【悲報】知らない間に幼馴染がジムリーダーになっていた件について【まさかの裏切り】   作:海と鐘と

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第九話

「この暑さをのりきるには、どうすればいいと思う?」

 

 

 ツクシが言った。

 

 

 カリンさんとの怒涛の一日が終わった、その後の日のことだった。

 結局あの後、拒否する者に無理やり役割を押し付けることはできないと言って、ジムトレーナーになる話はキャンセルされる流れになった。カリンさんにしてみれば骨折り損のくたびれもうけ、バトルするだけで結局何も決まらなかったあの日のことは、デメリットしかなかったのではないかと思っていた。

 

 ポケモンリーグの四天王ともなれば、観客の前で一戦バトルするだけでとんでもない額の金が動く。

 片田舎の子供との野良バトルなんてほぼほぼ無価値なものだろう。その上ノーギャラでスクールの宣伝用PVなんてものも作成されるのだから、こいつはもう大損なのではないかと思った。

 

 そこら辺どうなのか別れ際に聞いてみた。

 

 

『一体誰のせいなのかしらね』

 

『バトルに誘ってきたのはカリンさんなので、カリンさんのせいだと思いますけど。ただまぁ、俺が煽った部分も少々あったので気に病んで聞いてみた次第です』

 

『いけしゃあしゃあと。どの口が、気に病んで、なんて言ってるのかしら。んん?』

 

いはいいはい(痛い痛い)。頬が伸びひゃう。暴力反対れす』

 

『子供が大人の懐事情なんて気にしないの。美人なお姉さんが背伸びした男の子にサービスしてあげた。それでいいのよ』

 

『サービスかぁ。そんならいっそスクールのフィールドじゃなくてウバメの森でやってもらえればもっと楽しかったのになぁ……』

 

『また今度のお楽しみにとっておきましょう。それまでにもっと女性の扱いを勉強しておきなさいね?』

 

『女性として扱われたいんですか?バトル中に?そいつは驚きっすね』

 

『あらあら。女性として扱うことを手加減することとはき違えてるのかしら?お子様ねぇ、クヌギ君は』

 

『ぐぬぬ……』

 

『あっはは!その子供っぽい悔しそうな顔、可愛いわクヌギ君。まぁまぁ、楽しみにしてなさいな。そのうち、私が今回のバトルで得た物が何か分かるでしょう。お姉さん、お金よりうんと価値のあるもの、見つけちゃった』

 

 

 優雅にポケモンに乗って飛んでいくカリンさんは、最後まで楽しそうに微笑んでいた。

 

 そんなわけで、それまでと変わらない日々を過ごしていた俺であるが、夏の盛りは過ぎたというのに暑くて暑くてたまらない。最近連続した台風がカント―・ジョウトを襲ったこともあり、湿気が急上昇。夏真っ只中の時の方がむしろ今よりも過ごしやすかったんじゃないかと思うほどに不愉快な気候になっていた。

 

 なにせ、動いてないのに汗がしたたり落ちるのである。

 この惑星が人間を殺しに来ているとしか思えないほどの殺人的な暑さ。

 貧弱な俺は部屋の中でクーラーで冷やされた環境下、辛抱強く涼しい秋が来るのを待ち望んでいた次第であった。

 

 

 

 

 ツクシが言った。

 

 

「この暑さをのりきるには、どうすればいいと思う?」

 

 

 ノックもせずに部屋を開けての第一声がこれである。

 このくそ暑い中外を走ってきたのだろうか、髪は汗で濡れていた。普段白い頬は赤く染まり、顔と手足のコントラストがビリリダマみたいになっていた。

 汗が頬を伝って流れおち、床を跳ねた。

 

 

「とりあえず暑くて死ぬからドア閉めろ。お前水飲んだか?一体何リットル汗かいてんだそれ。今なんか飲み物持って来るから待ってろ」

 

 

