Ainzardry   作:こりぶりん

17 / 18
 
 いつもの行きまーす。



4F:英雄

 一瞬の暗転の後、視界が切り替わった先は細長い通路の途中であった。軽い酩酊感に頭を押さえながら蒼の薔薇の一行は、露骨に雰囲気が変わった岩壁の通路をきょろきょろと見回す。

 

「嘘ー、テレポーター?」

「聞いてなーい」

 

 忍者姉妹が心外そうに顔を見合わせ首を振る。せめて責任を感じてる振りくらい出来ないのとラキュースが漫才を始めるのを横目に、イビルアイがため息をついた。

 

「しかし本当に集団を強制転移するとはな……アインズ・ウール・ゴウン魔導王の魔法の力は底知れん」

 

「おいイビルアイ、それよりここはどこか分かるか? 露骨に今までと雰囲気が違うし、階層が変わってるんじゃねえの?」

 

「そうだな……少し待て、見てみよう」

 

 ガガーランの問いかけに頷くと、イビルアイは懐から懐中時計のような魔道具(マジックアイテム)を取り出した。現在位置を表示する<座標>(デュマピック)の魔法が永続化されたアイテムで、キャンプを展開する魔道具と一緒に、魔導王に貸与された代物である。

 

「げぇっ……地下十階だと!?」

 

 表示されたデータを見て思わず唸ったイビルアイの声を聞きつけ、漫才を中断したラキュース達が彼女の周囲に集まる。背後から時計を覗き込んで一様に顔を顰めた。

 

「地下八階から十階まで転移ですって? ……そんなの聞いてないわよ!」

 

 ラキュースが唇を噛んで天を仰いだ。まあ、言ってないのだから当然だ。先程発動したテレポーターは、一行をこれから始まる茶番劇(マッチポンプ)の特等席に招待するためにアインズが特別に準備した罠である。あくまで同じ階層で実体化するように設計された通常のテレポーターとは異なる特別仕様であった。

 

「ま、まあ愚痴ってもなかったことにはならねえだろ。とにかく出口に辿り着けるか、この先を見てみようぜ」

 

 いち早く切り替えたガガーランの正論に頷くと、一同は探索を開始した。曲がりくねる細い通路の一方を選んでその先を辿っていくと、袋小路の行き止まりに辿り着いた。ティアとティナが進み出て、正面及び左右の壁から床に天井までぺたぺたと調べ回る。

 

「……隠し扉の類、なし」

「……罠の類、右に同じ」

 

 それを聞いたラキュースが頷いた。

 

「そう、ありがとう。……こっちが行き止まりなら、反対側を確認してみましょうか」

 

 反転して引き返し、ぞろぞろと反対側の先に向かうと、やがて通路の奥に見えてきたのは厳めしい門構えの頑丈そうな扉である。経験上、この先が玄室であればモンスターが配置されている可能性が高い。自然と沈黙の内に足音を殺した一同がゆっくりと扉の正面に近寄ると、てんでに武器を構えて呼吸を整える。

 ラキュースが一同の様子を見回して頷くと、ガガーランにアイコンタクトした。ガガーランが頷いて、両手に刺突戦鎚(ウォーピック)を構えたまま扉を勢いよく蹴り開ける。

 

「ドラァッ……!?」

 

 ともあれ、先手必勝である。突然の乱入に内部の者が驚くのであればもっけの幸い。そのまま吶喊して殲滅すべし。そのような目論見を頭の隅に描きつつも、計算と言うよりは本能に任せて雄叫びを上げながら突っ込んだ、否、突っ込もうとしたガガーランの動きが止まる。脇から左右に散ろうとした忍者姉妹の動きも以下同文。

 部屋の奥には、一行と同数の生物が――否、生きてないから正確にはアンデッドが――居た。人間離れした巨躯を刺々しい漆黒の鎧に押し込め、その身長に負けぬ巨大な盾に半身を隠した死人の騎士が三体。そして、その隣に立つのは獣型のスケルトン……大型肉食獣の骨格標本めいた体の周囲を不気味に明滅する靄で鎧った骨の獣が二体。

 目にした瞬間、筋肉が硬直し呼吸が止まり全身が総毛立つのを感じる。その身を委ねようとしていた獰猛な戦意がたちまち萎え、大型犬を察知した子犬のように尻尾を丸めて精神の奥に隠れていった。二の腕を鳥肌が覆うのを、ガガーランは他人事のようにぼんやりと眺めていたが。

