絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 次の日の朝、めずらしく隼人が一番早く登校して自分の席に座っていた。やや遅れてやって詞は、隼人が着席していることに驚いたが、平静なふりして教壇のすぐ前に位置する自分の席に座った。なぜ彼がこんなに早く登校しているか、自分に対してなんらかの意図があるのではないかと不安になった。後ろを振り向きたい衝動にかられていたが、それをぐっとこらえていた。

 ひょっとして、隼人は女子に呼び出されたのではないかと、はっとした。朝早くから呼び出されて告白されてしまったのだろうか。さすがに早朝から愛を語るのは体調のリズム的に無理があるのだが、恋する女は盲目になる。なにかと人目がある放課後よりも、早朝のほうがやりやすいのかもしれない。

 詞が眉間に皺を寄せながらアレコレ邪推していると、三年A組のクラスメートたちが次々と入ってきた。薫や純一、梅原も登校していた。

「あれえ、十文字、今日は早いな」

「なんだよ、オーディションでもあるのか」

 さっそく茶化し始めるが、隼人は無言のまま真っ直ぐ前を向いて、呼びかけに応じなかった。

「なんか様子が変だな」

「具合悪いんじゃないのか」

 後ろの声は詞にも聞こえていた。隼人の様子が普通ではない様子だ。どうしたのだろうか。自分に対し嫌味を言いたいのか、ほかの女子と恋仲になったのか、などと詞はマイナス思考に陥っていた。

 高橋教諭がやってきた。生徒全員が起立し、一礼し、着席した。

「ええーっと、今日はみんな来てるな。欠席者なしっと」

 彼女が出席名簿に目を落としている時だった。

「先生っ」

 突然、一人の男子生徒が挙手をして立ち上がった。

「なんだあ、十文字」

 隼人だった。ひどく緊張した表情であり、何がしかの重大な決意をしているのか、目が血走っていた。 

「俺、ノートを読みます」

 一瞬、三年A組は静まりかえった。彼の言ったことを噛み砕いて腹の中に落とし込むまでに、多少のタイムラグが必要だった。

「ええー」

「きゃあ」

「うっそだろう」

 教室中がざわめきだした。十文字隼人のノートは、禁書目録のなかでも最上位にランクする危険物である。過去に詞が暴露して大騒ぎになった出来事は誰しも憶えていた。

「ま、まて十文字。おまえは何を言ってるんだ。朝っぱらから、ヘンな冗談はやめろよ」

「読みますっ」

 隼人は大きな声でそう宣言した。その気迫に圧倒されて、三年A組は再び沈黙した。息が詰まるほどの静寂が訪れ、誰もが、いったいなにが起こるのかと固唾をのんだ。

 彼の読誦が始まった。

「今日のオカズは絢辻詞だ」

 詞の身体が、ビクンと揺れた。彼女に皆の視線が一斉に集中する。

「お、俺は絢辻詞が好きなんだ。好きで好きでたまらない。毎日毎日、詞のことで頭がいっぱいだ。だ、だから、ちょんと、む、向き合ってほしいんだ。ゴメン、俺はガキでしょうない男だから、ヘタに嫉妬深くて、そ、そのう、訳もわからずシカトしたりして、ごめんな。ほんとうは詞と話したいのに、死にほど話したいのに、自分でもわけわからず、そのう、よ、よくわからないんだ。だから、だから、詞が好きだ。詞のいうことなら、俺は喜んで従う。詞が窓から飛び降りれっていうんだったら、俺は喜んで飛び降りるよ。だから、付き合ってくれ、俺は詞が好きなんだ」

 途中で何度か言葉を詰まらせたが、最後まで言いきった。これが今現在、彼の偽りざる心情であり、詞に対し吐き出すべき言葉のすべてだった。隼人は深々と頭を下げていた。

 教室の中は相変わらずシーンと静まっていた。誰も口を出さないし、担任でさえ何をしていいのかわからない状態だった。この沈黙を打ち破る義務を負うのは、学級委員である絢辻詞しかいなかった。

「しかたないじゃないのーっ」

 唐突に、詞が張り裂けんばかりの大声をあげて立ち上がった。すぐ目の前にいた高橋担任がその声量に気押されて、車に轢かれたカエルのように、黒板に背中と両腕をくっ付けていた。

「な、なに。なんでキレてんの、絢辻さん」

「しかたないのよっ」

 さらに詞の叫びは容赦がない。なにがなんだかわからず、高橋担任は目を白黒させていた。 

 詞は後ろを振り返ると、ズカズカと大仰な足取りで隼人の元へ向かった。そして彼の前に立つと、こう言い放った。

「私のために、窓から飛び降りて」 

 隼人は詞の瞳を見つめた。彼女の顔を正面から見つめるのは久しぶりである。少しばかり目が充血しているが、やっぱり俺の彼女はよほど可愛いなと、心の中でニッコリとした。   

「うん、わかった。俺、飛び降りるよ」

 隼人は窓際へと進んだ。そして、なんらためらうことなく窓を開けると、そのすき間に身をこじ入れた。三年A組の教室から飛び降りると、怪我程度では済まないだろう。クラスメート数名が悲鳴をあげ、彼を止めようと近くの男子が席を立った。

 

 その生徒は飛んだ。

 

 絢辻詞、一世一代の超絶ジャンプであった。

 すばらしく跳躍した詞は、窓から半身をのり出して、そのまま落下しようとする隼人の腰のあたりにガッチリと抱きついた。二人は教室の内側に転げ落ちた。すぐさまワラワラと人だかりができて、詞と隼人を取り囲んだ。すぐに、その集団の波をかき分けるようにして高橋担任が駆けよってきた。

「よ、よかった」

 隼人が健在なことを知って、へなへなと座り込む担任だった。

 キョトンとしている隼人に向かって、詞は涙混じりの笑みを浮かべて、小さな声で「ばか」と言った。そして、すーっと立ち上がると、群衆を前にしてこう宣言した

「十文字君が私を好きなので付き合います。これはしかたないんです。だって、私は学級委員だから。しかたないんです」

 詞が十文字と付き合う理由に理解を示す者は誰一人としていなかったが、この二人が彼氏彼女となることには納得した。大粒の涙をボロボロと流し続けている詞に、異議を唱える者などいなかった。

「しかたないって、そういう意味か」

 高橋教諭は全員を席に戻し騒ぎを収めようとしたが、当事者二人を引き離すのに苦労していた。

「はいは~い、昼ドラはおわりだよ~。みんな席につこうね」

 そして、あらためて朝のホームルームを仕切り直すのだった。今晩の酒の量は多めになるなと、学校帰りに酒屋へ寄ることを考えていた。

 






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