幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

84 / 151
100話後に死ぬゆかりん


東方瘋塵録 ─完─

 

 青娥娘々……私が知りうる限りで最も邪な仙人。

 私がこの邪仙と出会ったのは幻想郷成立後すぐだったと思う。ふらりと何処からともなく現れ、にこにこ笑顔を浮かべながら一見恭しく跪くと、都合の良い言葉を並べ立てていた。

 そうね、彼女は私の弱みをよく把握してたと思うわ。自分に好意的な感情を向けてくれる人にはどうしても警戒が薄くなってしまうという、私の哀しき(さが)? を利用されたのだ。

 

 初見は物の見事に騙されたわね。

 幻想郷への入居許可なんて簡単に出しちゃったし、多少の黒い噂が流れてもしばらくは黙認していた。まあ幻想郷じゃ日常茶飯事だし。

 けどお風呂入りながらよくよく考えてみたらやっぱりおかしい事に気付いたのよ。初対面の妖怪に向かって「この子ったら脳味噌まで腐ってますのよ。可愛いでしょう?」とか言いながら死体見せてくる奴がヤバくないわけがないじゃない! 

 

 勿論そんなヤバ系邪仙が何の問題も起こさないはずがなく、一時期はさとりのペットと幻想郷死体争奪戦を行ってたそうだ。なんかあの邪仙って「はいエドテン♪」とか軽く言いながら死者を甦らせそうよね。卑劣な邪仙だわ……! 

 しかしそんな彼女もここ数年は姿を消し、名前すら聞かなくなっていた。藍と話し合った結果、何処かでのたれ死んだと結論付けたのよね。あの時の藍の表情といったら、ほんと清々しかったわ。

 

 ところがどっこい、今こうして彼女は健在であり、物の見事に幻想郷にとっての脅威となり得る存在と化していた。

 

 ぐるりと私達を隙間なく何重に囲う屈強な男たち。だがその瞳に光は無く、身体は棒のように硬直しており動きはぎこちない。ただ腕だけは何故か、ぶらんとだらけきっていて風に靡いている始末。これってアレでしょ、キョンシーの特徴を排除しようとした痕跡でしょ? ていうか腐臭が凄い……。

 相変わらず命を弄んでますのね。

 

「ご機嫌麗しゅうございますわ。いやはや、実に数十年ぶりでございましょうか? 御壮健な様子で何より……」

 

 風に揺蕩いながら、全く重みのない言葉をこちらに投げかけてくる淑女()が一人。見た目だけなら清楚オブ清楚、中身は純然たる暗黒。

 邪仙、降臨す……! 

 

「ええお久しぶり。早速ですけどこの周りの方々をどうにかしてくださいな。女子高生をこんな人数で囲うなんて、通報案件ですわ」

「ふふ、そうですね。ではそのように」

 

 青娥がなんとなしに空を叩く。それと同時に男たちの群れも波引くようにそそくさと下がっていく。もしかして威嚇を意図してわざわざあんな回りくどい手の込んだ演出をしたのかしら? 

 と、男たちの群れがあった場所に二つの頭陀袋が放置されている。中では何かが抵抗して暴れているようだ。

 ま、まさかねぇ……? 

 

「その頭陀袋は? 貴女が用意した物でしょう?」

「ああそれがですね、私達が正式な手続きを行った上でこちらのテーマパークに入園しようとしていたところ、不当にも阻んできた荒くれ野良神を取り押さえまして。この通り大人しくしてもらってます。この辺りは治安が悪くて参りますね」

 

 案の定、頭陀袋に入っているのは秋姉妹のようだ。仮にも神様に向かってなんという仕打ち……! これには半透明の神奈子も思うところがあったようで、高圧的な凄みをぶつける。

 

「そいつらはウチの従業員だ。このような狼藉、オーナーとして見過ごすわけにはいかないねぇ。 それに……お前、まさかな……」

「今は抑えなさい神奈子。青娥は中華一の大仙人とまで謳われた仙道中興の祖ですわ。今の貴女では万に一つでも勝ち目はない」

「むず痒い紹介ですこと」

 

