Ainzardry   作:こりぶりん

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 冒険者にとって戦闘能力は重要だ。
 だからといって、戦闘しかしない奴は脳筋だ。
 ……待つのだユリ。今のは褒め言葉じゃないからな?



B6F:イェィ!……

 ある意味ではどうしようもなく場違いなそのフィギュアが出てきた理由を訝しむ姉妹達と、その疑問に含み笑いを返すだけで答えようとしないアインズ。彼女達の混乱を嘲笑うかのように、その後も階層守護者達のフィギュアが出るわ出るわ……

 別にソリュシャンの体内に全部収めることは余裕であったし、それを言うなら姉妹達の誰であろうと収納(インベントリ)の中に全て放り込むことも可能であったのだが。細部の作り込みは諸々の事情を抜きにしても素晴らしかったし、それについて言及するとアインズのテンションが露骨に上がったので聞くまでもなく制作者を察した一同は、全員がそのフィギュアを欲しがった。

 見つかったのがデミウルゴスのフィギュア一体であったら揉めたであろう。その挙げ句、最終的にはそれが見つかる前から荷物を一括管理することになっていたソリュシャンが持つ事に正当性を認めて落ち着く結果になったことは想像に難くない。だがまあ、全員に行き渡るほどの数があったのでそれぞれが一体ずつフィギュアを持つ事になった。

 ユリはアルベドを。ルプスレギナはセバスを。ナーベラルはコキュートスを。ソリュシャンはシャルティアを。シズはアウラ&マーレを。エントマはデミウルゴスを。以上の組み合わせで、発見された守護者達のフィギュアをそれぞれが管理することとなった。この組み合わせにそれほど大層な意味があるわけではないが、姉妹の中で比較的強い希望を真っ先に出したナーベラルは、かなり嬉しそうに全長三十センチを超える蟲王(ヴァーミンロード)のフィギュアをそっと撫でた。

 

「ナーちゃん嬉しそうっすね。コキュートス様と仲いいもんねえ」

 

 ルプスレギナが声を掛ける。彼女の担当はある意味余り物のセバスである。彼女らの直接の上司であるセバスが嫌われているというわけでは勿論無いが、それだけにセバスの存在は姉妹達の誰にとっても等しく価値を持つので、ナーベラルがコキュートスと仲がよいなどという個別の事情を考慮した後の残りとして扱われる側面を持つのだ。

 

「はいはい、とりあえずその辺にしておきなさいね」

 

 ユリがぱんぱんと手を叩く。ユリはアルベド派、ソリュシャンはシャルティア派としてそれぞれのフィギュアを引き受けた。シズはアウラのペットにしょっちゅうお世話になりに行く縁で、エントマはデミウルゴスに食事の件で便宜を図って貰っていることから希望を出した経緯がある。

 

「……ガルガンチュア様は不在?」

 

 シズがぽつりと呟く。そういや階層守護者が勢揃いしているというわけでもないな、存在しないのかまだ見つけてないだけなのか……そう頭を捻ったプレアデスの下に、これについてはアインズの声が解答を示してきた。

 

『まあ、ガルガンチュアは他の守護者と同じ規格で作ったら三メートルを突破してしまうからな。それは流石に扱いに困る。かといって一体だけ縮尺を変えるのもなあ……』

 

「……成る程、了解」

 

 

 

 

 気を取り直した一同が探索を続けていくと、やがてその施設に行き当たった。

 その小部屋は、一同が入ってきた扉とは反対側にもう一枚扉があり、奥に抜けることが可能になっているようだった。だが、真っ先に目を引くのは、その扉にはノブも鍵穴もついてない、これまでこの地下迷宮内で出てきたのとは明らかに一線を画するのっぺらぼうのようにつるつるな一枚板であることだ。ソリュシャンが無言でその扉を調べ始めるのを横に、残りの姉妹達は小部屋の中央に据え付けられた台座の周囲に集まった。

 腰の上くらいの高さの、大理石で出来た台座である。その天辺は金属で覆われており、その中央部にはお盆程度の大きさの丸い窪みがあった。

 

「……なんだかこの形、見覚えがあるような……?」

 

 ユリが呟くと、シズが頷いた。

 

「……同意。この形状は、守護者フィギュアの台座と同じ大きさであると推定」

 

「つまり、あのフィギュアのどれかをここに置けばいいってことぉ?」

 

 エントマが疑問を呈したところに、ソリュシャンが戻ってきて合流した。

 

「……ダメですわね。鍵穴はおろか、いかなる仕掛けも見つかりませんでしたわ。こちらの台座と連動した仕掛けになっていると推測するのが妥当かと」

 

「じゃあ片っ端から嵌め込んでみるっすか?」

 

 ルプスレギナがそう言うと、ナーベラルが首を振って答える。

 

「……やめておいた方がいいかも。あれだけ候補があるのなら、間違えたらペナルティがあるかもしれないわ。それに、アインズ様の目的を考えれば、総当たりで順番に試すなんて姿をお見せするのはスマートとは言えないもの。何かヒントはないかしら?」

