アインツベルン城。森の奥に佇むその古城のサロンで三人の男女が卓を囲んでいた。
言うまでもなくその三人とは、セイバーことアルトリア・ペンドラゴンと衛宮切嗣、そしてその妻アイリスフィールである。
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「----疲れて来たかい? アイリ」
アイリスフィールの溜め息に反応したのか、切嗣が気遣うように問い掛ける。その優しさに彼女は微笑を浮かべて首を振った。
「ちょっとだけね。でも大丈夫よ、座りっぱなしで身体が凝っただけだから。気にしないで先を続けて」
そう言って伸びをしてみせるアイリスフィールに、切嗣はニコリと微笑み返すと、説明を再開する。
「--この町の地脈の中心になるのは二ヶ所。ひとつは遠坂邸、もう一つは地図の此処、深山町にある円蔵山だ。この辺りの霊脈全てを束ねる根元に当たる場所だ。詳細は既にアハト翁から聞いている通りだが、問題が一つある」
そう言って一旦言葉を切った切嗣は紅茶で口を湿らせつつ、アイリスフィールから彼女の脇に控えるセイバーへと視線を移す。
さて、そのセイバーと切嗣だが、両者ともに若干くたびれた様子である。切嗣の頬には情け無いことに真っ赤な紅葉と引っ掻いた様な爪跡が残っているし、セイバーには跡こそ無いが、実は数発のパンチをその白百合のような美貌で受けていた。
この二人、あろう事か主従同士で朝から昼まで取っ組み合いの喧嘩をしていたのだ。流石に両者ともギリギリの理性は残っていたらしく、武器を手にする事はなかったが、騎士とはいえ少女相手に本気で殴りかかる切嗣と騎士のプライドもへったくれも無しにビンタと猫のような引っかきで応戦するセイバーの姿は正直に言って小学生の喧嘩と同レベルだった。こんな風に。
「切嗣!! 貴方という人は何時までも無視、無視、無視!! 思春期女子の陰湿なイジメですか!! タマ付いてるんですか、切嗣!!」
「五月蝿い、煩い、うるさい!!『戦争でも礼儀を失わない騎士カッコいい』とか君は中学二年の男子かセイバー!! あと女子がタマとか言うなッ!! この貧乳!!」
「うッ!! 無精髭の冴えない中年な癖に!!」
「ぐはっ!! なら君はチビだ!!」
「……バカ、バカ、バーカ!!」
「……アホ、チビ、マヌケ!!」
いや、訂正しよう。小学生以下だった。全世界の小学生諸君に先程の失言を詫びねばなるまい。
まぁ、それはともかくとして喧嘩もガキなら仲直りもガキ。一応お互い気に入らないものの、「切嗣の戦闘がいかに外道でもセイバーは邪魔しない。代わりに切嗣もセイバーが一騎打ちをしている間は邪魔をしない」という約束を結び、何とか折り合いを付けた二人は簡単な会話や必要な打ち合わせ程度なら言葉を交わすようになっていた。
そんな切嗣は紅茶で口を湿らせるとセイバーに向けて注意の続きを述べる。
「円蔵山の頂上には柳洞寺という寺があるんだが、ここを中心に山全体を強力な結界が包んでいる。この結界は参道以外全てを覆っていて自然霊以外の霊的存在、つまりサーヴァントが参道以外に踏み込む事は難しいだろう」
「成る程。つまり、敵のサーヴァントと戦う際は円蔵山以外の人気の無い場所で戦えばよいのですか?」
「あぁ、そうだ。だが、さらに二ヶ所、聖杯が降霊可能な場所がある。冬木教会と都市区画の中の此処、現在建設中の市民会館。この二つを含めた四ヶ所では、周囲を破壊しかねない規模の戦闘は避けてほしい」
「わかりました」
「よし、じゃあ地勢についてはこれぐらいで良いだろう。二人とも何か質問は?」
切嗣の問いにセイバーとアイリスフィールは首を横に振って疑問が無いことを示した。それを見た切嗣は次の話を切り出す。
「さて、次は舞弥から送られてきた使い魔だ。……彼女は今、バーサーカー陣営に捕らえられているらしい。だが、それよりも彼女が伝えてきた情報の内容だ。……どうやらキャスター陣営が最近の幼児誘拐の犯人で、更に子供を虐殺して『作品』を創る狂人がマスターらしい」
切嗣が苦々しく吐き捨てたその発言を受けて、アイリスフィールは顔を青ざめさせ、セイバーは義憤に駆られたらしく怒りを露わにする。そんな二人に切嗣が告げた作戦は、セイバーの怒りを沸点に導きかねないモノだった。
「キャスターがセイバーをジャンヌ・ダルクだと思い込んでいる以上、彼はこの城にやってくるはずだ。そこに網を張り、叩く」
その発言に異を唱えるのはやはりセイバー。
「切嗣、それでは足りない。あのキャスターの出方を手をこまねいて見ているだけでは無辜の民がいたずらに犠牲となるばかりです。奴の悪行は許し難い。被害が広がる前に打って出るべきです!」
セイバーの誠意を込めた発言に切嗣は暫し瞑目して考えを巡らせる。だが、再び目を開けた彼の口から発せられた答えはセイバーの望むものではなかった。
「……ダメだセイバー。打って出る事は出来ない」
「……何故です、切嗣」
「まず、キャスターの拠点が市街地の地下だという点。こんな所を爆破するわけには行かない。となれば正面からの工房攻略だが、今度はキャスターに逃げられてしまうだろう。そうなれば追い詰められたキャスターは今より盛大に虐殺を行って魂喰らいに走るだろう」
「ならば私達が街に出ることでキャスターへの囮になれば……」
「ダメだ。キャスターがセイバーに釣られて現れても、市街地である以上キャスターから周囲の住民を守りきれない。どんな手でも犠牲は出る。だが……一番犠牲が少ないのは待ち伏せなんだ、解ってくれセイバー」
切嗣の返答に今度はセイバーが瞑目する番だった。
切嗣は確かに外道な手段を用いる。だがしかし、彼は同時に一般人への被害を最小限に留める事に拘る。
そんな彼が考えた結果が待ちの一手ならば、今回は甘んじてそれを受けよう。
そう考えたセイバーは切嗣を真っ直ぐ見つめ、口を開く。
「分かりましたマスター。あなたの計画に従います」
その回答に切嗣は軽い感謝を述べようとして。
「侵入者だわ!! ……これは、キャスター!?」
アイリスフィールの叫びに瞬時に戦闘態勢へと移行したのだった。