Ainzardry   作:こりぶりん

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 ところで本来米国ではこのWizardryというゲーム、かなりのネタ作品らしい。
 日本では特にFC版移植された時、末弥絵とハネケン曲の荘厳さと、ブレードカシナート(※1)に代表されるジョークのニュアンスが翻訳されなかったせいで、非常に真面目なストーリーである硬派なゲームだと誤解された(あるいは移植チームがわざとそういう方向性に変更した)。
 そのおかげで日本のWizフリーク界隈では、本来アメリカンジョークがベースのギャグ描写を大真面目に考察しこじつける考察厨が隆盛を極め、派生作品の小説や漫画に数々の名作が生まれていくことになったのはありがたい話である。

※1:カシナートというのは米国商品のフードプロセッサーのことである。本来はミキサーの刃がぐいんぐいんと回転するネタ武器なのだが、性能は普通に強かったので日本語版では名匠カシナートが鍛えた名剣ということになった。



B2F:たからのはこだ! どうしますか

 バン!

 

 乱暴な音と共にユリ・アルファが丈夫な木材で作られた扉を蹴破る。彼女の膂力であれば樫の木の板を本当に文字通り粉砕することも苦も無くできてしまうが、今回はあくまで蹴り開けただけである。両手は武器と盾で塞がっているのが普通の冒険者であるから、ドアというものはキックするのが嗜みであるのだ。ただし、素手での格闘術が戦闘スタイルのユリにとってはその限りではないのだが……これもまた、アインズが想定する通常の冒険者の卵に合わせた形だ。

 ともかく、薄暗い洞窟内部に満ちた静寂を切り裂く轟音に、部屋の内部にいた生物は驚いた。口々に喚きながら手に手に粗末な鉄の剣めいた得物を取って立ち上がる。その剣は、剣と言うには大雑把すぎる造りで、刃などあってなきが如しの剣の形をした鉄の棍棒である。

 犬頭人(コボルト)が七匹。扉の向こうに広がる玄室の中に思い思いに座り込んでいたモンスターの群れである。メイド長(ペストーニャ)の親戚っすかね、そう呟いた駄犬(ルプー)がユリにどつかれて沈黙する。本人が聞いたらこんなものではすまないだろうから、むしろ感謝して貰いたいとユリは思う。

 

「数ばかり多い犬コロね……とりあえず一当てして蹴散らしましょうか」

 

 ソリュシャンが手の平にナイフを生やしながら好戦的な台詞を吐くと、犬頭人(コボルト)達はあぎゃあぎゃとざわめいた。

 

「ん……ちょっと待ちなさい、ソリュシャン。みんなも。様子がおかしいわ」

 

 ユリがそう言って妹達を制止する。

 絶望的なまでのレベル差から生じる威圧感に気圧されたからかどうか。犬頭人(コボルト)達は完全に萎縮していた。よく見れば丸まった尻尾を足に挟んでいるのが何とも痛ましい。一度は抜き放った剣を鞘に納め、両手を広げて敵意はありませんよと言いたげな様子である。いきなり押し入ってきた狼藉者に対するものとしては破格の態度だ。武器を捨てて平伏しないのが、せめてもの矜恃であると言えるだろうか。

 

「……向こうから仕掛けてくる気はなさそう。こういう場合、どうすれば?」

 

 シズが呟くと、それに答える声が天から降ってきた。

 

『先程は言いそびれたが、この迷宮に棲息するモンスター達は全部が全部冒険者達に敵対的というわけではない。今お前達の前にいる者達のように、敵対する意志がない……いわば友好的なモンスターというものも存在する』

 

 アインズはそこで間を置いた。次の台詞をためらったのか、自分の言葉をプレアデス達が十分に理解する間をとったのか。

 

『……そのような相手はお前達と戦うことは望まないだろう。それにどう対応するかは……その、お前達次第だ』

 

 友好的な関係を築いて交渉してもいいし、自分たちの方から喧嘩を売ってもいい。そのように述べたアインズがかなり言い辛そうであったことを内心訝しみつつも、ユリは状況をまとめにかかる。

 

「はいはい、ではアインズ様もこう仰っていることだし。せっかくだから友好的に接してみましょうか」

 

