ピピピピッ、とアラームの音で目が覚める。
「……ふぁ」
体を起こし、伸びを一回。意識が少しずつ覚醒していく。
ベッドから出て脇に立てかけてある剣を手に取る。ズシリと馴染むような重さが手にかかる。
「……おはよう」
誰に言うでもなく、毎朝の日課として挨拶をし、立ち上がる。
そのままメニューウィンドウを操作し、戦闘用の装備を装着していく。
アイテム欄を確認し、「行ってきます」と一言呟いてから部屋を出た。
早朝。まだ空は暗く、街中も静寂が支配していた。
ナツはNPCの間をすり抜けるように、ある場所へ迷いなく足を進めていた。程なく、その場所へと着いた。
そこは、ぽっかりと空いた空間だった。
公園というわけでもなく、クエストに関係があるわけでもなく、近くに宿や住宅があるわけでもなければ店舗が並んでいるわけでもない。
四方は出入口はあるのに侵入できないガワだけの建物に囲まれ、人々の生活スペースより離れた場所。普通のゲームでも見る、ただデザインの都合上できただけの無意味なスペース。
そこがナツの目的地だった。
ナツは空間の中心に立つと一本の剣を構える。剣にライトエフェクトが灯り、直後に人間の限界を超えた速度で剣を振るう。
ズバババ、と空気を振動させる音が響く。そして、ソードスキルが終了と同時に剣尖がピタリと止まる。
「ふぅ」
一息つき、淀みなく次の構えへと移る。そして今度は別のソードスキルを発動させる。
終わったらまた次へ。終わったらまた次へ。
ソードスキルの素振り。ナツは毎日の日課として行っていた。
ソードスキルは自身の動きである程度威力や速度を上乗せすることができる。最前線にいるプレイヤーにとっては基本中の基本であり、ただ発動しただけのソードスキルと比べその迫力は天と地ほどの差がある。そしてナツの放つソードスキルはそういったプレイヤーたちの中でもトップクラスのレベルに達している。
それを支えているのは単に日々の鍛錬であった。
体に、脳に極限までソードスキルの動きを覚えさせる。その動きを何度も繰り返し、一秒を、一瞬を速くする。ナツの強さの一つであった。
そしてこの素振りはもう一つの意味もある。
ソードスキルの数はそれはもうたくさんある。単体、複数、範囲、高威力、低威力、単発、連続、様々な要素が混ざり合い、中には特定のスキルと組み合わせることで発動するものもある。素振りとはいえ、ナツのそれはただ発動させるだけで意味はなく、全てをその威力、速度共に
集中力の持続と精神面の鍛錬もまた、目的の一つであった。
日も上がり始めた頃、ようやく素振りも終了した。汗こそ出ないが、全身が火照り、熱を帯びる。
集中を解き、アイテム欄の中から水を取り出しぐいっと飲む。
さすがに疲れたのか、端の方で座り込み、空を見上げるように休憩する。この世界では身体的な疲れなどは存在しない。だが、精神的な疲れは如実に反映させるから困ったものだ。
空を見上げながらぼんやりと今日の一日の予定を考える。ここのところ、ずっと戦い通しだし、たまに休んでもいいのではなかろうか。そんなある種真っ当とも言える弱気な考えが脳によぎったところで、唐突にコール音が響く。
反射とも言える速度で回線を開くと、そこから聴こえるのはあざとい声。
『あ、おはようございますナツさん!』
「おはようユシル。元気そうね」
勇者部のメンバーであるユシルであった。
『ナツさんは体の調子は大丈夫ですか?』
「大丈夫よ。この世界じゃ病気とは無縁だもの」
『だからって休まずに動き続けたら心の方が持ちませんよ』
「その時はあんたの歌でも聴きに行くわ」
『えっ!? あ、いやそれは……』
回線越しに思い切り動揺してるのがわかる。ガストが可愛がるのもわかるというものだ。
「しっかし、あんたらもマメねぇ。別に当番制にして毎日コールしなくてもいいのに。義務とかじゃないんだから」
