幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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強化イベント発生!
多分今までで一番早く終わる異変です。


東方苛詠塚
家族の在り方


 

 

 霧雨魔理沙は努力が好きだ。

 

 日々己の研磨に勤しみ、脆弱な自分がどんどん強くなっていく実感。これが何よりの快楽であり、生き甲斐でもあった。

 そんな自分を肯定してくれる大切な人たち。友人、親友、ライバル、強敵……そして師匠。彼女らに認められ宙へと駆け上がっていく事こそ、魔理沙の小さな胸いっぱいの野望だった。

 

 肯定してくれるだけで魔理沙は嬉しかった。自分が間違いを犯していたとしても、誰かが自分を信じてくれれば、それで良かった。

 

 父は……何一つとして自分の事を認めようとはしなかった。昔にマジックアイテムの暴走でとんでもない事故を起こしてしまった故の決断だったのは魔理沙だって知っている。当時、父の弟子だった霖之助に聞いたからだ。

 夢を追うくらい許してくれてもいいじゃないか。魔理沙は実家を飛び出して人里離れた森の中へと姿を消した。

 

 出来心といえばそれまでだが、あの頃の魔理沙に決心などという大層なものはなかったのだろう。たちまち森の瘴気に巻かれて命を落としかけた。

 それでも魔理沙は、最後まで自己を探求する事を目指し続けていた。始まりは『星を掴みたい』などというおかしな理由からだったが、その夢から派生した執念が、今にまで魔理沙の中に息づいているのだろう。

 

 

 師匠は変わり者だった。

 人間ではない。俗に言う、世に仇なす天下の悪霊だった。彼女が杖を振るうだけで地は割れて、天は叫びを轟かせる。

 師匠は自身を高く評価こそするものの、決して驕ることは無かった。その代わり他人を馬鹿にするのを好いていた。魔理沙や、同じく教えを受けていた里香もよく詰られていたのを覚えている。

 

 今でも師匠──魅魔の事は尊敬している。魔理沙にとって最強の称号とは、霊夢やアリス、パチュリー、紫ではなく、魅魔の為にあるものだ。

 そんな彼女に少しでも近付きたくて、毎日一心不乱に研究と修行に明け暮れた。無茶がたたり、一時期は金髪がオレンジ色に染まることもあった。皆から笑い者にされたものだ。

 

 二人で調子に乗って異変を仕掛けたこともあった。この時に初めて、解決しに来た霊夢と顔を合わせた。別時空からやって来た変な女や、幽香と戦った時も二人は一緒だったのだ。

 誰が見ても仲睦まじい関係だった。

 

 自己承認欲求に飢えていた魔理沙にとって、それを最も求めていた対象とは間違いなく魅魔だっただろう。強くなっていく自分に酔いしれながら、やがては師匠に認められる事を夢見る。

 それだけで、良かったのに────。

 

 

 魔界での一件が終わって、しばらく経った頃だ。ある日、唐突に破門を告げられた。

 

『道を誤ったねぇ魔理沙。今のお前がやっているのは、これまでの努力の意味を無為にするもの。まっ、お前も所詮は人間だって事だ』

 

 有無も言わせぬままに外へと放り出され、魔理沙は魔法使いの弟子から、普通の魔法使いになった。

 魔理沙が行なっていたのはごく標準的な、魔女なら誰しもが身に付けるであろう魔法の練習。【捨虫と捨食の術】──たったそれだけだ。

 

『な、なんでなの魅魔様!? 確かに言いつけは守らなかったけど……でも! みんなやってることじゃない!!』

『そのみんなにアンタは入ってないって事さ。時は人を盲目にするからねぇ……しばらく頭を冷やしてきな。見捨てやしないが、今のお前に魔法を教える気にはとてもなれないね』

『ちょっと魅魔様!? 魅魔様ぁー!!』

 

 

 必死の嘆願も魅魔には届かない。

 それからというもの、魅魔は一度として魔理沙の前に現れる事は無かった。いや、存在そのものが居なくなってしまったようにポッカリと、彼女の全てが幻想郷から消えてしまったのだ。

 ……ただ一つ、記憶だけを残して。

 

