幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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遅くなりました……


不純の侵入(前)

 

 

「あーそうかぁー。そうくるかぁ。だよねぇ……うんうん、だよねだよねぇ」

 

「今日のお師匠様は一層気持ち悪いなぁ」

「しっ。思った事をすぐ口に出しちゃダメ」

 

 限定的な生命がへばり付く後戸の国。

 万人に深く畏れられ、決して知られる事のない秘匿の神。摩多羅隠岐奈は能面のように表情を取っ替え引っ替えしながらとある事件を見守っていた。

 いつもと変わらず尊大な椅子に腰掛け、作業用の机に向かってブツブツと訳のわからない独り言を次から次に垂れ流す。

 二童子の視線にも気付くことはない。

 

「あのー、すみません?」

「呼ばれたので来てみたんですが……お忙しいようなら日を改めましょうか?」

「うん、そう……いや違う待て待て。これから大事な話をするから」

 

 慌てて二童子を呼び止める。ただ視線は未だに宙を漂っていた。部下使いの荒さは勿論だが、この神に敬意を抱く事のできる要素はあるのだろうか、と。里乃と舞は心底真剣にそう思った。

 ……二人の境遇を考えれば仕方のない事ではある。

 

「いやぁすまんすまん、目が離せないところだったんだ。今ちょうど霧雨魔理沙と風見幽香の戦闘が終わった」

「へー。どうなったんです?」

「有耶無耶だ。つまり、私の計画は失敗に終わったことになる。いやはや残念」

 

 今回の謀略は隠岐奈による紫への楔だった。霧雨魔理沙をこちら側に引き込むことによって戦力の拡大を図るとともに博麗の巫女への対策とする、そんな計画だった。

 ついでに幽香を殺せていれば御の字。殺せなくても深刻なダメージさえ与えてくれれば良かった。あの妖怪は隠岐奈にとって目の上のこぶだ。

 

 だが結果は残念なことに、魔理沙を引き込むことはできず、幽香を殺すこともできず、さらには霊夢とさとりの接触を許してしまった。

 

 認めよう。局地的な完敗だと。

 

 認めよう。早計であったと。

 

「失敗したのになんだか楽しそうですねぇ」

「はっは、この感情を楽しいと思わずして何とするか。いいか童子よ、どのようなプランにも楽しめる道筋を残しておく事こそが肝要なのだ」

「「開き直りってことですか?」」

 

 つまりはそういう事である。

 確かに、今回の計画が頓挫してしまったことは今後の展開において重大な影響を与えるかもしれない。悔しがって然るべきだ。

 

 しかし隠岐奈の感情には悔しさ以外にも、愉悦、悲哀、憤怒、楽観……と、あらゆる心が積み重なっている。それぞれの神格と言うべき存在の感情である。あとはそれから好きな物を選んで自分の心とすればいい。

 

「まあそう言うな童子よ。新たな童子を増やしてやれなかったのはすまなかったが、代わりに我々へ協賛の意を示す者たちとの接触には成功した。今回の件を隠れ蓑にしてな」

「えぇ? まだお仲間を増やすんですか? ちょっと前にお師匠様の古い知り合いとかいう方を引き入れたばかりじゃないですか」

「あんまり高尚な方には見えませんでしたし、どちらかと言えば……邪悪? ……僕たち完全に悪役サイドですよ。絵面的に」

 

 そんな事はない、と言おうとしてやっぱりやめる。確かにアレを引き入れただけで隠岐奈陣営のダーク感が増したのは事実。そもそも、アレのためにわざわざ否定するのも面倒くさい。

 

「まあアレはアレで自分の目的の為なら積極的に力を貸してくれる奴だ。信頼はしなくていいが信用はしていいぞ」

「はあ。ではその彼女は何処へ?」

「奴なら今頃、外の世界でせっせと工作中だろう。やりすぎなければよいがなぁ」

 

 まあ、彼女ならば自分の目が行き届かなくてもしっかりと結果を出してくれるはずだ。心配する要素はない。

 外の世界──諏訪の地にいる紫は奴が抑える。

 紫は今頃、想定外の事態に相当慌てふためいていることだろう。想像するだけで愉悦の笑みが零れ落ちてしまう。

 

 だがお楽しみはこれからだ。

 

「そうだ、お前たちに仕事がある。今からとある妖怪をここに連れてきて欲しいのだ。私の名前を出せばすぐにでも来てくれる」

「了解しましたけど……またお仲間増やしですか。なんというか、らしくないですね」

「うんうん。一匹狼タイプなのにね」

「そういう事は私のいない所で言え。はぁ……言うぞ? そいつの名は────」

 