 そう言って立ち上がると、仁王立ちしてるツクシの横を通り抜けて、下の階の冷蔵庫へ向かおうとした。

 

 横を通った瞬間、ツクシに肩をぐい、と引っ張られた。

 両手で頬を挟まれ、ぐにぐにと潰された。

 この気温もあってか、やたら体温が高くて不愉快だった。

 

 

「おおっ!そーたろー、君のほっぺた冷たいよ!冬眠して冷凍されてたニョロモみたいだ!」

 

「妙な例えをするんじゃない。頬をぐにぐに揉むな。俺が冷たいんじゃなくてお前が熱いんだ。何連続で突っ込ませる気だお前は」

 

「夏祭りだよ、そーたろー!」

 

 

 聞きゃしねぇ。

 俺もそうだが、ツクシもツクシで、たまに全く他人の言葉が耳に入らなくなる時がある。

 集中してる時や、今みたいに興奮してる時がそうだ。こんな時は話半分に聞いておくに限るのである。

 

 

「へー、夏祭り。そりゃあいいや」

 

 

 返事をしながらツクシの手を外して、部屋を出る。飲み物を取りに行くのである。

 水分補給は基本。水を制する者が残暑を制するのである。

 

 

「夏祭りだよそーたろー!夏祭り!」

 

 

 階段を降りようとしたところで、ツクシが後ろから覆いかぶさってきた。

 両腕を俺の首の前に回して背中から抱き着いてくる。体温が高くてくっそ暑い。汗で濡れてて気持ち悪い。

 その状態のまま階段を降り始めた。

 後ろから耳元に、ツクシのテンションの高い声が聞こえる。

 

 

「今年もやるんだぁ、夏祭り!天気が心配だったけどちゃんと晴れて一安心だよ!夏祭りで遊んで来れば暑さも吹き飛ぶよ、そーたろー!わたあめとか、りんごあめとか、チョコバナナとか!花火もやるらしーよ!」

 

 

 階段を一段降りるごとに、一拍遅れてツクシが階段を下りた足音と振動が伝わってくる。

 暑い。重い。うるさい。三重苦だった。

 

 なんとか一階までたどり着くと、そのままキッチンに直行する。

 リビングには母さんがいて、ちゃんとエアコンが動いていた。涼しい。

 テレビを見ていた母さんは、こっちを向くとちょっと笑って、またテレビの方に向き直った。

 

 なにも言うことはないんかい。あんたの息子が苦しんでおるぞ。

 

 薄情な母親にため息をついてツクシをずりずり引き摺りながら冷蔵庫へ向かった。

 

 

「ガンテツさんがねー、屋台開くって言ってたよ!ボングリが原料のボール、何個か売るんだって!面白そうだよねー!見に行こうね!」

 

「うぇい」

 

「射的をね、やるんだよ!去年は大負けしたからねー、今年こそは、って秘密の特訓をしてたんだ!勝負しようよ!」

 

「うぇーい」

 

「それでねー」

 

 

 冷えた麦茶があった。コップを二人分用意して、お盆に乗せて。棚にあった菓子を拝借。

 部屋に戻ろうとした。

 

 

「肝試しがあるんだよ!」

 

 

 耳触りのいいツクシの声で、とんでもない単語が聞こえた。

 

 

「……何があるって?」

 

「肝試し!ウバメの森の祠まで、明かりなしで歩くんだって!面白そーだよねー!一緒に行こうね!」

 

「行かん」

 

 

 一瞬止まった動きを再開させて、リビングの机の上にお盆を置いた。

 背中に張り付いたままのツクシをぺいっと椅子の上にうっちゃって、その正面に座った。

 

 ツクシは驚いた顔で固まっていた。

 

 

「……肝試し、行かないの?」

 

「行かない」

 

「……どして?」

 

 

 目を丸くしたままこてんと首を傾げた。

 分かっていないツクシに向けて講釈を垂れる。

 

 