 思い悩んだ。

 自己嫌悪に陥った。

 

 人の道を外れる選択は魅魔の望むものでは無かったのか。しかしそれでも、もっと強くなる為の近道は間違いなくそれだった。

 脆弱な人間のままである限り、魅魔には近付けない。それどころか幻想郷の名だたる妖怪達に対抗することすら危うくなる。

 

 魅魔が拒絶したのは魔理沙の進展そのものだ。つまり、遠回しの詰みである。

 

 けれど、夢と希望を諦めるには魔理沙は未熟すぎた。そして今の彼女がある。

 弱みを見せる事を嫌い、常に太々しく尊大に、北白河ちゆりのような男勝りな言葉遣いを心掛けるようになった。

 そして修行時代よりも遥かに過酷な環境下に身を置いたのだが、魔理沙は強くなりたいと願いながら、無意識のうちに成長を拒むという矛盾のジレンマを抱え込んでいた。魅魔の件が楔になっているのは言うまでもない。

 魔理沙の得意分野は水魔法。しかし、それを無視して自分を大きく派手に見せる火力重視の方針を取った。

 八卦炉だってそう、本来ならそんな物を使う必要もないのだ。アレは砲口を狭めることによって魔理沙の力を抑え込んでいる。適量の魔力しか持たない者にとっては素晴らしいアイテムと言えるが、それを遥かに超える者にとってはただの枷にしかならない。

 

 引くにも引けず、進むにも進めない。つまり停滞するしか魔理沙に残された道はなかったのだ。退廃的な感覚に幾度なく囚われたが、それを何度もポジティブな感情で上書きする。

 "終わり"に手を出してしまえばこれまでの全てが失われてしまう事を知っていたから。

 

 

 やがて魅魔との思い出を振り切るように霊夢と張り合って異変解決の功を競い、沢山の強い妖怪と戦い自分を保たせていた。

 

 霊夢と紫は自分を認めてくれた。

 アリスも半ば自分を認めた。

 

 

 だがそれだけだ。

 春雪異変で紫に自分の弱みを嫌と言うほど抉られ、叩きのめされてからというもの、魔理沙は負のスパイラルに陥ってしまった。

 伊吹萃香に負け、因幡てゐに負け、挙句は八意永琳の力に屈服した。アリスと霊夢は自分を遥かに上回る力で挑んだというのに。

 

 霊夢は多分、自分を認めていたのではない。魔理沙の様々な脆さに勘付いていた上で、遠慮していたのだろう。その証拠に、霊夢は異変の雲行きが怪しくなると何時も魔理沙に帰還を促している。

 紫は多分、自分を認めている。だがそれは"博麗霊夢の付属品としての霧雨魔理沙"の役割に期待しているだけだ。むしろ魔理沙本人の"強さ"には大して目を向けてはいない。

 アリスのアレは同情だ。魔法使いになったつもりでいる中途半端な小娘が憐れである故なのだ。まるでいつかの自分を見ているかのようだったのだろう。……惨めすぎる。

 

 

 それでも魔理沙は必死に足掻く。"終わり"になど決して手を伸ばしてやるものか。

 紫が救済として出してくれたと思われる提案を達成すべく、魔理沙は現在起きている異変の調査に全力を注いでいた。

 

 だが結果としては、ほとんど概要が掴めていないという現状である。そもそも実害が無さすぎて進展が見込めないのだ。

 救いは霊夢がまだ異変解決に動いていない事くらいか。何にせよ急がなくては。

 

 今日は勇気を出して香霖堂に行ってきた。霖之助からは前回とは比にならないほど、但し分かりにくい程度に心配とお叱りの言葉を受けたが、意外にも制止はされなかった。今の魔理沙を辛うじて繋ぎ止めているモノを認知しているからだろう。

 結局のところ、霖之助から得た情報は彼女が望んでいるようなものではなく、有益でありながらも魔理沙にとってはあまり嬉しくないものだった。

 

『異変は60年周期で起こる自然的なものだと思われる』──それが本当なら、解決なんて不可能だ。自然の力に抗うのは相当のリスクを要する。

 ただ、霖之助の推測が確定的なものであるとは限らない。幻想郷には四季に関する能力を持った妖怪が数人いるのだ。

 中でも怪しいと目星をつけているのが──。

 