 一向に自分を敬う気の無いマリオネットどもに嘆息しながら、隠岐奈はゆったりとその妖怪の名前を呼ぶ。瞬間、二童子は凍り付いた。

 ぎこちなく二人で顔を見合わせる。

 

 幻想郷に住まう者なら誰もが震え上がるその名前。口に出すのも恐ろしいと、滅多にその名が呼ばれる事はない。

 彼女は、誰からも畏れられていた。

 

「い、いやいや……そのー」

「さすがにそれは……」

 

 先ほどまでの威勢は何処へやら。確かな戸惑いを見せながらしどろもどろになる里乃と舞。彼女らとて幻想郷のパワーバランスにおいてかなりの上位に名を連ねる実力者ではある。だがそれ以上となると、その存在はもはや手を掛けるに能わない領域だ。

 

 

 しばしば幻想郷に住まう者たちの中で議論になる題材がある。それは──『幻想郷最強の存在』とは、誰なのか。

 

 

 大多数はこう答えた。

「やはり八雲紫だろう。現に幻想郷を牛耳っているのだから、妖怪の頂点に立つのはあの妖怪に決まっている。一目見て分かったよ、あの妖怪には絶対に敵わないって」

 

 大多数はこう答えた。

「忌むべきかな、この世界の頂点は巫女だ。強大さもさる事ながら、アレには八雲紫も手を出せないと聞く。誰にも止められんよ……彼女が存命のうちは幻想郷は人間の天下だろうさ」

 

 とある変わり者の妖怪はこう答えた。

「鬼、天狗……奴らも強い。だか、昔は違った。一番強かったのは蟲だった。人間も妖怪も、等しく奴らに淘汰されかけた時代があったのだ。昔なら、蟲だ。奴らこそが最恐だった」

 

 ごく普通の人間はこう答えた。

「ワシらにゃ誰が一番強かなんて分からんよ。興味ないし、雲の上の存在過ぎてな。……だけんど一番おっかない奴なら知ってんぞ。ルーミアって奴だ。やっぱ人間ってのは、闇の中じゃ生きらんねぇ生き物なんだなぁ」

 

 ある神はこう答えた。

「そりゃもちろん私だ。後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神であり、この幻想郷を創った賢者の一人でもあるこの私の名を挙げずして(以下略)」

 

 実のところ、謎なのだ。

 万人に聞けば万人が同じ答えを返すわけがない。そもそもそんな連中が本気で戦う事など、そこらへんの凡百にとってすれば傍迷惑な大災害と同義である。知らないに越した事はない。

 

 ただ、この議論において挙げられる名前というのは流石にかなり限られてくれる。

 鬼の四天王、地底の凶悪な妖怪、風見幽香……。

 

 そして──

 

 

「レティ・ホワイトロックがそんなに恐ろしいか? ふむ、気持ちは分からんでもないが、お前たちは寒さを感じる身体ではないだろう」

「そういう問題じゃなくてですね……」

「お師匠様には分からないんだろうなぁ」

 

 失礼な物言いである。

 ……まあ実際のところ分からないが。

 

 この手の話題では滅多に挙がることのない妖怪、レティ・ホワイトロック。問答無用の殺し合いなら、幻想郷最強ではないかとの噂もある妖怪だ。

 ならば何故、名前が挙がらないのか? 

 簡単である。

 

 レティは何処にでもいるからだ。

 寒気を俄かにでも感じるのなら、それはレティに超至近距離までの接近を許しているも同然。それに『寒気』とは肌寒さだけを指すのではない。

 冷めた心、冷えた肝、煮え切らない衝動──これらもまた、レティの管轄内。

 

 故に、名前を出せない。

 この世に生を受けた者はみな、凍え悴む事への恐怖を遺伝子に刻み込まれているから。故に、あの妖怪は強く、それでいて恐ろしい。

 

「あんなのに万が一にでも目をつけられるなんて考えたら……そりゃお師匠様からの命令でも慎重になりますよ」

「まあどうしてもって言うなら、呼びますけど……」

「はぁ……分かった分かった。私がレティに声を掛けるから、お前たちは古明地さとりを見張っていろ」

 

 己が部下の不甲斐なさに深いため息を吐きながら、素っ気なく命令を課す。そして二童子もまた「ため息を吐きたいのはこっちだよ」なんてことを思いながら、ドアの先に消える。

 途端に生命の密度は著しく減少し、煩い静寂が後戸の国を包み込む。

 

 些かの居心地悪さを感じたのか、隠岐奈は座り方を若干崩した。そして頬杖をつくと、呆れたように虚空へと言葉を掛ける。

 