 精一杯上げてあげたつもりなんだけど、青娥ちっとも嬉しそうじゃない。彼女にとって『中華』とはその程度の世界なんだろうか? 私からしたら大したもんだと思うけどねぇ。

 まあいいや、取り敢えずスキマを開いて秋姉妹を回収。拘束を解いてあげることにした。傍では横になってる早苗も彼女らを労わる声をかけている。

 

「すみません、不覚をとりました……! 気をつけてください! 奴らの中に手練れの死体が紛れ込んでます!」

「動きすら見えなかった……。気付いたら私もお姉ちゃんも一撃でのされてしまった後で……」

「手練れの、死体? どういうことですか? えっ、もしかしてあそこにいる人たちみんな死体なんですか!?」

 

 軽く錯乱しかけてる早苗を宥めつつ周りを油断なく伺う。見たところ青娥の愛死体である芳香ちゃんは見当たらないが、近くにいないということはないだろう。必ず青娥の側に控えているはずだ。

 もしかしたら隠れて何やら良からぬ事をさせようとしているのかもしれないが、まあ大丈夫でしょう。彼女は確かに強いが今の段階ではそこまでの脅威ではないわ。

 そして青娥自身も私に何か危害を加えようとしているわけではない。故に命の危険に対する警戒は必要ないのだ。ただ早苗や神奈子に関しては分からないから要注意ね。

 

 ひとまず神奈子をその場に留まらせて私だけで青娥に近付いていく。早苗や秋姉妹からは制止の言葉が飛び交う。正直私も結構抵抗あるわ。だってなんか無闇に近付いたら知らない間に妊娠させられてそうなんだもん。

 だけどね、早苗や神奈子があんなに頑張ってくれたんですもの。仕上げの私が根をあげてどうするのよ。

 

 互いが手を伸ばせば触れ合える距離まで接近した。妖しい笑みを浮かべる青娥に対抗して、私も精一杯頬を釣り上げる。

 そして早苗達には届かない声量で言うのだ。

 

「貴女が一連の黒幕ね? 窃盗、呪い、()()()()()()……随分とまあ、派手にやってくれましたわね」

「あら、証拠が?」

「ないわね。必要もない」

 

 日光が段々と強さを増している。眩しさと肌の痛みが煩わしくなってきたので日傘をさすことにしよう。やっぱり傘が有ると気分が落ち着きますわ。

 それじゃあ続けましょうか。

 

「ここだけの話なんだけど、私って相手の心が読めるのですよ」

「はあ、左様で」

 

 突拍子のない話題に青娥は眉を顰める。

 

「勿論さとり妖怪の精度には及びません。だってあちらは『視る』ですが、私は『読む』ですから。だけど貴女の計画は筒抜けですわ」

「……」

「隠岐奈からの差し金を装ってるのね。芳香ちゃんは、へぇ、諏訪湖で遊ばせて……諏訪子を蝕んでいたモノの正体はこれだったの」

 

 なるほど、簡単なカラクリだ。

 諏訪湖を徹底的に穢せば諏訪子の力はどんどん減退していく。その後は青娥の思うがままである。……私一人を殺すには明らかにオーバーな戦力だと言わざるを得ないわね。つまり『本来の狙い』は他にあったということ。

 

 そしてその『狙い』が……これまた解せない。

 何故なら、それは完全に私の利する形でしかないからだ。青娥は私への好意で今回の出来事を引き起こしたと言える。

 諏訪子が消滅した今の状況は、いつか私に多大な恩恵を齎してくれるだろう。だがこれは当の本人である私でも知らなかったこと。この邪仙はどこで……? 