「……どうしようか」

 

 机に項垂れた。

 弱音も吐きたくなる。もう負けるわけにはいかないのに、その目星の妖怪に魔理沙は一度として勝利したことが無いのだ。

 だが霊夢なら……分からない。

 

 それが自分と霊夢の差だ。

 

「くそ……私にもっと……もっと──!」

 

 

「力が欲しいか?」

 

 

 自分以外、誰もいるはずがない静寂な空間に声が響き渡る。やけに胸をざわつかせるような、不安になる声だった。

 声源はちょうど真後ろ。

 振り返ると同時に八卦炉を構えて牽制する。そこに居たのは、ドアのへりに腰掛けて頰付く尊大で奇怪な女。

 

 これまで体感したことのないほどに不気味な佇まいに、辛くも圧倒されかける。しかしここで引くのは間違いなく悪手。それを心得ていた魔理沙は気を張りながら気丈に言葉を返した。

 

「誰だお前」

「私は摩多羅隠岐奈。後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神であり、この幻想郷を創った賢者の一人でもある」

「長いな。肩書きの意味も全然分からん。……それに【幻想郷の賢者】だって? お前、それは紫と同じ……」

「そうとも。まあ私はあいつほど面倒臭い存在ではないのでな、そんなに警戒しなくてもいいぞ。なにせ私はお前を救いに来たのだ」

 

(言っている内容は紫以上に胡散臭いな……)

 

 心の中で悪態を吐く。相手が自分を懐柔しようとしている事には何となく気付いたが、その目的が全く掴めない。

 一方で隠岐奈の眼光はなにもかも見透かしているように魔理沙の心を射抜く。

 そして饒舌に語る。

 

「幻想郷の皆に如何様にも誇れる力……己の夢に向けて駆ける事のできるだけのささやかな力……思うままに実現する力……お前にはそれを得る資格が有る。お前のような将来ある若い芽がここで潰えるのは惜しいのだよ」

「ムシのいい話だぜ。わざわざ賢者サマが私の元にそんな用で来るか? それに私はドーピング紛いの事はしないと決めてる」

 

 魅魔が拒絶した事を、なぜ得体の知れない妖怪にわざわざ委ねる必要があろうか。その意義は一切存在しない。

 例えどれだけの傷を背負おうと、譲れない一線というものはあるのだ。

 

 摩多羅隠岐奈は喉の奥を小さく鳴らした。魔理沙の内情など一切の理解も及ばない。そしてその必要性も全く感じない。

 

「言っただろう? 私はそんなに面倒臭い存在ではない。お前にしてやれる事など、『いつかの普通』を『今の形』としてお前に見せてやる事だけだよ」

 

 始めから存在しない力を付与するのではない。ちょっとした『奇跡』で未来の力を先取りするだけなのだ。それは紛れもなく魔理沙の力だ。

 

「何故、というなら……私はな、お前に期待しているのだ霧雨魔理沙。それこそ、紫の子飼い(博麗の巫女)なんかよりもな。天才に奇才……奴らを前にしてなお進み続けたお前には最大級の敬意を表そう。これほどの人間は千年は見なかったぞ」

 

 ──後は実力と覚悟だけだ。

 

「お前の力は素晴らしい。少しだけ、ほんの少しだけ秘められた力を表に出すだけで、お前は幻想郷に並ぶ者の無い魔法使いになれる」

「……っ」

「博麗の巫女など相手にならん。鬼の剛力も生身で跳ね返せるようになるかもしれないな。……失望された師にも、顔向けできるんじゃないか? お前だけの力で"あいつ"を倒すのだろう?」

 

 無言。

 だが隠岐奈は魔理沙の肩の震えを見逃さない。確かな手応えを感じた彼女は、掌に集積した秘神の力を存分に見せつけ仕上げにかかる。

 

「もう一度聞こうじゃないか、幻想郷の英雄よ。──力が欲しいだろう?」

 

 魔理沙の答えは、秘神の予想通りだった。

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 博麗霊夢は修行が嫌いだ。

 

