幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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神々の疲れた外の世界


捨てる信仰・拾う娯楽

 守矢神社――世間一般では諏訪大社という。信濃中部の諏訪湖に臨む全国諏訪神社の総本山である。

 

 そこには神代最強と古事記にて謳われた土着神が祀られているのだが、その栄光は現在となっては見る影もないそうだ。

 当たり前と言えば当たり前。無常ではあるが、それが今の外の世界の潮流。

 

 実は私こと八雲紫はかつてこの地を訪れたことがある……ようなのだ。確証が持てない理由は遠い昔すぎて記憶が朧げで、尚且つ最近思い出した突拍子のない記憶であるからだ。

 AIBOから言われなければ決して思い出すはずのなかった、砂上の楼閣と例える『今にも消えてしまいそうな記憶』

 

 そんな記憶などもはや無いも同然だと、言い切ってしまうのが普通だろう。

 だけど、私にはできなかった。

 

 記憶を否定したくなかったのだ。

 

 時々感じる周りのみんなとの認識の差異。覚えのない言葉に、既視感のある感覚。

 私は最近になって考え始めたのだ。

 もしかすると、知らず知らずのうちに私の頭の中から大量の記憶が零れ落ちているのではないか、と。そしてそれに因んで、八雲紫の『最初の記憶』とはなんなのだろうか、と。

 

 だからその守矢神社を訪れたことがあるという朧げで不確かな記憶は、私にとって大変心強いものだったのだ。

 だって古いことは確定してたし……。

 

 故に今回の旅は自分探しの旅も兼ねてる。

 

 えっ、認知症と更年期障害?

 ブチ殺しますわよ??

 

 それにAIBO曰く「守矢神社は今後の幻想郷において重要な役割を担うことになる」とのことらしい。少なくともAIBOの言う"未来"では。

 大変眉唾な話ではあるが、AIBOが言うなら仕方ない。自分のために、そして幻想郷のために……! 私は外の世界へ旅立ったのだ!

 

 

 

 

 

 で、こんな顛末を誰が予想できただろうか?

 

『モッリヤーモッリーヤー

 モッリヤーモッリーヤー

 すーわーの大地にー

 昔から住んでるー』

 

 どこか怪しい曲調のイントロに合わせて、ガラガラかき鳴らされるスピーカー音。開園したばかりだというのにどこか昭和臭さと鉄臭さを感じる。

 入園口にはそれなりの人だかりができているが、多分開園直後にして少ない方だと思う。出だし好調というわけではないようだ。

 まあ私だって好き好んでこんな所に来るわけないし……あの東一の大宮とまで囃し立てられた神社がなんでこんな事に……。

 

 取り敢えず券売機にて入園券を購入し、入口のとなりに立て掛けられているミニ賽銭箱の中に券を入れた。なけなしの神社成分だ。

 ……行きましょう。

 

 中もやはりレトロな雰囲気。設置されている乗り物なんかも若干の古臭さを拭いきれない。どんくらいの予算で作ったんだろう……?

 ま、まあ何が置かれてようが私には関係ない。私は遊びに来たのではなく、ここに祀られている神に会いに来たのだ。

 てかまだ居るんだろうか?

 

 私はね、AIBOがこの状況を読めていたとは思えないのだ。あの人って頭はいいんだけど実は現代の常識や情勢に疎い部分があったりする。今までずっと眠っていたからだとか。

 だからね、守矢神社がこんな事になっているなんて夢にも思ってなかったりするかもしれない。そもそも私が古い記憶以降の守矢神社を詳しく知らないし。誤算の線も考えながら行動しましょうか。

 

 ひとまず元境内、及び本殿がある場所を探さないとね。それじゃあ従業員に尋ねてみましょうか。えーっと、従業員は……と。

 パッと見た感じでは居ないわね。

 

 ていうか従業員をまだ一度も見てない。受付どころかアトラクションの操縦室を見ても無人だし……どうやって動かしてるんだろ。

 なにこの限界遊園地。

 これはダメだ。色々とダメだわ!

