Ainzardry   作:こりぶりん

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 冷静に見直してみると設定的に不分明な点がありますが……
 アルシェが淋しがるからノリと勢いで流してやってください。



3F:受難

「おっしゃぁああああああああああ!!」

 

 ガガーランの怒号と共に振るわれる刺突戦鎚(ウォーピック)が、彼女の前に立ちふさがる骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)達を次から次へと叩き潰していく。その殆どは一撃で頭蓋から体幹中央付近を撃砕され、たまに盾を構えて一撃は耐える個体も、大きくよろめいたところを返す刀で粉砕される。

 そのようにして骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)の戦列が崩れた隙間に、ガガーランの背後から追随するラキュースがその体をねじ込んで叫びを上げた。

 

「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォオ!!」

 

 漆黒の魔剣に浮かぶ星々の輝きが唸りを上げて爆発し、後列で呪文(スペル)を詠唱していた魔法詠唱者(マジック・キャスター)達に襲いかかる。鳳龍核撃斬で言えば猛炎(ラハリト)級に達するであろう無属性の衝撃波が、骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)子鬼森司祭(ゴブリン・ドルイド)の詠唱をその生命ごと吹き飛ばした。

 

<結晶散弾>(シャード・バックショット)

 

 イビルアイの唱えた攻撃魔法が、十五連続にも及ぶ無呼吸連撃で骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)達をなぎ倒したガガーランの硬直に手を伸ばそうとした集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)の体中に風穴を開ける。本体からぼろぼろと死体をこぼしながら、集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)は大きく仰け反って唸り声を上げた。

 その間にも左右に分かれた忍者姉妹が、それぞれに駆け寄ってきた悪霊犬(バーゲスト)を返り討ちにするのを確認すると、ラキュースは声を張り上げて一同を鼓舞する。

 

「オッケー、皆! 残りはデカブツ二体と天井をかさかさしてる蜘蛛だけよ! ティアとティナで蜘蛛をお願い、他はデカブツを順に片付けましょう!」

 

「あい、ボス」

「了解ー」

 

 既に大勢は決した。ティアとティナがクナイと忍術を駆使して天井に張り付いた絞首刑蜘蛛(ハンギング・スパイダー)を狙撃する傍らで、ガガーランを先頭に突っ込んだ三人が瞬く間に集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)を解体していく。

 集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)を死体の山に分解し終えると、残った死体に聖水をかけて焼き払いながらラキュースは深い手傷を負った仲間が居ないことを確認して安堵の吐息を吐き出した。

 

「ふう……どうにか片がついたわね。ガガーラン、治療するからこっちに来て」

 

「ああ、よろしくリーダー。一応キャンプ張ろうぜ、実際便利だからなこの魔道具」

 

 先頭に立って攻撃を引き受けたガガーランは無傷とは行かないが、その傷は浅手である。大した被害もなく激戦を制したのは、流石はアダマンタイト級冒険者の面目躍如と言ったところである。

 

「ま、オリハルコン級の認定試験相当という話だからな……我々が手こずるようでは名が廃るというものだ。それにしても、オリハルコン認定前……ミスリルの冒険者チームには辛くないかこのモンスターの群れは?」

 

「……同感、ギリオリハルコンだとちとキツイかも」

「管理者の設定ミスー?」

 

 イビルアイが今し方撃破したモンスターの死体を見渡してそう呟くと、忍者姉妹が同意の声を上げた。実際に挑戦して踏破した冒険者はまだ居ないという話だから、そういうこともあるでしょうねとラキュースが相槌を打つ。

 

 ただいまアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”は、冒険者訓練場の見学を堪能した後、魔導王アインズ・ウール・ゴウンの誘いに乗って『魔導王の試練場』の攻略を体験中である。アダマンタイト級の実力を持つ君達には物足りないかも知れないが、そう言いながら上層をすっ飛ばして地下四階まで案内された魔導王の態度に、よろしいならば我々の実力を見せつけてやろうと一同は奮起したものである。ずんずんとダンジョンの奥まで踏み込んで、危なげなく「モンスター配備センター」を突破してみせた実力は、なるほどアダマンタイト級の名に恥じない戦果であった。

