絢辻詞 ~footage~   作:北海銀
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夏休みのアツい一日 ③

 静香、友香、陽菜の三人はたい焼き店の前で粘っていた。中にはすでに焼き上げた分があるのだが、彼女たちは頑なに出来たてを要求するので、店主が渋い顔して焼いていた。

 少しばかり離れたテラスにいる隼人は、そんな女子たちを遠目に眺めながら、詞にどういう言い訳をしたらいいのか悩んでいた。きっとツンデレ詞のツンツンした部分が、鬼のように尖っているはずだ。生半可な謝罪では許してもらえないだろう。あの可愛い顔からとてつもなくも鋭い矢が放たれて、グサグサと突き刺さるのだ。出血多量で死んでしまうかもしれないと覚悟していた。

 隼人があれこれ考えているそのテラスへ、向かってくる輝日東高生がいた。里塚と詞だった。なんと、うまいシェイクの店とは隼人がいる場所だったのだ。里塚があそこの店だと指さして、その飲み物の美味さを自慢するように説明している。

{ああーっ}

 数十メートル手前で、詞はテラスで一人座っている隼人を見つけた。そうか、ここが約束の場所だったのかと、間違っているのにもかかわらす納得すると同時に、いつまでも自分を待ってくれている彼氏の姿に、ちょっと感動していた。

{でも、マズいいー}

 そうなのだ。いまの彼女は里塚と同伴中である。彼氏との待ち合わせ場所に、彼女のことが大好きな男子と一緒に現れようものなら、それは即修羅場となるであろう。

「里塚君、私ちょっとトイレに行ってくるから、悪いけど買ってきてくれないかな」

 立ち止まった詞は、後ろを向いて言った。

「え、トイレだったらあの店にありますよ」

「そこのコンビニのトイレがいいの。ほら、コンビニのトイレってきれいでしょう」

「あの店のトイレ、めっちゃキレイですよ。まあ、女子のほうは知らないですけど」

「コンビニで待っているから」

 詞は、そそくさと行ってしまった。里塚は仕方なく一人で飲み物を買うことにした。

 

「十文字先輩、焼き立ての、アッツアツですよう」

 三人の女子が隼人のもとへ帰ってきた。そして焼き立てのたい焼きを食べ始めた。

「ははは。暑いなかで食べるアツアツのたい焼きも、結構いけるな」

 あんこがたっぷりと入ったたい焼きを頬張りながら、隼人は悪い気はしていない。なによりも、おいしそうに食べる後輩たちの笑顔がご馳走となっていた。次回のデートには、詞にもここのたい焼きを腹いっぱい食べさせようと考えていた。

「あれえ、権藤さんじゃない。我妻さんに杉尾さんも」

 同じクラスの女子たちがテラスにいるのを里塚は目ざとく発見し、当然のように声をかけた。

「里塚っちじゃない」

 友香が言った。

「里塚君、デート?」

 陽菜が何げなく訊ねた。とくに深い意味はなかった。

「うん、そうだよ」

 里塚は一ミリの淀みなくそう答えた。

「へえ、そうなんだ」

「里塚って、彼女いたんだな」

 静香にそういわれると、彼は自慢そうに胸をはった。

「みんなは何してんの、買い物?」

「私たちもデートみたいなもの。先輩と」

 そう言って、陽菜が隼人の腕に抱きついた。あまり目立たない胸をグイグイと押しつけている。隼人が苦笑いしながら引き剥がしにかかった。

 里塚は隼人を知らない。より正確にいうと、学内で見かけたことはあるが話したことはなく、当然親しいわけでもない。隼人の名前も、ヘンタイで有名なことも知らなかった。

「で、里塚の彼女はどこよ」と静香。

「いま、ちょっとコンビニで買い物してるんだ。僕はここのシェイクを買いにきたんだよ」

「この店の極上マンゴーシェイク、絶品だもんね。高いけど」

 今度はマンゴーシェイクをねだられるのではないかと、隼人は財布の中身を心配し始めた。

「里塚っちの彼女って、誰なの。もしかしてD組じゃないよね」

「はは、三年生なんだよ」

「え、輝日東の」

「そうだよ」

「年上の彼女じゃん」

「やるな、里塚」

 里塚翔太は、真面目でおとなしそうな外見だが根性はなかなか突きぬけていた。飲み物をおごるだけで、すでに詞が彼女になったと手前勝手に思い込んでいるのである。真面目さにもほどがある男子だった。

