な悩みである。魔理沙なんかからすれば溜まったものでないだろう。だがそれは裏を返せば萃香の圧倒的な安定感によるものだ。だからこの場を信頼して預けることができる。

 

 軽いアイコンタクトをして霊夢が進むべき方向を提示する。つまりこの先に紫たちがいるということなのだろう。

 ……もうとっくの昔に全てを終わらせてしまっているのかとしれないが。

 

 いざ、霊力を纏って浮かび上がり、竹林の奥へ向かおうとした───。

 

 

 

 が、霊夢達は再び地に足を着けた。着けていた。

 

 そして困惑する間もなく、空気をつんざく爆発音が轟く。河童達がまたもや兎の兵器の取り扱いを誤ったのだろう。だが当の河童は黒焦げになりながらも首を傾げた。

 

 全員が顔を見合わせて、その身に起きた不可解な現象に首を傾げた。

 

「……おい霊夢」

「この感覚……覚えがあるわね」

 

 この時間が飛ぶ感じと、脳内を覆う強烈な既視感。これを霊夢と魔理沙は既に体験している。ちょうど一年ほど前に脆弱な氷精が魅せたあの面倒臭い戦法……まさにそれだった。

 

 だが今回は、それとは大幅に異なるような、もっと強い強制力のようなものを感じた。明らかにチルノのものとは違うのだ。

 見るとチルノが周りから追及の嵐にさらされて、何が何だか分からない様子で言い返している。そのチルノの言い分については妖精ゆえにか霊夢には全く理解できなかったが、それでもチルノがやったのではないと、思わしめるには十分だった。

 

「時が戻るなんて通常じゃ考えられない現象だぜ。それが今このタイミングで起こるってことは……十中八九あっちで何かがあったんだろうな」

「こんな状況では考察なんてできないわね。兎にも角にも紫の元へ向かわない限りは何も始まらないわ。急ぎましょう」

 

 魔理沙とアリスが再び空へと浮かび上がるが、対して先程はいの一番に向かおうとしていた霊夢はというと、固まったまま動かない。早くなる動悸を手で押さえて、痛くなる頭を何度も殴りつける。

 

 胸を突き抜ける謎の虚しさ。

 忌まわしい博麗の勘が、何かが終わってしまったことを告げているようだった。

 

 嫌な予感が頭に纏わりつく。

 

「なんなの……これ」

「霊夢、どっか怪我してるのか? なんなら私に任せて休んでてもいいんだぜ?」

「……行くわよ」

 

 負の念を振り払い、博麗の巫女としての心得を何度も頭で繰り返す。自分を縛ることはあまり好きではないが、時にはそれがこの上なく頼もしくなることだってある。

 前回のようなことがあった後なら尚更である。

 

 

 

「……案内してやろうか? 私の脚なら奴らの居る場所まで数分で着くぞ。それに私の本業は迷いの竹林の案内人だからな」

「そんな虫のいい話は無いわね」

 

 不意の妹紅の申し出を一蹴する。そもそも妹紅との戦闘の発端になったのは、他でも無い妹紅の裏切りからだった。それによって藍は重傷を負わされた。

 これで信じろという方が無理な話だ。

 

「いま嘘を吐く理由はないよ。強いて本音を言うなら、私はどうしても八雲紫を殺したい。だからどうしてもお前たちに見逃してもらわなきゃならない。……どのみち八雲紫を目指すなら、同じことじゃないかねぇ?」

「無茶苦茶な言い分だな。……だがこいつに付いて行けばこの竹林で迷うことは無い、か。どう思う? アリス、霊夢」

「私は……反対ね。無駄なリスクを冒すよりも堅実に行くのが一番だと思うわ。それに、あっちに着いたらもう一度この()()()と戦わなきゃならなくなるんでしょう?」

「言ってくれるなぁ」

 

 妹紅はアリスの言葉が気に入らないようだが、幻想郷でも稀有な存在だというのに、むしろ化け物と呼ばずして何と呼べばいいのか。

 こんな爆弾を抱えて行くなどリスクが過ぎる、とアリスは考えた。それが理に適っていることは妹紅も含め、全員の共通の見解である。

 しかし、霊夢は首を振った。

 

