Ainzardry   作:こりぶりん

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 ワードナだと思った? 残念、ダイアモンドドレイクでしたー!!

 ……なに、最下層は地下十階じゃないのかだって?
 ワードナの玄室の下には世界の真実に迫る秘密を隠した地下十一階が存在するのだ。



最下層:大魔導師アグノモン

「……えーと、アイン――」

 

「お待ちなさいルプーッ!?」

 

 ばちーん。

 考え無しの台詞を吐こうとしたルプスレギナの頬をナーベラルが引っぱたいてそのまま挟み込んだ。何処かで見たような光景である。涙目になって無言の抗議をするルプスレギナを無視して、ナーベラルが代わりに口を開いた。

 

「ええと、アグノモンさ――ん。この地下迷宮はここでゴールということでしょうか」

 

 大魔導師アグノモン――改め、魔導王アインズ・ウール・ゴウンは仮面の下で苦笑した。

 

「ああ、いや……私の気配が見えるお前達につまらぬ猿芝居を強要して済まないな。詮無き遊び心は終わりにしておこう、アインズでいいぞ」

 

 そう言って変な仮面をあっさりと外したアインズの言葉を聞き、これでは完全に殴られ損だとルプスレギナがジト目で睨んでくるのを、ナーベラルは目を逸らして誤魔化した。

 

「最下層の親衛隊(ガード)達を始め、予定より端折った部分は多いが……この迷宮のテストプレイとしてはまさしくこれでお終いだ。ご苦労だった――と言いたいところだが」

 

 労いの言葉を受けて一礼しかけた一同が、その台詞に怪訝そうな顔を向ける。アインズはコホンと咳払いをしていった。

 

「ここに控えるのは本来ダンジョンのラスボスだ。そこで私も、お前達にひとつ最後の試練を出そうと思う。私と戦闘(ゲーム)をしようではないか」

 

「ゲーム、でございますか?」

 

 ソリュシャンの相槌に、アインズは頷いた。

 

「実戦ではない、戦闘訓練だと思って貰いたい。私とお前達の模擬戦だ」

 

 勿論、レベルがアインズの半分しかないプレアデス達が、一対六だろうとまともにぶつかってアインズに勝てる道理はない。そもそも、シモベですらあれほど戦うのを嫌がったプレアデス達が、徒にアインズに刃を向けることを肯んじる筈もなかった。

 尤も、()()ということであれば話は別だ。先程も確認したように、シモベ達が持つアインズに対する敵対行為への拒否反応には抜け道が存在する。そのための模擬戦である。

 

「ルールは簡単。ひとつ、私にダメージを通せば、その時点でお前達の勝ちだ。どうせお前達の攻撃の九分九厘は私に届かぬ、遠慮せずにかかってきて良いぞ」

 

 アインズが常時展開する下位レベルの攻撃を無効化するバリア――「上位物理無効化Ⅲ」と「上位魔法無効化Ⅲ」を突破できるレベルの攻撃は、プレアデス達のレベル帯では殆ど存在しない。ほぼ唯一に近い例外が、ナーベラルないしはルプスレギナの操る高位階の攻撃魔法であり、それをどうにかして私に当ててみせろ、アインズはそう言っているのである。

 

「ふたつ、お前達が全員行動不能になればそこでお前達の敗北だ。無論それなりに加減はするし、ハンデとして殺すのではなくあくまでも行動不能にする。逆に、万が一お前達をうっかり殺してしまった場合は私の敗北――お前達の勝利と見なすことにしよう」

 

 そもそも可愛いお前達を殺すとか、考えたくもないからな。そう言って腕を組むアインズに、プレアデス達は感激して頭を下げた。

 

「勿体ないお言葉です、アインズ様。……つまりは私達に、最後に稽古をつけてくださるということでしょうか」

 

 ユリが両手を胸の前で握りしめてそう言うと、アインズはうむと頷いた。アインズの狙い通り、模擬戦ということならばアインズに害を与えることに対する拒否反応は働かない模様である。

 

「そう理解して貰って結構だ。そして、お前達の頑張り具合に期待させて貰うための朗報だ。万一勝利条件を満たしたときは勿論、全滅まで何秒耐えられたかによって褒美を出そうではないか。内容はお楽しみだ……でもまあ、先程お前達を釣ろうとした思い出話とかもいいかもしれないな」

