絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
<< 前の話 次の話 >>

54 / 72
54

 創設祭を数日後にひかえ、詞と隼人はトナカイの製作に励んでいた。当初は体育館で作っていたのだが、運動部が使用するために追い出されてしまった。冬の寒空のもと、困難な工程が予想されたが、途中で高橋担任が手伝ってくれたこともあってか、思いのほか早くすすんだ。

 しかし、あともう少しで仕上げが終わるという段階で、詞が生徒会に呼ばれてしまった。わざわざ一年生の女子が詞を連れにやってきたのだ。 

「悪いんだけど生徒会に呼ばれて行かなくちゃいけないの。あと少しだから、隼人だけで何とかなるでしょう」

「ああ、ううん」

 生気のない返事だった。彼は朝から体調が良くなかったのだ。身体がひどくだるいうえに熱っぽかった。その症状にはおぼえがある。彼が患っている難病が久しぶりに暴れ出していたのだ。身体を冷やすことは大敵なのだが、この作業を怠るわけにはいかない。詞に無用な心配をかけたくなかったので、そのことを口にはしなかった。そんな隼人を詞はどこか様子がおかしいと感じていたが、たぶん作業に飽きてきたのだろうと安易に考えていた。

「もうちょっとだから、頑張りましょう」

 隼人の肩をポンと叩いてその場をあとにした。彼の身体に触れた際に少し熱く感じた気がしたが、生徒会の女子が早く早くと急き立てるので、それ以上考えることはなかった。

 冬の空模様が怪しくなっていた。灰色の雲が低い領域を分厚く覆っていた。やがて降ってきたのは、雪ではなく雨だった。師走という季節に相応しく、刺すように冷たい雨だ。

 隼人は焦っていた。トナカイは竹の骨組みに紙を貼り合わせただけのハリボテだ。雨でぬれてしまうと、すべてが台無しになってしまう。せっかく詞と一緒に完成間近までこぎつけたのに、ここで壊れるようなことがあれば彼女に申し訳が立たない。なによりも、詞の責任感に傷をつけてしまうのは避けたかった。  

 急いでブルーシートを被せようとしたが、突如吹きつけてきた強風にあおられてしまい、まったく上手くいかなかった。それでも一人でびしょ濡れになりながら諦めなかった。だが、さんざん悪戦苦闘した挙句、シートは吹きつけた突風に吹き飛ばされてしまった。

 体育館の中にいれようとも考えたが、一人でやろうとしたのがいけなかった。無理に動かそうとして、足の部分が破損してしまったのだ。それを氷雨に打ちつけられながら必死になって補修をこころみた。雨が強くなり、手元がおぼつかない。身体はますます熱くなり、具合が悪くなっていた。顔は青ざめて生気が失われている。やがて高熱による意識障害におちいって、動けなくなってしまった。

 生徒会室にいる詞は、雨が降りだしたことを知らなかった。暖かな室内では黒いカーテンで窓が覆われ、スクリーンで去年の創設祭の映像を見て、あれこれと話し合っていた。しばらく話し合って会議が終わり、詞が生徒会室を出た途端だった。

「絢辻さん」

 声をかけてきたのは、同じクラスの女子だった。詞を待っていたらしい。

「十文字君、びしょ濡れになってるけど大丈夫なの。外、すごい雨降ってるよ」

「え」

 廊下の窓を見た。横風で威力を増した冷たい雨が、窓にベットリとへばり付いている。

「さっき体育館に行く途中で窓から見たんだけど、全然動かないの。あれ絶対ヤバいよ」

 彼女に指摘されるまでもなかった。隼人がなぜこの豪雨の中で作業を続けているか明白だった。トナカイは紙でできているので、壊れないように処置をしているのだ。だが隼人一人ではどうにもできないから、手間取っているのだろう。相棒が戻ってくるまで頑張っているのだ。

 詞は走った。玄関から上履きのまま外に出た。氷のように冷たい雨が降り続いている。この寒さの中、外での作業など自殺行為に等しいと詞は悟っていた。

 隼人は倒れていた。きびしい氷雨に全身を打たれながら、紙が溶け出したトナカイの傍にふせっている。雨は容赦なく叩き続けていた。

 彼を見つけた詞は呆然自失状態で、恋人と同じように降りしきる雨に打たれていた。ようやく我にかえり一歩を踏み出す前に、教師たちが隼人に駆け寄っていった。さっきの女子が、詞に告げる前に教師たちに知らせていたのだ。

 高嶋教諭が十文字の名前を連呼するが、彼は泥地にふせったまま応答をしない。すぐに教師たちが体育館の中へと運んだ。詞も駆け寄り隼人に触ろうとするが、教師が近づかないように制した。

「マズいな。意識がないみたいだぞ」

 あまりの高熱のため、隼人の意識がはっきりとしなかった。高嶋教諭が彼の口元に耳を当てて、呼吸しているかを確認する。

「息はしている」

 ほかの教師がケイタイで救急車を呼び出している。誰かが保健室から毛布を持ってきたので、高嶋教諭が濡れた身体をぐるりと包んだ。見知らぬ女子生徒が上着を脱ぎ、それを丸めて隼人の頭部と床の間に置いた。枕となるものを自分が用意できなかったことに衝撃を受けて、詞は死ぬほど後悔していた。心の中で、まったく役にたたない自分を口汚く罵っていた。    

 騒ぎを聞きつけて高橋教諭もやってきた。やじ馬の数も増えて、体育館は人だかりができていた。

 教師たちは、隼人をここから動かして保健室に連れて行くか、無理に動かさないで救急隊員を待った方がよいかを揉めていた。そんなことを議論している場合ではないだろうと、詞は気が気ではないが、自分には医療の知識がまるでないことを自覚していた。下手に手出しをして隼人に万が一のことがあっては取り返しがつかない。断腸の思いで、最愛の人を他人の手にゆだねるしかなかった。

「な、なんだおい」

 そこに來未が駆けつけてきた。誰かがケイタイで呼びつけたらしい。教師たちをかき分けて兄にすがりついた。 

「おいアニキ、どうしたんだよ。おまえ、無理するなって言われてただろうが、なにやってんだよ。なんでびしょ濡れなんだよ」

 來未は隼人の襟首をつかんで文句を言っていた。教師たちが彼女を引き剥がそうとする。狂犬のように牙を剥いて威嚇した後、來未はやっと手を離した。

「やっぱり、いったん保健室に連れて行ったほうがいいか」

 教師の一人が隼人の顔を覗き込んで言った。彼の容態は、一秒ごとに悪化しているように見えた。

 遠くでサイレンが鳴っていた。

「あんちゃん、あんちゃん」

 妹は呼びかける。彼女が小学校を卒業するまで、來未は兄のことをそう呼んでいた。

近づいていた救急車のサイレンが鳴り止んだかと思うと、救急隊員がやってきた。どこかで犬が遠吠えをしていたが、降りしきる雨音にかき消されて気づいた者はいなかった。

 救急隊員は、隼人の様子を確認しすぐにストレッチャーに乗せた。厚手の毛布を被せると、ケイタイで搬送すべき病院に連絡している。來未がかかりつけの病院を教えたので、そこへ向かうことになった。高橋担任と來未が救急車に同行することになった。もちろん詞もそうしよとしたが、家族以外はダメだと却下された。詞は他の生徒と同じように、ただ見送ることしかできなかった。

 



※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。