Ainzardry   作:こりぶりん

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 当然要るだろう部分の描写を積んでいくだけで
 仕込み部分が長くなーるー。



2F:謁見

「……お久しぶりです、“蒼の薔薇”の皆様」

 

 口調だけは丁寧に。硬質な態度と無機質な表情で、二つ名に相応しい完璧な美貌の持ち主である少女は、部屋に招き入れられた後そのように挨拶をした。記憶にあるのと寸分違わぬ彼女の無愛想ぶりを、一同は苦笑で迎えた。

 

「あなた達が王都を去って以来の再会になりますね、ナーベさん。それで、こちらにはどのようなご用件で?」

 

 ラキュースが当然の疑問を問いかけると、ナーベラルは無表情にその顔を見返して言った。

 

「それはこちらが伺いたいことですが……エ・ランテルにはどのようなご用件でいらしたのでしょうか、“蒼の薔薇”の皆様。いえ、今答えて頂く必要はありません。その辺りの話をするために、モモンさ――んが皆様との対話を希望しておられます。可能であれば今すぐにでも共においでいただきたいのですが、いかがでしょうか?」

 

「モモンさ――いや、モモン殿が私に会いたいと!?」

 

 がばと身を乗り出した仮面の魔法詠唱者(マジック・キャスター)を、呆れたようにガガーランが引き戻す。

 

「お前じゃなくて、俺たちとな。……どうする、リーダー?」

 

「どうするって……こういう場合……」

 

 到着早々の反応の早さはなんなのか、問いただしたい気持ちは有ったが。結局のところ、目の前の女性はメッセンジャーに過ぎないのだから、彼女の言うとおりモモンと会った方が早いのだろうか。その様に逡巡するラキュースの様を見て、ナーベラルが言葉を付け足した。

 

「急に言われても都合が悪いということであれば、改めて出直しますが……いつなら対応可能か、教えて頂けると助かります、リキュール――さん」

 

「……は?」

 

 台詞の最後の部分でなんだか妙な単語が聞こえた気がして、ラキュースは聞き間違いかと眉根を寄せた。そんな彼女の反応を見てどう思ったか、ナーベラルがコホンと咳払いをする。

 

「失礼、ええと……ラリュースさん?」

 

 改めて口に出された謎の固有名詞に、唖然とする本人よりもむしろ周囲の方が反応した。

 

「って、誰だよおい」

 

「もしかして……ボスの名前覚えてない?」「これはひどい」

 

 口々に囃し立てる蒼の薔薇の面々の台詞を、表面上は丁重に無視したナーベラルであったが、その耳が僅かに赤く染まっているのを目聡く見つけたガガーランがにやにやと笑って言った。

 

「ん、なんだお前さん。もしかして人名覚えるの苦手なのか? 俺っちの名前言えるかい?」

 

 その言葉を受け、ナーベラルはガガーランを睨む。僅かな逡巡の後に、口を開いた。

 

「……ガ……ガガーリン?」

 

「んー、惜しいっ!」

 

 名前を間違えられても気を悪くした様子もなく、ガガーランが豪快に笑い飛ばす。忍者姉妹が便乗してじゃあ私は私はと纏わり付くのを心底鬱陶しそうに睨むと、ナーベラルは頭を押さえて考え込んだ。

 

「……ティファと、ティノ?」

 

「めておすとらいくー」「ばりすたー?」

 

 唸った挙げ句間違った名前を絞り出すナーベラルを、ラキュースは呆然として眺めた。少なくとも、僅かな時間で初対面の人物の名前と家柄と力関係を大量に詰め込むことに慣れ親しんだ彼女にしてみれば、ナーベラルの態度は目を疑うものがある。彼女には亡国の姫君ではないかという噂もあったが、今の醜態を目にした後では少なくとも貴族階級の人間であるとは信じられなかった。

 そのようなラキュースの思いは他所に、最後にイビルアイがやや躊躇いがちに自分の名前を問いかける。ナーベラルは長い沈黙の後、目を逸らしてこう呟いた。

 

「か……仮面の人影……」

 

「何故そこで不確定名ッ!?」

 

 イビルアイが逆上し、椅子を蹴立てて立ち上がる。肩を並べて戦った仲の私の名前を一番覚えてないとか、ちょっと酷くないか!? そのように騒ぎ立てるイビルアイを、ガガーランが押さえつけてどうどうと窘めた。ナーベラルは我関せずとばかりにツンとしており、その態度がイビルアイを益々いきり立たせるという悪循環である。