 

「い、いかん、逃げろおおおぉぉぉ!!」

 

 イビルアイの絶叫にはっと我に返ると、五体のアンデッドがゆらりと体を傾けるのを背に、入ったドアから飛び出してばたんと閉めた。とりあえずはこれで安全である。玄室に配置されたモンスターが扉の外まで冒険者を追いかけてくることはない旨、魔導王直々の説明で保証されていた。

 

「あ、あれ……何……?」

 

「……動死体(ゾンビ)の方は死の騎士(デス・ナイト)骸骨(スケルトン)の方は魂喰らい(ソウルイーター)だな。どちらも地上で見かけただろう?」

 

 冷や汗で全身を濡らしたラキュースがようやっとそれだけの台詞を絞り出すと、仮面の中に戦慄を覆い隠したイビルアイがそれに応えた。

 

「あれが、地上で見かけたのと同じだと……? 戦う気があるかどうかで、ああも違いがあるもんかね」

 

 ガガーランが鎧の下で総毛だった鳥肌をさすりながらぼやく。市街に配置されたアンデッドは、アインズの強力な統制下において人間に威圧感を与えることの無いよう、立ち居振る舞いを徹底している。何よりも、戦闘を解禁されている魂喰らい(ソウルイーター)が撒き散らしている<絶望のオーラⅠ>は、抵抗(レジスト)に成功してさえも背筋の凍り付くような怖気を呼び起こしているのであった。

 

「どちらも魔導王が現れるまでは伝説の中でのみ語られるようなアンデッドだった。相手が一体だけ、つまり五対一ならば、我々の実力なら勝算もなくはないが……」

 

「現実は五対五」

「タイマン×五と考えても、イビルアイ以外全滅?」

 

 そういう訓練を受けているからか、動揺をあまり表に出さないたちの忍者姉妹が言葉少なに現状を確認すると、イビルアイが頷いた。

 

「そうだな……まともにぶつかれば、あっという間にガガーランとラキュースが潰されて押し込まれ、複数にかかられては私も危ういな。狭い屋内のこと、<飛行>(フライ)で高度を取ることもできんしな……とにかく、中に入って連中と戦うなど悪夢でしかない」

 

「とは言っても、反対側は行き止まりだぜ?」

 

 ガガーランの指摘に、ティアとティナが肩を竦めた。

 

「手詰まり」

「これはもう、恥も外聞も捨てるべき?」

 

 ティナが言った台詞は、降参して救援を要請しようという意味だ。アダマンタイト級冒険者チームとしては些かならず情けない話だが、玄室に突っ込んで玉砕するよりは遙かにマシだろう。眉根を寄せて一瞬躊躇ったラキュースは、すぐに切り替えて賛意を示すと虚空に向けて呼びかけた。

 

「……アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下! ご覧になっておられるのでしょう!? ギブアップです! 降参しますのでどうか救援を願います!!」

 

 …………返事がない。まるで壁に向かって空想上の友達(イマジナリーフレンド)と会話する痛い人のようだ。ラキュースが若干顔を赤らめながらも再度大声で叫ぶが、その声は迷宮の通路に反響して吸い込まれ、虚しく沈黙を返すのみであった。

 

「見てる筈……よね?」

 

 ラキュースが不安そうに周囲を見回すと、イビルアイが同意した。

 

「その筈だが……嫌な予感がするな」

 

 待っていても埒があくまい。そう言ってイビルアイは転移呪文を唱えるが、何も起こらない。半ば予想していたかのように、肩を竦めて言った。

 

「この階層には<次元封鎖>(ディメンジョナル・ロック)がかかっているようだな……これでは転移で脱出することもできん」

 

「一人で逃げ出す気だったのか」

「ずるい」

 

「助けを呼びに行くためでしょ。こんな状況で茶化すのはよしなさい」

 

 とぼけた声でからかうティアとティナを、ラキュースが黙らせる。それを無言で眺めていたガガーランが、やがて躊躇いながらも口を開いた。

 

「……このまま魔導王さんのアクションがなければ、俺たちに出来るのは突撃して死ぬか、ここで飢え死にするかの二択ってわけだ」

 

「……認めたくはないけど、そのようね」

 

「……まんまと乗せられちまったけどさ。王様が実は俺たちをここで人知れず謀殺するつもりだとか、そういう可能性ってあると思うか?」

 

「……そんな、まっさかー……」

 

