幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:東方兎流陽寿

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お待たせしました。
これよりスピードを上げてまいります。


不純の侵入(後)

 あれやこれやで春が過ぎ、梅雨に近付く土用の期間。モリヤーランドも閉園し、儚さを感じさせる朱に溶け込んでいる。さも悲壮的に、退廃的に。

 そんな辛く苦しい外の世界を、何故か案外満喫している八雲紫でございますわ。

 

 いや実際はそんなに満喫してないんだけど相対的には、って感じね。ていうか幻想郷に帰った時の色んな処置(言い訳)を考えただけでも胃腸が捩じ切れそうになるわちくしょう! 

 帰りたくなーい! けど帰らなきゃ諏訪子、神奈子、早苗が……! うごごご……! 

 

 まあ、そもそも幻想郷に帰る手段すら未だ見つかってないんですけどね。AIBOが迎えに来てくれれば一番手っ取り早いのに……あの人いまどこで何をしてるんでしょうね? 

 

 そんな事を思いながら、山の端に沈む夕日を背景に早苗から借りた漫画を眺めていると、夕暮れに染まった空を更に濃い赤黄金が横切るのが見えた。ぐるりと大きく旋回し、こちらへと向かってくる。

 あれは静葉ね。日課の飛行訓練を終えたようだ。

 

「ただいまーっと。まあ、こんなもんですね」

 

 ふわりと華麗な着地。紅葉のようなスカートの裾が綺麗に飜る様は非常に美しいわね。ていうか私よりも飛ぶの上手くなーい? 

 と、ちょうど穣子も日課の畑仕事から戻ってきた。ちなみに彼女もすでに飛行の感覚を取り戻すことに成功している。

 

「ただいまー」

「あら、その手に持っているのは……茄子?」

「そうそう! ようやく能力が戻ってきた感じがするんですよー! 季節外れの野菜だって瞬時にこの通り! ……まあ、全盛期はこんなもんじゃないですけどね」

「ぐぬぬ、やるわね穣子。私も早く能力を取り戻さないと……!」

 

 姉に対して優越感に浸る穣子と、そんな妹に触発されて奮起する静葉。この子ら仲は良いんだけどすぐ張り合おうとするのよね。まあ修行にはプラスになってるから良いんだけど。

 それにしても二人とも随分強くなったわね。正直な話、この二人の修行は早苗のそれのオマケみたいなものだったから、まさかここまで結果が出るとは思わなかった……。

 畑仕事と丸太蹴らせることしかさせてこなかったんだけどなぁ。

 

 だがそもそもこの二人は元々は幻想郷の存在。力を失うまでは普通に飛んだり弾幕を撃ったりしていた。なので力の運用に関してのブランクを解消できればこんなものだろう。

 逆に芳しくないのが早苗だ。

 

「……」

 

 深く集中し、精神の統一を試みている。その真剣さたるや、秋姉妹の帰還に微塵も気が付かないほどだ。

 お坊さんならここで雑念有る無しに関わらず「喝ッ」とか叫んで早苗を鞭打ったりするんでしょうけど、私は違うわ! そんな無駄な事しない! 

 むしろ早苗はよくやっていると思う。彼女の必死さがとても強く伝わってくるのだ。2ヶ月も見てれば分かるわ。

 

 

「私、思うんですよ紫さん。そろそろ早苗様に関しての方針を転換した方がいいんじゃないかって」

 

 穣子が急に柄にもなく真面目な事を言い出したのでびっくりした。静葉も己の妹を訝しむように見つめる。

 穣子は茄子を手で弄りながら言葉を続けた。

 

「やっぱり変ですよ、これ。……あっ修行が変ってわけじゃなくてですね、ここまでやって何も結果が出ないのがおかしいって意味で」

「現状における諸悪の原因は私の提示する修行内容にあるものだと思ってたのだけれど、そうじゃないという事かしら?」

 

 実のところ、ここ最近自信無くしかけてたのよね……。私の考え無しの修行が早苗の足枷になってるんじゃないかって。でも穣子はそれを違うと言った。静葉に目を向けると、彼女も大きく頷き返す。

 

 なによ貴女達……慰めてくれるの? (涙目)

 

「そもそも修行という方法で事態の打開を図ったのが間違いだったのかもしれませんね。諏訪子様たちを救う事を最優先とするなら、多少強引な手も必要なんじゃないですか?」

 

 ん? 強引な手? 

 

「幻想郷に拉致しましょう、拉致。……それが確実じゃないですかね?」

「えぇ……(ドン引き)」

 

 言い方!!! 

 神隠しの主犯(濡れ衣)とかいっつも陰口叩かれてる私の身にもなってよね! 

 そんな私の心の叫びもつゆ知らず、穣子は「だから」と続ける。

 

「まずは早苗様への修行ではなく、早苗様を幻想郷に移してなおかつ適応できるか否かの経過を見守るべきなんじゃないかなって」

「まあ確かに、いざ幻想郷に移住しても身体が適応できなければ意味がないものね。紫さん、私もこれは試してみる必要があると思うわ」

「……」

 

 秋姉妹による有難い進言。しかし残念、私は無言を貫くほかないのだ。だって幻想郷に行く手段を私は持ち合わせてないしー、諏訪子と神奈子にあんな見栄張ったのに「やっぱり早苗には才能がないから無理でしたテヘペロ☆」なんて言えるはずがない! 