 奥の部屋に踏み込んで無事にブルーリボンを手に取り、女性用装飾品にしか見えないそれを目にしてなんだこりゃと首を捻る一同に、どこからともなく魔導王の声が降ってきた。

 

『ふふ、お見事。流石は王国にその名を轟かすアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”。その素晴らしい実力を堪能させて貰ったよ』

 

「それはどうも、光栄ですわ魔導王陛下。……地下四階の攻略はこれで終わりなのでしょうか?」

 

『そうだな。そのブルーリボンを取った時点で、()()()()でやるべき事は完了だ』

 

 アインズの返答に、一同は安堵の笑みを浮かべる。なんだ、「魔導王の試練場」とやらも蓋を開けてみればたいしたことはなかったな……公開された情報では、魔導王の試練場は全四層である。一同が気を抜くのも無理はなく、アインズの言い方の微妙なニュアンスにも気づかない。

 

『それでだな諸君。君達の様子を見る限り、まだまだ余裕がありそうだし、さぞかし物足りなかったことだろう。……実は、このダンジョンにはアダマンタイト級の実力を持つ冒険者を想定した更なる地下が存在するんだが。……ちょっと覗いてみないかね?』

 

 猫撫で声と言ってよい優しげなアインズの誘いに、一同は驚きの顔を見合わせる。そのまま顔をつきあわせて相談するも、結論は半ば決まっている。挑戦で手にした戦利品は持ち帰って良いと魔導王直々に保証されており、実際手にしたのは他所では滅多にお目にかかれぬ魔道具の数々だ。ちょっと覗いてみるくらいなら……ここまで苦もなく宝を手にしてきたラキュース達の目の奥に、欲望の炎が灯ったのも無理からぬところであった。

 

 しかし――

 勿論、それが蒼の薔薇ご一行様の受難の始まりだったのである。

 

 

 

 

 がきんっ。

 硬質な音を立てて、ガガーランの振り抜いた刺突戦鎚(ウォーピック)が天然の装甲に阻まれる。

 

「くそ、こいつ硬えぞ!? なんとかしてくれ、イビルアイ!」

 

 いまいちダメージが通っていない手応えの悪さに、顔を顰めたガガーランが叫ぶ。

 ここは地下五階の一角。数ブロックをぶちぬく大広間に侵入した瞬間、部屋の中央からわさわさと押し寄せてきた巨大な甲虫型モンスターと戦闘に入り、“蒼の薔薇”の切り込み隊長であるガガーランは想像以上の手強さに苦慮していた。

 

「……虫には嫌な思い出がある」

「トラウマー?」

 

 無表情に身を震わせるティアの様子を尻目に、自身も前衛の一角を受け持つラキュースが焦りの叫びを上げた。

 

「部屋の奥から敵増援! イビルアイ、お願い!!」

 

「ふむ……任せておけ。昆虫種族だったのがお前達の運の尽きだ。私の魔法の威力、その身で味わうがいい」

 

 部屋の天井を支える巨大な柱の向こうから更に湧き出る甲虫たちの群れを一瞥すると、イビルアイは不敵な笑みを仮面の下に隠して一歩、敵増援の前に踏み出した。何も考えずに殺到してくるモンスターを所詮はムシケラ風情だなと冷笑すると、その手を前方に突き出して虫に対し絶大な効果を持つ殺虫剤の霧を生み出そうとし――

 

「くらえ、<蟲殺し>(ヴァーミンベイン)――?」

 

 手に集まった魔力が虚しく霧散するのを感じて愕然と己が手を眺めることになった。

 

「な――!?」

 

 仮面の下でイビルアイの口が半開きになる。魔法を発動しようとした瞬間、脳味噌の中身を引っかき回すような不快感と共に練り上げた魔力が掻き乱され散らされるのを感じた。

 何らかの妨害を受けた、しかし誰がどうやって――その様に惑乱するイビルアイは、ラキュースの警告を認識するのが遅れる。範囲魔法で薙ぎ払うつもりだったイビルアイ目がけて、殺到した甲虫たちが一斉に飛びかかった。