『わかってませんねナツさんは。むしろ、みんなナツさんと話したくてしょうがないから当番制になってるんですよ。ユウナさんなんて当番じゃない日はずっと「ナツちゃんなにしてるかなー」「ナツちゃんちゃんと食べてるかなー」「ナツちゃんちゃんと休んでるかなー」って言ってるんですよ』
それを聞いて、どうもむずかゆい気持ちになる。
「ふ、ふん! あっそ! じゃあユウナにはあんたに心配されなくともちゃんとやってるわよって言っときなさい」
『はい。わかりました』
クスクスと笑い声が聞こえる。こういう話題に弱いのを知ってて話してくるんだからこいつらは。
諦めにも似た感情を抱き気晴らしに空を見上げる。
「……ねえユシル」
『はい』
こちらの雰囲気の変化に気づいたのか、ユシルも聞く体勢に入っている。
「もうすぐよ。もうすぐで、第百階層に着く」
眼に映るのは次の階層。遥か上空に天蓋となりプレイヤーを阻む壁となっている。
しかし、それもあと二十六層。
あと一年。一年あれば、絶対に辿り着ける。
そして、この牢獄からみんなを解放できる__
『ナツさん』
ぽつり、と呟く。
『私は、ナツさんに死んでほしくないです』
「……私も、死ぬつもりはないわよ」
『でも、死ぬかもしれないくらい危険な場所にいるんですよね?』
「……」
『私、怖いです。急に、ナツさんと連絡つかなくなったらって思うと。フレンド欄のナツさんの名前が黒くなると思うと。あの石碑に書かれているナツさんの名前に、横線が入ったらって思うと』
「……そうね。そんなことになってもおかしくないような場所にいる。その自覚はあるわ」
『ナツさん。今ナツさんのやっていること。それは__』
その声は震えていた。眼に見えないなにかに怯えるように。
『__それは本当にナツさんがやらなきゃいけないことですか?』
私がやらなくても、きっと誰かがやってくれる。そもそも義務とかそういうのではない。死んだところで自己責任。それがこの世界だ。でも、
「誰かがやるなら自分でやる。誰かが困ってるな手を差し出す。それが勇者部でしょ」
この誇りだけは譲れない。
『……ごめんなさい。弱気になりました』
「気にしなくていいわ。ああ、そうだ。近いうちに帰るからそのつもりでいて」
『はい。みんなで待ってますね』
「ええ」
そこで通話を切る。
わかっていたことだ。自分がやっていることなど、ただの自己満足でしかないことなど。
「そろそろ行きますか」
それでも、この胸に誇りがある限り、歩みは止めない。
ナツは再び歩み始めた。
時刻は九時。移動中に見つけた店舗で買ったホットドッグもどきを咥えながら転移門へと向かう。
街は本来の賑わいを見せ、かなり混雑していたが、ナツは誰にもぶつかる事なくスイスイと進んでいく。
ホットドッグを咀嚼しながら今日はどうしようかと考える。フィールドで狩りでもするか、迷宮区でマッピングか、下のエリアで見回りでもするか。
ナツが主な生活に使っているのは五十層《アルゲード》だ。現在の最前線は七十四層。一先ず転移門に着いてから考えようと落ち着き、そうこうしているうちに転移門。七十四層へと転移する。
一瞬、視界がブルーに染まり、次の瞬間には景色がガラリと変わった。
さて行くか、と歩を進めたところで、《黒》と眼が合う。
「「あっ」」
一瞬スルーしようかとも思うが__いや、スルーしようとした。しかし、キリトの前にいたプレイヤーの存在がそれを許さなかった。
「あ、ナツさん!」
どこか東郷を彷彿させる黒い髪。違うのは東郷と違い短く切られていることか。どこか儚げな雰囲気を漂わせる女性プレイヤー。
「サチじゃない。おはよう」
《月夜の黒猫団》所属、サチ。
昔の縁で会えば話をする程度の仲。主に中層プレイヤーの支援にフィールドの見回り。《勇者部》とも連携して活動していると前にガストから聞かされた気がする。