 

 先程の話とは、至高の御方々の思い出話をしてやろうかと言ったことに他ならぬ。その言葉を聞いて表情が引き締まったプレアデス達の顔を見て、アインズは満足そうに頷いた。

 

「――やる気が出たようで何よりだ。では、準備ができたら教えてくれ」

 

「はっ、少々お待ちください」

 

 プレアデス達は視線を交わして頷き合った。この期に及んで言葉は要らぬ。そのまま思いつく限りの強化魔法(バフ)をかけていく彼女らの様子を、椅子に腰掛けたアインズは黙って見守る。

 

「お待たせ致しました、アインズ様。準備が整いましてございます」

 

 ピーカブースタイルの構えを取ったユリがそう宣言すると、アインズはゆっくりと玉座から立ち上がる。その一挙手一投足を六対の眼差しが凝視するのを感じながら、口を開いた。

 

「うむ……では――」

 

 アインズが杖を構えると、ナーベラルがその姿に魔法を行使しようと自身の杖を向け――

 

 <魔法無詠唱化(サイレントマジック)()時間停止>(タイムストップ)

 

 次の瞬間、背後に現れた至高の御方の気配に息を呑んだ。

 

「始めるとしようか――<石化>(ペトリフィケーション)

 

 その呪文を聞いた瞬間、ナーベラルは背中に当てられた主の手から伝わり、己の心臓を止めて全身に広がっていく冷気の感触に身を震わせ――石像となって完全に沈黙した。

 アインズが自身で提示した条件を考えると、まず危険なのは当然ながらナーベラルであり、次いでルプスレギナとなる。この二人はそれぞれ、<上位魔法無効化Ⅲ>を突破しうる高位階の魔力系・信仰系の攻撃魔法を習得している。両方同時に動かれるとかなり面倒なことになるので、開幕直後の時間停止からナーベラルを封じさせて貰った。勿論、ルプスレギナの方を封殺すればそのままゲームオーバー半歩手前まで持ち込むことが可能だが、別に彼女達を問答無用で蹂躙することが目的ではないので初手はこのくらいが妥当なところだろうとアインズは考える。

 

<不死者の接触>(タッチ・オブ・アンデス)

 

 アインズが呪文を唱えると、黒い靄が骨の手を覆った。毒や麻痺等の状態異常をもたらすこの魔法を準備しておくことで、接近戦に来るプレアデス達を牽制することができるだろうと考えてのことである。

 

(さて、ここからどうする?)

 

 セオリーから言えば、ルプスレギナがナーベラルを治療することになるだろう。その間の時間稼ぎとして他の姉妹がアインズには通用しない攻撃を放ってくるだろうか? それとも、どのみち地力が違いすぎるのだ、一か八かの短期決戦を狙ってルプスレギナが仕掛けてくることも警戒しておかねばならない。

 

<吹き上がる炎>(リトカン)

 

(ほう……?)

 

 だが、アインズの予想は外れ、ルプスレギナがアインズの防御を突破できぬ攻撃魔法を放った。アインズの足下から炎が吹き上がり、火柱となってそそり立つ。対応すべき攻撃へ対処する余力を残しておきたいアインズとしては、スキルで無効化できる攻撃魔法に対応する必要は無いものと考えてそれを無視する。

 アインズがルプスレギナに接近戦を仕掛けるため踏み出そうとしたその瞬間、銃声が響く。空気を切り裂いて飛来した銃弾が、アインズの足下、足ではなくそれが踏むべき床をえぐり取り、空を踏みしめたアインズは思わずたたらを踏んだ。

 

(む……!)

