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[律]
高野さんは俺の涙がおさまるまで髪を梳いてくれていた。
ふと正気に戻ると感じるのは高野さんの香り・・・。
タバコと混じった恋しかった高野さんの臭い・・・。
頬に当たる薄萌葱色のリネンのシャツは肩口が涙でぬれてしまった。
少し顔を上げると高野さんの顔がすっと降りてきて額に冷たい唇が触れた。
「今日は泊まって行ける?」
「え?」
泊まってくってことはどういうことなんだろう。そう考えながら同時にその言葉が意図していることを別の自分が悟っていた。
身体に緊張が走った。
恥ずかしい、今自分がどんな顔をしているんだろう。見られたくない。
きゅっとまた高野さんのシャツを強く握り顔を胸に埋めると
「いやならいいんだけど・・・。」と静かに耳元でつぶやく高野さん。
こんな高野さんは知らない。
いつも俺の返事を待つことなんてなくて、強引で嫌だと言っても無理やりベッドに引きずり込まれてなにも考えられなくされて・・・。
嵯峨先輩は・・・。嵯峨先輩だって、「抱きたい。」って言われて返事はしたけど本来あれはyes・noを問うような言葉ではなかった。
だって俺にはyes以外の言葉は用意されていなかった。
「おまえ、そんなに震えるなよ。俺まで緊張する・・・。」
言われて初めて自分の身体が小刻みに震えていることを知った。
この人は昔の先輩でも以前の高野さんでもなく紛れもない俺の新しい恋人・・・。高野さん・・・。
「お、俺・・・。あの・・・。」
自分でもなにを言おうとしているかわからなかった。嫌なのか嫌でないのかの判断さえ・・・。
「じゃあさ、風呂入ってこようぜ。」
「え!?」
「おまえ酒も飲まねーし。素面でこれ以上向きあってたら俺のガラスのハートが持たねー。」
「え!?」
そう言うなり高野さんは俺の身体を掴み上げて荷物のように肩に抱えてドスドスとバスルーム目掛けて歩き始めた。
いや違う!やっぱりこれは高野さんだ!
そう思ったら「昔の俺と比べんなって言ってんだろ!」とすねた声が頭上から降ってきた。
待って、そう言えば俺今日どんな下着着てたっけ?
いや違う、そんな乙女な事考えている場合か?
あ、だけどこのところ出張でばたばたしててまた痩せてみすぼらしくなって・・・。
いや、だから違うそういうことじゃなくて、ちょっと待って、展開が早くてついていけない。
パニックに近いほど暴れた俺の心を置き去りにしたまま脱衣所でおろされて、高野さんは鼻歌交じりにプレゼントを開ける子どものようにご機嫌で手際良く俺の服を剥がしていく。
「た、高野さん。俺、あの。(待って・・・。)」うまく言葉が出ない。
「なに?」
かがんでシャツのボタンをはずしていた高野さんが上目遣いに睨んだ。
俺の顔が真っ赤になっているのが分かる。
「無表情な部長補佐さんの素の顔が見れて嬉しいぜ。」
高野さんが意地悪く笑って言った言葉に今度はキッとにらむと急に表情を変え「煽んじゃねーよ。」とシャツの襟を掴まれてぐっと引き寄せられた。
そしてバランスを崩した俺の唇が乱暴にふさがれた。
「覚悟できた?」
離された唇の端を頬と一緒にきゅっとつままれて高野さんは不遜な笑顔を見せた。
意外にもお風呂では高野さんはそれ以上の何かをしては来なかった。(何かってなんだよ・・・。)
嬉しそうに高野さんは俺の身体を隅々まで洗って風呂を出てからも髪の毛をドライヤーで乾かしてくれた。
「なあ、なんで髪の毛切ったの?」
ドライヤーの風が満遍なく降りかけるように手櫛で髪を持ち上げながら高野さんが言った。
「もう伸ばしている意味がなくなったからです。」
俺はどう答えていいか分からずに理由のみを答えた。
「意味ってなに?」
「・・・。」
「りーつ。」
「・・・。」
答えない俺に業を煮やしたのか高野さんはドライヤーを止め乾いた髪を掴んでキスをする。
「案外おまえの長い髪、好きだったんだけどな。」
「!」
不意打ちにもほどがある。そうやってアンタが好き好き言うから、本当は好きじゃない自分の色々なパーツが愛しくなるんじゃないか・・・。
「昔の高野さんが俺の髪が好きだって言ったから切れなくて、でももうあきらめてイギリスに行くことにしたから切ったんです。」
髪を掴んでいた高野さんの手がちょっとだけピクリとしたのが分かった。
「へえーやっぱり昔の俺って偉いじゃん。おまえの良いとこ分かってたんじゃね。」
「え!?」
「じゃあさ、俺おまえの髪の毛長いほうが好きだからまた伸ばせよ。」
「は!?」
くりっと顔を正面にむけられて言われた言葉は一見甘そうだけど顔つきはちょっと引きつって見えた。
やっぱり昔の自分に焼き餅焼いてんジャン・・・。
「わ、わかりました・・・。切ったあとノアにも吼えられたんでそうします・・・。」
高野さんは今度は鼻歌でも歌いそうなほどの上機嫌なドヤ顔で俺の髪をクシュクシュとかき回した。
☆
高野さんが立ち上がり寝室のドアを開いて「行くよ。」と言った。
戸惑っていると高野さんはドアの向こうに消えあわてて追いかけるとベッドに腰掛けていた。
ドアを後ろ手に閉めるもどうしたらいいのか分からずに立ちつくしていると「おいで。」と手を伸ばして俺を誘った。
喉が詰まるような気がして借りた高野さんのシャツの襟首をギュッと握ってしまう。
どうしたっけ?今までどんな風だった?