 

「ぬわ――――――――ッ!?」

 

 甲虫の群れがイビルアイを中心に押し固めて群がり、球状の密集隊形を作り上げたその様子は、蜂球と呼ばれる現象を彷彿とさせる。

 

 

 

 ――そんな様子を映し出す<水晶の画面>(クリスタル・モニター)の映像に、はしゃぎ声を上げて熱狂するお団子頭のメイドが居た。

 

「キャハ、キャハハ……いい気味ぃ! 行け、ボーリングビートル! 頑張れ、頑張れ」

 

「エントマ……はしゃぐのは結構だけど、万が一ボーリングビートルが優勢になるようであれば、彼女達を助けに行くことになってるのよ?」

 

 そう言って手を突き上げる妹を窘めたのは、姿勢を正してエントマの様子を見守る姉のナーベラルである。彼女の出で立ちは本来のメイド服ではなく、“美姫”ナーベの役割(ロール)を果たすときに用いる簡素な冒険者服になっていた。

 当然、その傍らには漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包んだアインズが椅子に腰掛けており、ナーベラルの肩に手を置いて笑いかけた。

 

「まあよいではないか。エントマをここに呼んだのは、翻弄される彼女達の様子を見物することで多少なりとも気が晴れればよいと思ってのことだからな」

 

 その言葉に黙って頭を下げるナーベラルを横目に、アインズはエントマに声をかけた。

 

「済まないなエントマ。このまま連中を試練場の藻屑にすることは実際容易いが、そうするわけにも行かない事情があるのだ。自己責任で挑んだ深層とは言え、仮にもアダマンタイト級冒険者チームが挑戦して未帰還という事態になれば、ようやく軌道に乗り始めた志望者を訓練して卒業させ送り出す一連の流れに水を差しかねん。だから、今回は彼女達には何が何でも無事に帰還して貰う。お前にした約束が果たされるのは別の機会になってしまうが……」

 

「いいえぇ、アインズ様ぁ。そのお気持ちだけで感激の極みですぅ。今はアイツらの醜態を眺めるだけで、溜飲を下げることにしておきますわぁ」

 

 自分に気を遣ってくれただけで感涙物である、そのように述べたエントマに済まないと再度頭を下げると、アインズは<水晶の画面>(クリスタル・モニター)の様子に視線を戻してほうと呟きを発した。

 

「……おいおい、群がったボーリングビートルを素手で押しのけたぞ。イビルアイの奴、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の癖に近接戦闘能力も随分高そうじゃないか?」

 

 お前が言うか、と言われる類の台詞であったが……消呪領域で呪文を封じられたイビルアイがあわや虫の餌になるかと思えば、無理矢理にボーリングビートルを蹴散らして脱出した様子を目にしてアインズが唸る。そのまま体勢を立て直し、這々の体で「魔封じの大広間」から逃げ出す蒼の薔薇の一行の様子を観察する。

 

「ふむ、まあこの程度の罠は切り抜けて貰わねばアダマンタイトの名が泣くな……」

 

 広間の外で、魔法が問題なく行使できることを確認するイビルアイ。なんらかの妨害機構が働いていることを仲間に説明し、広間を避けて探索を再開した。

 

 

 

 

 “蒼の薔薇”は腐ってもアダマンタイト級冒険者チームであったし、ダンジョンに配置されたモンスターの難度上昇曲線も今では最初期の設定と比較して大部控えめに下方修正されている。それほど危なげなく探索は進んでいき、安堵と共に徐々に自信を取り戻す一行であったが。

 次の事件は、地下七階の下り階段に辿り着いた時に起こった。

 半ばまで下りた所で、階段から()が消えたのだ。下からの支えによって水平を保っていた板の支えが外れ、段が崩れて45°の勾配へと変貌を遂げる。

 

「ひゃ!?」

 

