幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ……いや割とマジで   作:とるびす

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巫女巫女シスターズ(後)

 あらかた幻想郷を巡り巡った後、雑木林の中に漂うあるものを見つけて、私の視界は完全にブラックアウトした。別に夜になったわけでも、意識を失ったわけでもない。

 この暗黒は作為的な物だからだ。

 

 闇に抱かれて思案に耽るもまた一興か。

 私には眩しすぎる日光も、煩わしい湿気も、外界からの情報も、この魔法の闇は全てを阻んでくれる。瞑想なんかにはうってつけな場所かもしれないわね。しかし当の能力保持者であるルーミアはそんな私の感想を「つまらない」と一蹴する。

 

 そう、私こと八雲紫は現在進行形で深淵の闇に呑まれている。一筋の光すらも喰らい尽くしてしまう深海のような暗闇。これを心地良いと感じてしまうあたり、私も段々とおかしくなってきてるのかもしれないわね……。暗闇は人の心を蝕むのだ。私は妖怪ですけども! 

 そんな深淵にポツンと漂う黄色い光。そう、この闇の中ではルーミアだけが光として存在するのだ。上手い皮肉よね。

 

「私の闇を気に入ってくれるのは別に良いけどさー、こんな使われ方するのは甚だ心外かなー? 煎餅が美味しいから許すけど」

 

 不貞腐れたように頬を膨らませながら、バリバリと煎餅を咀嚼するルーミア。いま食べているものを合わせてこれで13枚目である。

 外の世界で幽々子へのお土産用で買ってきた蛸煎餅だが、気に入ってくれてよかったわ。いやまあ本当はもっと洒落た物を買いたかったんだけど、バタバタしてたからねぇ。

 

「そうそう、煎餅の他にも長野の特産品とか買おうと思ってたんだけど、結構下手物が多くて大変だったわ。虫なんて食えたものじゃありませんし」

「好き嫌いしちゃダメダメ。いつ何が起きて飢えるか分からないんだから、食べられるうちに何でも食べちゃわないと。……って話逸らさないで」

 

 気怠そうなルーミア。先にも述べた通り、自分の闇を不本意な方法で扱われているのが気に入らないのだろう。不快では無さそうだが、ルーミアの立場からすれば興味の無い話を延々と聞かされるのが、ただただ面倒くさいんでしょうね。

 

 というのも、ルーミアの闇の中で一人独白するという私が新たに考案したメンタル健康法であるが、これがなかなか効果がありそうなのよ。

 ひたすら暗闇に向かって愚痴だったり、人には言えないような秘密を垂れ流すのは結構気持ちいい! 独り言すら許されない環境下にある私にとってルーミアの暗闇はニューオアシスである。

 ルーミアに話を聞かれるのが唯一の欠点ではあるが、まあこの子は基本何も考えてないし、誰かに情報を垂れ流すような妖怪ではないのでノー問題。彼女は良い意味でも悪い意味でも、そこに在るだけの闇なのだ。

 

 勿論、ご機嫌取りの為の餌付けも忘れない。

 

「闇を受け入れるのは良いことね。だけどこんな虚しい受け入れ方はちょっとなぁ、闇を司る者としてはなんというか、もう少し手心を加えてほしいところではあるかなぁ」

「そう邪険にしないでくださいな。しっかり貴女の話も聞いてあげるから」

「……ふぅん?」

 

 何やら意味深に私を見遣るルーミア。幼い姿のくせしてイケナイ雰囲気を醸し出す様は流石である。最近の幼女は進んでるのねぇ。

 まあ私ったら聞き上手を自負してるからね、どんな相談だっていつでもバッチこいですわ! いつか賢者を引退したら八雲デリバリーと併せて幻想郷カスタマーズセンターを始めようと目論んでいる私に死角はないっ! 

