絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 いっぽう絢辻家では、詞の自室にて三人の女子が猛特訓に励んでいた。朝から集まり、音楽をかけっぱなしでほぼ休みなしでの練習だ。中心になって動き回るのは詞だが、演出上、薫や裕子にも同じくらいの出番があるので皆真剣なのだ。

「よし、なんとかさまになってきたぞ」

「ふー」

 一休みとなり、薫がジュースをグビグビと飲んだ。疲れたといった顔して、詞が座り込む。裕子は頑張っている自分たちを讃えて、パチパチと拍手をしていた。

「絢辻さん、よくやってるよ。すごく上手くなってきたよ」

「ほんとにこれで大丈夫なのかな」

 はたしてこれでいいのか、詞には多少の不安があった。

「大丈夫、大丈夫。ぜっていに大ウケすること、間違いなしだから」

「まさか、絢辻さんがこういうことするとは、誰も思わないからインパクトあるよ」

 この方針には、裕子も大賛成のようだ。

しばらく練習が続き、時刻はお昼となった。お腹がへったこともあって昼食となった。  詞はキッチンにいって料理を作り、自室へと持ってきた。

「絢辻さんの料理、おいしいね」

「ほんと、うめーよ。バイト先のまかないより美味いくらいだ」

「たいしたものじゃなくてゴメンね」

「ううん、ごちそうだよ。わたしなんか、なんにもつくれないもん」

 二人が詞の手料理を食べ終えたタイミングで、詞は紅茶を淹れた。隼人からもらった蜂蜜をたっぷりと入れた甘い紅茶だ。薫も裕子も嬉々として飲んでいる。まったりとした午後の時間が流れていた。

「そういえばさあ、裕子って誰かと付き合っいたりしてるのか」

 薫が唐突にきりだした。年頃の女子が三人も集まれば、男の話題となるのは必然だ。

「いない、いない。もし付き合ってたらここにはいないよう」

「まあそうだな」

 その答えを知っていての投げかけだった。

「そういう薫はどうなの」

「いるわけないじゃん。裕子じゃないけど、いたら土曜日の真昼間にここにはいないって」

「好きな男子もいないの」

 うんぐ、っと喉を詰まらせる薫であった。詞と裕子の視線がじーっと刺さっていた。「正直いるかな。へへへ」

 薫は照れながら頭を掻いていた。

「ひょっとして、橘君」

「え、あ、うん」

 詞は何気なく言ったのだが、それはド真ん中の直球となった。

「ちょ、ちょっとう、この話は内緒だよ。だれにも言っちゃダメだよ」

 薫は慌てて口止めをする。詞も裕子も、友達の秘密を他人に言いふらしたりはしないし、言った本人も彼女たちを信用しているので話したのだ。

「橘君って、ほかの女子も狙ってるらしいよ」

「そういう話は知ってるよ。あいつ、あんがいモテるからな」

「コクっちゃいなよ」

「それができたら苦労はしないって。なんかさあ、純一とは近すぎて、そういう空気にならないんだよ」

「薫は、橘君といっつもいるからねえ」

「もうわたしのことはいいだろう。裕子はどうなったんだよ」

「好きなひとはいるよ」

 裕子はC組の男子が好きなのだが、彼には同じ組に彼女がいるので困難な状況だと説明した。

「それは難しいなあ。略奪しようにも、違う組じゃなあ」

「顔では勝ってると思うんだけど、距離に負けた」

 冗談とも本気ともつかない言い方だった。

「ところで絢辻はどうなのさ。まあ、付き合ってる男がいないのはわかっているけど、好きなやつくらいいるだろう。わたしも裕子も白状したんだから、あんたもゲロしちゃいなさいよ」

「え、私」

 会話の流れから、当然詞の男関係も詮索されることとなる。

「私はそのう、とくに、これといって男子には」

「十文字君じゃないの」

「へっ」

 裕子の剛速球が飛んできた。メジャーリーガーなみの威力があった。

「だって、十文字君のヘンタイノートを持っていたじゃない。あれって、彼のカバンから盗んだでしょう。好きなひとのものが欲しくて、ついつい手が出てしまったのよね」

「へえ、すごいな」

「い、いや、その、あれはたまたま落ちていたから、だから、不埒なことが書いてあるから、みんなに知らせたほうがいいんじゃないか、なんて思っちゃったりして・・・」

 裕子はいろいろ勘違いしていたが、詞の焦りっぷりが彼女の説を裏付けていた。

「絢辻さんって責任感強いから、クラスで浮いている存在を放っておけないタイプじゃない。あれこれ面倒をみているうちに気になっちゃって、好きになっちゃったってことでしょう」

