【悲報】知らない間に幼馴染がジムリーダーになっていた件について【まさかの裏切り】   作:海と鐘と

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第二話

「クヌギ君、君、今日から学校来なくていいから」

 

「……は?」

 

 

 夏休み明け一発目の授業前に、教師からそんなことを言われた。

 

 ヒワダタウンという山と森に囲まれたド田舎でも、子供はそれなりの数いる。

 さすがに大都会のコガネやらトレーナーズスクール始まりの場所のキキョウやらに比べると規模は落ちるが、それでもそれなりに熱心でそれなりに親切な教師が純朴な生徒に囲まれて楽しく授業をしている。

 

 ここはヒワダタウン。ポケモンと人が、ともに仲良く暮らす街。ポケモンと仲良しの街である。

 

 

 

 じゃあ、人と人同士は別に仲良くないとでも言うのだろうか。

 教師の顔を見ながら考えていた。

 

 

「うおう、すごい勢いで目が濁ってるぞクヌギ君。10歳がしていい目つきじゃないなぁ、ちょっとはツクシ君を見習わないと。目がキラキラしているのが子供のいいところなんだからな?」

 

「なんだからな?じゃ、ないっすよ先生。どこの誰がこんな目つきさせてると思ってるんですか」

 

「いやぁ、クヌギ君が賢くて察しが良すぎるのは先生のせいじゃないしなぁ。世の中の真実を察して斜に構えてそんな目つき顔つきになったのはクヌギ君自身の素質のせいじゃないのかなぁ」

 

「いや、世の中の真実とか大人の汚さとか、いまそんな話してないっす。たった今ここでトレーナーを志す純朴な少年を前に、中年の胡散臭い笑顔を浮かべた教師モドキが言った言葉について話したいんですけど」

 

「うぅん?純朴?ツクシ君なら純朴さと天才性を兼ね備えた完璧な生徒だったんだがね。今のこの構図は、捻くれた天才少年がしがない一学校教師にすごい目つきで絡んでいるようにしか見えないと思うんだが」

 

「それは見方によります。多分に先生の主観が入り混じったというか先生の主観以外の何物でもない一面的な物の見方は生徒の成長を阻害することになりかねませんから、それを押し付けるのはやめた方がいいっすよ」

 

「辛辣ゥ!」

 

 本当に10歳児かなぁこの子は、と演技がかった仕草で教師は額を押さえた。

 口角が上がっているのを隠す気もないようである。

 

「まったく、質の悪ぃ冗談で生徒を脅かすとか、くそ教師の鏡っすね。『お前の席ねぇから!』を教師からやられたらどうしろってんですかもう」

 

「あ、それは冗談じゃなくもう君の席ねぇから」

 

「くそ教師ぃ!」

 

 

 夏休みが終わってトレーナーズスクールに戻ってきたら学校に籍がなかった。

 そんな話は聞いていない。(親が)訴訟も辞さない。

 

 

「いや、君夏休み中にホウエン地方でジムバッジ制覇したらしいやん?ポケモンリーグの協会からヒワダタウン経由で学校に連絡が来てさぁ。別の地方とはいえ、リーグ挑戦資格を持っている人間だから協会としても気になったんじゃないのかな、ジムトレーナーはどうですかってお話が来てたのよな」

 

 お家にも郵便で連絡したはずなんだけど、と頭を掻く教師。

 二ヶ月の休みで溜まった郵便の中に埋もれているらしかった。

 

「それにしてもクヌギ君、夏休み期間だけでバッジ制覇とか、未だかつてそんな突飛な自由研究やった生徒はいないからね?っていうかトレーナーズスクールの基本理念というか決まり事というか、一つ目のジムバッジを入手できる程度のポケモンバトルに関する知識、経験を積ませることと、ポケモンに関する知識を養い正しく制御できる人材を教育するってのがあってだね」

 

「いやいや、一個目のジムバッジなんてそれこそ簡単に取得できますって。所持してるバッジの数でポケモンの強さ変えてくれるんですから。俺は最初に温泉郷のフエンタウンに行って、ほのおタイプのポケモン相手にフォレトスで全縦しました」

 

「さすがクヌギ君、鬼畜すぎ……」

 

 フォレトスはごつごつの球体の側面一列から砲台が並んだような姿をした、むし、はがねタイプのポケモンである。タイプの相性でいうと、ほのおタイプには滅法弱い。相性で絶対的に勝っているポケモン相手に完全に力押しで負けたフエンタウンのジムリーダーは、半泣きだった。

 

「美少女の半泣きはグッとくるものがありました」

 

「どSに目覚めちゃってるやんか!?誰だこの子を教育したのは!?」

 