 バカバカバカ! 過去の私のバーカ! 

 

 ……ただ確かに、早苗が安全に幻想入りできるのかについては不透明ではあるわね。そもそも幻想を識別することすらできない人間が幻想入りしたらどうなるんだろう? 夢と現の狭間に消滅したりしないかしら? 

 幻想郷は全てを受け入れるけど、その後は大抵の場合放ったらかしですものね。

 うーん、やっぱり怖い。

 

「幻想郷に入る許可は出せません。早苗に万が一でも悪影響が出る事が見込まれる現段階ではね。ギリギリ許容できる最低限でも『見鬼の才』だけは身につけてもらわなければならないわ」

「けどこのままじゃ間に合わない! 諏訪子様の様子は最近おかしいのは私たちだって分かってるんですよ!」

「だからといって早苗の身を危険に晒す訳にはいきません。想定外の何かあった時、守矢の2柱に示しが付かないもの。あくまで私は彼女を預かる身なのですから」

 

 万が一、万が一にでも早苗を死なせてしまったらと考えただけで身震いが止まらないわ。そうなったら恐らく、守矢の2柱は最期の全存在を賭けて私に最悪の祟りをぶつけてくるでしょうね。そして私はそれを甘んじて受けるしかない……! 

 秋姉妹とは違って私は慎重でなければならないのだ。それが保護者というものです! ……だけど秋姉妹の言う事に一理あることは確か。

 

「どうにか、しないといけませんわね」

「……」

「……」

 

 

「あの、修行時間……終わりました」

 

 意識外から掛けられた声。振り向くと早苗が所在なさげに手を揺蕩わせて佇んでいた。しまった、あまりに大きな声で話し過ぎたものだから精神統一の邪魔をしてしまったわね。

 それどころか早苗をさらに追い詰めさせかねない事まで聞かせてしまった。秋姉妹も申し訳なさそうに目を逸らす。

 

「静葉と穣子、貴女たちは園内のパトロールを。私も後で向かいますわ。早苗は……私と少し話しましょうか」

 

 流石気遣いのプロである秋姉妹が飛ぶようにモリヤーランドの方へと駆けて行く。飛んで行った方が速いけど早苗に配慮してだろう。

 そして私は早苗に向き合う。

 さてさてカウセリングの時間だわ。

 

「貴女が今どんなこと考えてるのか、当ててあげましょう。そうねぇ──」

「別に言ってくれなくていいですよ……お師匠様からすれば筒抜けですよね。いや、多分静葉さんや穣子さん、神様たちにまで……」

「……そうでしょうね」

 

 肯定することしかできない。

 焦り、恐怖、不甲斐なさ……色々あるでしょう。次から次に自分を覆う見えない壁。眼前へと迫ってくる奈落。不安に感じない方がおかしいわ。私だったら全てを投げ出して夜逃げしてるわよ、うん。

 

 だけどそれ以上に早苗を蝕むものがある。

 彼女の双眸から流れる雫が、その最たる証拠だ。

 

「私、悔しいです……っ。なんで、私には才能がないんでしょうか!? 三人は飛べるのに、神様が見えるのに! 私だけ……なんでっ!」

「早苗……」

「もう嫌なんです……こんな世界に未練なんかないのに、こんなにもお師匠様が未知なるモノを教えてくれたのに……私は未だに、これが夢なんじゃないかって、疑ってるのかもしれません……」

 

 根深い。あまりにも、根深すぎる。

 世界から己を拒絶され続けることに疲れ、周りに無理やり合わせようとしながらも、心内では希望(神の存在)を捨てることができなかった早苗。

 その内外での相反する二つの想い、或いは願いが早苗を歪ませてしまった。早苗は真の意味で『何か』を信じる事ができずにいるのだ。

 

 だから諏訪子と神奈子に会えるまで彼女は『何か』を本気で信じることはできない。だが、本気で信じなければ2柱は見えない。

 八方塞がりだ。

 

 穣子の言う通り、か。

 だが──。

 

「私は貴女を信じていますわ、早苗。例え自分が、周りが信じられなくても……私は貴女を信じている」

「一向に何もできない私を、ですか?」

「何もできなくても、それでも一生懸命に頑張っている貴女をです。そもそも弟子の大成を信じない師匠がどこにいるというのかしらね?」

 

 私には願うことしかできない。

 

「だから私は奇跡を願ってるわ。貴女が大成するという、必然の奇跡に」

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 未知とは、劇薬である。

 人を人と足らしめる"好奇心"の源泉であり、ありとあらゆる滅びに通じる劇薬。その危険性を人間は永い歴史の中で学んできた。

 

