絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 連休明けの輝日東高校。

 その日、三年生は朝から火災避難訓練日だった。生徒は一度教室にカバン類をおいてから、グランドに集合することになっていた。しかしながら、たまたま他で本物の火災が発生したために、訓練を担当するはずだった消防が出払ってしまった。グランドでは擬似火災の装置と、それを消火する準備ができている。あとはプロを待つだけなのだが、どのくらい遅れるのかわからない状況なので、生徒たちを教室に戻すこともできない。しばし待機の状態となっていた。

 隼人は少しばかり寝坊してしまった。教室に着いた時には誰もいなかった。火災訓練のためグランドに集合することを思い出して、急いで外に出た。 

 グランドでは三年生たちが整列を崩して、クラスごとのエリアの中で自由にしていた。隼人は麻耶担任に見つからぬようにそうっと紛れ込み、もっとも後ろで、なるべく目立たないように一人で佇んでいた。とくに詞以外の女子からは忌み嫌われているので、なるべく離れていたかったのだ。

「ちょっと薫、あれ誰」

 A組の女子たちと雑談していた薫に、ある女子が唐突に言った。

「誰って、なにが」

「ほら、あそこにいる男子。うちのクラスに紛れ込んでいるんだけど」

 その女子は、後ろで一人立っている男子をほんのりと指さした。

「いや、知らない。ほかのクラスじゃないの」

「だって、見たことないよ」

 他のクラスの男子が紛れ込んでいても、さすがに三年生なら知らない顔はない。

「なんか、いい感じじゃない」

「うちの学校にいないタイプだね」

「ひょっとして、クオーターなんじゃない」

「いや、日本人でしょう」

 女子たちは、その男子を色眼鏡で値踏みし始めた。テンションが上がり気味なのは、彼女たちから見て、その男子がカッコよく相当な美男子だったからだ。

「おい、純一。あれ誰だよ」  

 薫はさっそく、梅原といかがわしい話で盛り上がっている純一をつかまえた。後ろにいる男子について、あれは誰だと問い詰めた。

「いや、見たことないぞ。転校生じゃないのか」

 純一も梅原も知らないと言った。他の男子に聞いても、誰も知らなかった。

 薫を中心に、自然とA組の生徒が集まりだした。話題はもちろん、後ろであっちの方を向きながら立っている男子についてだ。

「純一、ちょっと行って、おまえ誰だってきいてこいよ」

「イヤだよ。薫がいけばいいじゃんか」

「わたしはそのう、なんだ。人見知り体質だからな」

 薫は人見知りしない性格だが、相手がなかなかの美男子なので、めずらしく気後れしているのだ。

「みんなで集まってどうしたの」

 その輪に詞が入ってきた。学級委員であるので、クラスのざわつきを敏感に感じとったのだ。

「いやその、うちのクラスに転校生がいるんだよ。絢辻は、なにかきいているの」

 薫は、なぜだか照れくさそうに言った。

「そんな話は聞いてないけど。どこにいるの、その転校生は」

「ほら、あそこに一人で立っているだろう」

 薫が軽く指さした方向を見て、詞は、ああ、と即座に頷いた。

「絢辻さん、あの男子を知ってるの」

「うん」 

 誰なの、転校生なの、と集団が騒がしくなった。

 詞は臆することなく、彼の方へ歩いていった。他のクラスメートが彼女の背後をぞろぞろとくっ付いていた。集団はその男子の前までやってきた。詞が一歩前に出て、いつもの感じで言うのだった。

「十文字君、今日も遅刻じゃないの」

 ええーっ、と大きなどよめきが起こった。

「十文字って、おまえは十文字なのか」

「うそーうそー、どうなってるの」

「違う違う、ぜったいにちがうって」

「ありえねえだろ。どんだけ整形したんだよ」

 もちろん、隼人が整形するはずなどない。ハゲワシの巣みたいだった天然パーマをバッサリと切って、そして詞以外の人前ではけっして外すことのなかった巨大色眼鏡をやめたのだ。当然、時々かけていたカラスマスクなどもしていない。

「なんだ、うしろのほうが騒がしいけど、山犬でも出たのか」

 どよめきを聞きつけた麻耶担任が、面倒はイヤだぞと言いながらやってきた。集団が開けた道をつかつかと進み、教師は見知らぬ生徒と対面することとなった。

「ええーっと、誰だおまえ。二年生か」

 麻耶担任は、下級生の誰かが紛れ込んだのかと思った。

「先生、十文字君です。今日も遅刻したみたいです」

 詞が、学級委員の仕事として言った。

「なんだ十文字、また遅刻したのか。おまえはホントにって、ええーっ」

 クラスの誰よりも麻耶担任が驚いていた。信じられないという表情のまま隼人の周りを三周半ほどまわり、じっくりと見つめた。

「おまえどうしたんだよ。なんだよ、その髪型は。あの鳥の巣頭はどこいったんだ。ヒナが孵ったのかよ。なんでそんなに制服がきれいなんだよ。どっから盗んできたんだ。それにメガネはどうした、メガネは。あれをつけてないと、ダメだろうよ。医者に怒られるぞ」

