オーバーロード P+N シャルティアになったモモンガさん   作:まりぃ・F

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第2話 ここは辺境の森(前)

 目を覚ましたモモンガの頭の中は、様々な疑問であふれかえっていた。見覚えのない景色が、さらに不安を煽りたてる。ここは、何が、どうして、なぜ。疑問が膨れ上がってどうしようもなくなり、パニックを起こして叫びそうになった時、一瞬で意識がクリアになった。

 

「え……」

 

 突然のことに、モモンガはきょとんとした顔で周囲を見渡す。その目に映るのは、やわらかな陽射しを浴びて風に揺らめく大自然の眺めだった。

 そこには、先ほどまで感じていた恐怖にも似たものはまったく見出だせない。どこか心の落ち着く、穏やかな風景だ。

 

(こんな時こそ、冷静にならないと。そうですよね、ぷにっと萌えさん)

 

 ギルドで軍師役をつとめていたメンバーの言葉を思い出し、表情を引き締める。

 

(さっきのことも気になるけど……まずはこの状況からだな)

 

 自分の精神に生じた現象のことはとりあえず後回しにして、優先順位を決めた。ここははたしてゲームの中なのかどうか、それとも現実か、それとも……。モモンガは知識と経験を総動員し、検証を始めた。

 結局のところ、それで得られた答えはどちらでもないだろうということである。ゲームの中ではなくモモンガが現実に暮らしていた世界でもない。それ以上の考察はとりあえず棚上げし、次に移った。

 モモンガは自分の身体を見下ろす。そこには、漆黒のボールガウンを纏った小さな姿があった。これは、シャルティアのもので間違いないだろう。袖口から覗く小さな手を広げてみても、骨ではない普通の――というには爪の形まで完璧に整えられた美し過ぎる――手だ。顔をぺたぺたと触ってみたが、これも骸骨ではない。銀色の髪を手に掬って間近で眺めてみたが、光をうけてキラキラと輝くさまは貴金属を凌ぐほどの美しさに思えた。さらさらとした手触りも例えようがないほど心地よく、思わず頬擦りしてしまう。

 

(鏡とかないかな……)

 

 ふとそんなことを考えたモモンガは、無意識のうちにアイテムボックスを探っていた。そしてその存在に気づく。あわててそこに意識を向けてみると、自然とその使い方まで頭に浮かんできた。

 

(鏡、鏡……と、あった、って多っ)

 

 そこには大小十枚以上の鏡が収納されている。モモンガはその中でももっとも大きい、二メートルを超える高さの姿見を取り出した。幅もそれなりにあるためかかなり重そうで、地面に下ろされた際に大きな音をたてる。そんな代物を小さな少女が軽々と扱う姿は、端から見るとかなり違和感があった。

 しかし本人はそんなことに気がつくことなく、幾分緊張した面持ちで鏡の前に立つ。曇りひとつない鏡面に写し出されたのは、間違いなくシャルティア・ブラッドフォールンの、先ほど見たままの美しい姿だった。ただひとつ違っているのは、表情が動くということだろう。

 しばらくの間、自分がここにいることを確かめるように視線を鏡面と自身とを何度も往き来させたり、鏡に向かって手を振ってみたり、いろいろなポーズをとってみたり、奇行じみた行動を繰り返していた。やがて満足したのか、鏡を仕舞いこむ。

 

(次は、スキルだな)

 

 アイテムボックスを使った時のように、シャルティアのスキルに意識を向けてみた。それに伴い、脳裏に情報が浮かび上がる。間違いなく使えるとの確信とあわせて。実際にいくつか発動させてみたが、問題なく使用することができた。

 魔法も同様である。今までモモンガが使ったことがない信仰系の魔法だったが、その効果や範囲などもすべて把握できた。呪文を唱えてみたが、思ったとおりの効果が得られる。ゲームの中ではない、リアルな場所で発現する魔法という力に、凄まじい高揚感が沸き上がってきた。

