「"ソードアート・オンライン"?」
この時、ゲームに全くと言っていいほど興味の無かった私は、そのタイトルを聞いてもイマイチぴんと来なかった。せいぜい、毎日のようにテレビで聞くなー、ぐらいものだ。
「ええ。勇者部の活動の一環として、是非ともプレイしたいと思ってね」
そう言うのはこの部活、"勇者部"の部長の犬吠埼風。
しかし、これがなぜ勇者部の活動になるのか。
「ま、夏凜のことだから説明はいるだろうなー、っては思ってたわ」
「どういう意味よ!」
「そのままの意味じゃない」
いい笑顔のその横っ面に一発ぶちこみたいものの、事実知らないのだから強い言葉を吐くこともできない。
「んじゃ東郷。説明宜しく」
「はい」
そしてバトン交代のように出てきた車椅子に座る少女、東郷美森。東郷は柔らかい笑みを浮かべながらこちらを向いた。
「夏凜ちゃん。このソードアート・オンラインというのは、ナーヴギアで初のVRMMORPG__仮想大規模オンラインロールプレイングゲームのことなのよ」
「え」
「夏凜さん。まさかナーヴギアのことも知らないなんてことは」
私の反応を見て少し驚いたように言ってくるのは犬吠埼樹。風の妹だ。
「いやいや! 流石に知ってるわよ! えーと、最新のゲームハードでしょ? 実際にゲームの世界に入った気分になれる」
「気分になれるっていうか、文字通りゲームの中に入れるんだけどね」
私の反応に意地の悪い笑みを浮かべながら風は訂正をいれる。本当にムカつく……!
ただ一人、東郷だけがペースを崩さずに続きを話す。
「ゲームに入り込める、というのには多少語弊がありますけどね。簡単に言えば脳に偽の情報を流すことで五感に干渉し、まるで本当にゲーム世界があるかのように錯覚させる……よく出来た夢のようなものです」
おい。
ただ一言を込めた視線を風に送るが先に目をそらされる。
「そしてソードアート・オンライン。これは先ほども言いましたがナーヴギアで売り出す初のVRMMORPGです。広大なフィールドに数千、数万という数のプレイヤーが自らの分身を育て、戦い、生きていく。それを可能としたゲーム」
「随分と壮大なのね」
よくわからないが、毎日ニュースでやってるぐらいだから凄いのだろう。その時の私はその程度の認識でしかなかった。
「でもそれがどう勇者部の活動に繋がってくるのよ」
「それはね夏凜ちゃん。人との触れ合いという点よ。私たちは地元では既に広く名が広まっている訳だけど、修学旅行と言ったイベントでもない限り余り外の世界には出たことはない。日々の活動が忙しいというのもあるけど、個人で県外に行くことも無い。でもこのゲーム、今世間で最も注目されているソードアート・オンラインなら、手軽に外の世界と繋がれる」
たしかに、今まで様々な場所で活動はしてきたが全て県内での活動。中学生の身ではそれ以上に活動範囲を広げるのも難しい。……まあ、ただ一人、今はこの部室にいないが、人を助けるためなら宇宙にまで飛んで行きそうな奴はいるけど……。
「まあ、理由はわかったわ。でも、それだけ人気ならソフト手に入れるだけでも大変なんじゃないの?」
「それがね、夏凜さん」
あはは、と言った困ったような笑みを浮かべた樹。いったいなんだというのだろう。
「用意、しちゃったんだ。東郷さんと、園子さんが」
その言葉に思考が一瞬止まる。
園子というのは乃木園子といううちの部員で、東郷と園子は両者ともに結構な家柄らしいのだ。
この二人が動いたということは、つまりはそういうことで……。
「部活一つにマジになり過ぎでしょうが!」
そう叫んだ私は絶対に悪くない。
しかし東郷は全く動じなかった。
「頑張ったんだけど、五人分しか手に入らなくて……。今回は銀とそのっちには辞退してもらったわ。だから、風先輩と友奈ちゃんと樹ちゃんと私、そして夏凜ちゃんの五人で勇者部特別活動、勇者部ヴァーチャル支部を発足することになったわ」
「待ちなさい。なぜその二人が辞退なの。そもそも私はやるとはいってな」
「部長判断よ」
