絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 お昼休みになった。十文字は絢辻の席へ行こうかどうか迷っていた。一緒に昼食をとろうと企んでいたが、彼女の周りに他の女子生徒がきたためにタイミングを逸してしまった。仕方なく、教室の後ろでいつものメンバーとパンを食べることにした。ただし、視線は幾度も絢辻の背中を追っていた。薫が気づいて前の方に面白いものでもあるのかとたずねると、あわてて黒板のシミが霊の顔に見えるといって誤魔化した。すると梅原も同調し、俺も前からそう思っていたと言った。教室の後ろがなにやら盛りあがっていた。

 突然、二年A組の教室に部外者が入ってきた。一瞬にして静寂が訪れた。侵入者は輝日東高校の誰もが知っているアイドル、森島はるかだった。

 A組の皆が見つめる中、彼女は堂々と教室を横切り、十文字たちの場所へとやってきた。そしてなんら悪びれることもなく十文字の前にいる梅原をどかせて、その席に座った。

「明日の休みは隼人とデートしたくなっちゃった」

 えーっ、うそー、マジかよ、と悲鳴のような歓声があがった。輝日東高校史上もっとも美人な森島はるかが、ホームレスと揶揄されるほどむさ苦しい十文字隼人をデートに誘っているのだ。あり得ないだろう光景に、慄然とする二年A組であった。

 だが、このクラスでもっとも心中穏やかではないのは、絢辻詞だった。少しずつとはいいつつも、いちおう十文字は彼氏になったのである。それを横取りしようとするライバルが出現し、しかもよりによって森島はるかなのだ。あの保健室での出来事はなんだったのか。また頭の中が混乱し始めていた。

「もちろんOKよね、隼人」

 はるかが十文字の目を見つめていた。好意の目線ではなく、十文字の心の底にあるものを試すような、少しばかり鋭い感じがした。

「森島さん、だれか他の人を誘ってください。俺は興味ないっすから」

 十文字はきっぱりと断った。迷っている要素が一ミクロンもない、すがすがしいまでのお断りだった。

 えーっ、うそー、マジかよ、とA組内は再びどよめいた。あの森島はるかに興味がないと断言した男は、十文字が初めてだった。

「ええー、うっそー、ざんね~ん。せっかく隼人と映画に行こうと思ってチケット持ってきたのになあ」

 はるかは、上着のポケットから映画のチケットを二枚出した。それをクラスの皆に見せびらかすようにビラビラと振っていた。

「じゃあ、これいらないから隼人にあげるね」

 はるかは、十文字の胸ポケットにチケットを押し入れた。彼女の顔が近づいた刹那、ニヤッと笑った。鈍感男にはめずらしく、はるかの意図を読み取ることができた。

「ありがとう、森島さん。ほんとうにありがとう」

 はるかは立ち上がった。後ろでありがとうを連発する後輩に軽く手をあげてA組を出ていこうとする。教室の入り口には響が待っていた。はるかがウインクすると、親友は小さく頷いた。     

 はるかがいなくなると、薫や純一が十文字にまとわりついた。いったいどういうことなのかと問い詰めるが、森島さんの悪ふざけだと十文字が言うと、あっさり納得した。なんだ冗談だったのかと、クラス中が安堵した。

 絢辻は後ろを振り返ろうとはしなかった。聞き耳は立てていたが、振り返ることはしなかった。

 

 十文字は、帰りのホームルームが終わるとすぐに教壇へと向かった。 

「先生、化学室の掃除をしてきますので」

「いや、今日は十文字の当番じゃないぞ。それに使ってないからいいんだよ」

 高橋担任は、掃除の必要がない事をはっきりと伝えた。

「それじゃあ、化学室の掃除をしてきますので」

「十文字、先生の話を聞いてないだろう」

 高橋教諭があらためて指示を徹底しようとするが、彼はすでに仕事場へと急行していた。

「なんなんだ、あいつ」

 ブツブツと言う女教師の前を、学級委員が素知らぬ顔で通り過ぎた。

 化学室では十文字が掃除に励んでいた。ただし、モップの動かし方はデタラメであり、教室をきれいにしようなどとは、これっぽっちも思っていなかった。

 化学室の前の廊下を、二年A組の学級委員が通り過ぎた。十文字は、彼女の姿をチラリと見て確認すると、化学準備室へと移動した。

 学級委員の絢辻詞が、再び化学室前の廊下を通り過ぎた。こんどはナマケモノみたいにゆっくりと歩いていた。化学室に彼女の身体が傾いて中へと入るかと思われたとき、前から他の生徒がやっていた。彼女はとっさに化学室のドアを触って、さもそれが故障しているかのような仕草をしていた。通りすがりの女子生徒が、不思議そうな顔をした。