 

 

 取り敢えずまずは私からということで、色々な事を愚痴った。

 外の世界での理不尽な出来事。諏訪子の死。藍の態度。早苗のこれからや霊夢からの反感。いつのまにか紅魔館に風見幽香と八意永琳が居ついている事(聞いた時心臓が止まるかと思った)

 兎に角、色々話した。

 

 ルーミアは一心不乱に煎餅に噛り付きながら「へー」だの「ほー」だのと相槌を打つだけで、何か具体的な事を言うことはなかった。

 

「──それでね? 幽々子ったら酷いのよ。数ヶ月ぶりに会ったものだからちょっと驚かそうと思って、スキマを開くなり明るく挨拶してお見舞いの品を渡したのよ。けど彼女ったら品を受け取った途端、何も言わずにそれをそこら辺に投げ捨てて、私の胸ぐら掴んで首を閉めようとしたの。ほら酷いでしょ」

「あーうん。色んな意味で酷いね」

「しかもその場にいた捕虜の玉兎からは矢鱈と怯えられるし、本当に意味がわからなかったわ。やっぱり冥界の癒しは妖夢だけなのね」

「そーなのかー」

 

 しみじみとそう思ったわ。まあだけど幽々子も妖夢も元気そう()で良かった。それだけで十分ですわ。永夜異変以来全く会えなかったからずっと心配してたのよね。

 あと会えていないのは魔理沙とアリスくらいのものだが、魔理沙はお出かけ中。アリスは未だ魔界から帰ってこないそうだ。大丈夫かしら。

 

「魔理沙はメンタルが心配だし、アリスは情報すらない。大丈夫かしら……」

「聞けばいいじゃない。賢者サマには何でも知ってそうな知り合いが地底にいるでしょ? 羨ましいね、私には馬鹿と妖精と冷たいのぐらいしか知り合いが居ないから」

「もっといるでしょ。リグルとかミスティアとか。……あとその地底の奴はNGよ。理由は勿論、億劫だから」

「嫌ってるねぇ」

「あっちから嫌われてるんですもの、仕方ないのよ。互いの立場上どうしても顔を合わせなきゃいけない時もあるけど、それ以外は極力避けるに越したことはないわ。ええ」

「ふふ、なんで嫌われてるんだろうねぇ? 理由もなく嫌いになる事なんてまず無いしねぇ? 賢者サマの何がイケナイんだろうねぇ?」

 

 相槌を打つだけだったルーミアが突然饒舌に語り出した。えっ、なんで私が悪いみたいな論調になってるの? なんだか納得がいかないわね。

 ……まあ別にいいわ。この手の妖怪の言葉なんて意味を成さない戯言に過ぎないって藍も言ってたし。話半分に聞いておきましょう。聞き上手でも限度があるのよ。

 

 ふぅ、不満を好き放題打ち明けたおかげでスッキリしましたわ! 問題はまだまだ沢山あるけれど、今はこれだけで十分。

 ふふ……ルーミアには感謝しないと。

 

「私からは以上ですわ。延々とごめんなさいね」

「いいよ別に。じゃあ今度は私の愚痴を聞いてもらえるのかな?」

「ええ勿論ですわ。どんな悩み事にも一切合切、滞りなく答えて差し上げ──」

「私の三食おまけにおやつ、全て面倒見てくれる(報酬)はどうなったの? あんな低俗な夜の中必死に働いてあげたのに、その仕打ちがこれじゃあ私が浮かばれないよね? ねぇ?」

「痛っ! いたた! ちょっ、ストップですわ!」

 

 私を柔和に包み込んでいた闇が突き刺すような鋭利なものに変化した。すっごいチクチクして……これこそ『針のむしろ』というやつね! 上手いこと言ったわ。ゆかりんに座布団ちょうだい。

 ルーミアが言っているのは、永夜異変に参加したことへの対価が未だ支払われていない件についてだろう。えっとね、正直言うと完全に忘れてたわね。このままじゃ私が彼女のご飯になりかねない。

 

「共喰いはやめましょう。百歩譲って人肉を食べるのはまだいいわ、だけど同じ妖怪を食べちゃうのは違うでしょう?」

「私、食べた事あるよ? 吸血鬼だっけ、アレ美味しかったなぁ」

「……」

 

 そういえばルーミアって見境ないヤベェ奴だったわ。完全に迂闊だった。ていうかそもそも幻想郷A級危険物に指定されてるルーミアに心を許しすぎた……! くっ、外の世界に居過ぎて感覚が麻痺してるわね! 

 土下座して許してくれるような相手でもないし……仕方がない。

 

「ねえルーミア? 今回の件は私に非がある事は百も承知ですわ。だからあと一つ、追加で貴女の願いを聞き届けようと思います。それでどうかご容赦くださらないかしら?」

「おっ、賢者サマはやっぱり太っ腹だねぇ。えーっと、それじゃあ今度は何を頼もうかなぁ♪」

 

 肌に食い込んでいた鋭利な感覚が解消された。ふぅ、間一髪だったみたいね。傷痕とか残ってないかしら? 真っ暗だから何も見えない! 

