Ainzardry   作:こりぶりん

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考察材料:
・命令してもデスナイトの処分は拒否した
・裏切ったと思われたシャルティアに対する階層守護者の戦意は旺盛だった
・コキュートスはアインズ様とガチバトルによる鍛錬をしたいらしい
 ……基本的にはシモベ同士で戦うことは嫌がりそうなんだけど絶対ではない。強烈に脅しつければやむなく従う形には持って行けそうと言うのが素直に解釈した感じですが、あんまりプレアデスを苛めるとここまでの雰囲気が台無しなんで、このSSではガチバトル鍛錬券の話を最大限に拡大解釈して採用しています。

 グレーターとアークなデーモンのレベルは、プレアデスの相手として幾つが相応しいかということから逆算して設定しています。



B10F:ひのようなすがた

 傾斜のついた滑り台を十数メートルも加速すれば、体感的にも結構な速度に達する。勢いのついたプレアデス達の体を、シュートの端に設置された柔らかい床が優しく受け止めた。

 だが床に見えたそれは実際には弁であり、受け止めた者達の勢いを殺した後に飲み込んで下へと排出する。その先は地下十階の天井であり、弁の下には今度こそ本当に柔らかいクッションが吐き出された彼女達を受け止めるという親切設計である。尤も、そんなものは無くても十メートル程度の落下ごときでダメージを受けはしないのだが……

 プレアデス達が落ち着いて体を起こすと、地下十階の威容が一行の前に姿を現した。岩盤をくりぬいたと思われる岩壁も、形だけは整えた地肌が剥き出しの床も、そこまでに目にしてきた地下迷宮とは一風変わった荒々しい自然の息吹を残している。底冷えのする空気の中、岩盤の奥から流れてくるのはこの先に潜む何者かの禍々しい気配であるかのようだった。

 シュートを滑り落ちてくれば嫌でも目に入る位置に、額に飾られたメッセージと思しき落書きが立てかけられていた。

 

 * 大魔導師アグノモンの領地を侵す哀れな侵入者に施しをくれてやろう *

        “コントラ―デクストラ―アベニュー”

 

「……どういう意味っすか、これ?」

 

 ルプスレギナの疑問に答えられる者は居なかった。何よりも現在の彼女達はまどろっこしい謎かけに付き合うような精神状態ではない。

 彼女達が下りてきたのは二股に分かれた道の角であったが、右手の先は即座に行き止まりになる壁が見えており、そこに設置された物は彼女達にも馴染みのあるものである。

 

「転移門……よねあれ」

 

 ユリが呟くと、一同は同意の頷きを返す。ナザリック地下大墳墓の階層間移動に使われるのと同じものが、通路の行き止まりに設置されている。十階に下りてきて早々、転移してどうぞでもないだろう。

 

『あれは地上に帰還するための転移門だ。左の通路を奥に進め』

 

 プレアデスに右往左往させるつもりはないとばかりに、アインズの指示が降ってくる。一同はそれに従って奥に進むと、古めかしくも頑丈そうな樫の扉に突き当たり、指示に従って扉を開け中の部屋に入り込んだ。

 部屋の中は大広間であった。縦は巨人でも(ドラゴン)でも天井につっかえることがないであろう程に高く、横は数十名の人間が武器を振り回すだけの余地がありそうな程広い。

 しかし、今その広大な空間に存在するのは唯の一体。爬虫類をベースにしたと思しき鱗に覆われた肉体に鋭い爪を生やした豪腕を持ち、蛇の尻尾と燃え上がる翼を持つ異形の悪魔である。

 

憤怒の魔将(イビルロード・ラース)……様」

 

 そう呟いたユリの声に反応し、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)がぺこりと一礼するのを、アインズは興味深げに見守っていた。デミウルゴスの親衛隊を務める八十レベル台の大悪魔である憤怒の魔将(イビルロード・ラース)は、単騎でプレアデス全員を蹴散らせる程度の強さを持つ。ユリが敬称をつけて呼んだのも、階層守護者の直轄である立場とその強さに配慮したものであると言えよう。

 だが、ナザリック地下大墳墓のシモベにとって、自身の価値を示す指標は決して強さだけには留まらない。至高の御方々が直接創造し、設定と名を与えた。その事実は彼らにとって何より重い。極端に言えば、固有名を賜っていない憤怒の魔将(イビルロード・ラース)よりも、名前と設定を与えられた戦闘メイド(プレアデス)達――もっと言えば、戦闘能力を持たぬ一レベルの一般メイド達の方が、高い立場にあると見なされるのである。