 普段はおとなしい裕子なのだが、こと恋愛のことになると、なかなかの饒舌だった。

「なんだ、そうだったのかよ。そういえば、化学室の掃除もよく手伝ってるしな」

 もうその場の雰囲気は、十文字に片思いをする絢辻になってしまった。詞は大きなため息をついて、その微妙な事実をあえて否定することはしなかった。

「だったら、十文字がコジキの時に付き合っちゃえばよかったのに。いまじゃあ、ハードルがめっちゃ上がっているからな」

「そうそう、ライバルがヤバいくらいに多いから」

「え、そんなに。だって、クラスの中ではあんまり変わらないような」

 隼人がモテはじめているのは知っている。クラスの女子たちの彼を見る目が変わっていることも気づいていたが、恋愛感情を持っているとの認識はなかった。

「ほら、A組のやつらは昔っから十文字を知ってるじゃん。だから、いきなりイケメンになっても前のイメージが強すぎて、素直に好き好き言えないんだよ。あのヘンタイノートの件もあるし」

 薫の説明は説得力があった。これはうかうかしてはいられないと、ジャージのゴムをギュッと握り締める詞であった。

「絢辻、十文字にちょっかいだすんなら、いまのうちだぞ。なんせ、ファンがどんどん増えていくからな」

「ああ、うん」

 もうすでに付き合っている詞は、内心では大丈夫だとタカをくくっていた。余裕の頷きである。 

「あ、でも手遅れかも」

 裕子がそう言いながら、ケイタイの画面をスクロールしている。通信アプリから最新の熱い情報を得ているようだ。

「なんか十文字君、朝からD組の夕月さんとラブラブ状態らしいよ」

「ええーっ」詞は、思わず声をあげてしまった。

「夕月って、あのドラム女だったか」

「うん、そのドラムな夕月さんとドラムな十文字君、朝から体育館で練習してて、いまも二人仲良くしてるって」

「ラブラブっていったって、ドラムをやる者同士、たまたま話しているだけだろう」

 詞を気づかっての薫のフォローだったが、ドラム繋がりというのが大いに気になるところだ。

「なあ、いまから体育館に行ってみるか」

 これは薫の気づかいというよりも、女の修羅場を見てみたいとの好奇心のほうが強かった。もちろん、もしもの時は詞を全力で応援するつもりであった。

「いや、それはさすがにマズいと思うよ。絢辻さん的に」

「行きます」

 即答だった。なにかを決意したように右手でこぶし作って、シュッシュッとエアーなジャブを突き出していた。詞はジャージのまま外へ出て行く気だ。薫は、うっしっしと笑みを浮かべながら後に続いた。

「絢辻さんって、けっこう戦闘民族なんだ」

 意外に好戦的な様子を見せる詞に、裕子は感心して言うのだった。

「裕子、裕子、ちょっと耳かせ」

 薫は詞に聞こえないように、裕子の耳元でささやいた。

「夕月と十文字がイチャついているところに、絢辻をぶつけてやろうぜ」

「ちょっと、それ絢辻さんが可哀そうだよ」

「いやいや、絢辻は本気で十文字を好きみたいだから、これを機会に告白させるんだよ」

「ますま可哀そう」

「これはあたしの感なんだけどもさあ、十文字も絢辻のことが好きなんじゃないかって気がするんだよ。もしも両想いだったら、大成功だろうが」

「でも違ったらどうするの。絢辻さんってヘンに生真面目だから、告白してフラれたりなんかしたら、学校来ないかもよ」

「絢辻はそんなにひ弱じゃないって。かえって猛然と生真面目に突進するってもんだよ。十文字君、好き好きって」

「たとえうまくいっても、ほかの女子から恨まれちゃうよ。十文字君は誰のモノにもならないままのほうがいいんじゃないの」

 ヒソヒソと話す二人であったが、前の方にはしっかりと聞こえていた。詞は、涙目になりながら隼人のもとへと向かうのだった。

 








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