 まあ命あっての物種とも言うし、今は助かったことを喜びたい。だがその代わりに大変なものを差し出しちゃったかもしれない。

 ルーミアの新たなる願い……やっぱり食べ物系かしら。ていうかそれ以外に思いつかない。『毎日30人分の人肉を用意しろ』とか言われちゃったらどうしよ……。

 

 そんな私の心配とは裏腹に、ルーミアから課された願いはあまりにも拍子抜けで、同時に不可解だった。

 

「今度は私を置いていかないでね。除け者は嫌だから」

「除け者……? 仲間外れは嫌だってことかしら」

「そっ。ちゃんと責任を取ってもらわないと納得いかないもん。解る? 解らないよね? でも大丈夫、私は覚えてる」

 

 怖っ。これが人喰い妖怪の成れの果てか。

 ルーミアと話してると、自分と同じ言語を使っているのかさえ疑わしくなってくるわ。気狂いを真面目に相手にするほど疲れる事はない。適当に流しちゃいましょう。

 

「ええそうしましょう。他ならぬ貴女の頼みですもの、無碍にはしません。だから安心してちょうだい」

「そう言ってくれて安心した! まさか賢者サマに限って約束を違えるはずないものねー。いやぁ安心安心、これで心置きなく満腹の状態で余生を謳歌できるわー。じゃあ言質取ったからもう用はないや。バイバーイ」

「余生って……貴女直近で死ぬ予定でもあるの?」

「まーね」

 

 鋭利なギザギザの歯を覗かせながらルーミアは嗤う。その真意を確かめるべく歩みを進めるが、ルーミアと私の距離は一向に縮まる気配がない。それどころかどんどん距離は離れていって──。

 

 私は闇から追い出されていた。闇はどんどん私から遠のき、規模を縮小させ、ルーミアごと消滅してしまった。

 あいも変わらずよく分からない妖怪である。だけどこれでも幻想郷のバランスブレイカー勢の中では比較的御し易い方ね。能力も便利だし。

 

 闇を操る能力ねぇ。

 正直とっても羨ましいわね。だって単純に考えてかっこいいでしょ? 幻想郷の長には相応しい能力と言える。境界を操るなんていう意味不な能力よりもよっぽど実用的だわ! 

 

 

 さてさて上手いことリフレッシュできたし、案件の整理も完了した。あとは適当に早苗と霊夢の交流が終わるまで適当に時間を……。

 

 ……なんか違和感を感じるわね。具体的に言うと首から下全体。もうすぐ夏になろうかというジメジメした時期なのに、妙な爽快感。

 とんでもなく嫌な予感を察知しつつも、恐る恐る視界を下に落とす。──原因は明白だった。私は慌てて茂みに飛び込んだ。

 

 簡潔にいうと、服が消えた。ナイトキャップからカリスマ溢れる靴下まで、全てが消失してしまったのだ。これが噂に聞く衣服消滅バグというものなのかしら……? 

 だが私には心当たりがあった。ルーミアから脅しを受けた際、鋭利なものを突き付けられた感覚。あの時に服を持っていかれた、もとい、食べられたなり溶かされたなりされたに違いない! 

 

 まずい、非っっっっ常にまずい! 

 いつもならこんな事もあろうかとスキマの中に予備の服を用意しておくんだけど、残念、外の世界から帰ってきた時に纏めて洗濯、そのまま箪笥になおしちゃった。

 こっそり八雲邸に戻って衣服を取ろうにも、いま家には藍が居る。彼女に気付かれずに衣服を回収するのは不可能よ。

 冷静に考えて欲しい。自分の反対を無理やり押し切って外に出た主人が素っ裸で帰ってきたら……どう思う? あまり想像できないけど、恐らく二度と外には出してもらえなくなるでしょう。

 

 これはもしかして詰みなのでは?? 

 こうして考え込んでいる間にも刻一刻とリスクは高まっている。ブン屋に見つかりでもしたら首を吊らなきゃならなくなる! 

 八意永琳に殺されかけた時よりも焦っている自分を情けなく思いつつも、必死に考える。なんでもいい、何か羽織る物を……! 