 アインズではなくデミウルゴスの直轄であり、ギルドメンバーの創造に依らず、ユグドラシルのモンスターを配置した存在である憤怒の魔将(イビルロード・ラース)。その存在は、彼女達にとって決して刃を向けられないものであるだろうか。そのように思いつつアインズは口を開く。

 

『さて、お前達……次の質問だが、そこの憤怒の魔将(イビルロード・ラース)と戦えと言われた場合は、それに従えるか?』

 

 顔を見合わせたプレアデス達が、アインズの命令を拒否し続けることに後ろめたさを感じながらも頭を振るその様子を見て、アインズはふむと納得する。アインズが生み出した死の騎士(デス・ナイト)を害することはできないのだ。直轄ではないと言えども、コストをかけてナザリック地下大墳墓に配置したモンスターである憤怒の魔将(イビルロード・ラース)も同じ事であるらしい。第一、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)の方がプレアデスに刃を向けるなどとんでもない、といった様子である。

 だがまあ、それも予想の範疇ではある。どのみち、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)ではプレアデスの相手としては強すぎだ。アインズは、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)に予め伝えておいた命令を実行するよう呼びかけると、大悪魔は心得たように頷いて、自身の眷族を召喚する。

 憤怒の魔将(イビルロード・ラース)の周囲に五つの魔法陣が現れ、空間を歪めて異界から姿を現す悪魔達。そのうち四体は蒼を基調とした人型のシルエットに、邪悪な角と怖ろしい牙、蝙蝠の翼と長い尻尾を生やしたまさに悪魔らしい悪魔である。蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)の名を冠するその悪魔は、五十レベル台の召喚モンスターであった。最後の一体は、どちらかと言えば人間に近い姿をしており、妖艶で耽美な雰囲気を湛えた美丈夫である。だが頭に生えた巻き角と口元から覗く牙、赤い血が流れるとはとても思えぬ青白い肌によぎる邪悪な眼光が人間ではないことを主張していた。守護者統括のアルベドに近い出で立ちである。もっとも、彼の方には羽はなく、緑を基調とした高貴な服装に、右手に持った炎の鞭の赤色がアクセントとなっている。悪魔王(アークデーモン)の名を冠するこの大悪魔は、しかし、レベル六十台の召喚モンスターであり、適正レベル帯では凶悪な強さを持っていた彼も、レベルキャップが解放された後では名前負けしていると言われてしまう程度の存在だ。

 

『さて……こちらが本命だ。この召喚モンスター達を相手にお前達の実力を見せて貰いたい。言わば演習だが……できるか?』

 

 ここに来るまでにナザリックで自動湧きするPOPモンスターを配置していたが、それとは問題なく戦闘し撃破している。自動湧きだからナザリック地下大墳墓に対する害にはならないというのであれば、スキルで召喚する眷族も似たような物であり、召喚主がアインズ自身でなければアインズお手製のシモベという遠慮も働かないのではないか。そして駄目押しに差し込んだ演習という言葉。かつて、コキュートスがアインズに対し「ガチバトルによる鍛錬」を希望したことが脳裏をよぎる。すなわち、訓練という名目があれば、アインズと直接矛を交えることさえも平気なのだ。果たして、プレアデス達は少しの間頭を付き合わせて逡巡した後、向き直って頷いた。

 

「かしこまりました、アインズ様。ご期待に添えるよう微力を尽くします」

 

 各種の葛藤に対して決着(ケリ)をつけたのか、スッキリとした顔でユリが宣言すると、アインズは頷いて答えを返した。

 

『うむ、期待しているぞ。では、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)、お前は戻ってこい。奴が退出したら、それが開始の合図だ』

 

 憤怒の魔将(イビルロード・ラース)は主のそのまた主の言葉に頷くと、喚びだした悪魔達に手振りで指示を与え、最後にプレアデスの方を向いて無言で一礼した。部屋の奥にのしのしと歩いていく先には、二つの転移門が口を開けている。どこに繋がっているのかここからは窺い知れないが、戦闘中に活性化することはないようになっていることだけは疑いない。憤怒の魔将(イビルロード・ラース)が転移門の一つに近づくと門が光を発して活性化したことを示し、黒い靄が門の中央にその口を開いた。

 憤怒の魔将(イビルロード・ラース)が転移門に飛び込んで姿を消し、靄が掻き消え門が光を失うと、どちらからともなく戦闘態勢に入る。

 

<魔法二重化/抵抗難度強化(ツイン・ペネトレートマジック)()連鎖する龍雷>(チェイン・ドラゴン・ライトニング)!!」

 