 階段には手すりもなければ壁面に取っ掛かりもない。たまらず自重に引っ張られてスロープと化した元階段を滑り落ちていく一同。どうにか姿勢の上下を維持しているのは、流石は歴戦の冒険者と言ったところである。

 落ちた先に槍衾が待っている……などと言うこともなく、一行が排出された先は一辺が数十メートルにも及ぶ大広間の端であった。壁面を飾るきらびやかな装飾と、天井からつり下がるシャンデリアによって仰々しく飾り立てられた様子は、地下迷宮の中とは思えぬ場違いな豪奢さを誇っていたが、いっそ何かの皮肉めいたものを感じさせる。

 滑り落ちてくることでついた勢いに逆らわず、ホールの中に突っ込んでから減速して止まろう。彼女達がそう考えたのは無理もないと言えたが、そうは問屋が卸さない。

 

「うぉ……!?」

 

 勢いを付けて広間に突っ込んだガガーランの足が床を踏んだ瞬間、彼女の体全体が不自然に回転した。慣性ごと向きを変更されたガガーランの進行方向が真横に変わりそのまま一歩進むと、そこで再度回転をかけられる。よろめいた体を無理矢理引きずり起こされて振り回され、別方向に放たれる。勿論、ガガーランだけではなく五人全員が。それはさながら、バーテンが激しく振り回すシェイカーの中に放り込まれたかのような有様で、やがて勢いが止まって転がるように倒れ込み、床を舐めるまで存分に三半規管をシェイクされたのだった。

 

「おぇっぷ……み、みんな生きてる……?」

 

「そりゃまあ、死にはしないが……うえぇ……」

 

 “ダンスホール”と皮肉を込めて呼ばれるその大広間には、床一面に回転床のトラップが敷き詰められていた。上層では空間をねじ曲げ回されたことすら気づかぬ静かな罠であったそれが、このフロアでは回転させられたことを自覚できるような別物に調整されているのは、設置者の有情などでは勿論ない。一歩進む毎に進行方向を回転させられ踊り狂う侵入者の様子をダンスに見立てる、三半規管に対する陰湿な攻撃である。

 忍者としての特殊な訓練により耐性の高い姉妹を除き、残りの三人は息も絶え絶えによろめきながら立ち上がる。船酔いに悩まされる半病人の如き青ざめた顔で覚束なげに周囲を見回した。

 

「と、とにかく部屋の端を目指しましょう……うひっ」

 

 そう言って壁際を目指して歩き出そうとしたラキュースが、無慈悲な罠に旋回させられ、中央に向けてよろめいた。再び奇っ怪なダンスを不本意に踊った後、無様に床に這いつくばって痙攣する羽目に陥る。

 

「お、おいリーダー、大丈夫か……ぐぇっ」

 

 心配のあまり、考えなしに彼女の許に駆け寄ろうとしたガガーランが、その浅はかさの報いを受ける。一歩駆け寄ろうとする毎に向きを逸らされた彼女がぐねぐねと不思議な踊りを描く様を、残りの仲間が手をこまねいて見守る。結局ラキュースの許へも壁の端へも辿り着けずに存分に踊り狂ったガガーランであったが、残りの仲間達にとってもその醜態は他人事ではないのだ。

 

「……そうだ、イビルアイ。<飛行>(フライ)

 

「そ、そうか、そうだな。その手があったか」

 

 ティアの指摘にポンと手を打つと、イビルアイが<飛行>(フライ)を唱えて宙に浮かび上がる。ティアが背嚢の中から取りだしたロープの端を受け取ると、壁際まで飛んでいく。壁の端に降り立った彼女が保持するロープを、ティアとティナが手で手繰りながら近づいていく。流石にどれだけ回転させられようとも、イビルアイががっちりと保持したロープを物理的に手繰っていく動作の前では進むべき方向を変えることはない。視界は激しく回転を繰り返すが、やがて忍者娘の二人はイビルアイと合流した。

 

「おい、ガガーラン。立てるか?」

 