 

 アインズにダメージを与える手段を持っていないとしても、それがこの場に於いて何も出来ないことを意味するわけではない。ユグドラシルであれば破壊不能オブジェクトであった床面も、現実化したこの異世界においては容易く変えられる地形である。足場を破壊してアインズの体勢を崩そうとする試みにまんまと引っかかりながらも、アインズの顔には思わず笑みが浮かんでいた。

 

(その調子だ、なかなか考えているではないか)

 

 ユグドラシルではありえない戦法を取ること、それ自体が彼女達が今まさに知恵を絞っているその証である。アインズにはそれが嬉しく誇らしい。自身を未だ包む火柱も、攻撃することが目的なのではなく、視界を塞ぐことが目的なのだろう。単純に強い魔法で攻撃しても防がれるだけだと理解していて、手順を踏もうとしているのだ。

 アインズが姿勢を直す間に、アンデッドが走り寄ってくるのを視覚に依らない己のスキルで検知する。当然、プレアデスの中で唯一のアンデッドであるユリだろう。

 

(タンクであるという以前に、アンデッドであるユリならば、私の<不死者の接触>(タッチ・オブ・アンデス)によってもたらす状態異常に耐性があるからな。ユリが来るのは正しい判断だ。しかし間違ってもいる。私はスキルによりアンデッドの居場所を探知することができるから、視界を塞がれていても不意を突くことは出来ないぞ)

 

 とはいえ、<不死者の接触>(タッチ・オブ・アンデス)ではユリを止めることは出来ないため、別の手段を用いる必要がある。アンデッドであるユリにも通じる状態異常と言えば、やはり石化だろうか。先程ナーベラルに使用したのと同じ魔法を準備し、迫ってくるアンデッド反応に対して突きつける。

 

<石化>(ペトリフィケーション)

 

 魔法が放たれるとほぼ同時、吹き上げる火柱の効果時間が終了して火勢が弱まり、アインズの視界が回復する。最初に目に映ったのは、真正面まで迫ったアンデッドの石像であるのは予想通りだった――その姿が、ユリ・アルファとは似ても似つかぬ下級動死体(ゾンビ)のものであることを除けば。

 

「――はぁ!?」

 

 アインズの口から驚きの叫びが漏れる。正面に抱きかかえていた石像を放り出し、その背後から飛び出してきたユリの姿を目にしてようやくアインズにも合点がいった――ルプスレギナの<不死者創造>(クリエイト・アンデッド)動死体(ゾンビ)を呼び出し、盾としたのだ。視界を塞いだのも、アインズがスキルでユリを探知するのを見越した上で、重なったアンデッド反応を誤認させるためだったのだ。<吹き上がる炎>(リトカン)を放った後は、さすがにルプスレギナはナーベラルの治療に向かうだろうとアインズが思い込んでいたことも、結果から見れば良い目くらましになっていたと言える。勝利条件上の二本柱の一つであるナーベラルを捨てて攻撃に走るとは、大胆すぎてアインズには未だに信じられないのだが。

 

「ご無礼します、アインズ様!!」

 

 そんな思考がアインズの脳裏を千々に乱した刹那、低い姿勢からタックルを仕掛けたユリが、アインズの腰に抱きついた。正面から組み付いたと思ったその瞬間、切り返し(スイッチバック)でアインズの背後に回った鮮やかな体捌きは、一瞬状況を忘れて見惚れてしまう程であったが、当然彼女はそこでは止まらない。

 

「どっせーいっ!」

 

 ユリが背後からアインズの腰に腕を回して両手をクラッチすると、そのままブリッジの要領で反っくり返った。これは、ジャーマンスープレックス・ホールド――! 半回転する自分の視界を眺めながら、アインズはまるで他人事のような感慨を抱いた。それなりに衝撃を受けた感触と共に視界が激しく揺れたのだが、無論アインズに一切ダメージは入っていない。有効な殴打属性の範疇に含まれる攻撃ではあるが、アインズのスキルを突破するほどのレベルが無いのだ。

 とはいえ彼女もそれは重々承知、ここまでの一連の流れは全て、アインズを拘束することが目的である。さてここからどう反撃するか――そのような思案を巡らす逆さになったアインズの目に、さらに予想外の光景が飛び込んでくる。

 

「ナーベラル……!」

 