「──と、まあ以下の通りだ。冬限定の妖怪にしちゃ随分な言われようじゃないか? よほど熱心に畏れを集めたか」

 

 ──ぬるり、と。ちょうど隠岐奈の背後にあったドアがから伸び出る白くしなやかな腕。梁を掴むと、一気に自分を引き寄せ、後戸の国に侵入する。

 掴まれたドアは一瞬のうちに凍り付き、彼女が通り抜けたと同時に粉々に砕け散った。ちなみに意図して行ったことではない。

 

「ホント、失礼な話ね〜。一体全体、私の事を何だと思ってるのかしらぁ?」

「化け物だろう。側から見れば得体の知れなさは紫とどっこいどっこいだぞ」

「いやぁねぇ、貴方様こそ幻想郷のありとあらゆる者に気味悪がられるべきでは〜? 私なんて到底及びませんもの」

「はっはっは、謙遜するな阿呆が」

 

 いい加減自分の扱いにうんざりするも、寛大な心で笑って済ましてくれる秘神メンタルは強靭である。……そうでないと幻想郷の賢者などやってられるものか。どこぞの賢者もそう言ってた。

 

 と、ここまでのやり取りを見れば一目瞭然だが、摩多羅隠岐奈とレティ・ホワイトロックはそれなりに関係の深い間柄である。

 彼女(レティ)の存在は隠岐奈が対紫を見越していた故に用意されたものだ。

 

「ふむ、もうそれなりに昔の事になるか。お前に譲渡していた"季節を司る力"は無事モノにできたようだな。それで、()()()()()()()?」

「夏以外は全て。秋の力は妖怪の山に住んでた秋姉妹から奪って、春の力は『春雪異変』の際に集めました〜」

 

 幻想郷における生命力と精神力のバランスを司るという重責を担っているのは、言わずもがなこの摩多羅隠岐奈である。生命力とはすなわち自然エネルギー──季節の力も兼ねている。

 つまり、その季節を司る力をどう使おうが、誰に付与しようが、それは隠岐奈の采配次第。そして現在、四つある季節のうち三つを保持しているのはレティ……という事になっている。

 

 ただこの定義は現在、極めて曖昧なものになっている。というもの、隠岐奈は他ならぬ八雲紫の策略(※諸説あり)によって自身を占めていた筈の神格をいくつか欠落させており、"季節の力"に関しても然り。

 今の紫は昔と違い何の疑いもなしに隠岐奈に幻想郷のバランサーを依頼したわけだが、その頃には"季節の力"は既に他者へと渡っていた。

 

 だから、隠岐奈はその保持者のうちの一人であるレティに依頼したのだ。いま一度全ての季節の力を自分へ返還して欲しい、と。

 これも対紫を念頭に置いた采配なわけだが、これがどうしてレティの思惑と合致していたらしく、隠岐奈を上に置いた二人の協力体制が構築された。

 

 つまり、現状レティは対紫(ゆかリンチ)包囲網の一角を占める大妖怪なのである。

 故に、秘神はレティの言葉に解せない様子で首を傾げる。彼女に全幅の信頼を寄せているが故の疑問だった。

 

「まだ三つなのか? 私はてっきりもう四つ全て集めてどこぞで遊び呆けているものと思っていたのだがな」

「あら、理由を聞きます?」

「手短にな」

 

 では簡潔に、と。軽い調子で語り始める。

 

「秘神様に頼まれて吸血鬼異変に参加した時に、どさくさに紛れて【秋】を手に入れたわ〜。いつも私の邪魔をしてたあの子は悪霊殺しに奔走してたみたいだし、ちょうど良かったわね」

「結構タイムリーな話だな」

 

 よくよく思えば今でこそ激しく対立しているさとりと隠岐奈だが、あの時は二人の思惑は合致しており、互いに似たような策を講じていた。

 隠岐奈の決断が違うものであれば……実に建設的な関係を結べていたのかもしれない。まあ、もはやどうでもいい事だが。

 

 それよりも今は【秋】の話だ。

 

「それでその秋姉妹とやらは?」

「あの神様たちも季節の力は自然に継承された形だったみたいだし、消滅させちゃうのも可哀想でしょ? だから外の世界に流してあげたわ〜。今頃楽しくやってるといいわねぇ」

「少々気の毒だが仕方ないな。それで次に【春】だが、これについては西行寺幽々子の起こした異変の際に集めたと言ってたな。継承者は?」

「いたんだけど、私が特定した時にはもう【春】をほぼ幻想郷に配り終えていたわ。リリー・ホワイトっていう妖精ね〜」

 