 ロープの保持をティアとティナに委ねたイビルアイが、宙を飛んで部屋の中央に転がるガガーランに近づいた。どうにかいらえを返して立ち上がったガガーランがティア達の真似をして覚束なげにロープを手繰るのを尻目に、這いつくばって痙攣するラキュースの許へ向かう。

 

「ラキュースは……こりゃダメそうだな」

 

 イビルアイは、白目を剥いて涎を垂らす淑女らしからぬ痴態を晒すラキュースを抱き起こすと、その腰にロープをくくりつけた。壁際に辿り着いてロープを保持するガガーラン達に引っ張ってくれるよう頼むと、ちょ、とか待っ、とか言いかける彼女の様子を無視してその背を押した。回転しながら引きずられるラキュースの悲鳴がホールに響き渡る。最後には立っていることも出来なくなり、床に這いつくばった体勢で引きずられながら回転する彼女の様子はいっそ哀れではあったが、必要なことでありやむを得ざる仕儀であるのだ。その様に内心詫びながらイビルアイが仲間の許に飛んで戻ると、ガガーランがラキュースの様子を窺っていった。

 

「よし、辿り着いたなリーダー。……大丈夫か?」

 

「……」

 

 無理矢理抱き起こされたラキュースは顔面蒼白の無表情である。ある種の鬼気迫る様子に不安をかきたてられた一同がその顔を覗き込むと、ラキュースはその口を開いた。

 

 えろえろえろえろ――

 

「ぎゃぁああああああ!?」

 

 

 

「キャハ、キャハハ……お、お腹痛いぃ……!!」

 

 限界を突破したラキュースのリバースにより、自分もいいかげん目が回っているのを気力で耐えていたガガーランも釣られリバースする。忍者娘が顔を歪めて飛び下がる中、出遅れて二人の嘔吐物に挟まれたイビルアイは――咄嗟に仮面を外せたのが奇跡である。その幼げな少女の顔立ちを露わにし、鼻を刺す胃液の匂いにたまらず吐いた。貰いゲロという奴である。

 その様子を愉しげに見物していたエントマが爆笑のあまり床に引っ繰り返ってお腹を抱える。その様子を窘めようと手を伸ばしたナーベラルも、彼女達の様子を見て一言、「――無様ね」と呟いた。アインズもまた、別に笑う理由はなかったが、彼女達の様子を興味深く観察する。

 

「ほう、イビルアイの奴、こんな顔をしていたのか。……まだ子供じゃないか、顔を隠すのは侮られないようにかな?」

 

 割と重要な情報が白日に晒されたような気がするが、それに対するアインズのコメントはのほほんとしたものである。そのとぼけたコメントを咎めるような意志はこの場に居る二人のメイドにある筈もなく、そのまま流されていくのであった。

 

「む、ここでギブアップか……? いかんな、予定を早めなくては」

 

 げっそりとやつれた顔で壁に沿いながら“ダンスホール”をどうにか脱出し、もう限界だ脱出しようと相談を始める蒼の薔薇の様子を見て、アインズが呟いた。魔導王が見物していることは彼女達も重々承知、あるいはそのままギブアップの意志を伝えてくるかと思われたが、とりあえずはまだ自力で脱出路を探す程度の矜恃は残っているらしい。再び大広間に飛び込むのを諦めると、別のルートを探すべく移動し始めた。まあ、実はどのみち階段から上に戻ることはできないので、必然の判断である。

 

 

 

 

 如何に脱出を決心したと言えども、あるいは決心したからこそ。玄室のモンスターを退けた後の宝箱は、貴重な財貨を得るための残り僅かなチャンスである。喜び勇んで宝箱の罠を調べにかかったティアが――このチームでは罠の解錠はティアとティナの代わりばんこである――無言で固まるのを一同は不審そうに見守った。

 難しい顔をして悩むティアが、ティナを手招きして呼びつける。無言で視線を交わしあった後、今度はティナが宝箱の様子を調べに入った。数分後、顔を上げたティナと顔を見合わせたティアが同時に口を開いた。

 