キリトとも縁があるのだが、そちらはいろいろと複雑なためかサチ以外の団員はキリトとはある事件以降会っていないのだとか。
「はい。おはようございます」
「またキリトに会いに来たの? 物好きね」
「えっと、はい。会いたくなって」
「愛されてるわねえ。サチにアスナに……」
キリトは我関せずといった感じでそっぽを向いている。しかし、その耳が赤くなっているのを私は見逃さない。
「そ、それよりナツはこの後なんか予定あんのか」
露骨な話題変更だったが、面白いものを見せてもらったから素直に付き合ってやる。
「うーん、まあフィールドで狩りでもしようかなって。そろそろお金とか心許ないし」
「ナツさんってとても稼いでいるイメージですけど」
意外、といった風に話すサチ。たしかに、最前線で戦うプレイヤーは多かれ少なかれ稼いでいる。だが、
「ナツの稼ぎはだいたいギルドとプレイヤー支援に消えてるからなぁ」
ということだ。
「まあ、好きでやってることだし文句はないんだけどね」
下の層の見回りはまず殆ど見返りはない。自分で言うのもアレだが、自分のような最前線で戦うトッププレイヤーが下の層でモンスターを乱獲したりアイテム収集したりするのはマナー違反である。そのためモンスターを見かけても無視。アイテムも拾わない。プレイヤーを助けても見返りを求める気はない。経験値もアイテムも金もない。平和はいいことだが、何事もなければ達成感もあるはずがなく。
最前線で戦ったとしても、いや、むしろ最前線の方が死に瀕している者が多い。そのプレイヤーを助けるためにクリスタルを使ったりその後の攻略の予定を変更すればそれこそ赤字。置いてかれないよう死に物狂いで経験値こそ稼げど、懐事情は常にカツカツである。
「そうだったんですか」
サチは驚きを含んだ表情でそう言った。
「……私、ナツさんがそんな苦労してるのを知らず」
「ああ、そういうのやめてよ。こっちは好きでやってんだから」
こういう反応をされると困ってしまう。どうしたものかと頭を掻いていると、
「本人が好きでやってるって言ってるんだからそこで言うのは「ありがとう」でいいんじゃないか」
そうキリトが言った。
「……いや、うん。そうなんだけど、あんたに言われると腹立つ」
「いや、なんでだよ」
二人で軽口の叩き合いをしていると、不意にクスクスと笑い声が聞こえた。
「二人はやっぱり仲がいいですね」
無邪気な笑顔を浮かべるサチ。そこにはアスナのような警戒心はない。
「……サチにしときなさいよ」
「あえて何のことかは聞かないでおく」
はぁ、とお互いに頭を抱え軽口は終了。
私はそろそろここを離るとしよう。二人の邪魔しちゃ悪いし。
「それじゃあ私は行くわ」
「え"」
しかし、キリトは困ったように声を上げる。
「……なによ」
「いや、ほら、もうちょっと話していかないか? もう少しだけ」
私の中で警戒レベルが一気に引き上がる。
こいつ、なにを考えているのだ。
「はぁ。自分のことを好いている子の前でちょっと無神経なんじゃない? ねえサチ」
「ちょ、ちょっとナツさん」
キリトのことが好きという部分でサチが顔を真っ赤にする。今更その反応? と驚くも、そんな反応をされれば話を振った私の方も羞恥心に襲われる。
「っ、と、とにかく! 私は行くからね」
「あ、待っ」
その言葉を遮るように、転移門が光った。
「きゃあああ! よ、避けてーー!」
しかし、どういうわけか人影は空中に浮いていた。
転移門を通る時、普通は地に足つけて歩きながら通る。しかし、空中に現れるということはそれだけ急いで飛び込んだ、ということだろう。
ほぼ反射的に、ぐるりと周りを見回す。
人影は幸か不幸かキリトに向かって行っていた。あいつがクッションになればそこまでの衝撃はないだろう。