 

 ナーベラルの言葉にそれももっともだと頷いた一同が、手がかりを求めて台座の周囲を調べ始める。程なく、台座の側面に文字が刻まれているのをシズが発見した。

 

「……発見。ここに……“蛙の置物”と書いてある」

 

 それを聞き、シズの周囲に集まってその指先が示すものを覗き込んだ一同は、怪訝そうな顔を見合わせる。長い沈黙の後、姉妹の視線がエントマに集まった。

 

「……うぇ?」

 

 エントマがデミウルゴスのフィギュアを取り出し、恐る恐る台座の上の窪みに設置する。予想通り円形の窪みにフィギュアの底板がぴったりとはまり込むと、一瞬の間を置いて回路が繋がったような感覚を魔法詠唱者(マジック・キャスター)のエントマとナーベラルは感知した。

 台座を伝って足下から魔力を吹き込まれたデミウルゴスのフィギュアがめりめりと変形し、背中から蝙蝠じみた黒い羽が生えてきた。頭部も人型から蛙のそれへと変わり、完全に半悪魔形態へと移行する。変形完了後、デミウルゴスのフィギュアは生命が宿ったかのように滑らかな動きで、ぴんと伸ばした前足を左右に振って踊り出した。あまりにも凝ったギミックに姉妹が目を奪われ、感嘆のため息を漏らすその間に、緑色の光が台座の下から床を這って走っていき、奥の扉の真ん中を真っ二つに断ち割る。ゴゴゴ、という鈍い音と共に扉が左右に割れていき、奥へと続く通路がその向こうに現れた。

 

「……正解だったようね」

 

 ナーベラルが呟くと、ソリュシャンが考え込みながら言った。

 

「デミウルゴス様が“蛙の置物”というのは……私達ナザリックのシモベなら簡単に連想することではあるけれど、外の人間共にそんな発想が出来るのかしら。これは所謂、内輪ネタというものではないのかしら?」

 

『……』

 

 その言葉に反論が思いつかなかったのか、一同の間に沈黙が落ちた。暫く口を挟んできていないアインズも、だんまりを決め込んだままだ。

 すると、ユリがぽんと手を打った。

 

「……そうか、分かったわアインズ様の狙いが!」

 

「……ユリ姉様、本当?」

 

 ユリは相槌を打ったシズに頷き掛けると、勢いこんで言葉を紡ぐ。

 

「ええ。アインズ様は私達に気づいたことがあったら何でも意見を述べて欲しいと仰っていたわ。つまりこれは……分かりやすいツッコミどころを用意することで取っ掛かりにし、皆が意見を述べやすくするという至高の御方の深遠な狙いがあるということでしょう」

 

『……えっ』

 

 ユリの言葉を聞いた一同は、納得して感じ入った。成る程、言われてみれば確かにその通りに違いない。流石はアインズ様、我々などには及びもつかぬ深謀遠慮の持ち主であられることよ……

 一通りアインズの知謀を褒め称えた後で、さあ出発しようと言うところでエントマがぐずった。

 

「……私の人形ぉ……」

 

 取り外すと扉が閉まってしまうので、デミウルゴスのフィギュアはここに置いて行かざるを得ない。たまたまその担当であったばかりに、自分の分を失ってしまったエントマが名残惜しげにフィギュアを撫で、いまだに振り回される小さな前足と握手していると、ユリが彼女の頭を撫でて言った。

 

「こら、エントマ。我が儘言わないの。もし同じような物が見つかれば次はあなたにあげるから」

 

「ホントぉ、ユリ姉様? ありがとぉ!」

 

 切り替えの早いエントマがけろっとした顔で隊列につく。……どうせ仮面蟲なので最初から表情は変わらないのだが。もーエンちゃん調子いいんだからー、などと和気藹々と開いた扉の奥へ進んでいく。

 だが、次に出てきたのは新たなフィギュアなどでは勿論なかった。

 

「……また、台座」

 

 全員の気持ちをシズが代弁した。

 暫く探索した後に辿り着いた部屋は、全員の心に既視感を覚えさせるほど先程通った小部屋に酷似していた。つるっとした表面の凹凸のない扉、中央に設置された台座とその天辺に開いた窪み。道を間違えて戻ってきてしまったかと勘違いしそうである。

 ソリュシャンが無造作な足取りで台座に近づき、跪いて先程確認した側面の文字を探す。と、彼女の体がびくんと震え、その動きが静止した。

 

「……? ソリュシャン、どうかしたの?」

 

 ナーベラルが不思議そうな声を掛けると、ちらりと後ろの姉妹達を一瞥したソリュシャンは、無言で一同を手招きした。怪訝な顔でぞろぞろと台座の周囲に集まったプレアデスの面々は、そこに刻まれた文字を見た。