 というのも、霊夢はやろうと決めた事なら何でも一度でそつなくこなしてしまうからである。要するに努力に用する労力への耐性がない。

 

 紫が覚えろと指示した博麗奥義『夢想封印』も一回で習得できてしまったし、究極奥義『夢想天生』に至っては生まれながらに使えたほどだ。

 霊夢にとって身のある修行など数える程度しか無かった。博麗の巫女として通過しなければならない道の中でキツイと感じたのは、藍との組手と、幻想郷知識を覚えるための座学くらいだろうか。

 

 だが霊夢は紫の事を甘々の指導者とは見ておらず、むしろ紫ほどの妖怪が稽古をつけても苦にも感じない自分の方に問題が有ると思っていた。だから修行は意味がない。やるだけ無駄だ。

 ……またそれとは別に、霊夢は人前(特に紫や魔理沙の前)で頑張る姿を見せるのが好きではなかった事も大きな一因であるのだが、当の本人はそれに気づいていない。

 

 まあなんにせよ、面倒臭い事や縛られる事を好まない霊夢は、修行が嫌いなのだ。

 よって、現状の不当な身の置かれ方は大変遺憾なものである。今すぐにでもスキマから紫を引き摺り出してとっちめたくなるほどに。

 

 誰がこんな仙人に扱かれる事を望むものか。

 今日何度目かのため息が溢れる。

 

「技はいいしセンスもある。一応の付け焼き刃でも異変を解決してきた実績は中々の物。しかし! 貴女には圧倒的に不足しているものがあります! それはやる気と心構えッ! 常時に行うべき備えが全ッ然たりなぁいッ!」

「肩の力を抜いたら? そんな調子で毎日巫女やってたら潰れるわよ……」

「いやぁそれにしても霊夢さんは気を抜き過ぎだと思いますけどねー。歴代博麗の巫女の中でもぶっちぎりですよ」

「いいのよ別に。困るもんでもないし」

 

 昼下がりの縁側にて、霊夢は粗茶を啜りながら目の前でくどくどと根性論を語り出した仙人に呆れ返っていた。今はお昼休憩中で、狛犬のあうんも寝そべってくつろいでいた。

 もう冬も終わる陽気な時期だが、博麗神社周辺の温度は誰かさんの熱気で何度か高いようだ。冬には助かるが、今は溜まったもんじゃない。

 

「全く……紫は貴女の事を相当甘やかしてきたみたいね。最近の巫女の弛んでること」

「アンタには言われたくないわ……」

 

 この仙人、どうやら紫と同じく幻想郷の賢者という肩書きを持っているようだが、何故だか気が抜けているというか、あまりそういう立場には向いていないように思えるのだ。

 

 茨木華扇の名は物覚えがあまり良くない霊夢でも知っていたが、その評判は畏怖を感じるものではない。曰く日頃から人里で食べ歩きをしてるだの、素行の悪い人間を見かけると急に説教を始めるだのと、イメージではコミカルな印象を受けた。

 そして実物を前にしてもそれは変わらず、オマケに面倒臭い「口」も持ち合わせているようだった。数日顔を合わせて霊夢は嫌というほど思い知った。

 

 はっきり言って霊夢は華扇が苦手だ。今までに会ったことのないタイプの存在であり、どう対応したものか困っている。

 ただ、面倒臭いだけで嫌いではなかった。

 

「やる気のオンオフは大切だけど、あんまりテンションに差を付け過ぎるのは良くないわ。霊夢は何かに情熱を向ける努力をすべきね。それも日常的に」

「あっ、それなら一つありますよ」

「ほう?」

 

 あうんが指差したのは賽銭箱。あの中を覗く時だけ霊夢は必死な目つきになる。長年彼女のことを陰ながら観察していたあうんには筒抜けである。

 数秒の沈黙の後、華扇は頭を抑えた。

 

「なるほど、金儲けですか」

「なんでそう捉えるのよ? あのねぇ、私だって好きでそんな事やってるんじゃないの。例えば道具の新調でしょ? あとバカ共が毎夜毎夜騒ぎまくるからそれの費用だって馬鹿にならないし、社の修繕費だってたくさんかかるんだもん。流石に足りなくなったら紫が賄ってくれるけど、大方は私の方から出さなきゃ人間たちに示しがつかないし、そのくせ全く参拝には来やしない! おかげでウチの経済は火の車、ここ最近は赤字続きよ。どっかの酒臭い鬼のせいでね!」