 未知に触れることはやがてなくなり、それらしい取ってつけた理屈で全てを解明した気になる。自己完結こそが最高の安寧だった。

 遺されたのは毒にも薬にもならない"未知"と、燻り続ける出来損ないの"好奇心"だけ。豊かさと絶対的安寧と引き換えに、人々の中から様々なものが消失してしまった。

 この時人間は、一つの進化の形を喪ったのだ。

 

 それに対し、東風谷早苗は進化し損ねた人間。彼女が神を信じるのは義務であり、存在理由である。これらは"好奇心"ではない。

 そんなものなどとうの昔に枯れ果てている。彼女にあるのは自らの心における安寧への渇望と、自分自身を含めた世界の全てへの懐疑心だけ。

 

 これらが満たされ、払拭されるのであれば、たとえ死んでも構わないと……早苗は考えている。いや、逆に死んでしまえば全てが分かるのではないかと思ったこともあったようだ。

 自分の身を殺めてしまいそうになる時、心に割り込んでくる絶対的な否定の意志。誰かが必死に止めてくれているような気がするのだ。これを『神様の声』だと信じたいのだが、隠された自意識の発露ということも否定できない。

 

 結局のところ、早苗は終わることすら許されない。許すことができなかった。

 だがこれもまた奇跡なのだろう。

 奇跡とは自らの幸福のみに作用するものではない。自他共に想定していない出来事のことを言うのだ。それが途轍もない苦しみであったとしても、稀であれば『奇跡』になる、ということ。

 

 

 かの吸血鬼レミリア・スカーレットは、かつて運命を「塞きとめることのできない大河」或いは「一方にしか向かえない幾多もの道」と揶揄した。

 そして幸運の素兎因幡てゐもまた、全ての出来事に偶発的な事象はないと明言している。あらかじめ決まっているのだと、ある種の諦めさえあった。

 

 彼女らの言うことは真実だろう。それらはすでに実証されているようなものだ。

 

 だけど、【私】は知っている。

 それだけじゃない。

 

 奇跡とは『バグ』だ。運命という抗いようのない道筋……その側に転がる小石や小虫。または窪みに亀裂。

 大局で観れば些細なことなのかもしれないし、レミリアやてゐから見ればあってもなくても変わらない無象の現象に過ぎないのかもしれない。

 

 だが奇跡において注目すべきは、その規模ではない。運命に極小の歪みを与えるその存在そのものである。叛逆の狼煙にはちょうどいい。

 連続する大きな奇跡はこの世を塗り替えてしまうほどの大きな奇跡になるのかもしれない。……そうとでも考えてないと、やってられないよね。

 ──以上が(最後の部分を除いて)ある人が受け売りとしていた言葉だ。そしていま私がこうして半ば存在出来ている理由でもある。

 

 奇しくも『幸運』だったのは、今この世界には奇跡の連続を体現した存在がいる事。彼女ほど運命をコケにした妖怪もいないだろう。

 レミリアとてゐを強制的に認めさせるほどの奇跡。絶対に殺させず、絶対に殺されない奇跡。救い救われる奇跡。

 

 運命はまだ大きく変わっていないけれど、うねりが始まる準備はできている。

 早苗は『幸運』だった。運命を手繰り寄せた力こそ早苗の『奇跡』であり、彼女の──八雲紫の『いつもの奇跡』だ。

 

【私】はこの世の誰より、その『奇跡』を間近で見てきた。分かってる──。

 夢を現実に変えるのは、いつだって──。

 

 

 

 

 *◆*

 

 

 

 

 

「────ん! ゆ──さん!」

「んぅ……何よ、騒々しいわね……」

「紫さん早く起きて! 大変ですよ!!」

 

 うぅ、頭がガンガンする……。昨日の自棄酒のせいかしら? 二日酔いなんて久しぶりだわ……萃香に酔い潰されて以来ね。

 それにしても煩いわ。

 

 秋姉妹の朝は早い。故に早朝から彼女らの生活音によって叩き起こされてしまうことは珍しくない。だがこうやって無理やり起こされたのは初めてだわ。体調も相成って凄くイライラする……! 

 おえっ……朝ゲロしそう……。

 

「まだ早朝じゃないの……」

「取り敢えず騙されたと思って目を開けてください。一気に目が覚めますよ」

 

 引っ付いた瞼を力一杯持ち上げる。ぼやけた視界に僅かな光が差し込む。目に映る風景が安定せず、目の前にいる金髪の女性が穣子なのか静葉なのかすら分からない始末。オマケにどういうことか凄く目がしばしばするわ。

 あっ、もしかして今の私って涎とか寝癖で見苦しい様を晒しちゃってるのかしら? 秋姉妹の片割れがこんなに慌てているのもそれが原因だったりして。それはいけないわ! 私は麗しの淑女ですわ! 

 

 慌てて目をこすり意識を無理やり覚醒させる。いの一番に私の眼前に飛び込んできたのは神妙な面持ちで私を見る静葉だった。穣子は何処かしら。……いや、いま気にすべき事は他にあるわね。

 チラチラと視界の隅で存在感を露わにしていた空色に目を向ける。

 

 なんということでしょう。若干古臭く、女の子が3人で寝るには狭すぎた守矢神社の一室が、一晩明け劇的な変貌を遂げました。

 壁に開けられた綺麗な円形の穴が薄暗い部屋に光を注いでいるではありませんか! なんという開放感! これであの嫌らしい圧迫感に苦しめられる事はありません! 

