(前略)
――そういう事ですから、古鷹さんには申し訳ありませんが整理の方をお願いしたく思います。お手数をおかけします。
床の収納の青葉の分のスペースに、いつか第六戦隊のみなさんで開けようと思っていたそれなりのお焼酎があります。確か、洋酒のなんだかよくわからないのも二本ばかしあります。こっちは、そしらぬ振りをして司令官に返すよう取り計らった方がいいかもしれません。
机の中には青葉の手記があります。これらは適当に処分してもらって大丈夫です。司令官に見つかったなら、青葉の持ち物であるとはっきり明言された方が良いと思います。荷造り紐でぐるぐる巻きにされているのはできればそのままでお願いします。中に写真が入っています。
同じく下の方に工具の類がいくつかあります。よければそのまま明石さんに差し上げてください。最後に見たのがお酒を飲んだ直後ぐらいだったので、もしかしたら処分するにでも明石さんを呼ばなければならないかもしれないです。恐縮です。
伊良湖ちゃんとは前に約束をしていたので、青葉のカメラを進呈すると伝えてください。
釣り具の一式は浦風ちゃんと天津風ちゃんに渡してください。
(中略)
持っている本もよければそのままお譲りします。そうそう、この前古着屋で見つけた中々丈夫なジャケットがあって、それも受け取ってください。砲弾はともかくナイフぐらいなら刃を通さないぐらいで、気に入っているやつです。冬季、歩哨の時にでも古鷹さんのお役に立てば嬉しいです。
(中略)
現在、房の外にはいつもお酒臭い白い髪の駆逐艦が見張りでいて、とても怖い感じです。
時々、わけのわからない言葉で騒ぎながら(外国語でしょうか?)、ガンガンガンガンと鉄格子を酒ビンで叩いてきます。酔っぱらって青葉を虐めてくるか、いびきをかいて寝ているかの艦です。あんなのが管理でいるなんて、ぜったいに、何かの間違いとしか思えません。昨晩、寝ている時に大きな音がして飛び起きましたが、今考えてみればあれは主砲の音だったようにも思えます。――信じられません!
提督は反省の色が見えれば一週間で終わらせると言っていましたが、おそらく青葉は永遠にこのままでしょう。我が身健在なれど敵と粉砕する事能わず。ですが、青葉の志は誰にも壊せません。今は遠く、独房の床を舐めようとも、いつかきっと、誰かが後を継いで戦ってくれるものと信じています。もし、これを読んでいるのが古鷹さん以外の誰かだったら、努々、油断されないよう忠告しておきます。
ああ、足音が二組聞こえてきました。片方はいつもの、もつれてよろよろと歩く駆逐艦のもののようです。これだともう一方は提督のでしょうか。
妹によろしくお願いします。
(文章はここで終わっている)
ポケット海軍年鑑(1937)
『一等巡洋艦"青葉 あをば" これは衣笠と艦型も要目も寸分違はぬと云つてよい同型艦、しかも起工、進水(大正15年)竣工とも同じ年と云ふ因縁深い姉妹艦である。華府條約といふ勝手な制限はわが重巡陣にたつた一隻の追加も許さなかつたのであるが、今年昭和十二年の元旦は、自由なる自主的軍備への出発の日である。昭和初年世界を風靡した不況をのり切つて生まれた造船日本の理想艦の姿が加古であり、青葉である。伸び上つた艦首と低く下つた艦尾はわが海軍獨特の形である。』