「連れて行きましょう。今は一刻でも早く異変の根源に辿り着きたい……多少リスキーでも先決すべきことは先に為さなきゃ」

「───てな訳だ。すまんなアリス」

「結局私に決定権はないのね。まあ、知ってたし別にいいけど」

 

 こういう時の二択は霊夢の判断に委ねるに限る──それが幻想郷での常識である。

 

 

 

「私には判らんよ……何故お前のような奴が八雲紫の配下に甘んじているかがさ。博麗の巫女は人間の味方なんだろ?」

「ああん? 誰があいつの配下だって? 冗談はあんたの存在だけにしときなさい」

「……まあいいさ。先人のよしみで一つだけ忠告しといてやるが、この世に裏切らないものなんて一つも無いんだぜ。──あの妖怪なら尚更だろ?」

「……」

 

 違う、とは言えない。

 

 紫のことを信頼する気持ちは勿論ある。胡散臭くはあるが幻想郷を想う言動は一貫しているし、何時もここぞという時で物事に介入して最高の結果を残していくその姿に、ちょっとした頼もしさを感じたことだってある。

 

 だが、自分の知らない紫の姿が、あの微笑の裏に多く潜んでいることは紛れも無い事実。春雪異変の時の()()()が一番の例だろう。

 

 

 ……昔からずっと思っていた。

 紫の心を知ることができたら、紫を真の意味で知ることができれば……その時こそ、自分も本心で紫と向き合うことができるのだろうか、と。

 

 

 ……遅かった。

 今となっては、夢物語だ。

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 この指折り数えることなど億劫になる我が生涯の中で、形ある『窮地』というものを体験したことは、多分一度も無い。

 月人として初めての覚醒者であり、生まれつきの明晰な頭脳……これだけあって私に不足するものなど何があろうか。

 力も、技術も、知恵も、理不尽を耐えぬく能力も、あまつ経験さえも───私にはそれら全てが満たされている。自身への脅威は微塵にも感じない。

 

 そしてこれが……生涯初めての『窮地』なのだろう。これが『危機』というものなのだろう。脳髄を駆ける生物としての警鐘がそれを実感させる。

 

 

 これに至った経緯で私の行為に落ち度は、普通なら何も無いはず。

 だが敢えて一番の失策を挙げるなら、それは恐らく八雲紫を消してしまったこと。

 その行為自体に後悔は無いし、それ以外のやりようが存在したとは到底考えられない。……ここまでは決定事項。

 

 ここから先は為すべくして為された結果の産物であり、それが予め定められていた運命なのだとしたら、あまりにも酷な話だ。

 

 今の状況は、私が考える中でも最悪のモノに近い。死なんて軽い結末では無い。

 ──『詰み』こそ最も避けなければならない結末。

 

 そして、私は今、『詰み』に向かっている。

 

 

 八雲紫の式神──元式神の八雲藍は、もはや先程までの在り方を完全に変質させている。理知的な光を感じない漆黒の妖力が、私を焼き殺さんばかりに渦巻き、解放し、牙を剥く。

 

 肥大化し自在に伸縮する九尾が、私の目視スピードを遥かに振り切る速さで蠢き、あっという間に身体を貫き引き裂く。……ここまで早い周期で殺されるのは初めてのことよ。

 

 圧倒的な強さだ。

 地力では決して敵わない存在というのを、初めて認知させられた。単純な戦闘能力ならこの世の五本の指に入るかもしれない。

 

 あの九尾の狐の変貌に何らかのトリックがあるのは確実。八雲紫の置き土産だろう。

 この現象は封印の解放に近い。……だけど、一概にそうとばかりには言い切れないかもしれないのだ。備えるはずだった最強のヴィジョンを無意識的に己の肉体に反映させている。つまり八雲紫はあの九尾の強化を敢えて阻んでいたという事になる。

 ──……何にせよ、消えても厄介な妖怪。

 

 さて、晴れて本日何度目かの擬似的な死を迎えてしまった。従来の通りならば直ぐにでもリザレクションして反撃に移る場面だが……それができないから、これは『詰み』なのだ。

 私の器が凄まじい周期で壊され続けており、再構築のスピードが全く追いつけていない。蓬莱の薬の効力が完全に押されている。

 原因はあの亡霊だ。妖力の形質からして、死に誘う能力といったところだろうと初見の時点で判断していた。が、その効能が私の予想を遥かに上回る勢いで強化されてきているのだ。