「そもそも、肝試しなんて今までなかったじゃんか。なんで急に肝試し?」

 

「先生が提案したんだって。スクールの子たちのやる気を引き出すためのイベントづくりの一環だよ。『気になるあの子と急接近!?町内丸ごと肝試し大会!』って」

 

 

 余計なことしやがって、と、今ここにいない教師に内心で悪態を吐く。

 ふぅ、とため息をついてから、話し始めた。

 

 

「いいかツクシ。ヒワダタウンの夏祭りと言ったらジョウトの中でもなかなかの伝統がある由緒正しい夏祭りだ」

 

「うん、そうだよ」

 

「時渡の神を祀って人がここに集まり始めてからいままでずっと続いてきた、いわば神事の一環だ」

 

「ふんふん」

 

「そんな伝統のある夏祭りに、急に今年から、夜、ウバメの森で、肝試しなんて始めたらどうなると思う?」

 

「……どうなるの?」

 

「もちろん、時渡の神の怒りをかうに決まってんだろ!奴だって夜は寝てんだぞ、いい加減にしろ!真っ暗な中、寝床でぐっすりしてる時に急に人が大勢押しかけて見ろ!びっくらこいた神様が、怒って周囲丸ごと時渡だ!参加者全員神隠しで大騒ぎだぞ!そして主催者の教師がテレビの取材で言うんだ。『こんなつもりじゃなかった』ってな!だから俺は行かない!」

 

 

 完璧な理論武装。人々の危険を背景に具体例を示し、時渡の神の代弁までしてやった。どこにも隙はなかった。

 これでツクシも馬鹿なことは言わないだろう。安心して麦茶を飲んだ。

 

 

 ポカンとした顔をしながらツクシが言った。

 

 

「君、もしかして怖いの?」

 

「ぶぼふぅっ!!」

 

「うわ、冷たっ!」

 

 

 口に含んだ麦茶が、そのままツクシに降りかかった。

 一瞬にして理論武装を砕かれた俺は、慌てて舌戦の用意をした。

 

 

「あほかっ!ゴーストポケモンの群れの中に放り込まれても心に波風一つ立たん俺だぞっ!怖いわけあるかいっ!」

 

「うわー。びちゃびちゃだよ。ギャグじゃないんだから、本音突かれたからって人にお茶吹かないでよね」

 

「ほ、本音!?本音ってなに!?本気モードの音!?ハイパーボイスのことか!?」

 

「ウバメの森って、過去に自殺者がいるらしいよ。ホントに何か出そうだよね!」

 

「幽霊さんのお邪魔になるだろっ!?いい加減にしろっ!」

 

 

 テレビを見ながら、あらあら、まぁ、と笑うオカン。

 どうにも会話を聞いて楽しんでいるようだった。

 

 ツクシがにやりと笑って語りだした。

 

 

「ウバメの森に関する怪談もてんこ盛りだよ。そーたろー、知ってる?」

 

「お、おう。怪談?べ、別に怖くねーし。言ってみろや」

 

 

 どうせ全部作り話である。

 幽霊の、正体見たり、野良ゴース。

 最後の落ちは全部ゴーストタイプの仕業でした、ってなるんだ。だから怖くない。ほんとだよ?

 

 

「これは50年位前の話なんだけどね……」

 

 

 そういって、ツクシは話し始めた。

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

 昔、ヒワダタウンが今よりもっと田舎だったころ、ウバメの森と街の境は凄く曖昧だったんだ。

 街と言うよりも、村とか、集落とか言った方がいいのかな。

 とにかく、昔から田舎だったヒワダは、本当に森の中に人が暮らしていたんだ。

 

 今みたいにゲートなんてない。

 街灯もない。

 

 だから、夜になるとそこはまるっきり森の中と区別がつかなくて、真っ暗闇の中、ポケモンと人間との生活の場も、境界がうやむやで、混ざり合っていたんだよ。これは、そんな時代の奇妙な物語。