 麻耶教諭は、隼人の病気のことを常に気にかけていたのだ。

「病院の先生はそろそろ外してもいい頃だって。無茶なことしなければ、炎症も起こらないから大丈夫って言ってくれました。制服は新しいのを買いました。髪も切ってきました」

 じつにすがすがしく答える、十文字らしくない隼人であった。

「そ、そうなのか。ま、まあ、小ぎれいになったのはいいことだな。いちおう確認するけど、おまえほんとうに十文字だよな」

「十文字君です。今日も遅刻したんです」

 そう言って、詞はあくまでの学級委員の仕事を全うする。

「遅刻はいいけど、なんだか、なんだかなあ」

 麻耶担任は、どうにも釈然としない様子だった。

 

 連休の間に、隼人と詞は忙しかった。制服を買って、詞の行きつけの美容室で鳥の巣みたいな髪を切ったのだ。女だらけの美容室は恥ずかしいので、隼人は床屋に行くと言ったが、知っている床屋がないので仕方なく詞に従った。いつもは自分で適当に切っていたからだ。美容師も悪戦苦闘しながらの散髪となったが、でき上げってみれば天然パーマが丁度よく髪を流してくれたので、仕上がりは上々となった。元がモデル並みの美男子なだけに、結果はホームレスとは対極の別人となった。だから、詞にとって今の隼人は驚きではない。内心では、絢辻詞の渾身のプロデュースどうよ、と自慢したい気分だった。

 麻耶担任があれやこれやと十文字をいじくりまわしていると、消防士たちがやってきた。二年生たちもぞろぞろと校舎から降りてきた。彼らは三年生の次の時間だったのだが、忙しい消防署の都合により、急きょ合同での訓練となった。

 教師たちが号令をかけて生徒を集めた。二年生と三年生が一緒では人数が多すぎて装置が見えづらくなるので、消防士が急ぎ別の発火装置を準備した。学年などわからない消防士が適当に数を切ったために、二年生と三年生が入り混じってしまった。学年主任がきっちりと整列させようとしたが、急いでいた消防側が説明を始めてしまった。いまさら整列させるのも無理があるので、そのままにしておいた。

 隼人の周りにも二年生が混じっていた。消防士が装置に火をつける前に消火役の生徒を数名選んだ。二年生の女子と男子、それと隼人も選ばれていた。

 油が張られた容器に火がいれられた。炎が黒い煙が立ちのぼり、おおーっと歓声があがる。手順どおりに消火器を持った生徒が火を消そうとしたが、モタモタしてうまくいかなかった。

 油の量が多かったのか、炎の勢いが若干強かった。そこに突風が吹きつけた。消火器を持った二年生の女子に火の手が迫った。だが幸運なことに、彼女は怪我をすることなく無事であった。横にいた隼人が、とっさにとび出して、さらに身を挺して彼女に覆いかぶさり、そのまま押し倒すように倒れたのだ。

「ご、ごめん。べつにヘンなことをする気じゃないから」

 隼人は弾かれたように立ち上がった。そして、呆然としたままの二年生女子に向かって、何度も謝った。自分の悪評が知れわたっていたので、高確率で悲鳴をあげられると思ったのだ。

「・・・」

 もちろん、その女子は十二分に理解していた。目に前に立っている上級生が、迫りくる炎から自分を守ってくれたことを。その証拠に、隼人の制服の後ろが焦げていた。彼自身、ヤケドなどはなかったのが幸いだった。 

 火はすぐに消防士によって消された。教師たちが集まって、まだ立てないでいる二年生女子を介抱していた。隼人は、なんでもないと言ってその場を立ち去ろうとした。また注目されると、気持ち悪がられたりしてしまうからだ。

「ちょっとまて十文字。制服が焦げてぞ。ホントに怪我ないのか」

 麻耶担任が彼をつかまえて、身体のあちこちをチェックする。

「服がちょっと焼けてるけど、からだはなんともないな」

「おしいなあ。髪の毛が燃えていたら、元の十文字に戻っていたのに」

 梅原がちょっと黒めなジョークを飛ばす。男たちから笑いが起こるが、女子からは冷ややかな視線が男子たちに向けられた。

「ほんとに大丈夫かよ、十文字。だいぶ焦げてるみたいだけど」

 薫が心配していた。他の女子からも保健室に行ったほうがいいと、控えめな声で案じていた。

「平気だよ。どこもヤケドはしてないし」 

 爽やかでくったくのない笑顔だった。少なからずの女子に、グッとくるものがあった。あのホームレス十文字に対する嫌悪感が、すーっと鎮火していった。彼女たちは、かつてのむさ苦しい生物を忘却し始めていたのだ。

 詞はとくに声をかけることも、気に掛ける素振りさえ見せていなかった。もちろん、心の中では現場にいる誰よりも心配していたのだが、努めて冷淡な態度を見せていた。ちなみに彼の焦げた制服は、学校側が新しいものを購入することとなった。

 



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