しかし、キリトの近くにはサチがいる。
判断は一瞬。
「サチ! 危ない!」
「きゃっ」
サチの体を引き寄せるように引っ張り、抱きとめる。即座にその場から退避した。
そして反応が遅れたキリトはそのまま人影に押しつぶされた。
「うわあああ!?」
どすん。
もしここが街中でなければHPがわずかに削れていただろう。
ぶつかった二人は派手に転んでいた。ゲームでなければ重症だ。
「ちょっと! 大丈夫キリ……ト……」
心配し、駆け寄って声をかけようとし、その光景が目に飛び込んでいた。
キリトの手が、飛び込んできた人影の胸を触っていた。
もっと言えば、女性プレイヤーの胸を揉んでいた。
明確に言うなら__
「や、やーーっ!?」
がつん、とキリトの上に乗っていたプレイヤーがキリトの顔面を殴りつけ高速で上から退避していた。そのプレイヤーはとても見覚えのある白赤の装備を身につけていた。
__明確に言うなら、キリトはアスナの胸を揉みしだいていた。
キリトも体を起こし、遅まきながら状況を把握したらしく、こわばった笑顔でアスナに語りかける。
「や……やあ、おはようアスナ」
「ひっ」
サチが細く悲鳴を上げる。無理もない。かの《閃光》様から放たれる濃密な殺気を近くで感じているのだから。
そしてここにきて、ようやくキリトが私を引き止めた理由を察する。
アスナはキリトが好きだ。そしてキリトもそれを薄っすらと感じている。しかし自分の感情が明確に決まっていないために気づかないふりをして保留にしている。サチの方も同様だ。
そんな曖昧な態度なもんだから、度々アスナとサチが出会う。仲が悪いわけでない。むしろいい。しかし、恋愛、キリトが絡むとおかしくなる(主にアスナ)。
どこの乙女だ、と言いたくなるような見事な空周りと暴走具合を披露するアスナを前に、ストッパーとなれる人間は数少ない。そしてその数少ない枠にはまっているのは、私だった。
おそらく、昨日一緒に食事をした時点で今日の攻略の約束を取り付け、待ち合わせをしていた。しかし、アスナがこんな半端な時間に待ち合わせするとは考え辛い。なんらかの理由で遅れていたのだろう。待っている途中でサチが来て、アスナが合流したらまずいとでも思ったのだろう。そこにノコノコやってきたのが、私というわけだ。
さて、この状況をどうしようかと考えたところで、先に状況が動いた。
何かに気づいたようにアスナがキリトの後ろに隠れる。
一瞬どうしたのかとも思ったが、その理由は次の瞬間に明らかになった。
転移門が光り、そこから新たなプレイヤーが現れる。
「あ……アスナ様、勝手なことをされては困ります……!」
「あいつは、昨日の」
たしかそう、アスナの護衛係だ。
「知り合い、ですか?」
「ちょっとね。でも、いい仲ではないわ」
少し離れた場所で話を聞く。しかし、その内容は聞くに絶えぬものだった。
一か月に渡るアスナの家の監視。
あまりにも自信満々の態度と話の内容が噛み合わず、狂気すら感じる。サチもその顔を真っ青にした。
アスナもまた怒り、その態度に護衛係、クラディールと言ったか、は先ほどよりも苛立った表情を浮かべ、アスナに歩み寄る。
その後の行動はもう反射的だった。
「待ちなさい」
剣を抜き放ち、アスナとクラディールの間に立つように構える。
「……なんのつもりだ」
「そっちこそ、自分がやっていることわかっているんでしょうね」
私の言葉にギリッ、と音が聞こえるほどに噛み締めているのが見えた。
次に漏れてきた声は、さすがの私も少々ゾッとするものだった。
「貴様ァ、わかっているんだろうな……。たかが弱小ギルドの構成員が、でかい顔でこの栄光ある血盟騎士団の私に刃向かうなど……ッ!」
後一歩で変なオーラでも出てきそうな雰囲気に気圧されそうになるが、ただ一つ、聞き逃せない言葉があった。
弱小ギルド?