「そ、そう。なんか……ごめんなさいね」

 

 貧乏人特有の早口。

 絵に描いたような一転守勢である。

 

 華扇が謝った理由は大きく二つ。

 一つはあまりの剣幕で捲し立てた霊夢に圧倒された事、そしてもう一つは古き友人の横暴をまかり通らせてしまった事への申し訳なさであった。

 

 彼女はなんだかんだで情と建前に弱い妖怪……もとい仙人である。その分の埋め合わせをする事は当然であり、金欠が霊夢のやる気を削いでいるのならなんとかするのが指導者の役目だ。

 

「俗世の人間たるもの、貧すれば心が荒むのも仕方がない事なのかもしれない。ならばその原因を徹底して改善せねばなりませんね」

「もしかして手伝ってくれるの? ならさ、仙術で色んな事できるでしょ? それで参拝客を人里からがっぽり集めてちょうだい!」

「金儲けに手は貸しませんよ。私は貴女のその弛んだ精神を引き締めて、貧する中での幸福というものをですね……」

「そうと決まれば話は早いわね。これから毎日『びっくり人間ショーin博麗神社』を開いて人を集めまくるわよ。ついでに出店もいっぱい出して──人手は妖怪連中から引っ張ってくるとして──」

「き、聞いてない……」

 

 守銭奴霊夢、爆誕。

 霊夢は潜在的がめつさこそあったものの、いつもはある一定段階で紫に釘を刺されてしまい、それを人前で露呈する機会はあまり無かった。

 しかし今はそのストッパーがおらず、その役割を担うはずの華扇は今回の成り行き上、強く制止ができない。

 ちなみにあうんは霊夢を止める事もなく帳簿を取りに行った。狛犬としては言うまでもなく出来損ないな彼女だが、神社の運営に関しては右に出る者が居ないほどのやり手である。

 

「今日は天気もいいしやけに花は咲いてるし、とことん祭り日和よね。うーん……裏手の臥龍梅を見世物にしてみようかしら」

「い、いいですか霊夢! 信頼というのは築くのは難く、崩すのは頗る容易なのです。貴女の一挙一動が人妖問わず幻想郷に大きな影響をもたらすということを常に念頭において──!」

 

「おぅい霊夢ー。なんか面白そうな話が聞こえたんだけどー?」

 

 説教を遮る溌剌とした声。

 振り向くと、鳥居の元に居たのは一匹の小鬼。言わずと知れた祭り好きの伊吹萃香だった。霊夢としてはちょうどいい労働力の出現である。

 

「いいところに来てくれたじゃないの。今日はちょっとした催しを開こうと思ってね、ほらなんか花がいっぱい咲いてて陽気な感じでしょ? だから色々手伝ってよ」

「祭りについては賛成だけどさ、これって一応異変だろ? 博麗の巫女として思うところはないのかい?」

「まあ変だとは思うけど嫌な感じはしないし……それに紫や藍からは何も聞いてないわよ。隣にいるこいつだって何も言わないから……」

 

 霊夢の隣を見て、萃香はこてんと首を傾げた。

『疎』を操り風に乗ってこうして境内に現れた訳だが、萃香は霊夢の他には人影一つ見ていない。白昼夢にしては大袈裟だなあ、と呑気に考えた。

 

「あら? いつの間にかいない……」

「まあお前がいいならどうでもいいんだけどね。さっ、そんじゃ祭りの準備を始めようか! 霊夢は誰でもいいから色々呼んできて」

 

 萃香の言葉を背に、拭いきれない違和感を抱えたまま霊夢は宙へ浮かび上がる。しかしそんな疑問も、やがては春風とともに空へと消えていった。

 さて、集める人手だが……。

 

 現在、幻想郷のバランスは乱れている。

 というのも永夜異変の煽りを受けたまま、その歪みを修正しきれていないのだ。例えばあの日から幽々子は顕界には降りてこなくなり、レミリアの外出もめっきり減った。

 アリスの療養状況は不明、藍も怪我が治っておらず紫への愚痴を垂れ流しながら幻想郷を駆けずり回っており、紫は未だに外の世界へ旅立っている。

 