 家主である守矢の神々や早苗も、これにはニッコリ──

 

 んなわけあるか!! 

 いったい誰よ、この一晩で壁にでかい穴ぶち開けたのは!! 静葉か? 穣子か? それともどっかの変質者か!? 

 どっかの誰かに一晩中も私の国宝級の寝顔を見られていたなんて、考えただけでもガクブルですわ。それと同時に変な怒りが込み上げてきた! 

 

「と、取り敢えず早苗様への言い訳を考えましょう! いま穣子が穴をなんとか隠そうとしてますから!」

 

 もう一度壁の方を見ると、穴の向こう側で穣子がブルーシートを持ってぴょんぴょん跳ねていた。なるほど、それで穴を隠そうってわけね? 

 ……いや逆に目立つじゃないかしらそれ。ひとまずブルーシートで穴を塞ぐのは手伝いましょうか。穣子とは反対側のブルーシートの端を掴み、屋根からぴったり貼り付けていく。

 応急処置もいいところね。

 

 ていうかなんでこんなに秋姉妹は早苗を恐れてるんだろう? いくら雇い主とはいえ、この怯えようはちょっとおかしい。いやまあ二人が極端に情けないだけだと思うけど。

 

 と、噂をすればなんとやら、ご本人の登場ね。

 なにやら慌てた様子で早苗がこっちに走ってきている。私を見つけると、身体いっぱい使って手を振っていた。

 ブルーシートを手放し(静葉が慌ててフォローに入る)屋根からおっかなびっくりに飛び降りる。

 

「お師匠さまー! ……って何事ですかこれ!?」

「経緯は後から話しますわ。どうやらそっちの方が急件みたいだし。ほら秋さん達もこっちにいらっしゃいな」

「は、はーい! ──うわぁ!?」

 

 何をしくじったのか静葉が屋根を突き破って地面に転落し、支えきれなくなったブルーシートがめくれ上がる。

 何かもがボロボロね(諦め)

 

「……えっと、どういう状況なんですかねこれ。なんで事務所がこんな穴だらけに……?」

「貴女の見ている状況が全てよ、これ以上でもこれ以下でもないわ。……それよりそんなに慌ててどうしたの?」

「あっはい。えっと、宝物館にドロボーが入ったみたいで! 祭具を始めとして色々なものが盗難されてしまいました! わ、私ちゃんと戸締りしてたんです。本当ですよ!」

 

 必死にまくし立てる早苗を宥めつつ、ちょっと考えてみた。たった一晩で二つの怪事件が同時に起こる……同一犯の仕業と見ていいでしょう。

 今回の件で特に解せないのは何故金目のものがない私達の部屋の壁に巨大な穴を開け、宝物館の方は完全密室のままなのか。普通逆よね。

 しかもその目的と犯人像が全く定まらないわ。いまさら祭具なんて奪っても時代が時代だから売れるはずない(って神奈子が言ってた)し……魔理沙や霖之助さんみたいな変わり者のコレクターかしら? 私の中ではこの説が濃厚である。

 

 取り敢えず早苗には警察に盗難届を出すよう指示し、私は秋姉妹とともにあたりの散策を行うことにした。何か手がかりがあるかもしれない! 

 ……とまあ的確な指示を出しているように見えるかもしれないけど、実際は警察と鉢合わせになるのを避けるためなのよね。ほら、私って一応指名手配犯ですし。

 

「私は事務所周辺をしらみつぶしに探します。そうねぇ、貴女達(秋姉妹)にはモリヤーランドの外周をお願いしようかしら。不自然なところがあればすぐに連絡をちょうだいな」

「「ラジャー!」」

 

 侵入経路の跡でも見つかれば御の字って感じね。……ただ空を飛べる者による犯行だったら追跡は不可能なのよねぇ。犯人は間違いなくただの人間じゃないだろうし、下手したら幻想郷にいるようなロクでもない奴が関わっている可能性だってある。

 それにここ最近は諏訪子の痣から始まり、きな臭い雰囲気をひしひしと感じる。何者かの絶対的な悪意を……。

 

 そんな感じで通ぶった風を装ってるけど、これ以上はさっぱり分からん! 藍か霊夢が居てくれれば即解決なんだろうなぁ! 

 ……いや二人にばかり頼っていてはダメだ! 私は幻想郷の大賢者八雲紫! この頭脳だけが取り柄なのにこんな所で躓いてる場合じゃないわ! 

 ふふふ、紅霧異変以来となる名探偵ゆかりん☆の事件簿……! 腕がなるわね! 

 

 さあ兎にも角にも、まずは痕跡よ。大賢者アイは一つとして不自然な所は見逃さない! 

 意気揚々と探索を開始! 