「見たい見たい」

「紹介してよ」

 同級生の彼女は気になるものだが、それが三年生だとなおさらである。

「そこのコンビニで待っているから、一緒にいくかい」

 三年生の中でも、詞はトップクラスの美少女である。里塚は自慢したい気持ちと同時に、クラスメートに紹介することにより既成事実を積み上げようと画策していた。ほとほと過ぎたる男であった。

「先輩もいきましょうよ」

 陽菜が隼人も一緒に行くように促した。

「俺はいいよ」

「ええー、どうしてですか。あんがい、先輩のクラスの女子かも知れませんよ」

「だとしても、俺には関係ないから」

 大ありである。その女子の姿をみたら、驚愕のあまり彼は失神するかもしれない。

 結局、里塚と女子三人が行ってしまった。隼人は一人テラスに残って、のん気にたい焼きを食っていた。

 

「どこにも女子なんかいないぞ、里塚」

 コンビニには、サラリーマンの男一人と店員しかいなかった。

「きっと、トイレだよ」

 詞はさっきそう言っていたので、当然トイレにいると思っていた。

 ちょうどその時、トイレから誰かが出てくる気配がした。さっそく里塚が駆け寄るのだが、ドアの数歩前で足がつんのめってしまった。そして、勢いあまって開けかけたドアに思いっき頭突きをかましてしまった。

「グハッ」

 トイレから出てこようとした人物が衝撃でぶっ飛ばされてしまった。

「絢辻さん、大丈夫」

 里塚の頭部もコブができていたが、心配の優先順位は詞である。

「ちくしょう、なんだってんだよ」

「あれえ」

 だが、そこにいたのは絢辻詞ではなかった。

「ああー、なんだあ、テメエは」

 金髪の不良男子がいた。そしてもう一人、彼の後ろにはガンガゼウニのように頭髪を極限までおっ立てた不良男子もいた。

「い、いや、そのう」

 金髪は、さっそく里塚の胸ぐらを凶悪な表情と腕で締め上げていた。

「いまのは許してやるから、ちょっと十発ほど殴らせろ。今日はムカつくことばかりなんだ」

「いえ、遠慮しときます」

 里塚は目を白黒させていた。まったく、されるがままの羊である。

「ああーっ、てめえは軟高の金髪バカ」

 後ろにいた静香が叫んだ。

「ああー、なんだってー、このブスが。ってか、テメエはこの前、うちのガッコに殴りこんできて、そんでリコとタイマン張ったイカレ女じゃねえか」

「うっさい。女のケンカにノコノコ出てきやがった卑怯者がー」

 金髪は里塚を放り投げると、厳しいガンを飛ばしながら静香に近づいていった。里塚は、後ろいたガンガゼウニにぶつかってしまった。

「す、すみません」と即座にあやまる。

「お、おう。まあ、気にするな」ウニは、意外にやさしいウニだった。

「ああー、テメエみたいな狂犬女がこの世の中に存在するんじぇねえ。子どもが泣いてチビって、小便漏らすだろうが。バッチいツラ見せんな」

「ああー、てめえみたいな水虫頭が世間をウロチョロしてるほうが、よっぽどバイオハザードだろうが。疾病対策センターを呼んでやろうか」

「し、しっぺい、なんだよ」

 金髪は、自慢の金髪を水虫と揶揄されて、さらに自分の知識外の難しい言葉をあびせかけられて非常に気分を害していた。額にぶっ太い青筋を立てて、いまにも殴りかかるばかりの気勢だった。