 ソリュシャンに抱きすくめられたナーベラルが、石化を治療されたところであった。ソリュシャンが所持する<大治癒>(マディ)巻物(スクロール)を発動させたことは想像に難くない。光景から逆算すればそのことは明らかであったが、実際に目にするまでは、アインズにとってその可能性は意識の外にあった。ソリュシャンが持つ回復の巻物(スクロール)は、パーティーの回復役(ヒーラー)であるルプスレギナに変事があった時用のとっておきだという思い込みがあったからである。彼女達も、そんなことは言われずとも分かっている。あえて、アインズの意表を突くために役割をずらしたのだ。その行為にどれほどの価値があったのかは、こうして結果が示している――虚を突かれたアインズが天地を引っ繰り返っているそのざまが。

 目の焦点が合ってきたナーベラルの耳元でソリュシャンが一言囁くと、ナーベラルはアインズの方を視認して素早く頷いた。離れた所で杖を構えるルプスレギナと二人、魔力が集まっていくのを感じる。これはいかんと、アインズは自分が使用すべき魔法を考えながら身を起こそうとする。

 

「へぶっ」

 

 ばたばたばた。

 その時、風を切って飛来した大量の札が、アインズの顔に張り付いた。思わず変な声を上げたアインズの視界に広がるのは、エントマがばらまいた<禁呪符>。沈黙の状態異常を与え詠唱を妨害する効果をもつサポート札だが、レベル的にも耐性的にも、アインズに効果を発揮するかどうかは心許ない物がある。

 

(無論、ここで俺の詠唱さえ封じてしまえばあの二人の魔法で決着がつくわけだが――そうなれば御の字だが、ならずとも構うまい。これは囮だ)

 

 アインズは冷静に視界の隅に映る蜘蛛の糸を見つめた――某覆面蜘蛛男の如く、エントマの手首から発射されてユリの背中に張り付いた釣り糸を。二人の攻撃魔法の範囲からユリを釣り上げて救い出し、アインズを挟み込む算段だろうが、そうはいかない。

 

(むしろ、本気でやるなら死なない程度にユリごと巻き込むべきだったな――その加減は見極めが難しいし、姉ごと攻撃するのを躊躇するのもまあ分かるが)

 

 その判断ミスには大きな代償を支払わねばならないな。アインズはそう胸中で呟くと、素早くユリの足に己の足を絡めて引き寄せると、彼女の体をがっちりと抱きしめた。エントマによって釣り上げられようとしていたユリの体が、想定外の負荷に引っ張られて床面を滑る。

 

「あ、ああああアインズ様ッ!?」

 

「ユ、ユリ姉!」

「姉様!?」

 

 予想外の事態に仰天し、素っ頓狂な叫びを上げるユリの声を聞き、ナーベラルとルプスレギナが動揺する気配がした。アインズを姉ごと吹き飛ばすだけの決断が咄嗟につかないのだ。特に、風属性の魔法を使うつもりのナーベラルはまだしも、聖属性の攻撃魔法を使う腹づもりだった筈のルプスレギナは、まかり間違えばユリに致命的な痛打を与えかねない。

 

「ルプー、ナーベ! 構わず撃って!!」

 

 焦ったユリが自分ごと撃てと叫ぶも、既に手遅れだ。<中位アンデッド創造>のスキルにより呼び出された死の騎士(デス・ナイト)がアインズの側、虚空に現れる。着地と同時にアインズと距離を取りながら身の毛もよだつ咆吼を上げた。

 すると、それに遅れること数瞬、ルプスレギナとナーベラルが唱えた攻撃魔法が死の騎士(デス・ナイト)に引きつけられる。二人の顔に、しまったという悔恨の表情が浮かんだ。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)()上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)

 

 天から――地下迷宮なので天井からだが――落ちてきた光の柱が死の騎士(デス・ナイト)を呑み込み、静謐な青い光が周囲を照らし出す。その全身をボロボロに崩し、白煙を上げながらも一撃では決して死なない特殊能力により踏ん張って耐えた死の騎士(デス・ナイト)に、ナーベラルの生み出した竜巻の刃が襲いかかり、今度は間違いなく彼の息の根を止めた。それらの攻撃の余波は、ある程度距離を取ったアインズと彼が抱きしめたユリのもとまでは殆ど届かないが、それでも念のために立てた魔法の壁により、そよ風程度の僅かな干渉さえ遮断された。

 

「さて――それではそろそろ反撃と行こうか」

 

 アインズは、足を絡め合ったユリの顔を覗き込んでそう宣言する。ユリの頭に手を添えて、ローブをはだけて中身を露出した胸元に強く押しつけた。

 