「概ねあんたですよ」

 

「とにかく!」

 

 ずれつつある話題を無理やり修正する教師。

 

「ジムバッジを8個全て制覇した君は、実力もポケモンを制御する能力も申し分ない上にともすれば先生より深いポケモンの知識がある。よってこの度飛び級的にトレーナーズスクールの卒業資格が与えられました。おめでとう!」

 

「卒業かぁ、お世話になりました。そんじゃ」

 

「ちょいちょいちょい。速攻で帰ろうとしないでくれ。暴走特急か君は。ブレーキのツクシ君がいないと止まらんのか」

 

「いつまでも突き進む自分でありたい」

 

「いいポリシーだが行動が斜め上!先生ちょっと君を卒業させんの不安になってきちゃったよ」

 

 

 今度は演技でなく頭を抱えた。いつもニヤニヤ笑いの先生が困ったような半笑いになっていた。 

 

 

 

 

「さすがに冗談です。場をあっためるための10歳児ジョークっす」

 

「あっためるまでもなく大分ホットだった気もするんだけど、まあいいや。もうすぐ授業も始まるし端的に言っちゃうと、ツクシ君も飛び級的に卒業してるんだよね」

 

「……ほう」

 

「ジムリーダーになっちゃったからねぇ。10歳でジムリーダーとか、あまりにも天才児ぶりが突出してるっていうか、協会は何考えてんだくそがっていうか、そんな感じなんだけれど」

 

「……口悪くなってるっすよ、先生」

 

 おっと失敬失敬、といって表情をニヤニヤ笑いに戻す教師。

 

「そんでさぁ、我が校の誇る二大天才児の片割れならわかってると思うけど、ツクシ君いま大変じゃん?折よく君にはジムトレーナーの話が来てんじゃん?これはもう運命じゃん?アゼルバイジャン?」

 

「うざキャラになってますよ、先生」

 

「それはそれでそれなりに需要があるからいいの。返答は一ヶ月以内に協会直接でもスクール経由でもいいから、いい返事を期待してるってさ」

 

「……どうなんですかね、実際」

 

 

 それは少しだけ、考えていたことでもあった。

 今のヒワダタウンを客観的に見て戦力判断をした場合、ポケモンバトルでなら本気のジムトレーナー全部束ねても勝つことができるだろう。ジョウトリーグには参加できないにしても、一地方のバッジは全て取得済みでジムトレーナーになる資格は十分にあった。

 

 問題は。

 

 ツクシを楽にしてやるには、内からか、外からか、どっちがいいのかなって。

 

 

「……うむ、先生は最後の最後で君の子供っぽい葛藤を見れて実に嬉しい」

 

「悪趣味っすね。くそ教師の鏡っす」

 

「悩め少年!そんで、分からなくなったら先生に丸投げしろ!なんとかなりそうならなんとかする!」

 

 

 笑いながら教材抱えて去っていく先生は、ちょっとだけ大きく見えた。

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 

 

「ジムリーダーより強いジムトレーナーって、どう思う?」

 

「まさか、下っ端なのは仮の姿……?こいつこそ、このジムを牛耳る黒幕だったのか……!って思う」

 

「シャドー乙」

 

 

 大人気アニメ『ぽけころ』の敵組織の設定が、そんな感じだったと思う。

 

 

「お前も『ぽけころ』見てたのか。ニチアサ7時とか、ツクシなら蜂蜜塗った森の木にへラクロスとか探しに行ってるもんだとばかり思ってたが」

 

「それもやってる。前一緒に行ったじゃない。でも『ぽけころ』も見てた。主人公がかっこいいんだよねぇ」

 

「アニメ冒頭の建物爆破して爆炎の中をバイクで出てきたのは笑った」

 

 

 ヒワダタウン近郊の虫ポケモンの宝庫、ウバメの森で、そんなことを話していた。

 手頃な高さの木にイトマルという蜘蛛に似たポケモンに二本の糸を張ってもらい、そこに土台を作ってシートを張れば即席ハンモックの出来上がりだ。

 

 木が生い茂って林床が暗いウバメの森も、ある程度の高さまで木を登れば木漏れ日の心地よい空間が広がっている。木の上だから人にもポケモンにも見つかりにくい、いい塩梅の隠れ家となる。

 

 ヒワダタウンの子供の遊び、上級編。空中ハンモックである。

 親からは危ないからやめなさいと言われ、しかしみんな気持ちよさそうに寝てるから挑戦し、そして毎年何人か木から落ちて骨折するというスリリングな遊びだ。

 

 