 

「貴女、いつの間に私とコンタクトを取っていたの? 諏訪子が消えてしまった時は、まさかと思ったけど、違う視点から今宵の出来事を思い返せば面白いように点が線で繋がっていくわ」

「全ては貴女様が望むがままに、ですわ。それに私の見立てが正しければ、最後には隠岐奈様もお喜びになりましょう」

「違いないわね」

 

 軽く青娥と笑い合った。

 紆余曲折あったものの、結果だけ見れば全ての事が思い通りに運んでいる。新たな幻想郷の住民を確保し、当初の目的を達成し、未来に向けて想定外の布石を打ち、青娥のスタンスを確認し……そして何より、私は──。

 

 なるほど、なるほどねぇ……。

 全ては私の望むがままか。

 

「貴女の善意(思惑)を受け入れましょう。ただし幻想郷に再入場するのであれば今回のような独善的な行為は慎むようにね。じゃないと貴女、消されますわよ?」

 

 主に私の式とか巫女とかその他諸々とかにね。私と幻想郷は受け入れよう……だがこいつらは受け入れるかな!? っていうのが大原則。

 早苗達にも言える事だけど、幻想郷に受け入れた後は当人次第なのよね。出過ぎた真似をして諸勢力に淘汰されてしまったとしても、私から言わせれば自業自得に等しいのだ。嫌なら大人しく楽園での生活を楽しめばいい。私は基本ノータッチよ。

 あっ、だけど守矢神社にはこれから危ない役目を担って貰うことになるから、若干贔屓はするでしょうね。邪仙は知らん! 

 

「格別の配慮、感謝いたしますわ。いやはや、やはり紫様には全てがお見通しのようでございますね。この霍青娥、感服するばかりです」

「どうかしらね」

 

 素っ気なく言い返す。まったく、とんでもない皮肉を言ってくれるものだ。全てが分かる故の苦悩を知っていながらこの発言、誠に許し難し。

 だけど私は穏健派賢者の八雲紫、この程度じゃ怒らなーい! 

 

「ああそれと。貴女、諏訪子への感謝を忘れないようにね。私たちは彼女の幸せを踏み躙った挙句、死を辱めたんですもの。そのくらいしなきゃバチが当たるわよ」

 

 表面上は恭しく頭を下げる青娥。それに一応満足したていで頷く私。ひとまずこれで私の役目は終了だ。

 早苗達の方へと振り返り、明るく声を張り上げる。

 

「彼女らは怪しい者じゃないわ。警戒しなくて大丈夫よ」

「いやいや、えっ……本当ですか? 私、ついに黒幕が出てきたかと思って身構えてたんですけど、お味方なんですか?」

 

 今の貴女(早苗)に身構えるもクソもないでしょーが、って突っ込む所なのかしら? 

 まあ確かに、青娥と死体の群れを見て「頼もしい味方が来てくれた!」なんて思う人は居ないわよね。敵の増援か黒幕だと思うのが普通だと私でも思いますわ。……早苗にとっては少なくとも味方ではないのは確かね。うん。

 

 秋姉妹は納得がいかない様子で首をひねり、神奈子に至っては完全に疑っている。私の擁護がなければ今回の黒幕は青娥であると、彼女は断定していたんでしょう。諏訪の地で築いた信頼関係を利用しているようで少々気が引けるわね……。

 だがしかし、こうするしか手はない。()()()()()()青娥に太刀打ちできないんだもの。せめて藍が居てくれれば多少強気にも出れるけど、今は青娥の機嫌を損ねないよう穏便に事を済ませてなあなあで流すしかない。

 

「彼女は私の助っ人ですわ。行き詰まっていた私を見かねて力を貸しに来てくれたみたい。彼女の力があれば……私たちをこの土地ごと幻想郷に移転させる事が可能でしょう」

「お任せあれ♪」

「……後ろの死体は?」

「小間使いですわ。倒壊した社の再建を承る上では貴重な労働力となるでしょう。うふふ、こう見えて私って器用ですの♡」

 

 そもそも死体を操るって行為自体、倫理的に憚られる事なんだけど、この邪仙にとってそんなもの些細な小事に過ぎないのだろう。周りからドン引きされている現状にハテナを浮かべていた。

 そういうとこやぞ邪仙。

 

「紫、本当に奴を信用していいのか? まだ不可解な点は多くある……それに奴が使用しているのは紛れも無い外法の術。どうやら知り合いみたいだが、ロクな仙人じゃあるまい?」

「そうね。貴女の言う通りよ」

 