 本来、蓬莱人に対しては無力に近い能力。だがその不利ですらものともせず、私を殺そうとドス黒い呪詛を放っている。

 

 不変の魂魄を殺されることはない。しかし、完璧でない肉体はこれまでに何度も崩壊している。戦闘が始まって約3秒程度が私の寿命、そして一度でも死ねばもう二度と受肉することはできないのだ。

 継戦能力もままならない現状では正直、彼女が最も手にかかる。

 

 

 極め付けには後ろで控えながら回避不能の紅槍を何本も投擲する吸血鬼。脅威度は他二人に比べて若干見劣りするが、下手すればこの中では一番厄介な存在。何故なら、彼女は誰よりも冷静に大局を見極めているから。

 何度狂わされただろうか。この吸血鬼さえ居なければ、九尾と亡霊だけだったなら、私の試行回数は兆が億くらいには減っていたはず。

 

 あと二人、亡霊と吸血鬼の従者が居るがアレらはまだ脅威にならない。寧ろ、主人達の変貌ぶりに付いていけてない様子ね。

 ……頭の隅に置いておく程度で十分でしょう。ただあのメイドには何かが引っかかる。違和感の正体が掴めるまでは度外視するわけにはいかない。

 

 

 

 さあ、どうしましょうか。

 正直なところあの三人と殺し合って勝つのは、ほぼ不可能。そもそも九尾と私の身体能力がかけ離れ過ぎていて勝負にならないのだ。持久戦に徹したくても亡霊がそれを許してくれない。

 勝率は0%に近いわ。

 

 といっても逃げるのは論外。

 あいつらの目……私を殺すだけでは飽き足らない"欲"を感じる。私を殺して、尚且つ私の大切な者を全て葬りかねない状態ね。

 鈴仙も、てゐも───そして何よりもかけがえのない、あの子までもが殺されてしまう。輝夜に途方も無い苦しみを与えてしまう。

 ……それだけは許さないわ。

 

 私を以ってしても、未だに勝ち筋は見えない。

 だがそれでも私を絶望させるには到底足りないわね。私はただ憂うだけよ。

 

 

 私は自分固有の能力を『あらゆる薬を作る能力』と呼称している。他にも出来ることは多々あるが、それは私が天才だからという理由で片付けてしまえるから省略している。もっとも薬を作る能力もそれらとあまり変わらない理屈ではあるのだが。

 素材さえあれば私はどんな薬でも作れてしまう。それこそ、理に反する悪逆のものでさえ。蓬莱の薬がその代表例だろうか。

 

 素材と知識、そして手順を踏むことが必要不可欠ではある。しかしそれらはとうの昔に克服した条件。

 

 知識は説明するまでもない。

 素材に関しては、簡単な話、肌身離さず持ち歩いていれば良いのだ。()()()()という、最高の入れ物に。幸い蓬莱人に毒は効かない。多少身体に影響が出る程度で、動ければそれでいい。

 

 関連して手順については、これまた簡単で、私の体内機能を調節して薬調合の手順を踏めばいい。各神経の掌握は容易く、これが一番楽な条件だ。

 脳神経の伝達だけでことは済んでしまうのだから、手間は殆どかからない。寧ろ体外から服用するよりも早いまである。八雲紫が奥の手を使う前に『紺珠の薬』を使用することができたのもその為だ。

 

 条件は依然揃っている。つまり、私が想定し得る限りの薬は今にでも使用することができる。

 

 作るのは四種類の薬。

 

 一つは、『紺珠の薬』

 といっても先ほどのように強力なものではなく、範囲と効力を限定した従来のもの。

 相手に記憶を引き継がせて精神崩壊を狙っての持久戦も一つの策ではあるのだが……少なくともあの九尾には通じないでしょう。それにあまりこの世界に負担を掛けるのもよろしくない。

 今回の戦闘に蓬莱人の特性である不死のアドバンテージはほぼ無いと考えなければならない。よって、この薬が必要不可欠となる。

 

 二つ目は『徐福薬』

 簡潔に説明すると、自己が感知する時間の流れを歪める薬物である。通常は拷問等に使う負の作用が強い薬だが、逆に言えば神経系を何百倍にも強化する薬と言える。九尾の動きに対応するにはこれが一番手っ取り早い。