 ホホホ、と高笑いを上げてガガーランの懸念を笑い飛ばすラキュース。

 場に沈黙が落ちた。

 

「ど、どどどどうしよう!? 私、この鎧が着られなくなる前に死ぬのは嫌よ!?」

 

「おいおい、おちつけリーダー……まだそうと決まった訳じゃ」

 

 急に狂乱しだしたラキュースを、あれで恋人を作るつもりがあったらしいことに内心驚きつつガガーランが窘める。手伝って貰おうと仲間の方を振り返れば、跪いて祈りを捧げるイビルアイの姿が。

 

「……たすけて、ももんさま……」

 

 うへぇ、こいつはもうダメかもわからんね。神頼みならぬ英雄頼みを始めたイビルアイを見てガガーランの胸中に黒雲が湧き起こる。ここで地の底の藻屑になるとしても、みっともない姿は晒すまい……そのように考えていると、通路の奥、行き止まりしかない筈の向こう側から足音がした。かっ、かっと、床の石を踏みしめる音、およびガチャガチャと金属鎧の慣らす音が連続的に聞こえてきて、一同は思わず顔を見合わせた。

 人間の足音に聞こえるが、人型だからと言って友好的とは限らない。示し合わせたように立ち上がり、武器を構えて通路の奥に目を懲らす一同。

 

「――ああ、居た居た。探しましたよ皆さん」

 

「モ……」

 

 だが、奥から姿を現した人影を見て、一同の顔に歓喜が溢れ出す。

 

「モモンさま!」

「それにナーベさん、ハムスケも……!」

 

「どうやらご無事のようで、何よりです」

 

 どこまでも頼もしい漆黒の英雄とその相棒、僕の魔獣……チーム“漆黒”の姿を見た一同は、安堵の吐息をついたのだった。

 

 

 

 

「なるほど……状況は大体理解しました。死の騎士(デス・ナイト)魂喰らい(ソウルイーター)ですか」

 

 簡単な状況説明を受けたモモンはひとつ頷くと、彼らの経緯についても説明を返す。魔導王の使いに呼び出され、火急の用事が入ったので後のことを宜しく頼むと突然言われて目を白黒させているところ、とりあえず現在位置を調べてみれば地下十階に居るらしい。蒼の薔薇の実力は確かなものがあるとはいえ、最下層の難易度は少々辛いのではと思って取る物もとりあえず駆けつけてみれば案の定……ということらしかった。

 

「申し訳ありませんね、皆さん。どうか魔導王陛下のことをあまり悪く思わないで頂ければ幸いです。何分、アダマンタイト級冒険者というものを“漆黒”(われわれ)基準でお考えになっている節がありまして……」

 

 そう言って頭を掻いたモモンの台詞を聞き、一同は苦笑する。聞きようによっては、いやどう聞いてもかなり“蒼の薔薇”に対して侮辱的な内容だが、目の前の英雄の隔絶した実力を目の当たりにすれば怒る気も起きないというものだ。

 

「この階層は、玄室の守護者を撃破した後、先の通路に転移するか地上に戻る道を選ぶようになっています。では皆さん、ちゃちゃっと片付けて帰りましょうか」

 

 とは言っても、まるで食後の散歩に行きませんかとでも言うかのような調子で伝説のアンデッドを片付けると言われればやはり驚きは禁じ得ない。かなり焦ったラキュースが、魔導王陛下に連絡してモンスターを下げて貰わないのかと問うと、モモンは首を傾げて言う。

 

「そうは言われましても。魔導王陛下の用事が片付くまで何時間かかるか分かりませんし、その間こんな所で待ちぼうけというのも気が滅入るでしょう? さっさと片付けてしまった方が早いですよ」

 

 絶句する一同の様子に構うそぶりもなく、モモンは一つお願いがあるのですがと続ける。

 

「中は死の騎士(デス・ナイト)三体と魂喰らい(ソウルイーター)二体ということですので……私とナーベが死の騎士(デス・ナイト)を片付ける間、そうですね、三十秒ばかり魂喰らい(ソウルイーター)一体を押さえておいて頂けますか? もう一体はハムスケにやらせますので」

 

 ナーベが無言で頭を下げ、ハムスケがお任せ下され殿! と胸を叩くのを尻目に、蒼の薔薇の一同が目を剥いた。聞き違いでなければ、目の前の御仁は死の騎士(デス・ナイト)を三十秒で片付けると言ったように聞こえるのだが。

 

