【悲報】知らない間に幼馴染がジムリーダーになっていた件について【まさかの裏切り】 作:海と鐘と
第一話
10歳になった。
本来なら10歳になった時点でポケモン一匹とともにジムに挑戦する旅に出る資格が与えられる。
それはポケモントレーナーを目指す子供たちにとっての登竜門であり、ポケモンとの絆を深める一種の儀式である。
もちろん、10歳の子供の全員が旅立たなければならないわけではない。あくまで希望者のみが対象であり、しかも希望する者は事前にそれなりの厳しい資格試験を受ける義務がある。10歳になったばかりの子供がポケモンという大きな力とともに社会生活を送ることが出来るかどうか、その試験で見極められることになる。
ポケモン。それは人間の隣人にして、仲間にして、家族でもある。
しかし同時に、道具にして、玩具にして、兵器にもなりうる。
身近なものでありながら、時に人間を大きく超える力を見せるポケモン。
彼らを正しく制御できる才能ある人間だけがポケモンとともに旅に出る資格を与えられるのだ。
そのスタートとなるのが、10歳。
10歳で資格を得られるものは少ない。
知識だったり、経験だったり、技量だったり、そういったものが足りない、足りなくて当たり前の子供が資格試験に受からないのは当然のことである。
しかしそれでも例外的に、10歳になる前に試験に受かり、そして10歳になると同時に旅に出る子供も一定数存在する。天才だとか、神童だとか、そんな風に呼ばれる子供たちである。彼らの中でも特に才能が有り、あるいは特にポケモンへの愛が強くて桁外れの努力が出来る、そんな化物達が、ジムリーダーになったりリーグトレーナーになったりする。
二ヶ月前、10歳になった。
資格試験には、9歳の時に受かっていた。
でも地元の地方で旅に出ることはできなかった。
トレーナーズスクールの夏休みだったので、ホウエン地方へ家族旅行に行っていたのである。
二ヶ月で概ね全ての街を回った。
二ヶ月で概ね全てのバッジを集めた。
しかし地元のバッジではないので、地元のリーグに挑戦する資格にはならないのだった。
達成感と虚無感の両方で濁った心持ちで、旅行から帰ってきた。
地元のジョウト地方ヒワダタウンというド田舎に帰ってきた、その次の日。
幼馴染がジムリーダーになっていた。
◇
「えっへへー!見て見てこの紙!ぼく、ここのジムリーダーになったんだよ!すごいでしょ?」
ペラい紙切れ一枚を握りしめて、ロリだかショタだか判別がつかない生き物が、玄関の前で満面の笑みで立っていた。
短パンからすらりと伸びる白く細い足が目に眩しい。日中虫取り網を握りしめて歩き回っているこいつがなぜこんなに白い肌をしているのか不思議でならなかった。
アラ、ツクシクンヨクキタワネー、なんて言って母親がロリショタを家に上げているのを呆然として見送った。
え?いまなんて?事務Readerになったって?
事務書類を自動で読み取る機械かなんかカナー?
アホみたいなことを半ば本気で考える自分がいた。
やつは10歳である。自分と同じ10歳の分際でなぜにほわい?
やつに限って賄賂や買収はないだろう。まさかポケモンリーグ協会にロリショタ好きが…?
普段ならば無駄によく回る脳みそが半分くらい機能を停止していた。それくらいの衝撃だった。
油の切れた機械のようなぎこちない動きで家の中に戻ると、ロリショタはリビングのテーブルについて椅子に座ってカルプスを飲んでいた。白く濁った甘い清涼飲料水である。母に出されたのだろうか。
母に自分にも作ってくれるように頼むと、ロリショタの正面に座った。睨みつけた。
奴は嬉しそうに笑って、紙切れを顔の前に掲げた。
任命書
トレーナー名 ツクシ殿
この度のポケモントレーナー資格試験において、貴殿は特に優秀な虫ポケモンに関する論文を提出し、上級トレーナーとしての深い見解と知識を示し、また実技試験においては虫ポケモンを使役し特に優秀な成績を残したため、今季のヒワダタウンジムリーダーに任命いたします。
ポケモンリーグ協会会長 ワタル
「……よくできた贋作だけど、任命書を偽造することはポケモンリーグ法違反で豚箱行きだぞ」
「本物だよ!君じゃないんだから、偽造なんてしません!」
本物らしかった。当然だが。
こんなくだらん嘘を吐くやつではない。しかし、本当にこのロリショタがジムリーダー…?
