オーバーロード P+N シャルティアになったモモンガさん   作:まりぃ・F

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第5話 ガゼフ・ストロノーフ

 モモンガが名のると同時に、周囲にどよめきが走った。ガゼフの顔にも驚きの表情が浮かんでいる。その思いがけない反応に、モモンガは動揺した。

 

(え、どういう……ま、まさかっ!)

 

 動揺は一瞬で限界を振り切り、すぐさま沈静化される。しかしまたすぐに押し寄せてくる感情に背中を突き飛ばされるかのように、モモンガはガゼフに詰め寄った。

 

「も、もしやアインズ・ウール・ゴウンの名をご存じなのですか!?」

 

 それはあきらめていた可能性。最後の状況から有り得ないと思っていたこと。

 ナザリック地下大墳墓も転移しているかもしれない。ギルドメンバーも誰か来ているかもしれない。そのせいで名前が伝わっているのかもしれない。

 そんな、淡くそして深い想いがモモンガの精神を大きく揺さぶった。

 

「お、落ち着いてくれ、すまんがその名には心当たりは無い」

 

 どこか切なげな表情で必死に訴えてくる姿に、先程までの超然とした面影はまるで無い。その落差に心を大きく動かされながらも、ガゼフはシャルティアの目の前で大きく手を振った。

 それを見ていたシャルティアの顔から、一気に表情が抜け落ちる。そして軽く後ろに飛び退くと、ちょこんと頭を下げた。銀の髪がさらりと揺れる。

 

「申し訳ございません。みっともないところをお見せいたしました」

 

 元の落ち着きを取り戻した少女は、貴婦人の礼節を見せた。しかしその端正な顔には、隠し切れない翳りがあるようにガゼフには思える。

 

「そういたしますと、なぜ皆さまは驚かれたのでしょうか?」

 

 わずかに首を傾げて問いかけるその姿は、やや子どもっぽく見えた。年相応ともいえる愛らしい仕草に、それを見た全員が大いに保護欲を刺激される。取り敢えずそれを脇に置いて、ガゼフは口を開いた。

 

「ん、まあ、その、長い名前だと」

 

 実のところ理由は別にあったのだが、ガゼフは取り敢えず言葉を濁した。それを聞いたモモンガは、小さく肩を落とす。

 

(うわー、やっぱりただくっつけただけじゃダメってことか!いけると思ったんだけどなー)

 

 かつてギルドメンバーにもダメ出しされたことを思い出し、自分のネーミングセンスに自信を失いかけた。しかし何とか気を取り直して、うつむきかけた顔を上げる。

 

「か、かもしれませんが、我が名はシャルティア・ブラッドフォールン・アインズ・ウール・ゴウン。これは真実の名」

 

 それは絶対に譲れないことだ。しかし、長すぎると確かに覚えにくいし呼びづらいかもしれない。ならば少し妥協するのも仕方ない。

 

「ですが、それならばシャルティア・ブラッドフォールンとのみお呼びください」

 

「ええ、疑っているわけではありません。ただ、いらぬトラブルを招くおそれがあるゆえ、普段はそうされたほうがよろしかろう」

 

 お互いの認識の違いに気づかないまま、ふたりは頷きあった。

 

(それにしても、今の、そして先程の身のこなし、大したものだが)

 

 なにしろガゼフが目で追いきれなかったのである。戦士としても訓練を受けているのか、あるいは魔法によるものかもしれなかったが。

 

「どうやら、いろいろ話すことがありそうですな。こちらにもお尋ねしたいことがございますが、そちらにも聞きたいことがございましょう」

 

 ガゼフの言葉にモモンガは同意した。それにこの相手なら信用できるだろう。

 

「はい、色々とございます。ですが立ち話もなんですし、どちらかに席をもうけ、そちらでいたしましょう」

 

 その返答にうなづいたガゼフは、ざっと辺りを見渡した。そして一軒の家にあたりをつけると、生き残っていた村人に確認する。

 そして使用の承諾をもらうと、部下へ指示を出した。数名がその家に入り、隅々まで調査を行う。異常なしとの報告を受けて、ガゼフはシャルティアに向き直った。

 

「あの家にしましょう。申し訳ないが自分はまだやるべきことがありますので、あちらでしばしお待ちいただきたい」

 