「……モモンさ――ん、彼女達は自信がないようですので、私達だけでやった方が早くないでしょうか?」

 

 呆気にとられる蒼の薔薇一同の様子をどう見たか、焦れたようにナーベが口を開いて言った。

 

「む、そうかナーベ? まあ、そうですね……何でしたら、皆さんには扉の外でお待ち頂くということでも結構ですが……」

 

 本当は結構ではないのだが。その言葉には流石に反骨心を刺激された一同、倒せと言うのならともかくたかが一体相手に三十秒時間を稼ぐだけならなんとでも。ガガーランが俺の全力攻撃で十五秒稼ぐから、その隙をイビルアイにフォローして貰う形で大体なんとかなるだろうと言い、イビルアイはそれに同意した。

 ここまでの流れがモモンの手の上である。ナーベにはわざと挑発的な台詞を言うよう予め仕込み済みである。どうせ仕込まなくても似たようなことを言いかねないのだ、いくら彼女が大根でも演技と看破される可能性は無いに等しい。ついて来てくれなければ困るのだ、英雄モモンの伝説を積み上げようにも目撃者が居なければ虚しいだけの自作自演なのだから。無論、ここでことさらモモンの偉業を積み増す必要は特にないのだが……殺すわけには行かないのだからせめて有効利用しようという、アインズの貧乏性が発露した企みであった。

 

 

 

 

 再びけたたましい音を立てて蹴り開けられた扉に反応し、先程のピンポンダッシュによって半警戒態勢を維持していた死の騎士(デス・ナイト)魂喰らい(ソウルイーター)が素早く身構える。彼らの目に飛び込んできたのは、黒い暴風であった。

 モモンの右手に握られた大剣が弧を描いて振り抜かれ、彼の長身と刃の長さが作る高さが死の騎士(デス・ナイト)の巨体を凌駕して真上から剣閃が襲いかかる。死の騎士(デス・ナイト)は左手に構えたタワーシールドを持ち上げてそれを受け止めるが、落ちかかった大剣が轟音を上げてシールドと衝突すると、黒い刃が盾にめり込んで表面を変形させ、死の騎士(デス・ナイト)の足はみしみしと音を立てて床に軋みを上げさせた。間髪入れず左の大剣が下から掬い上げるように振り上げられると、右の一撃を受け止めて固まった死の騎士(デス・ナイト)の腰から胸をバターのように切り裂いて、構えた盾に激突して吹き飛ばした。

 それ以上その死の騎士(デス・ナイト)には構わず、モモンはその脇をすり抜けて二体目に躍りかかる。今度は左の大剣が真横から竜巻のごときつむじを描いて打ちかかった。死の騎士(デス・ナイト)が右手に持った波状剣(フランベルジュ)で受け止めるが、閃光のごとき一撃が甲高い金属音を立てながら刀身に半ば食い込む。そのままモモンは一旦左手から大剣の柄を離すと、その場でくるりと一回転して右手の大剣を左から死の騎士(デス・ナイト)に叩き込んだ。手放した大剣の上を滑るように打ち込まれた剣閃が、半ば折れかかった波状剣(フランベルジュ)

上下に分断して上半分を切り飛ばし、そのままの勢いで死の騎士(デス・ナイト)の首を九割方切り飛ばす。同時に空いた左手が再び大剣の柄を握り直すのも忘れない。

 首が千切れかけた死の騎士(デス・ナイト)を捨て置き、モモンが三体目、最後の死の騎士(デス・ナイト)に視線を据える。稲妻のごとき勢いで繰り出された右の突きは正面に構えたタワーシールドに受け止められるが、斜めに逸らされながらも盾の表面に食い込んで強引に死の騎士(デス・ナイト)の前面をこじ開ける。右手を突き出すのに合わせて引き絞った左手の大剣をしかと握り直すと、左足の踏み込みと共に左の剣を思い切り突き出した。前面をこじ開けられた死の騎士(デス・ナイト)が申し訳程度に剣筋にわりこませた波状剣(フランベルジュ)をあっさりと弾くと、そのまま大剣は死の騎士(デス・ナイト)の胸元に吸い込まれ、肋骨と背骨を破壊しながら背面まで突き抜けた。

 

<二重魔法最強化(ツイン・マキシマイズマジック)()電撃>(ライトニング)

 