「ああああアインズ様ッ!?」

 

 たちまちユリの顔がアンデッドらしからぬレベルで紅潮するが、それには構わずユリの首の後ろに手を回し、彼女の首を固定するチョーカーの留め金を外した。ぽん、という擬音と共に彼女の首を胴体からもぎ取ると、状況について来れていないユリの頭部を――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

 プレアデス一同が、目の前で展開される光景に硬直する。アインズが首を失ったユリの胴体から腕を放して立ち上がるのを愕然として見守る中、はだけたローブの前を合わせて闇に覆われたアインズの体の中からくぐもった悲鳴とも嬌声ともつかぬ声が漏れ出てきた。

 

「あわ、あわわわわ、アインズ様、骨が、ボクのおでこに、ほっぺに食い込んで、うなじに当たってるのは背骨!? これは肋骨、それとも鎖骨!? 不遜、いや不敬、でも素敵な肌触りがすべすべでさらさらでうぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ」

 

「ユリ姉様ッ!? なんてうらやま――ではない、これは……!」

 

 思わず本音が出かけたソリュシャンが息を呑んだ。首元の断面を真っ赤に染めてくるくると回り出したユリの胴体を見るまでもなく、今の状況が示す事実を痛感したからだ。すなわち、ユリの五感はアインズの奇策により完全に遮断されたし、ルプスレギナがどんな治癒魔法を行使しようとも状態異常ではないそれを治すことは叶わないと。

 

(これでユリ姉様は完全に脱落――流石はアインズ様、どうにかして隙を作らなければ――)

 

 ソリュシャンは素早く頭の中で戦術を再構築する。ルプスレギナかナーベラルの攻撃魔法を当てる。その為にはアインズを拘束する必要がある。残存戦力、特に自分ができることで真っ先に思いつくのは、至高の御方を己の体内に格納してしまうことである。ナーベラルが竜巻を設置した後にそこ目がけて排出してもいいし、聖属性は粘体(スライム)の自分にはそれほど有効ではないので、いっそそのまま撃ち込んで貰っても構わない。

 問題は、攻撃魔法を当てるために拘束するにしても、拘束するためにもまた別の隙が必要となるということである。しかもアインズ側のアクションを引き受ける役のユリが欠けた状態で、それをカバーする為の方策を打ち合わせる時間もない。

 

(とりあえず、私が近づけばアインズ様はその狙いを看破して間合いを取ろうとなさる筈。そこに妹達(エントマかシズ)によるなんらかのフォローを期待……)

 

 そこまで考えて、ソリュシャンははっとした。アインズをどうにか拘束したところで、中のユリを取り出さねば攻撃することもままならないではないか。無論、アインズが示した条件に従えば、ユリが死んだ場合はアインズの敗北になるので、彼がユリを盾にするようなことはないだろうが……だからといって自分たちが姉を巻き込んで攻撃できるかと言うのは別の話だ。

 思い悩めばそれだけアインズ側の行動を許すことになる。考えがまとまらぬまま、ソリュシャンは自分がアインズのリアクションを制限すべく行動を開始した。滑るような足取りで両手を広げアインズに躙り寄る。アインズは両手を大きく広げて捕まえる姿勢を見せたソリュシャンを見ると、それだけで彼女の狙いを看破し、その手から逃れるために後退――はしなかった。

 

「――あ、アインズ様!?」

 

 逆にソリュシャンを迎えるかのように自分も手を広げて彼女の接近を待ち受ける体勢をとったアインズを見て、ソリュシャンは動揺した。未だその手を覆う黒い靄――<不死者の接触>(タッチ・オブ・アンデス)によって自身を仕留める気か。そう判断するも、ならばアインズが自分に触れる前に体内に収納してみせよう――瞬間的にその様に決断して、ソリュシャンはアインズを己の体内に取り込むべく抱きつこうとした。

 

<氷の棺>(アイス・コフィン)

 

 突き出された手を躱して、ソリュシャンがアインズを包み込もうとした瞬間、アインズの魔法が発動する。その手から爆発的に冷気が広がり、ソリュシャンは為す術もなく自身が凍り付いていく様を見守った。あっという間にそびえ立つ氷の柱が出来上がり、ソリュシャンはその中に閉じ込められ動きを完全に封じられた。