 むむ、茂みの中に不自然なものを発見した。幸先いいわ! ……って、何これ、手首? マネキンかしら。

 

 一切の警戒もなしに茂みへ近付き、落ちていた手首のようなものを拾う。十中八九作り物だと思ってたのよね。だって普通本物だって思わないでしょ? ところがどっこい……! 本物ですわコレ。

 

 肉を掴む柔らかな感触、切断された手首から滴る少量の血液。たちまちあたりに充満する鉄の匂いと危険な香り。

 

 ……私はスキマで地面に空間を作り、手首を埋葬することにした。そして「南無」とだけ言い残し、足早にその場を去る。

 

 厄介ごとは勘弁よ! 私が優先すべきは早苗が健やかに修行できる環境を整えること。ただでさえキナ臭いことばかり起きてるのに、これ以上心配を掛けさせるわけにはいかないわ! 

 死体遺棄? 無責任? 

 そんなこと知らないわバーカ! 私、妖怪ですから! 本来なら人間を喰い散らかしてそこら辺に放置する存在よ! 私は食べないけど!!! 

 

 

 

 捜索がひと段落つき、互いに情報交換を行おうということで事務所に集まったのだが、早苗が若干引き気味にこんなことを聞いてきた。

 

「お、お師匠様……えっと、どうかしましたか?」

「なにが?」

「いえなんていうか、機嫌が悪そうに見えますので何かあったのかなーと」

「うふふ。そんなことないわよ」

「「ひぇっ……」」

 

 自然体で言葉を返したつもりだったが、早苗は私からちょっとだけ距離を取り、秋姉妹は変な声を上げた。失礼の極みである! 

 あっ、そういえば遠い昔にさとりから「紫さん、一つ言っておきますけど貴女が隠し事してる時の自然を装ってる顔すこぶる滑稽ですからやめてくれませんか? くだらない考え事なんか一生しなくていいので……いや、そういえば日頃から何も考えてませんでしたね。ちゃんと物事を考えてください酷く滑稽です」とか言われたっけ。どっちみち滑稽なのねくそぅ……。

 

 そんな変な癖があるなら是非とも治したいけど、今は無理ね。ひとまずこのまま流しましょう……なるべく普通を装いつつ……。

 

「じ、じゃあ私から! 東側にかけてぐるっと一周してきたけど変なところは無かったわ。いつも通りよ」

「西側も異常なーし」

「……私も特には」

「(また怖い顔になってる……)私の方もダメでした。警察に連絡してもまともに取り合ってくれなくて……」

 

 あらら、警察からもそっぽを向かれているのか。まったく、八雲紫指名手配事件といい、外の世界の警察はどうなってるのよ! ぷんぷん! 

 ──と、肩のあたりに自分とは異なる力の集合を感じた。多分、守矢の二柱のうちどちらかが実体化しようとしているのだろう。この感じは、神奈子かしら? ボインの気配を感じるわ! 多分! 

 

『忠告し忘れたけど、守矢絡みで外部を頼ることは極力しない方がいい。今の早苗に寄ってくる奴なんてロクでもない連中ばかりだよ。あの金貸し業の奴らを始めとしてね』

 

 何故だか楽しそうに心へと語りかけてくる。

 まあ確かに早苗ってかなり騙されやすそうだし、何より監督してくれる味方がいなかった。私がやって来てようやくといった感じなのだ。マミさんのような闇業界を練り歩いてきた海千山千の猛者からすれば早苗などいいカモである。美少女だしね。

 

 

『──一つ聞きたいんだが……八雲紫。お前は、信仰をどう位置付けている? 是非とも、妖怪賢者と謳われているお前の考えが聞きたい』

 

 不意にそんな質問を投げかけられた。やんややんやと色々なことを話し合っている早苗と秋姉妹を視界の端に、神奈子からの問の回答についてそれとなく考えてみる。

 

 原始の信仰が始まった瞬間なんて誰にも分からない。むしろ、人間に初めから備わっているものと定義することだって可能だ。外の世界における信仰にも言えることだけど、誰にも証明できないんだから好きにでっち上げてもそれが間違いなんて断言することはできないのだ。逆もまた然り。

 

 つまり私が何を言いたいのかというと、信仰とは確実性を以って行われるものではなく、"未知と不確実性"という要因が先立って、こうして深く根付いて保持されてきたものなのである。

 それを踏まえた上で答えなければなるまい。私の思う信仰の在り方を。

 

「信仰とは今も昔も為政者の道具ですわ。いつの世も強者の為にあり、弱者を依存させる……いわば麻薬よ」

『ほう随分な言いようじゃないか』

「だって()()()()()んですもの。信仰の有用性については上に立てば否が応でも実感してしまいます。とても便利ですわ」

『ふふ……そうか』

 

 神奈子からは否定されなかった。いやそもそも否定されるはずがない。

 日本史にて熱心な仏教徒(仏教キチガイ)として名を馳せる聖徳太子や聖武天皇だって、裏には私と同じドス黒い策謀があったはず。そして神奈子と諏訪子だって信仰される身でありながらそのメリットを甘受していたはずなのだ。

 

『嘆かわしいわね』

「ええ。……本当に」

 

 宗教は人に安らぎと団結を与えた。

 宗教は人から自由を奪い、暗闇を与えた。

 