 

 と、視界の端で異形の者が蠢く。

 慌てて跳びのきながらそちらを伺うと、ずんぐりむっくりしたゆるキャラが忙しそうに園内を駆けずり回っていた。

 歪な目玉の付いた帽子に青い服、そして口から伸び出た赤い舌が目を惹く。

 アレは確か『スワちゃん』とかいうモリヤーランドのマスコットキャラクターだ。例のパンフレットで見た。

 恐らく、あれの原型はここに祀られていたはずの祭神だろう。

 

 従業員が居ないなら仕方がない。

 アレを捕まえることにしましょう!

 って、意外と俊敏!?

 

 あんな動きにくそうな着ぐるみを被ってるくせにめちゃくちゃ動作が早いっ! ゴミの回収からアトラクションの管理、そして来園客との記念撮影までしているのに、全然追いつけない!

 しかもちょっと遠くでは相方の『カナちゃん』の着ぐるみが『スワちゃん』と同じく動き回っている。なるほど、二人でパークの管理を分担しているというわけか。

 

 むむ、後ろから追いかけていては一向に追いつけない……! ならば、少々手荒な手段でいかせてもらおう。

 収納用のスキマを展開し、スワちゃんの進行方向の道に設置。案の定、視界が狭くなっていたのだろうスワちゃんはスキマに足を突っ込んで、勢いよく前のめりに転倒した。

 ふぅ、これで追いつけた!

 

「もしもし……大丈夫ですか?」

 

 手を差し伸べると、スワちゃんは迷うことなく手を取り、ゆっくりと起き上がる。一人で起き上がるの大変そうですものね。

 そして私の顔を見るや否や、硬直。

 しばらくの静止の後、ヤケに慌てだした。

 

「えっと、どうしま……きゃっ!?」

 

 心配する声を掛けようとした瞬間、何を思ったかスワちゃんは私に掴みかかりせっかく整えた変装用のウィッグやサングラスを地面に落とした。

 もう一度、スワちゃんは私の顔を凝視する。そしてどういうわけか深く頷いた。

 

 スワちゃんは自らの顎に手を当てて、一気に顔を引き抜く。これには私もびっくりした。ついだに周りのお客さんもびっくりしてた。

 現れたのは、金髪の女性。頭を取った際の風圧からは微かに香ばしい匂いがした。

 

「もしかして貴女は……幻想郷の?」

「あら私をご存知で?」

「やっぱり! ご存知も何も、会ったことがあるじゃないですか! 待っててください今お姉ちゃんも呼びますから!」

 

 高いテンションでそうまくし立てた彼女は、近場のアトラクションの操縦室に入り、無線を繋げる。すると掻き鳴らされていた園内音楽が一斉に停止。園内放送に切り替わった。

 

『モリヤーランドをご利用の皆様。誠に申し訳ございませんが、アトラクションの点検を行いますのでしばらくお待ちください。またカナちゃんは至急東エリアの方へ来てください』

 

 ガチャンと、乱雑に扱われた無線機の音が園内に拡散する。動きは俊敏だけど色々なところがガサツなようだ。

 すると、遠くの方から大股でカナちゃんがやってきた。顔は見えないが雰囲気からしてかなりご立腹みたいね。

 背負われている大きな注連縄に腕に引っ付いている御柱……。かなり動きにくそうだわ。このキャラをデザインした人はまず間違いなく利便性を考慮してないわね。

 ちなみにカナちゃんの原型については分からない。諏訪の神に何か関係があるのかしら? こういう地方史はちょっと苦手でねぇ。

 

 カナちゃんもまた頭が外れ、あろうことかそこら辺に投げ捨てられた。

 ちょっとちょっと……見てる子供が泣いてるじゃないの。流石にそれはいけない。いたいけな子供の夢が壊れちゃう。

 現れたのは、またもや金髪の女性。顔の造形が似ているので姉妹と思われる。

 

「なにやってるの穣子!? こんな勝手なことして……オーナーに絶対怒られるよこれ? せっかく職にありつけたのに、もう!」

「いやいやそれより見てよこの人!」

 

 カナちゃんの中の人が私の顔を見て、これまた固まった。あ、あんまり凝視されると恥ずかしいわね。照れちゃうわ……!