それは、勇者部のこと。
「はっ」
緊張も、恐れも、笑い飛ばす。
「肩書きしか誇れるものがない奴に、なにを恐れなきゃならないの?」
「っ、キ、貴様ァアアアアアーーーーー!!!」
「アスナさん」
ナツが間に立ったタイミングで、サチがこちらに駆け寄ってきた。
「さ、サチさん」
「さん付けはいいですよ、って言ってる状況じゃないですよね。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だけど」
アスナが心配そうにナツを見つめる。
心配してるのは実力面ではないだろう。ナツがそこいらのプレイヤーに負けるなど、万に一つの可能性もない。となれば、ギルドの方か。
「アスナ。このままだとギルドの方で問題が起こるんじゃないか」
「……今、最前線で動くトップギルドやプレイヤーの中には、少数だけど勇者部の存在を快く思わない人たちもいるの。そして勇者部は独自の繋がりで中層から下層にいるプレイヤーから多くの支持を得ている。ここでナツとクラディールが対立し続ければ、攻略組と中層以下のプレイヤー達の間に亀裂ができるかもしれない」
「そんな……。ナツさんは、誰よりもみんなのために動いているのに」
サチの言うことも最もだ。しかし、攻略組というのはそんな風に捉えられないものがほとんどだ。何故なら、俺を含め攻略組を攻略組足らしめるモチベーションは、「他の奴よりも強く」というものだからだ。心からみんなのために攻略しているプレイヤーなど、ごく一部で、その中心にいるのがナツなのだ。
そして、そういったナツの姿は俺たちには眩しすぎる。鏡写しのように自分の醜い部分を叩きつけられる。だからこそ、そこから目をそらすように屈折した怒りをナツにぶつける者がいるのはどうしようもない事実だ。
だが、そこまで問題が大きくなるとは俺も思ってはいなかった。
と、すれば。この場で動けるのは……。
「アスナ。ちょっと行って」
「ダメよ」
即効で却下された。
「……まだなにも言ってないんだけど」
「自己犠牲でこの場を収めたとこで問題の先延ばしにしかならないわ」
「ナツは勇者部、アスナは血盟騎士団、サチは黒猫団。それぞれが何かしらの肩書きを背負ってる。ソロの俺が行くのが一番いいだろ」
アスナはそこまで言っても納得はしない。しないが、血盟騎士団副団長としてのアスナは、この場で何が最善か、わかるだろう。
「……認めたわけじゃ、ないからね」
「ありがとう」
こっちのセリフよ、と顔を赤くしながらポツリと呟く。……これは聞こえないふりをした方がいいのか。
「キリト」
「あー、サチ、ちょっと行ってくる」
そう言って行こうとすると、サチが俺の手をぎゅっと握った。
「さ、サチ?」
「行ってらっしゃい、キリト」
「……ああ」
何故だろう。後ろからアスナの怒気が伝わってくる。
こんなキャラじゃないんだけどな、と思いながら俺は殺伐とした二人の間に入るのだった。
「あー、ちょいとそこのお二人さん」
そんな戯けた口調で入ってくるのは、黒ずくめの剣士。
「次から次へと……貴様ら、血盟騎士団をバカにするかっ!」
「頭悪いわね。私はあんた個人と話してんのよ。それともバックがいなきゃ何もできないの?」
「小娘ぇ! ゲームの中、少しレベルが高いからと調子に」
「あーもう! そこまでだそこまで!」
と、強引にキリトが間に入る。
「キリト、邪魔よ」
「ナツ。頭に血が上りすぎだ。圏内で騒げば勇者部の評判に関わるぞ」
「だからって!」
「ここはほら、俺がどうにかするから、な?」
そこまで言われて頭の中が冷めていくのがわかった。
たしかに、咄嗟とはいえ剣を抜くのはやり過ぎだった。さすがにケンカ腰過ぎたか。そこまで思い、剣を鞘に戻す。
「……お礼は言うけど、あんただってやりにくくなるでしょ」
「まあ、俺はソロだし」
「困ったら勇者部を頼って。必ず力になるわ」
「困ったら行くよ」
「困ってたら行くわ」
そう言って私は一歩下がった。
「おい! 何を勝手に」
「おっと、元々あんたの相手は俺だろ」
「どけ! ビーター風情が!」
「お互いに問題は起こしたくないだろ? アスナの事は俺が責任を持って守るから今日のところはあんた一人で帰ってくれ」
「ふざけるな!! 貴様のような雑魚プレイヤーにアスナ様の護衛が務まるかぁ!! 私は栄光ある血盟騎士団の」
「あんたよりはマトモに務まるよ」
その一言は余計でしょ。
