Ainzardry   作:こりぶりん

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 ハネケンは神。
 異論はニューロニストの前で聞こう。



B1F:あかり ほご しきべつ

 迷宮の壁は人の手からなることが明らかな、直線的に切り出された石造りである。天井付近に人為的に植え込まれたと思われるほんのり発光する苔により、ごく僅かな視界を確保することが、迷宮の支配者から挑戦者に贈られるささやかな配慮であるらしい。

 

「……暗いわね」

 

 ナーベラルが舌打ちと共にぼやいたように、日の光が届かぬ通路の奥では、光学的に見える距離は僅か十メートルにも届かない。

 

「ルプー、明かりをお願いできる?」

 

 前を歩くルプスレギナの背中に向けて声をかけると、彼女は肩越しに振り返るとあっけらかんとした表情でこう言った。

 

「えー? めんどうっすよナーちゃん。こんだけ明るければ十分じゃないかなあ。空気も思ったより清浄だし」

 

「……」

 

 人狼(ワーウルフ)のルプスレギナにとっては、視覚よりもむしろ嗅覚が正常に働くかどうかが重要な問題なのである。空気の流れが綺麗に保たれていることもあり、彼女自身にとっては特に不自由を感じていないのであった。

 

「ソーちゃんもそう思うっすよねえ?」

 

 足音を立てずに隣を歩くソリュシャンに話を振ると、彼女は顔の向きを変えないままで答えた。

 

粘体(スライム)の動体感知能力は人間の目のように光学的なものではないからね。私はこの状態どころか、完全な暗闇でも百メートル先まで見通すことができるわよ」

 

 普段は至高の御方に定められた人間の姿に擬態しているとはいえ、粘体(スライム)であるソリュシャンは人間のような視力を持たない。ナーベラルが無言で隣のシズを見ると、自動人形(オートマトン)の妹は無表情に彼女を見返した。

 

「……暗視装置(ナイトビジョン)起動中、低光量でも問題ない。必要に応じて熱源感知(サーマルセンサー)も併用する準備は出来ている」

 

 まあ分かってた。自動人形(オートマトン)狙撃手(ガンナー)のシズに、目標を捕捉するための機能が搭載されていない筈はないのである。

 

「えっとねぇ、私もぉ、人間とは可視光線の範囲が異なるしぃ……」

 

 そして詳細はよく分からないが、蜘蛛人(アラクノイド)であるエントマも問題ないらしい。それに不死者(アンデッド)である首無し騎士(デュラハン)のユリが、暗所を苦手としていると言うこともまさかないだろう。ナーベラルはこの薄明かりに難儀しているのが自分だけであるらしいことに疎外感を覚え、ため息をついた。

 その時、天から声が降ってきた。

 

『待て、待つのだお前達……』

 

「アインズ様!?」

 

 <伝言>(メッセージ)の魔法を多重起動してプレアデス全員に呼びかけてきた至高の御方の声に、一同は思わず跪く。

 

『私はただのシステムメッセージである。愚かな真似は止すのだ……安全の確保されていない地下迷宮内で跪くなど、冒険者の手本にあるまじき油断した行為であるぞ……』

 

 まあ、地下一階にお前達にダメージを通せるモンスターなんて存在しないんだけどな。などとぶつぶつと呟く声も聞こえてきたが、それには構わず、プレアデス達はとりあえず立ち上がって態勢を整える。

 

『とりあえずお前達を使って実戦形式のテストをしてはいるが、このダンジョンが想定している挑戦者は本来人間の冒険者だ。異形種のお前達が生得している類の特殊能力を彼らに求めるつもりはない……よってここは擬態することで人間に準じた肉体能力となっているナーベラルを基準とし、明かりをつけてやるがよい』

 

「かしこまりました、アインズ様」

 

 ユリが虚空に向かって一礼すると、ちらりと横を見る。ルプスレギナは一も二もなく頷くと、その背に背負った巨大な聖杖を掲げて呪文を唱えた。

 

<持続光>(ローミールーワー)

 

 すると、聖杖の先端に象られた聖印のど真ん中に、眩く輝く白色の光球が生まれ出た。ルプスレギナの手で聖杖が天井付近に掲げられると、白い明かりが杖から離れて空中に浮かび上がり、彼女の頭上周辺をふよふよと漂い始めた。通路の奥を明るく照らし出すその光球により、呪文を唱える前に比べ三倍にもなったであろう視界を確認すると、ルプスレギナは背後のナーベラルを顧みた。