「はい、では失礼いたします」

 

 シャルティアは丁寧に頭を下げると、家に向かって歩き出した。その周りを、護衛として選ばれた兵が囲むように付き従う。

 それを見送ったガゼフは、村人たちのほうへ足を運んだ。今後の話を詰めるためである。

 残りの兵たちは、村の片付けを行うべく散っていった。そうして歩きながらも、話題に上るのはやはりあの美し過ぎる少女のこと以外にはない。

 

「可愛いかったなあ」「あんなキレイな子間近で見たの初めてだよ」「13ぐらいかな」「たぶん」「胸でっけー」「なに食ったらあんなんなるんだ」「ウエストは細すぎるだろう」「銀髪ってキレーだなー」「肌白ぇ」「身体弱いのかな」「同じ人間とは思えん」

 

 その容貌やスタイルはむろん、服装、装備、仕草など話の種には事欠かなかった。そしていずれにせよ、ある話題へとたどり着く。

 

「シャルティア様……と言ってたっけ」

「シャルティア・ブラッドフォールン・アインズ・ウール・ゴウン様だな」

「よく覚えたなお前」

「なあ、名前が五つって、確か……」

「ああ、王族だ」

 

 王国や帝国においては、平民は二つの名しか持たず、身分が上がるごとに増えていく。王族なら称号込みで五つである。つまり、これは自分が王族だと宣言したに等しかった。もちろんモモンガにそんな知識があるはずもない。

 兵たちにしてみればまったく聞いたことのない名前だったが、おそらく遠方の国の出なのだろうと考えていた。

 

「シャルティア姫か……」

「うん、キレイな名前じゃん」

「お似合いだよなー」

 

 

 

 

 

 そしてそれは、護衛として従ったものたちも同じように考えていた。というよりむしろ、より強くはっきりと感じているだろう。気品と威厳をごく自然に身にまとい、悠然と歩くシャルティアの姿を目の当たりにしていれば。

 

「こちらへどうぞ、姫」

「は?はい、ありがとうございます」

 

 モモンガにしてみれば、姫という呼称にあまり特別な意識は持っていなかった。せいぜい女性をちょっと持ち上げる時や、黒一色の中の紅一点を指すぐらいだろうか。

 

(いいですかモモンガさん!だからこそのオタサーの姫なんです!非モテの男たちの中に紛れこんだ女がひとり!もうそれだけでそこにはエロスが!)

(黙れ弟)

 

 ちょっと戸惑いを感じながらも、ギルド名物姉弟どつき漫才を思い出していた。

 

(まあ、見たところ男しかいないみたいだしなー。実際そんなとこかね)

 

 あれこれ世話をしてくれる兵たちに、大げさにならない程度に礼を言って微笑む。それを見た兵たちは、感激を抑えられない面持ちで恐縮していた。

 

(これくらいのサービスはかまわないか。愛想よくしておけば、何か役にたつかもしれないし)

 

 モモンガは改めて視線を巡らせてみたが、部屋の中には見るべきものはない。内装にせよ調度品にせよ見たことがないほどみすぼらしい代物だった。

 あらかたことが済み、場を沈黙が包む。モモンガは、相手方が声をかけたくても躊躇っている雰囲気を察した。ここは、客人として遇されている自分から話かけたほうがいいだろう。

 

「あの、お尋ねしたいことがあるのですが」

「はい!」

 

 全員の声が元気よく綺麗に揃った。内心ちょっとびっくりしながらも、努めて平静を装う。

 

「戦士長さまとは、どういったお方なのでしょうか」

 

 その言葉に兵たちは、戸惑ったように顔を見合せた。最強の戦士として名高いガゼフ・ストロノーフについて、このように聞かれたことはない。しかしそれにも納得する。それほど遠くから来たのだろうと。

 皆でうなづきあうと、兵たちは怒濤のごとく喋りはじめた。生まれは平民であること、御前試合のトーナメントにて圧倒的な実力を示して登用されたこと、その強さや武勇伝、などなど。

 

(人気あるんだなぁ)

 

 その熱のこもった言葉を聞いていれば、ガゼフという男がどれほど部下に慕われているのかわかった。単に強いからというだけではなく、その人柄ゆえにということも。

 