 互いの距離が離れている以上、初手は遠距離からの魔法戦となる。口火を切ったのはナーベラルであった。得意とする雷系統の攻撃魔法、両の手から生み出された二頭の竜が中空を切り裂いて蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)達に殺到する。

 二体の蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)に食いつこうとした竜の動きが一瞬止まる。悪魔の眼前に現れた魔法障壁が雷の竜の突進を防いだのだ。蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)には高い確率で攻撃魔法を無力化する魔法障壁が備わっており、何も考えずに攻撃魔法をしかけるのは悪手である。

 だが、勿論ナーベラルが何も考えていなかったわけではない。抵抗難度強化(ペネトレート・マジック)により魔法防御への突破力を強化された雷の竜は、彼女の目論見通りに蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)の魔法障壁を食い破って蒼い悪魔に襲いかかった。己の高い魔法抵抗力に過信を抱いていた蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)が焦りの叫びを、その一瞬後には苦悶の叫び声を上げた。集中を乱され、蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)の手に生み出された魔力の光が霧散する。雷の竜が矛先をそれぞれ隣の蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)に変えて食いつくが、障壁の突破と一体目への攻撃により減衰を続ける雷の威力では、二体目の集中を吹き飛ばすには至らない。雷の竜が霧散した後も蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)達の手の中に膨れあがる冷気の魔力を見てとると、妹に向かってユリが叫んだ。

 

「ルプスレギナ、冷気防御! エントマ優先!」

 

了解(りょう)! <魔法二重化(ツインマジック)()冷気属性無効化>(エネルギーイミュニティ・フロスト)!」

 

 ルプスレギナが素早く応答し、冷気属性への防御魔法を展開する。ユリがエントマを優先するよう指示したのは、蜘蛛人(アラクノイド)であるエントマが一番冷気への耐性が低いためである。

 

<大凍>(マダルト)

 

 ルプスレギナが魔法を発動した直後、蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)の嗄れた奇怪な声が呪文を詠唱し、氷の礫が銃弾となってプレアデス達に襲いかかる。

 ゲームであればプレアデス全員にまんべんなく、しかし乱数による不均一なダメージを与える攻撃魔法の処理は、現実となった世界では多少その働き方が異なっていた。すなわち、先頭に立って背後を庇い、氷の嵐の正面から直撃を引き受けたユリがその威力の大部分を引き受け、後方の妹達へのダメージを最低限に逸らしたのである。そして、アンデッドであるユリ・アルファは冷気属性に対する高い耐性を持ち、冷気に弱いエントマには防御魔法をかけて属性ダメージを無効化した。結果、蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)の攻撃魔法はその威力の殆どを殺され、ナーベラルとシズがそれぞれ僅かなダメージを負うに留まった。

 その間、集団から飛び出したソリュシャンが、攻撃呪文を放った蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)の硬直を狙って飛びかかり、細身の小剣を眼窩に突き込んだ。蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)が痛みに仰け反るのも構わず小剣に捻りを入れて頭蓋の中身を抉ると、蒼い悪魔はどうと地面に倒れ伏す。それと同時に、シズが膝射の姿勢から放った銃弾が、もう一体の蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)の口蓋に飛び込んだ。その後も物理的には不自然なレベルで暴れ回った銃弾が体内を蹂躙してその生命を奪い、棒立ちになって痙攣した蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)の体が燃え上がって消滅する。

 蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)は残り二体。その時未だ動きを見せていなかった悪魔王(アークデーモン)が魔法の詠唱を始めたのを見て、エントマも動いた。倍ほどにも膨れあがった左手の指を悪魔王(アークデーモン)に突きつけると、その腕から百匹を超す数の鋼弾蟲が高速で飛び立った。

 しかし、ガトリングガンを思わせる轟音を発して殺到した鋼弾蟲は、悪魔王(アークデーモン)へと至る射線上に立ちふさがった蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)に受け止められる。蒼い悪魔の体を文字通り削り取ってその生命を奪い、見る影もなくなった異形の巨躯が燃え上がる。が、悪魔王(アークデーモン)を庇うという目的は果たされ、エントマの攻撃は完全に防がれた。

 残る一体、詠唱を中断させられた蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)が体勢を立て直し、その腕の鉤爪を振りかざして襲いかかってくるのを、先頭に立つユリが受け止める。彼女が悪魔王(アークデーモン)への対抗措置を指示する間もなく、緑の悪魔の呪文が完成した。

 

<窒息>(ラカニト)

 

 甲高くひび割れた不快な声が死の呪文を紡ぐと、部屋の中央に魔法の力場が展開され、周囲の酸素を奪って消失した。直接攻撃を仕掛けた蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)ごと巻き込む冷酷さで、集団から離れているソリュシャン以外を効果範囲に収め、中の生物を酸欠で窒息させんと牙をむく。