 そしてもうひとつの疑問が浮かぶ。元々の自分の、モモンガとしての力はどうなったのか。答えはすぐに出た。スキルも魔法も、最上位たる超位魔法すらもすべて使えるだろうという答えが。

 今の自分は、シャルティアにモモンガの力すべてを――ステータスすら――上乗せした存在となった。それを理解した時、モモンガの高揚感は抑えようがなくなる。

 それが最高潮に達した時、再び沈静化された。冷静になったモモンガは、今度こそその現象に見当をつける。

 

(アンデッドの、精神異常無効化か……?)

 

 疑問が無いわけでもないが、そのあたりが影響している可能性が高かった。しかしサンプルが自分しかいないために、これ以上の検証は難しいだろう。

 そしてモモンガは、最後にもうひとつ重要な検証の必要性を感じていた。

 

(そう、これは必要なこと、必要なことなんだ)

 

 自分に言い聞かせながら視線を下げ、身体を見る。しかし次の瞬間顔を上げ、あたりを伺うように見回した。有り体に言って、いささか挙動不審である。

 

(誰も覗いてないよな、ってああぁっ)

 

 モモンガは慌てた様子で呪文を唱えだした。次から次へと、探知阻害や欺瞞・隠蔽などなど情報系の魔法をありったけかけていく。

 

(こんなことを忘れてたなんて)

 

 ユグドラシルにおいて、情報系の魔法で身を守るのは基本中の基本だ。この場所が何なのかはよくわからないが、かけておいて損はないだろう。

 魔法をすべてかけ終わると、シャルティアの可憐な唇からふうっと安堵の吐息が漏れた。今のところは、監視されているようなことは無さそうである。

 

(さて、と、次)

 

 実のところモモンガは、この身体にある違和感を感じていた。それを確かめるためにも、意を決して行動を開始する。

 シャルティアの白い小さな手が、自身の大きな胸を服の上から掴んだ。その大き過ぎる膨らみは、その小さ過ぎる手のひらでは到底掴み切れなかったが。

 それでも細い指が服の上から食い込み、そしてゆっくり押し戻される。感触を確かめるように何度か。

 緊張と困惑がない交ぜになったような表情で自分の胸に触れているシャルティアの姿は、淫靡というより性に疎い少女が発育に戸惑っているような、どこか微笑ましく感じさせるものだった。まあ、モモンガの内心はともかくとして。

 その手のひらには服の手触りとそのすぐ下にある少し硬めの薄い感触、さらには包み込もうとする柔らかな弾力が感じられた。

 そしてその胸には、沈みこんで来る指の感触がはっきりと。

 違和感が予想に、予想は確信へと変わった。シャルティアの赤い瞳が一度そっと閉じられた後、再び胸元に向けられる。そして服の胸元を寛げると、大きく広げた。

 漆黒の隙間から、精緻な――ギルドメンバーのホワイトブリムがメイド服のためにデザインしたような――刺繍の施された純白の下着に包まれた、白蝋じみた肌の大きな胸の膨らみが現れる。二つの膨らみは、見事な谷間を形作っていた。

 

(やっぱり本物かぁ)

 

 これが違和感の正体だ。モモンガは指先で、下着から零れているあたりを突っついてみる。直に返って来るその感触は、柔らかさと弾力を兼ね備えた、モモンガが今まで知らなかった素敵なものだ。

 

(生体パッドとかじゃ無いよな?)

 

 そんなものがあるのかどうかは解らなかったが、いずれにしてもこの胸は本物だろう。だとすれば、これは一体どういうことなのか。

 

(テキストが無効化されてる?)

