仰々しく頭を下げるキャスターのサーヴァント。セイバーを良く知っているかのように振る舞うその姿に、アイリスフィールは浮かんだ疑問を口にする。
「セイバー、あなたの知り合い?」
「いえ、見覚えがありません。……円卓の誰かに仕えていた魔術師という可能性はありますが」
心底思い当たる節がないと言うように肩を竦めて答えるセイバー。その姿を見たキャスターは雷に打たれたように地に膝をつき、わなわなと両手を震わせて懇願するようにセイバーに語り掛ける。
「……おおぉ御無体な! この顔をお忘れになったと仰せですか!?」
「……忘れようにも、そもそも私は貴公を知らない。何か勘違いしているか、或いは他人の空似ではないのか?」
セイバーの返答。当人としては当たり前の事実を述べただけのそれは、キャスターからすれば余程に受け入れ難かったのか、頭を抱えてのけぞり、断末魔のように叫び声を上げる。
「おお……、おおお……!! 私です! 貴女の忠実なる永遠の僕ジル・ド・レェにて御座います!! 貴女の復活だけを祈願し、今一度貴女と巡り会う奇跡だけを待ち望み、こうして時の果てにまで馳せ参じて来たのですぞジャンヌ!」
「ジル・ド・レェ……!?」
名乗りを上げるキャスターに反応したのはアイリスフィール。その名は先のバーサーカーの真名よりも非常に有名なモノだ。
ジル・ド・レェ。百年戦争を終結に導いた聖女ジャンヌ・ダルクの同朋にしてパトロン。フランス王家に匹敵する財力と元帥の地位、それに広大な領地を持つ彼は、ある日を境に発狂。黒魔術と悪魔召還に傾倒し、領民を虐殺する異常者になってしまう。 その原因と言われたのが盟友ジャンヌ・ダルクの魔女裁判。彼が狂ったのは彼女が火に掛けられた事により、神を見失ったせいだと言われる事もあるが……。
「貴公が名乗りを上げた以上、騎士として私も名乗ろう。我が名はアルトリア。ウーサー・ペンドラゴンの嫡子たるブリテンの王だ。……私は貴公の名を知らぬし、ジャンヌという名にも心当たりがない」
生憎、セイバーはジャンヌ・ダルクではない。それは紛れもない事実だ。
だが、真実を告げようともそれを信じるか信じないかは、告げられた側次第。受容か拒絶か。ジル・ド・レェが選んだのは残念ながら後者であった。
「おおぉ、オオオオオッ!! 何と痛ましい! 何と嘆かわしい! 記憶を失うのみならず、そこまで錯乱してしまうとは……。おのれ……おのれぇぇッ!! 神はどこまで残酷な仕打ちを!!」
「貴公、一体何を……」
「あぁ、ジャンヌ! 貴女が認められぬのも無理はない! かつて最も敬虔な神の信徒だった貴女が神に裏切られ、魔女として処刑されたのだ。己を見失うのも無理はない」
涙を流してそう呟くジル・ド・レェは突如顔を上げ鬼気迫る形相で何か吼えようとする。
が。
カーブを曲がってきたフォルクスウォーゲン・タイプ1 『スカラベ』にこっぴどく跳ねられてしまった。
「…………は?」
当然いきなりキャスターが轢かれた事に困惑するセイバーだが、よくよく考えればキャスターは車道のド真ん中で突っ立っていたのだ。轢かれても仕方がない。
キャスターを跳ね飛ばした『スカラベ』はベンツェを少し通り過ぎた辺りで停車し、中から何やら見知った顔を含む四人組が降りてくる。
その姿に、アイリスフィールは微妙な顔で呟きを漏らした。
「……何で、アーチャーとバーサーカー、それにアサシンとそのマスターが車から出て来るのかしら……?」
「む、セイバー君とそのマスターではないか。……時に、先程我々の車が何か轢かなかったかね?」
「……轢いたわね」
アイリスフィールの返答に、ズェピアはスカラベに乗っていたメンバーとひそひそと話を始める。
「……やっぱり轢いていたようだね」
「我が操る車が進む道を遮っている者が悪い」「ギルガメッシュ、それは暴論だ。ついでに愉快だから言わなかったがこの道は冬木ハイアットホテルとは逆方向だ」
「鹿とか狸といった手応えではありませんでしたな……」
美男子二人に強面の青年と髑髏面を付けた女性の四人組が「どうしよう」と言うように会話するその姿に毒気を抜かれたのか、脱力した様子でセイバーは彼らに声を掛ける。
「……貴公等に跳ね飛ばされて崖の下に落ちたのはキャスターだ。恐らく、死んではいないだろう」
その声を聞きあからさまに脱力する面々はどこか微笑ましい。思わず苦笑しそうになるセイバーの顔を再びひきつらせたのは、どろりとした沼のような影から道路に再登場したキャスターの引き連れる、タコに似た化け物の群れだった。「おのれッ! 神は傲慢にもまた我が聖女を私から遠ざけようというのか!? ならば私とて考えがあるッッ!! …………ジャンヌ、貴女を神より奪い返すにはもはや言葉だけでは足りぬのですな。……致し方ありますまい。それなりの荒療治が必要とあらば、次は相応の準備を整えて参りましょう。…………誓いますぞジャンヌ。この次に会うときは必ずや貴女の魂を神の呪いから解放して差し上げます。ひとまずは手土産をお受け取り下さい」
そう言って影へと消えるキャスター。と同時に大量のタコに似た化け物が此方に雪崩れ込んで来る。が。
「気色が悪いッッ!!」
そう叫ぶギルガメッシュの背後に突如として出現した大量の宝具によって塵と化した。
そんな状況を横目に眺めるアイリスフィールの肩を誰かがトントンと叩く。振り返って見てみれば、其処にいるのは味わい深い表情のバーサーカー。一瞬身を竦ませたアイリスフィールに彼は告げる。
「……先程のキャスター。やはり轢かれた時に頭でも打ったのではないかね?」
それに対するアイリスフィールの返答は深い深いため息だった。