言葉を切るようにして言葉を重ねる。
そいつの顔はとてもいい笑顔だった。
「園子と銀なら文芸方面から運動方面まで大体のことはカバーできるしね。夏凜がプレイヤー側なのはこれを機にもうちょっと人付き合いのスキルを上げてもらおうと思ったのよ」
「余計なお世話よ! というか私ナーヴギア持ってな」
「結城友奈ただいま到着しましたー!」
ずばーん! と物凄い勢いで部室に入ってきたのは結城友奈。見ていてイラつく奴である。
「はい! 園ちゃんと東郷さんの家を回ってゲームソフト貰ってきました!」
「友奈ありがと。ちゃんとお礼のお菓子渡してきた?」
「はい! あ、夏凜ちゃん!」
「な、なによ」
「はいこれ! 銀ちゃんが自分が持ってると兄弟喧嘩になるからしばらく貸してあげるって! これでみんなでゲームできるね!」
「なっ、銀の奴ー!」
三ノ輪銀。この部活の部員最後の一人。家が近所ということもあって、昔から付き合いがある奴なのだが、友奈同様苦手な奴だ。
元気いっぱい天真爛漫、ルーチンワークのように人助けをして自分が大変なくせして勇者部の活動に積極的に参加していく。
本当に苦手な奴だ。
部室は部室で友奈が来たことでさらに騒がしくなっていた。
友奈を中心にみんなが笑っている。
「夏凜ちゃん」
「な、なによ」
「一緒に頑張ろうね!」
こっちが例え、一歩引いた位置にいようと関係なくその輪の中に加えようとする。
……本当にムカつく奴だ。
__
そしてソードアート・オンライン正式サービス開始日。私は目の前の重厚感のある機械を前に静かに座っていた。
まあ、ナーヴギアなわけだが。
電源を入れ、SAOのソフトを挿入し、後は被って「リンクスタート」と言うだけで異世界に行った"気になれる"。
本音を言えば、少しだけワクワクはしている。このSAOというゲームは、攻撃手段が基本剣だけであり、魔法要素はかなり削られているのだとか。普段から剣を振って鍛えている身としては、この思い切り剣を振れる世界で自らの実力を試してみたい、という気はある。
そう、気はあるのだ。
しかし、いざやってやろうと思ってみると、なかなかに抵抗がある。
ナーヴギアを被っている間は外での情報は完全のシャットアウトされる。つまり、完全に無防備な状態の身を晒すことになるのだ。幾らダイブする場所が自宅の自室とはいえ、多少怖いという気持ちは残る。
「集合時間はもうすぐよね……」
どうしようか考えていると、携帯に通知が入る。メッセージが届いていた。
「友奈たちから?」
集合時間まで間も無くということもあり、急いで開いていく。そこには、
【夏凜ちゃん。もうすぐ時間だけど大丈夫? 私も最初のフルダイブはすごく怖かったから。でも大丈夫! 何かあったら私が絶対助けるから! あっちの世界で会おうね。】
【どーせあんたのことだから、直前でうじうじしてるだろうと思ってわざわざメッセージを送ってやったわ。あんま難しく考えずきらくにきなさい。無理せず明日でもいいんだから。】
【夏凜さん。その、なにか書こうと思ったんですけど、なに書けばいいかわからなくて、いろいろ考えたんですけど、この言葉が一番かなって思いました。私は夏凜さんともあっちの世界で一緒に遊びたいです。待ってます。】
【ぼた餅】
「いや、最後の何よ……」
前にぼた餅を食べなかったことを根に持ってるのだろうか。それとも圧縮言語というやつで、私じゃ理解できないたくさんの意味が含まれているのか。
……とはいえ、
「全く。あいつらったら」
友奈。あんたも一緒にゲームやってるっていうのにどうやって助けるっていうのよ。
風の奴も。余計なお世話なのよ。
樹。なんか見てるこっちが恥ずかしくなってくるわ。
だけど、
「ありがとね」
怖さは消えた。
私はナーヴギアを被り、楽な体制でベットに寝る。
そして、異世界に飛ぶための魔法の言葉。
「リンクスタート!」
この時の私は知らなかった。
ただの部活の延長線上の活動になるだけだったはずのゲームが、プレイヤー一万人の命を賭けたデスゲームになってしまうなんて。