 つまり、あの異変に深く関わったメンバーの中で暇しているのは自分だけなのだ。……流石に変な気分になる。

 

 そして、こんな時一番に思い浮かぶはずの親友はというと……彼女もまた、引きこもっていた。普段なら魔理沙の方から頼んでいなくても博麗神社に顔を出してくるので、霊夢は滅多に魔法の森に入らない。よって二人は、異変以来まったく顔を合わせていないのだ。

 

(そういえば最近、めっきり来なくなったわね魔理沙のやつ。何してるんだろ)

 

 何やら勘のようなモノが頭の中で疼いたが、まあ大丈夫だろうと疑問を捨て置く事にした。そもそも魔理沙は人に心配されるのが嫌いだ。特に霊夢から心配されるのは彼女にとって屈辱の極みだろう。若干鈍感な霊夢もその事には薄々と気が付いていた。

 

 取り敢えず困った時は香霖堂へ。どうせ自分と同じく暇しているだろう霖之助の元へ向かおうと進路を切り替える。だがその進みは肩を掴んだ強い力によって引き止められた。

 包帯でぐるぐる巻きにされた華奢な右腕。しかしそこに内蔵されていたパワーは霊夢をして目を見開かせる程のものだった。

 

「待ちなさい霊夢」

「……華扇。消えたと思ったらまた急に……。紫みたいな移動の仕方ね」

「ええそうでしょう。だって彼女の方法で移動していたんですから。……ねぇ?」

 

「──もし華扇が貴女に敵意を持っていたとしたら、果たして対応できたかしら? ふふ、前にも言ったでしょう、貴女は外部に対して無関心過ぎると。……まあ、あの頃よりは改善できているみたいだけど。私のアドバイスが活きたのね」

「あ、アンタ!? その顔は、メリー……いや違う! なんで紫擬きがその姿で……?」

 

 霊夢を引き止めた華扇のさらに後方。境界が別たれ、何時もの黒々とした気味の悪い空間がこちらを覗く。

 そしてその中より現れたのは本来の使用者である紫より一回り小さい少女。霊夢は彼女の顔と雰囲気を知っていたが、目の前のそれから感じるのは全く異質のもので、別の雰囲気だった。

 

 通称、紫擬きは曖昧に笑いながら口に手を当てる。幼い見た目から、想像できないほどの妖艶な妖力が吹き上がる。

 

「メリー、確かそう呼ばせていたのよね。……その名はあまり好きではなくてねぇ、不服だけど、いつも通り『擬き』と呼んでくれて構わないわ」

「言われなくてもそうするわよ。……はぁ、なるほどそういう事。気になることは色々あるけど、今日は何の用よ? 華扇までこいつに加勢して」

 

 特に興味など無さそうにあっけらかんと問う。しかしその実、霊夢は内心でこの状況を警戒していた。未だに信用できない紫擬きに、見た事のない物々しい雰囲気を醸し出している華扇。

 両者ともに幻想郷の賢者の名を冠する強者である。もし自分に対しての敵対行為に身を移すつもりなら、こちらから先制を打たないと勝利を掴むのがかなり厳しくなる。

 

 鋭い緊張が迸る中、紫は霊夢の意を汲んでか降参したように手を翻した。

 

「今日は貴女と事を構えるつもりなんてさらさらないわ。ほら華扇、もう萃香はいないんだから機嫌を直して頂戴な」

「……近づけさせない約束を破ったのはそっちよ。ちゃんと伝えておいたのに」

「それは違う私」

 

 取り敢えず和解したようだ。

 訝しむ霊夢は取り敢えず地面に降り立ち、博麗神社へ続く石段の上に腰を下ろした。紫と華扇もそれに続く。

 

「……で? もう一回聞くけど、何の用よ」

「ちょっと緊急の事態が起きてね、貴女の修行を急ピッチで進めなきゃならなくなったわ。今すぐに取り掛かるわよ」

「はあ? なんでそんな」

「貴女に拒否権はない。もっとも、今回の件は貴女が断れるようなものではないと思うのだけどねぇ」

 