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

「……って、君、大丈夫?」

 

「は?な、何が?なんもねぇけど?」

 

「はやくも顔真っ青だけども」

 

「俺は生まれた時から顔が真っ青な男なんだ」

 

「そんなわけないよ……。ホントに怖そうだから、やめよっか?」

 

「ばかおめー、ツクシてめぇ、俺は聞くぞ。別になんも怖いことないし、俺は聞くぞ」

 

「強がりだなぁ……」

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

 

 そんな、今よりもっと田舎だった街に、ある夫婦が暮らしていたんだ。

 木炭作り職人の夫と、その妻だよ。

 とっても仲睦まじい二人で、近所でも評判のおしどり夫婦だった。

 若く逞しい、将来有望な夫と、儚げで健気な、小柄な妻は、とても仲良しだった。

 

 森から木を採ってくる時も、木から炭を作るときも、ずっと一緒に働いていた。

 汗水垂らして働きながらも、楽しそうに暮らしている二人を見て、街の人たちは口々に言ったものだった。

 

 『早く子宝に恵まれるといいのにねぇ』。

 

 二人の唯一の悩みは、まさにそれだった。

 

 二人には子供がいなかった。

 

 夫の方は、気長に待てば、そのうち神様が授けてくれるさ、と気楽なものだった。

 頑張っても仕方のないものは仕方がない、子供が出来ないこと以外は何の問題もない生活をしていたから、そのうち子供も出来るだろうと思っていた。

 

 気にしていたのは妻の方だった。

 生来気が細い質の妻は、子供が出来ないことを自分の責任のように考えていた。

 

 居ても立ってもいられなかった妻は、そのうち毎日のように、森の奥の祠に出かけるようになった。

 祠の前で跪いて、神様にお願いしたんだ。

 

 『どうか、子供を授けてください』。

 

 それが、彼女の日課だった。

 

 

 

 一体どれだけ長い間、その祈りを続けていたのだろう。

 それは伝えられていないけれど、とにかく長い間、二人には子供が出来なくて、その間ずっと、妻は祠に通い続けていた。

 

 

 あるとき、妻が祠からの帰り道を歩いていると、ふっと、赤ん坊の泣き声が聞こえたような気がした。

 なぜだか行かなければならないような気がして、ふらふらと声が聞こえる方へと歩いていった。

 

 森の中を、どれだけ歩いたことだろうか。だんだんと、泣き声が近づいてきたような気がした。

 

 ふと顔をあげると、森の中に一軒の家が建っていたんだ。

 泣き声は、その家から聞こえていた。

 

 ふらふらと家の中に入ると、部屋の真ん中、畳の上に、一人の赤ん坊が置かれていたんだ。

 

 泣き喚いていた。

 

 あやそうと思って抱き上げようとすると、なぜだか、見えない腕に捕まれているかのような抵抗を受けた。

 それも、一度身震いをすると消えていった。

 

 赤ん坊の顔を見ると、まぁ、その顔は、夫と妻の顔によく似ていたんだ。

 眉のくっきりしたところは夫に、涼やかな目元は妻に似ていた。

 

 妻はなんだか嬉しくなって、赤ん坊を抱いたまま、家の外に出てしまったんだ。

 

 あ、と思った。

 

 妻は善良な人間だったから、その時になって、知らない人の家の中に入って、その赤ん坊を抱いて出てきてしまったことに酷い罪悪感を覚えた。

 

 やっぱり赤ん坊を元に戻そうと、来た道を振り返ると。

 

 さっき出てきたはずの家が、跡形もなくなっていた。森になっていた。

 

 周りを見渡せば、そこは見知った森の中。木炭を作るために出入りしていた場所だった。

 夢を見ていたのかと思ったが、腕の中の赤ん坊の重みはそのままだったし、赤ん坊の泣き声もそのままだった。

 