 神奈子は暗にこう言いたいのだろう。「諏訪子をあんな目に遭わせたのはこいつなんじゃないのか」と。そしてそれは恐らく半分正解だ。

 だが今はそれを口にすべきでは無い。まだその時ではないのだ。ただ神奈子が全盛期の力を取り戻した際には存分にぶちのめしてもらっても構わないわ。私の知ったこっちゃないから。

 

「貴女達のような者もいれば、ああいった輩も沢山いるのが幻想郷の良いところであり、悪いところですわ」

「……移住した後も骨が折れそうだな」

 

 そうね。骨は折れるわよ(意味深)

 なんたって修羅の蔓延る楽園ですもの。平穏に暮らしていても全身粉砕骨折くらいは覚悟しないとね! ……私だけが特別ってわけじゃないよね? 

 

 

 

 *◇*

 

 

 

 その後、諏訪子の一件で身体がガタガタになってた私たち徹夜組は暫く休眠。

 その間に青娥が神奈子の指揮の下、社の再建を急ピッチで進める事になった。諏訪子の凄まじい猛攻により地盤は完全に崩壊しており、再建は困難に思われた。しかし水遊びを終えた芳香ちゃんが早速小山を切り崩し、地盤を一から整えたのだ。

 あの死体のどこからあんな馬力が発生しているのか、甚だ疑問である。

 

「やっぱり凄いんですねぇ、あっち側の世界って」

「安心しなさい早苗。ああいうのは流石にそれなりの数しかいないから」

「相当数いるんですねなるほど」

 

 参道の方から工事現場を見上げながらそんな事を呟く早苗。困惑しつつも何故だか楽しそうな表情を浮かべている。なんか、死にかけてから一線吹っ切れちゃったみたいね。早苗が昏倒している間に何があったんだろう? 私に知る由はない。

 ま、まあ超常的な光景に慣れてきてくれたなら何よりなんだけど……変な適応の仕方してないかしら? 大丈夫? 

 あと「ネクロマンサーってなんか良いですよね!」とか言ってたけど、全然良くないから! 外法の術だから! 

 

「あっ、ところでお師匠様。いつ頃幻想郷に移りましょうか? 青娥さんはいつでも大丈夫という風に仰ってましたけど」

「社が完成するまでは待機でしょうね。壊れたままじゃ妖怪たちに舐められてしまいますもの。それと、こっち(外の世界)で片付けなきゃいけない問題もまだ残っているでしょう?」

「あー……負債ですか。正直なところあまり考えないようにしてたんですけど……幻想郷に夜逃げ、はダメですかね?」

「金貸しの親玉は此方側の存在、多分逃げ切れないわね」

 

 マミさんって結構温厚だけどこういう所はきっちりしてるイメージがあるわ。踏み倒そうとする不届き者には容赦無いと思うのよね。

 まあその返済は私が肩代わりしようとは思ってるんだけど、マミさんったら何処かに雲隠れしちゃってるのよねぇ。どうしましょ。

 

 あっ、そうそう。モリヤーランドについてなんだけど、アレも社や湖と一緒に幻想郷に移すことになったわ。深い理由はないんだけど……ほら、守矢神社は妖怪の山に置かれる事になるんだけど、絶対天狗共と揉めると思うのよ。縄張りがどうとかってね。その軋轢をテーマパークで埋めれないかなって……えっ、無理? 

 おほん……本音を言うと私が遊びたいからよ。それに橙やフラン、こいしちゃんにも楽しんで欲しいしね! 幻想郷は楽園なんですもの、テーマパークの一つや二つあったっていいでしょう? 景観の問題とかは兎も角として! 