 

「やったねお姉ちゃん……これで幻想郷に帰れるわ! 苦節十年……ようやく……!」

「ええやったわね穣子……!」

 

「質問してもよろしいでしょうか?」

 

 こっちから聞かなきゃ埒があかなそうだ。それにちょくちょく気になるワードも聞こえたし、なにより私は彼女らを知らない。情報を収集しないと。

 

「取り敢えず名乗り合いましょう。私は八雲紫、もう知っているようですが幻想郷の管理人をしているものです。して貴女方は?」

「秋の実りは私の力、豊かな秋は私の力――人呼んで豊穣の秋穣子!!」

「秋の色彩は私の力、秋の終わりも私の力――人呼んで紅葉の秋静葉!!」

 

「「秋の恵みを世界に届ける、幻想郷の人気者! みんなご存知秋姉妹!」」

 

 何か効果音が鳴りそうなほどに格好をつけた決めポーズをぶちかましてくれた秋姉妹。一方の私は取り敢えず拍手を送ることにした。

 春風靡く四月中旬。暖かな木漏れ日があたりを照らす中、若干の冬を感じた。

 

 

 

 事情を話すと二人は「なんだそんなこと」と笑い飛ばし、オーナーなる人物の元に連れて行ってもらえることになった。

 その道すがら色々な事を話した。

 

 どうやらこの二人……二柱はもともと幻想郷に住んでいた野良神様だったらしい。しかも彼女たちを幻想郷に招いたのは私なんだそうで。

 ……勿論、記憶に全く残ってないので空返事しかできない。しかも真っ向から彼女らの言う事を否定ちゃうのはなんか可哀想だし……。

 

 そして一番気になっていた事。

 

「それでは何故、幻想郷で人気神であるらしい二人が外の世界に? しかもこんな遊園地の雑用なんて」

「よくぞ聞いてくれたわ。これには涙無しには語れない波乱万丈の物語が……!」

「吸血鬼が攻めて来た頃かしら? 平和に妖怪の山で暮らしていた私たちの前にあいつが現れたのよ。いま思い出しても背筋が寒くなる……!」

 

 静葉がおいおいと泣き始め、穣子が必死な様子で経緯を説明する。どうやらとある侵入者によってコテンパンに叩きのめされた後、妖怪の山どころか幻想郷からも追い出されてしまったらしい。

 しかもその際に自分たちの『秋を司る力』を奪われてしまった、と。

 

 なんという悲惨な……。

 

「あいつは確かレティ・ホワイトロックっていう名前の雪女だったと思う。幻想郷の妖怪界隈であいつを知らない奴はいないわ!」

「追い出された私たちは行く当てもなく外の世界を彷徨い、ついこの間ここの神様たちに拾われたのよ。せっかく住む場所にありつけたんだもの、どんな重労働だってやってみせるわ。……なのにこのバカ妹ときたら!」

「もう幻想郷に帰れるからいいでしょ〜」

 

 なるほどそんなことがあったのね。

 あー……なんて言おうかしら……。幻想郷には帰れないのよねぇ、私の力じゃ。つくづく不便な姉妹である。

 

 そしてレティ・ホワイトロック、か。

 吸血鬼異変の時に一度だけ見たことがあるけど、確かにアレは並大抵の妖怪ではなかった。聞くところによるとあの化け物メイドを倒したのはレティだっていうし、実力については間違いなく幻想郷においてもかなり高い部類であると推測できる。

 

 何より、怖いのよね。あの妖怪の目が。

 

 

 

 と、そんな事を話しているうちに目的地に到着したようだ。遊園地から外れ、雑木林を突っ切って、さらにフェンスを越えた先。

 そこには、私の記憶と全く同じ神社が静かに居を構えていた。但し、見るからに廃神社寸前の、だけどね。

 境内は人の手によって整えられているものの、鳥居は朽ち果て、一昔前の観光ポイントである太注連縄も腐りかけている。

 

 あまりに酷い寂れっぷりに、何故か心が痛くなった。時の流れとはここまで無情なものなのだろうか……?