 

「……!? 皆!」

 

 ところでアンデッドのユリは、呼吸が不要なのでこの呪文の影響を一切受けない。眼前の蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)が元々蒼い顔色を紫に変色させて悶え苦しむのを見たユリが驚いて振り返ると、同じく呼吸不要の自動人形(オートマトン)であるシズ以外の三人、ルプスレギナとナーベラル、エントマが顔色を青くして膝をついていた。背後の蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)が絶命して燃え上がるのにも構わず、ユリとシズが苦悶の表情を浮かべる三人に駆け寄って抱き起こそうとすると、ナーベラルが震える手を上げた。

 

<魔法無詠唱化(サイレントマジック)()竜巻>(トルネード)

 

 空中に発生した竜巻が部屋の中の空気を強引に攪拌し、魔法範囲外から酸素を持ってくると、三人の顔に赤みが差した。ホッとしかけるユリに、咳き込んだナーベラルの叱咤が飛んだ。

 

「姉様、前を!」

 

 ハッとしたユリが拳を構えて向き直ると、炎の鞭を構えて近寄ってくる悪魔王(アークデーモン)の姿が視界に入る。間合いが詰まる前にルプスレギナとエントマが支援魔法を唱える。そして強化(バフ)をかけられたユリが、<挑発>(タウント)のスキルを放ち、魔法詠唱者(マジック・キャスター)に向きかけた悪魔王(アークデーモン)の注意を強引に引き戻した。その間に、ソリュシャンとシズが<潜伏>のスキルにより姿を消す。逃げ出したわけではなく、敵の死角に潜み不意を突いて効果的な一撃を与える為の下準備である。

 

「……ッ!」

 

 悪魔王(アークデーモン)が鋭く腕を振り下ろすと、その手に握られた炎の鞭の先端が、数倍のスピードとなってユリに叩きつけられる。ガントレットをクロスさせて衝撃に耐えるユリが、歯を食いしばって顔を苦悶に歪めた。冷気には強いユリだが、その分火には弱く、悪魔王(アークデーモン)の武器とは相性が悪い。

 

『とりあえず、雑魚は片付けてボスのタゲは取れたか……悪魔王(アークデーモン)の方がレベルが高い以上、気を抜けば(タンク)が抜かれるぞ。お手並み拝見というところか』

 

 防御の上からでもがっつりと削られるユリの体力は、注意して管理しないと容易くゼロになるであろう。ルプスレギナが様子を見ながら回復魔法を飛ばす。ナーベラルとエントマが、バフを維持しつつ、悪魔王(アークデーモン)のヘイト状況を見て攻撃魔法を放つ。悪魔王(アークデーモン)の注意が逸れたところを、ユリが再び<挑発>(タウント)のスキルを放って自身に注意を引きつける。

 シズが不可視状態から不意を突いて狙撃する。その攻撃で、悪魔王(アークデーモン)は再びシズの存在を意識に乗せるが、最初の一撃は不意打ち扱いとなりその効果が高まる。体勢が崩れたところにソリュシャンが同じく奇襲をかける。不意打ちによって向上されたダメージはなかなか馬鹿にはならない。逆に言うと、その手の小細工抜きではタンク向けのステータスである粘体(スライム)族がダメージソースとなることは難しいのだが。

 ともあれ、基本的な戦闘の形は完成した。戦闘メイド(プレアデス)側にとってはこれが理想型だ。敵の攻撃を盾役(タンク)が受け、回復役(ヒーラー)がタンクの戦闘能力を維持する。攻撃役(アタッカー)が敵のHPを削り、特殊役(ワイルド)が手の足りない部分を補助し、突発事態にも対応する。モンスターのヘイトという概念が実装されたMMOの流れを汲むRPGでは一般的な戦闘の形である。探索役(シーカー)は牽制したりアイテムを使用したり小技的な役割に留まるが、本来戦闘以外の部分がメインの役どころなのでこれは仕方がないところである。むしろソリュシャンは暗殺者(アサシン)系技能を活かして頑張っている方だ。

 

『しかし、ヘイトという奴もこれでなかなか不思議なものだな。理性的に考えれば、がむしゃらにタンクを攻撃するのではなくヒーラーを集中攻撃して潰すべきだというのはAIでない人間には誰にだって分かる理屈なのに、そこはゲーム同様にスキルによってタゲ取りをされてしまう……私も死の騎士(デス・ナイト)のタゲ取り能力には世話になったものだ……ゲーム時代も、転移してからも』