 紫の物言いに霊夢の手がお祓い棒に伸びかけるが、慌てて華扇が制止する。

 割りに合わない仕事だと思った。

 

「まったく! 霊夢は手が早いし、紫は口が出すぎよ! そんなので建設的な話なんてできるわけがないでしょうに!」

「ごめんなさいね。私って未熟な人間の感情が良く分からないのよ」

「だから煽るな!」

 

 紫擬きに話をさせては駄目だと分かった華扇は、今回の件を自分から説明する事にした。全く以って英断である。

 

「経緯については複雑なので割愛するわ。貴女に身に付けて欲しいもの、それは()()()()()()()()()よ。日が暮れる迄には完成させたい」

「……不本意だけど経緯はもういいわ。けどこれだけは答えなさい。何故、アンタ達みたいな幻想郷の運営者がそんな非常時の備えのようなモノを私にやらせようとするの? ……今回の異変に合わせて何が起ころうとしているの?」

 

 答えを伝えようと口を開き、やがて言葉に詰まった。それを説明する方法は数多にあれど、その資格を華扇は有していなかったのだ。

 その代わりに紫は妖しい笑みを湛えながら霊夢の前へと進み出る。さも悲観げに、さも喜劇を演じるように、そして仰々しく告げた。

 

「賽は既に宙へと投じられました。神が賽を振ったのです。……目を付けられたのは貴女にとって()()()()()。さあ、どうなると思う?」

 

「──……魔理沙が死ぬ、とでも?」

 

 粟立つ肌を抑えつけながら霊夢は唸る。一方で、剣呑な視線を向けられながらも、紫は道化のように可愛らしく指を弄ぶ。

 

「ええ、このままだと間違いなく死ぬわ。私に分かるのはこの確かな結果だけ。自分で命を絶ってしまうのか、それとも誰かに殺されてしまうのか……それは当の本人にしか分からないわ」

 

 

 

 *◆*

 

 

 

「──…りん。ねえったらえーりん」

「……どうしたのメディスン」

 

 レポートに没頭していた永琳は自分を呼ぶ声に漸く反応を返す。こんなやり取りもいつもの事であり、メディスンはもう慣れていた。

 この無名の丘に永琳がやって来た時に比べれば対応は良くなった方だろう。

 

 先の異変もあって冷徹なイメージが拭えない永琳だが、生まれたての人形妖怪に対して逐一のコミュニケーションを取る程度には人間味がある。

 というより、彼女と相対した者が見れば目を見開くような光景だった。

 

「はい頼まれてた鈴蘭。これで何するのか分かんないけど、頑張ってね」

「ええありがとう。助かるわ。……それと、そこの方に居るのは?」

「あっ、お客さんよ。いきなりナイフを投げてきたの。ほらここ欠けちゃった」

 

 スカートを捲ると、確かに何か硬いものがぶつかったようで関節部の半球が若干欠けていた。人間で言うところの欠損にあたる怪我なのだろうが、それに反してメディスンの反応は淡々としている。

 その危うさを永琳は理解している。

 

「また貴女から攻撃を仕掛けたんじゃないの?」

「うん。幽香がやれって言うからやった」

「……その幽香は?」

「どっか行っちゃった」

 

 相変わらず自由気ままで掴み所の無い妖怪である。一応名目上では永琳の監視役に当たるはずなのだが……。

 風見幽香という妖怪の凄みは永琳を以って一目置かれるほどのものだ。

 

 そしてメディスンもメディスンで厄介。

 生まれたばかりの彼女は秩序を理解しておらず、また自分の力量も把握しきれていない。彼女は暴走すれば幻想郷の命有る者全てに致命病を与えかねないほどに危険だ。

 それでも本能ゆえの反応か、自分より格上の言うことは良く聞いてくれるだけまだマシだ。幽香と永琳がメディスンの手綱を握っている現状では問題ない程度に落ち着いている。

 ……なおその教育方針、もとい調教方針では意見が二分しているようだが。

 

 勿論、永琳は譲る気など一切ない。まさか月の指導者までもを育て上げた自分の手腕に、今さら疑問を持つまでもないだろう。

 もっとも、そんな話など今は関係ない。

 