 秋姉妹も浮かない顔をしている。

 

「こうなってしまったら終わりだよ。神社も、そこに住まう神様も。まあ……今の日本じゃ大して珍しい光景じゃないけどね」

「今も変わらず存続できてる神社なんて宇佐と出雲と、伊勢くらいかなぁ。あそこら辺もだいぶ廃れちゃったみたいだけど」

 

 しみじみと語っている。

 そう、現代日本において神社仏閣は絶滅の危機に瀕している。その殆どが取り壊されるか、本来の在り方ではない方法で使用されている。なんでそんな事になってしまったかについては不明である。そもそも興味がなかった。しかしこうして実物を目の当たりにしてしまうと……。

 

 正直、心苦しい。

 

 

「それじゃ、オーナーはあの中に居ますので。私たちは業務に戻ります」

「ええ。わざわざありがとう」

「怒られるぞ〜ひえぇ」

「誰のせいよ、誰の」

 

 互いの悪態をつきながら向きを反転させる秋姉妹。そして歩き出した、その瞬間だった。

 「あっ」と、小さな声が穣子から漏れ出た。同時に恐怖で小さく後ずさりしている。

 

 

 何事だと思い、私も秋姉妹と同じ方向を見遣る。

 草を踏み分ける音。歩み寄る絶望。

 

 少女がいた。

 そよ風によってたなびく長い髪は、新緑に満ちているような翡翠色。それに補色をするような、青が基調となっている脇出しの巫女服。

 蛙と蛇をあしらった髪留めアクセサリーが、特段私の目を惹く。

 

 

「開園すぐから仕事を放ったらかして、何をしてるんですかねぇ、二 人 共 ?」

 

 深い地鳴りかと聞き間違えるほどの重低音。思わず耳を塞いでしまった。

 

「ちょ、ちょちょちょっと大切な野暮用がありまして!此方の方に用事が!」

「けけけ決してサボってたとかそんなんじゃないんです許してやめて助けて!」

 

「そうですか。 で?」

「「ごめんなさい」」

 

 二人の腰が直角に折れ曲がっている。お手本のような謝罪ムーブね……私も見習わなきゃ……! ただ土下座じゃなかったのは二人に残っていた神としてのなけなしの自尊心だろうか。

 

 状況を見る限り、あの巫女服の少女は秋姉妹の業務上での上司に当たるのかしら? ……神ではないみたいだけど。

 それにしても本当に鮮やかな緑色の髪ですこと。幻想郷の外では久し振りに見たわね。外の世界は大抵黒髪だもの。

 

 ひとまず挨拶でもしておこうかと、巫女さんにコンタクトを取ってみることにした。怪しまれないように……!

 

「申し訳ございませんが、ここの神社の管理をしている方でしょうか?」

「ん?……んん!? あ、貴女いつからそこにっ!? ちょ、それ以上近付かないでください警察を呼びますよ!」

 

 巫女さんは胸元から携帯電話を取り出し、三回だけボタンを押して堂々と画面を見せつけてくる。宣告した通り【110】が表示されていた。

 外の世界にきて一番の拒絶を受けたような気がする。そ、そんなに警戒しなくてもいいんじゃないかしら……? 傷付くわー。

 

「いつからも何も、私は初めからこの場所に居ましたよ? この秋さん方とともに、先程こちらに参ったばかりなのです。何かご都合に沿わない事を致しましたのなら、謝罪しますが……」

「……本当ですか?」

 

 巫女さんが訝しんだ様子で秋姉妹へと問いかける。すると彼女らはカッコウのように首を何度も上下に振った。

 だがそれを見てもまだ随分と警戒しているようで、心なしか携帯電話を持つ手は震えているような気がする。うーんこの。

 

 場は膠着した。私からも、巫女さんからも次へと足を踏み出せない状況。

 さてどうしたものか……。

 

 

『早苗、やめなさい。彼女は客人だよ』

 

 ひたり、と。私の身体の内部から声が響く。

 これは……俗に言う「こいつ、脳内に直接!?」のアレね! ただ橙や藍が使うような念話とは種類が違うようだ。なんていうか、あっちは『キュルキュル』って感じなんだけど、こっちは『ぞわぞわ』って感じ? 何言ってるの私は。

 

 どうやら秋姉妹も同じものを受け取っているらしく辺りを見回している。だが、巫女さんだけがそれに気が付いていないようだ。私たちを見てさらに警戒を引き上げている。

 

「な、なんですか急に挙動不審になって!? 本当に警察呼びますよ!? 私はやる時はやる子なんですからね!」

『あっやば聞こえてない』

 

 プルプル震える指が通話ボタンへと伸びていく。ま、まずい! 指名手配の私に警察はアウトだ! 巫女さんにそのボタンを押させるなァーッ!