 リリー・ホワイトは妖精の中でも、自然界における役割としてはかなり特殊な立ち位置に存在する。

 春告精は幻想郷における春の風物詩。桜と並ぶ程度には、春を実感させる力を持つ。それ故に知らず知らずのうちに【春】の力を受け入れていたのだろう。

 だがそれにリリーは気付かず、春を告げる声とともに幻想郷に還元し、その役目を終えてしまう。つまり、幻想郷全体に力が分散してしまっていたのだ。だからレティの四季集めもかなりの手間を要していたのだろう。

 

「そんなところに運良く去年、春が一箇所に集まる異変が起きたと。ふふ……なるほどな。これを運命と呼ばずしてなんと言おうか!」

「たまたまじゃないの〜? それに下手すればあの『変な八雲紫』と一戦交える可能性だってあったんだし」

「可能性は0ではなかっただろうな。そしてそれは誰も望まぬことだ。その点において、お前の立ち回りは実に見事だった。正直、紅魔館のメイドと泥沼戦を始めた時はどうなることかと思っていたぞ」

「あれはちょっとした遊び心。私の趣味にまで口は出さないでね」

 

 悪趣味とまでは言わない。悪くはない、悪くはないが、なんだかなあ……と。我が陣営のダークサイドに隠岐奈は頭を抱えた。

 なお彼女はその親玉である。

 

「大体の概要は理解した。つまり、四季集めもいよいよ大詰めというわけか」

「ええ。残るは【夏】のあの子のみ。あの子は──風見幽香は、私の敵じゃあない。楽勝よ? 楽勝♪」

「弱体化してる今の奴など、お前なら一捻りだろうな。……だが今はダメだ。古明地さとりの監視が厳しい。下手にバランスを崩せば、当初の計画から大きく乖離してしまう可能性がある」

 

 できることなら今すぐにでも力を取り戻し、戦端を開いてさとり一派の影響力を幻想郷から排除したい、というのが本音ではある。実際、やろうと思えばすぐにでも可能だ。

 しかし、隠岐奈の最終目的は幻想郷を牛耳る事でもなければ、自身の栄華を極める事でもない。手段と目的を逆転させてはならない。

 

 それではあの天邪鬼の二の舞だろう。

 摩多羅隠岐奈の野望は決して一本化されるものではないが、あくまで方向性としては一貫したものとしなければ。

 

「まどろっこしいわー。秘神様は八雲紫を殺したいからこんな事をしてるんでしょう? 自分で手を下したくないなら私に頼めばいいのに」

「待て待て勝手に決めつけるな。あんなの殺したところで仕方がないだろう……いや仕方なくはないが、それでは一回しか楽しめない」

 

 不意に伸ばされた手が純白のマフラーを掴み、強引にレティを引き寄せる。

 椅子に座ったままとは思えないほどの力──いや、不自然さ。

 

 凍てつく冷たい眼差しと、様々な思惑の介在する瞳が、一直線に混ざり合う。

 

 

「一つ教えてやろう。私はな、知りたいのだよ。知りたいから真似るのだ」

「──それがその姿と、摩多羅神という存在を選択した理由?」

「私が真似てるのは紫だけじゃないさ。お前やさとり、旧い友人の一部分も参考にしている。何故、部下(二童子)にあのような態度を取らせているか分かるか? ……紫の気持ちを知りたいからだ」

「……」

 

 摩多羅神とは本来、自分を恭しく思う者に無際限の恩恵を授け、逆にぞんざいな扱いをする者には容赦なく然るべき報復を行う存在だ。

 そして二童子は摩多羅隠岐奈の操り人形(マリオネット)であり、彼女らの設定如何を決めるのは隠岐奈次第である。

 

 二童子に自分をぞんざいに扱わせる設定を付与した理由は、ひとえにさとりの思惑を実践してみようと思ったから。これに尽きる。

 全ての感情を持ち得ても、それでは一向に未熟なままなのだ。だから真似て知るしかない。定められた本質というものを。

 

「要するにエゴイストなのだよ、私は。滅多に表に出てこないのも、裏方に徹することで全てを俯瞰したいからだ。満遍なく味わいたくて仕方がない」

「それはそれは、難儀なことで」

「はっはっは、生きにくいったらありゃせんよ」

 

 そういえばあの天邪鬼も「生きにくい世の中を変えたい」と、そんな事を言っていたような気がする。

 皆そうなのだ。

 生きにくくて仕方がない。

 だから変えようとするのだろう。自分を──若しくは、世界そのものを。

 

 

(お前もそうだった筈だ。紫)

 

 