 

 性格など精神面も、継承しているとは思えない。それがもっとも妥当な判断かと思われた。モモンガがシャルティアの中に入ったせいで設定が押し出されたのか、矛盾するために消されたのか。どうやら友人の作った設定を失わせてしまったらしいことに、モモンガはいささか罪悪感を抱いた。

 その脳裏に、かつてペロロンチーノが嬉々として語ったシャルティアの設定の数々が思い浮かぶ。死体愛好家、両刀、サド、等々。もしかしたら、消滅した方が世界平和のためにも良かったのかもしれない。

 

(うん、俺は忘れないよ、ペロロンチーノさん)

 

 モモンガは静かに設定の冥福を祈った。ついでに絶対残っていませんようにと。わりと本気で。

 そしてまだこの検証は終わってはいないのだ。胸元をはだけさせたまま、シャルティアの顔が辺りを見渡すように動かされる。

 

(少し、開け過ぎてるかな……)

 

 この場所は、他と比べても木々がなく大分明るく開けていた。それを避けるように、そそくさとシャルティアの姿は密集した木立の間へと消えていった。

 

 

 

 

 どれ程の時間が過ぎただろうか、シャルティアが木立の間から姿を現した。服装は隙なく整えられているが、その白い頬が幾分上気しているようにも見える。

 

(実戦使用しないで、無くなっちゃったなぁ……得たものもあるみたいだけど……) 

 

 モモンガはいろいろ複雑な思いを込めて、ひとつ大きなため息をついた。

 それはともかく、これで大分確証は得られた。やはり絶対にゲームとは思えないし、元の現実世界でもない。いや、実のところ答えは出ているのだ。思えば、途中からモモンガはそれを前提にして思考を巡らせていた。

 ここは、ゲームが、ユグドラシルが現実となった世界なのだと。どう考えても非現実的なことだ。ありえないはずなのに、どうしてもそこに行き着いてしまう。

 とりあえずモモンガは、他の事実が判明するまではそれを基本に考えることにした。

 

(あとはアイテムか)

 

 シャルティアのアイテムボックスは確認したが、自分のものはまだだったことに気づく。チェックしてみたところ、中身が見当たらなかった。スキル自体はあるものの、初期状態のように完全に空っぽになっている。

 

(ああ……神器級も……)

 

 アイテムボックスの中から今まで集めに集めたアイテムの数々が全部消えており、さらに当然というべきかゲーム終了時に全身に纏っていた神器級装備も無くなっていた。

 しかしなぜか、ワールドアイテムは残っている。腹部に手を当てて意識を向けると、装備状態でそこにあることがわかった。それほど大きなものではなかったが、この細い身体ではポッコリ膨らんでしまっても不思議はない。今後の活動を考えれば、そうならなかったことは有難かった。

 もっともそれを喜ぶダメ人間がいることもモモンガは知っている。

 

(やっぱりツルペタロリ妊婦は最高だぜ!)

 

 ペロロンチーノの妄言が、脳裏によみがえる。ついでに速攻姉にしばき倒される弟の勇姿が。

 そしてもうひとつギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。このふたつだけが、身体に同化するようにして存在している。

 どうしてこうなったのかは、無論さっぱりわからない。共通点といえば、せいぜいデータ量が極端に大きいというくらいだ。それでもこのことは、大量のアイテムを失って落ち込んだ心の慰めとなった。

 

(何というか、バグったみたいな感じだな)

 

 それが今回の件でモモンガが感じた印象だった。あとはいろいろ確かめるためにも、この世界の人間に会わなくてはならないだろう。モモンガは、それがコミュニケーション可能な存在であることを願った。

 歩き出そうとしたシャルティアの足が、ピタリと止まる。そしてガックリと崩れるように膝をついた。すべてのアイテムを失ったということは、あれも無くなったのだということである。超位魔法《星に願いを》を代償なしに三回使用できる指輪。

 

「お、俺の、シューティングスターぁぁぁ……」

 

 ボーナスをつぎ込んで課金ガチャでなんとか当てることが出来た超々レアアイテムは、一度も使われることなく消滅したのだ。

 モモンガは両手を地面について、慟哭した。 

 

 


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