絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 次の日、詞は隼人用の弁当を作って学校に持ってきた。人が周りにいると渡せないので、登校してすぐにある場所に隠した。それは自動販売機の上の奥である。ヨレヨレの新聞紙に包んであるので、もし誰かに見つかってしまってもゴミだと考えて手をださないだろうとの作戦だ。

 昼食時、隼人はジュースを買ったついでにそれをとった。そして自分の席にもどり、いつもの仲間と食事をすることにした。その隠し場所については、あらかじめ知らされていたのだ。

「お、十文字。なんだよその怪しい新聞紙は。ひょっとして爆弾か」

「いや、その感じはきっと野菜だろう。ゴボウかニンジンか」

 薫と梅原に冷やかさせるが、隼人本人が中身を知らないので答えようがなかった。弁当だよ弁当といって、ヘラヘラと笑っていた。

「おい、昨日の二年生がまた来てるぞ」

 純一がアゴをしゃくった。あのお弁当女子が、教室の入り口のドアのところに立っていた。隼人が振り向くとうれしそうに手を振って、こともあろうに、堂々と教室に入り隼人のそばへやってきた。すかさず学級委員が駆けつけた。

「ここは三年生の教室だから、出ていきなさい」

 詞は毅然として言ったが、彼女は意に介してなかった。あからさまに詞の存在を無視して話し始めた。

「十文字先輩、今日もお弁当を作ってきたので食べてください」

 そう言って、悪びれる様子もなくお弁当を差しだした。

「気持ちはうれしいんだけど、もういいよ。俺、今日から弁当持参なんだ」

「えー、もしかしてその新聞紙のことを言ってるんですか。中身はイノシシの肉かなにかですか」

 思わず手が出かけた詞であったが、なんとか思いとどまった。

「聞こえなかったの。ここは三年生の教室だから、すぐに出ていきなさい」

 その叱咤はクラス中に響きわたった。一瞬静まり返った後、全員が注目した。

「わたしは十文字先輩にお弁当を手渡しにきただけです。どこが悪いんですか。校則にでも違反してますか」

「そういう問題じゃないの。私たちの教室であなたと言い合う気はないわ。とにかく出て行って」

 クラスの女子たちの冷たい視線が二年生女子に向けられていた。下級生が自分たちの教室で、自分たちのクラスメートに生意気な口をきくのが許せなかったし、いまや学校で一番の美男子となった隼人を、どこの馬の骨ともわからない女に好き勝手されたくないとの気持ちがあった。

「押しかけ女房かよ。めざわりなんだよ」

「あーあー、なんか臭くない。誰かの手作り弁当腐ってんじゃね」

「だれかにボコられないと、わかんないじゃないの」

「ヤキいれてやろうか」

 すべて三年A組の女子からの意見だった。アウェーの剣呑な空気を存分に察知した二年生女子は、たじろかずにはいられなかった。

「まあ、そういうことだ。騒ぎにならないうちに自分の教室に帰りな。なんなら私が手伝ってやろうか」

 薫が睨みを効かせながらにじみ寄る。腕におぼえのある女子が二人ほど加勢するように近づいてきた。

「なにさっ」

 二年生女子は、少し泣きそうになりながら出ていった。

「ああ、なんかスッキリしたね」

「そうそう」

 三年A組は、いつもの三年A組のお昼時に戻った。

「まさか十文字、またあの子の弁当を食べたいなんて思ってないだろうね」

 薫が疑惑の眼差しを向けていた。

「ははは、それはないよ。だって、今日はオレも手作り弁当だから」

 隼人は、さも自慢げに机の上の新聞紙を指さした。

「だから、タヌキの肉かよ、それ」

 面白がる梅原の踝のあたりを、詞がつま先で蹴った。

「痛っ。いま、だれか俺の足蹴らなかった?」

「へえ、手作りお弁当なんだあ。だれが作ったの」

 女子の一人が、しわしわの新聞紙を見つめて何気なく言った。

「十文字君、自分で作ってきたんだ。すごいね」

 詞は、それが隼人の手作りであるとの認識を勝手に植え付けるのだった。

「ちょ、男の手作り弁当ってどんなのだよ。早く見せろよ」

 薫が急かした。中身を知らない隼人も、ドキドキしながら新聞紙を剥がした。

「なんじゃこりゃあ」

 露わになったのは大きくて丸くて白い物体だった。

「鏡餅?」

「餅だな」

 十文字の机にあるものは餅ではないかと皆が思っていた。

「あらあ、大きなおにぎりね。男の子らしくていいんじゃない」

 それをおにぎりだと正しく判別できたのは、作った張本人である詞だけだった。

「そ、そうそう、おにぎりなんだ。俺、朝から頑張っておにぎり作ってきたんだよ」

 いまさらながら、隼人はそれがおにぎりであると自慢する。  

「おにぎりかよそれ。デカくないか」

 相当な大きさだった。しかも、鏡餅みたく扁平気味であった。ラップで丁寧に包まれているので、なおさらそう見えしまうのだ。

「おにぎりの具は何かな。きっと美味しいものが入ってるんでしょう」

 その中身を熟知している詞は、なんだか楽しそうだった。

「おい十文字、具はなんだよ。まさかデッカい梅干し一つか」

「十文字のことだ。きっとイチゴジャムでも詰まってるんじゃないか」

 梅原と純一がからかう 隼人はかぶりついた。

「う、美味い」

 最初の一口が二口になり ガツガツと食い続けた。

「この肉最高。ちょっと辛いけど、だけど甘くてすんごい美味い」

「へえ、中身は豚肉の甘辛みそ炒めなんだ」

 食べている本人しかわからないことを、詞は口にした。説明せずにはいられないのだ。

 輝日東高校で一番の美男が、満面の笑顔で大きなおにぎりを頬張っている。詞のみならず薫や他の女子も見とれていた。純一や梅原は不思議そうな顔して見ていた。

 隼人の頬にご飯つぶが一つ、くっ付いていた。それをとってやろうと、詞の手が無意識のうちに伸びていた。半分ほど進んだところでハッと我に返った詞は、その手の収めどころに困った。行き場を失った手は、仕方なく薫の胸を触った。

「え、いや、なに、絢辻」

「へっ、あ、そのう、だいぶ大きくなったかなと思って」

 ハハハと笑って、詞は手を引っ込めた。薫が微妙な表情で考えていた。

「うん、美味かった。すごくお美味しかったよ。ごちそう様、ありがとう・・・、俺」

 その大きなおにぎりを食べきった隼人は詞に礼を言おうとしたが、みんなの前ではそれができなかった。

「自分で作って自分に感謝してるよ。やっぱ十文字はヘンだわ」

 誰かがそう言うと、クラスメートたちはクスクスと笑う。詞だけが、満足げにウンウンと頷いていた。

 






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