どれだけ天才的で賢いロリショタでも子供である。
ジムリーダーが行う書類仕事やらトレーナーへの指導やらメディアへの露出やら、10歳の子供がやることではないように思う。出来ないとは思わない。というより天才かつ努力家のこいつなら間違いなく出来る。出来るようになる。
そこらへんどうなのか、本人に聞いてみた。
「やるよ、もちろん!やるなら徹底的に、だよ!」
徹底的にジムリーダーを全うするつもりらしい。完璧主義者気質のあるロリショタのことである。何でもかんでも自分で背負いこもうとして失敗する未来しか見えなかった。とくに人間関係では。
「……まぁ、良かったじゃん。おめでとう。頑張れるだけ頑張れ。
そんで大変になったら誰かに丸投げしろや」
そう言うと、奴は嬉しそうに笑った。
◇
「きみがツクシくんか。最年少でジムリーダーになったとかいう。まぁきみはバトルだけしてくれればいいから」
「ツクシちゃん、ジムの内装決まったよー!ここが入口で、ジムトレーナーはここで、ツクシちゃんはここね!」
「こっちのことに口を出すな!研究が進んでいない分野で運よく結果を出しただけでジムリーダーになったガキなど、俺は認めん」
「ツクシがリーダーになれるんだから、俺だってジムトレーナーになれるだろ?友達のよしみで入れてくれよ」
いわんこっちゃ無かった。ポケモンリーグの年功序列関係なく実力者を採用するスタイルは嫌いじゃないが、ぽっとでの10歳の子供がジムリーダーになって問題が出ないわけがない。
常識的に考えて、大人たちはツクシには仕事が出来ないと考える。それはポケモンジムを支える者として当然の考えである。
例えばジムトレーナー。彼らはツクシがバトルしやすい環境を整える事が最優先だと考える。
例えば事務局員。彼らはツクシが事務仕事など出来ないと思って、自分たちの仕事を増やす。
例えば近所のクソガキ。ツクシのことをよく知らない一部の彼らは羨ましがって吠え立てる。
ロリショタの天才さを知らないジムトレーナーは明らかにお飾りの扱いをする。
ロリショタの努力を知らない事務員は分かりやすく邪険に扱う。
ロリショタのバトルの腕を知らないガキどもはしつこく絡みに行く。
……………………。
◇
「今日はいい天気だねぇ」
「洞窟でいい天気もくそもあるかい」
つりざおを持って水場に糸を垂らしながら、ふたりで並んで座っていた。周りには釣り上げられたヤドンが数匹、ぽかんとしながら転がっていた。
ヤドンの井戸の奥の奥、ひんやりとした空気が涼しい洞窟で、朝早くから釣りをしていた。
ロリショタには珍しく、草木が鬱蒼と生い茂る虫ポケモンの宝庫のウバメの森で虫取りではなく、ヤドンに囲まれてのんびりしたいとのことだった。自分は付き添いである。
「冷んやりしてて気持ちがいいねぇ」
目を細めてほやほや笑う、その姿は周りに寝転がるヤドンとそっくりだった。
可愛らしいが、ツクシらしさはない。
ツクシから目を離して洞窟の中を見渡した。
ヤドンの井戸の奥の奥とはいっても、真っ暗というわけではない。
岩盤が崩落した名残なのだろうか、一部の天井が崩れて微かに外の明かりが入り込んでいた。
光の筋がくっきりと空中に浮かびあがり、水の中まで照らしていた。
たまに、水の中のポケモンが泳いでいるのが光に当たってぼんやりと見えた。
「……アズマオウが泳いでる」
「えっ?どこどこっ?」
「ほらあそこ、ってばか押すなっ!落ちる落ちる!」
「珍しいね、トサキント達の群れの主かな。ヤドランと喧嘩とかするのかな」
「……争うにしても、アズマオウの独り相撲になりそうだが。ヤドランも大概鈍臭いし」
そんなことを話しながらヤドンを釣り上げていく。
ポカンとした顔をしながら餌に食いついて一本釣りされるヤドンがシュールで、ツクシと一緒に大笑いした。
そのうち、釣りに使っていた岩場が釣り上げたヤドンでいっぱいになる。
ヤドンで地面が見えないくらいになったら準備完了。
ヤドンの群れに向かって、ふたりそろってダイブした。
「ふぁー!冷やっこくてやわらかくてぷにぷにで、最高の気分だよー!」
「ヤドン布団、いいよなぁ。このド田舎のヒワダタウンにいて良かったと思うことの一つだ」
ダイブした瞬間、落下地点のヤドン達がもぞもぞ動く。ヤドンにとったら大迷惑、なんだろうか。表情がほとんど変わらないから感情が分かりにくい。しかし、釣り上げるにも針のないつりざおだし、終わったらポケモンフーズも用意してある。ヒワダタウンの子供の遊びのひとつがこのヤドン布団なので、我慢してほしいところだった。
目を閉じて、ぷにぷにひやひやを堪能する。はしゃぐのをやめてじっとしていると、ヤドン達も落ち着いてきてもぞもぞ動くのを止める、というのはこれまでの経験から学んだことである。
ヤドン達が動かなくなって、自分たちも声を出さない。洞窟には、水が流れる音だけが響くようになった。
時折響く、水の中のポケモンが動くぱちゃりという音が、静かな空間のアクセントになっていた。
「……ぼく、頑張るよ」
ぽつりと、ツクシが言った。目を閉じているので、どんな顔をしているか分からなかった。
「頑張れるだけ頑張って、頑張れなくなりそうでも頑張るんだ。ジムリーダーは、ぼくの夢だったんだから」
幼馴染の夢を初めて知った。夢を叶えた後で打ち明けるあたり、天才のこいつらしいとも思った。
だから言った。
「頑張れなくなったら丸投げしろや。なんとかなりそうなら、なんとかするからさ」
言ってから体を起こして、一個のモンスターボールをツクシに向かって投げた。
自分と同じように目を閉じていたツクシのおでこにこつんと当たって跳ね上がって、胸の上にぽすんと着地した。
「あたっ!?ちょ、人にモンスターボールを投げない!」
「そのポケモン、やる。まだモンスターボールから出したこともないから、親登録はされてないはずだ」
「……うん?親登録って、ポケモンを捕まえたその時にされるんだよ?」
「そいつは特別なの。捕まえるまでもなく最初っからボールに入ってるんだ」
首を傾げるツクシから顔を背けて寝転がった。
ヤドンのぷに冷が、頬に心地よい。
「……むしポケモン?」
「当たり前だろ」
このロリショタにあげるポケモンが虫ポケモンでないわけがない。本来ならモンスターボールを渡しただけではポケモンの所有者登録は変更されないが、そもそも中のポケモンと顔も合わせていない今なら問題なかろうと思う。モンスターボールの中のポケモンが目を覚まして最初に見るのは、ツクシの顔にしてやりたかった。
「ありがとう!」
顔は見てないが、笑ってるんだろうな、と思った。