 前時代の社会とは宗教的価値観が科学をも上回る絶対的存在故に成立するものだったといえよう。まさしく幻想郷のようなね。かつての人間社会を作り上げていたのは、間違いなく宗教という為政者、権力者の道具だったのだ。

 

 そして今は違う。

 

「この世界はもう宗教を必要としていないわ。為政者の立場から見れば大衆を望まぬ方向へ(かどわ)かす古い価値観など必要がない。だから徹底して弾圧した……ということね」

『私の言わんとしたい事を分かってくれるか。……この世界における【信仰心】にはまた一つ、違う呼び方がある。──【精神病】と』

「……っ」

『くだらないでしょう? ふふ』

 

 鋭い痺れが指先を走った。

 怒りでも悲しさでもない、圧倒的な不快感が私の心を埋め尽くしていた。

 強烈なデジャヴが脳裏を掠める。

 

 排斥の手段としては安直すぎる。だが忌避感を持たせるには十分すぎる風評被害だわ。早苗が腫れ物扱いされて、相手にされないのもそれが少なからず関係しているんでしょうね。

 

 

 反吐がでるわ。

 

 目の前にある秘封を暴かず目を逸らし、挙句に自分の理解が及ばぬ存在は徹底的に排除する。それがこの世界に安息を作り出したのだ。

 ああ……そんな安息になど、なんの意味があるのだろうか? 満足な豚を目指した愚かな大衆が、不満足な人間を『気狂い』と称すのか? 

 

 くだらない。本当に、くだらない。

 腹立たしくて仕方がない。正しく、ハラワタが煮えくりかえるようだ。

 

 どこまで私を邪魔するつもりなの? 

 ここでもまた、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「早苗、もういいわ。いいのよ」

「お師匠様? いい……とは?」

 

 困惑する早苗の肩を掴み、瞳を覗き込む。

 煌めく翡翠の瞳に、紫の陰りがさした。

 

「これ以上この世界にしがみつく必要なんて無い。このディストピアに求めるものなど何も無いのです。捨ててしまえばいい。こんな世界など、貴女の心から消してしまえばいい」

「お師……痛い、です」

 

 怯える姿も憐れだ。何故運命は然るべき者を選ばないのか。

 幻想郷に生まれていればこんな思いなどせずに済んだというのに。可哀想。

 彼女にこんな思いをこれ以上抱え込んで欲しくない。私が嫌だ。

 

「貴女の大切なものだけを信じなさい。脆弱な者の戯言など捨て置けばいいの。純真な貴女にこんな醜い世界は相応しくないわ。……私の大切なものを信じなさい」

「痛っ……は、離してください……!」

「紫さん!? ちょっ、何してるの!?」

「離してあげてください!」

 

 ばしっ、と。肩を掴んでいた手を静葉によって打ち払われた。乾いた音がやけに耳に残る。……あれ、あれれ? 

 私に対して怯えた様子の早苗、解せないといった感じで懐疑的な視線を放つ静葉、早苗を庇うように立つ敵意マシマシな穣子。

 

 …… 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 先ほどまでの自分の行動が鮮明に蘇る。

 えっちょっと待ってめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!? 八雲紫史の中でもぶっちぎりの黒歴史なんですけどぉ!? 

 あかん、これは絶対あかん!!! 

 

「……なーんて、冗談よ。さあ今日も一日修行を頑張りましょう。今日こそ飛べるようになるといいわねぇ」

「「いや流石にそれは通らない」」

 

 現実逃避作戦はダメだった。

 その後、早苗が外で修行している間、秋姉妹にめちゃくちゃ怒られた。この子達なんだかんだ言って保護者力高いわね……くそぅ。

 ていうか、神奈子は何処に行ったんだろう? 私が謎の暴走をしていた時から居ないような気がする。んー、なんだったのかしら。

 

 

 

「さっきはごめんなさいね。その、怖い思いさせちゃったかしら?」

「つーん」

 

 守矢神社の石段に腰を下ろしていた早苗の横にそそくさと座り、それとなく謝りながら話してみる。秋姉妹のワンポイントアドバイスによると、早苗への機嫌の取り方の導入はこんな感じがいいらしい。参考にさせてもらった。ただ第2ステップ『渾身の土下座』は流石に却下である。

 早苗からは可愛らしい効果音が返ってきた。

 

 あー、なんて言い訳しましょう? テンションが上がりすぎて気が動転したとか、そんな感じかしら。……ていうか、そもそもなんであんな行動とったんでしょうね? 私らしくないわ。多分。

 

「そうねぇ、今日は特別になんでも言うことを聞いてあげるわ。何か欲しい物とか……食べたい物とか……?」

「つーん」

 

 ぐっ、手強いわね……! 

 ここだけの話、早苗のようなタイプの女の子は初めてだから、どう接したら良いものか決めあぐねているのは内緒よ! 