 

 アインズは伝える気のない独り言を呟きつつ、冷静に戦闘の様子を観察する。戦闘メイド姉妹(プレアデス)の面々は、全員が一つの生物になったかのように、有機的な連携を構築している。転移前はゲームの中ですら実戦に投入された経験がないことはアインズの懸念材料であったが、彼女達の動きに澱みはなく、連携に齟齬もない。

 

『ふむ、十分にやるではないか。腐っても姉妹ということか? いや腐ってもは言葉の綾だけど。ザイトル……なんだっけか、あのオバケトレント戦で守護者達が見せたのは、要するに順番に攻撃してるだけですとでも言うしかない連携と言うには拙いものであったが……結局は、個々でも圧倒できるだけの実力差があったのがいかんのかなやはり』

 

 戦闘メイド姉妹(プレアデス)の面々も、相手がワンパンで死ぬ雑魚では、そもそも今のような連携が可能なのかどうか見定めることはできなかったであろう。そして、転移後世界における現地産のモンスターでは、今のところは彼女達が苦戦できるほどの強敵は確保できていないのだ。無論、現地での実力者も居るには居るが、将来の仮想敵候補に練習相手になってくださいと頼むわけにも行かない。アインズが苦心して、プレアデスの本気を見定める機会を設けた意味がそこにあった。

 

『とりあえずは満足するに足るものを見せて貰ったが……せっかくの機会だ、アクシデントへの対応も見るとしよう。憤怒の魔将(イビルロード・ラース)よ……悪魔王(アークデーモン)に全力でユリを攻撃し、戦線から脱落させるよう命じよ』

 

 憤怒の魔将(イビルロード・ラース)が了承の意を込めて頷き、なにやら念じると、悪魔王(アークデーモン)の体から黒いオーラが吹き上がったように思えた。

 

「む、みんな気をつけ……!?」

 

<爆炎>(ティルトウェイト)

 

 右手の鞭でユリと打ち合いながら、左手に魔力を蓄積させた悪魔王(アークデーモン)の様子にユリが注意を喚起するも、妹達がそれに反応するよりも早く悪魔の呪文が完成する。

 瞬間、悪魔王(アークデーモン)とユリの間、互いの眼前で大爆発が起きた。

 

「ユリ姉様!?」

 

 悪魔王(アークデーモン)が行使しうる最大の攻撃魔法の直撃を受け、ユリがたまらず吹き飛ぶ。荒れ狂う爆風に殆ど水平に吹っ飛んだユリは、部屋の端、迷宮の岩壁に叩きつけられ肺から空気と悲鳴を吐き出した。自爆覚悟で攻撃魔法を眼前に展開したかと思われた悪魔王(アークデーモン)は、しかし自身の前方に魔法障壁を展開して爆発の影響を極めて軽微なものにとどめている。自身の魔法耐性を十全に生かした大胆な戦法である。

 

「く、この……爆散符ぅ!!」

 

 時間を稼ぐべく、エントマが投げつけた符が悪魔王(アークデーモン)の眼前で激しい爆発を引き起こす。だが、エントマが不穏な台詞を(やったかと)口にする間もなく、その爆発をあえて無視した悪魔王(アークデーモン)が右手を上に掲げると、間髪入れずに振り下ろす。その手に持った炎の鞭が唸りを上げ、鎌首をもたげた蛇が獲物に飛びかかるかのように、ひびの入った壁からよろめきながら身を起こしたユリに襲いかかる。ユリが構える間もなく、炎の鞭は彼女の胴体に巻き付いてその自由を奪い、ここぞとばかりに燃え上がって彼女の体を灼いた。

 

「か……は……!」

 

「ユリ姉様!?」

 

 ユリの口から苦悶が零れる。それを耳にした妹達から悲鳴が上がった。

 

『さて、これで均衡が崩れたわけだが……事故でタンクが落ちることはよくあること、このまま崩れるようではいただけないな』

 

 戦況を眺めるアインズが呟く。悪魔王(アークデーモン)はその意に従い、ヘイトの解放されたユリから目線を切って、残りのメンバーを切り崩しにかかる。

 

「いけない……ルプス、ユリ姉様を!」

 

 ソリュシャンが両手に短刀を閃かせて悪魔王(アークデーモン)に躍りかかる。悪魔王(アークデーモン)は落ち着いて腰の剣を抜き放ちそれを迎え撃つが、その間にルプスレギナが壁際に転がったユリの下へ走る。隅に潜んで機を窺っていたシズも、隠形を放棄し彼女を手伝うために駆け寄った。

 