 

 ……ッ! この時、八雲紫に電流走る! 

 

 

 

 *◇*

 

 

 

「いやぁ楽しいですねえ妖怪退治! 女の子をぶつのは最初は抵抗があったんですけど、魔を祓うのはいつだって巫女の役目……非常識こそ常識なのだと割り切らねばなりません! ふふ、幻想郷に来たんだからちゃんと使命を果たしていかないとですね!」

「……」

「霊夢さーん……たすけてぇ……」

 

 安易な考えだった。適当に妖怪退治の場面を見学・実践させて、早苗の軟弱な意思をへし折るつもりだったのだ。所詮早苗はミーハー、妖怪と幻想郷の恐ろしさを目の当たりにすれば否が応でも諦める筈だと高を括っていた。

 だがこの緑色の巫女はその予想──博麗の勘を易々と乗り越えた。なんと早苗は妖怪を討伐してしまったのだ。

 

 しかもその相手とは、大妖怪レベルの妖力を保持する異端の付喪神、多々良小傘その妖怪である。そこら辺を適当にほっつき歩いているところを霊夢に捕獲され、たった今早苗にのされた。

 気の良い小傘ならば突然の無茶振りにも快く応えてくれるし、何より手加減ができる。故に幻想郷の厳しさ(イージー)としては非常にうってつけであると、霊夢は考えたのだ。

 

 もちろん、普通の人間──しかも最近()()()()()()()()()()()()程度の人間が倒せるほど、小傘は甘くない。なんといっても彼女はあの伊吹萃香の分身体とそれなりに戦えるほどの実力者なのだから。

 しかし、結果はどうだ。

 早苗は最近()()()()()()()()()()()()()()で小傘を封殺。その隙に傘を奪い取りフルスイングで小傘を殴打し、戦闘不能に追いやったのだ。

 

 小傘の弱点を上手く突いた形にはなるものの、偶然にしては出来すぎている。繰り返すが、小傘は最近()()()()()()()()()()()()()()()少女に倒せるような妖怪ではない。

 現在進行形で締め上げられ悲痛な叫びを上げている小傘を尻目に、霊夢は考え込んでいた。東風谷早苗はやはりただの人間ではないのか? 

 

 しかし──。

 

(あいつ)は力を持たない只の人間だって言ってた。……だけどそれにしてはあまりにも成長スピードが早すぎるわ。しかも変な能力まで持ってそうだし……確信犯かしら?)

 

「さあもっとやりましょう! あっ、それと私、写真で貴女を見て以来ずっと貴女とお話しするのが夢だったんですよ! いやぁお話どころか妖怪退治までさせてもらって、感無量です!」

「きゅ〜……」

「……もういいでしょ。妖怪退治は済んだんだし、さっさと帰るわよ」

 

 気が付けば山の端に日が落ちようとしている。晩御飯の準備もまだなのにこれ以上時間を取るわけにはいかない。

 早苗は軽く頷いたものの、その反面どこか名残惜しそうな様子だった。

 

「どうしたの。もう行くわよ」

「この子、持って帰っちゃダメですかね?」

「野良妖怪なんか拾うもんじゃないわ。そこら辺に捨てときなさい」

 

 先輩巫女に言われるんじゃ仕方がない。小傘を解放するとともに「また明日もお願いしますね!」と言い残し空へと浮かぶ早苗。最後にはボロ雑巾のようになった小傘だけが残されたのだった。

 ちなみに小傘の名誉の為に付け加えるが、彼女は野良ではない。人里に立派な一戸建ての住居を持つブルジョア妖怪である。

 

 

 プカプカと宙を飛び、なんとか自分に追随している早苗を見やる。毎日が楽しそうな奴だとつくづく思う。何をするにも目を輝かせて好奇心を隠そうともしない。まるで子供だ。

 だがそんな彼女を見ていると、霊夢自身も遠い昔の忘れかけた感情を思い起こしそうになる。霊夢だって最初から空を飛べるわけではなかった。玄爺に乗って異変解決を行なっていた時代だってある。初めて空を飛んだ時の視界が開けていく感覚は、何にも例え難いものだ。

 

「……羨ましいわね」

「え?」

 