 

「はいはい、イビルアイも落ち着いてちょうだい。えーとみんな、特に不都合がある人は居ないわよね? せっかくモモンさんにお呼び頂いてるのですから、直ぐにでも話を伺いに行こうと思うのだけれど」

 

「私は賛成だ。モモンさ――んが意味もなく我々を呼びつけるようなことをするとは思えない、何か重大な用事があるのだろうからな」

 

 さま付けしそうになるのを訂正するイビルアイの台詞はまるでナーベそっくりであった。個人的な動機によりバイアスがかかっているであろう彼女の見解に内心苦笑しつつも、残る三人が特に異論もなく頷くのを確認すると、ラキュースはナーベラルに呼びかけた。

 

「ということですので、早速お伺いしようかと思います。案内をお願いできますか」

 

「――大変結構な心がけです。それでは行きましょうか」

 

 先程のやりとりは努めて無視することにしたラキュースの呼びかけに神妙に応じると、ナーベラルは一同を案内すべく踵を返したのであった。

 

 

 

 

 魔導王が居を構え執務を執り行っている屋敷の別宅に、エ・ランテルの人間としての執政官たるモモンの居宅が割り当てられているという。その別館の応接間に蒼の薔薇の一行を案内したナーベラルは、部屋の扉をノックして客人の来訪を告げると、中からの応答を確認して扉を開いた。彼女に促されて部屋の中に入った一同の視線は、応接間の椅子から立ち上がって出迎えた漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ英雄モモン――ではなく、隣の椅子に座ったままの見目怖ろしい骸骨に吸い込まれた。

 

「ま、魔導王アインズ・ウール・ゴウン……! なぜここに……!?」

 

 その禍々しい姿を目にした瞬間我知らず身構えたイビルアイが呻く。戦慄に身を震わせた蒼の薔薇の一同に、モモンが後頭部に手をやって頭を掻きながら話しかける。

 

「あー、ええと。騙すような真似をして申し訳ない、皆さん。代わりと言っては何だが、皆さんがここにいる間の安全は私が自身の全てを掛けても保証させて頂きますので……どうか魔導王陛下のお話をお聞き下さいますか」

 

 漆黒の英雄の困ったような、だが頼もしい台詞を聞き、一同の緊張がやや緩んだ。忘れていた呼吸を取り戻し、文字通り一息ついたラキュースが問いかける。

 

「ともあれお久しぶりです、モモンさん。ということは、私達と話をしたいというのはあなたではなく、そちらの魔導王……陛下の方なのでしょうか」

 

「お久しぶりです、ラキュースさん。その通り、魔導王陛下があなた方と話をしてみたいと仰ったので。陛下が直接招聘しても警戒されて来てくれないのではないかと気を回した私が、仲介の労を取らせて頂いた次第です」

 

 モモンがそう言って顔を向けると、アインズ・ウール・ゴウン魔導王が重々しく頷いた。

 

「――お初にお目にかかる、“蒼の薔薇”の諸君。私がアインズ・ウール・ゴウン魔導王である。君達のことはそこのモモンから多少なりとも聞き及んでいる。国内外のアダマンタイト級冒険者の動向には注目しているのだよ……我が国に足を踏み入れれば即座に報告が挙がるくらいにはね」

 

 成る程、それでこれだけ反応が速いのか……ラキュースは納得すると共に、下手な変装をせずに来て正解であったと内心胸をなで下ろした。

 

「これはご丁寧に、魔導王陛下。それにお耳汚しをしたようで恐縮ですわ。この国には仕事の絡みで立ち寄ることになっただけでして、そっとしておいて下さればよろしかったでしょうに」

 

 そんなことはおくびにも出さず、社交用の笑顔を表情に張り付けたラキュースの挨拶を耳にすると、アインズはふっと笑って言った。

 

「ほう、仕事で。それはどのような仕事なのか、聞いても良いかな?」

 

「守秘義務などかけようもない、見れば分かることに過ぎませんのでいくらでも。私共は、王国から魔導国へはるばる交易をしに参りました隊商の護衛を務めております。……商談がまとまるまでの間、手空きの時間に観光などさせて頂ければと考えておりますが」

 

「……ふふ、アダマンタイト級冒険者の護衛とは豪毅な話だ。我がエ・ランテルまでの街道には(ドラゴン)でも出没するのかな?」

 