 

「これで満足っすか、ナーちゃん?」

 

「ええ、ありがとう」

 

 ナーベラルがニコニコと上機嫌に答えるのを、ルプスレギナはちょっぴり面白くなさそうに、頬を膨らませて眺める。彼女が上機嫌なのは視界が広がったからではなく、至高の御方に味方して頂いたからなのは確定的に明らかであった。

 

「……それにしたって、明かりにモンスターが寄ってきたりはしないんすかねえ?」

 

『うむ、いい着眼点だルプスレギナよ』

 

 思いつくままに憎まれ口を叩くと、予想外にアインズの返答が飛んできてルプスレギナは文字通り飛び上がった。それに連動して光球が照らし出す視界が揺れる。

 

「うひゃ、アインズ様!?」

 

『……明かりをつけなければ見通しが悪い中、暗がりに潜むモンスターを見つけづらくなることもあるだろう。明かりをつければ、その光に引き寄せられるモンスターも居るだろう。明かりをつける、つけないの判断にも熟慮が求められるのが冒険者というものだ。このダンジョンではそうした判断力も身につけて貰いたいと思っていると知るがよい』

 

「なるほどぉ、流石はアインズ様。感服致しましたぁ」

 

 エントマが感嘆の声を上げると、一同がそれに倣って頷いた。至高の御方の深謀遠慮は、明かりひとつをとってすら冒険者への課題を含むのだ、流石は深遠なる叡智の御方よ……

 

「よし、じゃあ気を引き締めて行きましょうか。警戒は密に」

 

 ユリがぱんぱんと手を叩いて音頭を取ると、妹達は頷いてその手に得物を構え直した。するとルプスレギナが立ち止まって後ろを振り返った。

 

「おっけーっす、ユリ姉。そういうことなら、めんど……やり過ぎかと思って控えてた防御魔法をかけておくっすよ。<集団盾壁>(マポーフィック)

 

 ルプスレギナが魔法を唱えると、魔力のうねりが各員の周囲に集まってきて、盾の形を象った。不可視の障壁が体の半面を覆ったのを感じ取り、一同が口々にルプスレギナに謝意を示す。そして次に、ナーベラルが口を開いた。

 

「では、私の方で一度索敵しますねユリ姉様……<生命感知>(ディテクト・ライフ)

 

 無言で姉が頷くのを確認したナーベラルが唱えた呪文の効果により、範囲内の生命反応が走査される。走査が完了すると、彼女は首を振って言った。

 

「効果範囲内での生命反応、ありません姉様」

 

「オーライ。ボ……私の方は、前方曲がり角の先にアンデッドの反応を検知しました。ソリュシャン」

 

「私の方でも確認しましたわ、姉様。シズに伝えます」

 

 己の種族スキルで不死者(おなかま)の反応を察知したユリがソリュシャンを促すと、彼女は頷いて後方に三歩下がり、後ろに控えたシズの側に並ぶ。他の姉妹達が立ち止まって左右に分かれると、シズは片膝を立てて座り、膝の上に肘を乗せてライフルを構え、膝射の姿勢を取った。ソリュシャンがシズの耳元に顔を寄せ、自身の索敵スキルで獲得した標的の現在位置を囁きかけると、シズはライフルの照準を覗き込みながらそれに応えた。

 

「……うぃ、マイシスター。スキル<魔弾の射手>発動。有象無象の区別なし!」

 

 シズが一見無造作にトリガーを引くと、轟音と共にライフルから弾丸が発射される。高速で通路奥突き当たりの壁面にぶち当たると思われた弾丸は、その直前で直角に軌道をねじ曲げて曲がり角の奥へと消えた。直後に奥で響く破砕音。それも一度では収まらず、二度、そして三度。

 一行が角を曲がってその現場に辿り着くと、首から上が爆散した結果頭のない骨格標本と化したスケルトンの残骸が三体、虚しく通路に屍を晒しているのを確認した。完膚無きまでのヘッドショットである。

 

「……いえーい」

 

 得意そうに鼻を鳴らしたシズが、ソリュシャンとハイタッチを交わす。ナーベラルとエントマがぱちぱちと拍手するのをまんざらでもなく受け入れる。

 