 

 その後もたわいもない話は続く。

 神奈子が思いのほか格好良かったこととか、私のスキマの話とか、早苗が隠していた趣味の話とか……。

 だが何よりも、早苗が気になっていたのは『これからのこと』だった。幻想郷への移住は既に確固たる意志により決定されているようだが、それでも不安は残る、と。

 

「私、友達なんて一度もできたことないんです。そんな私でも、幻想郷なら作れますかね……友達」

「早苗なら絶対作れるわ。そうね、まずは私から何人か紹介しましょう」

「な、なんか恥ずかしいですね……」

「胸を張りなさいな。仮にも貴女は私の一番弟子なんだから」

 

 まずは魔理沙あたりと親交を深めていけば良いと思うわ! 次に霊夢、アリス、小傘なんかと友達になっていければ後は流れでいけるはず! 長年友人枠が萃香と幽々子だけだった私に比べれば早苗の道のりはイージーよ、イージー。あれ、なんだか涙が……。

 

 一方の早苗はきょとんとしていた。ちょっとだけ視線を宙に揺蕩わせて、若干小声になりながら言う。

 

「一番弟子って私なんですか? ほら、私の前にも巫女を育ててたって仰ってましたから、どうなってるのかなと思って……」

「霊夢はねぇ……結局私のことを先生とか師匠とかっていう風には思ってなかったみたいなのよねぇ。どっちかと言えば娘みたいなもので、ちょうど貴女と神奈子みたいな関係かしら」

 

 そもそも何も教えてないしね! 博麗神社の蔵から相伝の巻物を持ってきて覚えるように指示したぐらいですわ。優秀すぎるのも考えものよね……。

 それにひきかえ早苗は随分と手応えのある弟子だったわ。ゴタゴタの途中から何故か神奈子たちを視認できるようになってたから良かったけど、もし今に至ってもなんのきっかけも掴めていない状況だったらと考えただけで肝が冷えるわ。

 

 今はまた見えなくなってるみたいだけど、早苗はしっかりと期待に応えてくれた。それだけで私は満足なのよ。

 

「娘ですか、なるほど。でも私は一番弟子……」

「どうしたの?」

「なんでもありません!」

 

 表情を見る限りそんな事はないと思うんだけど……どうしたんでしょ? うーん、分からん!!! こんな時こそ心を読むさとりの能力が()()()()()()()。いや、けどそれであんなに性根がひん曲がってしまったのなら願い下げね! 

 

 ……あっ、そうだ! 

 

「幻想郷入りの餞別……ってほどでもないけど、貴女に渡したいものがあるの。受け取ってくれるかしら?」

「あ、ありがとうございます……なんか貰ってばかりで申し訳ないですね」

「気にしなくていいのよ、大した物じゃないし」

 

 スキマから取り出して早苗に渡したのは、指輪である。といっても金属では出来ておらず、ヒモを何重にも丈夫に編んだものね。例えるなら100円ショップとか売ってそうな安物っぽいやつ。

 本当は早苗の指にスッと着けてあげたかったんだけど、それだとなんか……求婚みたいになっちゃうから直接手渡し! 

 

 こんな安物っぽい指輪を渡されたからだろう、困惑気味の早苗。もっと気の利いた物をあげたかったんだけど、今はこれが限界! 

 

「これは……も、もももしかして!?」

「違うわ。それはもしも貴女が修行に失敗してしまった場合に渡そうと準備しておいたものよ」

 

 そういう意図の物ではないと改めて伝える。

 この指輪はね、私の知力を結集して作成したものである! 用途は簡単! 

 指輪自体に特別な効力は存在しない。しかし私の血を若干染み込ませてある為、私の妖力との親和性が非常に高い。故に私から発する妖力波の受信機となり、なんと私から一方的にではあるが、念話ができてしまうのだ! 

 血を染み込ませるとかなんかメンヘラっぽいけど、そこら辺は目を瞑ってほしいわね。私だって必死だったんだから! 毎日徹夜して作ったのよ! 