 

「ソーちゃん!」

 

 ルプスレギナが叫ぶ間にも、素早くアインズが彼女の方に向き直り、姿勢を低くして突進する。えっという表情になったルプスレギナが引きつった顔で聖杖を構えるも、その先をどうすればいいのか本人にも判然としない。たとえそのごてごてとした鈍器をフルスイングでアインズの頭に叩きつけたところで、ダメージが抜けることはないのである。それでもとりあえず、アインズが伸ばしてくる状態異常付きの手を払おうとするが――

 

<睡眠>(カティノ)

 

「へ?」

 

 突進してきたアインズが真横に突きだした左手から横方向に魔法を放つのを眼前にし、ルプスレギナの口があんぐりと開いた。思わずアインズが伸ばした手の方向を見ると、可愛らしくこてんと引っ繰り返って寝息を立て始めるエントマの姿が目に飛び込んでくる。自分に向かってきたのはフェイクである、そう理解したルプスレギナが我を取り戻したときには、アインズの右手が自身の首まで迫っていた。

 

「アイ――ぐぇっ」

 

「お前もここまでだな、ルプスレギナ。――麻痺」

 

 喉輪の要領で首を圧迫され、呻き声を上げるルプスレギナに対し、アインズの無慈悲な宣告が下される。<不死者の接触>(タッチ・オブ・アンデス)の魔法効果により、ルプスレギナは麻痺してその四肢から力が抜けた。その場に崩れ落ちようとする彼女の体に両手を差し込んで素早く抱き起こすと、アインズは荷物でも運ぶようにルプスレギナの体を持ち上げて肩の上に乗せた。

 

「ルプー……!!」

 

 叫びながらも、ナーベラルは必死で思案を巡らせる。アインズが麻痺させたルプスレギナを担ぎ上げたのは、彼女を自分の攻撃に対する盾とするつもりであろう。彼女を抱えられたままでは、アインズにダメージを通せる程の強力な攻撃魔法を使うことはさすがに躊躇われる。瞬く間に姉妹達を戦闘不能にされ、ここから逆転するほどの手が簡単に思いつくはずもなかった。とりあえず、眠らされたエントマを起こすべきか――

 ナーベラルが惑乱する間にも、アインズは待ってはくれなかった。担ぎ上げたルプスレギナの襟首をひょいと片手で掴み上げると、その場で軽く勢いをつけ、野球のボールでも投げるかのようにナーベラルに向けて投げつけた。彼女を盾にすると思っていたナーベラルは虚を突かれて一瞬硬直し、我に返ると慌てて両手を広げて腰を落とし、ルプスレギナを抱き留めようと待ち構える。

 

<上位転移>(グレーター・テレポーテーション)……姉に優しいのは見ていて微笑ましいが、それも場合によりけりだ」

 

「ア、アインズさ――」

 

 飛んでくる姉の体を全身で受け止めた瞬間、転移魔法で背後に回ったアインズがナーベラルに声をかける。彼女の驚愕を示すかのように、ポニーテールがぴんと跳ね上がった。そんなナーベラルの体を背後から抱きしめると、再び彼女の肉体の自由を奪うべく宣告する。

 

「麻痺」

 

 ナーベラルの瞳から光が失せ、口が半開きになってポニーテールがしおしおと垂れ下がる。姉に続いてその体から力が抜けていくのを、アインズは両手を使ってそれぞれルプスレギナとナーベラルが勢いよく倒れ込まないように支えてやると、二人の体をそっと床に横たえた。

 

「さて……シズよ」

 

 いつの間にか潜伏して姿の見えないシズに呼びかける。不可視化の魔法が込められたマフラーと潜伏技能を併用してその位置はアインズには窺い知れないが、部屋の何処かでシズが息を呑む気配がした、ように思われた。

 

「残るはお前だけだが――どうする? ……正直に言うと、私は今お前の現在位置を把握できていない。それはお前のアドバンテージだ」

 

 居場所が分からないので、適当に周囲を見回しながらアインズは喋り続ける。

 