「はぁ……後で直してあげるわ。────さて、待たせて悪かったわね。それで、何の御用? 大方の予想はつきますけど、直々言ってもらえるかしら」

「……会いに来いと言ったのは其方からでしょう。私をわざわざ生かしたのはそういう意味合いだった。……さあ、何を話そうか……迷うわね」

 

 鬱蒼と茂る鈴蘭に触れたくないのか、少しばかり浮いた位置から永琳と視線を交錯させる。互いに探り探りといった感じだ。

 訪問者、()()()()()は困ったように手元にあるナイフの切っ先を指で刺す。滴る紅が銀色の鏡を濡らす様子はない。

 

 詰まってしまった咲夜を見かねた永琳が言葉を投げかける。ゆっくりと、丁寧に。

 

「もう一度言うけど、貴女がここに来た目的は何となく分かるわ。その内容についても私は否定しない。……だからといって何が変わるわけでもないでしょう? 貴女も、変化を求めてやって来たわけではないと推測しますが」

「薄情ね。だけどそっちの方が助かるわ。憎きお前の力が私の中に少しでも存在しているなんて、考えただけでも息苦しくなる」

「ふふ、私からすれば貴女の存在自体が本来なら眉唾なものよ。どうやら姫様も関わってそうだけど……はぁ……」

 

 ほんの一瞬だけ永琳は目を伏せた。暗い影に沈んだ瞳からは感じられるのは微弱な悲しみ、そして慈しみ。数奇な運命を辿ったのであろう咲夜と輝夜に対してだった。だがやがてはそれらを軽く漏れ出た一笑とともに、無機質な冷たさの裏へと押しやる。

 

「答え合わせはもういいわね。この日あったことは全て夢幻よ。そう、貴女と私はただ敵対関係を引きずったままの間柄」

「それがいい。幸いにも、お嬢様は私に免罪符を与えてくれました。私の好きにしていいと。ならば──あの夜の敵討ちをさせてもらうわ。屈辱を引き摺るのはもう懲り懲り……」

 

 空間を歪めて召喚されたナイフの群れは、陽射しを乱反射させ咲夜を輝かしく彩った。銀の刃によって斬り刻まれた鈴蘭が光舞う残滓となって春風に消える。

 

「お好きにどうぞ? ただ、私は相手が哀れな弱者だからって、わざと負けてあげる気はさらさらないわ。あの夜は簡単に決めちゃったんだもの、今日は貴女の力をじっくりと見せてもらうわ」




 
 
代理戦争かな?(冷戦)
そいやナイトメアダイアリーは紫と隠岐奈による対立によって泥沼化したっていう説がありましたね。やっぱ君たち仲悪くなーい?

ゆかりんが四季異変の解決を魔理沙に勧めたのはその難易度の軽さ故にですね。首謀者なんていないので原因を突き止めればそれで解決ですから。
自信をつけてくれればって感じで勧めたんでしょうが……まあ地雷ですね。ゆかりん痛恨のファンブル!
そもそも原作だと一番に飛び出した霊夢が今回動かないのもゆかりんが原因ですし……最近ポンコツが隠せてませんねぇ。


・盗み出された永琳と輝夜の細胞。
・絶対無比の能力で時や空間、あまつさえパラレルワールドまで操るが、なぜか永琳には軽く介入されてしまう。
・常時クールな鉄仮面。 銀髪。
・主人に対しての強い忠誠心。
・八雲紫への異常な敵対心。
・レミリアの不可解な言動。
・十数年前の吸血鬼異変に現在と全く変わらない姿で参加していた。

咲夜さんに関しての伏線はこんな感じです。
えーてると咲夜さんの関係を一番近いもので言い表すなら間違いなく親子。どっちが旦那役とかそんなの考えない!

作者は『咲夜の正体は永琳と輝夜のホムンクルス説』を推しています。そして普通はそこからの月の使者ルートですが、今回はゆかりん暗躍ルートを採用



えっ、ゆかりん?
ゆかりんはね……遠い所(外の世界)に引っ越しちゃったのよ……。多分たのしくやってるんじゃないかな(遠い目)

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