絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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 次の日、当然のように宿泊を延長した絢辻は、フロントにマッサージ師を手配してもらった。夜になったら彼女の宿泊部屋へ来てもらうことにしたのだ。

 時間になってやってきたのは、中年の女性マッサージ師だ。手配する際に、絢辻は女性にしてくれと注文をつけていた。

 その女性は視力を失っているわけでないので、付添人なしに一人でやってきた。正規の料金にチップをはずむと、上機嫌で揉み始めた。

「お客さん、やせてますねえ。若いんだから、ちゃんと食べなきゃなきゃね。ダイエットなんて、年とってからでいいんだよ」

 彼女のほうから気さくに話しかけてきた。客とのおしゃべりが好きなようで、それは絢辻にとっては好都合だった。

「大病しちゃったんです」

「あらまあ、そうなのかい。それは大変なんだねえ」

「いまは大丈夫ですよ。おかげさまで治りかけですから」

「そうなのかい」

 絢辻はそう言って誤魔化した。

「そういえば、このあいだ大浴場のところで男のマッサージ師さんを見たんですけど、なんかカッコイイひとでした」

「ありゃまあ、お客さん、しっかり見てるねえ」

 女同士の会話に、いい男の話題は付きものだ。もちろん、絢辻は最初っからその話をするつもりで女性を指名した。同じ仕事場の仲間から、十文字の情報を得たかったからだ。

「あの人、目が見えないんですね」

「まあね、そうなんだけどさ。でも頑張っていたでしょう。わたしらはね、普段はああやってお客さんに声をかけて営業することはしないんだけど、彼は特別だよ。とにかく一生懸命なのさ」

 十文字の人柄は上々だと評価されている。自分のことを褒められているようで、絢辻はホッコリとした気持ちになった。

「もう少しここにいるから、今度は彼を指名しちゃおうかなあ」

 絢辻は冗談っぽく言ってみた。彼女がどういった反応を返すかを待った。

「ぜひ、そうしてやってくださいな。十文字君、彼、十文字って名前なんだけどね、とにかく素直でいい子なのよ。目が不自由なのにいじけたとこもないし、礼儀正しいし、明るいしね」

「そんなにいいひとだったら、思いっきり甘えちゃいそう。付き合っちゃったりして」

 思わずつぶやいてしまったが、それは絢辻の本音だった。

「ああ、でも彼女はいるみたいなことを言ってたかな」

 絢辻の絶望が計り知れない。奈落の底に落ちかけた魂を拾いあげ、なんとか平静を保っていた。

「はは、やっぱり。モテそうな感じですもの」

「なんでも高校の時からの付き合いみたいよ。いまは遠距離恋愛なんだって」

 その彼女とは、夕月か、もしくは他の女か。輝日東高校にいた女の検索に、絢辻の脳は久々にフル回転していた。

「でもねえ、わたしはいないと思うよ。だってえ、ここに一度も来たことないし、彼女のとこに行ってるふうでもないしね」

 希望の光が見えた。中年女の勘はよく当たることを絢辻は知っている。

「じゃあなんで、彼女がいるなんて言うんですかね」

「それはわからないけど。十文字君、高校生までふつうに見えてたらしいから、突然ああなっちゃってフラれたんじゃないのかなあ。それで、その彼女が忘れられなくて、いつまでも想い続けてるとか」

 絢辻の胸に熱いものがこみ上げてきた。いろいろな想いが錯綜し、自然と涙が出てくる。泣いていることを悟られないように、枕に何度も顔を押しつけた。

「あらやだ、同僚のことをいろいろ話しちゃって。もしお客さんが十文字君を呼んでも、このことは内緒ね」

「もちろんです」

 






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