過去の経験なんて何の役にも立たない・・・。
て、手を取ればいいのか???
おずおずと伸ばした手を高野さんがぐいっと掴んで引き寄せた。
その拍子にバランスを崩して俺は高野さんの上に乗り上げるように倒れた。
自分の下にある高野さんの顔を見て心臓がドクンと跳ねた。
鼓動がうるさく鳴り加速する。ヤバイ、このまま死ぬかもしれない・・・。
高野さんが俺の腰に優しく触れる。
そして優しく笑う。
その瞳に映っているのは俺の顔。
あ・・・、高野さんだ。
恋しくて、愛しくて、触れて欲しくて、どれほど涙を流しただろう。
高野さん、好きです。高野さん大好きです。
その髪も、目も、頬も、唇も。
涙がつっと高野さんの頬に落ちた。
「好きです・・・。もう・・・、離さないで・・・。」
そう言って高野さんの唇に自分の唇をあわせた。
☆
細く長い指が項から髪を分けるように指し込まれぐっと引き寄せられた。
少し冷たい高野さんの舌が俺の口の中で探し物でもするように動く。
逃げるのは得意だけどこんな甘い追いかけっこでは逃げ切れない。
すぐにつかまり絡められたと思ったら放り出される。喪失感に今度は俺が鬼とばかりに追いかける。
その間に器用な指はさっさと俺の外壁を剥離させ無防備な躯をあらわにさせた。
高野さんの指が胸の突起に触れたときに急に襲った羞恥に身体が震える。
高野さんは昔の俺を知らない。
高野さんに俺はどんな風に映っているんだろうか・・・。
恥ずかしい・・・。
その指は豊かな女性の身体をむさぼってきたはずだ。
あの喪失の後、何人もの女性がその身体の下であなたを感じていたであろうことを知っている。
怖い・・・。
やっぱり俺には無理だ・・・。
「なに考えてんの?」
一瞬変った俺の気配に高野さんが耳元でささやく。
「あ・・・、俺やっぱり今日は・・・。」
「今日シなかったら明日はへーきなの?」
返す言葉が見つからなかった。
「おまえさ、キスうまくなったな。」
「え?」
「自分から舌絡めてくるなんて。昔は口もあけられなかったくせに。」
言われた言葉に顔がカッと熱くなる。
アンタが俺に教えたんじゃないか・・・。
「昔のオトコの事考えてんじゃねーよ。」
その言葉にドキッとした。
昔のオトコって、それ自分のことじゃないか、とは言えなかった。
高野さんにとって昔の高野さんは知らない誰かのことと同義語なのだ。
「だ、だって・・・。」
「もういい。ただ俺を感じていろ。」
「痩せすぎで恥ずかしかっただけです・・・。」
そう言うと
「俺はスレンダー好みだから丁度いい。」と再びせわしなく指を動かし始めた。
違うのを知ってる。あんたの付き合ってた女の人はみんなグラママラスな人ばかりだったじゃないか。
俺だって女の子だったらかわいい系の子の方が良いと思う。
俺より背もでっかくて、黒いさらさの髪の毛なんて全然違う・・・。
でも好きになったらその人が好みになる。そういうことなんだ・・・。
やっぱりエメラルドで鍛えられたせいか乙女思考からは抜けられないみたいだ。
迷いも嫉妬も全て一旦置いておこう。
あれこれと考えていた思考はやがて意味をなくし、与えられる快感に酔いしれた。
高野さんの手が舌が身体中に触れ、あっという間に俺は意識を持っていかれる。
「もうこんなにいっぱいいっぱいだな。」
嬉しそうに耳元でささやかれる言葉に少しだけ今に引き戻され、そうしてまた与えられる快感に深いところに落とされる。
熱を持ったからだの中心がこの辛さにも似た感覚を開放したくてうごめく。
「も、もう・・・。」
ねだるように中心を掴まれたまま、腰をその手にすりつけると
「まだ駄目。」
と根元をぐいっと掴みあげられ喉の奥から切ない声が上がる。
「もっと聞かせて。」
と高野さんがねだるようにささやきながら耳たぶをキリリと噛む。
執拗につままれたり擦られたりした胸の突起はジンジンと引っ張られるように腫れている。
「あ、もうゆるして・・・。」
耐え切れず漏れた言葉に高野さんが剥き出しになった先の敏感な部分を親指できゅっとさすった。
押さえ込まれた熱はやっと開放の矛先を見つけて悦びにはじけた。
「は・ぁ・・・ん・・・。」