そう思ったのもつかの間、クラディールの表情は幼い子には見せられないレベルにまで達した。私が煽ったのも原因だが、キリトの一言がトドメになったらしい。
もはや一言も言うことは無く、突然ウインドウを呼び出すと素早く操作していく。即座にキリトの前にシステムメッセージが出現する。ここからは見えないが、デュエルの申請だろう。
キリトは確認を求めるように後ろを見やり、アスナはキリトの目をしっかり見ながら頷いた。
キリトがデュエルを承諾し、キリトとクラディールが互いに
「引っ込めキリトー!」
「ナツちゃん出せやー!」
デュエルが始まるやいなや、周りの野次馬たちが盛り上が……なんか違うのが混じってないだろうか。
私はそれを気にしないようにし、邪魔にならぬよう、アスナたちがいるところまで下がると、なぜか怒られた。
「バカ! 無茶して!」
「わ、悪かったわよ」
相当心配したんだろうなと思う。不謹慎だとは思うが、こうやって危険なことをやってそれを心配してくれる相手がいるのは嬉しくなってしまう。
「なに笑ってるの!」
どうやら表情に出ていたらしい。
「あの〜。キリトの心配は?」
間に入ったサチのおかげで、この話は流れた。しかし、そのことについてはまあ、大丈夫だろう。
「キリトなら負けないでしょ」
「え、でも相手のプレイヤーも強いんですよね」
「クラディールは血盟騎士団でも中堅くらいの実力よ。強いには確かだけど、キリトくんなら負けはしない」
そこまで言うと、サチは安心したように息を吐く。
「問題は……」
アスナがポツリと呟く。
「無理しちゃダメよ」
「元々は血盟騎士団内部の問題。無理もするわ」
「アスナさん。私たちにできることはありますか」
「大丈夫よ。私がちゃんと、全部納めるから」
アスナは一人、覚悟を決めていた。
「私には無茶するなって言ったくせに」
「ナツの無茶は周りに飛び火するもの。私は血盟騎士団の中でだけの問題にしようって無茶だからいいの」
そう言われてしまえばなにも言えなくなってしまう。普段から無茶する私がなにか言ったところで、説得力はない。
「なるようになる、か」
そして、デュエルはキリトがクラディールの大剣をへし折ることで幕を閉じる。
アスナが副団長の権限でクラディールを護衛役より解任。問題はアスナの思惑通り、たしかに血盟騎士団内部のみの問題へとなった。アスナの精神に多大な負担をかけて。
人物紹介
キリト:ソードアート・オンライン主人公。黒で統一した装備は厨二心をくすぐる。とどめとばかりに白と黒の二刀流は卑怯。SAOは男女比率が男の方が圧倒的に多いはずなのに関わるプレイヤーは美少女が多い。それでいてハーレム主人公と違うのはすでにメインヒロインと心を通わせ付き合っているという彼女持ち。妹も義理の妹で巨乳で美少女とかどうなってるんですか。この作品では同じソロプレイヤー、剣の極地を目指す者として近しい何かを感じるナツと行動を共にすることが多い。周囲から誤解されるもお互いに恋愛感情は無い。しかし、お互いを強く信頼しているのは確か。
アスナ:ソードアート・オンラインのメインヒロイン。ギルド《血盟騎士団》副団長。その美貌と実力からアインクラッドでは超有名人。キリトに恋心を抱いており、のちにくっ付く。言わずと知れた正妻。この作品ではナツとキリトの関係を危険視しておりナツをライバル視している。仲が悪いわけではないものの、キリトが関わるとついツンケンした態度を取ってしまうためか、ナツには苦手意識を持たれている。サチのこともまたライバルとして認めており、キリトのことを呼び捨てで呼ぶ彼女に密かに嫉妬している、この二人が出会うことで割りを食うのはだいたいナツ。しかしキリト関連でよく関わるためそれなりに親しい。複雑な人間関係である。
サチ:ソードアート・オンライン二巻、赤鼻のトナカイより。サチが生きていればサチがメインヒロインになったんじゃ? と思った人も多いはず。ギルド《月夜の黒猫団》に所属。キリトも一時期所属していた。原作ではキリトがきっかけでギルドメンバーは全員死亡しており、キリトの心に深い傷跡を刻むことに。この作品では生存。ナツを同性のプレイヤーとしてとても尊敬している。キリトに対しては恋心を抱いており、そのことで度々アスナと衝突することも。しかし本人はアスナと出会えることを喜んでいる。
※人物紹介は作者の解釈を含みます。
誤字報告・質問等あったら受け付けます。