 摩多羅隠岐奈を以ってして知り得ない謎。──八雲紫は何を思ってあのような生き方を選択したのだろうか。

 もはや知る由はない。

 

 遺されたのは()()()()()だけだ。

 紫は……自分の知らない場所で()()()()()()()。間違いであってほしいと柄にもなく願っていたが、奇しくも古明地さとりとの答え合わせでそれは確実なものに変わってしまったのだ。

 

 

 あの日に芽生えた空虚は、今も自分のナニカを深く蝕んでいる。

 誰もが紫の死の"意味を"祝福した。

 

 隠岐奈に与する者達とは、はみ出し者だ。紫の死を悔やみ、悼む事しかできなかった弱き者だ。──生きにくいと、世界を恨む者達だ。

 その事を思うと隠岐奈は段々やるせなくなる。理由はいくらでも考えられるから、分からない。

 

 

 当人がその答えに行き着くのは、もうすこし後のことになる。

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

「「ゴットブレスゥッ!!」」

「グハァ!? ググ、おのれ……カナちゃんスワちゃんめ……! しかし、私は諦めん……! いつの日か必ず、このヤクモ様が諏訪の地を手に入れるのだからな! ではさらばですわ!」

 

 バターン、と勢いよくステージに倒れ込む。ていうか勢いがありすぎて後頭部を打ち付けた。泣きそう。

 

 とまあ私のそんな苦悩はつゆ知らず、子供たちの声援(若干野太い声混じり)を受けて会場にけたたましい音楽が響き渡る。そしてそれに呼応するように、ダイナミックな動きでカナスワちゃん(秋姉妹)がステージ上を駆け回る。

 そこまでを見届けて裏方に引っ込んだ私は、悪者っぽいマントと仮面を脱ぎ捨て、ガチガチに固まった表情筋をほぐしつつ休憩に入る。

 

 もうね、ヒーローショーって思ってたよりもキツイのなんの! やっぱり慣れないことはするもんじゃないわね……まあ今回は仕方ないんだけどさ。

 

 ふと視線を感じて前を向く。

 そこにはもうすぐ消滅のタイムリミットだというのに呑気な様子の諏訪子が、ニヨニヨ笑いながらこちらを眺めていた。

 意地悪な笑みですこと。

 

「……何か言いたげね」

「いやぁ、あんなに面白いものを見させてもらってるからねぇ。ふふ、お前のあんな姿が見れるなんて、いやはや生きてると何が起きるか分からないもんだよ」

「私としましては月の連中役をやらされてるのが不満なんですけどねぇ。もうちょっと配役を考えて欲しいですわ」

 

 カナちゃんスワちゃんに敗れた悪の大王ヤクモのモデルは、神奈子をこの地に封じ込めた月勢力らしいわ。まあ、なんにせよ私には向いてない役だ。

 そもそも私の名前の意味って見方によっては『神様やっつける!』って意味にもなるらしいし、そんな私が神様役ってなんか変よね。

 

 なんでこんな馬鹿みたいなことをやっているのかというと、まあ早苗の代理である。私がこの地に来たことで人手が増えたと喜ぶ早苗は、なんと新しくヒーローショーを開催すると宣言したのだ。

 けど結局早苗は学校に行ってて休日以外は園内に居ないので、平日は何故か私が進行役と悪役を兼任することになってしまった。最初から丸投げするつもりだったりして。

 

「紫ってなにかと演技上手いよね。普段とのギャップが凄すぎて風邪ひきそうだよ。どれが本当の八雲紫なのかねぇ……」

「何事もスイッチですわ。他の者達の目に如何なもので映っているかは分からないけれど、私は私。全ての姿が私の姿です」

「ふふ、そうかそうか」

 

 諏訪子と軽く笑い合う。仕事の私も普段の私も……私自身が知らない私でさえも、八雲紫であることには変わりない。全てが私だ。

 だが幼女姿……別名メリーモードの私、テメーはダメだ(黒歴史)

 

 と、私が一人で悶々としている間、諏訪子はちらちらと時間を気にするそぶりを見せ始めていた。どうしたんだろう? そういえばここに来た理由もまだ不明なままだったわね。

 

「もう休憩時間でしょ? すまないけどちょっとした相談に乗ってちょうだいな。そんなに時間は取らせないからさ」

「私に応えられる範囲であれば」

 

 相談に乗るのは結構得意! 幽々子から「紫は聞き上手よね」なんて褒められたことがあるくらいなのよ! 実情は相手の意味不明ワードに圧倒されて相槌を打つことしかできないからだけど! 