 今、ツクシはジムリーダーとしては暇な時期に入っていた。

 ジムリーダーの変更に伴い、ジム内部の施設を一斉改装しているのである。

 そのポケモンジムにおける特色を最大限に生かすために必要な措置であった。ホウエン地方のジムでも、歩道エスカレーターだったり、つるつる滑る氷の床だったり、砂風呂と蟻地獄の組み合わせだったり、各ジムで思い思いの改造をしていたことを思い出す。

 

 

「砂風呂ジムはありえん。移動だけでパンツの中が砂まみれになった。万が一ヒワダタウンのジムがアレになったら俺は街を出ていくんでよろしく」

 

「いやそれは……。むしポケだって元気なくなっちゃうから万に一つもないよ……。

なんだよ砂風呂って……」

 

「唯一の救いはジムリーダーの子だったな。美少女のアレが汗で濡れ透けでアレがアレだった」

 

「ホウエンでいったいナニをやってきたのかな?」

 

 

 すっごい笑顔でこっちを見てくるツクシが怖くて、話題を変える。

 

 

「つーかウバメの森ってあれじゃね?伝説的な時渡の伝説がアレで微妙に有名なアレじゃね?」

 

「話題転換が雑すぎるよ……。微妙に有名なあれってなんだよ」

 

「スクールで郷土研究の時にやったあれだよ。祠の伝説的なあれ」

 

「祠の伝説?時渡の神様の?やったねぇ。あの時はいったいどんなむしポケモンなのか、わくわくしながら想像でスケッチ書いた覚えがあるよ」

 

「いや絶対むしポケモンじゃないし。そんな超常的な力があるのはエスパータイプだって相場は決まってるし」

 

「またこのおバカは……。伝説の三鳥はどれもエスパータイプじゃないですけど?」

 

「どっかの頭でっかちは忘れてるようだが、三鳥は全部存在が確認されてるからな?研究は進んでなくて生態も生存個体数もなにも分かっちゃいないってだけで、時渡の神みたいな全部謎ってわけじゃないし。そもそも奴らは身にまとうパワーが強すぎて異常気象起こすだけで、時間超えたりしないし」

 

「パワーが強くて異常気象起こすだけ?どこの誰がそんな論文出してんの。ソース出してよソース」

 

「おいやめろ、シートをバンバンバンバン叩くな。揺れる揺れる。ここ木の上だからぁ!」

 

 

 ぎっちぎっちと揺れまくるハンモックの振動が糸から伝わったのだろうか。巣を張って眠っていたイトマルが抗議するように、きぃ、と鳴いた。

 

 ごめんよイトマル、とツクシが彼女の頭を撫でた。

 

 

「仮説だけ出して実証する気もない無責任野郎が、むしポケモンをディスるから……」

 

「今、無責任野郎って言ったか?うん?」

 

「うるさいやい!伝説のポケモンにむしポケモンがいたっていいじゃないか!分からないからこそ想像するロマンだよ!レオンベルガ―のエネコロロだよ!」

 

「箱にエネコロロぶっこんでそこに毒ガス注入する思考実験な。レオンベルガーさんエネコロロ嫌いだったんかな」

 

「オーレ地方の学者は変人が多いらしいよ。愛故の凶行とかだったらちょっと燃えるよね」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

 

 咳払いして話を続ける。俺は何も聞かなかった。聞かなかったことにする。

 

 

「まあ、森の中に住んでるくらいだしな。どうも完全に新種っぽいし、むし、エスパー、なんて複合タイプのポケモンだったとしてもおかしくないよな」

 

「むう、むしエスパーかぁ。弱いのは、ほのお、ひこう、あく、ゴースト、岩、くらいかなぁ」

 

「エスパータイプだからむしにも弱いぞ。むしポケモンなのに」

 

「……タイプ的にはあんまり強そうじゃないなぁ。人よりちっこいポケモンだったりしてね」

 

「人よりちっこい伝説のポケモンか。そんなんで時渡なんてできんのかね」

 

 

 ふう、とため息をついてふたりで寝転がった。

 ハンモックが気持ちよくて、だんだんと眠くなってきたのだった。

 

 

「……あえたらいいねぇ、時渡の神様」

 

「……そのうちあえるんじゃないか?お前、ここのジムリーダーでやってくんだろ?」

 

「……そうだねぇ。そうだといいなぁ」

 

 

 隣から、すうすう、という寝息が聞こえてきた。

 寝つきが良くて羨ましい奴だな、と思った。

 

 眠気でぼうっとしている。

 

 目を閉じて、眠りに入る瞬間。

 

 

 

 薄緑のちっこい妖精が、木々の間を飛んでいるのが見えた気がした。


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