『ルプスレギナは当然ユリの回復にまわるから、残る前衛はソリュシャンだけだ。暗殺者(アサシン)ビルドの彼女一人ではユリの代わりは務まらない……む、ほうほう、そうくるか』

 

 粘体(スライム)はタンク向きのステータスを持つ種族なので多少はマシだが、探索役(シーカー)のソリュシャンに盾役(タンク)が務まるはずもない。一人では容易く悪魔王(アークデーモン)に蹴散らされるであろう。だがそうなる前に、後衛のナーベラルが防御魔法をかけつつ進み出るのを見てアインズは感心したような声を上げた。

 

<鎧強化>(ソピック)! ……加勢するわ、ソリュ!」

 

「助かるわ、ナーベ! 挟み込んで時間稼ぎお願い!」

 

 一人では務まらないが、二人でなら話は別だ。ソリュシャンとナーベラルは悪魔王(アークデーモン)を挟み撃ちにし正面に相対する方が防御、背を向けられた方が攻撃するという戦法をとった。攻撃する側もあくまで牽制であり、目的は時間稼ぎである。

 悪魔王(アークデーモン)が苛立ったように長剣を振り回すが、粘体(スライム)のソリュシャンは軽装甲だが斬撃に高い耐性をもつ。切り裂かれた肉体が瞬間的にぱくりと口を開くも、血の一滴すら流すことなく再び閉じる。埒があかぬと見た悪魔王(アークデーモン)は振り返ってナーベラルに斬りかかるも、ウォー・ウィザードであるナーベラルは魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしからぬ重装甲を纏った上に、それを魔法で強化している。メイド服の上を覆う金属の装甲の表面を剣が撫で、甲高い音を立てた。怒濤の連撃に頬、肩、二の腕などから血飛沫が舞うが、厚い装甲に保護されていずれも浅手である。エントマが強化(バフ)とアイテムによる治療でフォローし、決定打には至らない。

 

「ソーちゃん、ナーちゃん、お待たせっす!」

「ナーベラルご苦労、下がって!」

 

「姉様! よかった……!」

 

 そして決定打を与えられぬままに、全身の火傷を治療されたユリがルプスレギナと戦線に復帰した。悪魔王(アークデーモン)は舌打ちするも、それを見ていたアインズは満足げに頷いた。再びユリが挑発(タウント)でヘイトを集め、元通りの陣形を取り戻すのを見て呟く。

 

『ふむ。突発事故(アクシデント)からのリカバリも成功か。まずは上々の結果と言ってもよかろう。……憤怒の魔将(イビルロード・ラース)、よくやった。悪魔王(アークデーモン)は主命を十全に果たしたのだ。私はお前を誇りに思うぞ』

 

 アインズの言葉を受けた憤怒の魔将(イビルロード・ラース)の感激が、召喚主との繋がりを通して悪魔王(アークデーモン)にまで伝わったであろうか。プレアデスの陣形を再度崩すこと叶わず、ナーベラルの魔法によって止めを刺され、体を崩しながら虚空に燃え尽きる悪魔王(アークデーモン)の顔には、笑みが浮かんでいた。

 

『さてと。本来十階層には“大魔導師アグノモン”の親衛隊として、六つのチームを六つの玄室に配置する予定だったが……今回は止めにしておこう。試したかったことは今の戦闘で確認できたし、繰り返すだけプレアデスの精神を無駄にすり減らすことになりそうだ』

 

 別に私はプレアデスを苛めたいわけじゃないからな。悪魔王(アークデーモン)の撃破後、キャンプを張って姉妹の治療をするルプスレギナを見下ろしながらアインズはそう呟いた。プレアデス達が円陣を組んで気合いを入れ、出発するのを見守る。

 

 続く玄室が無人であることを訝しみつつも、おっかなびっくりプレアデス達が最後の扉に辿り着く。扉の上部には額縁にこんな言葉が書かれていた。

 

 *** 邪悪な魔導師アグノモンの事務所 ***

 *** 営業時間09:00~15:00 ***

 

「……シズ、今何時か分かる?」

 

 胡散臭そうな目つきで看板の文字を読み取ったユリが、目を外さずにシズに尋ねると、自動人形(オートマトン)の少女は無表情に返答した。

 

「…………現在十六時二十七分。部屋の主は不在と推定」

 

 その声を聞いて、ルプスレギナが不審そうにノブに下がった札をつまみ上げる。形状としてはホテルの“Don'tDisturb”カードである。

 

「……でも、この札は“在室中”になってるっすよ? 裏が“不在”なんだから居るってことじゃないっすか?」

 