 しかも何やらそれなりに深刻な話題みたいね。……十中八九早苗関連の事か。

 

「もし修行が間に合わなくて私が消えてしまった時はさ、あの子に謝らなきゃいけないんだ。まあ消えてるから謝れないんだけど」

「死人に口なし、でしょう? 私に謝罪の伝言を頼みたいという相談なら、絶対に受け付けませんわ。貴女の消滅は──」

「私は早苗を見捨ててまで生き残ろうとは思わない。信徒を失い、信仰を失い、自分すらも失いかけている私に残されたたった1つの宝だ」

「……分かってるわ」

 

 諏訪子の想いは真っ直ぐだ。

 私にはそれが痛いほど分かった、ような気がする。

 

「早苗を置いていけないのは──いや、あの子がこの社会に適応できなかったのは、全て私と神奈子の責任だ。初めから決断すべきだった」

「なるほど。現実か、此方側か……」

「私には判らなかった。どっちの世界で生きていくのが早苗にとっての最善だったのかなんてさ。だから、どっちつかずの生活しかさせてやれなかった」

「……」

「早苗を一番苦しめているのは私達だ。環境でも周りの人間でもない……あの子を救わなければいけない私だった」

 

 地上ステージの歓声に掻き消されそうなほどに弱々しい声。しかし言葉に乗った悲痛な叫びは、深く心に染み付いていく。

 私も、その事には薄々勘付いていた。こんな非常時なのになぜ早苗は学校に行っているのか不思議でならなかった。行っても辛い思いをしているだけで、特別勉強熱心ってわけでもない。

 むしろ危害を加えられるまである。神奈子がここに居ないのも、分神によって早苗を見守っているからに他ならない。

 

 早苗はどちらの世界に生きることも許されなかった、ただの人間だ。

 

「いつになく弱気ね。私の事が信用できなくなったのかしら? これらの問題は早苗の修行が成功すればいいだけのことよ」

 

 まあ未だに全然進展ないけど! けどまだ期間は1ヶ月半は残ってるはず。諦めるような時間じゃないわ。

 慰めるように諏訪子へ言葉を投げかける。しかし、彼女は依然沈んだまま首を振った。

 

「違う、紫が原因じゃない。私がおかしいんだ」

 

 そう言うと諏訪子は服の裾を掴み、ペロリと捲る。あーいけません神様! それは恐らく事案が発生しかねない案件ですわ! 

 ……ん? 

 

「見える? この毒々しい痣」

「え、ええ。いつからこんな事に?」

「……今日だよ」

 

 諏訪子の腹あたりには紫紺の痣が拡がっていた。見るからに痛々しくて、良くないものだ。まるで某ジ○リ映画のタタリガミに祟られたあの状態のような、そんな感じ。

 日本最強の祟り神が祟られるとはこれ如何に? 

 

「正直、自分の身に何が起きているのか……自分自身でも解らないんだ。非常に情けないけど、良からぬ事態が起きつつあるのかもしれない。最悪のケースは、想定しておきたいよね」

 

 神とは、消滅する際にこれまで蓄えてきた信仰と同じ分の祟りを撒き散らすとされている。これはその前触れなのだろうか? 

 ──ただ、不自然ではある。

 

 諏訪子ほどの存在が自分自身の異変に今日に至るまで気付かなかった、ということはまず無いだろう。恐らく今日を以って突発的に始まったことだと思われるわ。

 このタイミング……私が守矢神社にやって来て、早苗に稽古をつけ始めて少し経った、この瞬間から。……それはつまり──。

 

「何者かの暗躍、かしらね。それも私に不都合な働きかけを行う面倒な……しかも手段を選ばないタイプの」

「紫のゴタゴタに巻き込まれたってこと?」

「可能性は否定できませんわ。……しばらくは事態の原因解明に努めます。早苗への指導は秋姉妹に任せましょう」

「いやその必要はないよ。お前にこれ以上の負担は掛けられない。……神奈子も紫も、みんな頑張ってる。私が頑張らなくてどうするのさ。原因は私が調べる。紫はもしもの時の為に、心構えだけしておいて欲しい」

 

 確かに私も手一杯だ。早苗の修行に『二つ岩ふぁいなんす』の捜索、モリヤーランドの経営補佐……。現状ではどれも上手くいっていない。

 それに幻想郷への手軽な移動手段も考えておかないといけないわ。

 だが諏訪子が消えてしまっては本来の計画も本末転倒……あっ、いま頭にくらっと来た。私のキャパシティを超えてしまってる。

 

 あーもう!! 次から次にっ! 

 流石に嫌になるわ! 