「だが、アドバンテージはそれだけだ。私が知る限り、私にダメージを通すという勝利条件を満たせる手段の持ち合わせはお前には無い筈だ。……私の監視をかいくぐってルプスレギナかナーベラルの麻痺を治療する手段およびその方策について持ち合わせがないのならば、手詰まりというやつだ。逆に言うと、ここで投降しないのならば、私にすら秘匿されていた隠し球の切り札を見せてくれるものと期待させて貰うぞ?」

 

 沈黙が場を満たす。アインズは言いたいことを言い終えると、黙ってシズの結論を待った。その間も彼女の不意打ちを警戒し、決して油断はしない。程なく、シズが透明化の魔法を解除し、マフラーを弄りながらとぼとぼとアインズの眼前に歩み出てきた。

 

「…………お手上げ。投降、しますアインズ様」

 

「……そうか。ご苦労だったな、シズ。そしてお前達」

 

 アインズは頷くと、シズの頭に手を乗せて優しく撫で回した。シズが目を閉じてその感触に身を委ねる。かくて、ここに戦闘は終結した。

 

 

 




《ダイアモンドドレイク》
 糞開発(ボク)の考えた最強の敵キャラ。プレイヤーは死ぬ。13レベルで一人前(マスターレベル)と呼ばれるゲームで推奨レベルが2000オーバーの時点で間違いなく頭がおかしい。
 ル・ケブレスの様にシステム上の無敵を付与されているのは甘え。あくまで理論上は撃破可能な隠しボスの実力をもってプレイヤーをねじ伏せるのがRPG界王者の誇りであり嗜み。
 類義語:真・緋蜂改、人界に潜む闇の魔物etc。

石化(ペトリフィケーション)
 Wizardryにおいて、プレイヤーが敵に石化の状態異常を与える方法は初期三部作には存在しない。その手段は、#5において追加された新呪文、敵にランダムな状態異常を与える攻撃魔法:虹色光線(バスカイアー)混乱の場(マウジウツ)の登場を待つ必要があった。

塔炎(リトカン)
 信仰系第五位階魔法(ry)。
 複数の敵(1グループ)の足下に火柱を発生させてダメージを与える、僧侶系には貴重な攻撃呪文。
 ただし例によって信仰系魔法は回復魔法とリソースを競合する。第五位階では特に大治(ディアルマ)と被るのが痛い。第五位階には他にも一応復活(ディ)という蘇生呪文があるが、こちらは存在自体がゴミなので気にする必要は無い。

快癒(マディ)
 信仰系第六位階魔法(ry)。
 Wizにおける究極の回復魔法。死亡未満の状態異常を全て治癒し、HPを全快する。
 まず、石化の状態異常を回復できるのはこの魔法だけであり、それ以外は帰還して寺院に行く(寺院の坊主に代わりに快癒(マディ)を唱えて貰う)しかない。
 そして、HPの全回復である。一段下の大治(ディアルマ)が8d3の回復量であるのに対し、快癒(マディ)は全快。これは、仮に最大HPが四桁を越えたキャラの瀕死状態に使うなら大治(ディアルマ)の百倍を越える性能を持つと言っても過言ではない。
 快癒(マディ)が切れたら帰還。むしろ切れる前に帰れるよう慎重に。それが冒険者のセオリーである。覚える前? せいぜい慎重に頑張ってね。

氷の棺(アイス・コフィン)
 ググるとテイルズばっかり出てくるけど、元ネタはSWに出てきた精霊魔法。
 対象を氷の柱に閉じ込めて拘束し、強制的に冷凍睡眠(コールドスリープ)させる強力な魔法である。ポケモン的に言えばこおり状態。スライムって麻痺するのかなあと不安になったのが導入の主要因。石化でいいだろとか言うのは禁句。

仮睡(カティノ)
 魔力系第一位階魔法(ry)。
 敵集団を眠らせ、行動不能にする支援魔法。
 所詮単体攻撃でしかない、同位階の小火(ハリト)より余程使い出がある魔法。敵集団との遭遇時に前衛がタコ殴りにされるのを防ぐことができるので、特にPTが弱いうちは重宝する。便利すぎて遺失呪文扱いされていた異世界があるとかないとか。


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