 

「はぁ……私自身も困惑してるの。なんで貴女に対してあんな事を言ってしまったのか、未だに分からないわ。なんて言ったらいいのか……」

「あっいやごめんなさい。そこまで落ち込まれるとは思いませんでした。全然気にしてないので大丈夫ですよ!? ……ふふ、それにしてもお師匠様でも分からない事があるんですね。ちょっと意外です」

 

 思わず弱音を吐いてしまった私を情けなく思ったのか、早苗が顔を綻ばせながらそんなことを悪戯っぽく言う。私の威厳が低下する代わりに場が和んだみたいね。これはいい事を知ったわ、どんどん急落させていきましょう! 

 ……どうせだし早苗に愚痴ってみようかしら? 

 

「自分の事が全て分かる妖怪なんてこの世界に誰一人として居ないわ。人間と同じようにね。私だって、貴女と一緒なのよ」

「一緒、ですか?」

「時折自分がどうしようもなく怖くなるわ。なんでしょうね、最も身近な場所に自分の知り得ない何かが渦巻いているような、そんな不安をいつも感じるのよ。何百年生きても、この感覚だけはどうしても拭えなかった」

「……分かる、ような気がします。私も同じですよ。……自分の知らない自分が怖くて仕方がないです。周りの人達が見ている私は、私の知らない『自分』なんじゃないかって」

 

 自分が本当に狂っているのかを知る術なんて、存在するはずがない──フランもそんな事を言ってたっけ。

 ずっと違和感を抱えながら生きてきた。みんなが私を見るあの目は『私』に向けられているものなのか、ずっと疑問に思ってたわ。

 

 なんで私を恐れるの? 

 なんで私を殺そうとするの? 

 敬うに値しない私に、何故そうも自分を犠牲にしてまで仕えようとするの? 

 

 解らない……何もわからない……。

 だけど私に向けられる様々な想いが純真なものであることは嫌でも分かった。だから、訳の分からないまま自分を殺すしかなかった。周りに報いなければならないから。それが『仕事モード』の私だ。幻想郷の最高賢者、八雲紫としてのあるべき姿。

 

 誰も、本当の私を見てくれやしないのだ。

 ……ああ、あの性悪さとり妖怪を除いてね。どうせならもうちょっとマシな奴に理解してほしかったわね! うん! 

 

 早苗も多少の違いがあるとはいえ、立ち位置的には同じようなものよね。私たちはありもしない勝手な虚像に踊らされる哀れな乙女なのである! 

 

 

 と、早苗が勢いよく立ち上がる。そして私へと屈託のない笑みを浮かべる。

 

「お師匠様、私、幻想郷に行きます。こんなところで黄昏れてる場合じゃないですよね。本当の私のことを見てくれてる方達を信じて、頑張るしかないですよね! それに! その幻想郷っていう所に行ければ私を理解(わか)ってくれる人にも会えそうな気がするんです!」

 

 空へと手を伸ばす。

 雲の先の、遥かなる宙に向けて。

 

「絶対に行きます、幻想郷!」

「連れて行ってあげますわ、幻想郷。最低限たる資格さえ備えれば、幻想郷は貴女を(色んな意味で)歓迎してくれるはずよ」

 

 早苗……やっぱり貴女は強い子ね。

 そう、立ち止まってる暇などないのだ! 刻一刻とタイムリミットは近づいてきている。諏訪子も神奈子も、早苗も救ってみせるわ! 絶対に幻想郷で受け入れてみせる! 

 

 そして──。

 

「きっと会えるわよ。自分のことを理解(わか)ってくれる存在を願っていれば、いずれはね。待っているだけじゃ、待ちくたびれちゃいますもの」

「そうですね。だけど私はその存在に──お師匠様に出会えました! それだけでも……待った甲斐があったというものですよ。えへへ……」

 

 恥ずかしそうにはにかむ早苗。その一方でこの不肖八雲紫、あまりの可愛さに感極まってしまった。にやけそうになる口元を隠しつつ、こめかみを強く抑える。

 やっぱり私と巫女の相性って頗るいいみたいね! いやーもう無理ですわ! 養子にしましょう養子に! 霊夢と姉妹よ! 

 

 

 その後神奈子と真剣に話し合い、早苗をしばらくの間休学させることにした。理由は言わずもがな、この状況を打開する為、そして早苗の決意を無駄にしない為である。

 最初は随分と渋っていた神奈子だったが、早苗の言葉を伝えると簡単に折れてしまった。当人がそう言うんですもの、なら私たち第三者に止める権利はないわ。

 

 休学についてはなにやら面倒な手続きでも必要になるかと思ったけど随分とあっさりだったわね。早苗の立ち位置は学校側にとっても悩ましいものだったのだろう、それがしばらく来なくなるのならば万々歳ってところかしら? 

 非常に腹立たしい限りではあるが、今回は好都合なので許すわ! ただ全ての懸念が払拭された折にはこれでもかと嫌がらせしまくってやりましょうかね! 例えば……そこらへんにトイレットペーパー撒き散らしたりとか、校長の机の上に菊の花を置いたり……えっ、陰湿? 