「まあ、とにかく……主が居ようが居まいが、入ってみるしかないでしょうね」

 

 ソリュシャンがまとめると、一同は頷いた。

 なんとなく蹴り開けるのは躊躇われたが、さりとてノックするのも何か違う。中途半端な気分で恐る恐るノブを回し、扉を押し開ける。

 部屋の中は事務所という感じはしない。一言で言うと、謁見の間というのが相応しく思えるその広間は、扉をくぐった正面から奥まで、石造りの広間を縦断する絨毯が延びている。その奥の際には二段の段差による高低差がつけられており、三十センチ高いその上座には大理石の玉座が据え付けられていた。広間の左右端には下級吸血鬼(レッサー・ヴァンパイア)が儀仗兵の如く直立不動で整列しており、部屋の主は玉座に腰掛けて、この部屋に辿り着いた一同を見下ろして居るのであった。

 

「――我が地下迷宮の最深部へようこそ、冒険者諸君。私がこのダンジョンの主、“大魔導師アグノモン”である」

 

 泣いているとも笑っているとも窺い知れぬ不気味な仮面で素顔を隠し、漆黒のローブに身を包む魔法詠唱者(マジック・キャスター)。その手には魔法使いには似合わぬ無骨な小手(ガントレット)が被さっており、その小手が拗くれた木の(スタッフ)を弄んでいる。

 大魔導師アグノモンと名乗ったその人影は、全体的に、その昔どこかの開拓村に現れた謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)そっくりだった。

 

 

 




《コントラ―デクストラ―アベニュー》
 迷宮の主から投げかけられた、地下10階を攻略するためのヒント(※1)。
 結論から言ってしまえば、「左が正解」という程度の意味であり、各玄室に必ず二つある(※2)ワープゾーンの先に進む方を教えてくれるアドバイスである。
 より詳細に解説するなら、(CONTRA)非・付属物(DEXTRA)(AVENUE)となり、付属物ではない方の逆を辿れ、と読み解くことが出来る。一応謎かけなのでわざとややこしく表現されているが、付属物とは一般的に身につけている装備品のことを指すと解釈される。ここまで来た冒険者達は両手に剣と盾を装備しており、右手に剣を、左手には(付属品)を装備しているだろう(※3)。右手に持った剣(付属物ではない方)の逆、すなわち左手が正解の道ということである。

※1:謎かけを解くよりマッピングする方が遙かに早い。というか当時作者は唐突に出てきた横文字の意味が分からず、フレーバーテキストの類と見なして完全に無視したという逸話がある。まさかあれがリドルの類だったなんて思わなかったよ……
※2:もう1個は最初に戻るだけなので、ゲーム的に言えば多少の手間がかかるだけであり、マッピングした方が(ry)
※3:敢えて右手に盾を持つ、某世界でモンスターを狩るハンター達は謎解きを真に受けると永遠に奥に辿り着けないことになるが……あの連中ならこんな文言は無視してめくらめっぽうに奥まで突撃するだろうから逆に問題はないのかもしれない。

蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)
【建前】
 初期Wizの顔と言っても過言ではないWizardryを代表する凶悪モンスター。
 名前の通り、上位(グレーター)悪魔(デーモン)の名に相応しい数々の強力な能力を持つ。通常攻撃から引き起こされる毒と麻痺の状態異常。第五位階までの魔術師魔法を使いこなし、特に大凍(マダルト)の連射によるPT全体へのラッシュは体力の低い後衛を容易く屠る。一方で冒険者の魔法を95%の確率で無効化する高い魔法抵抗力。異界から仲間を呼び増殖する極めて厄介な習性。一人前(マスターレベル)に到達した程度の冒険者でも、複数居たら逃げるが上策のまさに猛者。
【本音】
 一方で、頭のおかしい廃人達にとっては全く別の意味でWizを代表するモンスターである。
 クリティカルヒットやエナジードレインなどの、致命的な効果を持たない通常攻撃。静寂(モンティノ)が5%も通る可能性がある()()()魔法抵抗力(※4)。頻繁に仲間を呼ぶ一方で、逃走はしない思考ルーチン。比較的高めの経験値。
 ここで重要になるのは、呪文の封印効果は敵グループ間で共有されるというシステムである。つまり、呪文を封じられたグレーターデーモンが呼ぶ仲間は、出てきた瞬間から呪文が封じられているのである。ここまで言えばお分かりだろうか。このモンスター、「養殖」と呼ばれる経験値稼ぎに最適であるとして、廃人級冒険者により積極的な狩りの対象に選ばれる絶滅危惧種(レッドデータアニマル)なのである。変異(ハマン)静寂(モンティノ)で魔法を封じると、彼らに出来ることは仲間を呼ぶこと、発動しない呪文を唱えること、通常攻撃で毒麻痺を与えることがせいぜいである。呪文を封じたグレーターデーモンをダルマにしてブタのような悲鳴を上げさせ、たまらず仲間が救出に来たところを虐殺する……もはやどちらがモンスターか知れたものではないが、こうして積み上げられたグレーターデーモンの屍の数が通算四桁に達することは珍しくもない(※5)。