 首を傾げながらも家に帰って、夫には、森の中で子供を拾った、とだけ話した。

 すぐに村の中で話が広まったが、子供を森の中に捨てた、という人は現れなかった。

 

 妻と夫は、その子を自分の子供として育てることにしたんだ。そして、その子が唯一の子供になった。

 

 

 

 

 それから数十年が過ぎて、子供が大人になり、妻と夫はおばあさんとおじいさんになった。

 子供は結婚してすぐに、子を授かった。

 そのころにはヒワダタウンも形が出来て、病院もちゃんとあった。

 

 病院の中で、おばあちゃんになった妻が、一人で赤ん坊を抱いていたんだ。

 

 

 

 

 突然、病室が和室になった。

 床は畳になっていた。

 昼だったはずなのに、真っ暗闇の深夜になっていた。

 知らない古民家の中だった。

 

 来たこともない家の中のはずだったのに、おばあちゃんはなぜか、そこのことを知っているように思った。

 見たことがあるように思った。

 

 

 がらり、と音がした。

 戸が開いたようだった。

 外から入ってきたのは、一人の女だった。

 長い時間歩いていたのだろうか、涼しげな目元を汗が伝っていた。

 

 女は驚いたような、喜ぶような、奇妙な表情をしていた。

 

 そして、赤ん坊を見たかと思うと、急に手を伸ばして、おばあちゃんから取り上げたんだ。

 

 おばあちゃんはもちろん抵抗したけど、異様なくらいに力が強くて、とてもかなわなかった。

 

 そして女が赤ん坊を抱きながら家を出て行ったと思ったら、そこはもう、元の病室に戻っていた。

 

 

 

 

 おばあちゃんは荒い息を吐きながら、夢かしら、と思った。

 

 となりの小さなベッドを見た。

 

 

 

 

 

 赤ん坊は、もうどこにもいなくなっていたんだ。

 

 

 

 

 

 

   ◆

 

 

 

 

 

 

「……おしまい!どうだった?怖かった?」

 

「こ、怖くねーし……。この前のカリンさんの方がよっぽど怖かったし……」

 

「あれ?君、ちょっと泣いてる?」

 

「泣いてねーし!」

 

 

 目元をぐしぐし拭って証拠隠滅を図った。

 

 

「この話はねー、怖さレベル5くらいかな」

 

「そうか……。最大5レベルの中の5だろ……?通りで……」

 

「いや、最大100中の5」

 

 

 ツクシがそう言った途端、俺は思わず立ち上がっていた。

 そのまま玄関に向かおうとするが、途中でツクシに止められた。

 

 

「ちょ、ちょ、急にどこいくの!?」

 

「こんな街にいられるか!俺は今後フエンタウンで暮らす!」

 

 

 本当は怖いヒワダタウン?やかましいわ!

 こんなくそ怖いド田舎にいるより、濡れ透け巨乳ねーちゃんのいるフエンタウンの方が何倍ましか知らん!

 

 落ちがゴーストタイプのポケモンじゃなかった。シャレにならん。ふぇええ、怖ぇよぅ、怖ぇよぅ。

 

 

「お、落ち着いてってば!こんな程度の怪談なんて、どこの街に行ったってあるよ!温泉郷なんてもっと怖いお話がいっぱいあるよ、絶対!」

 

「……まじかよ。何?怪談って市民の嗜みかなんかだったの?勘弁してくれ……」

 

「あ、やっぱり怖いんだ」

 

「こ、怖くねーし……」

 

「絶対、肝試し行こーね、そーたろー!」

 

「かつてないほどの笑顔……」

 

 

 輝くような笑顔を見せるツクシと、項垂れる俺。

 そんな光景を見て、母さんは口を押えて笑っていた。

 

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 

 夕方。

 だんだんと暗くなってきた辺りからが夏祭りの本番である。

 街の大通りに吊るされた提灯が火を灯し、街のそこかしこでデンリュウやらモココやらが、尻尾の先を一生懸命輝かせていた。

 