 ハッとなり、口を紡ぐ。自分らしからぬ感情だった。これを認めてしまえば博麗霊夢足らしめる様々なモノを否定してしまいそうで。

 長い沈黙。居心地悪い雰囲気の中、霊夢はそっぽを向きながら言う。

 

「アンタの強さは分かったけど……悪い事は言わないわ。そのくらいに留めておいた方がいい。あまり首を突っ込みすぎるとロクな事にならないわ」

「ですけど……私は」

「紫がアンタにどんな役割を求めたのかは正確には知らないけど、あいつが望まない事くらいなら私でも分かる。あいつ、甘いから」

「……ですね」

 

 見ず知らずの他人だった自分に様々な施し、救いを与えてくれた紫。勿論、何らかの打算があって守矢神社に近づいて来た事は早苗にだって分かる。だがそれでも、紫は彼女にとっての光だった。

 それは幻想郷に来てからも同じだ。諏訪子が死んで本来の目的が達成できずに終わってしまっても、紫は守矢を見捨てなかった。

 

 一見冷酷そうに見える紫だが、実際のところ、彼女は余りにも甘すぎる。

 霊夢は藍から聞いていた。永夜異変の時、自分が居なかった空白の時間帯に何が起きていたのかを。紫は藍を庇い、その身を散らしかけたそうだが、もし仮に対象が自分であっても紫は守ってくれたのではないかと、ムシのいい話かもしれないが、そう思った。

 

 自分に近しい者が喪われる。

 それが紫の最も忌み嫌う事だった。

 

「アンタが死ねば紫が悲しむ」

「貴女が傷付いてもお師匠様は悲しむでしょう。それを回避することこそ、今回お師匠様から私に与えられた初めての役目なのです」

 

 ドン、と。早苗は大きな胸を叩く。

 

「私は霊夢さんの代わりになんてなれません。だけどやがては貴女を支え、競い合い、友情を育むことはできるようになりますよ。……今はまだまだ力が足りませんけどね」

 

 よくそんな恥ずかしいことを臆せず言えるものだと、霊夢は呆れ返っていた。だがそれが東風谷早苗という人間なのだろう。

 人間に対しての交友関係が著しく乏しかった霊夢と早苗。その理由は正反対ではあったものの、同時に似通った点も持ち合わせていた。

 

 正反対なのに、彼女らは似た者同士だ。

 

「それに羨ましいと言うのは私の方ですよ! 小さい頃からお師匠様とずっと一緒で、とても強くて、妖怪のお友達も沢山いるんですもん。羨ましくて羨ましくて仕方がない……正直妬ましいです」

「どれもいいもんじゃないわよ。……それに、アンタが望むならこれからそれ全部手に入るでしょ」

「ええこれから次第ですね。だから強くなりたいんです! お師匠様は言っていました。『幻想郷は強い奴ほど話題が絶えない』と!」

「妖怪退治を友達作りと勘違いしてない?」

 

 今日何度目かの溜息がこみ上げた。

 なお霊夢にとって妖怪退治とは挨拶のような物なので、コミュニケーションツールとしての役割を果たしている事は確かではある。

 

 だが何にせよ、これが人間観の縮図なのだろうと霊夢は考えていた。持たぬ者は持つ者を羨み、持つ者は持たぬ者に憧れる。

 ただし霊夢と早苗には決定的な違いがある。早苗は幻想郷や紫に対して盲目的な部分がある。幻想郷を桃源郷か何かと勘違いしてるのではないかと疑ってすらいる。

 

 いつの日か突き付けられるであろう残酷な幻想に早苗は如何にして立ち向かうか、それが何よりの心配事だ。

 結局のところ、守矢神社には少しの間注視する必要がある。つまり面倒が増えたということ。若干心内で高まりつつある紫への鬱憤を吐き出しつつ、霊夢は顳顬を押さえた。

 

「……まあいいわ。別に止める義理もないし、妖怪退治でも師弟ごっこでも好きにやればいい。ただし──」

「ただし?」

 

 剣呑な視線が早苗を射抜く。

 

「私にこれ以上さらなる面倒ごとを持ち込まないこと! 仮に異変なんか起こしてみなさい……この前のようには済まないわよ」

「き、肝に命じます!」

「あと妖怪退治をする時は私か紫、それかさっきの小傘って奴のうちの誰かと一緒にやりなさい。野垂れ死なれちゃ目覚めが悪いわ。ああ、あと妖怪退治を趣味にしてる奴も紹介してあげる」