 

「兎にも角にも、貴女はしばらく安静にしてなさい。今後の方針について早苗と神奈子を交えて話し合わなければならないわね。……もちろん、貴女の今の状態は伏せておくわ」

「……ごめん。助かるよ」

 

 姿を現しておくのも苦痛だったのだろう、諏訪子は空気に溶けるように消えてしまう。そして私は大きな溜息を吐くのだった。

 

 諏訪子の容態を早苗と神奈子に伝えるのは避けておきたい。特に早苗。なるべくゆったりとした環境で修行に励ませてあげたいのだ。

 精神的に不安定になると、修行の難易度は格段に跳ね上がるわ。

 

 はぁ……どうしたものかしらねぇ。

 取り敢えず後片付けを秋姉妹に任せて一足先に事務所に戻る。そしていつものドレスに着替えて早苗を待つ。そろそろ帰って来る頃だ。

 

 

 

 そして帰ってきた。何故か体操服で、それもとんでもなく暗い影を背負いながら。

 ……どしたの? 

 

「お師匠様、これ」

 

 鞄の中を覗いてみると、そこには乱雑に折り畳まれたセーラー服が入っていた。無言で服を取り出し、広げる。

 生臭い匂い。ベッタリとこびり付いていたのは真っ黒なシミ。臭いとシミの強さからして墨汁、かしら。

 それによく見ると、シャツの所々に無理やり穿った跡がある。スカートなんて裾から胴回りまでザックリと豪快に切られていた。よくもまあこんな……うん。

 

 ゆかりんドン引きである。幻想郷とは完全別ベクトルの陰険さよね。

 

「体育の授業から戻ったら無くなってて、探したらゴミ箱の中にこれが……。もう買い替える余裕もないんだけどなぁ」

「……大丈夫よ。私が直してあげるから」

 

 早苗の口ぶりからしてこれが初めてではないのだろう。早苗のダークサイドがまた一つ露見してしまった……! なんて不憫な子……! 

『日刊:早苗の闇』みたいな感じで毎日見せつけられるもんだから私の精神もごりごり削れるのなんの! 

 

 ちなみに今まで聞いたイジメの内容だが、多岐にわたり過ぎててとてもじゃないが挙げきれない規模だ。なんていうかね、最初はてっきり緑髪が原因でイジメられてるのかと思ってたけど、問題は思ったよりも根深そうだ。下手したら魔女狩り紛いの行為にまで発展する恐れがある。

 諏訪子と神奈子を責める気にはなれないが、流石に早苗をこのままの状況で放置して学校に行かせ続けてるのはマズイと思う。

 

 自分たちが消えてしまった時の為に、早苗に平凡な人生の道筋を残してあげたかった二柱の気持ちは分かるんだけどねぇ。

 それに凄絶なイジメを受けてなお、二柱を心配させまいと変わらず学校に通い続けている早苗の精神力も今は裏目に出てしまっているわ。

 

 まあ取り敢えず制服は私が修繕するとして、早苗のメンタルケアは如何したものか。取り敢えず今日の修行は軽めのものにする旨を伝え、巫女服に着替えるよう指示しておく。

 私だって忙しいが、早苗のそれは私を完全に上回っている。そもそも社畜生活に慣れた私と学生の早苗じゃキャパシティに大きな隔たりがある……はず。早苗が潰れてしまわないよう気を付けないと。

 

 はぁ……どうしよう。

 妖忌、私は貴方のようにはなれそうにない。師匠なんて向いてなかったんだわ。

 

 

 

 

 その後、今日も進展のない修行を終え自室に戻る途中、神奈子に絡まれた。

 一目見てロクな要件でない事がわかったわ。

 

 神奈子は怒っていた。ただでさえ枯渇しかけているというのに、身体から蜃気楼のように神力を立ち上らせている。

 まるで山のような存在感。今は私と大差ない力でも、そもそもの存在の格が違いすぎる。久々にリバースしそうになるわ……! 

 

 取り敢えず神奈子を宥めながら本殿まで引きずっていき、ちゃぶ台を囲んでの晩酌に持ち込んだ。こういうタイプの人はお酒を飲ませて不満を打ち明けてもらえば状況が好転しやすいのよね。ちゃんと萃香で予習済みよ! 