「ちょっとユリ姉、それはずるいっすー。アインズ様そんなこと仰ってませんよーだ」

 

「そうですよユリ姉様。アインズ様は私達の好きにしていいと仰いました。つまり、このワン公共を捻り潰しても構わないってことでしょう?」

 

 どさくさに紛れて自分の意見を誘導しようとしたユリの小細工も虚しく、カルマ値の低い連中、ルプスレギナとナーベラルが早速反発してきたのを耳にし、ユリはため息をついた。まだ口を開いては居ないが、カルマ値極悪であるソリュシャンも似たような意見であることは確認するまでもない。

 

「……分かったわ。では私達が彼らにどう接するか、決を採りましょう。戦いたい人は手を挙げ、仲良くしたい人はそのままで。……心は決まったかしら? では、どうぞ」

 

「……おや、これは……」

 

 びくつきながらこちらの様子を遠巻きに窺う犬頭人(コボルト)達を尻目に、ユリが多数決を促すと、手を挙げたのは三人だった。ルプスレギナ、ナーベラル、ソリュシャンである。

 

「……日和ったわね」

 

 ソリュシャンがつまらなさそうな顔で述べる。善悪で言えば中立よりのシズとエントマが揃って手を挙げなかったのは、空気を読んでユリに気を遣った結果であることは疑いなかった。ユリが感極まった様子で味方した二人の妹を抱き寄せる。

 

「シズ、エントマ……本当にいい子ねあなた達……」

 

 だがむしろ、そのせいで事態はややこしくなったと言わざるを得ない。多数決で結果が決まっていた方が、不本意な結果になった側も諦めがついたであろうに、同数で割れたばかりにこの先どうするかが宙に浮いたのである。アライメント混成パーティーの悲しき弱点がここにあった。

 手詰まりになったことを察したユリが顔を曇らせて次の行動を躊躇った一瞬。状況が動いた。

 

「ギャオンッ!?」

 

 ソリュシャンが腕を伸ばし、手近な犬頭人(コボルト)の胸に手にしたナイフを突き立てたのである。腕を伸ばしというのは単なる動作に留まらない。骨格も筋肉も無視して触手となったソリュシャンの腕が数メートルも伸び、高速の鞭となって十分な距離があるものと油断していた犬頭人(コボルト)を絶命せしめたのだ。

 

「ちょ、ちょっとソリュシャン!? まだ……」

 

「話は後で、姉様。彼らもやる気になったようよ?」

 

 焦って声を荒げたユリを遮り、ソリュシャンが謡うように言い放った通り。仲間を殺された犬頭人(コボルト)達は殺気だって剣を鞘から抜き放ち、一塊となって殺到してきた。

 

「もう!」

 

 後でお説教してやると胸中決意を固めながら、ユリは斬りかかってきた犬頭人(コボルト)の剣を左手のガントレットであっさりと受け止めた。そのまま腕を横に払って、剣を横に流された犬頭人(コボルト)がよろめいたところに鋭い呼気を吐きつつ右の正拳を叩き込むと、犬頭人(コボルト)は口から血を吐きながら体をくの字に折り曲げて悶絶し、痙攣してやがては動かなくなった。

 

 一匹の犬頭人(コボルト)がルプスレギナに飛びかかる。剣を装備しているのは何のためだと思わず問い詰めたくなるような、牙と爪で獲物を引き裂かんとする獣の跳躍である。

 だがルプスレギナの方に大人しく飛びかかられてやる義理はない。彼女が流麗な動作で巨大な聖杖を勢いよく振り回すと、聖杖の先端が遠心力を乗せて空を跳ぶ犬頭人(コボルト)を地に叩き落とした。聖杖がそのまま頭蓋骨にめり込んで眼球を体外に押し出し、哀れな犬頭人(コボルト)を絶命させる。

 