 

 同伴者を付けることは大切だ。幻想郷には決して喧嘩を売ってはいけない存在が散在している。それらを少しずつ実践的に早苗へ教え込まなくては。手間ではあるが仕方ない。

 それに自分以外の強い巫女が妖怪の山に常駐するのは、霊夢視点でもかなり利がある事だった。要するに守矢神社を半分傘下にしてしまえばよいのだ。権力欲などは微塵にも持ち合わせていないが、利用できるものなら利用するに越したことはない。

 

「そして最後に、紫の事はあんまり信じすぎない方がいいわよ」

「……どういう意味ですか?」

 

 少しばかりムッとした様子で早苗が問いかける。紫への否定的な感情は彼女の望むところではないのだ。

 しかし霊夢の真意はそんな直情なものではない。

 

「あいつから指輪とか色々貰ったみたいだけど、あんまり真に受けるもんじゃないわね。あとで泣かされるわよ」

「いやあ、そういう意味の物じゃないってわざわざ釘を刺されましたし……」

「贈り物に限った話じゃないわ。あいつは如何なる手段を用いてでも相手を誑かしてくる。私は平気だけど、他の連中はダメダメ。正直見るに堪えないわ。アンタはそうならないよう気を付けなさい。私のように平常心を保つのよ」

「……」

「何よその目は」

 

 早苗は訝しみながら、ふと考えてみる。よくよく思えば霊夢はどうやら自分よりも年下っぽい。物怖じしない態度やその圧倒的な強さからそれを見誤っていた。

 そうしてみると、つまりそういう繊細な時期なのだろうか。途端に微笑ましくなってきた。大人の余裕というやつである。

 

「今度はニヤニヤしだして……気持ち悪いわね。ほらそろそろ博麗神社に着くわ。さっさと帰り支度をしなさい」

「はーい」

 

 二人は境内に華麗に着地、とはいかず、早苗はバランスを崩すが即座に霊夢が支える。空を飛ぶのはそれなりに上手いくせに着地となるとてんで駄目。何か変な癖が付いているようにも見えた。

 しかし空からの着地など普通の人間は癖になるほど体験することなどないだろう。首をかしげるしかない。

 

「いやぁ今日はとっても楽しかったです! ありがとうございました霊夢さん。お忙しい中こんなに付き添ってくれて……」

「別にいいわよ。アンタが境内の掃除を手伝ってくれたおかげで時間ができたし。ええ、悪いのは全部紫のやつよ。あのバカ……」

「まあまあ……ん?」

 

「霊夢さーん! やっと帰ってきたぁ!」

 

 神社の奥の方からあうんがパタパタと駆けてくる。主人の帰りを喜ぶ犬にも似た様相だったが、満面喜色というよりは、焦りを含んだ微妙な表情である。この時点で嫌な予感が噴出する。博麗の勘が警鐘をガンガン鳴らしていた。

 

「私はちゃんと止めたんです、止めたんですよ! だけど紫さんが強引に……力及ばず……!」

「……居るのは分かってんのよ。姿を現しなさい」

 

「おかえりなさい霊夢、早苗。……まず初めに私から言わなければならない事があるわ。……ごめんなさい」

 

 土間の戸からひょっこり顔を出す紫。いやに余所余所しいその姿に余計嫌なものを覚える。

 

「なんで謝る? アンタ……何したの?」

「実はとある妖怪といざこざを起こしてしまいまして、衣裳がボロボロになってしまったのよ。それも人前に出れない程に酷いものでした。ちょうど服のストックも無かった私は大いに焦って、何か着るものをと思い……」

「なるほどね」

 

 巫女袖の下から凄まじい速度で投擲される札が紫の隠れている戸を粉々に吹き飛ばす。あまりの剣幕に早苗は唖然とし、こうなる事を見越していたあうんは目を塞いだ。

 案の定、紫が着ていたのは由緒正しき博麗の巫女服。しかも先日霖之助に新調してもらったものだった。しかしサイズが合っておらず、所々に歪みが生じている。特に胸。

 

 流石の紫も今回の件は不味い事だと自覚しているらしく、霊夢の威圧になすがままだった。全裸にしろ巫女服にしろ詰みなのだと理解した。これなら何かタオルでも巻いておいた方が良かったかと後悔するも、もう遅い。

 