 スキマから何本か酒瓶を取り出しながら神奈子の話に耳を傾ける。

 

「諏訪子も早苗も、私に全く相談してくれないんだよ。私が何を言いたいのか、お前なら分かるだろう?」

 

 ええまあ、はい。

 結局諏訪子の容態、早苗へのイジメは神奈子に筒抜けだったようだ。多分、毎回こうやって互いに互いを気遣って色んな秘密を抱え続けてきたんでしょうね、守矢の3人って。

 ウチ(八雲家)と似ているような気がしない事もない。

 

「早苗が心配でね、あの子が通学する時はいつも私が見守ってるのは知ってるでしょう。諏訪子だとやり過ぎてしまうからね」

「分かりますけど、貴女も大概だと聞いてますわよ? 確か早苗が子供の時に──」

「あーその件については深く反省している。さすがに少々大人気なかった」

 

 軍神と謳われた神がいじめっ子に対して力を振るうのは……ねぇ? それが原因で早苗に隠蔽体質が付いちゃったみたいだし……(なお筒抜け)

 けどまあ確かに諏訪子だったら相手を末代まで呪い殺した挙句に、腹いせでそこら辺に祟りをばら撒きそうではある。何だかんだ神奈子が適任か。

 

「あの子が酷い目に遭っているのは知っている。それに諏訪子だって、今朝から顔色が優れなかった。何かあったんだろう?」

 

 どこまで説明したものかと思いながら、首を縦に振る。神奈子は悲しげな表情でため息を吐くと、酒を煽った。

 飲んでなきゃやってられないんでしょうね。

 

「二人からの信用なんて、とうの昔に失ってしまった。そもそも、今の守谷神社の惨状は全てにおいて私に責任がある。……神社の主神は私、舵をとるのも私だ。要所要所で最悪の選択をしてしまった」

 

 神奈子曰く、諏訪の侵略から統治、諏訪子の感情、武甕雷(タケミカヅチ)への和平交渉、歴代巫女への接し方、早苗の生き方──全ての道を誤ってしまったと。

 あんまり歴史には詳しくないので所々ちんぷんかんぷんだが、一つわかった事がある。

 神奈子は為政者として不器用だったのだろう。私なんかよりは全然腕が立つ。

 

 そもそも失敗をどうこう言うなら私の実績を見てからにして欲しいわね! もう失敗の連続よちくしょう! 首だって(物理的に)何回飛びかけたか分からないわよちくしょうちくしょう!! 

 

 取り敢えず神奈子には「信用されてないかもしれないけど、それは貴女が信頼されてるからだよ」的な事を言って濁しておいた。

 なんで神奈子に相談できないかって、それは多分神奈子なら自分のために何をやってもおかしくないって2人が思ってるからでしょう。まあ、早苗も諏訪子もそうだろうけど。

 

 いやー実に麗しき家族愛。素晴らしいですわ。

 けど仲介役をやってる私の身としましては頗る面倒くさい! ただでさえ問題山積みなのに次から次にキツイ話しばっか持って来てさぁ! 板挟みには慣れてるけど流石に疲れるわちくしょう! 

 

 あーもう無理ですわ。こんな私でも人には言えない悩み事がいっぱいあるんだからね! 私だって愚痴れるもんなら愚痴りたいわよ! 

 ええい、誰かフランかこいしちゃんをここに連れて来なさい! 霊夢や橙でもいいわよ! 私に癒しを寄越せ! それも少しではない、全部だッ! 

 

 ……はぁ。なんか疲れたわ。

 静葉に愚痴ろ。

 

 




静葉は聞き上手、穣子は話し上手。

幻マジ新造語『ゆかリンチ』……不特定多数でゆかりんを寄ってたかっていじめる事。また別義でゆかりんイジメにおける巧さの尺度。

さとり「私のゆかリンチ力は53万です」
ゆかりん「誰が測ってるのそれ」


*季節の力の行方
【春】→リリー→幻想郷→西行妖→レティ
【夏】→幽香?
【秋】→秋姉妹→レティ
【冬】→レティ
四つ集めるとパーフェクトオッキーナがなんでも願いを叶えてくれるよ!!

原作と比べて最も強さのインフレ率が高いのはレティ。というより1ボスの中でも数名は幻葬狂におけるバランスブレイカー的な存在。出オチですからね。
つまり秋姉妹こそ最強……!




この世界線の日本における『未知』とは忌むべきものです。

未知とは、劇薬である。
人を人と足らしめる"好奇心"の源泉であり、ありとあらゆる滅びに通じる劇薬。その危険性を人間は永い歴史の中で学んできた。
 
未知に触れることはやがてなくなり、それらしい取ってつけた理屈で全てを解明した気になる。自己完結こそが最高の安寧だった。
遺されたのは毒にも薬にもならない"未知"と、燻り続ける出来損ないの"好奇心"だけ。豊かさと絶対的安寧と引き換えに、人々の中から様々なものが消失してしまった。

この時人間は、一つの進化の形を喪ったのだ。
故に早苗は疎まれ、憎まれるしかなかった。

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