 人間であれば、生物であれば間違いなく致命傷である。それどころか動死体(ゾンビ)であってもお陀仏間違いなしと思われた致命の一撃をその身に受けて、なお死の騎士(デス・ナイト)がその身を動かす。危ないももんさま、そうイビルアイが叫ぶ暇もなく、モモンの背後に追随したナーベの両手から電撃が生み出され、一直線に走った二条の雷光が三体の死の騎士(デス・ナイト)を灼いた。その体から煙を上げて、三体の死の騎士(デス・ナイト)がどうと倒れ伏す。あっという間の出来事であった。予告された三十秒すら経っていない。

 

 その間、魂喰らい(ソウルイーター)と対峙する“蒼の薔薇”が時間を稼ごうと試みていた。ガガーランが一切後先を考えずに、複数の武技を重ねた怒濤の連続攻撃を放つ。その辺の骸骨(スケルトン)は当然、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)でさえも一撃毎に分解しながら解体しうる自身の切り札が、眼前の獣の華奢な骨にはヒビも入れられない絶望も。不気味な明滅を繰り返す骨の周りを覆う靄が引き起こす生理的な嫌悪感も。対峙するだけで体に纏わり付いてくる暗黒のオーラがもたらす、生存本能が発する警告も。今は感じず考えず、ひたすらに全身全霊の一撃を振り続ける。容易く受け止められ、殆どダメージは通っていないと思われるが、それでも防がれている間は相手の動きを止められる。一秒一秒が黄金にも匹敵する貴重な時間だ。

 ――そして、いよいよ全力の無酸素運動に限界が訪れ、致命打どころかろくに相手にダメージを通せなかったガガーランは、それでも満足そうに全身を貫く倦怠感に身を委ね、最後の一撃を振り抜いたまま硬直して息を継いだ。自分のやるべき事はやった、後は任せたイビルアイ――

 

「――って、おいぃぃいいいいい!?」

 

 ところが。自分の硬直に割り込む形で交代(スイッチ)し、高位階の攻撃魔法でラッシュをかける手筈だったイビルアイの魔法が来ない。なんのアクシデントか伏兵か、その様な焦りを込めて視線を動かすと、棒立ちで突っ立ったまま()()()()()姿()()()()()()()()イビルアイのアホ面――仮面だが――が視界に飛び込んできた。いくらなんでもそりゃねえだろと絶叫したガガーランの体を、横薙ぎに振り回された骨の尻尾が弾き飛ばした。

 骨にヒビくらいは入ったかも知れないが大丈夫、傷は浅いと自分を慰めたガガーランは、地面に転がりながらようやく我に返ったらしいイビルアイが眼前に迫る魂喰らい(ソウルイーター)の姿に呑まれて立ち竦むのを為す術もなく見守った。あわやその命が風前の灯火か――元々死んでるけど――と思われたとき、黒い旋風が対峙するイビルアイと魂喰らい(ソウルイーター)の間に飛び込んできた。

 回転しながら飛んできた黒い大剣が、床の石畳に食い込みながら魂喰らい(ソウルイーター)を遮るように、イビルアイを守るように突き立った。どれほどの膂力で投げれば投擲した剣が石畳をかち割り食い込むのか、そのような思いを巡らす間もなく、死の騎士(デス・ナイト)を片付けた位置から得物の片方を先行させた漆黒の英雄が突進してくる。投げつけられた剣が旋風なら、本人は竜巻だった。手元に残ったもう一方の大剣を両手で握り――元々大剣としてはその方が正当な使い方ではある。英雄級には一歩届かないとはいえ歴戦の戦士であるガガーランですら目で捉えられるかどうかという怒濤の連撃は、まるで先程彼女が放った超弩級連続攻撃の焼き直しであったが、圧倒的にその質が、量が上回っていた。一撃一撃が着実に魂喰らい(ソウルイーター)の骨を砕き靄を消し飛ばし、みるみるうちに解体していく。バラバラに分解され、最後に脳天からの唐竹割りでその頭骨を真っ二つに両断された魂喰らい(ソウルイーター)が無言の悲鳴を上げながらそのおぞましい呪われた偽りの生命を霧散させるその様を、ガガーランは食い入るように凝視しながら感嘆を漏らした。ここまで圧倒的だと、嫉妬する気も起こらない。まさしく英雄の中の英雄のみが立てる遙かな高みの領域を、眩しい思いで見上げるだけである。さすがはももんさま、とかなんとか呟いている役立たずの色ボケ仮面は後でシメる。

 