 (ドラゴン)が出るとは聞いていないが、伝説級のアンデッドを雲霞の如く従えている存在なら目の前にいますけどね……アインズの探りをかけるような台詞につい皮肉を返そうとしたラキュースは、危ういところで思いとどまった。喉元まで出かかった台詞を無理矢理飲み込んで目を白黒させる彼女の様子をどう見たか、アインズは眼窩の奥に灯る炎を揺らめかせた。

 

「まあ、腹の探り合いはこの辺にしておきたいものだ。これは提案なのだが……君達さえ良ければ、私がエ・ランテル郊外に用意した件の地下迷宮『魔導王の試練場』と周辺の訓練施設を見学していかないかね?」

 

 アインズの発言に虚を突かれた一同が、身じろぎして顔を強張らせる。露骨に動揺を表情に出したラキュースとガガーランの様子を一瞥し、ティアとティナがあちゃーと口中で小さく呟いた。

 

「これはまた唐突な申し出だが……陛下は何か誤解しておいででは?」

 

 仮面の内部に動揺を封じ込めたイビルアイが立て直しを試みるも、アインズは芝居っ気たっぷりに頭を振った。

 

「勘違いしないで貰いたいが、君達が我が魔導国の冒険者組合がどのようなものであるか探りに来たことに対して私が不快感を覚えているなどという事実はない。私が近隣諸国にまで志望者の募集を行った時点で、他国の冒険者組合が危機感を覚えるのは当然のことだからな。私達と君達は言うなれば競合他社……っと、この表現は上手く伝わるのかな? とにかく、ライバル関係とも言うべき間柄だ。相手の手の内を探ろうとするのは自然の成り行きだろう」

 

「参ったね……みんなお見通しってわけかい。知謀の王として鮮血帝に唸られたという噂は伊達じゃないってわけですかね」

 

 ガガーランが大きく感嘆のため息をついた。敬語表現がかなり微妙だが、アインズは気に留めた様子もなく、聞きとがめるような忠誠心に溢れた臣下もこの場にはいな……いことになっている。“美姫”ナーベが身じろぎしたその足先を無造作に踏みつけた全身鎧(フルプレート)の具足は、対面に座る蒼の薔薇の一同からは死角になっていた。

 

「だから、君達に便宜を図ろうというのは、君達の為というよりは私の為でもある。他国の冒険者組合とせめて消極的中立程度の関係を保つために、こちらの情報を開示する必要があるだろうことがひとつ。そして、無論十分にテストを重ねてきたとは言え、新たな実力者が挑戦したデータを確認することで訓練所としての内容を更に改良できるであろう事がふたつだ」

 

「成る程……そういう風に仰って頂ければ、妙な裏があるのではないかという不安も軽減されますわね。どう思う、皆?」

 

 ラキュースの問いかけに、蒼の薔薇の一同は頷いた。

 

「いいんじゃねえの、リーダー。むこうさんが案内してくれるっていうなら乗っとけば」

 

「……隠しておきたい事柄があるとしても、まずは相手方が広報したい情報を整理することは重要だしな。私も賛成だ」

 

「おけ」「お任せ」

 

 その様子を確認すると、アインズは満足げに頷いた。

 

「よろしい。私の方で話は通しておくから、早速明日にでも試練場の方を見学に来てくれ給え。私はこれで失礼させて貰おう、驚かせて済まなかった。モモン……後のことは宜しく頼む」

 

「了解です、魔導王陛下」

 

 モモンの返答を確認して手を振ると、アインズが立ち上がって退室する。彼の全身から撒き散らされていた超越者のオーラがその残滓を宙に溶かすと、緊張から解放された一同は大きく息をついた。

 

「……お疲れ様でした、皆さん。騙し討ちのような真似をして重ね重ね申し訳ありません」

 

 そう言って頭を下げて見せるモモンの行動に、ラキュースは慌てて手を振ってみせる。

 

「ああ、いえ。確かにびっくりしましたけど、何事もなく話は済んだわけですし、気にしてはおりませんわ」

 

「……それにしてもモモン殿。話に聞くよりは随分と魔導王に親しげな様子だな? 魔導王の暴虐を監視し、いざというときは民を守るために今の地位についたと聞いていたが」

 

 イビルアイの探りを受け、モモンは首を振る。

 

「そうですねイビルアイさん。魔導王陛下の治世を監視し、彼が民に牙を剥けばこの身を以てその前に立ちはだかる、その誓いは今も変わりありません。冒険者稼業を休業しても変わらぬこの出で立ちが、私の決意の証明のつもりです」

 