 リスキーではあるけど私の情報処理能力なら耐え切ることが可能だろう。

 

 三つ目は『精神硬直薬』

 これから何が起きようと動じない為の対処。精神を敢えて一時的に破壊して心の摩耗を抑え、蓬莱人を"殺す"数少ない方法を徹底的に潰す。

 私の予想が正しければ、ちょっとやそっとのやり直しでは済みそうにないから、万が一にも狂わない為の保険である。そんな事は無いと思うけど、念のためにね。

 

 最後に『補肉剤』

 私も無傷でこの局面を切り抜けれるとはハナから考えていない。欠損覚悟の捨て身でやっと勝機を見出せるかの次元である。蓬莱の薬の再生力では明らかに足りないのだから、それをさらに補わなければならないのは当たり前。

 それにこの薬の効力があれば、朽ちゆく肉体も少しはマシになるだろう。

 

 

 

 勝機を見出すに足る要素……つまり、あの三人の弱点はあるにはある。些細な事だが、私には万金に値する要素だ。

 先にも述べた通り、吸血鬼の彼女にはこれといった弱点が存在しない。しかし、他二人には明確な付け入る隙が確かに存在した。

 理性を保てていない事もそうだが、何よりも確定的なものがそれぞれに一つずつ。

 

 亡霊は最初の数秒間だけ一切の行動を起こさない。……まるで今の自分が何なのかすら分からない様子で、茫然と立ち尽くす。

 しかし動き始めたらもう私を殺すまでは止まらない。彼女が動き出すと同時に戦闘終了のカウントダウンが刻まれ始める。

 つまり、その数秒間が彼女の隙。

 

 九尾の戦闘能力は果てしなく高い。蠢く尾とフィジカルの強さは他の追随を許さない程に強大で、かなり厄介。

 おまけに狂っていても地頭が良いみたいで、無意識のうちに綿密な演算を行いながら動き回っている。殺戮本能に知性を加えられるほど、面倒な事は無いだろう。

 だがそれでも、私を圧倒するだけの力を持ちながらも、九尾の身体は本来の完璧には程遠い。永遠の性質で炭化させられたのだ、こんな短期間で再生できるわけがない。

 まさか悩みのタネにしかならなかったあの子が、こんな形で私を救ってくれるなんて、ね。藤原妹紅……今宵ばかりはあの子に感謝しよう。

 

 

 さあ、事は尽くした。

 後の結末は二つに一つ。

 

 二重の永遠に閉ざされるか、それとも……私が先に歩むのか。どちらかだけだ。

 薬を使用し、退路を潰す。私の中から無駄な感情が消え去り、幾多もの図式が脳内を埋め尽くし、視野がみるみる広がる。

 

 

 ……姫様。どうか、私に力を。

 

 

 

 ───────

 ───────────

 ───────────────

 

 

 

 おおよそ戦闘とは呼べない、一方的な殺戮。

 千切れ、抉れ、絶たれ……貫き、焼かれ、腐れて……締められ、潰され──繰り返す。

 

 藍の薙いだ尾が永琳の四肢を捥いで、挙句に幾度となく粉砕する。虫の通る隙間も無いほどに敷き詰められた暴力の嵐へと身を晒し、自らの命を捨て石に行動パターンを解析。

 何千、何万、何億と繰り返して藍の思考の統計を測る。

 

 幽々子の呪怨が末端から身体を腐らせ()()()を無くし、永琳を無限の牢獄へと何度も閉じ込めた。

 最短ルートで幽々子を無力化する手立てを考える為に、か細くも存在した藍を倒す計算式の悉くを棄却することになってしまった。

 心があれば、まず相手にできない。

 

 達磨になりながら藍を躱し、幽々子の紡ぐ呪詛を耐え凌ぎ、手が届く──……すんでの所までは数度だけ辿り着けた。

 そして何本もの紅槍が永琳を貫き、その道順を踏み躙った。沈む視線の最期に映るのは、憐れなモノを見る目をしたレミリアの紅い瞳だった。

 

 

 

 正面からやり合っても勝てないことは最初から想定済みだった。これは永琳が考えていた大まかな戦略の一端である。

 