 すると私の祈りが通じたのか、頭の声のボリュームがどんどん大きくなっていく。

 

『早苗! やめなさいっ!』

「押します! 押しますからね!?」

『さっ、なっ、えぇぇーっ!! やめなさいって言ってるでしょおっ!!』

「……あ」

 

 こ、鼓膜が破れるかと思った……。そもそも天の声で鼓膜が振動するのかは知らないけど。あんまり身体には良くないと思う。

 ようやく携帯から手を離した巫女さんは耳に手を当てて、目を閉じている。

 

「神様ですか? 私はどうすれば……」

『貴女は遊園地の方に戻りなさい。この来訪者は私の客人だよ』

「えっと……この場に居てはダメ……という感じでいいんでしょうか?」

『そうそう』

「……肯定、ですね」

 

 自信なさげにそう呟くと、巫女さんは目を開いた。そして私の方へと向き直る。

 

「……許可が出てるようですので、本殿の方へどうぞ。……それでは」

「え、ええ。後ほどまたそちらに伺うかもしれませんので、よろしくお願いしますわ。私、八雲紫と申します」

「……東風谷早苗です。何か用がある時は園内の方に来てください」

 

 先ほどまでの勢いはどこへやら、消沈した様子で巫女さん――早苗はトボトボと歩いて行った。……もちろん秋姉妹を連れて行くことを忘れずに。

 ひとりぽつんと、私だけが残された。

 

 ……この既視感と違和感は一体。

 早苗とは初めて会ったはずなのに……彼女から感じた異質な雰囲気は、誰かに通ずるものがあった。はて、誰だったかしら?

 くぅ〜私のぽんこつ脳め!

 

 まあ勝手に一人でむしゃくしゃしてても仕方ないし、今はとにかく私の為すべきことを為そう。さあ、いざ本殿へ!

 私は意気揚々と境内を突っ切り、古びた賽銭箱を無視しながら足を踏み入れる。中は薄暗く、またカビの匂いがした。

 

 中央に依代となる鏡が置かれており、その前に彼女は居た。私の記憶に残る中で一番最古の顔であり、日本最恐の祟り神と恐れられた彼女が。

 彼女、洩矢諏訪子は()()()()()()()()()私の盟友だ。諏訪子の反応如何で私のそのあやふやな記憶の成否が判る。いやそういえばその前に祟り殺されかねないわね!

 

 あの頃と全く変わらない幼い顔、パーティ用のような巫山戯た帽子。

 そして――

 

「誓いは?」

「……この通りですわ」

 

 私はゆっくりとスカートをめくる。少し恥ずかしいが我慢だ。そして膝下までを露出させた。太腿は死守する。

 諏訪子に見せつけたのは、白ニーソ。私が毎日好んで着用しているものである。普段はロングスカートで見えないけどね。恥ずかしいし。

 

 それを見せると諏訪子の表情が綻んだ。そして蛙のようにぴょんぴょんと跳ねて近付いてくると、がっちり握手。

 太古に結ばれた古き友情はまだ生きていることを、互いに確認しあったのだ。

 

「いやぁよく来てくれたね紫! この数千年噂ではちょくちょく聞いてたけど、元気そうで何よりだわ。何でウチに来てくれなかったのさ」

「私の噂を聞いていたなら、何をしてたか分かるでしょう? ……つまりそういうことですわ。故に貴女の状況を把握するのも遅れてしまった」

 

 どうやら私と諏訪子は本当に友人だったようだ。これで一安心である。

 ちなみに何故彼女に白ニーソを見せたのかというと……まあ簡単なハンドシグナルのようなもので、実は世界で初めて白ニーソを開発したのは、何を隠そうこの諏訪子なのだ!(諸説あり)

 そして私はその被着者第一号ね(諸説あり)

 

 白ニーソから始まった私たちの友情。それを確認するのにアレ以上に適した表現方法があるかしら? ……多分あるわね撤回するわ。

 幼い姿の諏訪子ならともかく、麗しの女性である私にアレは少々辛い。

 

「にしても紫は結構変わったねぇ。色々と」

「逆に貴女は何も変わってないのね。その気になれば成長できるんじゃなくて?」

「そうもいかないのがこの世の中さ。見たでしょう? 外の惨状を」

 