 ソリュシャンに突き進んだ犬頭人(コボルト)は、鉄の剣を腰だめに構えて真っ直ぐに彼女に対し突き入れた。おどりゃあ(タマ)とったるでえ、と当てレコしたくなる堂に入った動きである。だが、勝利を確信した犬頭人(コボルト)の手には、柔らかい肉を突き刺す感触も、固い鋼に弾かれる感触も返ってこなかった。訝しむ犬頭人(コボルト)が剣を引くより速く、人間には不可能なレベルの不可解な体位で突き出された剣を回避したソリュシャンの腕が彼の頭にそっと巻き付く。あっと思う間もなく、犬頭人(コボルト)は喉笛を掻き切られて己の血が噴水のように迸るのをそのまま暗くなっていく視界に映し出した。

 

 率先して向かっていった三匹が瞬く間に返り討ちにされ、驚き立ちすくんだ残り三匹の犬頭人(コボルト)が踵を返す間もなく、後衛メンバーの攻撃が襲いかかった。

 向かって左の犬頭人(コボルト)の額に穴が空くと、ぱっと赤い花が咲いた。

 真ん中の犬頭人(コボルト)を電撃が打ち抜くと、全身から煙を噴きつつもんどりうって倒れた。

 右の犬頭人(コボルト)の胸部に小さな虫が飛来した瞬間爆発し、向こうの景色が見える風穴が空いた。

 

 一呼吸で犬頭人(コボルト)達が全滅したのを確認すると。ユリはふうと息をついてから妹を睨み付けた。

 

「どういうつもり、ソリュシャン?」

 

「どうもこうも……同数引き分けならお互い勝手にやる、ということではだめかしら姉様?」

 

「……いいわけないでしょ!?」

 

 ぬけぬけと言ってのけたソリュシャンに対し、ユリが苛立ちをぶつける。

 停戦派と開戦派が「お互い勝手に」やれば、その結果がどうなるかは考えるまでもない。戦闘を停止するには全員がその意志を共有する必要があるが、火蓋を切るのは一人の独断専行で済む。先程起こった現象の通りである。

 

「でもユリ姉~。票が同数なのに戦闘しちゃダメって言うのも、停戦派に一方的に従わされるって感じで不公平じゃないっすか?」

 

「そういう面もないとは言わないけど、しょうがないでしょ? 一度戦端を開いたらもう取り返しはつかないのだから、結果が出るまで留保しておくにはそうするしか……」

 

 ルプスレギナがソリュシャンを擁護する意見を出すが、ユリはしかめっ面でそれを一蹴する。すると、今度はナーベラルが参戦してきた。

 

「でもユリ姉様、あの状況から実際どうやって結果が決まるというのです? 停戦するかもしれないからと言って、この後戦いになるかも知れない相手を放置して延々と話し合いを続けるというのも……そう、アインズ様が仰る冒険者の心構えとしてはどうなのでしょうか」

 

 チッ。

 賢しらめいた理屈を並べる妹の台詞にユリは思わず舌打ちをした。ここでアインズ様のご威光を引き合いに出す妹の小細工が癪に障ったのである。

 

「……そういう話を持ち出すなら、そもそも戦闘メイド(プレアデス)のサブリーダーはボクなのだから、セバス様が不在の時は全体の方針は私が決めるという主張をしてもいいのよ?」

 

 人称を直すのを忘れるほどに内心の苛立ちをぶつけると、ナーベラルが少し怯んだのか困ったような顔をした。内心しまったと悔やむユリの心情を他所に、雰囲気が険悪になりかける。

 

『ふむ……お前達が喧嘩を始めるところは見たくはないな。敵対するかもしれない勢力の前でまごつく羽目になったのは、お前達が対応方針を決めていなかったからであり、決まっていなかったのは私の説明が実際に遭遇してからという泥縄だったせいだ。つまりこの状況は私の落ち度だ、詫びさせて貰おう』

 

「そんな、アインズ様!?」

 

 先程迷宮内で跪く物では無いと言われたことも忘れ、戦闘メイド(プレアデス)一同は思わず跪いて恥じ入り顔を赤らめた。自分たちのつまらぬ諍い事で至高の御方が心を痛め、あまつさえ詫びさせるなど恥ずべき始末である。……これだからシモベ達に交渉事を任せるのは不安なんだよ、というアインズのぼやきは虚空に消えて彼女達の耳には届かなかった。

 