「おいっ」

「なんだよっ、いまこのクソ女をシバいて・・・」

 ガンガゼウニが金髪を呼んだ。目線を窓の外に向けて、そこにあるものを括目せよと訴えた。

「やべっ」

 二人の不良は瞬間的に地に伏せた。そして地蜘蛛に狙われたダンゴ虫のようにじっとしていた。

「おい、どうしたんだよ、水虫頭。てめえ、スカートでものぞく気か」

「しーっ、しーっ」

「ああーん」 

 金髪は、床に伏せながら静かにするように、必死になってジェスチャーしている。

「あのクソガキども、たしかこの辺にいたんだけどなあ」

 さっきのアウトローな大人たちが、ちょうどコンビニの前の歩道に集まっていた。

「とっ捕まえたら工場に連れて行くからな。生コンとドラム缶を用意しとけ」

「へい」

「あとチェーンソーも」

「へい」

 アウトローたちは、彼らにふさわしく物騒な会話をしていた。

「なんだおまえら、あのヤーさん連中に追われてたのか」

 静香の表情が、サディスティックに微笑んでいた。

 二人の不良はアウトローたちをまくために、コンビニのトイレに逃げ込んでいたのだ。

「そうかそうか、それじゃあ、ここにいるって教えてあげようかなあ」

「わ、わ、それだけは、それだけはやめて。お願いだから、後生だから、絶対やめてね」

 涙目になりながら金髪は懇願していた。

「どうしようっかなあ」

 耳の穴を小指でかっぽじりながら、静香は余裕だった。

「お願いですお願いです、とてもカワイイお嬢さん、そんなことはしないでちょ」

 アウトローたちはまだ目の前にいて、二人を捕まえた時にどういう処置をするのか、ホラーな内容の会話を続けていた。

「こんど、リコを好きなだけ殴らせてやるからさ」

「それだけじゃあなあ。ああ、なんかノド渇いちゃった」

「お、おごります。好きなだけ買ってください。だから、お願いだから助けて」

 金髪は涙を流しながら拝んでいた。それはもう、仏壇の前でいまは亡き優しかった爺さんを慈しむ婆さんのように、必死になって静香を拝むのだった。

 アウトローたちが、あの二人はコンビニにいるのではないかと話していた。静香は金髪とガンガゼウニをチラリと見た後、クラスメートに言った。

「友香、陽菜、ちょっとこっちにきて。里塚もだよ」

 成人雑誌コーナーの前で、四人の輝日東高生が円陣を組んだ。そして、その中に金髪とガンガゼウニを入れた。二人は極力小さくうずくまる。最後に静香が一冊のエロ本を手にして、床に胡坐をかいて読み始めた。そうすることで、すき間を塞いで見えないようにしたのだ。

 その刹那、アウトローの一人が店内に入ってきて、二人の不良がいないかどうかを確認し始めた。

「いねえなあ」

 真面目そうな高校生だけであの二人はいないと、その偵察員は判断した。しばしの緊迫の後、アウトローたちはどこかに行ってしまった。

「ほら、もう大丈夫だよ」

 静香にそういわれて、金髪は恐る恐る立ち上がり、窓の外の様子をキッチリと確認した。

「ああ、今日はツイてねえ。帰ってマンガでも読むか」

 今の今まで情けなく床に這いつくばって涙を流していたのに、素晴らしくクールな表情にもどっていた。輝日東高生に礼も言わず、金髪はそのまま店を出ようとした。

「おい待てよ、おごってくれる約束だろう」

「口約束は、破ってナンボ。キリッ」

 金髪は、じつに清々しく言ってのけた。

「なんちゅう卑劣なやつなんだ」

 うわさ通りの男であると、あらためて思い知らされるのだった。

「おい、イカレ女」

「なんだよ」

 コンビニの出入り口の前に来たところで、金髪が静香に呼びかけた。

「もし輝日東におかしな奴らがきたら、そん時は俺らを呼べよ。ぶっ潰してコタコタにしてやるからよ」

 苦笑いしつつも、それほど悪い気はしない静香だった。

「じゃあな」

 彼は出ていった。

「世話になった。これでジュースでも飲んでくれ」

 ガンガゼウニが五百円玉を一枚置いていった。

「ま、いいんじゃない」

 陽菜が、その五百円玉が本物かどうかをしっくりと観察していた。

「あれえ、そういえば絢辻さんはどこにいったんだろう」

 里塚は詞を探しにコンビニを出ていった。残された三人の女子は、獲得したお金でジュースを買うのだった。

 



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