「――ガス爆弾」

「――アラーム」

 

 たっぷり三十秒、互いの顔を睨み付ける姉妹は、後方で様子を窺うラキュース達の方へと同時に振り向いて言った。

 

「へい、鬼ボス」「どっちを信用する?」

 

「いっ、私に決めろと!?」

 

 突然話を振られて驚愕したラキュースが飛び上がる。気を取り直して考え込むと、しばらくうんうん唸った後に口を開いた。

 

「どちらを信用すると言うよりは……リスク管理で考えましょう。ガス爆弾なら、仮に()()全員が毒になっても私が治療できるから、ここはアラームでお願い」

 

「……OK、ボス」「了解ー」

 

 二人は特に反駁するでもなく頷くと、早速ティナがアラームの解除に取りかかる。

 

「あっ」

 

 否、取りかかろうとして針金状の解錠道具を鍵穴に突っ込んだその瞬間、宝箱を中心に黒い靄が発生して部屋中を包み込んだ。

 靄が収束し収まった後には、もはや蒼の薔薇の面子の姿は誰一人、その場に残されては居なかったのであった。

 

 

 




《ボーリングビートル》
 硬くてしぶといタフガイなコガネムシ。
 出現階層に登場する中では抜群に耐久力の高いタンク型のモンスターで、状態異常などの厄介な特性こそもたないが、仕留めきれないままこちらのHPをじわじわと削り取ってくれる地味な活躍が嫌らしい甲虫だ。
 <塵化>(マカニト)が効くので、習得さえしていれば怖れる必要は無い。

《消呪領域》
 敵味方を問わず、あらゆる存在の行使する魔法の発動を封じる結界領域。ひとたび足を踏み入れた生物には、容赦なく()()()()()()()沈黙の状態異常が付与される。呪文が封じられたことに気づかぬままだと、範囲攻撃呪文で敵を一掃しようと颯爽と呪文を唱えて……あっ(察し)
 また、当然ながら戦闘後の治療行為も出来なくなるし、転移(マロール)で逃げ帰ることも出来なくなるため、極めて危険なトラップである。呪文の封印効果はフロアリセットまで続く。フロアリセットというのは文字通り、他の階層に移動することであるため、階段ないしエレベーターに辿り着くまでが勝負となる(※1)。消呪領域を出てしまうと、それ以降に遭遇する敵は普通に呪文を唱えることができるため、味方だけが回復不能・範囲攻撃不能の恐るべきハンディキャップマッチを強いられることになる。
 ただし、そもそもフロアリセットという概念が極めてゲーム的であり、SSに落とし込みづらいので。この作品では魔封じの大広間には呪文の発動を阻害する結界が張られているという設定に変更した。

※1:ゲームシステム的には中断セーブからのリスタートでもリセットされるため、呪文を封じられたことにさえ気がつけば実は対処は容易である。

《ガス爆弾》
 毒針が解錠を試みた本人に毒を与えるのに対し、毒ガスを部屋全体に撒き散らすことでパーティーメンバー全員に毒判定を強いる罠。<解毒>(ラツモフィス)が使えないか未習得の状態で、ダンジョンの出口まで何歩かかるか計算すると、死亡が確定することもままある(※2)、冒険序盤で猛威を奮う厄介な代物。

※2:一応、回復呪文を使えるサブパーティーで迎えに行くという選択肢もある。<解毒>(ラツモフィス)が使えずとも、HPの回復ができれば踏破可能距離を伸ばすことは可能だ。

《アラーム》
 大音声の警報を鳴り響かせることで新たなモンスターを呼び寄せる罠。エンカウントが再度起こり、戦闘に勝利するまで解放されない(※3)。
 出現階層により罠の危険度が変わる典型。

※3:逃走は可能だが即座に再エンカウントが発生する。

《テレポーター》
 パーティー全員を別の座標に強制転移させる移動性の罠。
 この罠の真骨頂は、転移先の階層に石壁のブロックがあるかどうかによって決まる(※4)。

※4:* いしのなかにいる *


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