『よい、そう畏まるな。そんなことより、今後このようなことが起こらぬよう方針を決めておくがよい。……私見を言わせて貰えば、お前達の現在の指揮官がユリなのは先程本人が言った通りなのだが、それで全てを押し通せば妹達にストレスを溜めることになるかもしれんぞ?』

 

 至高の御方の言葉を受け、一同は立ち上がって顔を見合わせる。

 

「……すみませんでした、姉様」

 

「いえ、いいのよ。私も悪かったわ」

 

 どちらからともなく謝罪し、仲直りの印にハグしあう。簡単な相談の結果、同様の状況下においては対応決定者をローテーションさせることで話をつけた。シズとエントマが変わらずユリに迎合するなら、善悪交互の対応を取ることと同義になるだろう。

 

『話がまとまったようで結構なことだ。……さてお前達、玄室の隅にある箱には気づいたか?』

 

 たからのはこだ! どうしますか?

 ……この地下迷宮にある玄室は、そこに棲息するモンスター達の根城であり、玄室の主が所有する財産を保管しておく宝箱が設置されているのだ。玄室の主を退けた君達には、その財貨を奪い取る権利がある。

 という設定だ、アインズはノリノリでそう説明した。目的は冒険者の卵達が、訓練中の間生計を立てる手段を模索せずに済むよう、迷宮の攻略に応じて報酬を得られるようにすることが一つ。そして、彼らの攻略に対するモチベーションの向上を狙った、装備の支給である。

 

『口で言うより見るが易しだ、まずは開けてみるがいい』

 

「えっと、では失礼しまして……」

 

「待って、ナーベラル!」

 

 アインズの言葉に従って馬鹿正直に手を伸ばしかけたナーベラルを、ソリュシャンが鋭く制止した。不思議そうな顔で自分を見つめてくるナーベラルの額を人差し指でちょんと押すと、ソリュシャンはにっと笑って言った。

 

「宝箱というなら、錠と……罠がつきものでしょう。ここは私の出番ですわね」

 

『うん、うん……流石はソリュシャン。己の役割を心得ているな。……ナーベラルの方は少々不用心だぞ、以後気をつけるように』

 

「も、申し訳ございません……」

「光栄ですわ」

 

 叱られてしゅんとするナーベラルと、お褒めの言葉を頂いて頬を上気させたソリュシャンで明暗が分かれた。お手並み拝見、と言わんばかりにうきうきとした気分を感じさせるアインズの声であったが、彼の余裕はそこまでであった。

 ソリュシャンが宝箱の側に跪いて錠前に手を伸ばすと、そのまま()()()()()()()()()()のである。手品でも見ているかのように、液状化した粘体(スライム)の腕が手首まで鍵穴に飲み込まれていくのを、アインズは呆気にとられて見守った。

 

「まずは、構造の把握ね……あら、まあまあ……お可愛いこと……」

 

 ソリュシャンがクスリと笑う。箱の蓋を開閉することなく内部構造を把握してのけた粘体(スライム)の触手が、宝箱内部に仕掛けられた小型の(いしゆみ)をそっと撫でる。(いしゆみ)の矢――不用意に宝箱を開けた不届き者の正面にクロスボウの矢をお見舞いする、比較的単純な構造の罠である。

 すると、しゅうしゅうと鍵穴から煙が吹き出した。フックするとそれに連動した機構により(いしゆみ)の引き金を作動させる、鍵穴付近に張られた極細のワイヤーが罠のトリガーとなっているのだが、それを引っかけることもなく包み込んだ粘体(スライム)の体から分泌された強酸が瞬く間に溶解させたのである。起動機構を破壊された罠は完全に沈黙した。

 

「罠の解除完了。ついでに駄目押ししておこうかしら」

 

 ソリュシャンが笑みを崩さず独りごちる。鍵穴から突っ込んだ触手が、宝箱の蓋を開けることなく、(いしゆみ)にセットされた小型の矢を、弦から取り外したのだ。これで何かの拍子に(いしゆみ)が発射される可能性すらなくなった。

 

「そして鍵開け……溶かしてもいいけど、せっかくだから、ね」

 