「……ッ……ッ!」

「霊夢さん! 平常心ですよ平常心! ほら、お師匠様だって朝の件を気にしてらしたんですよね? だからこんな風にちょっと巫山戯て場を和ませてみようと思ったんですよね?」

「え、ええ。勿論その通りですわ」

 

 八雲紫という妖怪は突拍子のない行動を好み、その裏で権謀を渦巻かせているような存在であると、幻想郷縁起には記されている。霊夢に読破するよう言いつけられていたため、早苗は既に予習を済ませていた。

 今回の件の裏にどういう魂胆があったのかについては知る由もないが、霊夢のことを思っての行動であるという風にすり替えれば多少なりとも状況を緩和できるのではと考えた。早苗はフォローの鬼として覚醒しつつあった。

 

 取り敢えず霊夢の怒りとも羞恥ともいえない何かが収まるまで、紫と早苗は宥め続ける。ちなみにあうんは酷く怯えながら右往左往していた。

 

「それじゃあ私の方から霖之助さんに新しい巫女服を作るよう頼んでおくから、それでいいかしら? ほら、別に見苦しいものを見せたわけでもないし……」

「とことん見苦しいわ! もう、別にいいわ。霖之助さんには私から頼んでおくから、アンタはさっさと着替えなさい。……ていうかちゃんとサラシ付けときなさいよ! アンタも早苗も!」

「でもサラシ付けたら胸が苦しいですし……」

「そもそも面倒臭いしねぇ」

「アンタら……!」

 

 霊夢を中心に霊気が爆発し家屋がメキメキと悲鳴をあげた。

 周囲にお札を何枚も浮かせ、その外周を陰陽玉が漂っている。さらに指と指の間には封魔針を3本装備。夢想天生を使わない状態での霊夢の最強形態だ。つまり今彼女の目の前にはどうしても消し去らねばならない存在がいる何よりの証左である。

 二人は慌てて口を噤む。

 

「そ、それじゃあ今日はお暇する事にしましょう。ほら早苗。守矢神社まで送っていきますわ」

「ありがとうございます! そ、それじゃあ霊夢さんまた明日!」

 

 霊夢からの強い殺意と、あうんからの哀愁漂う視線を背に受けながらスキマへと逃亡する師弟の図である。明日までにあうんやその他諸々の妖怪たちが霊夢の機嫌を直してくれている事を期待しての名誉の退転だった。また、丸投げとも言う。

 

 

 守矢神社の石段に二人は腰を下ろす。

 

「酷い目に遭いましたわね。まったく霊夢ったら……あんなに怒らなくてもいいでしょうに。貴女もそう思うでしょう?」

「心臓に悪い事はやめて下さいよ……霊夢さん、ああ見えてお師匠様関連では結構センシティブな所があるみたいですし。朝に何やら地雷を踏み抜いたばかりじゃないですか」

「心臓に悪い……」

 

「絵面的にキツい」と遠回しに言われたような気がしてちょっと傷付く。本人は結構自信があったようだ。

 早苗はその辺察したようで、言葉を付け加える。

 

「あっ、似合ってないとかそういう話ではないんですよ? そう言うなら緑髪で巫女なんてやってる私の方がよっぽど変です」

「そんな事はないわよ」

 

 というより、そもそも常時脇丸出しな巫女服を着ていて由緒正しい巫女と名乗る方が変ではある。しかし此処は幻想郷、そんな野暮なツッコミを入れるような者は居ない。

 何はともあれ、これからは霊夢への対応は自重したものにしようと(毎度恒例)心に決める紫であった。

 

「ところで早苗。一週間しか経っていないのにこんな事を聞くのもおかしいけど……幻想郷には慣れたかしら?」

「正直、まだ全然です。毎日が新しい事の連続で、私は今も外の世界で夢を見ているのではないかと、自分を疑ってしまいそうになります」

 

 だけど──。

 

「来てよかったなって、心の底から思えるんです。私、凄く調子が良いんですよ! 今まで出来なかったことが急に出来るようになって……今日はあの化け傘ちゃんを退治したんですよ!」

「小傘を? ……ああ、なるほど。良かったわね」

 