 まず目指すのは、可能性を切り開く事。

 

 その為にすべき事は、可能性を潰している者を真っ先に潰す事。これが何よりの急務。

 

 レミリアには他二人には存在しない『冷静さ』がある。彼女が戦況のゲームメイクをしている限り、永琳に勝機は訪れないだろう。

 彼女の能力は紫たちとの会話や、初邂逅での戦闘で『運命を操る能力』である事が想定できる。

 仮に吸血鬼異変また紅霧異変の際、レミリアが後衛に徹して従者たちのサポートに回っていれば、結果は違ったものになっていたかもしれない。それほどまでにレミリアのサポートは強力だった。

 

 だからレミリアを最初に潰そうとするのは自明の理。この一連の流れにおいて、急務とすべき事柄であることは一目瞭然だ。

 ……しかし、幾度も繰り返す中で、永琳はそのプランを変更させる事になる。

 

 セオリーに従う事が必ずしも最善であるとは限らない。それはもう()()()()紫が証明して見せたこと。目の前の『高い確率』に従事し続けることは、この場合悪手になり得るのではないか。

 

 もはや、最悪も最善もない。

 ただがむしゃらに、綿密にやるしか方法は無いのだ。何が鬱陶しいのか、何が邪魔なのかをその場で判断し、高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応する。それしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 藍を殺した。

 全ての攻撃を完璧に見切りながら行動を誘導し、自分の身体を敢えて削らせ僅かなスペースへとその身を押し込む。その時に噴き上がる血潮を調節して藍の顔へと吹き掛ける。

 そして即座に欠損を補完し手薄になる右側からこれでもかと死矢を放った。

 両目を潰して正中線へ何本もの矢を突き立てた。動かなくなるまで撃ち続けた。

 

 幽々子を消した。

 藍が崩れれば接近は容易い。問題はそれにかかる時間、だからそれを埋め合わせるべく、永琳は接近しながら動けない妖夢へと破矢を向ける。

 この時だけ、幽々子は一切の行動に動揺を生じる。その瞬間が命取りだ。

 放たれた破矢は妖夢の寸前で軌道を大きく変えて幽々子に突き刺さる。幽々子の耐性は藍ほど強くはなく、霊体というアドバンテージだけ。その程度なら、どうとでもできてしまう。

 

 

 そして、残るレミリアは放心していた鈴仙の首へと紅槍を突き付け、鋭い視線で永琳を睥睨する。もうこれしか取るべき道は残されていなかった。

 永琳の行動・思考スピードがレミリアの能力を狂わせた。選択しようとしていた運命の全てがあっという間に消滅してしまったのだから。

 

 ゆっくりと、死の気配が地を這う。

 

「ひ、ひぃ!?」

「こいつを殺されたくなければ……っ」

 

 去来するは終焉の運命。

 

 レミリアはゆっくりと目を伏せる。

 そして軽く笑い、天を仰いだ。

 

「やっぱり無駄だったわね……」

「た、助けて師匠───」

 

 

 弟子の声は師匠に届かなかった。

 

 放たれた魔矢が鈴仙もろともレミリアを穿ち、その側に蹲っていたてゐごと吹き飛ばした。確実に、みんな死へと追いやった。

 

 

 

 

 少しばかり立ち尽くし、大きく息を吐く。

 何の感情も湧き上がらない。

 

 終わった。

 だけど、終われない。

 

 このルートでも駄目なのだ。

 これが自分の望んだ結末ではないのだから。

 

 

 またやり直しだ。

 

 




この間約1分のことである……。

オリジナル八意印のお薬である『徐福薬』ですが、これは秦代のとある人物にちなんで名付けました。日本に蓬莱の薬を探しに行った人です。
胡蝶薬だと違うのが既に存在しますし、浦島薬だとそのまんまですしね。
まあ取り敢えずマユリ様は偉大です。


ちなみにですが、永琳攻略方法について、一つだけ思いついた方法があります。
うどんちゃんが脳波を掻き消して一切の行動を封じれば何とかいけるかも? って感じですね。けど永琳も多分そのくらいは想定してるでしょうし、そもそもそんな状況を作らないと思われ。

生きるってのは、殺さず殺されず、ですよ。

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