※4:四匹で現れた蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)を前衛が一人一殺する間に戯れに唱えた静寂(モンティノ)が効いちゃったから今日は予定を変更して養殖しよう、という話はまれによくある。
※5:撃破数で上回る可能性があるのは、Aボタンを物理固定して放置するという後のBOTの走りみたいな稼ぎ方ができるマーフィーズゴースト先生くらいである。

悪魔王(アークデーモン)
 ……初見がLOLだったプレイヤーなら、なんか弱っちくて影薄いんだよなあという作者の素直なイメージに共感して貰えると思います。
 蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)より上位の魔力系魔法と、おまけに信仰系魔法までつかいこなす高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだが、呪文無効化率は低いのでLOLではお休みの蒼鬼獣魔(グレーターデーモン)の代わりに養殖相手として選ばれることもある。

大凍(マダルト)
 魔力系第五位階魔法(様式美)。
 位階が上がる毎に順調に強くなってきた攻撃魔法であり、次の位階では普通の攻撃魔法が存在しないことも合わせて、最大の攻撃魔法である爆炎(ティルトウェイト)を覚えるまでの主力となる魔法。爆炎(ティルトウェイト)を覚えてからも、貴重な第七位階の魔法使用回数を節約する為の代替手段として出番は多い。設定上は凍てつく冷気の嵐を起こす魔法であるが、Wizでは属性の概念が薄いため、相手の属性防御力によって使い分けるという意味はない。

窒息(ラカニト)
 魔力系第六位階魔法(ry)。
 効果範囲中の酸素を消滅させ範囲内の敵を窒息させる即死魔法であり、通常のダメージを与える攻撃魔法とは処理が異なる。酸素を奪うという説と空気を奪うという説があるが、真空状態の処理が入ると考えるのが面倒なので酸素説を採用。
 言ってしまえばザラキなのだが、ザラキよりはあてになるのでそんな言い方は失礼か。この呪文の大きな特徴として、この呪文を覚える頃にはそれを持ったモンスターがぽこじゃか沸いてくる、呪文無効化能力を無視できるという特性がある。要するに通常の攻撃呪文を無効化する敵にも即死判定が入る。ただ、即死系呪文というのは敵が使うと厄介極まりないが、味方が撃っても無傷で残る数体が必ず出るために、決定力に欠ける印象があって不憫である。

爆炎(ティルトウェイト)
 魔力系第七位階魔法(ry)。
 Wizardry作中最強の攻撃力を誇る全体攻撃呪文。
 敵の中心で核融合爆発を引き起こして全体に大ダメージを与えるという物騒な設定があったりするが、放射線による二次災害などが起こったりする心配はない。爆発なのだから火属性かと思いきゃ、立派な無属性攻撃である。前述したようにWizに属性の概念は薄いので意味はないが……このSSではルプーがユリに当然の如くかけていた、火属性無効化(エネルギーイミュニティ・ファイヤー)を貫通するという点でおおいに意味があった。
 ともあれ、呪文による攻撃の威力は作中最強のこの魔法を覚えた時点で打ち止めである。以降はレベルを上げて物理で殴る前衛職にぐいぐいと追いつかれ追い抜かれ引き離されていく運命にあるが、前衛職の攻撃はあくまで単体対象なのでまあそこまで悲嘆に暮れる必要はないだろう。

透明(ソピック)
 魔力系第二位階魔法(ry)。
 使用者の体を透明にすることでACを4下げる防御呪文。
 ただし、他人にかけられない為、後衛の魔法使いが自分のACを下げることに意味はなく、戦士でもある侍が前衛で唱えたところで、元々防具で十分なACを稼いでいるのにわざわざ行動を消費するほどの価値があるかというと……

《ワードナの事務所》
 AM9:00~PM3:00という一見ホワイトな労働環境に見えて、その実態は二十四時間態勢でワンオペ在室中であるという、ブラック極まりない引き籠もりの巣。
 実際には時間ではなく「ワードナを倒した証」(魔除けor階級章)の所持を判定しているだけであり、二度は謁見できないシナリオボス感を演出している。


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