 

 

 

 とまあ一件落着のように締めたかったのだが、結局何も解決してないのよね。泥棒の正体は以前不明、部屋は穴が開きっぱなしだし謎の手首も放置したままだ。オマケに諏訪子の姿をここ最近一度も見かけていないのも偶然ではないだろう。

 

 ああ、あと取り敢えず早苗は修行に集中しなくてはならないため、私と秋姉妹の負担が跳ね上がったのは言うまでもない。

 正直、モリヤーランドも閉鎖してしまって身軽になってしまった方がいいのでは……と思ったのだが、何だかんだでマスコットキャラのカナちゃんスワちゃん経由で僅かながらでも2柱に信仰力が集まっているのも確からしいのよね。今更ながら信仰判定ガバガバ過ぎない?? 

 

 

 ちなみに余談だが、神奈子に「信仰がどうとか、なんであんな事をいきなり聞いてきたの?」と尋ねたのだが「……? なんのことだ?」とはぐらかされてしまった。私の黒歴史を黙っててくれるつもりなのだろう。感謝してもしきれないですわ! 

 

 

 

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「とんだ収穫ですわ〜。河勝様……もとい摩多羅様にこんな依頼を押し付けられた時は離反も考えたのに? まさか? まさかねぇ?」

「うれしそーだなー」

「それはもう、とっても嬉しいわ♡」

「おー、よく分からんけど私もうれしーぞー」

 

 満月をバックに狂気の光が四つ。

 

 モリヤーランドのフェンスに、一人は腰を掛け優雅に足を組み、一つは腹を乗せてシーソーのように上へ下へと揺れていた。

 彼女らを一言で言い表すなら『邪悪』に尽きる。実際、邪悪の根源は清楚な青い方なのだが、腐っている方はオプションとして彼女の邪悪さを引き立てている。

 

 ほくそ笑む青い仙人。視界の先には大雑把にブルーシートの貼り付けられた古臭い建物。あの中にかの賢者八雲紫と、かつて『秋の主神』とまで謳われた姉妹が眠っている。

 実に、実に興味深い。

 昨晩ドジをして切り飛ばされてしまった手首を見る。切断面は当然のように綺麗だったので簡単にスペアを馴染ませることができたが、もしあの一撃が致命傷になり得る箇所に当たっていたかと思うと……色々な意味で背筋がゾクゾクした。

 

 トン、とフェンスから飛び降り、ふわりと着地。それに続きドスンと腐っている方も頭から落下して続く。隠密の概念はないようだ。

 ブルーシートをめくり中へ。昨晩能力によって空けた穴は今なお健在であった。

 

 川の字に敷かれた三組の布団を一瞥し、お目当ての妖怪を見つける。そして物音を立てないよう浮遊して近づくと昨夜と同じ手順を繰り返す。

 

 八雲紫は夢を見ない。

 いや、本来の夢を見る事が許可されていないのだ。いま彼女が見ているのは恐らく夢のなり損ないか、何某による作り物か……。ドレミー・スウィートと古明地さとりの思惑通りなのだろう。

 確かに見かけ上では安全だ。

 

 だが、侵入者は知っている。こんなもの所詮誤魔化しに過ぎないと。

 

「そうでしょう? 紫様♡」

 

 猫撫で声でそう呟く。

 紫から溢れ出る夢の残骸を束ねながら、それを夢塊として元の場所へと還元していく。胸のワクワクが止まらない。

 

 そして瞳は開かれた。

 

 昨日と同じように、まっすぐ此方を見据える紫塊の瞳。理知的な光は宿っておらず、意思の介在を感じさせないそれは、あまりに無機質。

 

 昨日はここで手首を切られた。

 慌てた彼女は空けた穴をそのままに放置し、そそくさと逃げ出した、というわけだ。退き際を弁えることこそ長生きの秘訣である。

 だが今日は大丈夫。微塵にも動く気配はない。

 

 しかし油断はできない。

 八雲紫は、間違いなく自分を見ている。

 

「うふふ、今日も存分に見せてもらいますわ。貴女の記憶と、精神の奥に潜む狂気を!」

 

 邪仙は知ったのだ。

 隠岐奈とさとりが何故、幻想郷中を巻き込んでまで熾烈な対立をすることになったのか、その理由を。

 そして、恐らく彼女たちですら知らない『八雲紫の闇』を。

 

 全てが好都合だった。

 力を失った神々、排他的な世界、ただの一般人、そして孤立した八雲紫。

 

 もし事が思惑どおりに進んだならば……! 

 聖人王の復活を待つ必要すらなくなる。それすなわち、自分の一存のみでこの世界の命運を決定づけるも同然である。

 

 

 無理非道の仙人、青娥娘々。

 彼女の瞳は爛々と輝き、八雲紫を読み漁る。

 

 

 

 綻びが、また一つ。

 

 




娘々「ちょっとぉ、不純って酷くないです?」
太子「残当」
隠岐奈「残当」
芳香「残当」
純孤「嫦娥」

ここから執筆スピードも物語の展開も加速していくッ!……していければいいなぁ。(願望)
あとここだけの話ゆかりんはストーリー上、畜生道には行かないと思う。死んだ後は知ーらない!(作者は修羅道に一票)

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