「戦士長さまは、素晴らしいお方なのですね」

 

 その言葉とともに輝きを増した美姫の笑顔からは、お世辞や追従といったものは一切うかがえない。そんな様子を見た兵士たちは、我がことのように喜んだ。

 ガゼフ・ストロノーフは、貴族からの受けが悪い。平民の出であることが大きいが、決して貴族に媚びずに実直を貫く態度も一因だろう。そしてそれは部下である騎士ではない戦士たちへの評価でもあった。

 国王と対立している派閥のものたちはむろん、ガゼフと同じ国王派の貴族からも同様の扱いである。きちんと評価しているのは、国王とラナー王女をはじめとする極一部だけだ。

 そこへこの称賛の言葉である。欲にまみれ傲慢で正しく人を評価できない貴族たちにくらべ、この美しく礼儀正しい姫君は偏見なく見ている。見目麗しいだけでなく人柄にも優れた姿に、兵たちの評価は急上昇していた。

 そこに扉を叩く音が響く。護衛兵がさっと頭を寄せ、確認を取ってうなづいた。

 

「姫、戦士長がお見えです」

「はい、すぐにお入りいただいて下さい」

 

 返答とともに、シャルティアはすっと綺麗な姿勢で立ち上がる。その気品ある所作の中にガゼフへの敬意を感じ取り、兵たちは改めて感激した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、そのようなことが……」

 

 重々しくガゼフはうなづいた。その表情は真摯なもので、相手の言葉を真面目に受け止めているのがわかる。

 もちろんモモンガはすべてを語ることはしなかった。特にユグドラシルについてなど、説明のしようがない。結局のところ、遠いところから魔法的手段で転移してきた、出身はユグドラシルにあるナザリックという都市、といったあたりをぼかして伝えるほかなかった。

 そしてさらにいくつかのやり取りの結果、ガゼフたちの頭の中にはおおよそ「ユグドラシル地方の都市国家ナザリックの魔法に長けた王女で、転移魔法の暴走により遠くここまで飛ばされ、しばらく森をさまよっていた」といった事の経緯が出来上がっていた。

 モモンガとしては、王女という身分については否定している。もっともガゼフたちは「ええ、わかってますから」とうなづきながら流していたが。

 

(いや、わかってないでしょ!)

 

 心の中で絶叫してもなにも変わらず、結局そのあたりはうやむやになってしまった。

 ガゼフからは、より広い範囲で周辺の様子を聞くことができた。さすがに戦士長ということはあり、先程の騎士たちより話題が広い。本人は謙遜していたものの、やはり地位による知識の差は大きいようだった。

 さらにこの世界におけるゴブリンやオークなどの亜人について、モンスターについても様々な情報が得られた。あとはそれらを退治するという冒険者と呼ばれるものたちについても。

 

「それで、これからどうなさるおつもりかな?我らはエ・ランテルに向かいまして……」

 

 ガゼフたちは取り敢えずここで一晩過ごしたあと、村人や捕虜を連れて近郊で最大の都市エ・ランテルに向かうという。そこで村人を置いて、さらに王都を目指すようだった。

 モモンガにしてみれば、このまま辺境をさまようのも悪くはないが、この世界の都市を見てみたくもある。人の多い場所ならば情報も手に入れやすいだろう。

 

(それに……興味あるしな、冒険者。どんなだろう)

 

 モモンガの知っている冒険者は、ゲームや小説に出てくるようなものだ。それもほとんどギルドメンバーから聞かされた話でしかない。

 そしてガゼフの話によると、特に出自などは問われないようだ。ならば身寄りもなにもない自分が身を立てるには、これしかないのではないかと思える。

 

「はい。もしよろしければ、エ・ランテルまでご一緒させてください」

「ええ、もちろんです。それに我々といれば、検問所も楽に通れますよ」

 

 その言葉にモモンガははっとなり、もとの世界にあったアーコロジーの入り口を思い出した。やはりどこの世界でも、大切な都市は厳重に守られているということなのだろう。

 正直、今の自分の姿はとても普通とは思えない。何らかのトラブルが発生する可能性は高かった。これは思わぬ幸運だろう。

 

「では、よろしくお願いいたします」

 

 

 

 

 