 

 説明を聞いた早苗は驚いたように指輪を見遣り、にんまりと笑顔になる。

 

「これでいつでもお師匠様とお話ができるんですね! 通信料いらずで!」

「そうね。ただ、私から一方的に喋ることになるわ。……まあ、やろうと思えば貴女から喋ることも──」

「どうやるんですか!?」

 

 お、おう……随分グイグイくるわね。

 ただこの方法がねぇ、ちょっと、色々試作段階だし……それに絵面的にも酷いことになっちゃったり……。

 取り敢えず方法だけ教えましょうか。

 

「貴女と私に妖力の繋がりを作るのよ。ほら、式神って聞いた事あるでしょう? アレをさらに簡易的にしたものなんだけど……」

「けど?」

「……私の血を貴女の顔に塗り付ける事になるわ。ほんの数滴だけではあるけど……。嫌でしょう?」

「全っ然! やりましょう!」

「あっはい」

 

 早苗、なんか変わったわね。いや喜ばしい事ではある、決して悪い事ではない。……悪くはないんだけど、なんだかなぁ。

 

 

 

 その後、簡単な儀式は恙無く終了した。ちなみに血は目の下の頬あたりに塗らせてもらったわ。これで私と早苗の間には微弱な繋がりができた。

 一応神奈子に報告をということで、二人一緒に顛末を伝えた。その時判明したのだが、なんと早苗は再度神奈子の事が見えるようになっていた! これには私も一安心である! 

 少し休憩したお陰で能力が戻ったのかな? 結局ここら辺は分からずじまいね。なんにせよ目出度いわ! 

 

 神奈子と早苗は改めて抱擁し、数年間の遅れを取り戻すかのように話し込んでいる。本当は諏訪子もここに加えてあげたかった……! 

 私の力が足りないばかりに……情けないたらありゃしないわ。もっと上手くやっていれば違った未来が──……あれ? 

 私って何かしたっけ? 

 あー、そうそう。諏訪子と戦ったんだ。

 

 ……あれれ? 

 私はなんで諏訪子を助けなかったんだっけ。……いや、救う事はできなかった、私に選択できる未来など存在し得ない。だって私は、あんなに悍しくなんかないから。

 傲慢が過ぎるわね。私如きが何を為せると──……何故、自信を持てた? 

 

「あら紫様、どうされたんです? そんなところで一人首を捻られて」

 

 邪仙来たる。

 相談相手としては最悪の部類ね! とはいえ今は秋姉妹は園内を駆けずり回ってて多忙だし、芳香ちゃんには話が通じない。よって選択肢はハナから存在しなかった。

 

「今に至るまでの経緯はしっかりと記憶してるはずなのに……どうにもそれが幻のように真実味が無くて。上手く説明できないわね……」

「なるほど! おそらく疲れていらっしゃるのでしょうね。祟り神を相手にあの大立ち回りですもの、仕方の無いことですわ。よろしければ心身の安らぐお香を焚いて差し上げましょうか?」

「悪いけど遠慮するわ」

 

 絶対普通のお香じゃないよねそれ。この邪仙のことだ、エロい用途で使われる物でも全然不思議じゃないわ! 

 

 ただ青娥の言う事にも一理ある。私は疲れているのだ──そう自分自身に言い聞かせた。もうクタクタに違いない。そうだ、皆には悪いけど、ちょっとだけ眠らせてもらおう。

 夢を見て眼が覚める頃には、きっと──。

 

 いつものように、楽しく居られるから。

 

 

 

 *◇*

 

 

 

 心の底から叫ばせてもらおう! 

 幻想郷よ、私は帰ってきたッ!!! 

 

 そして敢えて言わせてもらおう! 

 帰ってきちまったよ畜生ッ!!! 

 

 外の世界の汚い空気ではない、新緑溢れる新鮮な酸素を胸いっぱい吸い込み、あまりの青臭さにむせ返る。紛れも無い幻想郷の空気であった。

 神奈子は懐かしむように風を肌で感じており、逆に早苗は初めての完全な日本の原風景に目を輝かせていた。穣子は感極まって泣いちゃってるし、静葉ははしゃいでいる。そして青娥はというと、早速消えてしまった。残された芳香ちゃんはぴょんぴょんと跳ねながら何処かへ向かおうとしている。

 あいつらはホント……! 

 ま、まあいいでしょう。どうせそのうちひょっこり出てくるに決まってる。その時にそれとなく嫌味を言ってやればいいわ! 