 諏訪子は大きな溜息を吐いた。

 そういえば心なしか若干姿が透けているような気がする。昔はあれほど溢れていた強大な力が、今では見る影もない。

 

「今となっては姿をこうして保つので精一杯さ。落ちぶれたもんでしょ?」

「どうしてそんなことに……」

「仕方ないと言えば、仕方のないことだった。私たちの行動が後手に回り過ぎたのも事実。……だけど、やるせないもんだよ」

 

 そう前置きした上で、諏訪子は語り始めた。この守矢神社に起きた様々な出来事、繁栄、そして没落の軌跡を。

 

 取り敢えず長話になりそうだったので奥の部屋に移動し、ちゃぶ台を挟んで話すことになった。ちゃぶ台なんて久しぶりに見たわ……。

 

 

 

 私と諏訪子が出会ったのは紀元前。まだ神々が多く地上に残っていた時代だ。私としてはそんな時代から私は生まれていたのかとビックリした。

 うろ覚え過ぎてその頃をよく知らないのだが、諏訪子曰く「紫はある日ふらっとこの地に現れた」らしい。遊び人だったのかしら…?

 

 白ニーソや様々な問答で親睦を深めた私たちは、またの再会を約束して別れたという。完全に忘れてて申し訳ないわ。萃香だったらアウトだった。

 その後、すぐに守矢神社における最大の転機が到来した。中央神話からの侵略が行われたそうだ。あっ、それ古事記で見たことあるかもしれない。もう忘れたけど(ぽんこつ脳)

 

 諏訪子は徹底抗戦したが、あえなく敗北。敗残の身となり、侵略側の神様の元に降る事となった。

 その神の名は『八坂神奈子』――現在、守矢神社の表向きの祭神を務めているらしい。『カナちゃん』とは彼女をモチーフにしたものなのだろう。

 当初は随分と揉めたらしいが、時間が経って二人は和解。こうして協力体制を常時敷けるまでに仲良くなったんだとか。

 

 それから守矢神社は繁栄と豊かさを手にし、天孫降臨の際も荒波を立たず恭順して勢力を保ったんだそうだ。月の連中と事を構えなかったのは凄く賢いと思うわ。流石は諏訪子。

 ……まあ、諏訪子と彼女を降した神奈子の二人なら月の先遣隊ぐらい簡単に蹴散らしてしまいそうではあるけど。

 

 ここまでは完璧だった。

 問題はこれから。

 

 西暦1200年あたりで妖怪が一斉に衰退してしまったらしい。もしかしなくても月面戦争のせいねこれは。

 さらにその同時期から活発化したのが、残った強大な妖怪たちによる抗争。

 妖怪たちは各地で暴れまわり、日本全体に深い傷跡を遺したらしい。それだけでもドン引きだが、その妖怪たちは今も幻想郷でぬくぬくと暮らしているというおまけ付きである。

 

 妖怪たちは居なくなり、傷跡と畏れだけが外の世界には残された。

 あまりに大き過ぎた被害は『霊災』から『災害』『神話』へと姿を変え、やがては『御伽噺』……挙句に『笑い話』に化けてしまった。

 ――腕を払うだけで山脈を吹き飛ばす妖怪――島そのものを狭間へと引き摺り込んだ妖怪――病原体を撒き散らし数百万の命を奪った妖怪――天翔ける龍を腑から喰らった妖怪――人々を狂わせ数百年にも及ぶ大禍を引き起こした妖怪。

 

 そんな話など、誰が信じるものか。ていうかできることなら私も信じたくない。けどいるんだなぁこれが(白目)

 昔の人もあんまり現実を直視したくなかったんでしょうね(同情)

 

 妖怪を退治したという話もなければ、妖怪がその後現れたという話もない。まるで空想、幻想のように消えた怪異。端から見れば、ただ質が悪いだけの作り話。

 それらは結果的に人間の「幻想離れ」を誘発し、私たち妖怪のみならず諏訪子たちのような霊言的存在にも多大な影響を与える事となる。

 

 江戸を過ぎたあたり、つまり私たちが幻想郷を創った時にはもう手遅れだった。藍や天魔、オッキーナはこれを好機にと博麗大結界の構想を打ち立て、それに私が便乗。結果として幻想郷が生まれる契機となったのだが、諏訪子たちはそうもいかなかったらしい。

