絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 あの恋人同士の甘い日々がウソのように、隼人と詞の距離が遠くなっていた。教室では数メートルしか離れていないが、心の隔たりは日増しに大きくなっているように詞には思えた。もうしばらく、隼人専用のおにぎりを作っていない。昼食時、以前のように隼人は薫や純一たちとテーブルを共にしていた。差し入れのたぐいは、あえて受け取らないことにしているようだ。時々夕月がやってきて、一緒に弁当を食べようとすることもあったが、そういう時には薫がブロックし、彼女を輪の中に入れようとはしなかった。隼人は、とくに気にすることなくパンを食べるのだ。その様子を詞はあえて見ようとはしなかった。 

 隼人に音楽関係者からオファーがあるとの噂は本当であり、本人も隠すことなく公言していた。使えそうな新人を早くから物色し、ツバをつけておこうとしている。ダメなら切り捨てればいいし、ものになりそうなら投資して利益を回収するのが業界だ。周囲は期待していたが、音楽業界に進むのかどうか、隼人本人はなにも言わなかった。誰もがそちらの道に行くだろうと思っていた。 

 詞は、いつもと変わらぬ三年A組の学級委員であり、生真面目さや優等生ぶりも以前のままだ。変わったことといえば下級生がなにかと彼女の教室まで押しかけてくることだ。

 生徒会や学級委員としての助言を求めるというのが表向きの理由だ。だが、本心は彼女にかまってもらいたくてやってくるのだ。最初のうちは男子だけだったが、そのうち女子も来るようになった。放課後に呼び出されて告白されることも若干多くなり、その中には女子も数名混じっていた。二年生女子から、真剣な表情で付き合ってくださいと告白された時などは苦笑するしかなく、十文字悠美に丸投げしたい気持ちだった。

 化学室の掃除はA組の生徒で持ち回りとなっていた。以前は隼人が専属だったが、なにかと忙しいのと、彼一人に懲罰を課す理由がなくなったからだ。 

「そういえば絢辻さん、最近十文字とここにきてないなあ」

 その日は、詞が当番であり高橋担任が一緒だった。ほかに学級委員としての仕事を終えた後なので、かなり遅くなってからの当番となり、たまたま通りかかった麻耶担任が手伝うことにしたのだ。

「忙しくなっちゃったみたいだから」

 もちろん、隼人のことを言っているのである。

「そのう、別れたわけじゃないんだよね」

 高橋担任は二人のことを気にしていた。通常、生徒同士の恋愛に教師が首をつっ込むことはないだが、二人はわざわざ付き合っていることを彼女に報告している。信頼されているという自負と見とどけ人としての責任により、放ってはおけないのだ。  

「そう思います」

 詞は力なく答えた。麻耶担任は、二人はあまりうまくいってないとの状況を察した。十文字の人気と忙しさが原因であるとも考えていた。

「まあ、はは、なんだ。付き合っていれば、いろんなことがあるよ。毎日毎日ラブラブなんてあり得ないからな。あいつもそろそろ落ち着く頃じゃないかな。ほら、こういうのって最初がけっこう盛りあがって、あとからダダ下るパターンじゃないか」

「隼人が音楽をやりたいのなら、このまま人気が続いたほうがいいんですけど」

 詞は夕月の言ったことを思い出していた。もし今が隼人の将来にとって大切な時期ならば、自分の存在は邪魔になっているのかもしれないと。隼人の自分に対する最近のつれない態度も、音楽を優先したいがためだと考えると納得がいく。より大きく羽ばたこうとしている時に、彼女ヅラして間近でチョロチョロされて、疎ましく感じているかもしれない。

「なんなら、明日にでもあいつを誘って、またラーメンでも食いに行かないか」

「ありがとうございます。でも、私と一緒じゃ隼人が嫌がるだろうから」

「そ、そうなのか」

 詞の声のトーンがダダ下り続けていた。二人の仲はそんなに重症なのかと、麻耶教諭は心配になった。詞の気持ちを慮ると同時に、余計な話題をふってかえって傷をえぐってしまったのではないかと後悔していた。

「そのかわり、いまの絢辻は腹ペコですよ」 

「よーし、じゃあチャーシューメンでいくか」

「野菜、マシマシでお願いします」

「おう、ニンニクもマシマシでな」

「それはちょっと」

 ホッとした高橋教諭は、今日は力のかぎり愚痴を聞いてやろうと思っていた。

 








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