 大通りの両端には出店屋台が立ち並び、大勢の人で道がごった返していた。

 

 

「あっ、金魚掬いやってる!いいトサキントはいるかな?」

 

「綺麗なトサキントはいても、強いトサキントはおらんだろ」

 

 

 そんなことを話しながら騒がしい街の中を歩いていた。

 ツクシの両手には、昼間に言っていたように、リンゴ飴やら綿菓子やらチョコバナナやらが握られていた。

 頭には、出店で売られていたペラい仮面を斜めに被っていた

 浴衣を着ていた。相変わらずどっちか分からんような中性的な格好を好む奴である。女物か男物かわからん浴衣だった。

 

 

 ツクシは、楽しみにしていた出店を消化するように練り歩いていった。

 俺はそれについていくだけだった。

 大勢が歩いてほこりが舞い上がっている中で、水飴やなんかを食べる気にはならなかったのである。

 

 ガンテツさんとこに行った。

 

 

「おお、ツクシと小僧やないか。なにか買うてくか?」

 

「あいにく、お祭り気分で散財するような俺ではないもんで」

 

「このスピードボール。コトネちゃんが持ってきてくれたボングリで作ったんやが」

 

「全部買います」

 

「まいどー」

 

 

 射的屋に行った。

 

 

「狙い撃つよっ!」

 

「……ああー、残念、ツクシ君。だけど、店開いてる俺が言うのもなんだけど、そろそろ止めといたほうが……」

 

「修行のっ、成果がっ、出るまでっ、撃つのを止めないっ!」

 

「……クヌギ君、クヌギくーん!ツクシ君を止めてやってくれーっ!」

 

 

 祭りを回っていると不思議なもので、昼間あれだけ嫌だった纏わりつくような暑さも、いいアクセントのように感じるようになっていた。夏祭りはやっぱり、この暑さがないとだめだとすら思う。

 

 次第に気分が高揚していくのを実感できる。

 ただ歩き回ってるだけで楽しい気分になれるのだから、これは、俺を家から引きずり出してくれたツクシに感謝せねばなるまい。

 

 

「ツクシ、貸してみ」

 

「あっ」

 

 

 ツクシの手から射的の鉄砲を奪い取って狙いをつける。

 でかいのは落ちない。下の方にある小さいのが狙い目である。

 

 

「……はいっ、おめでとう!三等のハッサムストラップだ!おめでとう、ツクシ君!ありがとうクヌギ君!」

 

 

 出店のお兄さんにやたら感謝されながら景品を渡された。

 受け取って、ツクシの方を向くと、ぶっすー、とした顔でこっちを見ていた。

 

 

「……あとちょっとで取れたのに」

 

「ちょっと、ってどれぐらい?一万円消費するまでには取れてたのか?だったら悪いことしちまったな」

 

「……ぶー」

 

 

 ぶすくれたまま、ストラップをひったくっていった。

 そのまま歩いて行ってしまうので、苦笑しながら後を追いかけた。

 

 

 

 

 夜も深くなってくると、だんだんと祭りの終わりが近づいてくる。

 締めくくりに花火をあげるというので、広場に行って待機していた。

 

 人が周りに集まってくると、花火が開始された。

 次々に空に大きな花が咲き、そのたびに人々の歓声があがった。

 

 

「綺麗だねぇ……」

 

「綺麗だなぁ……」

 

 

 隣から似たような感嘆の声が聞こえたので、そちらに顔を向けると、ツクシも同じようにこっちを見ていた。

 

 ぱちくりと目を瞬かせていたので、にっ、と笑ってやると、同じように笑い返してきた。

 

 

 

 

 

 

 ツクシはその笑顔のまま言った。

 

「そーたろー、この後は肝試しだよ!」

 

 

 

 

 

 楽しかった気分が急降下した。

 




読了ありがとうございます。
感想、誤字脱字等ありましたら書き込んでくれると嬉しいです。

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