 残る一体、もう片方の魂喰らい(ソウルイーター)とは、ハムスケが対決している。推定難度百~百五十に達するとも言われる伝説のアンデッドは、難度にしておおよそ百前後である森の賢王、ハムスケとは同格から格上のモンスターということになる。勿論ガガーランよりは遙かに互角に近い戦闘能力を有するため、時間稼ぎに徹すればそれほど危険はないと思われた。

 しかし。

 実際の戦闘は、そのようなモモンの予想を覆す形で推移した。爪と爪が打ち合い、尻尾と尻尾がぶつかり合う。激しくも原始的な攻撃の応酬が互いの間で繰り広げられるも、その内実はやや格下と見られたハムスケが魂喰らい(ソウルイーター)を押していた。

 

「むっ、ここで<要塞>でござる! そして反撃の<斬撃>でござる! それ、そうれ!」

 

 武技である。ハムスケがたゆまぬ修業――合間合間に食っちゃ寝していたような気はするが気にしてはいけない――の賜物により習得した、<斬撃>及び<要塞>のそれぞれ攻防における基礎の基礎と言ってもいい初歩の武技。それが、ハムスケの攻撃力を魂喰らい(ソウルイーター)の防御を上回るまでに引き上げ、ハムスケの防御力を魂喰らい(ソウルイーター)の攻撃を余裕を持って防ぎうる程に高めているのだ。基本的に大体互角、のラインは動かないが、客観的に見てハムスケが優位であると言い切れるほどに戦況はハムスケ主導になっていた。かといって調子に乗ることもなく、あくまで基本的には時間稼ぎであることを忘れずに、ハムスケは相手の攻撃を要所要所で<要塞>を使用して受け止めながら、ここぞというところで<斬撃>を使用してダメージを与えていく。

 

「ハムスケ、援護するから注意して! <二重魔法最強化(ツイン・マキシマイズマジック)()電撃>(ライトニング)

 

「了解でござるナーベ殿……っととぉ!!」

 

 死の騎士(デス・ナイト)を片付けたモモンがガガーラン達の救援に向かった一方で、ナーベの方がハムスケの援護に駆けつけた。素早く飛び下がるハムスケの鼻先を掠めるように二条の雷光が魂喰らい(ソウルイーター)に命中し、その体を灼く。魂喰らい(ソウルイーター)が怒りの咆吼を上げるのを睨みながら、ナーベが手早く支援魔法をハムスケにかけた。<鎧強化>(リーンフォース・アーマー)<負属性防御>(プロテクションエナジー・ネガティブ)で防御を益々盤石の物にしたハムスケが喜び勇んで前に出る。

 

「――ご苦労、ハムスケ! 後は私がやる、下がれ!」

 

「合点承知でござる、殿!!」

 

 危なげなく更に数合、魂喰らい(ソウルイーター)と打ち合ったところで、もう一体を片付けたモモンが飛び込んできた。心得たハムスケが素早く飛び下がったところに入れ替わって突進してきたモモンが、一太刀で魂喰らい(ソウルイーター)を両断してほう、と内心驚きの呟きを漏らす。思ったより早く止めになった辺り、予想以上にハムスケが押していたらしい。流石に細かいところを観察する暇はなかったので、後で聞き取る必要があるな……

 大剣を鋭く振って、剣に付着したゴミを吹き飛ばし佇むモモン。その背後に歩み寄ったナーベが心得た表情で大剣を受け取り、漆黒の戦士の背につけ直す。その姿を、“蒼の薔薇”は圧倒された面持ちで見つめた。

 

「凄い……殆ど一人で片付けてしまった……」

 

「あれについていくハム公にナーベも、ただ者じゃあねえな」

 

「さすがはももんさま」

 

 口々に称賛の声がかかり、モモンは頭を掻いて振り返る。

 

「さて皆さん。中に設置された二つの転移門のうち、右の方から帰れますので行きましょうか」

 

 久しぶりにこの姿で暴れられ、いいストレス解消になったな。内心そのような他愛ないことを考えながらも、モモンは感嘆の眼差しで自分を見つめてくる“蒼の薔薇”の一同にそう声をかけたのだった。

 

 

 




座標(デュマピック)
 魔力系第一位階魔法。
 使用者の現在位置を、迷宮入り口を基点とした相対距離で表示する。用途はマッピングの補助、回転床通過後の位置確認、ランダム転移後の位置確認など。
 なお、オートマッピング導入作ではゴミとなるかと思われたが……記録されたマップを表示するための魔法として華麗に転生した(自由にマップを見ることができないとも言う)。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。