 長年に渡って莫大な信仰心の供給源となっていた全国の分社は殆どが廃神社となり、紀元前からの結びつきだったこの諏訪の地ですらも、信仰心が揺らぐ事態になってきた。

 私たちのように違う世界に逃げるという手段もあったはず。しかし土着信仰を根とする諏訪子と、この地に封じられた神奈子にはその選択肢はそもそも存在しなかったのだろう。

 

 色々な試みを実践したそうだ。人前で何度も超常的な事を繰り返し、神の存在を認知させようとした。だがダメだった。

 そもそも遠い昔から積み重ねられた二柱の神格に対して、即興で稼げる程度の信仰心じゃ雀の涙に満たなかったようだ。

 

 このままでは自分たちは消滅してしまう。それを回避するには、まず知ってもらうことが大前提となる。

 全国に自分たちを認知してもらう方法……。

 その時、神奈&諏訪に電流奔る!

 

 

 

「で、こんな遊園地を作って全国から人を集めて、自分たちを模したゆるキャラを知ってもらい、そこから少しでも信仰心を、と」

「そういう事! ……ついでに活動資金も確保できないかなー……なんて」

 

 にへへと笑う諏訪子。ドン引きの私。

 私から一言、敢えて言わせてもらうなら『将来設計は無理なく計画的に!』――ただそれだけだ。

 見切り発車すぎるでしょ諏訪子も神奈子も!

 

「……神奈子さんは何処に?」

「姿を現わすのは力を使って面倒臭いから透明化してる。まあこの空間にいるから話は聞いて……あっ、今ね、紫の横で手を振ってるよ」

「……姿を現してくださいな」

 

『――っと、挨拶も無しに失礼だったね」

 

 声源が頭の中から耳の外へ流れるように移った。もしやと思い隣を見ると、居た。

 デカい胸を張って私に圧を掛けてくる神様。ちっちゃな諏訪子とは相反して、こちらは装飾品含めた全体的な体積が桁違いに大きい。

 特徴から見て『カナちゃん』の原型となった神様だろう。御柱は脳内で補完する。

 デカイ注連縄、胸元に鏡……これだけでオプション過多に思えるわね。確かに神様としての威厳に関しては十分だが、日常生活で嵩張らないかしら? 大丈夫?

 

「んーやっぱキツいねぇ……こりゃ本格的に時間がなさそうだ。――しかしまあ、よくこんな神社に来てくれた。粗茶しかないが飲んでくれ」

「あっ、これはどうも」

 

 丁寧にお茶を注いでくれた。結構圧の強い神様かと思ったけど、人付き合いの良さそうなフランクさも感じるわね。

 そして切羽詰まってるくせしてこの余裕っぷりよ。もしくは諦め……?

 

 神奈子は朗らかに笑う。

 

「噂に聞くあの八雲紫がこんな時に来るもんだ。何事かと思ったが、荒事じゃなさそうで良かったよ。諏訪子が昔世話になったそうだね?」

「貴女が来る直前だったみたいだけど」

「ははは、自慢じゃないがあの頃の私は八百万の神から持て囃されるくらいには強かった。少しだけ早く出撃して、是非とも手合わせ願いたかったわね。そしたら諏訪子も私に勝てたかもしれない」

「滅多なこと言うもんじゃないよ……ったく」

 

 諏訪子が不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 そういう冗談はやめにしましょうね! そもそもどういう経緯で私が"武神"とまで謳われている神様と手合わせしなくちゃならないのか。

 

 と、ちゃぶ台が小刻みに揺れる。

 

「さあ、神奈子も姿を現した事だし、そろそろ紫が此処に訪ねて来てくれた理由を問おうじゃないか。わざわざ今の守矢神社を笑いに来たわけじゃないんでしょう? ……ないよね?」

「ないですわ」

 

 自殺行為である。

 

「私が此処に来た理由ですが、単刀直入に言いますと、貴女達には幻想郷に移住し、そして思う存分布教活動をしてもらいたいのです」

「.……移住、か」

「むむむ……」

 

 AIBOの算段ではこうだ。

 守矢の神を妖怪の山頂上付近に住まわせ、山への監視と牽制を担ってもらう。しかも神奈子までいれば体制は盤石だ。天魔を封じることに成功したなら、てゐの居ない今、幻想郷を平和に運営できるようになるだろう

 

 さらに諏訪子は大地を操る能力を保持しているので、それを応用すれば地底勢力の動向に注視することができるし、さらに言えば大地震の予兆だって察知できるだろう。

 諏訪子が居れば将来起こるとされている異変の殆どを抑え込む事が可能……AIBOの話に乗らないわけにはいかなかった。

 

 これらのことを彼女らに担ってもらいたい役割とともに話した。幻想郷なら少なくとも消えることはないし、中々の良物件では?