 もうすぐ日も暮れようとしている草原に、四十五人にもなろうかという集団が集まっていた。その統制の取れた動きは、部隊の練度の高さを示している。

 スレイン法国神官長直轄特殊工作部隊群である六色聖典のひとつ、陽光聖典。それはガゼフ抹殺のために送り込まれた部隊だ。心身共に鍛え上げられているというだけでなく、全員が最低でも第三位階の魔法を習得した高位の魔法詠唱者でもある。

 村を襲った騎士隊とは桁違いの精鋭部隊だった。

 

「報告します」

 

 隊長であるニグン・グリッド・ルーインは報告を受けて顔をしかめた。囮部隊が強襲され壊滅、挙げ句に捕虜になっているとは。何度も追い続けようやくガゼフを捕捉したというのに、このざまだ。おかげで情報収集にも時間がかかり、こんな時刻になっている。

 さらに報告には続きがあった。

 

「村の中にアンデッドの反応だと?」

 

 おそらく、殺された騎士か村人のいずれかがゾンビにでもなったのだろう。滅ぼされていないのは、隔離された場所にいるのか動けないのか、いずれかと思われた。

 別に脅威にはならないが、念のために様子を見て少し作戦開始を遅らせることにする。 

 

「森の中に逃げ込まれぬよう注意せよ。総員、準備を整え配置につけ」

 

 静かに告げたニグンの言葉に従い、隊員たちは素早く動き始めた。その簡潔な指示に、誰も何ひとつ聞き返さない。これは自分たちがやるべきことを全員が理解しているからに他ならなかった。

 襲撃は間違いなく日が落ちてからになるが、ニグンの顔に焦りの色はない。魔法を使えば闇夜など何の障害にもならないからだ。

 

「これで終わりだ、ガゼフ・ストロノーフ」

 

 その光景を見て作戦の成功を確信し、ニグンは少しだけ口元を緩めた。

 

 

 

 

 

 兵たちと一緒に食事をしたあと、モモンガは割り当てられた家に戻った。

 

「わざわざありがとうございました。それでは失礼いたします」

 

 家まで送ってくれたガゼフに礼を言うと、護衛兵がそっと扉を閉じた。ひとりになったモモンガは、リボンをほどいて帽子を脱ぐ。銀色の髪がさらさらとこぼれ落ちた。

 そしてそのまま、ベッドに腰かける。ぎしり、と小さく音をたてたその場所は固い。かつてあちらの世界で使っていた安物の寝具とくらべても。

 しかしそんな事はまったく気にせず、モモンガはベッドの上に横になった。別に疲れているわけでも眠いわけでもない。どちらもアンデッドであるシャルティアの身体には関係がなかった。

 他人との食事という慣れない行為に、少しだけ気疲れしたのである。

 ガゼフから兵たちと一緒の食事へと誘われた時、正直モモンガは迷った。もとの世界ではそういったことはたいてい断っていたからである。しかし今の自分は以前とは違うのだから、こういったことも変えてみるべきではないかとモモンガは感じた。

 だからこそ思い切って参加してみたが、正解だったようである。兵たちから色々な話を聞けたからだ。それはガゼフとの真面目な話とは違い、もっとくだけたおとぎ話や神話、伝承といったもの。話してくれたものたちも、半ば以上荒唐無稽と考えているような物語だった。

 しかしモモンガはそうは思わない。明らかにこれは――

 

(ユグドラシルのプレイヤーの仕業か)

 

 そうとしか思えない話も多かったのだ。どうやら自分以外にも来ていた人間がいる。その可能性は非常に高い、というよりほぼ間違いなかった。先程の話は過去のものだったので、まだそのプレイヤーがいるのかはわからない。しかし、自分と同じ今の時代に来たものも存在するかもしれなかった。

 

(まあ、竜王とかは違うだろうけど)

 

 ユグドラシルではドラゴンを種族として選択できない。そのため現地由来のものだと思われた。

 

(だけど、NPCはどうなってるんだ?モンスターなんかも来てるのか?)