 

 それにしても改めて考えると凄い事よね。湖含む広域を一瞬で幻想郷に移すなんて。もはや神話の類いよ……さす邪仙。

 まあ幻想郷じゃ今更な事ではあるけど。

 

 さてさてさて、現在守矢神社及び私たちが居るのは妖怪の山の山頂近く。モリヤーランドは中伏、諏訪湖はそのままカルデラ状になってる窪地にぶち込んだわ。

 戦略的観点から考えて山頂を確保するのは当然と言えよう。かの孔明さんをぎゃん泣きさせた偉い人もそんなこと言ってたような気がする! 

 

 当然山を支配している天狗と揉めるだろうけど、そこはこの大賢者八雲紫に任せていただこう! 言い訳は万全よ! 

 まずは偵察に来た天狗と交渉し時間を稼ぐ。その間に騒ぎを聞きつけてブチ切れた霊夢がここに飛んでくるだろう。

 そこで私が霊夢に平謝りして怒りを鎮めてもらう。多分この場に居る全員に説教が入るだろうけどそれを乗り切ってしまえばこちらのものだ。

 こうして名目上、異変は博麗の巫女が単独で解決した形となり守矢神社の処遇は霊夢に委ねられる! あとは私が霊夢に懇願して今回の件を不問としてもらい、守矢の勢力圏を認めればオッケー! 

 天狗は泣き寝入り、私達はウハウハなパーフェクトゲームですわ! 

 

 ふふふ、どうよこの私の策謀は。これぞ大賢者八雲紫様の真骨頂よ! 幻想郷の梟雄と呼んでくれてもいいのよ? 

 ……霊夢に頼りきりなのはご愛嬌ね。

 

 しかし良い気になってばかりもいられないわ。そろそろ天狗が来るかもしれない。もしかしたら文なんかが何処かに潜り込んでいる可能性だってある。備えだけはしておきましょう。

 

「早苗、神奈子、穣子、静葉。予め話していた通りにお願いしますわ。ここで失敗(しくじ)ると来て早々幻想郷から追い出されかねない」

「そんな事よりもお師匠様! 私なんだか幻想郷に来てから凄く調子が良いんですよ! 今ならなんでもできちゃいそうなくらい!」

 

 ちょっとちょっとー! 私の話を無視しないでよね! 一応大切なことなんだから! 

 まったく……早苗ったらはしゃいじゃって。幻想郷に来れたのがそんなに嬉しかったの? よく分からないけどなんだか元気良さそうね。大自然のエナジーでも感じたのかしら? 私と秋姉妹は別に普通だし……。神奈子は外の世界から解放されて気持ちよさそうにしてるけど早苗ほどハイにはなってない。

 

 先が思いやられるわね……。

 よし、もう一度説明しましょうか。

 

「いい? この世界は悪鬼羅刹の蔓延る修羅の国ですわ。平穏に暮らしていれば害はそんなに湧いてこないけど、残念ながら私達の移住方法はあまり穏便な方法ではなかった。故にちょっと厳しい洗礼が待ち受けているかもしれません。だから嵐が過ぎ去るまでなんとか耐え切らなくてはならないのです」

「あの、関係ないですよね私達」

「私達自分の家に帰ってきただけなんですけど」

貴女達(秋姉妹)が居なくなったら早苗が心細いじゃない。それに貴女達ってそれなりに山の連中に顔が利くでしょうし……ね?」

「「えー……」」

 

 めちゃくちゃ嫌そうな顔してる。でも確かに山に住む身で天狗と敵対するのは嫌よね。今泉影狼も言ってたけど、大勢力の治める地に住まうには、その勢力の長と敵対してはならないのだ。

 けどまあ秋姉妹は大丈夫でしょ。私と守矢がいるし。

 

「耐え切る、ですか。具体的にはどうすればいいんでしょう?」

 

 早苗からそんな質問が出る。ふふ、いい質問よ。こんな時こそ荒れ狂う時世を練り歩いてきた私の処世術が役に立つ! 