 “ゴリラの置物”。この部屋の台座にはそう刻まれていたのである。

 再び部屋を沈黙が満たした。

 全員の額を嫌な汗が流れ落ちる。この台座が指定している像がなんなのか、分かる気がするのだが分かりたくない。

 ごくり。誰かが唾を飲み込む音がした。痛い程の静寂が場を満たし、おい誰かこの空気何とかしろよ、と言った視線を交わし合う。

 最初にしびれを切らしたのはルプスレギナであった。待つのは彼女の性に合わないのだ。

 

「ね、ねえ。このゴリラってさ……もしかしてア」

 

「不敬よルプーっ!?」

 

 ばちーん、と威勢のいい音を立てて、ナーベラルの平手がルプーの頬を引っぱたきながら両手で彼女の頬を挟み込みホールドした。

 

「……ひたひっすナーひゃん」

 

 挟まれた頬でくぐもった抗議の声を上げるルプーの顔を正面に引き寄せて、ナーベラルが姉の顔を覗き込む。

 

「いいかしらルプー。いくらあなたがお調子者でも、言っていいことと悪いことがあるわ。それをわきまえたらこの手は離してあげる。いいかしら、理解できたなら……」

 

 背後から肩をつつかれ、ナーベラルの声が途中で止まる。声を掛けたのはソリュシャンだ。口元に皮肉気な笑みを浮かべて、ナーベラルの後頭部に顔を寄せて囁いた。

 

「でもねナーベラル……ルプスが“ア”しか言ってないのに反応できた時点で、あなたも同じ名前を想像したってことじゃないかしら?」

 

「ぐっ……?」

 

 図星を突かれたナーベラルの顔が苦悶に歪んだ。まあ、その渾名は某階層守護者が事あるごとに口にしているので、今更と言えば今更である。

 

「それにねナーベラル。この語句を刻んだのはアインズ様のご指示によるものなのだから、それを不敬と罵るのはアインズ様を罵るのにも等しい行為だと思わないかしら。わかる? 不敬なのはルプスじゃなくて、あなたなのかも知れないわよ?」

 

「……」

 

 ソリュシャンの指摘に、ナーベラルははっとして顔色を変え、ぎりと奥歯を噛みしめた。確かに彼女の言うとおり、この仕掛けを用意したのが至高の御方なのであれば、その内容にケチをつけるのは自分の方が御方を侮辱する行為なのかもしれなかった。

 

『あー、うん……ほんのお茶目なジョークだから、そこまで気にせずとも……』

 

 困惑したようなアインズの声が降ってくるが、その内容も頭に入らず右から左へ素通りしていく。ルプスレギナの頬から手を離し、がくりとその場に膝をついてわなわなと震えだしたナーベラルの肩に、ユリがそっと手を添えた。

 

「ナーベラル……いいのよ、諦めましょう。あなたの忠義は私が見届けたわ。アルベド様には私がとりなしておくから」

 

「ユリ姉様……ありがとうございます」

 

 ぎゅっと抱き合う姉と妹を見て、ルプスレギナがぽつりと呟いた。

 

「いや……アルベド様には黙ってりゃばれないんじゃないすかね?」

 

「それを怒るのがアインズ様に対する不敬だという理屈は、アルベド様にも言えることですものねえ」

 

 ソリュシャンがそう言って同意すると、アインズの情けなさそうな声が聞こえてきた。

 

『いや、その……スイマセン、アルベドには内緒でお願いします……』

 

 勿論、プレアデスに異論があろう筈もない。

 それ以上そのことには触れずに、ユリがアルベドのフィギュアを取り出して台座に嵌め込むと、前回と同様に魔力の流れが動いて扉が左右に割れた。(めきめきと音を立てながら変形していくフィギュアからはなるべく目を逸らしながら)一行が扉を潜りその奥を覗き込むと、冷え冷えとした空気が下から流れ出してくる。奥に広がる細い通路の先には、床面に開いた黒々とした穴の中、更なる地下へと続く階段がその不吉な姿を露わにしているのであった。

 

 

 




《蛙の置物》
 小さい銀色にかがやく円盤には、赤と青のケープを羽織った蛙の彫像が載っている。
 その彫像は金属製だというのに、不思議にも生命を吹き込まれ、前足を左右に振り、
 “イェィ!!!・・・”と甲高い声を発しながら踊っている。

ゴリラ熊の置物》
 小さな台座の上に熊の彫像がある。
 その後ろの看板には、“オレは何百万も奴らをヤったぞ”

《置物》
 システム的な観点から言えば単なる鍵と、それに対応した扉の組み合わせと変わらない。
 内部的に言えば唯のフラグ処理だ。
 だが、そこを敢えて彫像にすることでプレイヤーに想像する余地が生まれる。
 あるいはひとたび手に取ると原住生物が大挙して取り返しに来る信仰シンボルになっていたり。あるいは皆が持ってきてその辺に捨てていった結果、新参にはキーアイテムに見えて更に探してくると言う悪循環を形成したただのガラクタだったり……
 なお、アインズ様は本当はハズレの置物を作る気はなかったんだけど、デミウルゴスの彫像を作ったらそれを見て羨ましがった階層守護者達が我も我もと直訴しに押し寄せたという経緯があるらしい……という設定。


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