 紫は微笑ましいものを見るように目を細めて、早苗の頭を撫でる。恐らく小傘が気を遣ってくれたのだろうと予想した。どうやら霊夢の妖怪退治講座は大成功に終わったようだ。

 それに紫がなによりも嬉しかったのは、早苗が幻想郷に来たのを後悔していないどころか、満喫している事だった。初めて自分の作った幻想郷が本来の役割(弱者の救済)を果たしているようで、心にとても温かいものを感じた。

 

「そう言ってくれて良かったわ。もし貴女が幻想郷でも苦しんでいるようだったら、諏訪子に申し訳が立たないもの」

「諏訪子様は、きっと喜んでくれてます。ただいずれは諏訪子様も一緒に……笑い合えたらなお良しですね」

 

 胸に手を当てる。

 

「また会える気がするんです。この地で祈り続けていれば、いつか──」

「ふふ、そうね。貴女の祈りはあれほどの奇跡を起こしたんですもの、幻想郷もそれをしっかりと聞き届けてくれるでしょう」

「幻想郷が……?」

「ええ、ジンクスのようなものだけれどね。──幻想郷は全てを受け入れる。此処は優しい世界ではないけれど、望むモノを追い求める事に関してはとても寛容なの。祈っていればいつかはひょっこり叶うかもしれない」

 

「素敵な話ですね! ……お師匠様は何か願っている事が──いや、願いは叶ったんですか?」

「秘密ですわ」

 

 ウインクしながらそんな事を言う紫。実情は自分の願いが叶うどころか、それに逆行した事しか起きない不条理に塗れている。現実は非情であるものの、それを早苗に伝えるわけにはいかない。故に精一杯なけなしの笑顔だった。

 

「さあ、もう日が暮れますわ。夜は妖怪の独壇場、外を彷徨って挙句に食べられても文句は言えません。何をするにもまた明日よ」

「はい! お師匠様、また明日!」

 

 ブンブン元気に手を振りながら本殿へ駆けていく早苗を見送り、紫もスキマを展開し八雲邸へ戻らんとする。藍も待ちわびているだろう。

 ふと、視線を感じて振り返る。だがそこには誰も無く、無機質な闇が広がっているだけだった。天狗に見つかったか、それともルーミアが見ていただけか。もしかすると神奈子が様子を伺っていたのかもしれない。

 

 紫は首を傾げながら今度こそスキマへと潜るのであった。

 

 

 

「紫様……なぜ霊夢の巫女服をお召しになられているのですか?」

「ただの戯れですわ。それより今日はルーミアが……──どうしたの? 藍」

 

 思いのほか巫女服に対しての藍のリアクションが薄かった。関心が薄いというよりは他の強い関心事によって麻痺しているというべきか。

 こんな時は大抵ロクなことが起きた試しはない。背中に冷たいものを感じながら、紫は心を落ち着ける。

 

「詳細を確認するわ」

「ええ……たった今、火急の知らせです。今すぐ賢者を招集する必要があるやもしれません。なので判断を仰ぎたく……」

 

 一呼吸置いて、ゆっくりと藍は告げた。

 

 

「河童が妖怪の山に宣戦布告しました。すでに各地で軍事的衝突が始まっております。そして各方より、我らの立場を確認したいと言伝が」

「……」

 

 紫はクローゼットへと駆け出した。

 

 




巫女巫女シスターズ(3人)は最高だぜ!下は1○歳、上は◯千歳まで揃った万能ユニット!



今更ですが原作と性格が特に乖離しているキャラについて説明しておきたいと思います。ゆかりんは割愛ッッッ

・咲夜……原作のお茶目さ天然さは鳴りを潜め、結構物騒な感じ。レミリアの能力が強力すぎたのが起因する。あとゆかりんのせい。

・永琳……必要以上に命は奪わないなど寛容さは持ち合わせているものの、ゆかりん関連になると非常に冷酷。ゆかりんのせい。

・妹紅……同上。永夜異変以来、酷い怯えを見せるようになる。ゆかりんのせい。

・てゐ……楽観的な雰囲気はなく、幻想郷の賢者としての責務に天命を感じつつも圧迫されている。故にちょっぴり暗い。ゆかりんのせい。

・霊夢……情緒不安定。ゆかりんのせい。

・さとり……こいしとゆかりんのせい。

・秋姉妹……ゆかりんのせいじゃない。




次回、幻マジの主役達が帰ってくる!
その後あと3つの異変を経て、幻マジは完結となります。お付き合いいただけると幸いです。

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