「よし、首尾は上々ね。よくやったわシズ。……いかがでしょうか、アインズ様?」

 

『う……うーむ……見事な連携でありどこもおかしくはないと言ってやりたいが……』

 

 ユリの問いかけに対し、答えたアインズの声は歯切れが悪かった。その調子を訝しんだ一同の顔に不安が浮かび上がり、テンションが急激に下降していく。浮き沈みの一番大きかったルプスレギナが、緊張した面持ちで問いかける。

 

「……な、なんかやらかしちゃったんすか私達?」

 

『ああ、いや、そういうわけでもない。相手に気づかれるより先に敵を発見し、相手の攻撃が届かない位置から一方的に殲滅するというのは戦闘として一つの理想ではある……まあ、私の想定とは少々違うのだがな……少し縛るか』

 

 アインズの声は語った。この階層は最低ラインの雑魚しか湧かないので、何が出ようと元々戦闘メイド(プレアデス)のメンバーの相手にもならない。一方、本来の対象層である訓練生の相手としてみれば、今しがた倒したスケルトンですら脅威である。プレアデスと冒険者の卵達の間に横たわる実力差を多少なりとも摺り合わせるために、超長距離攻撃や範囲攻撃等、一部の魔法やスキルを暫く使用禁止にすると。

 

『ともあれこの階層に配置したモンスターでは、目を瞑って棒立ちになっていようともお前達にダメージを通せる可能性は全くない。悪いが私の検証に付き合ってくれ』

 

「それが御方の望みであれば喜んで」

 

 ユリが代表してアインズに頭を下げると、気を取り直してスケルトンの残骸が散らばった通路の奥を透かし見る。通路はそこで二股に分かれ、右手の奥は突き当たりに扉らしきものが見える。もう一方、更に直進した場合は途中で更に分かれ道らしき横穴が見え、その奥にはやはり扉めいた木の板が、ルプスレギナが掲げる眩い光によって切り裂かれた薄闇の奥で僅かに照らし出されているのが見える。

 

「だいぶ道が分かれてきたわね……どこに向かおうかしら?」

 

 ユリがそう呟くと、エントマが手を挙げた。

 

「はいはーい、ユリ姉さまぁ! こういう場合はぁ、左手を壁について歩き回るのがいいって聞いたことがありますぅ!」

 

「……左手法/右手法と呼ばれる、迷路の基本的な攻略法の一つね。単純な迷路には有効ではあるのだけれど……」

 

 エントマの声にソリュシャンが答える。だけど何? と言いたげな顔できょとんと姉を見つめるエントマに、彼女は無慈悲な宣告を下した。

 

「迷路が複雑に成る程、構造上有効な手段にはなり得ず、ループすることも多いわ。……仮にもアインズ様がお作りになった迷宮が、そのように単純なものに収まるかしら。おっと、実際に作ったのはマーレ様だなどという野暮なツッコミは不要よ」

 

「むぅ」

 

 どうでもいいツッコミ対策までついたソリュシャンの意見に、エントマは反論が思いつかず黙り込む。

 

「ちょっと待ってちょうだい。……アインズ様がこの迷宮をお作りになった目的は、この迷宮を攻略することで未知への探求を目的とする冒険者を育成することだったわね。つまり、ここで求められている王道的な対処法は、マッピングをして迷宮の地図を作成することではないかしら」

 

 ユリが考え込みながら己の意見を述べると、ナーベラルが反応した。

 

「あっ……そういえば姉様、アインズ様がモモンさ――んとして行動しておられるとき、地図の空白を埋めていくような仕事はとても意義深い。出来れば私もそのような冒険がしたいものだと仰せになられたことがあります」

 

「あらナーベ、貴重な情報ありがとう。……決まりかしらね、誰か書くもの持ってない?」

 

 ユリがそのように言いながら自分の懐をまさぐると、アインズのちょっと嬉しそうな声が降ってきた。

 

『フフフ……心配は無用、お前達の装備品の中に方眼紙と鉛筆をこっそり混ぜ――』

 

「やだなーユリ姉、そんなアナログな方法は不要っすよー。私達にはシズちゃんが居るじゃないっすか」

 

 ところがアインズの言葉を最後まで聞くこともなく、その声はルプスレギナによって遮られた。彼女がシズの肩をぽんぽんと叩いてウインクすると、シズは無言で頷いた。

 