弛緩した四肢の重みに耐え切れずベッドに沈めると高野さんが片足を自身の肩に担ぎ上げた。
「まってまだ動けない・・。」
「お前は力を抜いてればいい。」
するりと股下から手が指し込まれ、久しく受け入れていなかった蕾を暴かれる。
「あ・・・ぅ・・・。」
思わず声が漏れ自分がいかにそれを待ち望んでいたかを知った。
なんて淫乱な身体なんだ・・・。
どんなに澄ましていても身体はあなたを求めている。
身体が二つであることがもどかしい。
一つになってそのままどろどろに溶けてしまいたい。
「まるで初めてみたいに固いな。」
高野さんが嬉しそうに内腿を舐める。
「自分でするときに後ろって触んないの?」
言いたい事言って・・・。アンタしかそんなとこ触りたがらない。たとえ俺でも・・・。
「昔の二人のオトコだけです。俺の深いところを知ってるのは。」
これはわざとだ。
まさに煽ってるっていう言葉はこういうことを言うんだろう。
「言ってくれるね。じゃあ遠慮なく三人目のオトコは攻めさせてもらうよ。」
そう言って高野さんは指で入り口と浅めの二箇所をかき回す。
と同時に人差し指で尾てい骨のあたりをさすりあげる。
腿の付け根に吸い付き甘噛みをした。
なんでこの人は初めてなのに俺の弱いところを知ってるんだ・・・。
本当は全部思い出せてるんじゃないのか?
しかし疑問はすぐに霧散した。
もう本当になにも考えられなくなったのだった。
何度も何度も揺さぶられて、もどかしさから自分からも高野さんに跨り、
最後には足腰に力も入らなくなった時に高野さんが「年にはかてねーな」と笑った。
「持久力には自信があるんだけどさ、回数は無理だわ。」
高野さんはそうつぶやいたが上等なもんだろうと口には出さなかったけどため息をついた。
俺はもう一生分のパワーを使い果たした気がする・・・。
いつ眠りに付いたのかも分からないままに、気がついたらあたりは明るかった。
[高野]
自分を呼ぶ声が聞こえて眠りから覚めた。
隣にいる茶色い髪の毛が小野寺だと気がついて昨晩のことを思い出した。
とにかく戸惑うコイツを引きずり込まなければ先には進まないと押したり引いたりと、あまり得意ではない駆け引きってやつに力を注いだ。
寝顔って新鮮だなとじっと見つめているとほろりと小野寺の目から涙の粒が落ちた。
あ、あの時と同じだ。
コイツ今なにを思ってるんだ。
俺がここにいるのに・・・。
また嫉妬心が沸く。
小野寺を抱いている時、不思議と身体はコイツの良いところを攻めていた。
脳は覚えていないくせに身体は覚えていたってコトだろう。
俺の手でよがってるくせによがらせてるのは昔の俺だ・・・。
しゃくに触る。
もうなにも考えるな俺もお前も、そう思った。
ただの俺とお前で深い淵に落ちて行こう。
たった一年だけお前の中に居たやつになんて負けない。俺はこれから何十年もお前と過ごすんだ。
これから先何年も、
桜の花を見てあいつの誕生日を思いっきり祝ってやる。
桜吹雪の中を散歩して、夏の入道雲の下でスイカでも食ってやる。
秋の寒さに二人で毛布に包まって本を読んで、
電飾を光らせた幸せいっぱいの家でクリスマスを祝ってやる。
きっとあいつは高野さんお誕生日おめでとうって溶けそうな顔でお祝いを言ってくれるに違いない。
小野寺の頬をなでていたらふるりと睫が揺れて小野寺が目を覚ました。
「おはよう。」
声をかけてキスをすると小野寺がみるみるうちに真っ赤になった。
「おはようございます・・・。」
それでもちゃんと挨拶をしてくれるところが律儀だ。
真っ赤になって布団を引き寄せ顔を半分隠しながらも目だけ出してるってどうだ?
しかも上目遣い・・・。
「あと数日で旅立つくせにそんな顔して俺を煽るな。」
低くつぶやいて小野寺にのしかかると
「え!?なに!?は・・、意味分かんない!」
小野寺は必死でもがいて逃げをかますが逃さない。
今度別れ別れになってもお前が俺を探したくなるように俺がお前の悲しみの全てを塗り替えてやる。
朝も夜も、俺でお前をいっぱいにしてやる。
お前には俺しかいないってことを、忘れられないように・・・・。
ということで、本当にこれで お し ま い です。
ありがとうございました。