 

 気になることは色々とある。しかし一番は拠点の転移があるのかどうかだろう。兵たちの話の中にもそれらしいものは見受けられた。

 だがナザリックはどうなのだろう。ここには自分しか居なかった。拠点だけが別に転移するということはあるのだろうか。正直あの最後の状況からは、とてもそうは思えなかった。他のギルドメンバーにしても、期待は薄い。

 ナザリックを探してみようかとも考えたが、今は誰も居ない廃墟のようなものだ。情報は集めてみるべきだろうが、他のプレイヤーについての方が重要だろう。

 

(それにしても、ああいう食事も悪くないかもなあ)

 

 モモンガの脳裏に、先程の食事風景がよみがえった。あのように主賓に祭り上げられて場の中心に座ったのは、ギルドマスターとしての際を除けば記憶にない。照れ臭くもあったが、意外と楽しくもあった。思い切って飛び込んだ甲斐はあったというものだろう。

 

(これからはもう少し積極的になってもいいかな)

 

 そんなことを考えて顔を上げると、窓の隙間から射し込む光にモモンガは気づいた。また星や月が出ているのだろうか。ふと星空が見たくなったモモンガは、ベッドから飛び降りると扉に向かった。

 外に出ると、扉の両脇に護衛が立っている。ふたりはシャルティアの姿を見ると、慌てて寄って来た。

 

「どうかなさいましたか?」

「何かご用でしたら承ります」

「いえ、ただ夜空を見たくなっただけです」

 

 仕事熱心な護衛に思わず微笑みかけ、モモンガは天を振り仰いだ。少し雲があるため月が隠れてしまっているが、それもまた風情があっていい。しかし視界に入る建物が邪魔に感じられた。

 

「ひ、姫っ!?」

 

 ふわり、と屋根の上に跳び乗った少女に、護衛は驚きの声をあげる。確かにそれほど大きな家ではないが、一度の跳躍で上がれそうなのは部隊でもガゼフくらいのものだ。

 

「危ないですよっ!」

「お、下りてください、姫!」

 

 これほどの跳躍をみせた相手の心配をするのも、いささか間抜けな気もする。それでも、ついそうしてしまうのも無理はなかった。見た目は小さな女の子でしかないのだから。

 

「大丈夫ですよ」

 

 モモンガはそんな反応をちょっと面白そうに眺めてから、視線を空に戻した。

 

 

 

 

「姫、そのようなところで何をなさっているのですか」

 

 数名の部下を連れて通りかかったガゼフが、屋根の上の人影を見つけて声をかけた。それが聞こえたようで、美しき姫君はゆっくりと振り向く。

 その瞬間、雲が割れて月明かりが下界を照らした。冷たく穏やかに降りそそぐ光が、シャルティアの姿を淡く浮かび上がらせる。銀色の髪にこぼれた月の光は、きらきらと瞬きながら流れ落ちていった。

 その姿は、月の女神が地上に降臨したようにしか見えない。ガゼフたちは、あまりにも幻想的な光景に息を飲んで硬直した。目を逸らすことも出来ずに、意識を完全に持っていかれている。

 

(まるでこのまま月光に溶けてしまいそうな……)

 

 そんな不安にも似た思いを抱いたガゼフが思わず一歩踏み出した時、向こうから駆けて来た兵が大声をあげた。

 

「戦士長!!」

 

 緊張をはらんだ声を聞いて、その場の全員がそちらを振り向く。兵がガゼフの前にたどり着いて敬礼した時には、皆がまわりに集まっていた。

 とん、とかすかな物音が集まったものたちの耳に届く。そちらを向くと、地上に飛び降りたシャルティアがすぐそばに立っていた。着地の際にもほとんど音をたてない見事な跳躍である。もっとも極一部だけ重いものが揺れるような、ぶるんとかぶるるんとかいう音がしたような気もしたが、たぶん幻聴だろう。

 

「あの、なにか?」

 

 その極一部に釘付けになった男たちの視線に気づいたモモンガは、にこやかに尋ねた。その気持ちがよくわかってしまうために、別に咎めるつもりはない。

 しかし男たちはそうは思わなかったようで、慌てて視線を逸らした。

 

「報告は!」

「は、はい!村がなにものかに包囲されております!」

 

 その言葉に一気に緊張が高まり、場の雰囲気は一変する。ガゼフの表情も厳しいものになっていた。

 

 

 

 

 

 

「さあ、終わりにしようか、ガゼフ・ストロノーフ」

 

 余裕の表情でニグンは呟いた。すべての準備は整っている。あとは始めるだけでおしまいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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