「……問題ない。私には自分の移動距離と方角を正確に算出する能力が備わっており、ここまでの道筋もここからの道筋も自動で記録・参照可能。万事OK」

 

『……オ、オートマッピングかー。そっかー……ハハッ……』

 

 姉妹達がおおーっと感嘆の眼差しを、自慢げに反っくり返るシズに向ける中、アインズのコメントは少し寂しそうであったという。

 

 

 




恒光(ロミルワ)
 信仰系第四位階魔法(様式美)。
 PTが見通せる視界を数倍に伸ばせる便利な魔法だが、すぐにマップの方を暗記して唱えるのが面倒になる。同位階の治痺(ディアルコ)とリソースを食い合っている(※1)という実利的な理由から言っても、最終的には使わなくなる。
 なお、実際には唱えたからと言ってエンカウント率が上がったりはしない。

※1:詳しくは後述。

大盾(マポーフィック)
 信仰系第三位階魔法(様式美)。
 PT全体のAC(※2)を2下げる防御魔法。全員に効果がある上、一度唱えればダンジョンから帰還するまで永続的に効果が続くという圧倒的な使い勝手の良さにより、呪文を覚えた後は必ず使われ続ける僧侶系呪文の最高峰である。例え解毒(ラツモフィス)とリソースを食い合って、貴重な魔法の使用回数を消費すると言えども、こちらには必ず使うだけの価値がある。

※2:簡単に言うと回避率のことで、攻撃を躱しやすくなることで被ダメージを下げる防御力の指標。裸状態で10から始まり、下がるほど強い。言葉の意味は回避率でも、処理的には他のゲームで言う防御力の上昇と解釈して貰って問題は無い。

《MPの仕様》
 後のCRPGの主流にはならなかったため馴染みの薄い人も居るかと思われるが、WizにおけるMPの概念はD&Dに倣ったシステムを採用している。Ⅲだけだが、FFでも同様のシステムを採用したことがあるので、分かる人はそれを思い浮かべて貰うといいだろう。
 WizのMPは魔法レベルごとに独立した使用回数を持っている。
 つまり、魔術師系レベル1魔法の小炎(ハリト)硬化(モグレフ)仮睡(カティノ)座標(デュマピック)は同じリソース……魔術師系レベル1魔法の使用可能数を1消費して発動し、他レベルの使用可能数には影響を与えない。
 このことは、下位レベルの呪文の使用価値を増す効果がある。大炎(マハリト)を何回唱えようとも、爆炎(ティルトウェイト)の使用回数は全く減らないので、敵の強さを見切ってそれに必要十分な呪文を選択することで、魔術師の継戦能力が大きく向上する(※3)。逆に言うと、最強の魔法ばかりぶっぱしてると三戦程度で息切れするのがWizの魔術師である(※4)。

※3:魔法職のMPが切れそうになったら帰還するのが冒険者の嗜みである。「まだ行けるはもうやばい」はこの時代から有効な金言であると言えよう。如何にMPの消耗を抑えて一回辺りの稼ぎ効率を上げるか考え始めたら、あなたも廃人への道を一歩踏み出しているのである。
※4:レベル毎の最大MPは9であり、どんな呪文も一回の探索で九回を越えて使用することはできない。一方、前衛職の直接攻撃は使い減りしない為、極まった廃人は呪文をピンポイントに絞ってレベルを上げた物理で殴るのが基本戦法になっていくという。

《マッピング》
 諸君、迷宮に挑む準備は整ったかね?
 では、手元に20×20の方眼紙を用意したまえ。
 ……ウルティマに始まりDQ・FFへと続いていく俯瞰型RPGと異なり、3DダンジョンRPGでは迷路の構造も自分の現在位置も気を抜けばわからなくなる。そこで必要なのが、地図の作成――マッピングである。
 ダンジョンの奥深くには現在位置を混乱させる悪意に満ちた仕掛けの数々が冒険者達を待ち受けるため、位置の確認には慎重を期す必要がある。迷宮がやけにでかいなと思ったら転移罠でループしていた……などと言うことのないように。
 もっとも、現代においてユーザーにアナログで書き取らせるのはさすがに時代錯誤が過ぎるため、近年のゲームには踏破した道筋を自動で記録してくれるオートマッピング機能が実装されているのが主流である。まあ、ふっかつのじゅもんを書き間違える悲劇と同じく、あくまで思い出の中で語られる存在ということである。


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