 姉妹達が固唾を呑んで見守る中。シリンダー錠の鍵穴に染み込んだソリュシャンの一部がドライバーピンの隙間を探り当てると、隙間が一列に揃うように押し上げた後硬化してピンを固定する。そのまま錠前を回転させると、カチリと錠が外れる音がした。マネマネ銀も真っ青の、熟達した早業であった。

 

「ハイ、一丁上がりですわ」

 

 おー。ソリュシャンが宝箱の蓋をゆっくりと持ち上げていくと、後ろで見物していた姉妹達が拍手で迎える。

 

『う、うむ、見事な腕前だソリュシャン。……そーきたかー、そっかー……』

 

 アインズがどこか呆然とした声でその腕前を褒めると、ソリュシャンは立ち上がって一礼した。その周りに集まった一同が、露わになった箱の中身を覗き込む。

 

「……銀貨に、銅貨……あと、なんか剣っぽいもの」

 

 シズがそう言うと、エントマが宝箱の中からその剣を拾い上げて手に取った。首を傾げてじろじろと眺めてみるも、何も起こらない。

 

「ナーベラルぅ、鑑定できるぅ?」

 

 エントマがナーベラルに向けて剣を放ると、ナーベラルは眉根を寄せてそれを受け取った。

 

「……私は<道具鑑定>(アプレ―ザル)系統の呪文は習得していないわよ?」

 

「それはみんな知ってるっすよー。ユリ姉は武器を持たないし、私は杖持ちだし、刃物の目利きが多少でも出来そうなのはナーちゃんかソーちゃんしか居ないじゃないっすか」

 

 ルプスレギナの言葉を受けて、ナーベラルは頷くと剣を鞘から抜いてしげしげと眺めた。

 

「どうかしらナーベラル?」

 

 少し間を置いて、ユリが声を掛けると、ナーベラルは肩を竦めて剣を鞘に納めた。

 

「正直、大したものではありませんねユリ姉様。……ただ、私がモモン様のお供をしていたときに下等生物(ウジムシ)共の多くが振り回していたナマクラよりはいいものかと思います」

 

『……まあ、お前達が与えられている装備からすれば、その剣はゴミも同然ではあるな』

 

 アインズの補足説明が入る。その剣は、アインズがドワーフの国を訪問したときに工房と話をつけて格安で引き取ってきた、未来のドワーフの名工達の手に連なる代物である。平たく言うと、工匠の徒弟達が修業で作った習作の数打ち品だ。当然そんなものに工房の印をつけるわけにはいかないと渋る親方に、出所は明らかにしないしドワーフ製だと喧伝するようなこともしないと説得して譲って貰ったのである。

 だがそんな代物でも、冒険者を目指す若者がなけなしの金をはたいてやっと購入するであろう粗悪品よりは遙かに上等なのは明らかであった。金銭を渡しても散財するしか能がない刹那に生きる冒険者達に、現物を支給することで戦力の向上を促し、アインズの懐が余分に痛むのを抑える、一石二鳥の配置である。

 

『お前達には意味のない代物だから、まあ後で返しておいてくれ。貨幣の方は、小遣いにでもするがいい。端金で悪いがな』

 

 テストプレイで財貨を放出するのは断腸の思いであったが、装備品は回収が前提であるし、とにかくできるだけ実際の運用と同じ形にすべきだろうと思ってなけなしの個人資産から小銭を入れておいたアインズの声は震えた。……冒険者の育成は国家事業にする計画なのだから、個人資産から支出をする必要はないことに彼が気づくのはもう少し後の話である。

 

「かしこまりました、お気遣い感謝致しますアインズ様」

 

 ユリがそう答えて促すと、ソリュシャンが頷いて体内に戦利品を収納する。その様子を観察しながらアインズは思う。この収納の問題も、彼女達と人間の冒険者達では全く事情が異なるんだよなあと。ソリュシャンは体内に人間一人以上の体積を余裕で格納することが可能だし、そうでなくともNPCには収納(インベントリ)がそれぞれ与えられている。魔法の鞄すらもたないであろう人間の冒険者達とは積載負荷が異なって当然だ。

 アインズがそんな思いを巡らす間にも、戦闘メイド(プレアデス)姉妹達は隊列を整えて再び探索の途についた。彼女達の冒険はまだ始まったばかりである――

 

 

 