 

「基本的にこの世界の住民は敵対の意思とか、傲慢さとかを見せつけなければ戦闘には発展しないわ。故に最悪(へりくだ)れば一部を除いてなんとかなる」

「現代とあまり変わらないですね」

 

 それは禁句よ。なおルーミアとかチルノとか幽香とかに見つかったらその時点でゲームオーバー、さようならである。幻想郷とかいう難易度クソゲーの修正はまだかしら?? 

 

 っと、そろそろ頃合いか。山が騒がしくなってきたわね。恐らく犬走椛の千里眼で守矢神社の事は筒抜けだろうし、そろそろ天狗の偵察か先遣隊がやって来てもおかしくない。

 血気盛んな輩による先制攻撃が行われる可能性は捨てきれないので一応備えておきましょうか。結界を展開して──。

 

 

「紫様」

 

 背後から私を呼ぶ声。あまりにも聴き慣れすぎたその声に肩を震わせつつ、ほぼ同時に振り返る。

 居たのは勿論、私の式。ある意味、私が幻想郷に帰還する上で最も恐れていた存在。背後にはスキマが大口を開けている。

 

「ひ、久しいわね藍。何日ぶり……」

「228日ぶりです」

「そうね、そのくらい。私が居ない間、何か変わった事は……」

「貴女様が居なかった事ぐらいですかね」

 

 やけに食い気味で言葉を返されるのが怖い。もしかしてブチ切れて……いや、表情は和やか! 案外怒ってなかったり? 

 境内にいきなり馬鹿でかい尻尾を9本も携えた美人さんが現れたとなり、早苗は何事かと目を見開いている。他3柱は藍のことを伝聞で知っていたのだろう、驚愕とともに警戒感を募らせている。

 作戦における大切なフェーズが始まろうとしているのにこの雰囲気はいけない! 取り敢えず藍のことを周知させなきゃ! 

 

「藍、彼女らは──」

「説明は不要ですよ紫様。お話はたっぷりと()()()()()()()()でお聞きしようではありませんか。ちょうど良いことに私も伝えなければならない事が山ほどありますので。そう、本当に()()()

 

 あっ完全にブチ切れてるわこれ。

 おいおいおい死ぬわ私。

 

 ガッチリと体を尻尾で掴まれた私は、為すすべもなくスキマの中へと引きずり込まれた。衝撃だけで肋骨が何本か逝きかけたわね、ええ。

 そして、私は守矢神社から消えた。

 

 

「……えっ、何事? これも作戦なの?」

「いやこれは恐らく想定外の事態だろうね。……よし、紫は死んだものとして考えようか」

 

 後から聞いた話だが、神奈子は死んだ目でそんなことを言っていたらしい。守矢神社を包囲していた天狗達を蹴散らし、眼前に迫りつつある赤い死の飛翔体を眺めながら。

 いやほんとごめんね。

 

 こうして新生守矢神社は計2回目の倒壊を喫し、妖怪の山の標高は数十メートル低くなったのだった。なお、指輪を介して飛んでくる早苗の悲痛なSOSと私の肉声によるSOSは藍の喝によって蹴散らされ、互いに孤立無援の状態で霊夢&藍の説教を受ける羽目になったわ。

 

 

 聞こえてるんでしょう? AIBO──。

 

 全員貴女のせいよ! このアホアホアンポンタン妖怪が!!! 

 

【あら、おかえりなさい。最初で最後のロングバケーションは満喫してくれたかしら?】

 

 うっさいわバァーカ!!! 




早苗「私が一番弟子です!(えっへん)」
霊夢「ふん、くだらないわね(ビキビキ)」
藍「私なんだよなぁ(余裕)」

秋姉妹「あ、あの!」「私達は……」


幻想郷異変解決RTA新記録です。
さて完走した感想ですが、ゆかりんにマジになってどうすんの?
・静葉→弱体化
・穣子→弱体化
・雛→訳あって不在
・にとり→反乱分子
・椛→健在
・文→職務怠慢
・早苗→一般人
・神奈子→超絶弱体化
・諏訪子→消滅

つまり4面中ボスを突破すれば東方風神録クリアです!多分これが一番早いと思います。これも全部ゆかりんって奴の根回しなんだ……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。