 廊下に人の気配がなくなったことを確認した絢辻は、くノ一忍者のように素早く動いた。化学室に入り、さらに連絡ドアから化学準備室に音もなく侵入する。ドアを閉じた刹那、カチッとカギをかけることを忘れない。

「もう、さっきの森島さんは何なのよ」

 開口一番、絢辻は昼休みの出来事の愚痴を十文字にぶつけた。準備室内は二人だけの空間なのだ。

「あれは、はるか先輩が気をつかってくれたんだよ」

「はるか先輩って、なによ」

 絢辻は不機嫌な顔のままだった。

「え」

「いつから名前で呼ぶようになったの」

「いや、そのう、森島さんだったね」

 きびしい目線を投げつけてくる絢辻に、十文字はポケットの中から二枚の紙を取り出して見せた。

「ほら、これだよ」

「なんなの」

「映画のチケットだよ。はる、、、いや、森島さんにあの時もらったんだ」

 十文字はそのチケットで映画に行こうと、絢辻を誘った。

「イヤよ。森島さんが十文字君と行きたかった映画でしょう。そんなおこぼれは二人で仲良くいけばいいのよ」

 せっかくのデートに森島はるかの影があるのは、女としてどうしても許容できないのだ。

「いやいや、違うんだって。森島さんは、俺と絢辻さんのためにワザとくれたんだよ」

 正式に付き合うようになった二人のために、はるかが映画のチケットをあげたのだ。なお、それらは数日前に、はるかを口説こうとした三年生男子から巻き上げた物だった。

「じゃあ、なんであんなことしたのよ」

「森島さんはああいう人だから。面白いっていえば、面白い人かな」

 あの行動の裏には十文字の本気具合を確かめる意味合いもあったのだが、本人は気づいていない。

「じゃあ、最初っから十文字君を誘っていたわけじゃないんだ」

「あの森島さんにかぎって、俺みたいなむさっ苦しい男を誘うわけないじゃん」

 十文字は自嘲してみせた。だが、絢辻はそれも気に入らなかった。

「そのむさ苦しい男と私は付き合うことにしたんだから、自分を悪くいうのはヤメて」

「ごめん、そうだった。俺たち付き合ってるんだね」

 絢辻の口から付き合っていると言われて、十文字はあらためてその幸せを噛みしめていた。

「少しずつ」

 訂正するわけではないが、絢辻が微妙な表現を強調した。

「うん、少しずつね」

 十文字は笑顔で頷いた。絢辻は、なんとなくバツが悪そうにしていた。

「それで、そのう、映画はどうしようか。絢辻さんが行かないのなら、このチケットも必要ないし。森島さんには悪いけど、純一たちにあげようか」

 絢辻は、十文字の手からチケットを素早く奪いとった。

「人にあげるなんて、もったいないじゃないの。タダなんだから、行くに決まってるでしょう」

 デートの約束が確約された瞬間だった。十文字の胸中が真っ赤なバラだらけになった。

「ところでなんていう映画なの」

 映画のタイトルが気になり、二人は同時にチケットを見た。

「ええっと、このチケットは、【露出ゾンビのレゲエ対決・はらわた三昧】っていう、すごく微妙な映画だな。ははは、森島さんらしいわ」

 ホラー映画のようだ。この手のジャンルは男子が得意とするところだが、女子には拒否反応を示す者が多い。ぜったいに絢辻の趣味ではないと十文字は思った。

「これみたかったのよ。すごい楽しみ」

 予想外の反応に、十文字は苦笑いで応えた。絢辻の本心としては全く興味がないのだが、そういうフリをしているのだ。

「よし、それじゃあ明日。一緒にいこう」

 二人は待ち合わせの時間と場所を設定した。十文字はケイタイの類を持ってないので、絢辻は何度もねんを押した。

「絶対に遅れないでよ」

「大丈夫だって。絢辻さんからもらった目覚まし時計あるから」

 二人は、それからしばらく準備室で話をしていた。

 



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