《友好的なモンスター》
 生まれながらの性格が変更される程の衝撃を自我に与える唯一の行動が、迷宮内で出会った友好的な他の冒険者モンスターに対する振る舞いである。
 善悪混成PTでは友好的なモンスターが出現してしまった時点でどんな選択肢をとろうとも結局誰かの性格が変わる危険が発生するが、ゲーム的には変わることにたいしたデメリットはない。よって本当は本人の意向を無視してさっさとユリ姉を悪堕ちさせた方が手っ取り早い。

《宝箱》
 迷宮に巣くうモンスター達が己の縄張りとしているのが、扉によって外界と区切られた玄室であり、その中には彼らのとっておきの財産を保管する金庫がある。
 それが宝の箱であり、持ち主以外の他者が不届きにも手を伸ばそうとすれば、仕掛けられた罠がたちまちのうちに火を噴くであろう。そこで満を持して登場するのが、仕掛けられた罠を熟練の技で解除する盗賊職の冒険者である。彼らは戦闘中は殆ど置物レベルで役に立たないが、戦闘後に戦利品を無事に入手するためには必要不可欠な存在なのだ。

《罠》
 Wizにおける罠の解除は、二段階の工程を経て実施される。
 最初が罠の識別。罠をうっかり作動させない範囲で宝箱を観察し、仕掛けられた罠を推定するフェーズである。ソリュシャンは反則的なレベルのショートカットをかましたが、本来ここが盗賊の腕が最も問われる部分である。
 罠の種類を特定したら、いよいよそれを踏まえた解除工程に入る。Wizにおいて罠の構造はその種類ごとに千差万別の精緻な仕掛けであり、万が一罠の種類を間違えていた場合はたちどころに正解を教えてくれる(※2)親切設計である。
 最初に罠の種類さえ正しく特定できていれば、解除の方は識別ほどの技量を要求されない。
 ……いつからカルフォ(※3)が絶対だと錯覚していた?

※2:勿論、実際に発動して見せることでな。
※3:当てにならないボンクラ盗賊の代わりに、神様が仕掛けられた罠の正解を教えてくれる信仰系魔法。正答率は95%。100じゃないところがミソ。

《鑑定》
 入手したアイテムは最初は「大雑把なくくりの不確定名がついたなんだかよくわからないもの」であり、正確な効果や性能ははっきりしない。鑑定というスキルを用いることでその正確な名前と性能を識別することができるが、失敗すると呪われる……こともある。一応、「どう転んでもただのロングソードよりは強いはずだろ」とか、「“ぶき”なら装備可能職種で特定できるやろ」みたいに不確定名のまま使う荒技も可能。
 PTメンバーが鑑定できない場合は故買屋の商人に目利きして貰うこともできるが、下取り価格と鑑定費用が同じであり、依頼した時点で儲けが一銭もなくなるという外道っぷりである。それを逆用して、見積もり額から鑑定結果を類推するのを常套手段とするくらいには冒険者も強かなのでお互い様ではある。
 オーバーロード世界において鑑定の役割は魔法が受け持っている上、NPCのプレアデス達にそのような呪文を習得する遊びがあるとは考えにくいため、SSに落とし込むのを断念した。

《所持数》
 Wizにおいて一人の冒険者が所持できるアイテムの数は8個である。これには、武器防具の装備や、各種キーアイテムも含む。つまり、前衛の戦士職の人間は剣・盾・鎧・兜・小手・装飾品で6枠が埋まり、他のアイテムを2個しか持てない。
 これはRPGの系統がどうというよりは、容量がカツカツだったCRPG黎明期のハード制約的な問題が大きい。FC時代のRPGには装備とキーアイテムをもったら回復薬数個分の余裕しかないなんて話はざらにあった。
 後衛職はそこまで装備部位が多くならないというのもあるが、どうせこの時代は直接攻撃に晒されることがないと割切って装備を減らす工夫も求められる。耐性を上げる装飾品と必須のキーアイテム、魔法効果があるマジックアイテムを持たせて後は裸という戦略は普通にアリなのだ。結果、フル装備で全身を固めた戦士が指輪を8個持った盗賊を見て真顔になるという現象が起きたかどうかは定かではない。


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