 そう言って成る程、統治者には凡そ邪魔にしかならぬ全身鎧(フルプレート)姿を示してみせたモモンに対して一同は感じ入ったように頷いた。

 勿論、実際には全身鎧(フルプレート)を脱ぐわけにはいかないからな訳であるが。後付けで考えられた言い訳だが、他人を納得させるだけの説得力は十分あった。さすがはももんさまとかなんとか呟きが聞こえた気がするが、たぶん空耳だろう。

 

「成る程、いついかなる時でもお前の暴虐を見逃しはしないぞという圧力を魔導王に示しているわけか。まさに英雄の振る舞い、感心するぜ」

 

「お褒め頂きありがとうございますガガーランさん。……ただ、幸いにしてと言うべきか。これまでの治世において、私がそのような決断を迫られそうになったことは全くありません。陛下が生者に呪詛を撒くアンデッドとして振る舞うのでなければ、私が陛下に剣を向ける理由はないですね。むしろ、もし仮にあなた方が陛下を暗殺しに潜入してきたのであれば、この剣を以て皆さんの前に立ちふさがることとなるでしょう」

 

 脅しをかけるとも言えるその台詞に、蒼の薔薇の一同がぎょっとして首を竦めた。

 

「安心して欲しい、冒険者は政治的に中立」

「そんな無謀じゃないし、そもそも依頼もないー」

 

 ティアとティナが揃って首を振るのを見て、モモンはならば結構と頷いた。そんな様子を見て、イビルアイが仮面の下で眼を細めた。

 

「ふむ……すると少なくとも現時点では、モモンさんは魔導王陛下に忠義を誓っておられるというわけですか」

 

「ええ、そうですねイビルアイさん。魔導王陛下のこれまでの統治は、誰に対しても公正であり、平等を目指しておられるように見受けられます。アンデッドは生者を憎むものである――そのような言説は偏見であるのではないか、私などは半ばそう思っていますね。亜人種、異形種、はてはアンデッドとも共存するのが魔導国の国是だそうですが、その夢物語を共有するのも悪くないかもしれないとさえ思います」

 

「そ、そうですか。アンデッドとも分け隔て無く。ほうほう……」

 

 いやに嬉しそうな様子のイビルアイを不審そうに一瞥すると、モモンは気を取り直して言葉を続けた。

 

「いずれにせよ、陛下もああ仰ったことですし。今日は宿の方で旅の疲れを癒して頂いて、明日は魔導国の冒険者組合の仕組みを見学していって下さい。まだ実際の挑戦者が出るところまで進んでいない、訓練所の地下四階あたりにも挑戦して頂けると助かります。……なに、等級的にはオリハルコン級の認定試験ですからね。皆さんであれば簡単すぎて物足りないことでしょう」

 

 やや挑発的なその台詞を耳にし、一同は顔を見合わせる。やがて不敵な笑みを浮かべたラキュースが言った。

 

「ふふ、それは楽しみですね。では、明日はよろしくお願いしますね、モモンさん。今日のところはこれにて失礼させて頂きます」

 

 そういうことになった。

 

 

 




《不確定名》
 薄暗い迷宮の中で突然襲いかかってきた小さな人影。君が今までに遭遇したモンスターの知識に照らし合わせると一見オークっぽいが、そいつは本当にオークなのだろうか……?
 ――ダンジョン内で出会ったモンスターが何者か即座に分かるなんてそんなの絶対おかしいよというリアリティ追求主義(※1)により、冒険者達が相手の正体を特定するまでの仮の呼称として振られるのが不確定名である。小さな人影、まばゆい姿、悪魔など、ぱっと見でわかる大体のカテゴリは区分けされつつ、実際には何者だこいつと推測を巡らせるのがプレイヤーの醍醐味である。たぶん○○だろうと思って決め撃ちすると足下を掬われる……かもしれない(※2)。

※1:というか言ってしまえば、TRPGにおいてモンスターと接敵すると、まず知識ロールによる識別判定をさせられることを再現しているだけだと思われる。その知識ロール自体は、上述のようなリアリティ主義から発想されたシステムなので間違いではないが。
※2:ゲーム性を追求するなら、同じグループの不確定名に性質の異なるモンスターを複数割り当てることによるn拓を迫るのが定石である。呪文無効化率95%の巨人族だと思って殴りかかったらギリメカラでしたとなればプレイヤーのトラウマになることは確実だ。でもWizardryではそこまで性悪な罠は存在せず、出現階層と数から大体は当たりをつけられるようになっている。


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