 

 私の言葉に神奈子と諏訪子が微弱な反応を示す。AIBOが「諏訪の神ならすぐにこの提案に同意してくれるでしょう」とか澄まし顔で言ってたけど、そうはいかないかもしれないわね。

 ふふ、AIBOの尻拭いは私がしましょう。こんな想定外の時こそ、この紫ちゃんの弁論術の見せ場がくるってわけよ!

 

 しばらくして、神奈子が神妙な面持ちで、諏訪子は頬杖をつきながら語り始めた。

 

「幻想郷の移住についてはね、もう話し合ってたりするのよ。だが私らはそれらを総合した上でその計画は『無理だ』と結論付けた」

「悪くはない話なんだけど、いくつか致命的な問題がある。大きく三つかな」

 

 諏訪子は人差し指を立てた。

 

「まずひとーつ。私はこの湖から、神奈子は神社からあまり離れることができない。土着神だし、誓いとかもあるからね」

 

 あー確かに……そこら辺は考慮してなかった。

 続いて中指を立てる。

 

「次に、今の私と神奈子には昔ほどの力がない。幻想郷に移住しても果たして紫の提示する役割を担えるかは疑問だ。それに、力があればこの土地ごと幻想郷に持ってくることもできただろうさ」

 

 そんな事もしてたら霊夢出動案件ですからね? 私も擁護できないからね!?

 最後に薬指。

 

「これが一番重要。早苗には会っただろう?」

「ああ、あの緑髪の。あの子が何か?」

「実はね、あの子は私の子孫なんだ。つまり、我が子も同然だ。愛する子供を此処に置き去りにするようなことは、到底できないよ」

 

 ふーん子孫…………子孫っ!?

 いやえっと、私たちも相当長く生きてるし子供を産む事だってあるかもしれないけど……子持ちには初めて会ったわ! しかもこんなロリ神様に!(神綺さんは例外中の例外)

 

 びっくりしながら神奈子を見ると、彼女も同意するかのように強く頷いていた。

 

「私に早苗との血の繋がりはないが、あの子が赤ん坊の頃から見守ってきたんだ。同じく、親としてあの子は置いていけない」

 

 あっ、その気持ちすっごく分かる! 多分私と霊夢みたいな感じの間柄なんでしょうねきっと! 応援してあげたい!

 とまあこんな感じで問題点を話してもらったわけだが……早苗ちゃんについては最高の解決方法があるじゃない。

 

「なら彼女をこちらに来るよう説得すればいい。幻想郷には早苗ちゃんと見た目同じくらい(ここ重要)の少女が沢山いるし、孤立したりは……」

「違う。そんな問題じゃないんだ」

 

 途端、諏訪子が悲痛な顔でそんな事を言う。

 

 

「早苗にそんな話はできない。だってあの子は――()()()()()()()()()()

「知らない……? しかし、あの子は巫女でしょう。それでは前提となる資格すら……」

 

 疑問は胸に留まらず、すぐに口から出てしまった。私の中での巫女像が霊夢であることが問題なのだろうか。

 だけど、そんな事がありえるの?

 曲がりなりにも諏訪子の子孫なのに、そんな事が?

 

「不自然だったでしょ、あの子の挙動。あの子は私たちと満足に話すことができない……それどころか、視ることすらできない」

 

 

「早苗には巫女(風祝)としての才能がない。故に、私たちを認識する事はほぼできないし、存在を確信することすらもできない。……幻想郷なんてものを、信じられるわけがないんだ」

 

 




モリヤーランド従業員はガチクソブラック
可愛い巫女さんに釣られてやって来た人は泣く目に合います

しばらくほのぼの(当社比)が続く予定

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